_2008_08_28_
■[g]7年もこの楽器を続けてきて一番上達したのがこの4ヶ月だ
ずっと間違ったピッキングをしていたせいで上達が遅れに遅れた
「エレキはちゃんとアンプを使って練習するべき」至言。この一言に尽きる。
運指は十分にできるようになっていたが、小指はコード弾く以外にほぼ使っていないも同然だった
あとは小指を動かしてピッキングさえ矯正すればいい話だったのだ。
レスポール
歪ませてわかるすさまじい重低音 伊達にやばいくらい重くない
ブリッジミュートしてのパワーコードがもう恥ずかしいくらいキマる。手が勝手にメタルを弾きはじめる
低音の出ないアンプは逆立ちしても出ない(スピーカー的な意味で)ので、ズンズン言わせたい人は大口径x1とかじゃなくて4発入ってるキャビで弾かないといけないんだろう(PODのパッチ的な意味で…)
でこいつに慣れると他の機種が羽根のように軽く感じる。でLPに戻ると肩が抜けそうに…
「軽いLPはヘッド落ちするような気がする」って言う人は、おそらく肋骨と腸骨であの図体を支える弾き方に染まりきっているからそう思うだけだろう。
ストラップの位置を適切にすれば、プレイに集中していればそれほど重く感じない。汗だくになった。
ピック
レスポールは薄いヘヴィ硬度のすべりのいいのが合う。
■単純に疑問なんだけど異性に魅力的だと思われるための努力って楽しいの?
苦しいだけなんじゃねえの?
好きな音楽を作っている作家の演奏をコピーする練習は、成果がはっきり見えるしそりゃあとてもとても楽しい努力だよ
他人から与えられるものをただ消費するだけ(マンガを読む"だけ"とか、アニメをみる"だけ")は終わって我に返ったときに「何やってんだろ…」とか虚しくなることもあるけど、確実に自分で自分を褒められる趣味は生き甲斐足り得ると思うね
趣味のいい服を着た自分を鏡で見るのはうれしい。散髪してさっぱりした気分になるのはとても気持ちがいい。それでいいじゃないか。なんで趣味がない人たちの価値観に振り回されなきゃいけないのか。いやされなくていいって。
関係性の発生していない、シュークリーム屋で前に並んでいたり満員電車の向かいに座ったつややかな髪の活きのいい意欲に満ちあふれた生き物なんかと俺との間には、見えるんだよどこまでも暗くて深い、空間のひび割れたようなクレバスが。
みんなガラスのショーケースの向こうにいる。非売品だ。
お金で買えるギターを集めるように、お金で買える何かには決して満足することなしに、何度でも「違うモデル」「新しいモデル」「珍しいモデル」がほしくなるんだろう。
口がついて手が生えていて、俺の奏でる音楽に文句を垂れるギターなんてまっぴら御免だ。
■「他人」に対する優先度が著しく低い
「なんで、他人と他人の間柄のことまで俺が関与する必要があるのだ。当事者同士であれこれすればいいことだろ。」
と俺は思うのだが、いけないらしい。
飲み会を企画して幹事をやれとか言うのだが、まったくそんな気分ではない。あのメンツで集合しても出会い的なものはもう望めないとわかっているし、現状、ある程度一人遊びで満足度が出せているのだよなここ数ヶ月は。他人に頼る必然性を感じないときに過去の約束が足を引っ張るのは、不快だ。
という様な感じで、やはり俺の中では親しい人や親族であってすら他人というものの優先度が著しく低いのである。
当然交流の少ない知人は自然と減っていく。どうでもいい知人を維持するのは、俺にとってみればいわば待機電力のようなものなわけだ。だからといってこの状況に満足しているわけではない。少なくとも理性の領域においては。本能は「関わりの網の目が粗くて落ち着くわ…」と言っている。
実際知人が少ないと不利なことも多いが。
集中している(ゾーンに入っている)ときに邪魔が入るのがなにより嫌である。
■その通りですね。
■[g]この人書いてある内容は興味深いことなんだけどなにぶん文体が回りくどくてうっとおしい。断定的で風呂無駄っぽい。
http://blog.kansai.com/bribribrizauemon/68
丁寧な語り口で記事を本にまとめれば売れるんじゃないでしょうか。
■タッチタイプと運指が必要な楽器演奏
タッチタイプができる人は続けさえすれば、いずれ絶対にピアノなりギターなりが弾けるようになるはず。逆もまたしかり。
無駄な力を抜いてパターンを体に染みこませて、頭の中にあるイメージを指先に落としていくという作業はよく似ている。
どちらか片方しかできないという人も食わず嫌いせずにやってみることをおすすめする。とっかかりの教材が悪いとアレだが。
どうせFメジャーコードでつまづくだろうから歌本見て伴奏をジャカジャンをやるのは後にしたほうがいい。まずは単音からだろ。
■どうしたら客(閲覧者)にウケるか、スターをもらえるかだとかそんな事はまったく考えていない
俺がこの日記で心がけているのは、いかに内容が自分らしくあるかだ。それはそれを見る観客によって作り出されるものではなく、俺の心の中から湧き出してくるものだ。
この日記を書き続けていることで人から金を取れる文章が書けるようになるかというとそんなことはないだろうし、毎日生存報告の挨拶をするだけの、相手の中に踏み込みたがらないナントカソーシャルみたいなのは、だから俺には合わない。書くことがないのだ。
それが評価されるかなんて事は二の次で、たまたま注目されて褒めてもらえたらうれしいね程度のことだ。だから俺の日記がたいした人気じゃないのは当然のことで、逆にちょっとした人気があるというのは変なことなのだよ。
生きていくために、金をかせぐためにではない芸術というのはそうあるべきだと考える。いかに大衆ウケして金を落としていってもらえるか、ということで自分の表現を変化させる(それは器用で工夫がいるテクニカルなことで、ビジネス的なスキルとしてはたいへん尊敬するけれども)名声やら他人の評価のために理解しやすい表現を多用するというのは好ましくないね。
■いい男のことをひがまずにいい男だと思えるのはよいこと
これはありがたい…
ヤマジュンのおかげで無駄なひがみをせずに済む
いい男はみんなホモだと思えばいいのだ
カップルは見なかった振りをする。しかしいまだかつていい男が女と歩いているのは見たことがない。いい男は仕事で忙しいからだろう。
■少年サンデーは俺の心にうるおいと余裕を与えてくれる
すさんだ心も水曜日にサンデーが発売されることで満たされる
軽率で油断しやすく短気でそれでいて凝り症な疑り深い俺の弱点を補うには
やっぱり経験と仲間を作ることなのか…
他人にすぐ飽きるのをどうにかするのが課題だ
ハッカーへの道のりは遠い
■ありがちな音楽の教科書
creamのアルバムを聴いて、他のパートと協調することを学ぼう。
席というものは勝ち取るものだということを知ろう。
- ねらい
我の強いプレイヤー同士でよい音楽をつくる方法について修得します。



