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cine-monde おいしいをかんがえる市場

2010-03-21 おいしいお話

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〜石川県金沢市タテマチOVALにて、2010年3月21日開催〜

(トークショー)   UAさん × 金森俊朗さん、 小浦むつみさん(司会)


「自然を美化してたのにそうじゃない事実にぶつかって、愕然とした反面あたらしいテーマに思えたの。ここから始まる何かがあるなって。」


≪まずは映画『eatrip』の予告篇を鑑賞≫

小浦:(『eatrip』にでている)UAさん可愛い!

UA:そうですか?よかったぁ。

小浦:卵とお米を交換したりとか、近くの農家さんとそういう風に交流ができるのは本当にうらやましいです。あのお米はUAさんが作ったお米ですよね?UA米?(笑)。

UA:お米は友達とつくってます。(物々交換は)よくある近所付き合いみたいなもので、カレーを作りすぎたらお裾分けするとかそういう感覚ですね。最近、買ったものを人にあげるのがなんだか恥ずかしくて。自分で野菜を作っている友達も増えてきて、そういうものを送ってもらうと、お金に換算するとたいしたことないんだけど、たったひとつしかなくて、私だけのために時間を割いて送ってくれたんだ、って思うと、その母性的な気持ちを受け取って元気になるというか。その人の温度感や心がすごく伝わってきて。愛そのものを食べている感じがするんです。

金森:稲を育てているところをもうちょっと聞かせて。まさか物々交換するためじゃないよね?

UA:いやいや(笑)。自分で食べるためです。3つの家庭で(一緒に)やってるのでうちの分は年間100kgくらい。あくまでも歌手なので趣味の範疇なんですけどね。いま住んでいるのは神奈川県の郊外で、山並みと湖があって谷が多いところなんですけど、きっかけは福岡正信さんという自然農法の父と呼ばれている方がいて、その自然農法の実際の畑を見に行ったんです。彼の農法は、昔の農業に帰ろう!みたいなものじゃなくて、人間の力以上の人工の力、(例えば)トラクターや農薬もそうですけど、そういうものを使うのはやめようという農業で、畑なんて土の肌が見えなくて草ボーボーのジャングルみたいなところだったの。よく見ると虫がわんさかいて、すべてが共生しているというか自然そのものの状態が畑になっていて、そこは智慧そのものだったの。(稲作を始めたのは)それを見たことがきっかけかな。

小浦:歌うためには農的な環境が必要だった、とUAさんが雑誌かなにかで発言しているのを読んだ記憶があるのですが。

UA:私は元々歌手になろうと思っていた訳ではないんですけど、デビューして10年くらい経った時に、今までに蓄積してきたものがそこでなくなって、未来にむかって自分を吐き出していく作業が終わってしまったんです。それからその先を考えるようになりました。白紙を目の前にプレッシャーを感じて、これから何を表現していけばいいのか物凄く模索しました。私は歌詞を書くことが仕事ですけど、なんとなく書いてしまうと(その歌詞は)そのうち歌えなくなる。歌詞が「本当」じゃないと繰り返し歌えなくなって、それがすごく辛いの。そんな時に自分を見つめると、地球の声みたいなものとか、私はどこからきたのか?とか、田舎で農作業しながら息子や娘を育てていく中で感じてきたことが(歌詞に)出てきました。

金森:自分がからっぽになってしまった、本当のことしか歌えない、となった時に、とりわけ農業の中で何が一番自分をつくっていくうえで魅力だったの?あたらしい命が生まれていくことなのか、それとも土をいじくることそのものなのか。

UA:引っ越して6年目になりますが、引っ越す前は自分にとって人間はすごく毒があるけど植物は清いもので、大自然にはそんな美化したイメージがあったけど、実際の自然は常に生存競争で野蛮そのものなのよね。それを見て、それまでのイメージが覆って『なんや!これやん!』って嬉しくなったの。

金森 弱肉強食とか連鎖とかを感じた?

UA:うん、そう。前は気持ち悪かったコンポストの中を見るのが今は楽しみ!うじ虫がわくと「やったー!!」って感じ。今は足の長いクモなんかみると拝んでる、ゴキブリを食べてくれるから。益虫なんですよね。自然を美化してたのにそうじゃない事実にぶつかって、愕然とした反面あたらしいテーマに思えたの。ここから始まる何かがあるなって。


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「自分の中になにか忘れたものを取り戻すような生き方をしていかないと貴重な経験は埋もれていくよね。いつでも自分の中に10歳代を同居させて、常に生き返らせていないと子どもたちと向き合えない。」


金森:自然分娩を選んだのも、もうすこし自然にかえろうって思ったからなの?

UA:上のお兄ちゃん(長男)を病院で産んだ時、なんかおかしいなぁ…という思いが拭いきれなくって。二人目の(妊娠の)とき勉強して「なんや、家で産んだらええやん!」って思って。

金森:小浦さんは自然分娩で4人産んだんだよね。

小浦:しかも一人目の時はアパートでした。でも誰にも通報されなかったですよ(笑)。

金森:僕は農から離れたくてしょうがなかった。家にりんごの木が60本くらいあって、噴霧器で消毒するのが仕事だった。他にはニワトリ200匹、牛6頭、ブタ、アヒル…毎朝牧草を刈ってカキの殻を割って、それをニワトリにやって。そういう仕事を山ほどしたから逃げたくて教育の世界へ行った。でも教員になってしばらくして荒れたクラスを受け持った時、エネルギーを持て余した子どもに何かに熱中させたくて、100坪以上の荒地を耕させてナスを200本植えました。一番やんちゃしていた子がリーダーになると、友達をいじめて転校させてしまうほどの子がそれに一生懸命になった。農の持つ力が身体で分かったみたい。そういう経験もあって、その後もずっと子どもと農をやることが続きました。

小浦:自然がないと人間は生きていけないっていうことは、金森先生くらいの年代だといちいち言わなくてもあたりまえのことだけど、私たちの世代はわざわざ言葉で表現しないといけない。このあたり、自然分娩のことと繋がっていきませんか?

UA:あ、私、胎盤を食べてみたかったんですよ!(笑)一人目のときは病院だったからダメって言われて。二人目の時は塩つけて食べました。コリコリしてて意外と繊維質でおいしかったです。焼いたらもっとおいしいと思う!バーベキューなんかで焼肉のたれつけてね(笑)。

小浦:私も一度食べてみたくて、胎盤を(保存しようと)凍らせちゃって、そしたらなかなか切れなくなって、結局土に埋めました(笑)。

UA:昔は産婆さんがうちに来るのが普通だったのにね。すぐ病院に頼るのがあたりまえになってしまって、何かあったらすぐ薬で片付けて。なんだかおかしなことになってしまったみたい。

小浦:出産のときに身体の声が聞こえたりしましたか?

UA:病院での出産は「産ませてもらう」感覚だったけど、家の場合だと「私が産む!」っていう感覚でしたね。よし!と思ったときに産まれてきた。そういう「私が!」っていう感覚が必要だなぁと思った。

小浦:すごーく、よくわかります。私の場合は、一人目のときから助産婦さんに「(呼吸法とかに頼らず)あかちゃんがやりたいようにさせてあげなさい」といわれていたんだけど、4人目の出産のときに、自然に任せるという感覚がようやくわかった。赤ちゃんが、頭をまわして出てくる感じがわかった。地球とつながった!って気がしたんです。それで、ようやく自分が生きていく力を取り戻したというか。これが真相(笑)です。もっというと、潮の満ち引きのような、地球の引力?にまかせて産む、という感覚がわかったのですが。(一人目のときからわかる人もいらっしゃるみたいですけど)

UA:4回目ってねぇ。すごいねぇ。

金森:自分が育った時にあった価値感を、それほど大事だと感じないまま年配になった人が、子どもを山へ連れ出したりすること自体が教育において重要な問題か、というとそうではない。かつてあったことの価値の見直しがされていないと思うよね。

(持参の紙袋の中から、栗の花を取り出す。)

これから春になるとこの花がいっぱい咲く。秋に栗の実がなるけれど、その時には新しい芽がしっかりある。実ができるということは常に新しい春を連れて来ているということ。自分の目でとらえてくださいね。それが大事ですからね。春に栗の赤ちゃんを楽しんでみたり、大きくなったときに、秋が恵んでくれた山の価値だ!と思ってまるごと大事にできるかどうか。「それは自分が既に経験してきたものだから」というのは大きな価値になっていない。子どもがこれからどう育つか?というもう一歩先までの考えがないと。さっきの出産の話って、産み出すことを非常に意識している時に自然なる自分を取り戻すという話だよね。歳をとって経験があっても、常に再創造していくような、自分の中になにか忘れたものを取り戻すような生き方をしていかないと貴重な経験は埋もれていくよね。いつでも自分の中に10歳代を同居させて、常に生き返らせていないと子どもたちと向き合えない。10歳代に何が必要かを常に考えています。僕にとっては10歳代の子どもたちと毎年新しく出会ってるってことが原点なんだけどね。ある5年生と出会ったときにいちばん感動したものがこれ。

(鞄から本を取り出して一節を朗読)


ぼくたちはじつは毎日他のいきものの命を食べていることに気づいた。

だけどそのいのちの多くは土から産まれてきている。

そうか人間は土をたべているんだ。

いや、他のいきものは土によって生かされている存在なんだ。


ずっと毎日のように田んぼや畑をやっていた僕はこういう風に考えられなかった。だけど、5年生のこの子は考えることができた。なぜかというと、この子のお父さんはほとんど農薬を使わないでリンゴの栽培をやってきた人だから。彼の思いをみんなに出会わせて、みんなでそれをどう捉えるか?と議論させたのは僕の仕事だけど、彼がこのことに気づいていったのは僕ではなく親父さんの仕事。彼が幼い感性で“土を食べている”ことに気づいて、それを僕が貴重なことと感じてこのように表現につながった。僕は農を生業としているわけではないけど、これが僕にとっての“生み出す”という仕事かな。

小浦:小学生の子が土によって生かされていると気づくというのはすごく心強いですね。それがあれば生きていくのはこわくない。これを先生がしっかり受け止めてくださっていたというのがすごくいいですよね。

金森:今日はちょっと紹介したい詩があります。『おいしんぼ』で食の本としては最高の本だと評されていた、水上勉さんの『土喰らう日々』という本。これを読むと涙がでるほど感動する。歳をとってから、ようやくこういう感覚がわかるようになってきたんだよね。


たらの芽、アカシアの花、みょうがだけ、里芋のくき、山うど、あけびのつる、よもぎ、こごめなど、わが家のまわりは、冬じゅう眠っていた土の声がする祭典だ。

土をよく落とし、水あらいしていると、個性ある草芽のあたたかさがわかっていじらしい気持ちがする。

ひとにぎりのよもぎの若葉に、芹の葉に、涙がこぼれてくるのである。

…氷がとけ、土がとけ、その養分を吸って芽吹いた草々の、いのちのつよさと美しさが胸にこみ上げてくる。

いじらしくて、涙ぐむのは人の自然だろう。


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「食に対する安全とか安心が強調されがちだけど“自然に生きる”ということが先にないといけない」「スローライフって、めっちゃ時間がかかるの!薪でストーブつけてお風呂沸かして、大忙しで時間がすぎていく」


≪ここからテーマを変え『いのちの食べかた』『未来の食卓』の予告篇を鑑賞≫

小浦:私たちは毎日1日3回食べて生きてるのに、食べ物について知らなすぎるって思いますね。

後半は会場のみなさんにもいろいろ聞いてみたいですね。

UA:この中に、自然農に興味ある方いますかね?畑とか田んぼを自分でやってる人っています?

(自然農をやっているという観客の女性):今、近所のおばあちゃんに土地を借りて町なかの小さい畑で自然農をやっています。

UA:へぇー!それってこの辺?すごいね。どう?楽しい?

(観客の女性):はい、すごく楽しいです。

UA:何か苦労とかはありますか?

(観客の女性):自然をそのまま受け入れるしかないので、そんなに苦労とかは感じないです。畑でできる大根やにんじんがとても小さいけれどすごくおいしいです。

UA:昨日、富山にライブいったら田んぼだらけでねぇ。なのに、夜の打ち上げの時にはサンドイッチがでてきたり(笑)。

金森:今はあまりにも隔絶されてしまった世界に住んでいて、でも食は安全なものがほしい。アトピーや病気が増えてきたし、みんなある程度の自然な状態を大事にしたいと思うようにもなってきたしね。でも金沢の医王山なんかにに行っても、じじばばばかり。本当にきれいなところなんだけど。鹿滑りの谷っていう室生犀星が絶賛した場所があって、そこへ僕はいつも子供を連れて行くんだけど、でも多くの若い人たちはその手前のふもとでバーベキューしているだけ。「不定愁訴」って知ってる?朝からけだるい、おなかが痛い、頭が痛い、食欲がない、やる気がない、そういうことが若い人たちに蔓延している。朝、起きて外へ飛び出してスカッとするようなことが前頭葉の発達には大事。きっとこれから若者たちの間で野菜を育てたりすることが広がっていくと思う。12月の末にふきのとうやつくしを見たことがある人いますか?実は土を掘っていくと、中にちゃんとあるんだよね。アメリカから来た勉強のすごくできる子がいて、彼女をそういう場面に出会わせたときのことを忘れられない。彼女が言ったことを紹介しますね。


今の子供たちは孤独を怖がっていると先生はいった。

私は確かに孤独がこわい。

誰かが一緒じゃないと安心できない。

話の輪から外れるのがとても怖い。

転校し続けていつも、はじめはひとりでスタートしてたからだ。

いつもいつも不安で自信がなかった。

自分で知らず知らずのうち、テストでいい点とってお母さんを喜ばせたいとか

先生に褒められてみたいと、いつも演じている。

でも最近がんばるのもいいんだけど

なんで先生や大人のためにがんばっているんだろう。

なんのために自分は努力しているんだろうと思えてくる。

いい点をとるのがばからしくなってくるときもある。

たまには、自分なんて誰も必要としていないと

命を見下げたりもする。

今日勉強して、こんな自分を発見した。

私はあわてずに、無理せずに自分を崩して、自分を作っていきたい。


じゃあ、どうやって自分をつくっていこうか?と彼女は困った時、僕はその子を山へ連れていって、土の中を掘ってごらん?といった。すると彼女はこんなことを言った。


土を掘ったら、つくしやふきのとうが発見された。

小さないのちだけど雪の中でつぶれないで強く生きてほしいと思った。

自信をなくして、自分らしさが見つけられなくなったら

山や川などの自然の中で落ち着いて考えてみようと思った。


自然の中に入ると、自然と対話できるだけではなくて、実は自分自身と対話できる。彼女はそういう場所をようやく発見できたんだね。食に対する安全とか安心ということが強調されがちだけど「自然に生きる」ということがまず先にないといけない。虫だらけの世界の中で食べ物が育っているという原点をちゃんと見据えていないと。虫を殺さないといけない畑の中での現実と、レストランでは安全なものが食べたいというアンバランスが今の世代の人にはあるからね。UAは歌うために(住む)場所を変えたそうだけれど、子供たちのために今の環境を大事にしたいと思う?

UA:そうですね、それもあったから引越したんだけど。パートナーはまだまだ物足りない、全然これは自然じゃないって言うけどね。でもスローライフって、めっちゃ時間がかかるの!!薪でストーブつけてお風呂沸かしたり、毎日大忙しで時間が過ぎていく。スロー(ライフ)ってゆっくりしてるわけじゃないんだよ。

金森:子供にはもっといろんなことさせたい?

UA:うん。でも本当に完全にリラックスして育てているか?というとそうでもないし。たまたまシュタイナー教育の学校が郊外にあって、そこに引っ越すことになって私にとってはベターだったんですけど。シュタイナーだけがいいと思っているわけではないけど(UAさんのお子さんはシュタイナーの理論を重んじる学校に通っている)、都会で防犯ベルを持って大人を信用できずに登下校をしてる子供たちの姿がどうしても分からなかったから。でも私は東京で仕事もしている矛盾があるし、子供たちの学校が終わったらどうなるかわからない。進路未定だけどもっともっと良くなりたい、時代とともに自分も変わっていきたい。

小浦:UAさんは正直ですよね。かっこよく言うこともいくらでもできるのに、悩んだり迷ってることを言ってもらえて嬉しいです。

UA:毎日迷ってますよぉ。

小浦:今日は(市場の出店者に)農家の方々も来られているので、農家として喜びとか悩みとか、そういうことも聞いてみたいです。

(出店者の男性):能美市で日本一小さい畑をやっている者です。10年前から始めたのですが、最近はお客さんの(食に対する)意識が変わってきたなと思います。で、自分はと言うと、土に対する感覚が変ってきました。水やりをしたあとにすぐ飛行機で東京などに行くと、靴にドロがついているのが空港に着いた途端にすごく汚く見える。土が汚いと思っているほうが自然なのか不自然なのか…と考えるようになったんです。UAさんにとって、価値観が変わったことがあれば教えてほしいです。引っ越して、全然(以前とは)違うように見えてきた事柄があれば教えてください。

UA:田んぼを始めて3年目に、ある日テレビ局に一日中缶詰で収録をしていて、自分としてはテンションも高くてハッピーだと思ってたんだけど、家に帰ったら全然眠れなくて、次の日に寝不足で1日田植えをしていたんです。田んぼに裸足で入って苗植えてたら、急におなかが『いたい〜〜!!』ってなって、何かと思ったら宿便がボワァーッ!!って出て、ものすごく体が楽になった。まさにデトックスですよね…。ほんとすみませんねぇ、こんな話しちゃって(笑)。でも最近赤ちゃんのおむつ変えたりするから毎日うんことの格闘ですよ。うちはヤギのうんちもそこらじゅうにあって。浄化槽の掃除も週に一回やるしね。うんことの対話???人間はもっとうんちと出会わないとだめですよね、汚いものを隠しすぎ。音姫とかあっても、私はわざとおしっこジャーっとやるんですけどね。「音姫鳴らすもんか!」みたいな。とにかく、死とか汚いこととか排泄とか、自分から出ていくものとかを異常に隠すのはなんでだろうね?


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「食べることは警戒心をなくす。人間関係的にも開かれる。開かれた人とじゃないとおいしくない」「地球にひどいことしてるのに許してもらってる、愛してもらってるんだから、もっと地球のこと分からないと」


小浦:金森先生もUAさんも、場の雰囲気を感じることがすごく上手ですね。最初にUAさんが言われたことに戻るんですけど、手づくりのものをいただいた時にどう感じるか?というところを詳しく聞かせてください。

UA:(農家の人も)きっと農薬をまいたものは自分の子供に食べさせたくないよね。それは売るものと思って作ってる。それを買ってくれる人がいても、それが(直接的な)人付き合いとは思えないから。でもそこに愛があったら農薬をまいたものはあげられないよね。買ったものの中にはいっぱい添加物が入っていて、あれを見るといくら高くても無価値にしか見えない。おいしいけど「大変やな、私のからだ」って思って損をするというか。これはすごく当たりまえのことなのに分からなくなってるのはなんでだろう?

金森:僕も適当で矛盾だらけの人間だから、そんなにかっこいいことは言えないんだけど、僕は自分の息子が不思議でしょうがなかった。外ではずいぶんにぎやかな男だったんだけど、学校から帰ってきて遊びに行くまでの30分ほど、つばきの葉っぱをいっぱい集めてきて、それにセロハンテープを貼ったものをたくさん集めていた。大人からはそれが無意味な行為に思えるんだよね。でも彼にとってはそれが自分と向き合うために必要な時間だったんだろうなぁ。僕らにとって何が難しいか?というと、キャッチャー(受け手)になることがとてもむずかしい。人間が自然体でいられるようにしてくれる所が、実は農であったり自然であったりするのかな。ストレスがあっても相対的に癒して小さくしてくれるものを常に持っていないとね。そうじゃないとゆったりと適当に、しかし大事なものを落とさないでいるのは難しい。ここに鈴木敏史さんという人の詩があるんだけどね。


ゆうびんやさんが こない日でも

あなたに とどけられる

手紙はあるのです

ゆっくり 過ぎる

雲のかげ

庭にまいおりる

たんぽぽの わた毛

おなかをすかした

のらねこの声も

ごみ集めをしている人の

ひたいの汗も……

みんな手紙なのです

読もうとさえすれば


これは僕の教育実践のテーマです。人間はいつも送りこまれてくるものをキャッチして読み解ける力がある。実は普段から送られているものは非常にたくさんある。僕はいつも感覚を研ぎ澄ましていたい。大人にはなんでもないものだけど、子供には面白いものとか、そういうことを僕は大事にしたい。そういえばUAのお母さんは、どこの出身?

UA:私の母は、奄美大島の加計呂麻島の出身。

金森:UAのうたを聞いていると、お母さんから送られてきているものがあるのかな、と思うんだけど。

UA:島とか鳥とか花とか…そういうのを入れないと歌が作れなかったの。それがなぜだかわからなかったんだけど、はじめて島へ行ったときに、理屈じゃなくて腑に落ちた。ずっと受け継がれてきたものがあったんだろうな。遠い記憶というか、私だけの記憶じゃない島の記憶というか。これって個人のものじゃないですよね。開いているといろいろ入りやすい。でも都会にいると閉ざさないといられない。防御するというか。開いた感じでいると、ダメなんじゃないか?って気になる。あんまりにも開きすぎてると置いていかれるんじゃないか?っていう気分。

金森:生存競争の中の歌の世界にいるんだから、売れる売れないもあるだろうしいろんな抑圧もあるだろうね。自分を掘っていくことによって、自分のなかにある源流みたいなものや、向き合っている現実が詩になってでてくるのかなと思ったんだけどね。むつみさんは幼稚園教諭をしていて、フィリピンなどへ行って、貧困の中でも目を輝かせている子供たちをみて、それで日本へ帰ってきてフェアトレード・ショップを始めたわけだけど、人間が生きるという原点をみて、生き様をみてどう感じたの?あなたの感性を育んだものについてもちょっと聞かせてほしいな。

UA:小浦さんがこの中でいちばん開いてますよね。  

小浦:今、UAさんが「開いてる」と表現しましたけど、本当にそんな感じ。フィリピンの施設で育つ子供たちが、完全に今を生きる姿をみてすごくきれいだと思いました。子供たちがありのままというか、開ききっている状態。今の一瞬を生きることの強さというか…。閉じることもあきらめちゃったのかな、あの子たち。でも安心して、全部あきらめて生きている。そこにすごくきれいな自然がありました。

UA:ダメダメがない状態なんだろうね。街にいると、子供にダメ!っていっぱい言わないといけないから、子供がつまらなくなるし遊べなくなるよね。

小浦:日本の今の子たちとの差をものすごく感じた。なにか日本は間違っているんじゃないか?と思った。親もいないのに…何も持っていないのに…何かと確実に繋がっているんですよね。そのつよさを感じた。

金森:人がそうなるのは…ひとつは食の持つ力というのがあるよね。食べることは、人間の食欲を満足させるからそのほかのことに警戒心をなくす。人間関係的にも開かれる。開かれた人とじゃないと食なんておいしくない。

小浦:あ、それ「eatrip」の最後のシーンとかぶりますね。

金森:もうひとつは届けられたものの値打ち。その奥行きが開かれて見えていたらこれほど大事な贈り物はないですよね。

小浦:そこなんですよね。私は、農家さんが幸せであってほしい。作っている人が幸せだと、食べるときにそれを感じると思うんです。つくっている人がつらいと、感受性の強い人はそれも感じちゃうんじゃないかと思うんですけど…。

UA:最近、ほんと外食するのこわい。私、料理下手なんだけどね、、、玄米たいて、ちょっと野菜の料理してそればっかり食べてるんですけどそれに慣れると、外で食べると味付けが多すぎて。何を食べてるかよくわからん。

金森:家で食べるシンプルなものがいいよね。

UA:あと、感受性ということでは…そうだなぁ…。今には今しかない、というか。いろんなことが今にしかなくて。私が、今ここにいるから、今もある。私がいなくなったら、今はここにはない。私としての今は実は簡単になくなるもの。今の中に、どれだけの孤独、不安、喜び、幸せ、うれしいどのくらいの量があるのか。正直、ここでどうしゃべることがベストなのかわからないしみんなのこともよくわからないし、みんなが何を喜ぶかわからない。不安がないと言ったらうそになるんだけど。上のおにいちゃんを育ててるとき今にいない私ですごく接してしまった後悔があって。今は、娘を育ててるんですけど同じようにいろんなことがあるんですけど目の前にいるときだけは、そこに私がいるということを努めているようにしているんです。未来や過去のこと考えるのも人間なんですけれどね、、、不思議ですね。人間て。脳みそがおもしろくなってしまったから、動物にはなれないんですけどね。地球からみたら、がん細胞そのものなんですけど。地球がその気になって、温度あげたらイチコロなんですよね。そうなると、私たちも恐竜みたいに絶滅するんだろうけど。地球にひどいことしてるのに地球にゆるしてもらってる、地球に愛してもらってるんだからもっと、地球のことわからないかんなぁ、と思うんですけどね。

小浦:映画の中でもでてきますけど、“UAさんにとっていい食事って?”聞かれる場面があるんですけど私、すごくあのシーンすきでした。答えは今いいませんね。みなさんに映画で味わってほしいです。私たちと離れているように見える方が私たちと同じように普通にそだってて…私たちと同じように感じてて。心を勇気づけられました。私はすごく希望を感じました。お時間になりました。みなさんに満足していただけたかどうか会場からの気配を察するしかないんですけど…。金森先生、最後にまとめをして下さい。今日は、ほんとうにありがとうございました。

金森:今日は、食を通して、私たちがより人間らしく生きることを改めて考えてみました。私たちは、今、余りに人工的な世界に囲まれ、土・水・太陽や人と関係性が断ち切られた中で、食だけではなく、命の誕生そのものを始めとして、様々に生きることを歪めてしまっている。今日はそこからの再生を模索してみました。もっと自然の中で生きる、自然と共に生きることを大切にして、自分を開き、自分につながるものを掘って、向き合い、豊かな感性、体、言葉、人間として持っているエネルギーなど・・・ほんとうの「おいしい」を生み出す。創造の源泉を育むことを大切にしたい。今日ここに参加した人たちが少しでそんな生き方の大切さを考え、また、日々、食を贈って下さる農家の苦闘にも心を寄せて下されば幸いです。さらに、もう一つ。人間として生きる大切な何かを忘れていやしないか、そんなことを気づかせてくれるような良質な映画を選択して何とか上映しているのが、今日の会を主催したシネモンドです。どうか、シネモンドの映画も観て、街中の小さな映画館を応援して下さい。

小浦:じゃあUAさんからも最後に…。

UA:私は歌しか歌えないので歌で。13年前に上の子が産まれた時につくった「水色」という歌です。


想いは水色の雫の中で揺れてる

三日月が手のひらに浮かぶ この夜に

今ひとたびの 言葉だけ 貴方に伝えましょう


溶けては染みわたるほのかな夜の吐息よ

愛しい涙色の声で泣く虫と

闇夜を照らす星達の 心に憧れて


悪戯な花びら

遥か遠い雲の便り


わたしは水色の翼 大空に広げ

疲れて飛べない日は 大きな木に止まり

愛の言葉と風の唄 貴方にうたいましょう


季節は限りなく回り続けてるけど

わたしのこの心に 光る水色は

いついつまでも 変わらない 空と海の色

思い出よ ありがとう


白い波が 頬を濡らす

青い地球がまぶしすぎて


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たくさんのご来場ありがとうございました。

cinemondecinemonde 2010/04/09 10:46 どひです。
あっという間にあれから20日ほど経ちました。
3人のトークをスタッフが原稿おこしてくれました。
こうやって、活字で読むと、あの2時間がいかに濃密な時間だったかに思い至ります。
あの場にいた方、いられなかった方、これを読んでくださった方、どうぞコメントをお寄せください!