2007-06-01-金
メッセ
家族 |
昼間PCを立ち上げていると、旦那がメッセで様子を伺いにやってくることが多い。メッセで話している時点ですでに何もしていないのがわかると思うんだけど、必ずと言っていいほど調子や予定を尋ねられる。これって結構辛い。凹んでいるときなんかは詰問されている気分になる。今日も話していて、しんどくなってきたので「心療内科に行く準備する」とかいって逃げてしまった。まぁ、そのおかげで午前の診察に間に合って、傷病手当の用紙と保険の支払いを済ませることができたのだからよしとしなければ。
認知療法的アプローチ
心療内科 |
診察室で傷病手当の用紙を渡して記入をお願いしたあと、いすに座って話を始める。
先日から旦那の機嫌が悪い日が多いこと、そのときに自分はどうしたらいいのかわからなくなり、自分の心情を訴えたり、どうしたら機嫌を直してくれるのか考えて途方に暮れたりしていること、そのせいで家にいても居心地が悪く落ち着かないこと、などを涙を流しながら話す。
主治医はしばらく考え込んでいた様子だったが、
「どうしたら機嫌を直してくれるだろうか、というような考え方では良くない。せっかくのいいチャンスなので、そのときの自分の感情や状況をすべて客観的に見つめてみるようにしましょう」
と言われる。
「もう、まさしく認知療法的アプローチそのものになってしまうんですけどね。主人の機嫌が悪い、それはなぜか、と言う考えから、そう言うこともある、と言う風に考え方を変えてみる。そうすればなぜか、と考えたときに出てくる、自分が何か悪いことをしたからやろか、とかどうしたら機嫌を直してくれるんだろうか、やっぱり自分のことを嫌いになったに違いない、愛想を尽かされて、こんな嫁は使い物にならない、挙げ句の果てにはこんな自分はいらない、いなくなってしまったほうがいいのではないか、とどんどん追い込んでしまう気持ちから、人間やねんから機嫌の悪いときもあるからそっとしておこう、というふうに気持ちが変わってくる。これだけでも気分はとても軽くなるでしょう?」
「その上で、そのときに自分が感じた感情、例えば見捨てられる恐怖、悲しみ、困惑なども一緒に書き出してみる。そうやって自分の感情面も客観的に見るようにしてみると、他人事のように見えてくるんです」
そこまで話されたところで、非公開のブログに自分の思いを綴っていることを吐露したところ、
「じゃあ悲しい気持ちで終わってしまっているその日記の最後に、『しかし』という文章を入れるようにしてみてください。いいこともいっぱいあるはずです。悲しいことに気をとられてしまって良かったこと、幸せなことを忘れてしまっている状態なので、否定的な気持ちで終わってしまっている文章に敢えて『しかし』という一言を入れることによってよいことでその日の日記を終えることができるようになります。それも気持ちの切り替えの練習になりますからぜひ『しかし』という文字を入れてみてください。できたらブログも思い切って公開してみたらどうでしょうかね?」
こんな感じで話は続き、少し前から考えていた「ブログを公開する」ということに着手してみようかと思う。
はてなで続けるのか、So-netとかよそに移すのか、そこのところは模索中。