広告代理店はイヌと同じだ!【裏】 おすすめAV&読書日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-11-29

坂口安吾の「言葉」

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尾崎:

先ず訊きたいのは君の「堕落論」だ。

堕落せよといっているんだ。

その意味は僕の解釈によればいままでの権威というものを捨てろ、今までの規約を一応御破算にせよ、それは停滞しているから、人生は常に流動しているものだ、権威や規約は動かぬ、そこにくい違いが出るからむりが出る、適応性のあるものは再び採るとして、ともかく一応捨てろ、こういう意味だろう。


坂口:

そういう意味だ。

人間個人にかえれという意味なんだ。

つまりこういうことがあるのだよ。

日本人は昔から、自発的、自主的に考えたり生活していると、人々は思っているけれども、それがそもそも違っている。

日本人は日本的制度に左右されて自主的な考えというものが、実は制度を土台にした上のものだった。

家とか家族制度みたいなようなものがあって、それに考え方まで縛られているのですよ。

自分の本当の好きなことを自分でいったり、したり、することを云ったりしているつもりでも、実に土台が慣習にとらわれておって、つまり日本人は初めから自主的な思考というものをもっておらんわけじゃないか。

つまり堕ちる、堕ちるといっても、堕落するといったって、人間に堕落が出来るものじゃないのだよ。

各人必ずブレーキをもっているので、その本当のブレーキを制度上でもつことと、自分一個の思考の上で確立することは違うんだね。

そのブレーキを自主的に見つけることが大事じゃないかと思う。

そういう意味なんです。

自分自身でブレーキを探して来いということですよ。



(昭和22年5月24日/坂口安吾尾崎一雄の対談「文学と人生」から抜き書き)