2012-02-06-Mon Why picnic ?
‘Picnic’ has somehow free and healthy impressions. Of course, sometimes it will stray to the direction of hedonism, but not of control and restriction. The picnic which held at the boundary of Austria and Hungary in 1989 is well known as the beginning of collapse of divide of east and west. This fact, that is, something soft, not something powerful, is succeed in acting upon the power, should not be forgotten.
We hope that our picnic for art which began in the city of Kyoto is the same. We continued to discuss each other with drinking and eating, at every place in Kyoto. At that time, we didn't have any boundaries to across, but from another point of view, we were always surrounded by something to do so. Did we feel any kind of control or restriction in art world ? We had no rule in our picnic, but we kept one thing in our mind ambiguously. That is, don’t talking about the way of something meaningful for surviving in the system in front of ourselves. Of course, sometimes our discussion would seem like irresponsible complaints of drunkards. Still, we want to say it is a noble picnic. Those words might be the words for crossing something, toward somewhere…
In our picnic, no music sounds. But, a small small baby who took part in our almost every picnic, was always peevish at everywhere. Probably our talk was similar to her cry. But if it were fact, this would give us the power. Because, always she had some complaints, tried to correct those, and appealed it.
The expression of “no picnic” is said to express difficulty of doing or acting. This difficulty might be contained also in the situation around contemporary art. So, picnic is necessary. Because, doing picnic is not "no picnic".
2012-02-04-Sat なぜピクニックなのか?
ピクニックという言葉には、どこか伸びやかで健やかな印象がある。もちろん、場合によってそれは、享楽的な方向に逸脱してしまうこともあるかもしれないが、けれどもそれは、決して統制や制限などという方向に向かってそうすることはない。1989年のハンガリーのオーストリア国境で催されたピクニックが、東西分断の終焉の契機になったということは広く知られている。力ではない柔らかい何ものかが、権力に対して作用し効果を上げることに成功したという事実は、忘れないようにするべきものだ。
僕たちが京都という町で始めたアートのためのピクニックも、そうしたものであることを望んでいる。ぼくたちは、町のそこここで、飲んだり食べたりしながら、ああでもないこうでもないとお喋りを続けた。僕たちには、1989年のピクニックのように、越えなくてはならない境界はなかったはずだが、見方を変えれば、常に越えなくてはならないものに取り囲まれていたと言うこともできるだろう。僕たちはアートの中で、統制や制限を感じ取っていたのだろうか? 僕たちのピクニックには、何か特別なルールがあるわけではないが、けれども漠然とひとつのことだけは心がけていた。それは、いま眼の前にあるシステムの中で上手に機能するために話をすることだけは決してしないようにしようということだった。当然、口をついて出てくる言葉が、酔っぱらいの無責任な愚痴のようなものに成り果ててしまうこともあった。けれどもそれは、それでも気高いピクニックなのだ。それは、どこかに向かって、何ものかを越えていくための、そのための言葉なのだ……。
僕たちのピクニックには、音楽がなかった。けれども、そのほとんどに参加してくれた、生まれて間もない小さな命が、決まって、どこであろうと構うことなく、雄叫びよろしくかわいい愚図り声をあげた。僕たちの言葉も、彼女の愚図り声のようなものにすぎなかったのかもしれない。いやだとすればこそ、その事実こそが、僕たちに力を与えてくれる。彼女はいつでも、何かに不満を抱き、それを改善すべく、何かを訴えていたのだから。
物事を行うことが困難であるという意味を表す際に、「ピクニックではない(no picnic)」という表現を用いることがあるという。今日のアートを巡る状況での振る舞いにも、この困難はつきまとっているだろう。でもだからこそ、ピクニックなのだ。ピクニックをすることは、決して困難なことではない。
2012-01-18-Wed メモとして
2011-11-13-Sun 近況
最近、いやなこともいくつかあったけど、いいこともたくさんあった
久しぶりの展示は、問題もあったけど楽しかった。アーティストとも、噛み合わない話を、楽しみながら続けることができた。週一の京都は体力的にはつらいけど、Picnicという活動は面白いし、radとかと知り合えたり、学生もそろそろ本音になりはじめて楽しみ。百練、ピニャコラーダ、さか井もあるしね!そして、念願のアートセンター、準備室だけどオープン。冨井大裕、森田浩彰、山本高之、田中功起、協力してくれた各アーティストの方々は、多忙のなか、時間を調整しながら、しかも魅力的な作品を出してくれた。こうした、困難な状況での俊敏性にこそ、知性や創造性を感じる。あ、中村一美さんが参加してくれたことも嬉しい。
大学の授業も、講義自体を表現として意識する”school”という枠組みを考えてから、格段におもしろくなってきた。何人かのアーティストと協同のもので、まだ何一つ動いているわけではないけど、架空の枠組みがあるだけで、こんなにも意識が異なるなんて。…… あと、これは全く記録には残らないのだけど、いろいろなイヴェントの行き帰りとか、CAMP井上さんとの会話はとても重要だ。
・
一昨年ぐらいから、風邪をこじらせると、喘息っぽくなるのがとてもアカン。
・
今日は、アートセンターオープニングの最終日!とりあえず、これで一息つける!のか?
2011-10-24-Mon 読書
シャンタル・ムフ クレア・ビショップが言及しているからというわけではないけれど 面白かった でもどうしても、彼が見ようとしている民主主義の構成要素が、あまりにも旧弊な語る主体でありすぎる点は気になる 語りえないものたちもいるかもしれない、しじまにも声にならない声があるかもしれない、そんな場での民主主義とは何なのか いずれにしても、クレア・ビショップの引用はあまりにも表面的すぎる
そして歴史とは 美術史に対してクリオメトリクス的なアプローチが不可能である限り、ここにある種々の物語は、そのまま、客観性をも手にし続けるのだろうか メモとして
2011-10-08-Sat 思い出す
初めて店頭に出た、Macの初期型に触れたときの感覚
T大にいたとき
誰からも評価されていなかった教授だったけど、appleへの愛は一貫していた
いまになって語りかけてくる
2011-09-29-Thu picnic
第1回、picnic。参加者は、ウイ、ナホ、ヤスト、アツシ。四条から丸太町へ。不定期に継続予定。水曜日。京都にて。みなさん、ふるってご参加を!
2011-08-14-Sun Dog Death the 10th
10回目、つまり10年目のdog death。昨日は、本当に暑かった。今日はともかく、12時スタートの明日が心配。
昨日も、その後30時間トークについて話す。もともとは、オブリストのマラソン的なものをやってみようという企画だった。オブリストのその辺りの考えについては、"inter-views"(美学出版)に一部収録されているので、興味のある方はぜひそちらも読んでみてください
来週は、ヨコトリに行きます。関係者ムードの強い内覧会的なのが苦手なのでのばしたけど、暑くなっちゃった。気温も関係したりして?
2011-08-01-Mon 30時間トーク
今週末、30時間トークがあります。ここ何回か、続けてきたトークはいろいろと考えさせられるものでした。昨日は、とあるアーティストと、脱原発、ベーシックインカムについて少し話をしました。それぞれ、手に入れたいものではあるけれども、でもどうやったら手に入るのか。また、30時間トークの打ち合わせを兼ねた話し合いも。とにかく、会って話すことは、やはり重要なのでしょう。
・
今月から、相模大野駅の近くに、100?ぐらいのスペースを開きます。来年の3月までと期間限定ですが、いろいろと面白い使い方ができそうです。興味のある方は、ぜひご連絡ください。ネーミングに苦慮しています。「クンストハレ相模大野:準備室」、「アートセンター女子美:準備室」、これらの組み合わせ。短縮形は、KS:PR、ACJ:PR、pr-KS、pr-ACJ、どれもしっくりきません。
・
今年のart & river bankのdog's deathも、楽しみにしてください。いろいろ、驚きの展開になるはずです。
2011-07-18-Mon 奥村さんのこと
奥村さんとちゃんと面と向かって話したのは、冨井さんの企画したCAMPでのトークのときになるはずだった。僕は奥村さんの質問が面白かったので、話しかけようとしたのだけど、喧嘩腰でまくしたてられた。この件に関しては書き方が難しいんだけど、僕がある人との往復書簡で彼の活動について触れた表現とその内容に関してで、後日メールでやり取りさせてもらって、表現の一部に関しては謝罪して、他の内容に関しては、僕の姿勢を説明させてもらった。少し歩み寄れた感じもする。Na+や、大学院GPの報告展"It is not an art center"では、作品を出展してもらった。奥村さんは、作品だけでなく、種々の活動をひとつの表現としてとらえているような感じがするのだけど、それをただすと、どうもやんわりとそんなことはありませんと逃げられてしまう。そのあたりについて、もう少し突っ込んで話せたらという気がします。