橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「砂の器」(野村芳太郎監督・一九七四年)

classingkenji2009-02-27

国鉄の蒲田操車場で、初老の男の死体が発見される。足を棒にして歩き回る、地道な捜査を続けるのは、丹波哲郎森田健作。犯人は、天才的な作曲家兼ピアニストとして注目され、政権与党の大物の娘との結婚を控える加藤剛(作曲家の名前としては和賀英良)。加藤には人に知られたくない暗い過去があり、自分の真の姿を消して、そこから必死に這い上がってきた。過去に関わるすべての人々とは、縁を切ってしまいたい。そこから生まれた犯罪。つまり、社会移動の物語である。この点が、芸術批評をモチーフとした原作とはやや異なる。高度経済成長期、暗い農村から出てきて、同じような思いで生きる人は少なくなかったはず。社会移動の物語にしたことが、この映画を名作にした。個人的には、全映画中のベストである。
丹波と森田は、よく酒を飲む。居酒屋で、飲むのはいつもビール。赤い星印のサッポロビールである。歩き回って捜査する刑事に、熱燗は似合わない。
当時はアイドルだった森田は、ろれつの回らないところがあって、最後のシーンなど、「わぐぅわわちちおやにあいたくわったでしょうぬぅぇ(和賀は父親に会いたかったでしょうね)」になってしまうのが哀しい。本作品の、唯一の汚点だ。デジタルリマスター版が、DVDで発売されている。音楽も、名作。ほぼ無名の作曲家、菅野光亮の映画史に残る傑作である。

砂の器 デジタルリマスター 2005 [DVD]

砂の器 デジタルリマスター 2005 [DVD]

砂の器 サウンドトラックより ピアノと管弦楽のための組曲「宿命」

砂の器 サウンドトラックより ピアノと管弦楽のための組曲「宿命」