あの夏、風の街に消えた

作者:香納諒一|角川文庫
1人の少年が過ごした夏の新宿を描いたミステリーで、感傷的なタイトルが印象に残る。
1990年、京都で大学生活を送る巌の元に、父の命を受けた風太という男が訪ねてくる。
父は事業に失敗し、終われる身になったので、巌を安全な場所に移すという。
風太と共に西新宿にやってきた巌は、角筈ホテルという古い民家に住むことになった。
ホテルの女主人のハルさんは、死んだはずの巌の母のことを知っていて、母の実家が近くにあることを告げる。
さらに、母は生きているということを聞き、巌は風太と共に母の実家に忍び込む。
そこで、見つけたのは老人の腐乱死体だった。母は生きているのか、腐乱死体は祖父なのか?
偶然であった怜玉という中国人女性と共に、巌と風太はトラブルに巻き込まれていく。
バブル崩壊前の地上げ、中国の天安門事件や、日本の70年代の学生運動など、様々なテーマが入り乱れ、話は進む。
ミステリーとしてはまあ普通だが、巌が新宿で感じた夏の描写が素晴らしく良い。
角筈ホテルで知り合った仲間達との交流と、ヤクザと中国マフィアとの対決。
若さゆえ感じる裏づけのない無敵感と、挫折、これから始まると思っていた人間関係があっけなく消えていく。
巌の父、風太、ホテルに在住している「教授」や、浮浪者のスーさん、刑事のシマさんなど登場人物も魅力的。
結末は、その夏から10年経った巌がかつての仲間の近況を報告するが、ほろ苦く、まとめ方としては完璧。
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