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旧町名をさがす会(金澤編)

2012-11-18

横山町一番丁

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【消滅した年】昭和41年(1966年)
【現在の町名】横山町、材木町
【感想・雑記】横山ひろみ。クラスに一人はいそうな名前ですね。
前回の「ひろみ」つながりで、今回は横山町のご紹介です。横山の広見は、おそらく前回ご紹介の「六斗の広見」に次ぐ規模ではないかと思われます。

さてさて今回ご紹介の横山町ですが、加賀八家とよばれる前田家の重臣、横山家の下屋敷があったことから付けられた町名です。この町は現在も横山町ですが、昔は一番丁から三番丁までありました。
横山家は、幾度にもわたって江戸幕府からかけられた、前田家に対する謀反の疑惑を弁明した重臣として有名です。
二代長知(ながちか)、三代康玄(やすはる)。特に康玄が救った事件は「寛永の危機」と呼ばれており、金沢では「キューバ危機」「黒ひげ危機一髪」と並ぶ世界三大危機一髪として今も語り継がれています。(うそです)
とにかく、その功あってか、横山家は知行一万石を超える重臣となりました。加賀には9人殿さまがいると言われたそうですが、これは加賀八家と前田本家をさす言葉とのことです。

この横山の「殿さま」に仕える家臣の家柄として、横山町(二番丁です)に生まれたのが、金沢三文豪のひとり、徳田秋聲です。本名徳田末雄。白鳥路の銅像で唯一洋服をきているのが秋聲さんです。(←今年の金沢検定初級の問題です^_^)
代表作は「黴」や「光を追うて」など。うーん知名度いまいち。全国的にはほとんど知られてないかもしれません。でも、小説の腕前はいろんな人が絶賛してます。ノーベル文学賞川端康成も「日本の小説は源氏にはじまって西鶴に飛び、西鶴から秋聲に飛ぶ」と言ったとか言わないとか。
幽霊話などの幻想世界を描いた泉鏡花とは対照的に、ありのままの世界を私小説として描く自然主義文学の作家でした。有名なところでは島崎藤村さんのお友だちってかんじです。でも、最初は、鏡花と同じく尾崎紅葉に弟子入りしたのです。ちなみに尾崎紅葉とは、「ボクが貫一、君がお宮〜」で有名な「大迷惑」…ではなくって「金色夜叉」を書いた作家さんです。
同郷で、しかも学年は一つ違えど(秋聲がひとつ上)小学校も同じ実践小学校(現在の馬場小学校)のふたりでしたが、秋聲が紅葉先生の死因を茶化したとかいう理由で鏡花が秋聲を殴打する事件などなど、いろいろ確執があってふたりの仲はよくなかったそうです。それでも晩年和解しています。「和解」の一件については秋聲が同名の小説に書いているそうですよ。事実をかざらずありのまま書く。これが自然主義。いやー勉強になるなあ。どれも青空文庫でたぶん読めるので興味のあるひとはスマホで検索です。なお、徳田秋聲は昭和18年(1943年)、東大近くの本郷森川町で生涯を終えました。享年71。

…と、今日このことを書こうと思って、浅野川にかかる梅の橋詰にある徳田秋聲記念館に言ったところ、何とびっくり!本日11月18日が徳田秋聲の命日、「秋聲忌」の日でした!!なんたる偶然。しかも特別展示が「泉鏡花といふ男」展で上記のネタもばっちり仕入れることができ、しかも秋聲忌で特別にお土産までもらえました。さらに帰り道、材木町校下の旧町名さがしをしようと思って、ふとイチョウの黄色いじゅうたんがきれいなお寺に寄ったら、そこが秋聲の菩提寺だったという偶然が重なった、寒くて小雨の降る霜月の一日でした。

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横山の広見(上)
秋聲忌の日の静明寺(秋聲菩提寺)境内(下)
[参考文献]徳田秋聲記念館でもらったパンフレットなど
[発見日:平成24年2月5日]

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