映画評「アクメッド王子の冒険」

※ネタバレが含まれている場合があります

[製作国]ドイツ  [原題]DIE ABENTEUER DES PRINZEN ACHMED  [英語題]THE ADVENTURES OF PRINCE ACHMED  [製作] Comenius-Film GmbH  [配給]ウーファ

[監督]ロッテ・ライニガー

ロッテ・ライニガー『アクメッド王子の冒険』特別版 [DVD]

 中東のイスラムの王・カリフの元に、魔法使いがやって来て、空飛ぶ馬を見せる。魔法使いは、馬の代わりにカリフの娘ディナルザデーを要求するが、カリフの王子アクメッドは空飛ぶ馬に乗って飛んでいってしまう。アクメッドは飛んでいった先の島を治めるパリバヌーと出会い、恋に落ちる。

 影絵による60分を超える長編アニメーション映画である。現存する最古の、そして恐らく世界初の長編アニメーション映画といわれている。製作したロッテ・ライニガーは、ジョルジュ・メリエスの映画に出会い、映画の道を進むことに決め、1923年から3年の歳月をかけて「アクメッド王子の冒険」を完成させたという。ボール紙を切り抜き、その紙を動かして撮影された手法は、手間隙のかかるものであったかが伺える。

 故淀川長治氏が美しさを絶賛していたというが、その気持ちはよく分かる。今では見ることの出来ない、美しさがここにはある。衣装は信じられないくらい細かい。特に女性たちの衣装の細かさの美しさは、動かなくとも見とれてしまうほどだ。レースの模様や、髪飾りなど細かいところまで最大限の配慮がされていることが伝わってくる。

 滑らかに動くその動きを見ているだけで、何か夢幻的な気持ちにさせられる。セリフがないサイレント映画であることもあり、動きは大げさだ。だが、サイレント映画だからこそ、動きで伝える必要があるからこそ、滑らかな動きが「アクメッド王子の冒険」には与えられたのかもしれない。

 影絵と言っても、白と黒だけの世界ではない。私が見たものはドイツで修復作業が行われたものだったので、オリジナルがどうだったかは分からないが、背景は染色されており、しかもシーンによってはグラデーションを使っていた。この背景の色が、影絵の世界を豊かにしている。アクメッドとパリバヌーが出会うシーンの魅惑は筆舌に尽くしがたい。青く染められた背景の前でパリバヌーが水浴びをしているシーンの美しさ、森の中を追いかけっこになるシーンでの動きの美しさに息を呑んだ。

 アクメッドが多くの女性たちからキスをせがまれるシーンなど、全体を捉えた構図がうまく使われているシーンも多いのだが、クロース・アップが効果的に使われている点も指摘しておきたい。非常に映画的な手法であるクロース・アップを、影絵という挑戦的な題材に組み込む手腕にも頭が下がる。

 キスの回数が多いのも特徴だろう。その多くはアクメッドが、パリバヌーの侍女たちとするものだが、少なくとも当時の同時期の映画において、これほど多くのキスをする映画を見たことがない。先に挙げたパリバヌーの水浴びのシーンもそうだが、この映画は性的な香りも漂わせている。

 ロッテ・ライニガーは、この後も多くの作品を製作していくのだが、短編になっていくこともあってか、「アクメッド王子の冒険」が代表作とされている。影絵という手間隙のかかる手法で、見事な長編に仕上げたという意味で、「アクメッド王子の冒険」はライニガー一世一代の作品だったのだろう。「アクメッド王子の冒険」に、ロッテ・アイニガーに敬意を送りたい。