ちょス飯の読書日記

 『食べごしらえおままごと』  ★★★★★

食べごしらえおままごと (中公文庫)

食べごしらえおままごと (中公文庫)

 文庫版で読んだが、巻頭に石牟礼が自らこしらえた料理の写真が紹介されている。

 イギリスかんというのは、海藻の一種で寒天のように煮詰めて冷やすと固まるものらしい。米の研ぎ汁で固めるとあるが、どんな味なのだろう。ぶえん寿司というのは、塩が無い魚をぶえんというので、捕れたてて塩で防腐をしていない、という意味らしいが、面白いことに捕れたてのサバに父上が塩を焼いてからたっぷりまぶして、時間を置いてから酢漬けにして、昆布でしめるという。それを切り身にして、酢飯に混ぜるのだという。

 これは、食べ物にまつわる石牟礼のエッセイ集だが、幼い頃の父母の思い出には、ほろりと涙が出てしまう。一方、現在の食材のまずさと筆者のドジな失敗譚も面白い。

 一つのことに集中すると、周りが見えなくなってしまう筆者。お客様が来ると嬉しくて、大ご馳走をしようと張り切るのだが折角遠路はるばる自分に会いに来てくれたのに、客とゆっくり話す時間がなくなってしまったなどのエピソードは、微笑ましい。
 極貧の暮らしをするようになっても、石牟礼の母上はいつもおもてなしのお料理をたくさんたくさん作る人だった。父上は、鰯しかお正月の魚に買えなくなったときにも、威厳を保ち続けていたという。だから、貧乏人とは誇りの高いひとのことだと思っていたのだという。素晴らしいご両親の教育が、石牟礼道子そのひとを作ったのだと、よく分かる。

 69頁、70頁 を抜粋して紹介したい。
 祖父の無計画な事業により一家が破産、没落したとき、村人がはるのの元にリヤカーを持ってきて「差し上げます、祭りのときのくさぐさを積んで売りに来てくれ」という場面。
 お祭りに「来てくだはりますか、嬉しさよ。そこでその、来て下はるついでにといえば厚かましかごたるお願いですが、道はおかげで出来ましたが、山の中から一軒々々降りて祭りの買い物に町まで下りるちゅうのは、畠もルスになりますけん、はるのさんにお願いして・・・中略・・・持って来て頂くわけにはゆかぬじゃろうかと、じつは、こっちの方もご相談で。井戸のそばまで下りて、皆して待っとりますで。」中略「・・・じつは皆で相談してリヤカーば、もう買うてきました。・・・厚かましかお願いですが」
 祖父もはるのも言葉もなく手をついて落涙したという。母の臨時の定期行商がこうして始まった。