- 作者: 今日マチ子
- 出版社/メーカー: 秋田書店
- 発売日: 2010/08/05
- メディア: コミック
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・・・あれはたしか、たぶん俺が中学校から高校のころまでであったか、「この空は偽物だ」という妙な錯覚を感じていた時期があった。別に日常生活に支障があったわけではない。ただ、夏の青い空などを見ていると、それが妙に芝居の書き割りのように感じられてならない、そんな瞬間が時々あった。いつかあれはバリバリと音を立てて破れるのではないか。たとえて言うなら『ウルトラマンA』の超獣バキシムの登場シーン、あんな感じ。
http://pulog1.exblog.jp/1305135/
大学に合格し、慣れない学生生活で右往左往しているうちに、そういう感覚は薄れていったが、その後もふと「にせものの空」を感じることが時々はあった。
もっとも、今ではまったく感じない。
あれはいったい何であったのか。「この現実が舞台の劇のように、たとえば『8時だヨ!全員集合』の舞台セットのように、崩壊可能なものであればいい」という願いの表れだったのか。
そんなどうでもいい自分の思い出話はおいといて、今日マチ子の『cocoon』の話をしよう。
・・・あれはたしか、1990年代のいつごろであったか、テレビの討論番組を見ていた時のこと。「従軍慰安婦なんてなかった。大日本帝国は立派だった。そうでないと言う人々は反日だ」と主張する例の特殊な人々と、日本近現代史研究の吉見義明先生が議論をしていた。特殊な人々の一人が、吉見先生にこういうことを言った。あなたはなぜまた、従軍慰安婦なんぞというものを調べようという気になったのか、どんな興味でわざわざ過去のそんなことを調べるのか、と。要するに「大学の歴史の先生なのに、わざわざ昔のそんないやらしいことに興味を持つなんて変態じゃないの」ということだ。すると吉見先生は冷静にこう答えた。「あなたは過去のことというが、戦時の性暴力の話は過去のことですか。性と暴力や強制をめぐる問題は過去のことなんですか。わたしはいつも現在の問題を解く手がかりとして歴史を調べていますが。」
質問者は虚をつかれたのか、その話はそのままとなり、話題は別のことに移っていった。
そんなぼんやりした自分の思い出話はおいといて、今日マチ子の『cocoon』の話をしよう。
・・・SF作家の山本弘さんの本が面白くて、これまでずいぶん新書や古書を買い集めている。新刊であれば入手は容易だが、絶版になった本はamazonあたりで買い求めるしかない。さてどうしようか・・・と思っていると、面白いことに自宅の近くの小さな古書店で、彼の絶版本を20冊くらい発見したりする。そんなわけで最近は楽しい読書生活を送っているが、彼の作品の中でこんな話が出てくる。詳細は省略するが、「虚構と現実は人間の中では等価」という話だ。「マンガやアニメの物語も、過去の歴史や実際に経験した思い出も、脳内で再生するという点では同じ」、そういう内容だった。これはもちろん、「虚構と現実が等価」と言っているのではない。「人間の中では」、かつてあった現実も、メディアを通じて得る虚構も、脳内で再生される情報のひとつにすぎない、ということだ。それはSF的な発想の一つでもあるが、一方で山本さんの本には「人間はすべて認知症」という言葉も出てくる。知性や理性を否定しているのではなく、これは警句というものだ。
そんな自分の日常の話はおいといて、今日マチ子の『cocoon』の話をしよう。
・・・今日マチ子といえば、まいにちまいにちポコポコと色つきの悪夢や白昼夢を走り書きしたかのようなあのブログ「センネン画報」http://juicyfruit.exblog.jp/の人であり、たまに雑誌でその作品を目にすることもあるが、そのときはなんとなく「ふーん」と読んでそれっきり、でも独特の画面をなんとなく記憶する・・・そんな漫画家だ。
俺は「センネン画報」については、あまり一気に読まないほうがいい、という感じがしている。一度に大量に読むと「酔う」感じがする。おばあちゃんが「子どもにギンナンをあまり食べさせると有害」とか、筒井康隆が「夢の無意識をあまりのぞきすぎると危険」とか言うのと同じような理由で、まあたまにチラッと見るだけならいいんじゃないの、でも健康のためには摂り過ぎは毒だよ、それが今日マチ子。
そんな今日マチ子が、沖縄戦を題材にマンガを描いたと、あれはたぶんコミックナタリーか何かのニュースで読んだのだ。「ええっ、そんなことが可能なの?」と、その時は思った。と同時に「それは読みたいな」と猛烈に思った。日常系四コママンガの感覚で戦争というテーマに接続した傑作が、こうの史代の『夕凪の街 桜の国』や『この世界の片隅で』だった。ならば日常妄想系webマンガの感覚が戦争に接続した時に、どういうものができるのか。
(つづく)