小板橋二郎『ふるさとは貧民窟(スラム)なりき』

 東京・板橋区の岩の坂にあったスラムで生まれ育った著者の回想録。これは、戦中・戦後のスラムを内部から記録した名著といっていい。
 感動的なエピソードの数々をここで紹介するのは控えておいて、特徴を2点だけ記しておきたい。まず、スラムが朝鮮人差別と無縁の空間だったということ。著者には、子ども時代に出会った在日朝鮮人についての特別な記憶がないという。それは長屋仲間を日本人か否かで区別する習慣がなく、またスラムには朝鮮人差別が発生する動機も理由もなかったからだという。これは、何となく理解できる。事情はまったく異なるが、能登半島の先端の農漁村地域だった私の郷里には、朝鮮人差別がなかった。在日の子どももいたが、本人が故国のことを誇らしげに語るまで、在日だとは知らなかった。高校に進学して金沢へ行ったとき、同級生たちが朝鮮人差別を口にするのを聞いて、ずいぶん驚いた記憶がある。
 もうひとつは、松原岩五郎や横山源之助などの書いた、名著といわれる都市下層の記録に、差別的な記述が多いことの指摘。考えてみればその通りで、都市下層について書くとき、これらの著書からの引用は慎重にしなければならない。これだけの力量のある著者だから、都市下層についての著書が他にあることを期待したのだが、どうも見あたらないのが残念。

ふるさとは貧民窟(スラム)なりき (ちくま文庫)

ふるさとは貧民窟(スラム)なりき (ちくま文庫)