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がじ風呂

2015-04-02

[] 自由への旅 01:34


いろいろと感じるところあり、

この「がじ風呂」は、ここで一旦、終りにすることにしました。


続編に続くのか、もしくは新しく別のものを始めるのかはまだ決めていませんが、

いつかまた、皆さまに自分の心内を発信する機会があるかもしれません。

その時は、また、応援よろしくお願いします。



コンサート情報などは、ホームページの方で充実してお知らせしますね。

ヴァイオリンは続けます!!!(心配しないで。ふふふ)



中島 慎子 nakajima chicaco ホームページ - nakajima chicaco homepage




このブログを書くことで、いろんな人との出逢いを沢山いただきました。

思い出すと、本当にたくさん。豊かな出会いでした。

心から感謝しております☆

ありがとうございます。

それに、

ありがとう、がじらん☆☆



でも、たぶん、次の旅に出る時機が来たのだと思う。





このブログを始めた当初、何も考えていないようなところから、

「目には見えないもの」についてよく考えるようになった数年間。



閃いたことは、やってみないとおさまらない、何ごともやり過ぎの気がある性格だけれども、

「考える」ことに偏り過ぎていたなぁ、と思う。



これからは「考える」のではなく、

目にはみえないものを「感じる」生き方へ。シフトする時機が見事にやってきた。

自分の感性、感覚を信じる。


そしてその生き方へ、飛び込んでみようと思う。




音楽家ですもの。

にっこり。





それでは。

みなさま。


また会う日まで。



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SYSY 2015/04/05 16:03 あなたのブログから様々に刺激をもらっていたので残念ですが お考えあってのことのようなのでいたし方ありませんね
ホームページでコンサート情報 プログラムノートなど引き続き発信ください
いずれお目にかかることもあるでしょう
音楽家として自由に羽ばたかれることを期待しています

ちかこちかこ 2015/04/06 01:25 SYさま
ありがとうございます。いつかまた聴いて下さい (*´`*)

キリン子キリン子 2015/04/09 13:48 さびしくなるなー(すぐ「さびしくなるなー」が私の口癖)
がじらんとヴァイオリンの写真、版画にしたら絵になりそう!
善い旅立ちを☆
コーヒー豆は変わらずに買いにきてください。

ちかこちかこ 2015/04/09 23:29 ありがとう☆
おもしろいことは毎日起こっていて、書いて残したい気もするけれど、考えるの止めたいから。言葉を選ぶ時間も今は要らないの。って、これを書くだけでも久しぶりに考えてる ^ ^; ムリさ〜〜
コーヒー豆はあと500g。今日、後半戦2袋目に入った所です!

2015-03-28

[] 春 03:16


ここの桜は毎年早い。

そろそろそんな季節なんだなぁ。

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桜と月

2015-03-27

[] 木蓮 21:25

毎年の事ながら、

大好きなマグノリアと月


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辛夷の花と似ているけれども、大きさだけじゃなくて、ヒンが違いますことよ。

2015-03-14

[] 狂言デビュー 16:08


今週は一日おきぐらいに誰かと逢ったり、賑やかだ。

昨日は、狂言を初観した。

開場の30分以上も前から並んだ甲斐もあって、

最前列のど真ん中、能舞台の階段の前の席に座った。

(って、うちは、そんな席、恥ずかしくてイヤや、と言ったんですけれど、同行者が是非に、と。ムリヤリ。まさかうちの人生でそういうイベントで最前列に座ることがあるなんて!絶句。)


狂言が好き、という友だちのことを思い浮かべながら、

なるほどね、彼女ならそうかもね、とか。

色々考えながら観ていた。


すべてを記号化して、パターンの応酬。「型」に入れることで、消してしまうものもあれば、焦点を合わせてクローズアップするものもある。


クラシックには(というか、わたしは特に、そこにストーリーを求めるタイプだから、自分のやってるのとはまったく違うとは思うけれど、、、)でも、こういう一面はオーケストラとか、どこかにあったっけ?とアタマはフル回転。なぜか、うちにはまだ全然入ってこないブルックナーが思い浮かぶ。


これは、、、

是非にもお能を観ないと、話がはじまらないと思った。

誰かに名人を推薦してもらおう。



なぜに今まで、ほかの芸事に興味がなかったのかは自分でも不思議だけれど、考えるべき刺激は沢山ある。


かわいいショートの髪型をした女の子が多かったけれど、それも狂言が型、パターンであるのなら、そのスタイルと合ってる、と感心してた。デザイン好きな女子には狂言は受ける。然もありなん。

2015-03-04

[] ギフト 09:07


言葉か、、、

誰か。音楽家で「言葉」を駆使して音楽を語ろうとした人はいなかったけ、と思っていたら、

閃いた


☆☆☆


フルトヴェングラー。大先生。

昨日、コルトーを思ったのも、彼の「ショパン」についての本を読んでいたからだけれど、

音楽家にも言葉を使う人はいる。

指揮者は、自ら楽器を操る演奏家とは、すこし事情が異なる?!にしても。


10年以上も前に古本屋さんで買った本だ。

音と言葉 (新潮文庫)

音と言葉 (新潮文庫)



答えを求めて何か探しものをしている時、そういうセンサーが開いている、ただの偶然かもしれないけれど、

わたしには、よく答えが落ちてくることがある。

まるで、これ、読めば、って言われているように、本やCD、答えの方からわたしに近付いてきている気がするほどだ。

(*´`*)

不思議だけど。



わたしの持ってるこの本は文庫じゃないけれど、昭和35年に4刷 ¥350とある。かなり古い。


第1章 「すべて偉大なものは単純である」


そこにもうすでに答えはあった。

フルトヴェングラーがこの文章を書いたのは、1954年とあるけれど、

60年以上も前から、結局同じような闘いがある。


いつも書き出したりする文章よりずっと長いので、ここに転載はしない。

そして一部を引用することも止める。

とてもデリケートな事柄までも、正確に捉らえるような精緻な文章なので、それを引用することで曲解が生まれるのも本意ではないから。

同じ文章でも、引用される場所を間違うと、違う意味になってしまう。

興味がある人は、自分で読んで下さい。


時は巡り、

フルトヴェングラーの時代からの、ひとの価値観の変遷は激しく、しかし、180度は通り過ぎて、彼の時代の価値観にも答えを見つける人もいるのではないか。(うちだけ?)


「最近は、レコードやラヂオを聞くことからはびこることになった・・・」とぼやいている所では笑ってしまった。

先生、最近は、それもなく、インターネットのYouTubeの時代ですわよ、って。


でも、わたしは、自覚しながら現代に遅れ、

ひきこもって旧い録音の世界や価値観に惹かれてきたから、すごく。それ以上に励まされる。


それに。

どうせなら、これぐらいのスケールで言葉をつかって音楽を語れる人になりたいものだ。

(って、何回生まれ変わっても、こんなに知性、理性、情熱を内包する豊かな文章は書けないだろうけれど。これが書けるくらいなら、音楽ももっとずっと深いものになるだろう。次元が違う。文章にも人は表れるのだなぁ。。)


言葉を使うこともあきらめない。

NO!と言って、いいのだ。


やること、勉強しなくちゃいけないことが多い。がんばろう。