橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「楽旬堂 坐唯杏」

classingkenji2007-05-04

「坐唯杏」と書いて、「ざいあん」と読ませる。池袋駅からだと、豊島公会堂の右脇の細い路を入り、首都高の下に出る手前の左側。バロックコートという建物の地下にある。ちなみに、反対側には蕎麦中心の別館「池袋居酒屋・下剋上 ざいあん」も。この店、一時期はよくマスコミに取り上げられたが、最近は一段落というところだろうか。内装は少々古くなり、普通の居酒屋という感じになってきた。客の注文を覚えられない店員もいるなど、問題もないではない。
しかし、うまい料理と酒をリーズナブルに出すという点では、やはり池袋屈指の名店である。前菜代わりに頼んだ「みそきゅうり」は、角切り野菜をたくさん漬け込んだ味噌がこれでもかというほどキュウリに載せられてきた。「山うど酢味噌」も、よく練られた色つやのいい酢味噌がこんもり半球形に盛られてくる。いずれも、薄味の調味料を準主役として食べさせようという趣向。魚料理もいいし、鴨のみそ焼きなどの肉料理もいい。酒は日本酒が中心で、宗玄と秋鹿は数種類、他にも二〇種類ほど。この店の特徴は原酒が多いことで、フルーティーで飲み応えのある原酒は、濃いめの味付けの料理に良く合う。
池袋には昔から、いい日本酒を出す店が多い。老舗では立教通りの「三春駒」、池袋演芸場近くの「萬屋松風」「酒菜家」など。酒の品揃えでは「三春駒」が一番だが、料理に工夫がなく、高すぎる。「萬屋松風」は場所も良く、雰囲気もいいが、やはり少々高い。「酒菜家」はリーズナブルで若者向け。「坐唯杏」は和風創作料理が美味しく、値段はほどほどで、雰囲気にこだわらないなら一番のお勧めといえる。(2007.4.30)