「愚なる妻」 シュトロハイムの苦難の始まり

 人間の欲望をえぐった作品を残したエーリッヒ・フォン・シュトロハイムはこの年、「愚なる妻」(1922)を監督している。


 「愚なる妻」は、ユニヴァーサルの総帥であるカール・レムリが、ユニヴァーサルをメジャーに押し上げるために制作費100万ドルの映画として企画した作品である。実際にかかった製作費は73万ドルだったが、レムリは100万ドルかかったと宣伝した。シュトロハイムの頭文字をSではなく、$で表現したりもした。公開されてからは、ニューヨークのブロードウェイに現在の興行収入を知らせる掲示板を設置した。


 このようなレムリの周到な宣伝にはさすがと思わせるものがある。だが、一方でシュトロハイムは金のかかる監督だというイメージが植え付けられ、このイメージはシュトロハイムのキャリアに大きな影響を与えていく。しかし、シュトロハイムが実際に金をかけたことも確かだった。モンテ・カルロの中央広場の再現に金がかかったのは仕方がないとしても、サイレント映画なので音が聞こえないにも関わらず、リアリティを求めてベルにも本物を要求した。


 撮影途中でアメリカ大使役を演じていた役者が死去し、旧作で使われたフィルムで代用したりするなどの苦労も伴って完成された作品は約5時間あった。シュトロハイムは数週にわたって上映するか、休憩を挟んで一日で上映するよう提案したが、会社側は拒否した。製作のアーヴィング・サルバーグは、14巻にカットさせた。また、内容への抗議が起こり、アメリカ大使が実業家に変えられるなどの変更が行われた。


 大規模なプレミア上映が行われ公開されたこの作品は、興行的には大成功を収めた。


 シュトロハイムは、この後もさまざまな困難に遭いながらも、「グリード」(1924)といった優れた作品を生み出していく。ジョルジュ・サドゥールは、「世界映画全史」の中でシュトロハイムについて、次のように書いている。


「当時、合衆国における無声映画芸術は、トップクラスの三人の人物、三人の天才によって支配されていた、すなわち、喜劇映画ではチャールズ・チャップリンドキュメンタリー映画ではロバート・フラハティ、劇映画ではエーリヒ・フォン・シュトロハイムである」


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