橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「ふくろ」美久仁小路店

classingkenji2007-02-24

ひかり町の消滅を惜しみながら、美久仁小路へ。古い飲食店街の向こうにサンシャイン60がそびえ立つこの風景については、すでに多くの方が論じておられる。佃島の町並みと高層マンションの組み合わせなどと並んで、都市の変貌と階層性を見事に可視化した光景である。私の著書Class Structure in Contemporary Japanの表紙写真の有力候補のひとつだったのだが、結局使ったのは西新宿の写真だった。錆びた鉄柵があまりに印象的だったからだが、池袋の写真の方がフォトジェニックだったかなとも思う。
このあたりの小路の店、最近では若い人が経営するおしゃれな店もできているので、以前よりはなじみやすくなった。しかし、何と言っても親しみやすいのは、この「ふくろ」美久仁小路店である。透明ガラスの戸を通して広い店内がよく見えるし、本店と同様に値段付きのメニューが外に掲げられているから、気後れすることはない。本店より入りやすいくらいだ。店内に入ると、左側はテーブル席、右側にカウンター、そして右奥には座敷がある。落ち着いた内装で、少し古びた雰囲気もあり、本店以上に居心地がいいかもしれない。メニュー・値段とも、本店と同じだ。
サンシャイン60のそばという場所柄か、スーツにネクタイ姿のサラリーマンが多い。それも上司と部下ではなく、四〇−五〇歳代の気の合う仲間たちが集まって飲みに来たという雰囲気のグループである。部下を引き連れてくるような店ではないということだ。そんなグループが四組、合わせて一四人。そのほかで目立つのは、入って右奥の座敷で盛り上がっている、町工場の全従業員といった雰囲気の一二人ほどのグループ。そして四〇代のカップル、三〇代から六〇代の男性一人客など。ホワイトとブルー・自営業者の比率はやや違うが、これぞ真の大衆酒場という点では本店と変わらない。ただしホワイトカラーは少人数のグループで群れることを好むのか、テーブル席に多い。
満員になれば四〇人は入れるかというこの店に、フロア係は三〇代と思われる女性一人しかいない。この女性が、驚くほどてきぱきと、しかもあわてるようすもなく注文をさばいていく。このさりげないサービスも、また居心地の一部だろう。変わった料理や酒があるわけではないが、名店と呼びたい。(2007.2.21)

Class Structure in Contemporary Japan (Japanese Society Series)

Class Structure in Contemporary Japan (Japanese Society Series)