板前日記

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2017年09月13日 (水)

[] リニューアル


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2017年09月12日 (火)

[] 板前修業 その4


中学 高校の部活 一年生奴隷話みたいなことはTVでも、皆さんの酒飲み話でもよく話題になるかと思います。


三年生が神なのに対して、一年生がどれほど虐げられるか。話題は大概「俺たちがんばった」で帰結するのだと思います。


面白いのは、後になって思い出話になるのは、一年生の奴隷の話ばかりで、三年の神になってどれほど楽しい思いをしたかではありません。


同じ一年間でなのにね。


大変であったのは確かなのですが、長い人の一生のうちで一年というのはあっという間です。


同様に板前修業でも本当に下働きで辛い思いをするのは1−3年くらいで、4年目5年目に入れば、辛い思いからも抜け出せるのです。


とはいえ、1−3年の短い時間でも、同期のあいつよりも少しでも前に出たい、少しでも認められたいという気持ちでパンパンになってしまうのも、修業時代独特の思いなのです。


それはきっと会社勤めでも全く同じなんでしょうね。


良く言えば切磋琢磨、悪く言うと嫉妬と妬みが心に渦巻いてしまいます。


10年もして振り返ると、1−3年くらいの出世の差なんてものの数ではなくて、10年目20年目で差が出るのは、小さな努力をどこまで飽きずに続けられるかにかかってくるのですが、技術も知識も何も持っていない下積み時代ではそんな俯瞰で眺められるようなゆとりなど微塵もないのです。


料理人がどこまで成長できるのか?どこまでお客様に満足を与えられるようになるのか?は40年もやっているのに未だに未知数です。


少しだけわかったことと言えば、修業時代を真面目に過ごし、その後も努力を努力と感じない位に日常のものにした料理人は、必ずある程度のラインまでは到達できるのですが、そこから先の世界が見られるのは、神から与えられた感性を持った人間だけなのかもしれないということ。


どれほど真面目でもそこまで到達できるのはごくごく一握りの料理人だけなんですね。

2017年09月02日 (土)

[] 板前修業 その3


どんな名人にだって初心者という期間が必ずあります。


ある程度の技術を身につけてしまってからの方が長いものですから、後に初心者の時期を振り返ると短いものだったと思えるのですが、真っ只中にいるときにはそれはもう、焦り、苦しみ、イライラして、未来の兆しが見えない日々に打ちのめされるのです。


そんなとき、「誰だって同じような時を過ごすもんだよ。10年もして振り返るとあっという間だったと思えるから焦らないで」


などと声をかけてくれる先輩 指導者がいれば心も安らぐというものですが、板前の世界では皆無でした。


「あほっ!」「ぼけっ!」「かすっ!」「できそこない!」と怒鳴られる日々が続くのです。


私など、それはもう、鈍くさくて手際は悪いし、手先は不器用、覚えは悪い、なのにプライドだけは高いというどうしようもない見習いでした。


関西では最初の見習いを「ぼんちゃん」と呼びます。


16歳 18歳くらいでしたらぼんちゃんも呼びやすいのですが、すでに22歳。


ひねたぼんちゃんは「大学出ていてこんなこともしらないのか!」と年下に怒られるのです。


仕事ができなくて怒られるのが癪に障るものですから、本で理論武装なんかして、反論しようものならさらに怒られるわけで、、、そんなこんなの理不尽な日々が一年を過ぎて、後輩が入ってくる頃になると調理場内の立ち回り方も身について、仕事は未だよたよたでもなんとかやっていけそうな気がしてきます。


本当に不思議なものです。


一年経つと自然と仕事がほんのちょっと身につき、二年目には調理場全体が見渡せるようになり、段取りを覚えます。


仕事ができなくても段取りがわかるようになると、少なくとも足手まといにはならなくなり、三年目に入れば任される仕事も出てきて自信が芽生えてきます。


しかし、これがくせ者で、三年目に必ず手痛い失敗をして伸びた鼻っ柱を折られるのです。


そして五年目くらいに職人の入り口に立てたような気がしました。あくまでそれが入り口です。


それから5年、10年目でやっと一通りの仕事ができるようになるのが日本料理の職人の通り道でした。


私はというとそれから10年後 20年経ってやっと「この道でやっていけるかも。。。」と思えたほどのろまでしたが、ある時期からは「能力のない人間は、ほんのちょっとした積み重ねを日々繰り返すことでしか成功は得られない」ということだけは理解していましたので、時間がかかることに焦りはありませんでした。


大阪でのぼんちゃんの時代に得たものと言えば、仕事のいろは。。。よりは掃除の仕方であったり、人との付き合い方であったり、段取りの組み方であったりという職人の下地を作ってもらった気がします。


振り返ると長い職人人生の内のほんの一瞬であったわけですし、その後にも山も谷もあったのですから、一番大変であったわけではないのに、やっぱりあの時期を経なければ今はないなと確信できるのですね。

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