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よそ行きの妄想 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-09-22

絵を描けない人、文章を書けない人、なに言ってるかわからない人

 コミュニケーション力 (岩波新書)

何の脈絡もないが、絵を描けない人や、文章を書けない人、なに言ってるかわからない人というのは共通点があると思う。

それは端的に言えば、ものごとを正確に理解しようという意識が弱いということ。正確な理解に基づかずに、絵を描いたり、文章を書いたり、何か言ったりするから上手に伝えられないのだ。

ある対象についてのなにかを伝えるには、まずはその対象を自らがきちんと理解する必要がある。脳内に描くイメージ以上に正確なものをアウトプットできるはずがないのだ。例えば、誰か他人の顔を描くというのはなかなか難しいが、その理由は要はその人の顔を覚えていないからだ。かわいいとかキレイとかそういう感想の類いでもなければ、その人と他の人とを区別するためのテクニカルなポイントでもなく、その人の正確な顔である。輪郭や髪型、肌の色つや、目や鼻の位置やそれぞれのつくりなど、つまりは普段我々が目で見ていると思っている情報である。普通に考えてそんなものをいちいち覚える必要はないから、大抵の人は他人の顔など覚えてないと思うし、それが当然だと思うが、だからこそ当然に人の顔を描けないわけである。

ただし、問題は記憶力だけではない。たとえ本人を目の前にしても、その人の正確な顔を描き写せる人は極わずかだ。目で見たものを脳に写像してそれをそのまま紙に描くと言うだけの単純な工程を通じて、まったく別物が出来上がってしまうというのは、つまり、よほど手先が不自由な人でなければ、目で見たものを脳に写像する段階で余計な情報が大幅にカットされ、適当なイメージだけがインプットされているということに他ならないのではないか。要するに、我々は目の前のものを見てるような気になっているだけで実は何も見ていないのだ。


で、こういった現象というのは、文章や発言についてであってもまったく同じだろうと思った。曖昧で概念的で抽象的な理解に基づいて書いたり、喋ったりするからわけがわからなくなる。ただ人に聞いたとか、本で読んだとかいうだけでろくすっぽ理解もしていないから、本人以外には意味が不明なものが出来上がる。

聞いたとか読んだとかも、上述した「見てるような気になっているだけで実は何も見てない」状態と同じで、まったくの嘘っぱちだ。大半は、要は聞き流すとか斜め読みとかいった程度で、なんとなく聞こえの良いフレーズだけを適当に拾って、自分の経験なり思い込みと勝手に括り付けているだけに過ぎない。相手が本当は何を言わんとしていたかなどということは完全に興味の外だ。

ただこれもまあ、日常生活の範囲であればさほど困ることはないと思う。何を書いているか、言っているかがわからなくても別に相手も困らないから。適当に相手にとって都合の良いふうに理解されるだけだ。こちらが何を言わんとしているかなど何の関係もないわけだ。ただの雑談などはまさにそういうものだろう。


困るのは仕事の局面と言うか、要するに誰かと分業するような局面だろうか。分業において正確な意思の伝達ができないのは非常に不便である。こうした伝達のコストを何とかかんとか引き下げるために、業界の専門用語があったり、マニュアルがあったり、パッケージ化された製品やサービスがあったりするのだと思うが、それでもなおカバーしきれないケースと言うのは多い。

ジョジョの奇妙な冒険の空条承太郎は、クツのムカデ屋で「観察しろというのは、見るんじゃあなくて観ることだ。聞くんじゃあなく聴くことだ。」と言っていた。

まあそういうことなんだと思う。

 

ジョジョの奇妙な冒険PART4 全12巻セット

ジョジョの奇妙な冒険PART4 全12巻セット


参照

どんなにへたくそでも一日後には絵が上手くなる方法:ハムスター速報 2ろぐ 跡地

y_arimy_arim 2009/09/23 11:39 なぜかdankogai批判に見えた!

chnpkchnpk 2009/09/23 11:52 いや、特に誰かの批判として書いたというわけではなく、まあみんなそういうものだろうなという格好にしたつもりなのですが、、

ただ実は、確かに書き始めは、人の言うことを聞かない、書いてあることを読まない、適当なことばっかり言う自分勝手な人物(id:y_arim のなかでそういう人物の代表格がdankogaiなんでしょうw)を想定して、その批判として書き始めてました。ところが書いてるうちに、程度の差こそあれすべての人に当て嵌まりそうな内容になってきたので、なんとなく一般論ふうにしたのでした。

なんかこう、結果としてポイントが不明瞭な記事になりました。ご指摘のような要素がないといえば嘘になると思います。

nyankonyanko 2009/09/23 17:00 絵が書けない人と文章が書けない人とは、脳の使い方が違うような気がします。何を言っても、聞いてない人とかは自分以外関係ないのでしょうし。
賢い人は文が書けるが、話がうまくないなど、バランスかもしれませんね。頭が良くない人は、すべてがごちゃごちゃですが。

つまらない文は見たくないけどね。
でも、共通点はあるかもしれませんね。
面白いです。

chnpkchnpk 2009/09/24 08:29 nyankoさん
そうですね。当然細かい違いはいろいろあるのだろうとは思います。
上の記事は、なんとなくもやもやしたイメージをアウトプットしているからうまく伝わらないのではないかというなんとなくの印象で書いてます(だから、読者の方に何が、何故伝わったのかいまいちよくわかりません・・)から、脳の使い方云々といった専門的な見解があれば是非拝聴したいところです。

pizapiza 2009/09/24 16:34 でも物を見た瞬間に自分にとって必要な情報を抽出して
情報量を圧縮するっていうのは非常に大切な能力ですよね。
そして絵を描こうと思ったときに必要なものの見方が出来る
ようにするのは訓練が必要なんじゃないかな?
小さな子供に写実的な絵は描けないし。

myama02myama02 2009/09/24 20:40 脳機能学者・苫米地さんのスコトーマについての観点と似てますね。面白いです。
速読してると、興味があるor自分がすでに知っている事についてしか情報がひろえないなーと最近特に思います。自戒します。

p-speed09p-speed09 2009/09/24 20:58 はじめまして。確かに、頭のいい人は絵がうまいです。物の重なり方とか、少ない線でそっくりに見せることができています。写実的な絵が上手いというのとは違い、簡単に正確に伝えるのがうまいんですよね。

______ 2009/09/25 02:04 ボールのリフティングが下手なのも正確に見ていないのが原因なのでしょうか

名無しさんアットマーク名無しさんアットマーク 2009/09/25 02:16 対象を理解しようとすること、理解できているかどうかの確認作業を厳密にするべき、と受け取りました。
ただ、ボールのリフティングにたとえると、理解することに加えて必要なことが多々あることが悩ましいですね。

fmactionfmaction 2009/09/25 02:40 絵を描けない人や、文章を書けない人、なに言ってるかわからない人・・・まさしく、俺の事w
当てはまる事が沢山あって少々恐いw

dog-eat-dogdog-eat-dog 2009/09/25 07:19 たしかに!

chnpkchnpk 2009/09/25 17:40 >pizaさん
以下ご参照下さい。
「著者はこの証拠として、重度の自閉症の4歳の少女が書いた、記憶を元にした、気味が悪いほどの写真的正確さと写実的な流麗さを備えた線画を引き合いに出し、高度な洞窟壁画との驚くほどの類似性を指摘しています。そして、その少女が写実的な絵を描くことができたのは、「彼女が未発達な言語やその他の弱みを持っていたからこそである」と仮定し、「彼女の描画能力が本当は、彼女の心がほかの正常な子供では通常はもっとスムーズにすすむ方向に発達することに失敗したというだけの理由で『解き放たれた』のではないか」と推測しています。つまり、「ウマを見るときに、それを『ウマ』というカテゴリーの表徴(トークン)と見る──したがって、その記憶を断念する」という概念化の欠如によって、ものがどのように見えるかを正確に記憶することができたのだと述べています。そして、「洞窟の画家たちの力量は、彼らがほとんど言語を持たず、そのために彼らの絵も『指示的で命名的なもの』によって汚染されていなかったという事実」という可能性に言及しています。」
http://74.125.153.132/search?q=cache:fW6eNg00rpkJ:www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/04/post_397.html

chnpkchnpk 2009/09/25 17:43 ・・・。
リフティングにたとえる意味がまったくわかりません。

teruteru 2009/09/27 16:32 身体的な能力が含まれるということでは?

chnpkchnpk 2009/09/28 08:27 類似する点がわからないのです。
まさかボールをよく見てとかそういう・・?
私が言ってるのは、自らの理解を超えるようなアウトプットはできないということで、リフティングにおけるアウトプットとというのは何を意味しますか。

passerpasser 2009/10/01 00:08 人とのコミュニケーションには、あらゆる、総合力が必要なんだと思います。
知識の広さや深さ、思考の速さや深さ、情報を分類する速さや分類できるタグの多さ、さらには情報の単純化や重要度の上手さなどなど。
他にも表現手法の練度や精神的な落ち着き(度胸?)、単純に集中力なんかも重要なファクターになるのではないでしょうか。

上記記事では「情報はより厳密によりはっきりと捉えるべき」と言っているようですが、その限りではないことがちょくちょくあるのではないでしょうか。
やはり対人での表現においては「あらゆるフォーマット(相手)に対応できる」というのが理想の極致なのだと私は思いますので、厳密な情報管理というのは多様なフォーマットの一つなのだと思います。

因みに、私は理解することは得意なつもりですが、言葉を発しようとすると、相手に理解してもらえるかという不安やよく分からない焦りみたいなものが出、あまり的確に表現できません。
この文も、他人が理解しやすいものになっているか不安です・・・(汗

passerpasser 2009/10/01 00:11  × ..単純化や重要度の
 ○ ..単純化や重要度付けの
でしたね。
長々と分かりづらい文章、失礼致しました。

KouKou 2009/10/01 05:22 理解しようという意識が弱いんじゃないんです
理解させようという意識が低く
どうすれば理解してもらえるかも解ってないんです

chnpkchnpk 2009/10/01 08:17 >passerさん
私が言ってることはご指摘の総合力よりももっとずっと基礎の”キ”みたいな話で、自分が理解している以上のことを伝えられるはずがないということです。

理解は伝達の十分条件ではないというのがpasserさんのご主張のポイントかと思いますが、私が言ってるのは理解は伝達の必要条件だという話です。

と、思いましたがいかがでしょうか。

chnpkchnpk 2009/10/01 08:18 >kouさん
そういう人もいるかもです。

syrnksyrnk 2009/10/09 23:06 実に面白い。大笑いです。

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