ポリシー


友人の料理店で、予約のお客様が「鰹の刺身を用意して欲しい」とおっしゃったのだそうです。


「鰹は初鰹の時だけ使わせていただいています。この時期は使わないんですよぉ」と対応すると


「生意気だ」と言い放たれ、予約はキャンセルになったのだそうです。


まっ、先方の虫の居所も悪かったのかもしれませんが、店のポリシーを曲げずにお客様の不興を買うというような出来事は料理店ではよくあります。



浜松の和食店のご主人がこれを聞けば「あるあるあるある!」と何度も頷く方がほとんどでしょう。


この地の方々は本当に鰹のお刺身が好きで、真冬の一時期を除いて一年中鰹が食べられるとおもっていらっしゃる方がたくさんいます。


極端に言えば、日本料理屋はふらっと立ち寄って、カウンター席に腰掛け「鰹の刺身ととりあえずビールね。もう一品何か焼いてくれる」  以上。


という注文がすべての料理店で成り立つと思っていらっしゃる方が多いのではないかとさえ思ってしまうほどの土地柄なのです。


ですから、私ン処のように


基本予約
コース料理のみおまかせ 単品無し
鰹の刺身はほぼ一年中でない
カウンターはあるけど一組のみのため
「とりあえず」のビールはない
メニューに日本酒の銘柄が書いていない


などという偏屈の塊のようなポリシーをもつ店なんぞ、件のお客様が予約の電話でもしようものなら「生意気だ」くらいではすまないでしょうね。


ただし、永いこと商売をしていますから、意固地なポリシーを前面に出さずに、くねくねと寝技で対応する能力は身につけてきたかもしれません。


夏の終わりに「鰹を食べたい」という電話があれば「この時期なかなかお口に合うようないい鰹を見つけられないんですよぉ。もっと美味しいお造りをご用意しますよ」とか


「今の時期の鰹を上手に使えないんですよぉ。未熟で申し訳ありません。どこか鰹を美味しくお出しになる店を紹介させていただきますよ」


くらいは言えるかもしれません。「鰹は使わない」という意味ではおなじですからね。


そうやって考えてみると、焼き餃子はメニューにない、ラーメンも海老チリもメニューにはない力のある中華屋さんを知っていますし、ビールを置いていないスーパーな品揃えの酒屋さんも知っています。


すべての店は、主人が一番美味しいと思うものを用意して、お客様をお待ちしているのですが、お客様が料理店に対して望むものは別にあるというわけです。


あいつにまかせておけば間違いなく経験したことのない美味しいものを出してくれるはずだという信頼を、まだ見ぬ一見のお客様にまで期待させることができるとしたら、ポリシーは口にしなくとも、料理だけでなく店全体でそれを表現できるはずです。


それができたら名店の仲間入り。手練手管の一部はもっていても名店までの道のりは、私には果てしなく遠いのです。