映画評「ナポレオン」

※ネタバレが含まれている場合があります

ナポレオン [DVD]

[製作国]フランス  [原題]NAPOLEON

[監督・脚本]アベル・ガンス

[出演]アルベール・デュードネ、ジナ・マネス、アレクサンドル・クービッキー、シュザンヌ・ビアンケッティ、アントナン・アルトー、ピエール・バチェフ

 フランスの皇帝となるナポレオン・ボナパルトの半生を描く。兵学校時代の少年期から、軍人としてトゥーロンを攻略する様子、イタリア方面の総司令官となり進軍するまでを描く。

 伝説的な作品である。3台のカメラで撮影された映像を、3面のスクリーンで上映するトリプル・エクランと呼ばれる手法。ナポレオンの生涯を描こうとするも(6部作を構想していたという)、資金面の問題で頓挫してしまったこと。ケビン・ブラウンローにより復元され、フランシス・フォード・コッポラによって、1981年から世界で上映会が開かれたこと。こうした様々な面で伝説的な作品と言える。

 最初に、コッポラによる再公開についてざっと書いておこう。ガンスが製作したフィルムは、6時間が完全版だったらしい。当時のサイレントでよくあるように、完全版は失われてしまった。散在してしまったフィルムを映画研究家のケビン・ブラウンローが復元した。復元された「ナポレオン」を見たコッポラは、父であるカーマイン・コッポラにスコアを依頼し、フル・オーケストラの音楽をつけて世界で公開したのだった。日本でも1983年に公開されている。コッポラと黒澤明が共同提供で、資生堂が主催という形だった。

 私が見たのは、このコッポラによって再公開されたバージョンである。だがブラウンローは、その後もフィルムを集め、2000年に5時間を超えるバージョンが作られたという。

 ナポレオンといえば、フランスを代表する歴史上の人物である。業績の是非はともかく、皇帝にまで上り詰めた立身出世ぶり、軍人としての才能、ヨーロッパを支配しようとした野心など、英雄と語られる一方で独裁者との見方もあるが、語るべきことはあまりにも多い。

 そんなフランスを代表する人物を、当時フランスを代表する監督の1人だったアベル・ガンスが映画化を試みたのは当然の成り行きだったのかもしれない。当時ガンスは自身のプロダクションで映画製作を行っていた。サイレント期の映画製作はトーキーよりもコストが少なく済んだこともあり、「ナポレオン」も製作が可能だったといえるだろう。

 ガンスは、3つのカメラで撮影し、3台の映写機で上映するというトリプル・エクランと呼ばれた方法で「ナポレオン」を作り上げた。後のシネラマを先取りした手法だったとも言えるが、ガンスの目的は単に画面を大きくして迫力を増そうとしたわけではない。3つの画面に違う映像を流し、その全体のイメージを観客に知覚してもらおうとも考えていたのだ。だが、この試みは多少無謀だったかもしれない。それは、映写できる会場が限定されてしまうためだ。映画が製作に膨大な金をかけられるのは、1つの作品を多くの観客に見てもらうことができるという特性のためだ。トリプル・エクランに対応できる映画館は多くなかった。後にトーキー初期にも同じ問題が起こるが、トーキー自体がスタンダードとなったために、解決されたのだ。

 私が見たバージョンでは、トリプル・エクランは映画後半の20分のみに限定されていた。完全版は、冒頭からトリプル・エクラン方式だったらしい。20分のみの感想を書くと、トリプル・エクランは大画面で映写されなければ体感できないものだ。テレビの画面では、横に並んだ3画面を表示するために1つの画面は極端に小さくなってしまう。それでも、3つの画面が別々の映像を流す効果は、映像を染色して青・白・赤に並べ、フランス国旗に見立てるといった工夫がされている。だが、シネスコのようにパノラマ的な効果を狙って3つの画面がつながれた1つの映像は、コマが多少ずれてしまっており、効果よりも限界を感じてしまった。おそらく、実際の映写でもこの問題は付きまとったことと思われる。

 ストーリーは正直、大味な印象を受けた。ナポレオンの少年期から、軍人として活躍を見せるという展開に、フランス革命やナポレオンとジョセフィーヌの恋が織り交じられているが、そのどれもドラマとしては不十分である。だが、ナポレオン自体についてやフランス革命については勉強になる点も多かった。映画を見る楽しみの1つに、知らなかったことを知ることができたり、より深く知るためのきっかけになるということがある点を考えると、勉強になった点は評価しなければならないだろう。

 1つの映像の中にも多重露出を使い、観客に全体のイメージを知覚してもらいたいというガンスの意図が感じられる。最も効果を上げているのは、フランス革命の立役者たちが、ナポレオンにフランス革命の意思を継ぐように命じるシーンだろう。このシーンでは、ほかの映画では見たことがないくらいの無数の多重露出が試みられている。

 ガンスが試みようとした映画の限界への挑戦は、挫折している。だが、その挫折っぷりは見事だ。ストーリーが大味だろうと、「ナポレオン」にはアベル・ガンスという監督の魂が宿っている。それはナポレオンの生涯にも通じる。映画においては、D・W・グリフィスにも通じるものがある。「ナポレオン」には、良質な映画を見て「面白かった」と思う気持ちとは異なる何か大事なものを教えてくれるかのようだ。


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