2012-02-01
今日のゴーカイチェンジ(第48話)
夕方のニュースで衛星軌道上にあった何者かの物体が爆発して、その破片の一部が太平洋上に落下したと伝えていた。それは今、この部屋にある。紅い船体に刻印されたラッパを吹く骸骨────バスコ・タ・ジョロキアの私掠船“フリー・ジョーカー”の旗印。
バスコ・タ・ジョロキアが『赤き海賊団』に加わる前にどんな半生を送ったのか、調べてみたが結局わからないままだった。知る必要もないのかもしれない。忽然と現れ、吹き抜けていった死を運ぶ風────それが似合いだ、と誰かが言った。
キャプテン・マーベラスは目を醒ました。部屋は真っ暗で少し寒い。
「……てっ」体を起こそうとして顔をしかめた。至近距離の爆発とバスコとの決戦で傷めたキズがまだ相当痛む。特に足のキズが酷かった。高速移動するバスコの動きを止めるために、自分の足ごと剣で貫いたのだ。
マーベラスは壁に立て掛けた“フリー・ジョーカー”の金属片に目を遣った。目の前で霧散したバスコの姿が脳裏を掠めた。
勝利の高揚感はなかった。
『赤き海賊団』を裏切り、アカレッドを(おそらく)死に追い遣った男だ。数々の卑劣な罠を仕掛け、自分と仲間達を苦しめてきた相手だ。ずっと憎み続けてきた。殺してやりたいと思っていた────だが、バスコのために泣いてやれるのは、もう自分だけだとも思っていた。
涙は出なかった。ただ、見つめていただけだ。
もう一度眠ろうとした時、部屋の中で微かな衣擦れの音がした。マーベラスはハッとして身を起こした。
窓際に誰かが立っていた。“フリー・ジョーカー”と同じ色の、紅いストールが見えた。
その人影は艦橋に向かった。マーベラスは足を引きずりながらその後について行った。少し遅れて着くと、堪らずキャプテン・シートに身を預けた。
(怒んないの?)とその人影は言った。
なぜ?と訊ねた。
(俺の顔見るの、これで最後にするって言ったっしょ?)
ああ、そうだったな────不思議と気持ちは穏やかだった。
(挨拶しとこうと思ってさ。世話になったから)
「柄にもないこと言うな」
(変わんないな、マベちゃん)
マーベラスは(自分でも意外なことに)フッと笑った。
(俺、多分好きだったよ、マベちゃんのこと)
「……俺も」多分、好きだった。
その人影は懐かしそうに部屋の中をぐるりと見渡した。
(楽しかったね)
ああ、と頷いた。楽しかった。
「お前……」本当は何を求めてたんだ?────その言葉は呑み込んだ。
(いーじゃない、そんなこと、もうどうでも)口にしなかった問いが届いたのか、彼はいつものように笑った。
そうかもしれない、とマーベラスは思った。
こいつはこいつの遣り方で夢を追いかけていたのかもしれない。どちらの想いが強かった、とか言うわけでもない。ただ、ちょっとした運だった。本当はそれだけなのかもしれない。
(……じゃあね)
行くのか、と訊いた。人影は頷いた。
薄くなっていくその姿が、最後に振り向いた。
(マベちゃん、知ってた?)
「何を?」
(あの日、俺が迷ったこと)
マーベラスは立ち上がった。────あの日?俺達を裏切った、あの日のことか?
だが、そこにはもう誰もいなかった。
マーベラスは力なく椅子に倒れ込んだ。片手で顔を覆ったまま、長いこと座っていた。
窓から朝の光が射し込んで、ゴーカイガレオンの艦橋は少しずつ明るくなっていった。
マーベラスは誰かの泣いている声を聞いたと思った。それが自分の声だと気づくまでにしばらく時間がかかった。





