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しんたろサンの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-09-09

[]ボカロ評論同人誌

ボカロクリティークvol.01』--- logical cypher scape

http://d.hatena.ne.jp/sakstyle/20110909/p1

はてブしておくだけじゃもったいないフレーズメモメモ

批評とはそれ自体が自律した創作である

ところで、後記には、「今まで批評はしないようにしてきた、編集は裏方なので」といったことが書かれているのだが、この点について、僕はこう返したい。編集批評じゃないのですか、と。

 

私自身はいわゆる一般的なイメージでの批評とか評論については、あまり良いイメージを持っていなかった。例えば、クラシック音楽家の伝記で出てくる評論家は、たいてい「間抜けなことを言っている馬鹿な連中」というステレオタイプで語られることが多いし、映画やなんかでも「評論家に評判のいい映画は客が入らない」などと言われる。そういうステレオタイプな「評論家」のイメージが出来てしまっているんだが、今更ながら、その考えは改めたほうがいいな、と思った。

 

このブログで延べられているような広い意味での批評雑誌編集だって批評じゃないか、という観点でいうなら、これもある種の批評になるのかな、と思いだした例を1つ。

 

私はもともとピアノ独奏の曲というのは、積極的には聞いたことが無かったんだが、昔海外旅行で何人かのクラシック音楽家のお墓を観光で回った時に、ショパンのお墓に供えられる花が多いことに驚いた。それで、「いまでもこんなに沢山の人が、お墓参りをして、花を供えてもらえるショパンという人の音楽って、どんなもんなんだろう」と興味がわき、そこから聴き始めた。

ちなみに、ショパンのお墓の写真は、ぐぐると山ほど出てくる。 鉢植えの花が多いが、そのバリエーションがあまりにも多く、常に満開なことから、特定のイベントで飾られたということではなく、日常的に花を供えに来る人達が居るに違いないと思う。 こういうのも、広い意味では一種の批評のようなもの(というと語弊の方が大きい気がするが)なのかもしれないな。このお墓に供えられた花々は、とても多くの事を語ってくれる気がする。

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