智の木協会活動報告

2015-07-17

第9回 智の木協会ワークショップ レポート(共催:大阪国際サイエンスクラブ)

| 11:46

第9回 智の木協会ワークショップ レポート(共催:大阪国際サイエンスクラブ)

 ・日時:平成27年2月28日(土)

 ・会場:大阪富国生命ビル4階 〔社団〕テラプロジェクトAゾーン

司会:智の木協会 事務局長 小菅喜昭氏



開会のご挨拶:智の木協会 代表幹事 小林昭雄氏

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 大阪芸術大学計画学科教授 池田光惠先生のご経歴、活動についてご紹介をしていただきました。続いて、初めて参加の方々のために智の木協会設立の経緯を説明されました。2008年5月4日(みどりの日)に発足、会社や個人が自社あるいは自身の樹や花を決めて智の木協会に登録していただくと、それを認定しHPに掲載という流れになっていること、富国生命様、コクヨ様、月桂冠様、清水建設様など大手の企業が会員で、樹花をHPで見ることができることを話されました。そして、自身の樹は「杜仲」であり、「これは杜仲ゴムを造る研究を日本の企業と中国とで進めていることによるもので、思い入れの強い植物です」と述べられ、参加者にご自分の樹花を決めて登録し、その想いを植樹に繋げていきみどり化を進めていくことを要望されました。

 「本日は、池田組の方々に伝統の錦影絵を精一杯ご披露いただきたい」と期待を表されました。


講演 大阪芸術大学 芸術計画学科 教授 池田光惠 氏

タイトル:「錦影絵」−デジタルを超える江戸アニメーション体験

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 会場作りとして、中心に手漉き和紙のワイドスクリーンが張られ、その周囲は黒の幕で覆われていました。午前中から池田先生はじめ、映像担当の近藤先生、10名の学生の方々が準備に取り掛かり、近代的な富国生命ビル室内が不思議な空間に変身しました。黒のユニフォームも、幻燈機芸能を鑑賞させていただく雰囲気を盛り上げていました。

 「影絵」と聞くと、光源の前で狐や蝶を手で作り、壁に映して遊んだ記憶が甦ってきます。その時の「影絵」は白黒の世界でした。小学生の頃、幻燈を楽しんだ記憶がありますが、その幻燈機は金属で熱がこもっていたように思います。

池田先生は色彩があり夢のある「錦影絵」について、先ず最初に、歌川国芳「当世水滸伝」で骸骨が戦っている、当時の幻燈機芸能浮世絵で表現されたものを示しながら、歴史的なところから説明されました。カラーの動く映像として物語が演出され、「映画と全く異なる方法で動画映像が発展したことが分かります。アニメ大国日本と言われていますが、そのルーツは江戸時代の木製幻燈機の芸能にあるのではないかと考えられます」と述べられました。

 1779年に刊行された日本最古の手品本に幻燈機に関する最古の記述があるそうです。西洋の金属幻燈機が蘭学と共に日本に伝わり、その模造品として、和製木製幻燈機が「影絵眼鑑」としてめがね屋で売られていたこと、また、その見世物が「ごくさいしきの長崎かげゑ」として大評判だったとの記述があることをお話になりました。大坂大阪)では浄瑠璃歌舞伎も盛んで、徐々に影絵に物語が入り、1790年には幻燈見世物「彩色影絵オランダ細工」として大当たりしたという記録が、1796年には「新版当世役者浮世絵芸者風流見立競」に「中村金蔵(後に3代目中村のしほに改名)道成寺の所作事はごくさいしきのおもかげゑのしほらしい娘すがた長崎かげゑ」と宣伝されたという記述が残っているそうです。このことから、「その時代には既に数台の風呂(木製幻燈機)を使用して物語を上映していたことが分かります」と解説されました。

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 日本の映画史の中で日本のアニメーションの祖、和製幻燈機の最初は、1803年、江戸で三笑亭都楽の「写し絵」興行だと言われていることについて池田先生は疑問を投げかけられ、前述の事柄から「錦影絵という名前は無かったのですが、上方では幻燈機芸能は確立していたことが言えます」と話されました。

 姫路博物館には、紀州のお姫様の輿入れ道具の一つと言われている総漆の幻燈機が展示してあります。これは家庭で観る小型の幻燈機で「座敷影絵」と言われているものです。日本最古の和製幻燈機は、松江市大垣の土島家に伝わるもので、1818年〜1831年頃、土島徳兵衛が京都浄瑠璃本、風呂3台、種板一式を買い求め、松江に帰宅後浄瑠璃語りの幻燈機芸能を行ったことが分かっているそうです。

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 「錦影絵」は、観客を前にして、写し手はスクリーンの裏側から数台の「風呂」を用いて、リアプロジェクション方式で映されていました。「錦影繪池田組」では、復元して改良した風呂を使い、後ろ側から映す伝統的な映し方、作り方を踏襲しておられます。(風呂の説明:黒いシャッターがある。カットイン、カットアウト、2台、3台あればフェードイン、フェードアウト、集光レンズ、投影レンズ、中に光源を差し込む)。風呂は木製で軽くて燃えにくく、虫に強く、細工しやすい、しかも熱に強い桐で作られていることを教えていただきました。

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 物語を上映する際に元となる絵、それが種板です。大切な絵が描かれている種板を木枠にはめて物語を展開します。「写し手が1人で映したり消したりすることが可能ですが、複数の場合、2人、3人でオーバーラップして行うことも出来、アナログではありますが木製で軽いため、西洋とは全く異なった映画的な技法で映したということが言えます」と説明してくださいました。池田組の方々が使用しておられる種板は、アクリルでその上に薄いフィルムを貼って色を注すという緻密な作業、しかも染料系のインクを使用しておられます。昔の人達は、0.2〜0.3ミリのガラスをはめ込んでそこに絵を描いていたそうです。黒い部分は、にかわと墨、色のあるところは染料で、つるつる滑って色が落ちるため焼きみょうばんを使ってそれを防いでいたとか。「18世紀頭には、既に割れやすい0.2〜0.5ミリの薄いガラス板を均一に作る技術が確立されていたと考えられます」と池田先生は、歌麿の「ビードロを吹く女」(実際の音を聞かせていただいた)の例を示して、技術的にも18世紀には木製幻燈機を作る背景が全て揃っていたことを解説されました。

 幻燈機芸能で情緒的な側面を生かすために大きな働きをしたのは、語り手と音曲でした。物語では、最初に「はなもの」次に名所を見せ、その後三番叟、主演目は浄瑠璃歌舞伎から題材をとったもの、説教節、仏教説話などが多かったと言われています。上方では落語が盛んで、落語から材をとったものが多かったようで、「道化ししかい」は「池田の猪買い」ではないかということで、池田組では改題して復元し上映しておられます。

 光源としては、菜種油を入れて通し1本で映すやり方が一般的でしたが、ローソク、木蝋を使ったものもあったそうです。光源を上げるために燈芯3本を折って6本にして使用し、興行用に映すために家庭用の幻燈機を工夫して何台も使って浄瑠璃を上映していたようです。菜種油の場合、光はかなり赤かったようで、復元した「池田の猪買い」を上映する祭には、照明用のフィルターを入れて色温度を合わせているそうです。

 暗闇で上映することが多かった当時の照明事情から、お化けや妖怪ものが喜ばれ、「池田の猪買い」にもお化けが登場してバトルがあり、落語の落ち、下げ、もう一つ錦影絵独特の下げが加わって「二度おいしい」と言うことになります、と面白さを説明してくださいました。

 日本の幻燈機芸能の大きな特徴については、「可動性、身体性、仕掛けの三つです」と話されました。特に仕掛けで動かせて見せる、人が歩いている、反物が出てくる、色々な仕掛けを集めてしかも素早く動かすことで絵が動いたように思える、人の脳の仕組みを利用しているのだそうです。

 幻燈機で景色が映る、外側は何も無い、真っ暗。しかし、扉の向こうは家の中あるいは闇。何も無い所は「何も無い」のではなく、ものの気配に満ちている所、あるいは水の表面と下とを繋ぐところ、無を有に感じる、考えるというものの気配、風や風景に満ち溢れたもの、空間だということを皆知っているしそのように感じてしまう、それをまさに光と影、色つきのカラーアニメーションで錦影絵木製幻燈機芸能は上映されていた、そのことは素晴らしいことであり、池田組はそれを再現し上映して来られたのです。

 日本の木製幻燈機芸能は、風呂の可塑性仕掛けの仕組みが高度に洗練されていき、そして、染付けの技術や和紙和紙はデコボコしていて影が存在感を持つ、それも含めて日本の色々な技術を集めたものが日本の幻燈機芸能の文化であり、そこに身体性と気配の世界が加わるという意味で、デジタルを超える身体性・物語空間がここにあることが言えると力説され、「今、世界が日本の空間意識、美しさに注目しているのではないかと考えます」と締めくくられました。

 デジタル社会に生活する現代人にとって、木製幻燈機(風呂)を使用した人による「映写」は、新しい発見であり新鮮な驚きでした。子ども時代に鑑賞した幻燈機による「動きのない」映写も当時は楽しかったものですが、錦影絵の魅力を池田先生に存分にお伝えいただき、もっと多くの人たちにその魅力を知ってもらい、日本人として後世に引き継いでいかなければならないことと実感しました。



錦影絵 上映 

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 1.曲独楽(きょくごま)

 2.福助口上(ふくすけこうじょう)

 3.憑いてない日(ついてないひ)

 4.花輪車(かりんしゃ)

 絶妙のタイミングでのやりとり、音響効果もあり学生の皆さんの練習の賜を見せていただきました。花輪車では、きれいな夢の世界を表現していただきました。光が交錯して、日常を忘れさせられました。



ワークショップ 種板作り

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 グループに分かれて「お題」に沿って種板作りにとりかかりました。

1班:草原とライオン 2班:虫取り少年  3班:海の中  4班:虫取り少年

5班:海の中

 それぞれの「お題」には事前に学生の皆さんがストーリーを作ってくださっていました。グループ毎に決められた「お題」から各自くじを引いて描く絵を決め、種板に描いていきました。各班毎に学生の皆さんが詳細を説明・指導してくださいました。参加者の皆さん、老いも若きも真剣な顔、しかしその表情は次第に緩み、本当に楽しんでおられる様子が伺えました。

 種板に絵を描いた後、班毎にスクリーンの後ろに移動し、「風呂」を身体に装着して種板を準備し物語に沿って風呂を動かしたり種板を動かしたりしました。予想以上に動かしにくいことを学びました。上映している人も観客も初めての珍しい体験にどのお顔にも笑みがこぼれていました。

 池田先生、近藤先生、大阪芸術大学の皆様、汗だくの準備・指導・上映、本当にありがとうございました。


《スタッフ》

※講演・総指揮:大阪芸術大学芸術計画学科 教授 池田光惠先生

 撮影・音響指導:近藤健一先生

学生(錦影喘單珍函11代、サポートの皆さん)(敬称略)

幻燈師・助監督・進行:大田

幻燈師・助監督:戸高

幻燈師・制作:松川

幻燈師・はなし方:江川

幻燈師・音響:増田

幻燈師:岡本

幻燈師:小酒井

音曲:近藤

音曲:小林

音曲:嘉勢山


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2015-04-17

智の木協会第8回ワークショップ レポート

| 19:32

智の木協会第8回ワークショップのご報告

・日時:平成26年11月7日(金)午後5時〜7時

・会場:富国生命ビル4階 〔社団〕テラプロジェクト

・司会:智の木協会 理事 大塩裕陸氏


開会のご挨拶:智の木協会 特別顧問 平井堅治氏

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 参加のお礼を述べられた後、講師 岩本将稔(としかつ)氏に「柿渋は染物、薬など幅広い用途に使われているようで、本日大変楽しみにしています」とお話になりました。

 続いて、智の木協会設立の経緯(2008年5月4日みどりの日設立)について説明され、組織の活動の精神については「智の木協会は智の木の認定組織ではありますが、多くの知恵を持った企業や個人の方々にお集まりいただき、今日本が直面している地球温暖化あるいは高齢化などの諸問題について、社会に役立つような多様な知恵を皆様から頂戴し、それを様々な形で発信・展開していきたい。また、関西地域のみならず、日本・世界に微力ながらも寄与して参りたい」と語られました。

 このような趣旨のもとに開催されているワークショップは8回目を迎え、シンポジウムは既に7回開催、その他、子ども達の豊かな人格形成を目指す「植育」も行われており、箕面市立彩都の丘学園や茨木市立彩都西中学校での植物科学教室の開催、豊中文化幼稚園でのクリスマスツリー制作支援活動について説明されました。

 植物を育てる喜び、その活用、鑑賞の楽しさを幼少の頃から体験することの重要性を教育面でも呼びかけることで、新たな社会つくりの一助になれば、と「植育」の目指す理念を強調されました。

 会員数の順調な増加(企業会員、アカデミア会員、個人会員)に対するお礼を述べられ、「今後も智の木協会の活動が会員の方々の役に立ち、持続可能な美しい社会環境づくりの実現に向けて、精進して参りたい。引き続きご支援よろしくお願いいたします」と結ばれました。



講演 岩本将稔(いわもと かつとし)氏 岩本亀太郎商店 開発室室長

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 講師、岩本将稔氏は、広島大学大学院工学研究科工業化学を専攻され(修士)、昭和61年、現月桂冠株式会社入社されました。その後、平成3年に岩本亀太郎商店に入社、現在開発室室長を務めておられます。

 会社は京都府相楽郡和束町滋賀県との県境に位置し、お茶の生産農家が多い地域で、柿渋は山々に囲まれた自然の中で製造されてきたことをお話になりました。




1.柿と柿渋の起源・歴史(参考文献:文化史・民族史・園芸学)

 ヽ舛罰曾造竜源

 最も古くは、弥生時代中期、池上、四ツ池遺跡で豆柿のような小さな柿の種が出土していますが、現在私たちが食している柿の祖先は、694年〜藤原京跡から見つかった多数の種と言われているそうです。710年〜平城京奈良時代になりますと、柿が商品として流通し、794年〜平安時代では儀式や祭礼に干し柿、熟し柿、塩漬けの柿が使われていて、この時代には渋柿の渋を抜く加工法が既にあったことが分かります、と岩本氏。「干し柿は当時の人にとって非常に重要な食品であったことが、位の高い人の娘が結婚する際の目録の中に記されていたことからも推察できます」と続けられました。

 甘柿の出現は鎌倉時代〜1214年、現在の神奈川県川崎市王禅寺、品種は“禅寺丸”で、この品種は雄花をたくさんつけることから、授粉樹として柿の栽培農家に現在も使われているそうです。

 岩本氏によりますと、考古学の分野で11世紀半ば、漆器の下地に柿渋が使用されていたことが分かっていること(青森県、八幡崎遺跡から出土)、それ以前にも、933年「上大森町共有文書」に、木地物の下地に柿渋を塗っていたとされる記載があること、897年「日野文書」に渋下地の技法が記載されていることにより、総合的に考えて平安時代には柿渋が存在していたと考えられるそうです。

(「文書」とは、作業日報のようなもので、年代など信用できない部分もあります)。

柿の品種の数

 明治45年には渋柿681、甘柿406、計1087と多くの品種が農商務省農事試験場柿ノ品種ニ関スル調査報告に記されています。昭和62年には、渋柿273、甘柿192、計465と、カキ品種名鑑に記載されており、これらは広島県秋津町の試験場あるいは京都大学農学部附属農場のいずれかにあるとのことです。平成16年〜18年では、63品種がJA調査資料に載っていますが、この数字は恐らく流通している数であり、実際には流通していない柿の品種が非常に多いのだそうです。

祇園坊、高桐院、長建寺、紅柿、赤柿、妙丹などの名前が挙がっていますが、当時は、丹が柿の色を表す漢字であり、圧倒的に渋柿の方が甘柿よりも品種が多かったようです。

 「慕帰絵伺」巻4(1351年)の中に干し柿が描かれており、干し柿保存食として重要だったことが伺えるとされます。つまり、甘柿にできないことが渋柿にできるからです。「広益国産考」(1859年)の中には江戸時代の柿渋製造の様子が、絵だけでなく製造方法も文で書かれていることから、当時各地で柿渋を作っていたことが分かっています、と説明してくださいました。

平安時代渋柿は貴重な生活樹(柿渋を作る、保存食として干し柿を作る)として珍重され、鎌倉時代には柿渋染めの衣服が存在するようになり(「平家物語」“柿の衣”)、戦国時代には柿渋で染めた和紙の衣服が存在したそうです。上杉謙信は“紙衣”“陣羽織”(現存)を鎧の上から着て戦陣の指揮をとったと言われています。

3曾造領鮖法醸造

 江戸時代になりますと産業が発達し、醸造業界で柿渋が使われた歴史について話していただきました。最初は酒を造る際に袋を染めたのですが、その後、酒の中に直接添加する、つまり染めから食品添加物になったと説明していただきました。醸造業界と柿渋は長く深いつながりがあった、それを証明するものが1687年「童蒙酒造記」(江戸時代の最も優れた酒造技術書)で、“酒釃様之事”(酒の上槽の方法)の項に柿渋で酒袋を染める記載があるそうです。夏に杜氏が「渋染めの案内」を受けるということは、その冬の契約依頼の意味が含まれていたので、酒屋にとって柿渋で酒袋を染めるということには重要な意味があったのです、と岩本氏。

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 食品添加物としての柿渋は、「染色から清澄剤へ」と用途の広がりがありました。智の木協会では、第5回シンポジウム平成25年3月8日開催)で、月桂冠株式会社専務取締役川戸章嗣氏に「伏見の酒造りと歴史」−米・水・酒造り−と題して講演していただきました。その際、参加者から酒造り上での柿渋の役割について質問が出され、このたびの岩本氏のご講演に繋がりました。

 1917年(大正6年)『因島の柿渋製造法(下)』に「腐敗清酒などの中に入れて清澄作用を起こさしめることが往々にある」との記載があり、ここで柿渋を清澄剤として使用した事実が確認されるということでした。ここでいう「腐敗清酒」とは、微生物が酒を腐らせたのではなく、たんぱく質の変性により白濁して腐ったように見えることを指します。当時はそれを「腐敗」と理解したようです。柿渋を使っていることイコール酒を腐らせているということになりますので、酒造技術本では書けず、秘密裏に酒屋へ持って行ったのではないかと岩本氏は分析されます。その後ますます清澄剤としての利用が進みました。

日本の伝統を支える

 柿渋の利用分野は多岐にわたっています。番傘(今はほとんどない)、うちわ(香川県丸亀市)、伊勢型紙(三重県伊勢市で伝統的に使われている)、金箔打紙(金沢市)、その他、釣り糸、投網、渋流し漁法(川に渋を流すと川魚が浮いてくる、それを獲る)等々。

 柿渋を輸出する祭にはJapanese KAKISHIBU(tannin of persimmon)と記載されるそうで、まさに柿は日本の伝統的な果物です。

また、用途によっては柿渋と呼ばず、柿油(防水効果)あるいは柿漆(漆の効果)、柿にかわ(接着剤として)などの言葉で古い資料に出てくることがあるそうです。

2.柿について

ヽ舛甘くなる・・・

 柿(西村早生)を輪切りにした図で説明していただきました。柿は種ができるとアセトアルデヒドができてタンニンと結合して黒くなり、甘く感じ「甘柿」と思うのだそうです。アセトアルデヒドと結合したタンニンは水に溶けないので、渋く感じないという理由です。よって、種がたくさんあるほど甘いということになります。このような柿の品種を不完全甘柿に分類するそうです。

柿の分類

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 柿は、園芸などの分野では、完全渋柿四条、横野、愛宕、天王)、不完全渋柿(平核無、刀根早生)、完全甘柿(御所、富有)、不完全甘柿(禅寺丸、西村早生)の4つに分類されるそうです。柿渋生産者である岩本氏にとっては、完全渋柿が必要です。一般的に「おいしい!」と言って食されている柿は、元来は渋柿の品種も含まれていて、収穫後何らかの操作をして出荷されています。柿品種別栽培面積(昭和22年)のデータによりますと、富有柿27%、平核無18%、刀根早生16%と四分の一以上が富有柿で半分以上が渋柿ということになっています。柿の生産県としては、1位和歌山県(平核無)、2位奈良県(刀根早生)、この2県で全体の30%を超えているとか。以上の3種以外にもいろいろな種類の柿が生産されていますが、「その他」が11%あり、柿渋の原料に使われている重要な2種が「その他11%」の中に含まれているそうです。

3.柿渋について・製造方法や精製法

ヽ曾造慮粁舛砲覆覲

 愛宕柿。名前の由来は京都愛宕神社からと言われており、愛媛県西条市から仕入れておられるそうです。200〜300gくらいの大きな柿にすることが目的で、途中で間引くため、捨てられる運命にある柿を柿渋の原料にしているそうです。

 天王柿(京都府産)。愛宕柿と対照的に非常に小さくゴルフボールより少し大きい程度、9月の、彼岸頃でもまだ青く、この品種の場合、種ができても周りは青いままで黒くならないそうです。

 柿渋を製造する場合にはタンニン含有量が問題になりますが、天王柿の場合、彼岸くらいまで十分タンニンがあるということです。

柿の生育

 柿は5月頃に花が咲き6月には小さな実がなり、10月には熟成し食用になります。柿渋の原料がある時期は7月から9月までの3ヶ月間になりますので、データを見ながらどの品種の柿をいつ頃搾ればいいかを判断することになるそうです。

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 岐阜県(8月末)では田村柿、京都府(9月初)では天王柿、愛媛県(7月初)では横野柿、愛宕柿が生産されますので、早い時期に量を確保してフルに使って柿渋を作るそうです。

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 参加者に柿渋A、柿渋Bのサンプルをまわしていただきました。サンプルAは臭気があり、Bにはありませんでした。柿渋は天然物であるため(原料が異なる、収穫時期が異なる、タンニン含有量が異なる)ばらつきがあり、品質を安定させるのが難しいそうです。

 柿果実(原料)粉砕後圧搾、直径2ミリくらいの穴から柿渋がチョロチョロ出てくる様子、搾汁液の様子(緑色)、色の変化、タンクの様子などをスライドで説明していただきました。搾り立ての柿渋(新渋)はフルーティな良い臭いだそうです。熱で殺菌することによって、柿渋の色が褐色、赤褐色になるそうです。ぜひその過程を自分の目で確認したいものですね。

 タンクで最低1年以上熟成、貯蔵し、3年以上熟成させたものを玉渋というそうです。タンクは発酵・貯蔵・製品タンクの3種に分かれており、製品タンクはステンレス製で品質を一定に保つようにしていますということでしたが、臭気の問題、ロット間で差が生じる問題がありました、と岩本氏。

ァ崕気」と「ロット間の差」をクリアしたい。「限外濾過膜(UF膜)の原理」

 平核無のカキタンニンの推定構造を示して、その化学構造から、緑茶に含まれているカテキンが縦に繋がって構成された構造になっていることを教えていただきました。そして、分子量も多いことが分かります。

UF膜は半透膜を利用した加圧濾過分離法で、溶液中に溶存している糖、アミノ酸、無機塩、有機酸などの低分子物質は透過しますが、高分子物質は濃縮することができるのだそうです。家庭用浄水器でもこの膜を使っているメーカーがありますし、医療の分野で透析をする際にもこの原理を利用しているとのことです。

この膜を使うことにより、柿渋を上の部分と下の部分に分けて柿タンニンを取り出し、膜に規格があることからその規格をそのまま柿タンニンの規格にすることを検討されたそうです。

Τ曾造陵用法

 衣食住、日々の生活の中に深く溶け込んで使用されている様子を、具体的に教えていただきました。

・衣: 染め、ファッション性のあるようなストール、ジャケット、カバン、帽子などにも使われている。

・食:お酒の清澄剤として。

・住:天井などに天然の塗料として。

4.最近の話題

 清酒清澄剤に始まり、化粧品、消臭剤、染料、建築材の塗料、石鹸、ドリンクとして、また、ボディソープ、シャンプーなど、男性の加齢臭アルデヒド)を柿タンニンで除去すること、お菓子やタブレットになっているものは口臭予防として等、現代社会ならではの利用方法を教えていただきました。

資料として、実際に家庭で試みることができるように、染め「布、糸を柿渋で染める」「柿渋で和紙を彩る」「木材に柿渋を塗る」方法を示していただきました。

都市未利用空間活用で“みどりの風”を感じる大阪つくり シンポジウムのご案内

小林昭雄氏 智の木協会 代表幹事

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 (一社)テラプロジェクトが11月19日(水)、標記のタイトルで、大阪府立環境農林水産総合研究所大阪大学産業科学研究会と共にシンポジウムを開催することになり、智の木協会大阪ガス阪急電鉄大阪国際サイエンスクラブなどと肩を並べてそのシンポジウムを後援する旨述べられました。

 このシンポジウム産学官民で行う初めての試みであり、ヒートアイランド現象により、熱帯よりも暑いと言われている大阪に“みどりの風をつくりましょう”という呼びかけを行うものです、と続けられました。智の木協会は、このビルの4階で活動を見える形でアピールしており、具体例として大阪府立環境農林水産総合研究所(テラプロジェクトと連携協定を締結)より陳列していただいたパイナップルの面倒をお願いしたことを説明されました。

 大学では、大阪大学産業科学研究所が身近な空間に色々な形で植物を導入していく方向を進めていること、「温暖化の中で化石燃料を使うことなく太陽光を最大限に活用していくことがこれからの日本のあり方であり、都市の中の空間、室内空間でもみどり化を進めていくことが可能でありますし、今後ホットな話題になっていきます」と述べられました。

 シンポジウムでは、実際にこれまで「みどり事業」を実践してこられた10企業・団体の代表者に発表していただき、また、女性の方々の力で実際に家の中で、オフィスの中でみどり化を進めていきたいということで、植育・食育についてパネルディスカッションをしていただく計画について説明され、シンポジウムへの参加を所望されました。

都市未利用空間活用で“みどりの風”を感じる大阪つくり シンポジウム

・日時:平成26年11月19日(水)13:30〜

・会場:大阪大学中之島センター 10階 佐治敬三メモリアルホール



閉会のご挨拶 智の木協会 副理事長 黒田錦吾氏

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 黒田氏は「智の木協会の活動は年毎に充実してきています。シンポジウムワークショップ、イーヴニングトークなどを数多く開催し、多才な方々にそれぞれの得意分野で講演していただいていますが、より多くの方々に色々な角度から話をしていただくことにより、ボトムアップを図っていきたいとの意図があります」と話されました。

 地球温暖化が進み、今年は台風が数多く日本列島を襲うというような天候でしたが、このような状況を大きな力で改善するのではなく、それぞれの個人のもつ能力をいかに生かすかということが非常に大切ではないかと思う、と述べられました。今までは大企業が大きな力で一方方向に働きかけをしてきましたが、これからの社会はあらゆる角度からボトムアップで、小さな変化を重ねていくことが大切では、と話されました。大阪では堂島の米相場のように大阪人の発想でできていることがありますが、智の木協会も皆様方の個々の力、会員の皆様の個々の力を結集してより大きな力に発展させ、想いを叶えていきたいと願っていますので、ぜひ、皆様方の力を貸していただきたい、とお願いされました。

 最後に、講演者の岩本氏に御礼を申し上げられました。

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以上

2013-03-11

第7回 智の木協会ワークショップレポート

| 12:33

第7回 智の木協会ワークショップレポート

 平成24年11月7日(水)18時〜19時

 於:大阪富国生命ビル4階 【社】テラプロジェクト Aゾーン

 司会:智の木協会 事務主幹 川上茂樹氏


開会のご挨拶:智の木協会 名誉顧問 山本幹男氏

 最初に、ご参加の皆様にお礼を述べられました。続いて「大阪富国生命ビル」について、地球温暖化、緑地保全など環境問題を強く意識してビル建設に臨んだ様を説明されました。f:id:chinoki1:20130311125140j:image:medium:right

 仏人、ドミニク・ペロー氏の設計によるビルの外観は、大地に根を張った大樹が天に伸びていく様を表現しており、梅田の景観を豊かにとの思いが込められています。

内部は、地下2階から吹き抜けのアトリウムになっており、「フコクいのちの森」と称されています。これは、富国生命様が伊豆に山を所有されており「フコク生命(いのち)の森プロジェクト」と名付けて保全活動をなさっているCSRに繋がっています。アトリウムでは、チトンフィット空調を採用しておられ、「地下にいながら森の安らぎを感じていただける空間を演出しています」と山本氏。「設計上、生の植物を置くことは難しいですが、植物の持つ力や効用を智の木協会の活動と共に進めていければ幸いと考えています」と続けられました。

 山本氏は「本日のご講演者、黒田緑化事業団様は、緑化事業を行うことにより大阪の生活環境の向上を図り、公共の福祉の増進に寄与することを目的に毎年様々な植樹活動をされていること、それは富国生命ビルのコンセプトと重なるものを感じています」と述べられました。

 智の木協会は、2008年5月4日に発足以来多くの方々にご支援いただき、企業会員は20社を超え、個人会員も100名に達するほどに成長しました。山本氏は、特にこの度の地方公共団体(鳥取県智頭町、大阪市北区)の入会に言及されると共に、その意義を強調されました。また、智の木協会は、4階を運用している産学連携活動支援機構「テラプロジェクト」への支援でも重要な役割を担っていることも加えられました。そして、「智の木協会の活動が多くの方々に理解されて植物の持つすばらしさ、あるいは持続可能な社会環境づくり、心豊かな人格形成等、豊かな社会づくりに寄与することを願ってやみません。活動を磐石なものにしていくために更なる努力を致して参りたいと思いますので、ご支援をお願いいたします。本日ご参集の皆様のご健勝をお祈りいたします」と結ばれました。


事務局報告:智の木協会 事務局長 小菅喜昭氏

 智の木協会組織についてスライドを用いて説明していただきました。

総会の下に理事会→幹事会→事務局→研究会があります。また、会計監査人は税理士にお願いしています。名誉顧問には以下の3名の方に就任していただいております。

・フコクしんらい生命保険株式会社 代表取締役社長 山本幹男氏

コクヨ株式会社 代表取締役社長 執行役員 黒田章裕氏

京都大学名誉教授 小清水弘一先生

 その他、平成24年度の活動内容をスライドで紹介していただきました(会員の皆様には添付でお送りしています)。


講演:公益財団法人 黒田緑化事業

   理事長 黒田耕司氏

   

座長:智の木協会 代表幹事 小林昭雄氏

f:id:chinoki1:20130311130107j:image:medium:right 智の木協会設立時から深いご縁のコクヨ株式会社さん、創設された黒田家、緑化事業に取り組んでこられた黒田家代表として黒田耕司氏を紹介されました。ご紹介に続き「智の木協会理事長 黒田錦吾氏より当該社が取り組む緑化活動について学ばせていただきましたが、本日は、その中核組織である(財)黒田緑化事業団(昭和48年10月20日設立)につきましてご説明いただきたくお招き致しました。また、全ての面で智の木協会は学ばせていただくことが多く、本日は、理事長様に直々に活動実績をご披露いただき、会員の皆様と共に学ばせていただきたくご講演をご依頼致しました」と述べられました。

 

講演:「みどりの不毛地の大阪にみどりを」

 黒田耕司氏は平成22年に(財)黒田緑化事業団の理事長に就任されました。(財)黒田緑化事業団は昭和48年10月、コクヨ株式会社常任監査役黒田敏之助氏(黒田耕司氏の父)の遺志に基づいて設立されました。元々コクヨ株式会社創始者の黒田善太郎氏が植物や植木を大切にされる方だったご様子で、「見て美しいと感じる素直な心が商品の品質に通じ、また木を育てることが人間造りにも通じる」と説き続けておられたそうです。この精神が二代目社長始め、役員の方々にも強く受け継がれ、コクヨ(株)工場内その周辺の緑化を進めてこられたそうです。

f:id:chinoki1:20130311130302j:image:medium:right 二代目の黒田敏之助氏が育った大阪は、上町台地を除いて昔海だったためほとんど緑がなく、敏之助氏は常に「美しいみどりの回復、ひいては人間性の回復を図る大きな役割を果たしたい!」との意思を生前お持ちだったそうです。「みどり」に対する創始者以来の伝統的な緑化に対する強い関心と黒田敏之助氏の強い遺志により、財団は設立されました。

 財団の基本財産はコクヨ(株)の株式で、敏之助氏の保有株のうち約三分の一を財団設立のために寄贈されました。その後の無償増資等により360万株を有する大株主となり、その配当を以って財団の運用資金に充てて活動しておられます。

 財団の設立目的は、「地方公共団体、その外郭団体、その他この法人と目的を同じくする事業を行う公益法人を通じて、大阪府下における緑化事業を行うことによって、大阪府民の生活環境の向上を図り、もって公共の福祉の増進に寄与する」とあり、財団は植樹を中心に事業を展開、「とにかく、みどりを増やすことに力を入れてきました」と理事長。故人の強い遺志とはいえ、三代目の耕司氏も積極的に大阪のみどりを増やすために働いておられ、その熱意に頭が下がります。

 昭和48年から平成23年までの実例をご紹介いただきました。主な植栽地は下記の通りです。HPにも活動履歴などが載っています。HP:www.kuroda-ryokka.or.jp

大阪府関係〔()内は主な樹木の種類〕 

・久宝寺緑地(広葉樹)

 ・咲くやこの花館(クスノキ並木)

 ・蜻蛉池公園(花木園桜通り、メタセコイア)

 ・関空エアロプラザ:室内(ベンジャミン、タイワンモミジなど)

 ・大型児童館「ビッグバン」植栽

 ・大阪府民牧場「かぶと虫の森」

 ・大阪府民牧場「ビオトープ」

 ・府庁本館屋上緑化

 ・紀泉わいわい村

 ・花の文化園:バラ1,587本、梅270本、中国牡丹940株、その他平成2年から毎年。

 ・水生生物センター、ビオトープ他

 ・今池水みらいセンター

 ・竜華水みらいセンター

大阪市関係

 ・毛馬桜ノ宮公園

 ・大阪城公園「黒松並木」

 ・大阪国際交流センター(黒松、クスノキ等)

 ・大阪市庁周辺(ケヤキ)

 ・谷町筋(トウカエデ)

 ・夕陽丘町樹園(多行松)

 ・大阪市立長居植物園(カツラ、シダレザクラ)

 ・大阪歴史博物館(ケヤキ他)

 ・中之島公会堂周辺緑化、中之島公会堂サンクンガーデン

 ・大阪城梅林、大手前広場 黒松植樹式、緑化フェアー プランター寄贈

  杉山地区(モミジの名所として)

 ・花博記念公園鶴見緑地(コハウチワカエデ、イロハモミジ他)

 ・中之島公園(ケヤキ並木、シロバナトキワマンサク他)

 ・中之島公園南エリア植栽

 ・大阪市立大学

 ・大阪市JAAFグリーンプロジェクト:世界陸上2007大阪大会メダリスト全員に、

  長居公園に植栽してもらわれた。

 ・市立美術館(プランターに花を)

f:id:chinoki1:20130311130404j:image:w360:left 多くの方々が訪れた経験をお持ちのあの場所、この場所の立派に育った植栽の多くが(財)黒田緑化事業団によって寄付されたことを知り、感服致しました。「当初、植栽を進めても後のケアが大変だからという理由で行政から疎ましく思われていましたが、最近では行政の財政難で逆に大きな期待を寄せられるようになりました」と黒田氏。また、「大阪市の中心であり、シンボルである中之島界隈に植樹させていただけることは本当に幸せ」と締めくくられました。

 これまで、大阪市内で立派に育った並木道や大阪府下・市内の公園で美しい植栽に触れて、「近畿の大都会」でありながら「みどりが多い」と感じていました。大阪のこれらの多くの「みどり」が財団の長いご努力の賜だったことを知りました。「仕分け対象」になりかけた花の文化園には、10年以上を費やして多種多様の植物を寄付してこられました。花の文化園の珍しい品種の植物、その種類の豊富さと地形を生かした植栽方法、ゾーン別の植栽等は花やみどりを学習する人たちにとって、大変貴重な植物園です。大阪城公園では桜だけでなく「黒松並木」をぜひご覧になってください。また、美しいみどりが育っている処では、「(財)黒田緑化事業団による植樹ではないかしら?」と立ち止まってください。きっと財団の方々の「熱い思い」が伝わってくることでしょう。

今後は知人に友人に、多くの方々に(財)黒田緑化事業団の大きな存在を広報していきたいと思います。

座長:

 「世界的には21世紀はグリーンゴールドの時代、みどりが金を産む時代と言われており、私の一番好きな言葉です。コーヒーカップもヘレンドのグリーンと金のカップを使用しています」と小林氏。「創始者の方の流れを脈々と繋いで、40年間[ゴールド]作りをして来られて敬服致しておりますし、本当に素晴らしい活動をしていただいているということ、我々の日頃の生活に指針を与えてくださったように思います」と述べられました。「コクヨ(株)さんはタイサンボクを樹花として決めておられます。早く大きくなりますし、清潔な白い大きな花が咲きます。前会長 黒田打圭氏がお決めになりました。私共もタイサンボクの勇姿を目にする度に、コクヨ(株)黒田家のみどりに対する強く深い思いを感じております」と結ばれました。


閉会のご挨拶:智の木協会 副理事長 黒田錦吾氏

f:id:chinoki1:20130311130509j:image:medium:right 「理事長のお父さんは文化人で、花であるとか、音楽であるとか、そういうことに造詣の深い人でした。今でこそ各企業共CSR緑化などを推し進めていますが、事業団は緑化事業を40年愚直なまでに進めてきました。これまでの植樹約30万本、基金は17億円です」とのお話に参加者のどよめきが起こりました。「木を切ることは簡単ですが、木を植えて育て、しかもそれを40年も続けるということは大変なことです」と黒田錦吾氏。大阪市立大学の例では、殺風景で教育の現場とは思えないような雰囲気だったそうですが、毎年々々植樹して今では素晴らしい樹木になっているそうです。まさに(財)黒田緑化事業団によってみどりの環境が整備された大学になったと言えるでしょう。

 「事業団はコクヨの大株主です。順調に40年間配当を続けていて、ここまで活動を継続することができました。これも皆さんにコクヨの商品を御愛顧いただいているお蔭です」とお礼を述べられました。コクヨ商品を使うことがひいては大阪のみどりを増やす活動に繋がるということは、非常に嬉しいことです。

「智の木協会は順調に育ってきており、会員数も増えています。会員は多士済々で、月1回のペースで開催のイーヴニングトークに会員の皆様にも順次ご登壇いただき、その輪がどんどん広がっていくことを願っています。ご都合を繰り合わせてご参集いただければ関係者としてはこの上ない幸せです。年末に向け、皆様のご健康とご多幸をお祈りいたします」と結ばれました。

2012-10-29

第6回智の木協会ワークショップ レポート

| 14:05

第6回智の木協会ワークショップ レポート

 平成24年7月20日(金)17:00〜18:00

 於:富国生命ビル 4階 【社団】テラプロジェクト Aゾーン


 第6回智の木協会ワークショップは、【社団】テラプロジェクト一周年記念シンポジウムと共催で行われました。


司会 智の木協会 事務局長 小菅 喜昭 氏

 講師、李卿氏について司会者から「李卿氏は中国・山西医科大学で医学士学位取得、中国医科大学大学院で医学修士学位取得、来日後、鹿児島大学大学院で医学博士学位を取得されました。研究分野は環境医学、森林医学、環境免疫学、免疫・遺伝毒性学、衛生学公衆衛生学と広範囲にわたり、多くの学会に属して研究しておられますと共に、多数のご受賞歴をもたれております。本日は、医学的根拠に基づいた森林浴効果について、大変興味深いお話をしていただきます」とご紹介していただきました。


講演 日本医科大学衛生学公衆衛生学 講師

    森林医学研究会 代表世話人 李 卿 氏

f:id:chinoki1:20121029163428j:image:medium:right「森林浴」とは、空気がよくてリフレッシュできる、身体によい、癒される、結果的にストレスから解放されて免疫力もアップして長生きに繋がるのではというようなイメージでしたが、医学的根拠に疑問がありました。当日はそれらの疑問に明快な回答を与えていただきました。

 現代社会では、強い不安、ストレスを持っている労働者が急増していること、中年男性の二分の一の人達がメタボリックシンドローム発生もしくはその予備軍であることが見込まれていること、その数約2,000万人と推定されていること、自殺者の問題が深刻であること、そして、その解決策として森林セラピー治療が有効であることをデータを用いて解説していただきました。「自殺者の多くは健康問題を抱え、その中でもうつ病の人が多いとされています」と李氏。「このような状況下では、健康管理が大きな問題になり、有効な予防対策が求められており、森林浴が新しい健康増進・疾病予防法として注目されています」と続けられました。

 森林浴が健康に良い理由としては、以下の項目が挙げられます。静かな雰囲気、美しい景観、穏やかな気候、清浄な空気、フィトンチッド(芳香物質)、マイナスイオンです。芳香物質やマイナスイオンにはひとのNK(Natural Killer)細胞の活性(がん細胞増殖を阻止する活性)を高める効果があるそうです。

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 がん発症率とNK活性との関係について3,625人を対象に、最初に血液を採取してNK細胞数を調べ、11年間も追跡して調査した結果、女性でも男性でもNK活性が低い人の方が高い人の約倍位発症率が高いという事実が確認されたそうです。

 NK細胞によるがん細胞障害のメカニズムについて、がん細胞=犯人、NK細胞=警察に例えて分かりやすく説明してくださいました。「一般社会では、警察≫犯人の構図では社会が安定しています。生体も同じように、NK細胞≫がん細胞の構図で健康を保てます。」また、「がん細胞≫NK細胞の場合にがんを発症し、がんの発症者には高齢者が多いのですが、その理由はNK細胞の動的活性が低く停滞しているからです」と解説してくださいました。

森林浴実験

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 森林浴による免疫能への効果実験を2005年、長野県飯山市で中年サラリーマンを対象に実施した結果から、森林浴前に比べ、実施後1日目の方がNK活性が増え、2日後には更に増えることが確認され、森林浴は効果があるということを証明されました。NK活性が上昇した理由としては、NK細胞が増えたこと、細胞内の抗がんタンパク質が徐々に増えたことを挙げておられました。

 次に、旅行によっても効果が上がるのではないかという疑問に答えるため、2006年に緑の少ないところを選んで同じように中年サラリーマンを対象に実験を行った結果、NK細胞の増強は認められなかったそうで、「旅行による効果」ではなく「森」の効果によることが判明し、旅行には都市ではなく森を選ぶことを勧められました。

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 森林浴の効果の持続について関心があるところですが、活性の持続実験については、2006年にやはり中年サラリーマンを対象に行われました。「採血スケジュールは、森林浴前、森林浴1日後、2日後、1週間後、4週間後の5回実施され、森林浴後1日目・2日目共に効果が持続し、1週間後では僅かに下がり、4週間後は効果が下がったものの、森林浴前よりも活性が優位に高かったという興味深い結果が得られました」と李氏。森林浴がヒトNK活性を増強させ、持続効果が認められた、また、抗がんタンパク質量を増加させ、活性持続効果が認められたことを話されました。女性についての実験も行われ、同様の結果が得られたそうです。

 日帰りの森林浴による免疫機能への効果についても2009年、中年サラリーマンを対象に実験が実施されましたが、やはりNK活性及びNK細胞数が増加し、NK細胞内の抗がんタンパク質量を増加させ、1週間後もなおその効果が持続することが証明されたそうです。

森林の力で心を癒す

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 森林浴が緊張・不安・憂鬱・落ち込み・敵意・疲労・混乱を低下させ、活気を高めることが、2007年智頭町実験結果で証明されました。自覚症状については、アンケート結果により、森林浴後の方がマイナス要因が下がっていることが分かったそうです。「森林浴が有意に尿中ストレスホルモンを減少させますが、一般の旅行は尿中ストレスホルモンを減少しないことが分かりました。旅行は確かにリラックスはしていますが、ホルモンには関係していないことが分かりました」と李氏。女性の場合も森林浴がストレスホルモンを減少させ、尿中アドレナリン濃度が2日目には森林浴前の三分の一に減少し、更に、ストレスホルモン(血清中アルチゾール)を減少させ、1週間後でもなお森林浴前よりも低いという結果が得られたそうです。

ストレスと免疫反応

 「生理ストレス反応があり、ストレスがかかると緊張と不安が起こり、それが自立神経や心拍のリズムの乱れを起こし、やがては免疫力低下につながります。しかし、森林浴によってストレスを減少すると、ストレスによるNK活性抑制から解放され、NK活性が上昇し、回復していきます」と説明されました。

森林の力でカラダを癒す

 森林浴による血圧のへの影響、生活習慣病への効果、アンチエージング効果についてのお話がありました。

 血圧が高いが服薬していない人を対象に、都市での一日、森林での一日、同じ時間に測って比較した結果、やはり効果があったという報告がありました。都市部での散策に比べ、日帰り森林浴は有意に血圧を低下させたということです。そして、日帰り森林浴が血中adiponectinの濃度を有意に増加させることも判明したそうです。都市部での散策では、その前後でadiponectinの濃度に変化はありませんが、森林ではその濃度が増加しており、日帰り森林浴による血中DHEA−S(アンチエージング指標)への影響について、そのレベルを上昇させたそうです。

 

森林浴の効果について以下のようにまとめていただきました。

1. 森林浴が抗がん免疫機能を高めるので、がんになりにくい体づくりができる。(がんの予防効果)

2. 森林浴は、活力を上昇させ、憂鬱・落ち込み・怒り・敵意・疲労症状を有意に低下させ、「うつ状態」の改善に有効。

3. ストレスホルモン減少、ストレス軽減、特に精神的ストレスに有効。

4. 森林浴が、血圧と血糖値を低下させ、「メタボリックシンドローム」(生活習慣病)の予防にも有効。

5. リラックス効果、脳の鎮静化。

6. 森林散策による健康増進効果。

7. アロマテラピーの「アロマ」は、主に植物(木・花)から抽出した精油で、森林浴は「自然アロマテラピー」と言えよう。

 森林浴の将来像について、夏と秋では、森林浴と温泉を組み合わせ、冬と春では、スキーと温泉を組み合わせることによって一年中森林浴が可能です、と話されました。

 森林セラピーはマスコミから、あるいは行政・自治体から、ひいては学術団体から大きな注目を集めています。2005年から、新聞、テレビ、雑誌で紹介されたり、インタビューを受けるなど、日本のみならず、中国、アメリカなど海外でも紹介されています。

 李卿氏は、自治体での講演に加え、各種学会や国際学会で講演なさっています。そして、2007年3月26日、大阪国際交流センターで「森林医学研究会」が発足しました。

日本医科大学衛生学公衆衛生学の中に森林浴研究チームがあり実験を進めてこられました。

 李先生が事務局を務められる「森林医学研究会」と本講演の会場を提供してくださった「社団」テラプロジェクトとは、アカデミア連携協定を締結しており、相互理解と相互の発展を共同で進めています。

2012-02-04

第5回 智の木協会ワークショップ レポート

| 14:14

第5回 智の木協会ワークショップ レポート

 平成23年11月8日(火) 17:30〜20:00

 於:梅田富国生命ビル 4階 テラプロジェクト Aゾーン

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                 司会:智の木協会 事務主幹 川上 茂樹氏


開会のご挨拶:智の木協会 顧問 山本 幹男氏

 当日参加されました方々へお礼を述べられ、智の木協会が平成20年5月4日に設立され、それ以降、シンポジウムワークショップ開催を重ね、今回で8回目を迎えたこと、また、その都度、大変盛況であること、これは皆様のご協力とご支援の賜物であることへの謝辞を追加されました。

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 この間の経済問題、リーマンショック、ギリシャを始めとする経済危機などについて触れられ、東北大震災で亡くなられたり行方不明になられた方々に哀悼の意を表されると共に「早い復興を心よりお祈り申し上げます」とご挨拶されました。

 被災地で混乱の最中、お互いに助け合い、冷静さを失わない秩序を重んじる日本人の姿勢について、「外国メディアも日本人の品格を讃え、賞賛と激励のエールを送っている」とのマスメディア評価に誇りを感じ、個人々々が日々努力していくことの重要性を強調されました。

 震災後、保険会社として被災地での安否確認作業を進めるに当たり、津波や原発などで困難なこともあった中で、「常日頃、その地に生活している職員がface to face で営業させていただいた努力が、今回、高いパーセントの安否確認につながり、保険金の支払いをスムースに進めることができました」がこれらを通じて学ばせて頂きましたことは、地域のつながり、人と人とのつながり、地域コミュニティの大切さであったとの新たな認識についても語られました。

大阪富国生命ビルも、梅田の地で地元の皆様のコミュニティに少しでもお役に立てれば」と梅田中心部でのビルの存在意義を智の木協会の活動を通じて明示できたことへの感謝を述べられました。

 また、4階のスペースは、植物と食品をテーマに智の木協会代表幹事小林先生が中心になり、産学連携施設としていろいろな活動をしながら様々な情報を発信していますが、今後とも、智の木協会および「社団」テラプロジクト(産学連携施設)を多くの方々にご活用頂き、社会貢献情報の発信基地としてその存在を高めたい由、協力頂きたい旨の依頼を述べられ、開会の辞を締めくくられました。


事務局報告:智の木協会 事務局長 小菅 喜昭氏

 幹事会が開催され、2010年10月から2011年9月末までの決算と、2011年10月から2012年9月までの2012年の予算が承認されたこと、会員の増減については、企業賛助会員、個人会員共に順調に増加している旨の報告がありました。

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 活動としては、今年度は、1回のシンポジウムと2回のワークショップを開催、また、信州バラクラツアーと中国杜仲の森訪問の2回のツアーを実施したことを報告されました。

 今後の活動について、11月より月1回の割合で「智の木イーヴニングトーク」と題して、会員相互の交流を深めるイベントを開催することになったこと、自主事業としては、中学生に理科の出前授業を行うことを話されました。

今後、他の機関と連携協定を結ぶなどして、お互いに協力しながら活動を進めていくことも確認されました。

 

講演1:立命館大学 政策科学部 教授

    仲上 健一氏「中国崇明島と水土の知」

座長:智の木協会 副理事長 小林 昭雄氏

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 「いつも中国に行きますと言う言葉に“日本と中国、私共は環境という同じ乗物に乗っています”というのがありますが、環境は一国の問題に限っていないことを悟るべきだと強調してきます。仲上先生とは6年くらい前からサステイナビリティサイエンス機構でご一緒させて頂きました。本学問は、文部科学省科学振興調整費をベースに大型プロジェクトとして進められ、持続可能な社会つくりに関する課題を一緒に勉強させて頂きました。」「数々の公的な役職でご活躍の仲上先生に、昨今の中国の現状も踏まえて興味深いお話を伺えるものと楽しみにしております」と結ばれ、仲上先生を紹介されました。


講演 

 智の木協会々員で、樹花をカリンに決めておられる仲上氏。現在、政策系、経済系、環境系の学会が中心になって進めている震災対応プロジェクト呼びかけ人の代表もされています。

 仲上氏の研究領域は、工学(土木工学・環境工学)、環境経済・政策学、政策科学、アジア太平洋学、サステイナビリティ学と多岐に亘っています。

 土木のご出身ですが、水資源から環境政策そしてサステイナビリティと幅広く、2000年、大分県にアジア太平洋大学ができる際にはそれを作る責任者になられて、世の中にない学問はアジア太平洋学であるとしてその設置を進められたそうです。小林代表幹事が中国黄土高原で進めている「杜仲プロジェクト」も、アジア太平洋学にとっては非常に重要な課題だと思っていますと話されました。サステイナビリティ学については、1713年ドイツで森林保全の本が出版されていて、300年の歴史がありますと紹介され、智の木協会とサステイナビリティ学とは共通点が多くあるのではないかと述べられました。

 ご自身は中国のお生まれとか。中国の事情に大変お詳しく「中国はオリンピック、上海万博で成功して日の出の勢い、世界は中国のものだと言いながら、内部では反省も少し起こっています。しかし、表面上は強気で負けることができないという雰囲気です」と最近の中国の様子を話してくださいました。

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 これまでの中国は、経済的社会発展に重心をおき、取り壊しては新しく開発し建築物を造ってきました。しかし崇明島については、これまでの中国では見られなかった生態系、風土を重んじる開発がなされようとしていることなどをご紹介いただきました。


崇明島について

 中国の人は中国で一番大きい島は台湾、2番目はハイナン島と言うそうです。崇明島は長江の肥沃な土砂が河口に堆積してできた中洲の3つの沖積島から構成されており、中国では3番目に大きい島だそうです。世界最大の沖積島で、上海市の1/6を占める崇明島は、西暦618〜20年頃から地上に姿を現し、現在も砂の堆積を続けているとのこと。標高3〜4メートルの平坦な地形で年間平均気温15.2度と温暖。上海の「食糧基地」として位置づけられてもおり、島民は総じて長生きで高齢者が多いそうです。

 東岸に広大な湿地を有しており、野鳥の飛来地であったため、2002年にラムサール条約に登録後自然保護対象地に指定され、その規模や自然の豊富さは世界的に注目されているところから、仲上氏は崇明島の未来を「水土の知」という視点で考察されました。

 上海万博に参加した一人として、崇明島が上海市の中に存在することすら知らなかったことを恥じ、訪問はできなくてもガイドに現状を聞き、感想を聞くことは可能だったのではと悔やまれます。


崇明生態島建設綱要の発表

 上海市が2010年1月に発表。低炭素コミュニティを建設すること、低炭素農業を発展させること、新しい観光発展モデルを探求することの3つの大きな特徴を掲げたそうです。

 崇明生態島建設の特徴は、生態環境の各種指標を重視し、同時に、経済・社会の指標にも配慮して経済社会発展計画のバッファも残しているものだそうですが、これまでの中国では、生態環境重視の計画は後回しにされていましたので、この転換には目を見張ります。

 ラムサール条約登録後2005年頃から開発・保全・投資という三つの要素がすれ違いながらも各国の注目を集めてきたエリアで、2005年には「中国・フランス崇明生態島プロジェクト協議」が発足し、2008年には当時の英国のブラウン首相が崇明島を訪問、環境対応モデル都市「生態城(eco-city)」の開発を官民で推進することを宣言したそうです。

 一方で、「大上海城市発展計画」もあり、一定の開発が避けられない状況にあるそうですが、崇明島は生態系とのバランスを保持した開発が必須要件で、特に、自然生態系資源をベースにして「循環型」の生態島に必要な理論的ベース、さらにはそれを実現化するための具体的な構想が求められているとのことです。

 この「綱要」には諸外国との連携に関する記述が不明確で、崇明島々民はむしろ経済的発展を望んでいるという調査結果も出ているそうです。

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崇明島における問題点

 塩害と化学肥料利用による地質低下が農業発展の問題点として上げられており、崇明島でとれる自然資源を使った循環型の土壌改良が求められているそうです。

 「自然生態系」と「地域の経済水準の向上」という相反する目標を両立させながら、日中の協働プロジェクトを展開するという困難な課題へ挑戦していくお話がありました。「低炭素都市構築で日本は後れをとっていましたが、自然生態系へのアプローチを第一義的におく崇明島では、欧米に先んじることが可能」と仲上氏は明言されました。

 「組織」を使用することによって困難を除去しながら協働を進めていくことが迫られており、水資源をめぐる「相互牽制」や維持・管理のための「水土の知」、近代の開発型発想からの脱却がポイントであると結ばれました。


「水土の知」について

 最後に仲上氏はタイトルである「水土の知」について、以下の7つのポイントにまとめてくださいました。

見極めること。崇明島の総合計画が水・緑・土といった全ての自然資源を活用できるポテンシャルをもつかどうか?自然資源の活用の成否の点から見ること。

使い尽くすこと。地域の資源として、水資源・湿地帯・農作物を使い尽くす。「使い尽くす」という様式の実現と理想の比較検討(地域の水と土を本当に使い切っているのか?)

見定めること。現実に開発されている要素の評価。ダム湖の評価・検討を行う。

大事にすること。エコヴィレッジを構成する要素を検討。

見試すこと。湿地帯の維持・管理問題。

見通すこと。上海市との関係。

仲良くすること。農村地域における予期される問題。水と土が基本だから、そのネットワークをしっかり押さえる。


新しい開発に挑む中国に期待

 崇明島々民が長生きであるということは、環境が良い、食糧事情が良いなどの事柄が考えられ、政府は生態系を考慮し、その土地の風土を重んじた開発を念頭におくことを心掛けるようになったようで、これまでの中国情報からは想像できないような方向転換と捉えることができます。鉄とコンクリートから少しずつ脱却、自然と向き合った発展を目指す気運が崇明島から伺え、今後の中国が進む道として大いに歓迎されます。仲上氏に最新の中国の一面をお話いただきましたので、これをベースに今後、非常に情報発信の少ない国ですが、情報に耳を傾け、崇明島の開発状況を見守っていきたいと思います。



講演2:盆栽研究家 川崎 仁美氏

座長:智の木協会 理事 大塩 裕陸氏

 盆栽研究家、川崎仁美氏について次のようにご紹介されました。「京都市生まれで高校3年生の時に盆栽雑誌のモデルをされ、盆栽の世界に入られたそうで、2002年から現代盆栽を主宰し、お若いながら大活躍しておられます。国内外で盆栽の解説や日本盆栽大観展の企画・広報もなさっています。また現在は、京都工業繊維大学大学院で美学・日本美術史を学びながら盆栽の研究をしておられます。」

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 「日本の伝統文化である盆栽の素晴らしさをご紹介いただけるのではないかと期待しています」と結ばれました。


講演

 川崎氏は18歳の時に盆栽協会に入会されることになり、盆栽を作るところからスタートされました。しかし、盆栽については歴史的な資料がまとまっておらず、大部分を独学で勉強され、その後、盆栽の仕事をしたいとの思いから、また、今生きている盆栽をしっかり考えるという意味で、2002年現代盆栽を立ち上げて活動を始められたそうです。


盆栽の歴史

 盆栽のルーツが中国であろうことは容易に想像できますが、川崎氏より「唐代に盆景が発生し、平安時代に日本へ伝わってきました。盆景が発生した背景は、道教に関係があると言われています。根底に神仙思想があり、仙郷をイメージさせるために生まれたのが山水画、三次元の立体として生まれたのが庭園、それをコンパクトにしたものが盆景であったと言われています」と説明していただきました。

 平安時代に盆景と共に禅宗も一緒に入ってきたので、日本では主に禅僧が盆栽をたしなんでいたそうです。鎌倉時代では中国の盆景を写すような形だったものが、江戸時代になると現在の盆栽に近い形になったようですが、盆栽と鉢植えの区別がなされていない状態で楽しまれていたとか。明治になりますと芸術の概念が日本に入って来て、盆栽も日頃のたしなみから芸術に格上げすることが必要になってきたそうです。


盆栽の世界、伝承盆栽

 「アマチュアとして盆栽をとらえる際には趣味の盆栽の認識で、プロの場合は伝統盆栽と呼び、趣味の盆栽とは一線を画します。この世界には盆栽職人という職業があり、鉢や道具を扱う業者が存在します」というお話を聞き、盆栽の奥深さ・格調の高さをじわじわと感じてきました。樹齢百年を超すような木は、管理が難しいので盆栽職人に預けて管理してもらい伝承していくという世界なのだそうです。


盆栽のオーナー制

 伝承盆栽のオーナー制、聞きなれない言葉ですが、競馬のオーナー制と同じと聞き皆納得です。盆栽を購入したオーナーが盆栽職人に預け、管理された盆栽が日本盆栽大観展のような展覧会にオーナーの名前で出品され、そこで賞をとることによって格調を上げていき、オーナーが亡くなった場合はオークションにかけられ、甲斐性のある方がその木を購入して伝承していくような世界だそうです。盆栽は30〜50年周期でバトンタッチされて伝承されており、まさに“生きる骨董品”です。


盆栽の形(かた)

 盆栽の形(かた)について説明していただきました。盆栽の形は樹種、樹形、サイズの三つに分類され、樹種は大きく分けて松柏(松、真柏、杜松、一位、杉など)と雑木(もみじ、けやき、ぶな、梅、桜、皐月、花梨、柿などの広葉樹のこと)の二つに分けられます。松柏盆栽の代表的なものは、真柏と松(黒松、赤松、五葉松、蝦夷松、錦松)です。

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 盆栽は「古ければ古い程良い」という骨董的価値観があり、松と真柏に関しては、管理が良ければ千年以上生きることが可能で、松が喜ばれ盆栽と言えば“松”と言われる所以でしょう。

 雑木盆栽は葉物、花物、実物の三つに分類され、葉物には、もみじ、けやき、ぶな等が含まれるそうです。もみじは季節によって変化を、けやきは樹形や枝振りを楽しむという鑑賞の仕方を教わりました。花物には、皐月や盆梅が含まれ、皐月は品種改良が進んでおり、開花した時に薬玉のように華やかになり、人気があるそうです。梅は古さを表現しやすい木であり、寒い時期に華やかな花が咲き、しかも香りもよいところから骨董的価値観につながり人気があるとか。実物には花梨や柿が含まれ、「見た目にも色としてきれいです。鉢の中の栄養分しかないにも関わらず、かなりしっかりした実が生り、これは職人の肥料の配合の技によるところ大です」と川崎氏。

 樹形は主に、模様木、懸崖、直幹、根上がり、文人、吹き流し、石付、株立ち、寄せ植え、斜幹、双幹、箒立ちに分類されていますが、木に負担がかからない形にすればよいと教えていただきました。

 サイズは、大物盆栽(60cm以上)、中品盆栽(25〜60cm位まで)、小品盆栽(25cm位まで)、ミニ盆栽(7.1〜10cm位まで)、豆盆栽(7cm以下)に分類され、日本盆栽大観展は大物盆栽展だそうです。昔は大物や中品盆栽に人気があったようですが、最近は小品やミニ盆栽に人気があり、それは住宅事情、また、女性の愛好家が増えたことなどに因るのではと川崎氏は分析されました。


世界のBONSAI

 海外でも盆栽が流行していて、2004年ドイツ、ミュンヘンの盆栽展の例をご紹介

いただきました。現在では、大文字のBONSAIが世界共通用語になっているそうです。

 出品者はヨーロッパ全土から集まり、日本の展示方法を手本に開かれていたこの展示会、日本では盆栽と骨董を合わせるやり方が主流ですが、絵画と組み合わせたりする例があったこと、また、盆栽をアートと捉えてオブジェのような盆栽が多かったと話されました。初期の段階では、日本の盆栽を輸入して育てていたヨーロッパの人達も、気候の違いなどから今では現地で“山どり”の植物を盆栽に仕立てて楽しんでいるそうです。造形的な盆栽は長生きできないということに、最近、ヨーロッパの愛好家達も気づき始めているそうです。


鉢植えから盆栽へ(鉢植え→剪定→針金かけ→鉢合わせ→盆栽)

 「鉢植えと盆栽の区別がつかない人が多い」と聞き、耳が痛い一人です。ここでは、鉢植えから盆栽に仕立てていくプロセスをご紹介いただきました。

 「鉢植えとは、大きくなることを楽しむもので、それを盆栽に仕立てていく際の第1段階の技術として剪定があり、太い枝を切るところから始めます」というお話がありました。これは勇気のいる作業です。太い枝は栄養を独り占めしており、それをとることによって他の枝に万遍なく栄養が行き渡り、寿命が変わるとか。鉢植えと盆栽の大きな違いは寿命だそうです。「盆栽では百年以上の木が多くあり、二百年、三百年のものもありますが、鉢植えで百年以上の物はなかなか無いと思います」とのお話にうなずきました。これからは思い切って剪定できると思います。

 第2段階の針金かけについて、「植物の虐待だという人がいますがそれは誤解です。人間の歯列矯正のようなものです。光合成しやすいように、上から見た時に枝と枝が被らないように仕立てていきます。長生きさせることが盆栽の一番の目的で、針金かけは健康美を目指しています」との説明に、合理的だと感心しました。

 鉢合わせについて。伝統盆栽で百年以上経つ古木の場合は格調を合わせるために骨董品と合わせることが多く、また、盆栽は小さければ小さい程よいという価値観があり、鉢合わせすることにより木を大きく見せたいという意図があるそうです。小さい盆栽の方が価値があるその理由は、生き物は一度大きくしてしまうと小さく戻せないため、樹齢の割に小さいということは、職人やオーナーが時間と手間をかけてきた証明だからだそうです。「小さいけれども巨木に見せるテクニック、そこが鉢植えとの大きな違いです」と川崎氏は力説されました。


最終段階

 鑑賞の仕方について「飾台の上に乗せます。根元には苔を張ります。これは“化粧苔”とも言いますが、古木になると地味な色になりますので苔を張ることにより鮮やかな緑でコントラストが生まれます。また、鑑賞する際に室内に入れますので、保湿の役割もします」とのこと。

 川崎氏は若い人たち、育てられない人たちと盆栽の距離を縮める方法として“鑑賞する楽しみ”を提唱しておられます。「鑑賞する楽しみを覚えてもらい、将来時間と余裕ができた時に趣味を選ぶチャンネルの一つに盆栽があると思ってもらえれば。盆栽愛好家の種まきと考えて、大観展の中でも鑑賞ツアーを設けて盆栽の見どころを紹介する活動もしています」と続けられ、さすが若い盆栽研究家の新しい試みとお見受けしました。

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盆栽鑑賞のススメ・・・見るポイント

 ・根ばり・・・古さは根元で見ます。

 ・枝配り・・・枝と枝との間の空間、枝と枝が人の字になって開いている、これは盆栽特有のフォームです。足元から幹にかけての古木感が大事で、意図的にその部分が空いています。そこを見せるために正面があります。

・コケ(木毛)順・・・木毛とは枝先のこと

  巨木に見せなければならないので、枝先が毛のように細くなっていることが重要です。品種改良が進んでいますので自然の木には無いような枝先が細かくなっているのが特徴です。

 「正面に立って見上げて鑑賞することがマナーになっていますので、触ってはいけませんが、太くて大きいところから細くなっているところまで目を近づけて下から順に見上げてください。小さいからといって見下ろすのではなく、人間が下から見上げると盆栽が巨木に見える瞬間があります。これは遠近感を使っています。プロの技の見せどころになっています」と詳しく説明していただきました。

 この方法で鑑賞しますと、全ての人が盆栽を巨木として認識できるはずです。そして、その木が展示されるまでに多くの職人の方々の手を経て育ってきており、しかも人間よりも遥かに長く生きていることに畏敬の念を抱くことになるでしょう。

 参加者のだれよりもお若い川崎氏に、和服姿で伝統盆栽について分かりやすく解説していただきました。「職人の世界」での異色の存在、「華」とお見受けします。本日より盆栽ファンが増えたのではないかと思います。


会場のご質問に対して

Q:皐月について、カラフルな花が咲いていましたが。

A:品種改良で接ぎ木で1本に仕立てています。企業秘密のところがあり、成功した方から購入する形になっています。

Q:値段について。

A:バブルの頃には1鉢1億円というような値段がついていたようですが、値段は経済と共に変動します。小品で1鉢1万円くらいではないでしょうか。管理費については、職人とオーナーさんの信頼関係で決められるのではないでしょうか。

Q:外国の場合について。

A:アートとしての認識がありますので、自らの手で創作することを優先しています。職人に預けることはあまりしません。

Q:盆栽の輸入について。

A:日本の職人が素材として購入することはありますが、外国の作品を購入することはありません。

Q:床の間飾りの場合、光の扱い方は?

A:展示会では飾りっぱなしですが、通常、一日中家の中で飾っているというわけではなく、鑑賞が終わると外へ出します。来客の時に迎え花の感覚で飾り、帰られるとまた庭に返す、夜は大抵の場合は外へ出します。


閉会のご挨拶:智の木協会 理事 吉田 茂男氏

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 「崇明島という大きな島の話と1岼焚爾両さなエリアの話を、どのように受け止めて最後にまとめればよいのか非常に困りましたが、興味深い、今まで聞くことのなかった内容で新鮮な驚きを感じました」と述べられ、参加者もうなずいておられました。

 智の木協会シンポジウムワークショップではこれまで領域が重なることなく選択されており、小林代表幹事のセンスの良さに感心しますと感想を述べられました。

 そして、今後もこの会が盛会になりますよう、皆様の活発なご参加をお願いしますと結ばれました。