FUJIMIYA堂ONLINE

2013-05-29 かんけつ。

[]少女怪盗ストレイキャット「千種センセの怪盗指南」#6

 この話はこれで完結です! 長ぇよ! 数千文字でちょこっと設定披露しようと思った話だったのにKONOZAMAだ! 三ヶ月って何だ!

 ああ、全部仕事が悪い! 何だよ毎日9時〜22時って! 明日は7時〜22時だド畜生!ヽ(`Д´)ノ

 ……社畜のグチはこれくらいにしてもうさっさと本編に入りましょうか。


 で、このあとですが、夏コミの原稿に専念すると思います。

 一応「児童書の解説、紹介本(イラストもあるよ!)」というのを書くつもりです。まあ誰もやってないし需要もあるだろうからそこそこ成果はあるんじゃねーの? っていう魂胆です。

 んでは本編行きましょかー!ヽ(´▽`)ノ


 中区栄町。風屋かざや開府から四百年続く、歴史ある街。むごい戦争で焼き尽くされながらも、まさに不死鳥のごとく蘇り、さらなる発展を遂げた、風屋の中心地。

 その一角に、彼女、ストレイキャットは立っていました。

 かつての碁盤割りの東の果て、久彌大通ひさやおおどおりに面するビル。一階に全国チェーンの牛丼屋がある、ごくごくありふれたビル。

 ここが、風屋をふるえあがらせた、あのひったくりどもの総元締めのアジトだというのです。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「あんたが東の王様ぁ?」

「んまぁ〜もーちょいこわい人か思ったけど、まぁ〜ほんとかわいいメイドさんだがねぇ〜」

「ウチの子もここで働かせてもらえんかしらん?」

 千種がラルカンジェレでのバイト中にやってきたおばちゃんネコたち。それらが、決定的な情報を千種に伝えたのです。

「敵に守りを固めさせ、その本拠を突き止めた」。そのあがり爺の言葉から思いついた作戦。それは、完璧な成功を収めました。

 自らが育てたひったくり連中という「戦力」を完全に失った「ハイウェイマンアカデミー」。流れは圧倒的に千種、ストレイキャットの側に傾いていました。

 そこに投げ込んだ手榴弾、それは朝のニュース速報テロップ。

 それが流れると同時に、千種は風屋のネコたちに怪しい動きを探らせました。その結果、早くも午前中、ラルカンジェレに先のおばちゃんネコたちが核心の情報と共に訪れたのです。

「あのねぇ、栄町のほら、あそこ、あのビル」

「あそこじゃわからんがね」

「ほら、テレビ塔のあそこ、あそこだわぁ」

「だからあそこってどこぉ?」

「あそこ、ほら、さくら家だて。しゃれたメガネ屋の向かい」

「おーおーおー、あそこかぁ! あそこウチの子がよぉ、たまに余りもんもらう言っとったわ」

「まーなーにぃ、人間さまはよう残すでかんわぁ。アタシらぁが子供の頃は……」

「あー、あのよぉ、大事なとこだけ言ってもらやぁえーんだけどよぉ……」


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「いくらなんでも、ちぃとうまく行きすぎじゃにゃーか?」

 あれだけ手に入らなかった情報が、ここまであっさり手に入ったことに、千種……いやストレイキャットは、この情報を少々いぶかしんでいました。

「罠じゃにゃーわな」

 下らないダジャレを呟き、彼女はビルを見上げます。栄町の大して高くないビル。それこそ、栄町だけでなくどこにでもあるような雑居ビル。

 こんなところに、風屋を大混乱に陥れた諸悪の根源が?

「……まあええわ。動かな始まらん……」

 おもむろにしゃがみ込むストレイキャット。彼女はなにを……?

「わ!」

 と、彼女は全身のバネを使い跳躍! なんと、その体はビルの高さを大きく超えて飛び上がったではありませんか! なんという脚力!

 否! それは脚力だけではありません。彼女の中に流れる生命の力、内力、気、オーラ、いろいろな名で呼ばれるそれを操り、身体の力を引き出す絶技。それを、彼女は身につけているのです。そこに、人智を越えたネコの王の力が加われば、これくらい朝飯前、赤子の手をひねるようなもの!

 ガシャン! 彼女はビルのガラス窓を突き破り、そのまま中へ。

 しかし……中はもぬけの殻!

「な……!?」

 驚いたのもつかの間、突然、真っ暗だった部屋の明かりが灯りました。

 その直後!

 ダダダダダダダダ! けたたましい銃声が室内に響き渡る!

 なんということでしょう! 彼女が押し入ったのを見計らい、そこに何人もの男が乱入、有無を言わさず、銃を乱射したのです! 哀れ彼女は、まるでチーズのごとく穴だらけ……

 いや、上!

「おいおい、そんなおそぎゃーもん……」

 声を聞いて見上げる男たち。視線が集中した瞬間に、彼女は天井を蹴り、その姿が消失!

 直後、その姿は顔を上げた男たちのすぐ前に!

「なぶっとりゃーすなよ《いじってるんじゃないよ》!」

「ぐわぁ!」

 ストレイキャットの鋭い蹴りがスーツ姿の男に突き刺さる! 男は後ろに立っていた連中もろとも、廊下に吹き飛びます。すかさず他の男たちが銃を構えますが彼女の方が圧倒的に速い! 一人の銃を回し蹴りで蹴り飛ばしもう一回りでその男自体を壁まで吹っ飛ばす! 軽く跳んでその後ろの男を蹴飛ばし、その勢いで反対側に跳んだ彼女は着地間際に一人に跳び蹴りを食らわせます。

 振り返って銃を構える男たち、しかし彼女はそれを待つお人好しではない! 着地のしゃがんだ姿勢から男にバック転で飛び込み顔面を踏みつけノックアウト、最後の一人が銃を乱射しますが当たらない! またも天井を蹴った彼女の姿が消失! 天井を見回す男。しかし!

「どこ見とりゃぁす」

 男の胸に、金属のイヤな感触。そう、ストレイキャットが銃を拾い、男に突きつけたのです。なんという早業! この間わずか十数秒!

 圧倒的な力を見せつけられた男は戦意を喪失、銃を捨て膝をつきホールドアップ。ストレイキャットの、完全勝利です。

「これはどー見てもなんかあるとしか思えんわなぁ。怪しいもんは殺してまえ、って、そこまでするたぁよぉ」

 銃口を男の額に押しつけるストレイキャット。男はもはや、恐怖のあまり口もきけないようでした。

「さーて、教えたってちょ。あんたの親分さんの居場所とか」

 無邪気な笑顔を浮かべつつ、ストレイキャットはガタガタ震える男に尋ねました。

 その時。

「その必要はあれせん」

 殺気! はじかれるように入り口に銃を向けるストレイキャット!

 しかし、その銃が突然はじかれる! とっさに手を離すストレイキャット。銃は彼女の後方にとんでいき、爆発! 弾倉を何かが撃ち抜き、銃弾の火薬に引火したのです。

「鉄砲でワシに勝てすか」

 扉の向こう、そこにいたのは……古めかしいリボルバー式拳銃を持った一人の少年。まるで幕末や維新の官軍のような、歴史がかった軍服姿。その背には、先端に銃剣をつけた、これも古めかしいライフル銃。

やっとかめひさしぶりだなバケネコ」

 その姿にストレイキャットは驚きます。しかし、平静を装い言いました。

「……やっとかめだなぁ。判田はんだのキツネ」


「お前ら、死にたないだら? ジャマだもんで早よう出て行きん」

「判田のキツネ」と呼ばれた少年が言うと、倒れていた男たちは、動ける者は自力で、動けない者は、まだ動ける男に抱えられ、みな部屋を出て行きます。それを黙って見逃すストレイキャット。

 少年が拳銃を構えたまま、歩を進めます。ストレイキャットはそれに合わせ後退、間合いを保ちます。

 部屋は二人だけになりました。ストレイキャットと謎の少年。向き合う二人。

 と、少年は銃を下ろし、おもむろに弾丸の再装填を始めました。ストレイキャットは腕を組み、口を開きました。

「まーくたばったかしらん思っとったわ。ワシがあんだけ暴れとるのになーんもせんもんでよぉ」

「忙しいんだわ。お前にかまっとるヒマはあれせん」

 と、少年。

「ヘッ!」

 その一言で、ストレイキャットは露骨にイヤな顔をしました。

「またとろくせぁーこと企んどるんだろぉ」

「何がとろくせぇだ。ワシらが生きるためじゃんね。ヒトはワシらを簡単に殺す。だからワシらはヒトを殺す。何がいかんだ」

 再装填を終え、少年は再び銃を突きつけます。

「ヒトに媚びる家ネコにはわからんか」

「相変わらずくそたーけだなぁおみゃーはよ」

 腕を下ろすストレイキャット。瞬間彼女の姿が消え失せます。現れたのは少年の後ろ! しかし!

「タワケはどっちだ。そういうのを、『バカの一つ覚え』言うんだわ」

 背後からの彼女の蹴りを、少年は片腕で受け止めたのです。その手の先には……ストレイキャットの顔面を狙う銃口!

「唐人医者の『縮地法』。まあ見飽きたわ」

 「縮地法」、それが、ストレイキャットの瞬間移動の正体。内功を込めて地を蹴ることで、地面を縮めたかのように驚異的な速さで動く技。海の向こうの国から伝えられた絶技を、彼女は己の物としていたのです。ですが、それを知っている者からすれば対策は意外にも容易。動きが直線的なため、挙動を見破りやすいのです。

「まーそうなるわなぁ」

 笑みをこぼすストレイキャット。

「ほうでにゃーとよ、面白ないでかんわな」

「余裕こいとるな、本気で殺すぞバケネコ」

「それはこっちのセリフだわ!」

 ストレイキャットは左手で、少年の首に手刀を浴びせる! だが少年はしゃがみ込み、彼女の足を払いにかかる。飛び上がってそれをかわした彼女、だが体勢が不安定! そこに、少年の銃弾が襲いかかる!

 キン! キン! 甲高い音が部屋に響きます。ストレイキャットがとっさに取り出した、鋼鉄のキセル、それで銃弾をはじいたのです。ですが、彼女はまだ警戒をします。

 彼女は体をひねり、叩きつけるようキセルを振りました。キキン! また甲高い音。するととっさに、少年がそこから飛び退きます。少年がいたところに、たちまち二つの穴が開きました。

 何が起こったか? 人間の目には、何が起こったかわからなかったでしょう。ですが、四百年を生きるネコの王にはかろうじて見えていました。

 いったん弾いた銃弾が、また襲いかかってくるのが。

 着地したストレイキャット、銃を構える少年。二人はまたにらみ合います。

「それも『バカの一つ覚え』っちゅーんだわ。最近じゃよ、『ワンパターン』とも言うらしいわ」

 キセルで肩を叩きながら、ストレイキャットは得意げな顔。

「ほう、二百年黙っとったとは思えんな」

 少年の方も、冷静な口ぶり。まるで腕試しでもしているかのよう。

「ということだでよぉ」

 と、いきなりストレイキャットは上目遣い。

「ちぃーと通してくれんきゃーも?」

 そしてかわいらしい声でねだるように言います。が、

「いかん」

 少年はあっさりと拒否。そのまま一歩一歩、彼女に近づきます。

「えぇ〜、なんでぇ〜?」

「お前を生かしといたらロクなことにならん。ワシのジャマになるAだらぁ」

「まあそーだわな。ならちょうどええわ」

 説得が効かないとわかるや否や、ストレイキャットゆるんだ顔をキッと引き締めました。そして彼女は、鋼鉄のキセルを構えます。

「おみゃーさんをここで叩きのめして、二度とたーけたこと考えられんようにしたるわ」

「そーうまいこといかすか」

 少年が発砲! 二発! それを合図にストレイキャットの姿が消え失せます。縮地法!

 彼女がいたところを通り過ぎる銃弾。しかし、先ほどの二発と同じように、ありえない鋭角的な挙動で、再び現れた彼女の背後に襲いかかる!

 コマのように回転し、背後の銃弾をキセルではじき飛ばそうとするストレイキャット。しかしそれをかわすように銃弾は上空へ! そのがら空きの背中に少年が接近、至近距離からストレイキャットを撃ち抜きにかかる!

 ですがストレイキャットはそのまま一回転、勢いで少年にキセルを浴びせます。速い! だが少年もさるもの。ストレイキャットの腕をいなし、キセルはそのまま頭上を通り過ぎます。その無防備な脇腹に銃を突きつける少年。ですが発砲の直前、ストレイキャットは肘で銃をそらしました。銃弾はムダに、床に穴を開けるのみ。

 ストレイキャットは間合いを取り直します。そこに少年が発砲。ですが縮地法を使うまでもなく、ストレイキャットは首をそらすのみ。銃弾はそれ以上追っては来ず、壁に小さな穴を開けました。

「まー弾切れだろぉ。背中の長モンの出番だな」

「ド親切だな!」

 少年は背中のライフル銃を構え、ストレイキャットに突進。

「はぁっ!」

 気合いを入れ、槍のように銃剣をストレイキャットに突き出します。その速さはまるで銃弾!

 しかし彼女にはそれが見えている! きらめく一閃を、ほんのわずかな動きでかわします。近距離に入った少年は体を返しストレイキャットに銃床で殴りかかりますがそれを彼女はガード。お返しに少年のこめかみを狙う右足、しかし彼はライフルの銃身でガード。しゃがみ込んで足を払おうとしますが、ストレイキャットは跳び上がりそれを許しません。少年を飛び越え、再び襲いかかるストレイキャット。

「ハァーッ!」

 迎え討つ少年は銃剣の刺突! それをキセルで受け流すストレイキャット。ですが少年はその先には行かせない。少年が自在に操るライフルが縦横無尽、縦横斜め全ての方向、長短あらゆる距離から襲いかかる! その少年の神業のごとき銃剣術に、一歩も引けを取らないストレイキャットのキセルさばき! もはや人間では及びもつかない、激しく、そして美しい戦いが、この部屋の中で繰り広げられているのです! この戦いには神仏すらも見とれ、人々を救うことを忘れるに違いないでしょう!

 キセルと銃身が激しくぶつかり合い、火花を散らします。長いライフルの間合いを保とうとする少年、それをかいくぐり、少年に致命的な打撃を与えんとするストレイキャット。ガァン! ガァン! ガァン! 何合もの激しい打ち合いが続きます。

「撃ちゃせんのか? 鉄砲がかわいそうだがね!」

「ワシが撃つときはお前がくたばるときだわ!」

 一進一退の攻防、次第に両者に疲れの色が見え始めます。

 と、ストレイキャットが少年の斬撃を受けとめ、大きくバランスを崩しました。

「見えた!」

 そのスキを見逃さず速やかに銃を構える少年。わずかコンマゼロ数秒の後!

 ドォン! 激しい炎と煙がライフルから放たれました!

「!?」

 しかし少年は顔をゆがめます。狙いを定めたその先に忌まわしいバケネコの姿は無し! どこへ!? 上? 否、後ろ? 否! では……

「ここだわここ」

 真下から聞こえる声。少年が下を向くと、そこに……

「にゃあー」

 黒髪に黒ネコ耳の少女の姿!

「おみゃーの負けだわ」

 ぽこ。立ち上がったストレイキャットは、少年の頭を軽くキセルで叩きました。

「くっ」

 怒り、悔しさ、恥ずかしさ、それらが入り交じった表情で、少年はストレイキャットをにらみつけます。

「おそぎゃー顔しやぁすな。てゃーしてやる気なかっただろぉ」

 ……少年は目をそらし、弾薬入れから弾丸を取り出します。紙で銃弾と火薬を包んだ、骨董品とも言うべき弾丸です。

「何だろうが、負けるのは悔しいだらぁ」

 紙包みを食いちぎり、勢いよく吐き出す少年。ライフルの薬室を開き、そこに弾を込めます。

「まだやるんか?」

 薬室をバン、と閉じた少年は、首を横に振りました。

「まあえーわ」

 少年はそのまま、ライフルを背負います。

「お前の探しとるやつ、下の部屋でガタガタ震えとるわ。さっさと捕まえに行きん」

「な、なんだぁ?」

 ストレイキャットは困惑。あれほど殺意をむき出しにしていた相手にしては、おかしな態度です。

「強く叩きすぎて頭おかしなってまったか?」

「そうじゃねぇわ」

 続いて拳銃に弾を込めつつ、少年は言います。

「まぁあいつは使えんで、お前に処分してもらおか思ってな」

「てぇと、おみゃーが……」

 再びキセルを構えたストレイキャットに、少年はまた首を振りました。

「ワシは関係あれせんぞ。只の用心棒だて」

 拳銃をしまい、彼は言いました。

「これ以上は言えん。はよ行かな逃げてまうぞ」

 目の前の「キツネ」の態度にさらに困惑するストレイキャット。ですが、今はそれどころではありません。

「納得いけせんが……それもそうだなぁ。んじゃ、ご無礼さしてもらうわ」

 言うとストレイキャットは、部屋の出口へ歩き出します。少年は手を出そうとせず、黙って見ているだけ。

「次会ったら、おぼえときゃーよ、キツネ」

「まあ忘れたわ」

「ボケたか?」

「黙りん、早よ行きん」

「へいへーい」

 納得がいかん。キツネの考えることはわからん。そう思いつつ、ストレイキャットは部屋を出ていくのでした。


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「大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ……」

 別室。その部屋の隅でガタガタと震える中年男性。

「大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ……」

 念仏のように、彼の口から出てくる「大丈夫」の言葉。

「あのお方」が、御狐さまが、きっとなんとかしてくれる。バケネコから、きっと守ってくださる。逃げるなんてとんでもない。ここにいれば、御狐様が守ってくれる。

 そんな、細い細い、クモの糸のような希望にすがりつき、彼は逃げもせずに震えていたのです。

 嗚呼、これが何もかもを失い、罪にまみれた人間の哀れな姿! ですが同情はできません。

 彼こそが、風屋市に混乱と恐怖を撒き散らした張本人なのですから。

 そして今、その代価の取り立て人が、ドアを蹴破り現れたのです。

「ああ狐様! バケネコは」

「どーも、バケネコですわ。『ハイウェイマンアカデミー』総帥の身柄、いただきに参りましたでよ」

 部屋の隅の哀れな大罪人は、その姿を見て石のように固まりました。

 そして。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」

 ネコミミの怪盗が耳をふさぐほどの絶叫をあげ、そのまま意識を失ったのでした。


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「ひったくりの頭目ついに御用」

「身柄は中警察署へ、抵抗は一切無し」

「県警は一連のひったくり事件について追求」

「意味不明な供述、精神に異常か」

 風屋を騒がせたひったくり事件の黒幕の拘束は、翌日の地域ニュースだけでなく、全国ニュースでも重大ニュースとして報道されました。

 この国の三本の指に入る都市全体を恐怖に陥れた「ひったくり事件」、その終幕は非常にあっけないものでした。

 しかし、この事件の全てが明らかになることはおそらく無いでしょう。当事者は「黒いネコミミの怪盗」の恐怖で完全に精神が崩壊、何をしていたかもわからない状態となってしまったのです。

 彼がいかにしてこの恐るべきひったくり軍団を作り上げたのか。その裏に何が隠されていたのか。それらの真実は、全て闇の中へ消えていくのです。


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 それから数週間が過ぎました。

 ここは大洲おおすのヘンな信号交差点の角。そこにあるメイドカフェ「ラルカンジェレ」。

「おきゃーりなしゃーませ、ご主人さま☆……」

 そこで働く、黒ネコミミの小さな女の子。言わずと知れた千種ちゃん。しかし……

「ちーちゃん、大丈夫かな?」

 一緒に働くわかばちゃんが元気よくたずねますが、

「大丈夫……なワケあらすかぁ……」

 かわいらしい笑顔の目の下には誰が見てもわかるくらいのくま。誰が見てもオーバーワークは明白でした。

 それもそのはず。彼女は今日で十連勤。そしてこの先、あと二十日続けてシフトが入っているのです。ですがそれでも、千種ちゃんは働き続けなければならないのです。

 一体、どうしてこうなった?

 話はひったくり事件終了後にさかのぼります。

 一仕事終えて良い気になっていた千種の元に、一本の電話が。相手は風屋はおろか、この国でも有数の規模を持つ企業グループ「キャッスルグループ」次期総帥の少女。


「なんだぁ、亜梨須ありすか」

『そう、キャッスルグループ次期総帥の松平亜梨須さまよ』

「その亜梨須さまが何の用だ?」

『代金の支払いについてのご相談よ』

「代金?」

『そ。朝のニュース速報、折り込みチラシ、ラジオの緊急ニュースなどなど、我々キャッスルグループの偉大なる力で市内全部に流したアレ。まさかタダだと思ってないでしょうね?』

「……は?」

『総額一、十、百、千、万、十万、百万、千万、一億……』

「な、何を言っとるかわっかれせん……」

『ま、我がキャッスルグループにとっちゃはした金ですけど、払うモノは払っていただかないとね』

「な、何言っとりゃあす? 知らん! ワシは何も」

『その部屋、誰が家賃払ってるか忘れた?』

「!……」

『まあ、アタシは心が七つの海より広いことで有名だから、大まけにまけてあげるわよ。アタシがオーナーのあの店の売り上げに、しっかり貢献してちょうだいね』

 

 ということで、亜梨須がオーナーの店、ここ「ラルカンジェレ」で一ヶ月タダ働きという「寛大な」支払い契約が成立したのです。契約不履行の場合即刻部屋から立ち退き、部屋の中の物(つまり千種の全財産)は全て差し押さえ、バイトもクビ、そして先の速報などなどにキャッスルグループが費やした総額(ン十億円!)の支払い義務が生じます、という補足事項付き。踏み倒す? 否。そんな事できようはずがありません。キャッスルグループの手はどこまでも千種を追いかけることでしょう。またノラネコの暮らしに戻ればいい? それこそ無理な話。「部屋の中でごろ寝してテレビを見る怠惰な生活」にどっぷりとハマリ込んだ彼女が、いまさらその生活を捨てられるでしょうか!? 答えは「絶対にNo」!

「な、なぁねぇさまぁ、ちぃと休ませて」

「ダメです」

 店のチーフ、美園さんにお願いするも速攻で拒否。

「オーナーから言われてるんですよぉ。『しっかりこき使ってちょうだいね。でなきゃあんたもクビよ!』って。すみません、わたしもクビはいやなので……」

「ボクだってこんなことはイヤなんだけど……涙をのんで鬼になるんだ……」

「のわりにでらうれしそうな顔しとるなぁ……」

「あ、ご主人さまだよ☆」

「ほら千種さん、ご主人さまには笑顔で接しましょうね」

「……おみゃーら、あとで覚えときゃあよ……」

 顔を引きつらせ、限界まで酷使した体にさらにムチを打ち、千種ちゃんはとびっきりの笑顔でご主人さまをお迎えするのでした。働け! 千種ちゃん! 働け! 働く君は美しい!

「お、おきゃーりなしゃーませ、ご主人さまっ☆」


(「千種センセの怪盗指南」おわり)

2013-05-10 まだつづく。

[]少女怪盗ストレイキャット『千種センセの怪盗指南』#5

 おかしいな。ちょっとだけ書いて設定披露、くらいのつもりだったのに。気がついたらもう100枚ゆうに超えてる。

 おかしいな。まだ終わらない。二月くらいに書き始めたはずなのに。ナンデ?(;>Д<)

 ということでもうちょっとだけ続くんじゃ。ヨソの方にはすまないことをする! とある島国のド真ん中で繰り広げられる、ねこみみ怪盗ストーリー!


 場所は再び、十草とくさ公園の土管遊具。

 遊具の中の七匹のネコは、しばらくじーっと千種を見つめていました。

「まあほーじゃにゃーか思っとったわ。いっくら何でもよぉ、ひったくりだけ多すぎるんだわ。向こうさんもたーけたことしやぁたなぁ」

 にゃっはっは。得意げに笑う千種。

「ならよぉおやびん、そいつをブッ潰せば!」

 びしっとキセルでシロを差し、千種は言います。

「その通り! これでひったくりは壊滅、ってわけだわ」

 おおお〜。六匹のネコが、感嘆の声を上げます。

 ……六匹?

「確かに……敵の正体はわかりました。が」

 と、残る一匹、インテリジェンスに満ちた濃い灰色のネコ、マーシャが言います。

「その敵はどこにいるのですか?」

「そりゃおみゃー、敵の偉ゃーさんが言っとる場所に」

「敵だってバカじゃないでしょう。幹部が捕まり、情報が漏れたことはわかったはず。場所が割れたとわかってそこに居座り続けるでしょうか。その情報はもう無意味と考えて良いでしょう」

「うっ」

 と、千種は渋い顔。

 さらにマーシャは続けます。

「それに、ひったくりが壊滅、とはいかないでしょう。後ろ盾はなくなるかも知れませんが、それだけですでに暴れているひったくりども全てが、その活動をやめるでしょうか。これだけひったくりが溢れれば、後ろ盾が無くとも活動する輩も相当数のはず」

「うっうっ」

 確かにその通り。確かに敵の正体はわかったのですが、情報はそこまで。しかもそれを潰したところで、彼らがひったくり連中に与えた「技術」は無くなりません。その気になればその技術のみでひったくりを続けていく連中が出てもなにもおかしくはないのです。現にその「技術」さえあれば、「ストレイキャットさえいなければ」十分ひったくりとしてやっていけるのですから。

「確かに……困った……どうしよみゃーか……」

 うーーーーーーーーーん。考える人のポーズで考える千種とネコたち。

 ……しかし、妙案は思いつきません。

 と。

「頭領、ちぃとよろしいか?」

 貫禄ある茶色ブチのネコ、あがり爺さんが、のそっと千種の目の前に。

「んむ、くるしゅーない」

「おありがとうござりますわ。では」

 一呼吸置いて、あがり爺は語り始めました。

「むかしいくさでのう、こんな状況がござりましたわ」

 全員の目が、あがり爺に注がれます。

「ウチらぁの部隊がよ、逃げてく敵を追い詰めて、敵を完全に包囲しましてなも。でも、肝心の敵の陣地がどこにあるか全くわかれせんだわからなかった。この近うにあるのはわかっとったが、敵も必死なもんでうかつに探しにも行けせんでしたわ。

 さあどうしよみゃーか。そんときになも、ワシらぁの部隊長殿は、わざと目立つように手榴弾を投げやぁした。それはもうどんどんどんどん」

 そこであがり爺は聴衆を見回します。すこしして、また話し始めました。

「そしたらなも、敵は相当参っとったもんで、反撃せずに守りを固める方に動いたんだわ」

 そこで一拍おき、あがり爺は言いました。

「自分たらぁの陣地をな」

「……! 爺さま、それは」

 気づいたのはマーシャ。

「そう、それで敵の陣地がわかったもんだで、総攻撃。ワシらぁの大勝利でござったわ」

 ニヤリ。千種の口に、笑みが浮かびました。

「つまりだ」

 千種は続けます。

「その手榴弾みてゃーなもんを放り込んだりゃええってわけだ」

 あがり爺は、我が意を得たりとばかりにうなずきました。

「流石頭領。ご理解が早ようござるわ」

 さらにあがり爺は続けます。

「でも、今ではちぃと確実じゃにゃあ。今の戦況は、こちらが圧倒的有利とは言えせんもんでなも。数で潰されたらひとたまりもあれせん」

「ん〜」

「ワシらぁが優位に立つためには、もう一押しせんならん」

「もう一押し……」

 うーーーーーーーーーん。考える人のポーズで考える千種とネコたち。

 ……しかし、妙案は思いつきません。

 と。

「やっぱ、ひったくりをどうかしないとダメなんじゃねーの?」

 濃いめの茶色の、キケンな雰囲気のネコ、カフィがつぶやきます。

「ヤツら、どうせひったくり共からアガリをもらってるんじゃねぇの? それがなくなりゃ、ヤツらだって」

 なるほど。うなずく一人+六匹。

「で、どうやってそのひったくりをどうかする?」

「そりゃもうアネキが」

「御館様一人ではどうにもならんのはわかっているだろう」

「ん……そ、そういうの考えるのはオメェの仕事だろ?」

「口を動かすヒマがあったら考えろ」

「うぐぐ……あーもう、おめぇらみんなさっさと考えろ!」

 うーーーーーーーーーん。考える人のポーズで考える千種とネコたち。

 ……しかし、妙案は思いつきません。

 と。

「あ、あのう……」

 白ネコのシロくんの陰からの細い声。それはシロより一回り小さな黒いネコ、ノワールちゃん。

 その声に気づいたシロくん。大きな声ではっきりと言います。

「ん? どうしたノワール?」

 その声で、他のネコたちと千種が、一斉にノワールちゃんの方を向きます。

「あ、あ、あの……」

 その視線に気圧されたのか、ノワールちゃんは急に黙り込んでしまいます。

 そんなノワールちゃんの背中を、シロがポン、と叩きました。そして言いました。

「ノワールが話があるってよ! みんなちゃんと聞くんだぞ!」

 直後。この場の全員が微動だにせず聞く姿勢に。

「ほら、言ってみ」

 不安げに顔を見つめるノワールに、シロはにっ、とほほえんで言いました。ノワールはうなずいて千種の方を向き、おそるおそる話し出します。

「あ、あの……おねえちゃんが、一人しかいないから……大変なんだよね……」

 千種はうなずきました。

「それじゃ……あの………………おねえちゃんが、いっぱいいたら……いいんじゃないかなって……」

 ネコたちは、目を瞬かせました。そしてお互い、気まずそうに顔を見合わせます。あまりに突飛な、そして単純な、子供っぽいアイデア。

「そ、それゎたしかにそぉだけどぉ……」

「流石に、千種さんみたいな方、何人もいるわけが……」

「そ、そう……だよね……」

 今にも消え入りそうな声。ノワールはシロの陰に隠れてしまいます……

 が!

「それだわ!」

 千種の声が、この微妙な雰囲気を吹き飛ばしました。彼女はノワールの顔をのぞき込みます。きょとん、と目を丸くするノワールに、千種はうれしそうに言います。

「いやあ〜、ええこと言ってくれやぁたわ! ワシが一人しかおらんもんでいかんちゅーなら増やしゃええんだわ!」

 千種はノワールを抱き上げ、わしゃわしゃと頭をなで回します。なにをそんなに喜んでるのか? 他の六匹は困惑のまっただ中。

 すると千種、戸惑う六匹に目をやりました。

「おみゃーら、ちぃと協力したってちょうせ。特に女の子」

 六匹の中の女の子、カフィ、ゆずこたん、さくらが、返事をしたあとににゅ? と首をかしげました。もう一匹の女の子、千種の腕の中のノワールちゃんも。

「あがり爺はむつかしいなぁ……シロとマーシャはいけるんじゃにゃーか……」

 ブツブツと独り言を言う千種。それに、シロとマーシャは得も言われぬ寒気を感じるのでした。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 そして、次の日の夜。

「ヒャッハァ!」

「キャアーッ!」

 今晩も、風屋市内ではひったくりが暴れ回っていました。警察も奮闘してはいますが、捕まえられるのはひったくりの流行に便乗した連中ばかり。「ハイウェイマンアカデミー」に鍛えられたひったくりは、巧みに警察の追跡を逃れていました。そしてここにも、そんなひったくりが駆るスクーターが。

「おい、これでいくら稼いだんだっけ?」

「忘れた! とにかくたくさんだ! あー、もうあんなふざけた生活やってらんねぇな!」

「そうだなぁ! シューカツだのザンギョーだのやってられっかぁ!」

「ヒャーッハッハッハ!」

 などとどうしようもないことをしゃべりながら走るスクーター上の二人。と、その前に立ちはだかる黒い影!

「うおあ!」

 あわててブレーキをかけるひったくり。「ターゲット以外は傷つけるな。そこから足がつく」という教えです。

「気ぃつけろ!」

 一声吠えた後体勢を立て直し、その場を走り去ろうとしますが……ヘッドライトが照らしたその姿を見た瞬間。

「あ……ああ……」

 彼らは凍り付きます。

 その姿は、彼らがもっとも恐れるもの。クローム鋲のついた黒いレザーのジャケットとショートパンツの少女。クロームバックルのついた軍帽からは、黒いストレートヘア。そして……黒いネコの耳と尻尾!

 そう、かの大怪盗ストレイキャット!

「よーぅひったくりのみなさん。さぁて、どぅしよみゃぁか?」

 恐怖に引きつるひったくりの顔! 彼女のウワサはもはや市内で知らない者は無し。当然、彼らも!

「に、逃げるぞ!」

 ひったくりはパニックに! その場でスクーターをターンさせ、アクセル全開で元来た道を走っていきます。

 それをストレイキャットは追いかけ……ません。ただニヤニヤ笑みを浮かべるのみ。

 どうしたことか? 彼女はひったくりを撲滅すると宣言したはずでは?


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 一方。場所はここからずっと離れたところ。

「ヒィーッ!」

 ひったくり女の金切り声が、夜空を切り裂きました。

「ストレイキャット、参上です。今宵、貴方の運命は破滅と決まりましたわ」

 目の前に立つその姿は、彼女らがもっとも恐れるもの。クローム鋲のついた黒いレザーのジャケットとショートパンツの少女。クロームバックルのついた軍帽からは、黒いストレートヘア。そして……黒いネコの耳と尻尾!

 そう、かの大怪盗ストレイキャット!

「ひ、ひ、ひ、ひあぁーっ!」

 正気を失ったような声を上げ、破れかぶれに「ストレイキャット」へスクーターを走らせる女。それをストレイキャットはひらりとかわします。そのまま、女は後ろを振り返ることなく走り去っていきます。

「ストレイキャット」は、それを追うこともせず、優雅に微笑みました。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 一方。場所はここからずっと離れたところ。

「な、ななな……」

 ガシャン! 初老の男は、目の前の恐怖に取り乱し、乗っているバイクごと地面に倒れ込みました。

「ストレイキャット参上。テメェのようなクソッタレ、アタシがシメてやる」

 目の前に立つその姿は、彼らがもっとも恐れるもの。クローム鋲のついた黒いレザーのジャケットとショートパンツの少女。クロームバックルのついた軍帽からは、黒いストレートヘア。そして……黒いネコの耳と尻尾!

 そう、かの大怪盗ストレイキャット!

「ああぁああ!」

 ゴキゴキと腕を鳴らしながら近づく「ストレイキャット」。と、初老の男は悲鳴を上げ、バイクを捨てて一目散に逃げていきます。

「……チッ、情けねぇなぁ」

 現場に残されたバイクを「ストレイキャット」は、おもいっきり蹴りつけました。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 一方。場所はここからずっと離れたところ。

「……」

 その少年は、ブレーキを握ったまま恐怖に固まってしまいました。

「……ストレイキャット、さ、参上だぜ! お、おみゃー、ぜ、ぜったいにゆるさんぞ!」

 目の前に立つその姿は、彼らがもっとも恐れるもの。クローム鋲のついた黒いレザーのジャケットとショートパンツの小さな姿。クロームバックルのついた軍帽からは、黒いストレートヘア。そして……黒いネコの耳と尻尾!

 そう、かの大怪盗ストレイキャット……!

「す、すすすすいません! もうこんなことしません! 見逃してください!」

 少年たちはスクーターから飛び降り、勢いよく土下座。涙声で目の前の「ストレイキャット」に許しを請います。

「う……」

「ストレイキャット」は困惑。少しためらったあと、「彼女」は不自然に吐き捨てました。

「は、はやくどっか行け! ワシはー……ココロがー広いからぁ、みのがしてやるぎゃあ」

 少年たちは意外な、そして不自然な言葉に顔を見合わせた後、

「あ、ありがとうございます!」

「俺たち、もうこんなこと絶対しません!」

 ヘルメットをアスファルトの地面にガンガン叩きつけつつ少年たちが言うと、そのままスクーターに乗って去っていきました。

「……くっそ! ……なんでこんな……」

 街灯に照らされるその「ストレイキャット」は、真っ赤な顔で歯をギリギリ鳴らしていました。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 一方。場所はここからずっと離れたところ。

「て、てめぇ……!」

 大型のチョッパーに乗った屈強な男は、顔を引きつらせて目の前の人影をにらみます。

「す、ストレイキャット……さ、さ参上……」

 目の前に立つその姿は、彼らがもっとも恐れるもの。クローム鋲のついた黒いレザーのジャケットとショートパンツの少女。クロームバックルのついた軍帽からは、黒いストレートヘア。そして……黒いネコの耳と尻尾!

 そう、かの大怪盗ストレイキャット!

 ……なのですが、どうも様子が変です。

「お前が……あのストレイキャットだと!?」

「ひゃっ!」

 どうしたことでしょう。男の声に、「ストレイキャット」はひるみ、顔を伏せてしまいます。これがあの、風屋中を暴れ回り、ひったくり共に恐れられた「あの」大怪盗なのでしょうか?

 その態度は、男に余裕を与えました。

「へぇ……てめぇ、今までは相手に恵まれたな」

 男はバイクから降り、「ストレイキャット」に近づきます。震えながら後ずさる「ストレイキャット」。その顔には……明確な恐怖が。

「や、やめ……」

「俺が恐いか? 恐いか!」

「ふわあ!」

 男の怒号に腰を抜かし、地面にしゃがみ込んでしまう「ストレイキャット」。なんということか!

「はっはっはっは! これがあのストレイキャットかよ! どいつもこいつも情けねぇ! こんなガキに!」

 男は「ストレイキャット」の腕をつかみ、引っ張り上げます。

「こんなヒョロッちいガキにオドオドしやがってよ」

「ひ……ひう……」

 男ににらみつけられた「ストレイキャット」。目に涙を溜めおびえきった彼女。それはまるで、捨てられた子ネコのよう。なんということ! これが、あのストレイキャット! 圧倒的な力を持つ風屋の大怪盗と言われた、あのストレイキャットが!

 しかし……彼女は恐怖をかみ殺し、その目で、男をぐっとにらみつけました。

 その瞬間、男は逆上!

「何だぁその目はぁ!!」

 男が腕を振り上げる! 目をそらす「ストレイキャット」! しかし!

「ぐっ……」

 なにが起こったのか!? その腕は、急にピクリとも動かなくなってしまったのです!

「よーやった! 後はワシに任せやぁせ!」

 不意に男の後ろから聞こえた声。そちらを向く二人!

「な……なに!?」

「おねぇちゃん!」

 漏れたのは驚きと、喜びの声。

 目の前に立つその姿は、クローム鋲のついた黒いレザーのジャケットとショートパンツの少女。クロームバックルのついた軍帽からは、黒いストレートヘア。そして……黒いネコの耳と尻尾!

 そう、かの大怪盗ストレイキャット! の、二人目!?

「ふ、二人だと!?」

 男は困惑を隠せません。あのストレイキャットが、二人!?

「ぶっぶー」

 今現れたストレイキャットが、ヘンな顔で言うと、つかんだ男の腕をおもいっきり引っ張ります。

「うおぉっ!」

 何たる力! 男はまるで人形のように後ろへ放り出されます。もう一方の手につかまれた、おびえた顔の「ストレイキャット」を器用にキャッチするストレイキャット。

「お、おねぇちゃあん……」

 ストレイキャットにしがみつき、必死に涙をこらえる「ストレイキャット」。

「こぉのガキャアアア!」

 そこに男が立ち上がり、恐ろしい咆哮を上げながら突進! と、ストレイキャットは、ニヤリと微笑みました。

 獲物を見つけた、ケモノのように。

「はぁッ!」

 一閃! 目にも止まらぬ槍のような蹴りが、男の腹に突き刺さる!

「ガ……」

 ストレイキャットがその足を引くと、男は白目をむいて、ゆっくりと前に倒れます。足を曲げたまま、彼女は男の様子をうかがいます。泡を吹いて倒れた男、起き上がる気配がないと悟ると、彼女は息を吐き、足を下ろしました。

「大丈夫《でゃーじょうぶ》か?」

 ストレイキャットが、胸の中で震える「ストレイキャット」に尋ねると、「ストレイキャット」は、うれしそうに微笑み、うなずきました。

「わーりぃことしたなぁ……ワシが間にあって良かったわぁ。でも、ようやった」

 ストレイキャットは「ストレイキャット」の帽子を取り、頭をなでます。安心しきった顔で笑う、ストレイキャットより一回り小さな「ストレイキャット」。

 ストレイキャットは、足下の男を見下ろします。

「二人、っちゅーとったな。ぶっぶーだわ」

 そして、得意げな顔で言い放ちました。

「ワシは『分身法』を使うんだわ。少なくとも六人はおるでよ。まっとまっと増やしたってもえーぞぉ」


 夜も深まった頃。

 十草公園の土管遊具。そう、千種たちのたまり場です。そこで今、目を疑うようなことが起こっていました。

 風屋を騒がす大怪盗ストレイキャット。

 その彼女が……なんと六人! 六人の「ストレイキャット」が、そこにいたのです! これはどうしたことか? いったい何の冗談でしょうか!?

「ほほう、何度見てもよー似てござるの」

「この暗闇の中、人間ならこれで十分でしょうね」

 遊具の中には二匹の猫。茶色ブチのあがり爺と、灰色のインテリジェンス溢れるマーシャ。そして、六人の「ストレイキャット」。

 その中の一人が、得意げな笑い声を上げました。

「にゃっはっは! ワシの力、思い知りゃあたか!」

 言うと、その「ストレイキャット」は土管の縁に登り、他の「ストレイキャット」たちを見下ろします。

「おみゃーらもよーやってくれやぁたわ。これで『ストレイキャットは一人しかおらんで』なんてド甘い考えは|のーなった《無くなった》わけだわ」

「お役に立てて光栄ですわ」

 と、一人の「ストレイキャット」が前に出て優雅におじぎしました。

「ったく、なっさけねぇ連中ばっかだぜ。この姿見た瞬間にみんな尻尾巻いて逃げちまいやがるんだもんな」

「それだけちーたんがぉそろしぃしょぉこなのでぁーる!」

「……おねえちゃん、やっぱりすごい」

「…………」

 と、他の「ストレイキャット」たち。

 ここで賢明な方はお気づきでしょう。この「ストレイキャット」たち。服装こそ同じですが、よく見ると顔立ちや雰囲気、果ては背丈まで異なっているではありませんか。

「頭領の御業、とくと見せていただきましたわ。ワシらぁが人間になれるとは思いもせなんだ」

 と言うのはマーシャ。

 そう。これはネコの王、千種の術の一つ「変身法」の応用。彼女自身が人の姿を取るのと同じように、彼女はネコたちを人の姿に変えることができるのです。この五人の「ストレイキャット」は、七匹の遊撃隊の残り五匹。ストレイキャット、千種はこの術を使い、遊撃隊のネコたちを「ストレイキャット」に仕立て上げたのです!

 とはいえ、姿を自由に変えられるわけではなく、元のネコたちの性別や年に左右されてしまうのが難点。故に、オスのあがり爺やマーシャは、変身法を使っても体格や年齢でニセ者とバレてしまう危険が大きいと判断。やむなく今回は残りの五匹でこの「ストレイキャット分身作戦」を実行したのです。

 え、なんですって。遊撃隊の女の子は四匹のはずじゃないかって?

 それはですね……

「お、おやびん……早く元に戻してくれよぉ!」

 一人の「ストレイキャット」が、真っ赤な顔で情けない声を上げます。

「え〜〜? ワシのカッコがそんなに気に入らんきゃーも?」

「いーじゃんシロ、カワイイぞ」

 バサリ、と黒いロングヘアのウィッグを取る一人の「ストレイキャット」。赤に近い茶色いショートヘアの少女。この子はちょっと危険な茶色ネコのカフィです。元から黒のロングヘアのノワールをのぞいた他の三人も、ウィッグを外します。

「うっせぇ! なにがカワイイだよ!」

 残る一人の「ストレイキャット」が、帽子と一緒にウィッグを叩きつけました。その正体は子供っぽさが残る少年。そう、シロくん! 哀れな彼は、昼間の作戦会議で人間の姿になったときに、「これなら……人間にはわからないのでは?」というマーシャの無慈悲な一言で、「ストレイキャット」の格好をする羽目になってしまったのです! 男の子だというのに!

「もうやんねぇからなこんなの!」

「ぇ〜! かぁぃぃのにぃ〜」

「ゆずこさんの意見に賛成です」

「おにいちゃんが……おねえちゃんに……」

 ノワールにまで言われてしまったシロくん、がくりとひざをついてしまいます。もう言い返す気力もない模様。

「マーシャ……あとで覚えてろよ……」

 ものすごい形相で、灰色のネコをにらみつけるシロくん。

その視線を、マーシャは鼻で笑い飛ばすのでした。

「適材適所。駒は多い方が良いだろう?」


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 翌朝。

「我は東の丘の猫の王、大怪盗ストレイキャット。風屋かざやのひったくり諸君に告ぐ」

 突如現れたニュース速報テロップに、風屋市内、そして周辺の市民は一斉に注目。

「昨晩、愚かな君たちにネコの王の力を見せてやった。ストレイキャットは、いつどこにでも現れ、愚かな者どもを一人たりとも逃さない。烏合の衆がいくら増えようが無意味だ」

 テレビだけではありません。風屋都市圏のラジオや街頭ニューステロップが、一斉に同じ内容を流し始めました。

「今後一切愚かな犯罪に手を染めぬのが身のためだ。少しでも考える力のある者ならわかるはずだ」

 それだけにとどまりません。同じ内容の文書が、新聞折り込みチラシ、主要ニュースサイト、SNSサービス、ネット掲示板……とにかく、ありとあらゆる手段で、風屋都市圏全土にばらまかれたのです。

「改心して今まで奪い取った物を返し、二度と罪を犯さぬと誓えば、ストレイキャットはこれを許そう。だが拒否するのならばもはや慈悲はない。諸君らの全てを奪い尽くす。隠れてもムダだ。ストレイキャットは、ネズミを一匹たりとも逃がしはしない」

 おそらく風屋市民、風屋都市圏の住民全てが、このメッセージを読んだことでしょう。

 全て……そう、風屋を我が物顔で暴れ回るひったくりたちも。

「悔い改めて今までの生活を取り戻すか、破滅か、考えるが良い」


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「なんだこれ!?」

 仲畑なかばた公園前交番。そこに、見たことも聞いたこともない光景がありました。交番の前に、ずらりと行列ができているのです。

 出勤してきた小村くん、前代未聞の状況に目を白黒させています。

「ちょ、ちょっとすいません、通してください!」

 その列をかき分けて、交番の中に入ろうとしますが、

「おまわりさん、助けてくれよ!」

「あんな化けネコにかなうわけがねぇんだ! 自首するから助けてくれ!」

 行列を作る人々が、次々に小村くんにすがりついてくるのです。

 やっとの思いで交番に入った小村くんですが、交番の中もすでに人だらけ。その全てが、机の向こうの大村所長にすがるように懺悔の言葉を口にしています。

「なんなんですかこれ!?」

「あ、ああ……」

 二人の中年にすがられていた中村くんが、困惑に顔を引きつらせながら答えます。

「アレだよ、お前も見ただろ? ったく、教会じゃねえんだぞ警察は!」

「アレって……朝の?」

 答える代わりに、中村くんは何度もうなずきます。もはや小村くんの相手をしていられる状況ではありません。

 そう、殺到した人々は、みな昨日まで市内で暴れ回っていたひったくりたち。それが、今朝のストレイキャットのメッセージに恐れを成し、自首しようと殺到したのです。ここだけではありません。風屋市内の交番や警察署は皆この状況。それどころか、市外の警察署にまであぶれたひったくり連中が押し寄せていたのです。

 市内各地では、ひったくりの被害にあった人の家に訪れ、土下座して盗んだ者を返す人がそれこそ無数に現われる始末。寺や神社、教会、施設などにも、今までひったくりで稼いだ全てを寄付する人々が殺到していました。その数、四ケタ、いや五ケタに達するでしょうか。

 そしてその夜。風屋の街から、あれほど無数に暴れ回っていたひったくりが、ほぼ完全に消え失せました。

 昨日まで無数にわいて出てくるひったくりたちに対応しきれなかった警察ですが、この夜はひったくりの情報はなんと二件。前日のおよそ五百分の一という、間違いではないかという数字でした。

「ヒマだな」

「そうっスねー」

 静かなパトカーの中で、小村くんは昼間のあの人の波を思い、震えていました。

 あれだけの人間が、昨日まで市内を荒らし回っていたことに。

 あれだけの人間をひったくりに変えた、「ハイウェイマンアカデミー」という組織に。

 そして、あれだけの人間をメッセージ一つで恐怖に陥れ、改心させたストレイキャットに。

「……バケモノだ」

 自分たちの戦っていた相手が、どれほど恐ろしいものか。小村くんは身をもって思い知ったのです。

 そして、ここにももう一人。


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「我は東の丘の猫の王、大怪盗ストレイキャット。『ハイウェイマンアカデミー』総裁に次ぐ」

 翌朝。最後の戦いを告げるストレイキャットのメッセージが、風屋中に流されました。

「風屋を荒らしたひったくり共の頭領、その罪は重大である。よって、ストレイキャットは汝の身柄を頂戴する。せいぜい無駄な抵抗をするが良い」


 風屋市内某所。そこに、テレビの朝ワイドを見ながら、恐怖に震える男が。

「あ……あああ……」

 カタカタカタ。まるで北極や南極にでもいるかのように、歯を鳴らして震える男。

 風屋市内を我が物顔で暴れ回り、恐怖に陥れた自慢の軍隊。それがたった数百文字のメッセージで完全に崩壊したのは、わずか二十四時間前。

 数ヶ月、いや数年の準備と、莫大な金と労力。そうして築き上げた力が、わずか数百文字のメッセージと、わずか一日で、完全に、あとかたもなく消滅!

「く、来る……ヤツが……ヤツらが……」

 残ったのは彼と、運命を共有した数名。そして勇敢、いや無謀にもストレイキャットを恐れぬ一部の「兵隊」のみ。

 恐怖に震える手で、彼は電話をかけます。震える手が番号を押し間違えること四回。ようやく相手につながります。

「今すぐ集合をかけろ! 化けネコを迎え討つぞ!」

 電話に叫び、すぐに回線を切断。この通話も、あの悪魔に盗聴されているかもしれないのです。

「あああああああ!!」

 狂ったように叫びながら、部屋の中をうろつく彼。部屋の者を手当たりしだいになぎ倒し、壁に投げつけ、叩き壊し……もはや正気とは思えません。

「ハァーッ……ハァーッ……」

 彼はうつろな目でどこかを見つめます。すでに部屋の中はメチャクチャ。それほどまでに、彼は恐怖に捕らわれていたのです。

 と、そこに一人の少年が現れました。

「穏やかじゃああれせんなぁ」

「ひ、ヒィーッ!」

 突然の声に、彼は思い出したかのように懐を探り、拳銃を取り出しました。

「おいおい、そんなへっぴり腰で弾が当たらすか」

 古めかしい軍服の少年は薄ら笑いを浮かべつつ、軽く両手を上げます。その姿に気づいた彼の、顔に張り付いた恐怖が、一気にうれしそうな笑顔に変わりました。

「ああああ、あありがたい! あんたが最後の頼みの綱だ!」

 彼は拳銃を放り、少年にすがりつきます。

「助け、助けてくれ! 礼はなんでもする! 金か? 金ならある! 全部くれてやるから、私を……私を助けろ!」

 ひざまずき、ボロボロ涙をこぼし、グシャグシャの顔ですがりつく中年男を見下ろす少年。

「どうした! まだ足りんか!? ああ、私にできることならなんでもやる! だから、だから!」

 少年は無言で、そのブザマな中年を見下ろし続けます。まるで、その光景を楽しんでいるかのように。

「お、お願いします! 哀れなこの私を、お助けください! どうか、どうか!」

「誰が助けん、と言った?」

 少年のその一言。それは今や全てを失いつつある男には、神の言葉にも等しいものでした。

「ああ、ああああありがとうございます!」

 平伏し、土下座する男。それを見下ろした少年は、すぐに目を窓の外へと動かしました。

やっとかめ久しぶりだなバケネコ……何百年ぶりだぁ?)

 少年は笑みを浮かべました。先ほどの薄ら笑いとは違う、ケモノが舌なめずりするような笑みを。


(千種センセの怪盗指南#5 おわり #6に続く)

2013-04-22 おいおい

[]少女怪盗ストレイキャット「千種センセの怪盗指南」#4

一ヶ月空くとかここの管理人は一体何をやってるんですか! しかも終わらないし!

まあいろいろとありまして。また仕事がえらくなってきたり、体重が90kg超えてヤバイと思い早朝ウォーキングはじめたり。

とりあえず小説以外のことを書けと言うでしょうがもうなんだかね。

まあとにかく更新です。更新することが目的になってきましたが謝らない!


 仲畑本通なかばたほんどおり二丁目2−1、美浜荘みはまそうB号室。

 築ン十年のアパートのドアの右斜め上。そこには「東山」の文字。

 ここは、風屋開府と共に生まれ、四百年を生きる猫の王、東山千種ちくさちゃんの、その肩書きに似合わない慎ましやかな、ストレートに言えばボロい住処。

 日当たりの悪い薄暗い部屋のド真ん中。そこに置かれた丸いちゃぶ台の上にあぐらをかき、彼女は一人、深く考えていました。

 風屋市内で急増するひったくり。その背後で動く何か。

(ワシのカン通りだったわ)

 そう。昨今のひったくり急増の真実。そこには、裏で手を引く大きな力が関わっていたのです。

 きっかけは、先日のたけるくんの案件。

 まだ小学生くらいの小さな子供が、スクーターを乗り回し、何十人もの大人を傷つけ、それでいて警察に捕まることすらない。

 賢明、いや、素人の考えでも、これがいかに異常なことかおわかりいただけることでしょう。現実に、千種もすぐにこれを悟り、剛くんに問いただしたのです。

「あのよぉ、おみゃーそれ、『誰に教えてもらった』?」

 果たしてその答えは、「言えない」とのこと。さらに問い詰めても、「わからない」の一言。

「ごめんなさい……本当によくわからないんです。知らない人に『力が欲しいか?』って聞かれて、ついて行っただけで……そこでスクーターの乗り方とか教えてもらって……」

 ですが、それで十分。何らかの組織が動いていることは明白でした。このひったくり急増も、何かの組織のようなモノがあるとすれば、つじつまは合います。その「知らない人」とやらが片っ端から人を集めているとすれば!

(ほんなら、ヤツらをぶっ潰したりゃあええ)

 まさにその通り。しかし……

(問題は、連中の本陣だ。いったいどこだぁ?)

 これが最大の問題。今持っている情報は、「敵がいる」ということだけ。それ以外は何もわからないのです。その「知らない人」を探して歩き回ってみたりもしましたが、全くの空振り。市内至る所を巡ってもそれらしき人物すら見つからない始末。信頼のノラネコネット情報で手がかりをつかんだとしても、いざ出向いたときには影も形もない始末。ノラネコたちは目や耳にはなりますが、それ以上にはならないのです。 

(う〜〜〜ん……どうすりゃえーんだ……どうすりゃ……)

 かくして、彼女が見つけ出した方法とは……


「なぁーにぃ、簡単なことだがね。知っとることみーんな話したってちょ」

 その晩、元気よくひったくりをつるし上げるストレイキャットの姿が! たどり着いたのはなんのことはない、「知っとるヤツに片っ端から聞いて見る」。なんと単純かつストレートな方法でしょうか!

 ですが……これで手に入った情報はあまりに貧弱。新しい情報といえば、連中の本陣を突き止めることがいかに難しいかということのみ。まるで進展無し。こうしている間にも、どんどんと被害がふくらんでいくのです。ほら、また警察がひったくりを追って……

「ん?」

 スクーターを捨てて走ってくるひったくり。それを追う三人の警官。その警官たちには、確かに見覚えが……

「あれ、いつもの3バカじゃにゃーか?」

 

「待てオラァー!」

 逃げる男に怒鳴るのは仲畑公園前交番の中村くん。その後ろには新入りの小村くん、そして大村所長の姿。彼らは今日もひったくり警備に駆り出され、そこで偶然にもひったくり犯の一人に出会い、こうして追跡をしているところでした。しかし……

「誰がヘタレマッポに捕まるかよ!」

 後ろを向いたひったくり犯、なにやら懐から地面に放り投げます。

 ババババババン! けたたましい音と光! 爆竹! ひるんだ三人は迂闊にも足を止めてしまいます!

「へ! バカばっかだな!」

 足止めに成功したひったくり犯、わざわざ余裕ありげに足を止め、捨て台詞を残し走り去ろうとします。しかし!

「バカはどっちだぁ?」

 その正面に、謎の影が立ちはだかったのです。次はひったくり犯が足を止める番でした。

「な、なんだてめ……」

 そこまで言った直後、彼は運命を悟り、言葉を失いました。

 クローム鋲の黒いレザースーツにレザーのショートパンツ、ドクロの軍帽、そして……黒いネコの耳。

「ストレイキャット、ただいま参上。にゃあ〜」


 しばらくして、立ち直った仲畑公園前の三人組がようやく追いつきます。

「おうあんたらぁ、今ごろ何しに来やぁた?」

 意地悪げにニヤリと笑うストレイキャット。その足下には、ひったくり犯の男。

「!!」 

 その姿を見た瞬間、三人に緊張が走ります。

「どうしたぁ? 今日はワシが目当てじゃにゃーか?」

 対するストレイキャットは余裕の表情。彼女にとっては警察など、ブンブンうるさいカトンボ程度の存在にすぎないのです。

「上からの命令でな。しばらく見逃してやる」

 大村所長の声。鋭い眼光で、ストレイキャットを睨みながらの、押さえ気味の声です。

「そりゃーありがてゃーわ。ワシの邪魔だけはせんといてちょ。にゃっーはっはっは!」

 高笑いする彼女。と、大村所長は続けます。

「足下のそれを引き渡してもらおうか」

「ああ?」

 笑いを止め、ストレイキャットは目を細めました。

「引き渡せ、と言っている」

「ヤだ、っちゅーたら?」

「貴様、調子に乗るな!」

 一声吠え、拳銃に手をやる小村くん。しかし、所長はそれを制しました。

「イヤでも引き渡すことになる。警察までお前さんが連れていくか? 窃盗、強盗、傷害、不法侵入、詐欺、脅迫、器物損壊、道路交通法違反、その他諸々の指名手配犯が?」

 ストレイキャットはあからさまに顔をしかめます。

「あーもうええ。じょーだんだわぁ。ほれ」

 彼女は足下の男を一蹴り。軽い蹴りのはずが、まるでサッカーボールのように男はすっ飛んでいきます。

「がはっ……」

 三人の足下に落ちた男。手早く中村くんが身柄を拘束します。

「ひったくり事件の重要人物拘束に協力いただき、感謝する」

 そう言い、所長はやたら堅苦しい、形式ばった敬礼を返しました。

 ……? 今なんと?

「重要……人物?」

 ストレイキャットの黒ネコミミは、その言葉を聞き逃しませんでした。

「なぁ、ちぃと詳しく話したってもらえんかぁ?」


 調子こきすぎたかしらん? ストレイキャットは思いました。いくら何でも、警察が、しかも自分を目の敵にしている連中が、情報をホイホイ漏らすとは思いませんでした。

 が、

「……良いだろう」

 相手は意外にもすんなりOKを出したのです。

「ほえ?」

 これはあまりに予想外。つい、彼女は気の抜けた声を出してしまいます。ツボを突いたのか、中村くんが大爆笑。

「ほえ? って何だおい!」

「……やかましいわ、ちぃと黙っとれっ」

 顔をふくらませ、そっぽを向くストレイキャット。

「ああ、悪い悪い」

 そう言いながら、中村くんも後ろを向きます。その体は、小刻みに震えていました。よほどツボに入ったのでしょうか。

「良いか?」

 所長は中村くんにたずねます。声も出さず、ただうなずく中村くん。

 所長はストレイキャットの方を向き、話し始めました。

「実際、俺らもうんざりでなぁ。こんな非道い事態、さっさと終わってもらいたいと願ってやまん。役に立つのならネコの手も借りたい」

「にゃははは! うみゃーこと言やぁすなぁ!」

 ストレイキャットは、得意げに大笑い。先ほど機嫌悪そうに顔をふくらませていた少女とは思えません。気分屋の彼女は、まるでスイッチのようにコロコロと表情を変えるのです。まさに、ネコの習性そのもの。

「ドーンと大船に乗ったつもりで頼ったってもえーでよぉ。そこらの人間百人より役に立つネコの手だでなぁ」

「なら十分頼らせてもらおうか」

「で、『重要人物』ってどういうことだ?」

「重要も重要、最重要と言ってもいい」

 その次に出た言葉、それは信じられないもの。それは、

「ひったくり連中の、元締め組織につながるヤツだ」

 ストレイキャットが、一番ほしがっていた情報。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「いいんですか? あんなペラペラしゃべっちゃって……」

 ストレイキャットが大喜びで去っていった後、そう言ったのは小村くん。 

「相手は我々の敵ですよ? 犯罪者ですよ? それなのに……」

 必死に訴える小村くん。そんな彼に、所長は一言。

「世の中、きれい事じゃ収まらんこともある」

 所長に続いて、中村くんが小村くんの首に手を回しました。

「そーそー。良い大人ならわきまえろ」

「ちょ、ちょっと!」

 それを振り払う小村くん。笑いながら、中村くんは続けます。

「まあよぉ、正直警察も限界ってもんがあるわけだ。ほら、上とかそういうのも絡んできてだな」

 濁した言葉、上、限界……

「もうわかっただろ」

 中村くんの最後の一言。小村くんは……無言でした。

「これって、まさか」

「おっと、それ以上はいけないぞ」

 小村くんの言葉を、所長が制止します。

 しばらくの沈黙。その後に、小村くんが呟きました。

「……僕たち、何のためにいるんですか」

「市民の平和を守るためだ」

「じゃあなんであんな犯罪者に頼らなきゃいけないんです!」

「市民の平和を守るためだ」

 抑揚無く、所長は言いました。

「市民の平和を守るのが『我々』である必要はない。違うか?」

「…………」

 しばらく黙り込んだ後、小村くんはまた呟きました。

「情けない、ですよね」

「ああ、情けない」

 そう言いつつ、所長は空を見上げました。

 黒ネコ少女怪盗が跳んでいった闇夜を。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 全員集合!

 次の日、千種はさっそく、遊撃隊の七匹のサムライを招集しました。

「よぉーし、シロ!」

「はいっ!」

 勢いよく前足を上げるのは白いネコ。

「ノワール!」

「は、はい……」

 白ネコにくっついた、黒い子ネコがおそるおそる前足を上げます。

「次、マーシャ!」

「ここに」

 次は濃い灰色のインテリジェンスあふれるネコ。

「あがり爺!」

「ほい」

 茶色ブチの貫禄あるネコが、ゆっくり前足を上げます。

「カフィ!」

「おう!」

 濃いめの茶色のネコの威勢の良い声

「ゆずこたん!」

「にょーい☆」

 両前足を上げる三毛ネコ。そして、

「さくら!」

「はい」

 お上品に前足を上げる、薄桃色のネコ。

「全員そろってぇ」

「仲畑本通遊撃隊!」

 全員が唱和!

 ……の後に。

「あのう……これ、毎回やらないとダメでしょうか?」

「えー、オレっち好きなんだけどなぁーこれ。『我が街を守るヒーロー!』って感じじゃん?」

「そうだなぁ〜、ワシが軍におった頃を思い出すわぁ」

「え!? じーさんそんな過去があったのかよ!?」

「昔の話だわ……」

 と、グダグダの雑談を始める七匹。

「あがり爺の話はちぃと気になるけどはい、ちゅうもーく!」

 そして千種の一言が話をぶった切り、全員が主人である千種に向き直ります。ここまでが遊撃隊集合儀式一セットでした。


 まずはざっと状況説明。

「おみゃーらも知っとるだろうが、風屋はひったくりでどえりゃーことになっとる」

 一斉にうなずく七匹。

「まあワシはこいつらをシメたろ思って、いろいろやってきたんだがよ。まーウヨウヨと、ハエみてゃーに沸いてきてキリがにゃーもんでかんわぁ」

 お手上げ、といった感じで、千種は軽く両手を上げます。

「だがしかし!」

「お菓子?」

「お菓子は鶴屋芳彦の栗きんとん……はえーとして」

 ゆずこたんの合いの手を絶妙にスルーし、話を続けます。

「ワシはこいつらのウラになんかあるんじゃにゃーか思って、その手がかりを探しとった。そしたらよぉ。意外な連中に協力してもらえることになった」

 千種が仲畑公園前派出所の三バカトリオの話をすると、皆一様に驚きを隠しませんでした。

「めずらしいこともあるものですね。御館様に逆らう不届き千万なヒト風情が」

「にゅ〜、これはみさいるでもふってくるんじゃにゃかろーか?」

「おやびん、あいつらの情報なんて役に立つんスか?」

「まーまーまーまー」

 めいめいに語り出す七匹をなだめ、千種は続けます。

「まぁ、言いてゃーことは山ほどあるだろうけどよ、こいつは信じたってもええ。もう今朝にはえらい情報が入ってきたもんでよ」

「えらい、って何だよアネキ」

 そうカフィが尋ねると、千種はとても得意げな顔でマーシャを一つ見て、言いました。

「ヤツらの正体だわ」

 正体? ざわめく遊撃隊の面々。

「これでみーんな腑に落ちたわ。ひったくり『だけ』が増えた理由。それがもーどえりゃーよーけ増えた理由」

「御館様……」

 マーシャは一匹、千種を見つめ続けていました。

「ヤツらの正体はよ」

 千種の言葉に、七匹が注目。

「ひったくりの養成機関。『ハイウェイマンアカデミー』なんてしゃらくせゃー名前つけとるげなそうだ


 某所。カザヤドームいくつか分もある平地。

 そこに、一列に並ぶスクーターのライト。ずらりと並んだそれは、途方もない威圧感を感じさせます。その数十メートル先には、同じように人が並んでいます。

「始めろ」

 何者かが無線に向けて言うと、直後スクーターが一斉にエンジンを吹かし走り出します。同時に並んだ人々も、同じ方向へと歩き出します。

 トップスピードで歩く人に追いついたスクーター、その後席に乗った人々が、歩く人の背中をポン、と叩き、そのまま追い越していきます。

「二十番、遅れているぞ。もっと思いっきりやれ」

 「20」と書かれたヘルメットをつけた青年の耳に、声がひびきます。

「もう一度お願いします」

 青年はそう言い、Uターンで元の位置に戻っていきます。

 ……そう、これはひったくりの訓練。トップスピードで相手の者をかすめ取り、そのまま走り去る初歩的な手口。その訓練なのです。

 それを遠くから眺める一人の男。その傍らには、一人の少年。やたらと時代がかった軍服に身を包んだ、異様な雰囲気を持った少年です。

「素晴らしい軍隊でしょう」

 男はスクーターの方向に目をやりつつ、少年に話しかけます。

「社会からあぶれた連中を鍛え上げ、少し訓練をして社会に放り出す。それだけで金と力が転がり込んでくる。良い商売です」

「その金が、ウチらに回ってくる。世の中ようできとるな」

 そう言って少年は、鼻を鳴らします。

「良いビジネスです。まったく」

「邪魔が入らな、な」

 その言葉に、男が顔をゆがませます。

「ストレイキャット……あの忌々しいメスネコ」

「ああ、まったく腹立つメスネコだわ」

「ご存じなのですか?」

「古うからの腐れ縁だわ。人間に媚びて正義ヅラする、ちょうすいとる調子に乗ってるバケネコだて」

 露骨にいやな顔をする少年。

「しかし、この数を相手にはできますまい。実際、市内全土にばらまいた我らの兵どもに、警察もあのバケネコも翻弄されております」

「……さて、どんだけ続くかしらんな」

 少年はきびすを返しました。

「あのバケネコ、甘く見たらいかんぞ。ワシと互角にやり合う」

「お気遣い、感謝いたします」

 その後ろ姿に、男は一礼します。気づくと少年は、どこかへ消えていました。

(……フン、良い気になるなよガキが)

 闇夜をにらみつつ、男は吐き捨てるように呟きました。

 その背後には、無数のスクーターのヘッドライトが後光のように灯っていました。


(「千種センセの怪盗指南」#4 おわり。 #5に続く)

2013-03-24 むねん。

[]少女怪盗ストレイキャット「千種センセの怪盗指南」#3

2週間以上も間が開くとはなんたる怠惰! もはやこれはミラーシェード=サンのケジメ案件では?

そんなわけでかなり間が開きましたが前の話の続き。どうしてこうなったか自分でもわからない……

どうも時間があると余計書けなくなるみたいですね。それなら毎日10時上がりにすれば! やめてください死んでしまいます!


……流石にキレが悪いのでさっさと本編。


「ほら、あれほど焦げ付いてたお醤油が、水だけでこの通り! 水だけですよ! 他はなーんにも使ってません!」

 僕のエクスカリバーコートか。あれ、あそこのアモールで売ってたよな……

「お値段はズバリ、4980円……とまだ終わりませんよ」

 ガラスも一刀両断のハイテク包丁もおまけだ……

「これになんと、冷凍食品も、ガラスだって一刀両断のハイテク包丁、『ザ・シークレット・カタナブレードツルギ』までついてくるんです!」

 ったく何だよその名前……いい加減にしろよ……次は万能スライサー……

「見てください、トマトも! キャベツも! チーズも! 鰹節だってほらこんなに薄くスライスできちゃいますよ!」

 鰹節スライスしちゃダメだよな……で、次は何でも落ちる魔法の洗剤。

「瞬きしちゃあダメですよ。ドロ汚れ油汚れガンコな醤油染みに血液もカーテンの日焼けも機械油もパステルのファンシーな落書きも! 何でもピッカピカーっ! これぞ魔法の洗剤、ペルシャ生まれのマジカルクリィミー!」

 タネも仕掛けもねぇんだろ……酵素パワーはすげぇよなぁ……

「こんなにすごいのは酵素パワーのおかげ! タネも仕掛けもないことをどうかお許しください!」

 何で許しを請うんだ……で、次は新世代のワックス。車も売っぱらったから関係ねぇ。

「……こんなにも拭き取りが簡単で、あ、ロブ、何するんだよ!」

「ハンバーグのボンネット焼き、オイシイですよ」

「おいロブ、君は要注意人物だな!」

「ボンネットでハンバーグは英国紳士のたしなみ! Ha, ha!」

 このCM作ったヤツは早いとこ英国に謝った方が良いと思うが……さて次は車の傷もあっという間のガラスペーストだ。

「こんな傷も、あんな傷も、こーんな傷まで! このHC3Xならあっという間!」

「Wow, ジーザス! どこに傷がついてたかもうわからないよ! これでニンジャに襲われて車がボロボロになってもノープロブレムだね! エイメン!」

 ったく何で忍者なんだよ……「全ては忍者の仕業」とかそんな風に思ってるのかよアメリカ人は。

 ……はぁ。ヒマだ。

 何で俺、ここにいるんだろうなぁ……

「ただいまー」

「……お帰り」


 ちゃぶ台からゆっくり、けだるそうに顔を上げる。

 そこには息子の剛《たける》の姿。まだ小学校三年生だ。

「なんだぁ?」

「……なんでもない」

 息子はそれだけ言うと、そそくさと部屋へ逃げていく。

 あの目。家畜小屋の豚でも見るような目。無理もねぇわな。もう数ヶ月この通りだ。昼のテレビもあらかた見飽きて、見るもんはもう通販くらい。こんなのが親だなんて、哀れだよな。

 ……何でこうなっちまったんだろうな。

 ああ、理由はわかってる。

 俺は正義を貫いたんだ。あんな計画、人間の心持ってたら誰だって反対だ。子供の笑顔を踏みにじるようなもんじゃねぇか。

 ま、あの会社には人でなしの畜生どもばっかりだったってこったな。正義を貫いた結果が、社畜から役立たずの家畜へクラスチェンジだ。

 ……ホント、悪いことやるヤツがいい目を見るんだよなこの世の中はよ。

 そうだよ、悪いヤツの方が、良い思いできるんだよな……


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 にゃお〜ん……

 夜の街に、ネコの鳴き声。

 にゃあ〜ん……

 うにゃあ〜……

 みゃお〜ん……

 それに答えるかのように、次々と上がる鳴き声。

 しかし、よく耳を澄まして聞いてみてください。ある一つの事実に気づくでしょう。

 その鳴き声の元をたどると、一本の直線になることに。そしてその先に……一つの会社があることに。

 その鳴き声をたどり、黒い影が屋根を飛びます。音もなく、そして稲妻のように速く。

 鳴き声の終点、そこには、三階建てのコンクリートのオフィス。その屋上に、黒い影は音もなく着地。

「にゃはあ」

 四つんばいの体勢からぺろりと舌を出し、ゆっくりと余裕ありげに立ち上がるその姿。黒い革のジャケットにはクロームメッキの鋲。ショートパンツから覗くのは二叉の尻尾、そして、ドクロのバックルがついた軍帽からのぞくのはネコの耳。

 そう、彼女は人間に非ず。四百年を生きる東の丘の猫の王、大怪盗ストレイキャット!

「さて……はじめよみゃーかね」


 千種《ちくさ》、否ストレイキャットは辺りを見回します。

 今は午後十時。彼女の情報網は、この会社が、この時間に全ての社員が業務を切り上げ、退社するということをすでにつかんでいます。果たしてどうでしょう。すぐに明かりが消え、何人もの人が建物から出て行くではありませんか。

 ストレイキャットは目を別の方へ。そちらは風鉄《ふうてつ》の駅。おそらく、このうちの半分くらいはこちらを目指すことでしょう。

「せー……のっ!」

 ストレイキャットは宙へ飛び上がります。何という高さ! 一蹴りだけで30メートルは飛び上がったでしょうか!

 彼女は駅を指差し、そこから道をなぞっていきます。宙にいる間に、駅からここまでの最短ルートを把握。そして着地するや否や、

「んにゃあ〜!」

 突然ネコのような鳴き声を上げるストレイキャット。と、どうでしょう。周囲の野良ネコたちが声に反応して、その最短ルートへと集まっていくではありませんか! これぞ、風屋《かざや》市内のネコたちを手足のように扱う、猫の王の絶大なる力!

 ストレイキャットが暗闇の中に目を凝らすと、駅への最短ルートに、帰宅する社員たちの姿。自分たちが狙われている「らしい」ことを知っているのか、一応警戒している者もあれば、そんな事は聞いたこともない、というように何食わぬ顔で歩く者も。

 思惑通り。ストレイキャットはニヤリと不敵な笑み。

 これで布石は完了。あとは敵が罠にかかるのを待つのみ。ドン、とあぐらをかいて座ると、彼女は目を閉じ、じっと耳を澄ませ、その時を待ちます。

 かわいいかわいい部下にゃんこたちの、報告の声を。

 そして……その時がやってきました。

 みゃお〜んっ!

「来た!」

 反応! ストレイキャットは立ち上がり鳴き声の方向へ向き直る!

 しかし……それは駅とはあさっての方向。

「んあ?」

 こんなはずじゃにゃーんだが……ストレイキャットは首をかしげます。ですがこの声は間違いなく事前の合図「ひったくり出現すぐに来い!」そのもの。

「ま、えーわ。どっちみちひったくりにゃー変われせん!」

 そう言うと、ストレイキャットは高く飛び上がります。音もなく家の屋根に飛び移り、声の元へと急ぐ彼女。それはまさに、闇夜を切り裂く漆黒の稲妻!


 着地!

「王さまー!」

 すぐに一匹のネコが、ストレイキャットの元に駆けてきます。

「どこだぁあ!?」

「こっち!」

 ネコは駆け出し、ストレイキャットを導きます。そこには、嗚呼! 被害にあった哀れなおじいさんが!

「じーさま、どっちへ逃げやぁた?」

「あ、あっち……」

 おじいさんは震えながら指を差します。その方向に向かい、地を蹴るストレイキャット。瞬間、彼女の姿は消失! 何が起こったのか? おじいさんは目を丸くし、その方向を眺めます。

 道の向こう、そこにストレイキャットはターゲットの姿を確認。直後、彼女はためらうこと無くそれに襲いかかります。エモノに襲いかかる肉食獣のように!

「うわあああ!」

 哀れ! スクーター上のターゲットは、ストレイキャットに首をつかまれ振り落とされます! 主を失ったスクーターは横転し、壁まで滑っていきました!

「ストレイキャット先生の講義、怪盗の心得、はじまりはじまりぃ〜うにゃっはっはぁ」

 イタズラ小僧のような笑いを浮かべ、ストレイキャットはターゲットの男を壁に投げつけます。と、その時!

「!」

 彼女は突然、虚空を見上げます。

 それは駅の方向。彼女の黒ネコ耳が、ピクピク動きます。

「なにぃい!?」

 その耳は、常人では及びもつかない聴力で確かにとらえたのです。あの合図を。ですがこの後、ストレイキャットはさらに驚く羽目になります。

 合図が、もう一つ。さらにまた一つ。同じターゲット? 否。それは全て、この近所の別々の方向! つまり違うターゲット!

「ちょ、どうなっとんだて!」

 困惑するストレイキャット。この数は、今までの一日分に相当する数。それが同時に?

「あーもうくそたーけが!」

 彼女はスキを突いて逃げようとしていた男に蹴りを一発。たちまち男は気絶。すぐに彼女は、先ほどのおじいさんのところへ。

「じーさま、ひったくりのたーけがあそこで寝とるで、おまわり呼んだってちょうせ」

 それだけ言うと、彼女はまた屋根の上へと飛び上がりました。

 目標は、一番近い合図。そこへ向け、ストレイキャットはまた稲妻のように飛んでいくのでした。


 事態は好ましくない方へ、マーシャが心配したとおりに進んでいきました。ひったくりの件数が、また増えていったのであります。

 ストレイキャットの力は確かにすごいもの。実際、ストレイキャットが関わったと見られるひったくりの検挙数は、一日に十数件という、ひったくり側にとっては悪夢と言うべき数字。ですが、相手はどうやら気がついたようです。

 ストレイキャットがすごくても、相手は一人だ。

 その通り。いくらストレイキャットがどれほど絶望的な相手でも、相手は一人。複数で同時にかかれば、対処はできない。

 それに気づいた不届きなひったくりどもは、数にものを言わせる戦略を採用、再び勢力を伸ばし始めたのです。その数……前年比400%! 毎日市内のどこかでひったくりが何十件も起きている異常事態!

 この急激な増加には、警察すらも防戦一方。県警は警官を総動員。加えて風屋市内、および周辺には「ひったくり警報」を発令、市民に十分な注意を呼びかけます。しかし、そんな警報が歴史上、古今東西役に立ったことなどありましょうか?

 いまや風屋はひったくりの天国。あまりのひったくりの増加ぶりに、治安は悪化の一途。なんということでしょうか! 神さま仏さま、あなた方はこんな状況を楽しんでおられるのですか!?


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 十草《とくさ》区内某所。

「オラ、キリキリ歩け」

 住宅地に止まるパトカー。その回る赤色灯が、闇夜を照らします。その異様な雰囲気に、周りには人だかり。家の窓からその光景を心配そうに見ている人々も。

「見せもんじゃねぇぞ!」

 人だかりに怒鳴るのはパトカーへ連行されていく男。その男を、警官が無理にパトカーに押し込みます。

 この男はひったくりの現行犯。迂闊にも警官の潜むその前でカバンを奪い取った直後、その警官たちに取り押さえられたのです。

「手柄が増えるな」

「そういう問題じゃないですよ」

 パトカーのそばでそう言うのは、仲畑《なかばた》公園前交番の大村所長と小村くん。バン、と乱暴にドアを閉めたのは、中村くん。

 あの3バカトリオが何故? ストレイキャットに手を出せない以上、「対ストレイキャット特別班」である彼らは、交番で芸の道に邁進しているしかなかったのでは?

 そう、これもひったくり増加のせい。あまりのひったくりの多さに、「ストレイキャット専門」の彼らも交番でのんびり刑事ドラマのまねごとをしているわけにいかなくなったのです。

「警察は何やってるんですか?」

 いつもの刑事ドラマごっこを皮肉るように言うのは小村くん。

「ストレイキャットも野放しで、ひったくりだってこんなに増えて……」

「捕まえても捕まえても、アリみたいに沸いてきやがるからな。どうなってんだよこれ」

 パトカーを見送った後、悪態をつくのは中村くん。

「ストレイキャットに任せてラクしようとした結果だ。自業自得、因果応報」

 所長のどこかよそ事のような言葉に、小村くんは大きなため息をつきます。

「信じられませんよこっちの警察は。やる気あるんですか?」

「そんなのどうでもい」

「こちら月ヶ丘、どうぞ」

 突然、所長の無線から声が。

「こちら代山《しろやま》、どうぞ」

「管内でイ号案件発生、応援願います、どうぞ」

 イ号案件。今回の件に当たって命名された符丁で、「ひったくり事件」を意味するもの。

「了解、どうぞ」

 無線を切り、所長はため息。

「忙しいな」

「ホントっス……」

 その中村くんの相づちが終わらないうちに、再びの無線からの声。

「こちら千代田橋、イ号案件三件。応援要請、どうぞ」

 三人は顔を引きつらせます。イ号案件が同一地区で同時に三件も!?

「おいおい、何だぁこれ! クソッタレが!」

 あまりの異常な事態に、中村くんはいらだちまぎれに吐き捨てるのでした。


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 風屋市北区。

「グワーッ!!」

 ストレイキャットの蹴りが、ひったくりのあごをとらえます。その一撃で、力なく崩れ落ちるひったくり。

「何だてこれ……キリがあれせんわぁ」

 今日はこれで五組目。しかし、ネコたちの合図は止まりません。警察も入り乱れ、あたりは混沌とした空気に満ちていました。

 ストレイキャットは一番近い合図へ。そこにたどり着く前に、警察の包囲を突破したひったくりを始末。あらためて合図の場所に向かい、そこで逃げるひったくりを撃破。その次に近い合図に向かうまでにひったくりのスクーターを二台破壊。その間にもひったくりを追う警察たちが。

 ……ここは本当に風屋なのか? あの平和で穏やかな街なのか?

 考えているうちに、彼女がたどり着いたのは。

「ここ……前のあそこだがね」

 そこは前に空振りに終わった、風鉄の駅に続く道。今ではひったくりを恐れてか、人もほとんど通っていません。

「おー、きましたかー」

 ブチネコが一匹、ストレイキャットのかたわらに歩いてきます。

「ちょっと大変なことになってるので急ぎましょうかー」

 そう言うとブチネコは走り出しました。その後を追った彼女の目に入ってきたのは、想像を超えるもの。あまりの光景に、ストレイキャットは思わず言葉を失います。

 そこには何人もの人が、うずくまり倒れていました。それは、ひったくりのショック、ではありません。それらの体には、明らかに何らかの外傷を受けたあとが。彼ら、彼女らは、その痛みにうずくまっているのです。襟元には、皆同じ社章。

「……戦場《いくさば》かてここは」

 思わず漏れる言葉。彼女の頭には、はるか昔の光景が浮かびます。

(何も変わっとらん。二百年、百年、五十年、何しとるんだてくそたーけどもが!)

 あまりにも非道すぎる。ひったくりというレベルじゃない。もはや暴徒だ。テロリストだ。はるか昔の、あの人非人ども、人の形をした悪鬼ども。奴らと同じだ。

 ドォン! 怒りのあまり、ストレイキャットは傍らの壁を殴りつけました。地響きのような音が、響きわたります。

「うわあぁ!」

 直後、ストレイキャットの耳が悲鳴をとらえます! その瞬間、ストレイキャットの姿はその場から消え失せていました。

 悲鳴の元には、腹を抱えうずくまるスーツ姿の青年。その襟元には、あの社章。そして……

「あっちかぁ」

 ぴくっと動くネコの耳がとらえたのは、スクーターのエンジン音。躊躇せず、彼女はその方向へ蹴り出し、姿を消す!


 そこは、例の会社の前。そこにあったのは、倒れたスクーターと……スーツ姿の老人を袋叩きにする、小柄なライダースーツ!

「ガァッ! ああ、やめ、やめろ!」

「黙れ! お前のせいで、お前のせいで!」

「ああっ! な、なんだ!? わたしが何を!」

「お前が、お前が悪いんだ!」

 殴る、蹴る。何度も、何度も。手加減無しで。すでに老人の顔はアザだらけ、口や鼻からは血が流れ出ています。

「あああああーっ! お前が! お前がァーッ!!」

 絶叫しながら、休むことなく老人を殴り続けるライダースーツ。嗚呼、何をしているのかわかっているのでしょうか!? このままでは……このままでは!

 ライダースーツは、かたわらの石を拾い上げます。拳ほどの大きさの、ゴツゴツと尖った石。それを両手で持ち、高々と振り上げます。

 老人は身を縮め、運命を悟ったかのように目を逸らしました。

 ……しかし、理不尽な一撃はいつまでも落ちてきませんでした。

「アァァァァーッ!」

 代わりに聞こえてきたのは、石が落ちる音と悲鳴。驚く老人。おそるおそる目を開け、ゆっくりと顔をあげると……

 そこには、振り上げた腕をひねりあげられ、痛みに泣き叫ぶライダースーツ。その後ろには……クローム錨付きレザーに身を包んだ黒髪の少女!


「おみゃーよぉ、ちぃと大概にしとかなかんぞ」

 愛らしい外見からは想像もつかない、言いようもない恐怖を感じる声。

「アア、アアァアーアアァァッ!! やめ、やめろ、痛い痛いい痛いい!! ウアアァァァァーッ!!」

 腕をねじり上げられ、激痛に悲鳴を上げるライダースーツ。ヘルメットの奥から聞こえるのは涙声。ああ、なんと情けない姿! これが道行く人たちに暴力の限りを尽くした者と同じなのでしょうか!

 老人はその姿に、ただただ恐怖を覚え、動くことができませんでした。今のうちに逃げ出すのが、この場で取れる最善の行動。しかし彼の足は、命令を拒否するかのように、ピクリとも動かなかったのです。

「がアッ!」

 ライダースーツを蹴り飛ばす少女。その一撃で壁に叩きつけられたライダースーツは、そのまま壁をずり落ちていきました。

 彼女は情けなく倒れるライダースーツに近づき……そのヘルメットにかかと落とし! たちまちヘルメットは割れ、その中の頭があらわになりました。

 瞬間、彼女と老人は、言葉を失いました。

 子供……! 中から出てきたのは、恐怖と涙とで顔をぐしゃぐしゃにゆがめた、まだあどけない、小学生くらいの男の子だったのです! なんという……なんという! こんな小さな子供が! あの卑劣かつ残忍なライダースーツの正体!

(おい……おい!)

 思わず、ストレイキャットは天を仰ぎました。

「あ……あああ……」

 そして、急にがくがくと震え出す老人。まるで何かの発作のような。

「お、おいあんたぁ、どうしやーた!?」

 ショックがさめやらぬ中、ストレイキャットは老人に駆けよります。

「ま、まさか……」

「知っとりゃーすのか!?」

 その問いに、老人は首を何度も縦に動かします。

「た……高田の……剛《たける》、くん……ウチの社員だった……息子……」

 彼女はライダースーツの男の子に目を向けます。

「なんで? なんでこんなことしやーた……?」

 震えながらにらむ男の子、剛くんに、彼女はたずねます。と、剛は、うなるような声を上げたあと、叫ぶように言いました。

「こ……こいつのせいだ! こいつが、お父さんを! 悪いことを止めようとした! お父さんを! クビにして! あんな風に! メチャクチャにしたんだぁあぁ!」

 それはまるで恐怖を押し流すかのような、鬼気迫る声。いや、恐怖をさらに超える憎しみでしょうか。涙をボロボロ流し、鼻水まで垂らし、ガタガタと震えながら、それでも、ストレイキャットをにらみつける小さな男の子。

 ストレイキャットは、キッと老人を鋭い目でにらみつけました。

「!」

 その目に射貫かれた老人は、恐怖のあまりまた言葉を失います。

「ゆ……許して…………くれ……わ、私は……社員を、会社を……守る……」

 絞り出すように、うわごとのように、老人はつぶやきます。

「そいつは悪いヤツなんだ! 

 剛の声に、老人は言葉を止めました。

「幼稚園を潰すつもりだって! 邪魔な幼稚園の畑を潰して、道路を造るんだって!」

「それをお父さんは止めたんだ! だから、ジャマになって、クビになって、だから……」

「ああ、ああああ……申し訳ない、だが、こうしなければもっとたくさんの社員が……」

「そうだ! おまえらは自分たちだけのために、お父さんを! 幼稚園の子供たちを! だから僕は! お父さんの恨みを!」

 その時、ストレイキャットは、叫ぶ剛をのぞき込みました。

 剛は言葉を飲み込みます。恐怖と驚き、それと、かわいらしい少女に無様な姿を見られている気恥ずかしさ。さまざまな感情が一斉に襲いかかります。

「おみゃーよぉ、そりゃー違うわ」

 そう言いつつ、彼女は首を振ります。

「話ゃー聞いた。気持ちはよーわかる。でもよぉ、こんなんはいかん。親父さんは喜ばん思うわ」

「……そ、そんなの!」

「ワシが親だったらよ、子供のそんなカッコ見たにゃーわ」

 その言葉に、剛はのどまで出かかった叫びを飲み込みます。

「こんな|おそぎゃー《恐い》こと、子供がやっとるなんて知ったらよ、まともな親だったら往生こいてまう《大騒ぎしてしまう》わ。それによぉ。かわいい子供にこんなんやらして喜ぶ親のために、こんなおそぎゃーこと、ワシよーやれせんわぁ」

 剛は考え、そして、力が抜けたように肩を落としました。

「ぼ……僕は……」

「気持ちはホントにわかるけどよぉ、おみゃーがしたことはよ、みんなが不幸せになってまう。おみゃーがぶん殴った人らぁも、おみゃー自身も、おみゃーの親父さんも」

「あ、ああ……」

 胸を押さえる剛。そして、彼はがくん、とうなだれました。

「そういうのを『悪いこと』っちゅーんだわ。わかりゃーすか?」

 うつむく剛の顔を、ストレイキャットはさらにのぞき込みました。

「ちゅーわけで、悪いヤツには、このストレイキャットさまが、おしおきしたらなかんなぁ」

「!」

 剛の顔が、激しい恐怖にゆがみます。

 ストレイキャット! まさかこの子が!

 彼女に目をつけられたひったくりの末路は、剛もよく知っています。とことん痛めつけられたあと、警察に引き渡され……

 でも……自分はとんでもないことをしてしまった。だから、こうなるのは当然なんだ。

「ごめんなさい……ごめん……なさい……」

 うつむいたまま、剛は絞り出すように言います。その目からは、何粒もの涙が。

 と、どうでしょう。ストレイキャットは、ぽこん、とその頭をチョップ。

「おしおき終了。顔上げやぁ」

「え?」

 剛は思わず、顔を上げます。すると、彼女はさっきチョップした手を、ポン、と彼の肩に乗せたのです。

「大人のことは、大人にまかしときゃーせ。子供は心配せんでもえーでよぉ」

 そう言い、彼女はニヤッと無邪気な子供のような笑みを見せました。

「さぁて……」

 そしてゆっくりと立ち上がり、老人の方に向き直ります。

 その顔には笑顔。ですが、それは先ほどとは違うもの。

「痛い目見たあとでわーるいけどよぉ、どーいう風か、ちぃと聞かしたってちょうせ」

 それはまるで、獲物を見つけたときのような。


(「千種センセの怪盗指南」#3 おわり。 #4へつづく) 

2013-03-05 だめ、ぜったい。

[]少女怪盗ストレイキャット『千種センセの怪盗指南』#2

千種の「ひったくり撲滅宣言」から数日。圧倒的な力でひったくりを潰しまくる千種に、ひったくりどもも恐れを成し、市内のひったくりは激減する。警察すら手出しを躊躇するほどの活躍。しかし、それはいつまで続くのか。いつまで続けられるのか。にゃんこが出て盗む! ヨソの方にはすまないことをする! とある島国のド真ん中で繰り広げられる、バケネコ怪盗ストーリー!


というわけで更新でございます。1000文字空手がうまく行かない日々が続き、週一更新もままならず。仕事の修羅場は抜けたので、ここらでエンジンかけていきたいところです。

にしてもこの話、100枚行かない程度の短編で設定披露、くらいのつもりだったんですがいつの間にやら200枚くらいになりそうなアトモスフィアが。時系列の表まで作る羽目になる始末。ノープランダメ、ゼッタイ。


 風屋かざや市内某所。

 高架下の人気のない道。電灯は少なく、あたりは闇で覆われている。

 そこを歩く、一人の女。肩からはエナメルのショルダーバッグ。肩ひもは細く、たすき掛けにもしていない。あたりを警戒する様子も無し。

 カモだ。むしろいまこの状況でこんなに無防備とは、どういう神経だ?

 女の愚かさを笑いつつ、スクーターのエンジンをかける。

 ヘッドライトは消えたまま。それくらいの加工、素人でも赤子の手をひねるようなもんだ。

(さて、ミッションスタートだ)

 何よりも速さが肝心。スクーターのトップスピードが出る距離までターゲットが離れたのを確認。にゃあ〜。計ったかのようなネコの鳴き声。それが合図になったように、スロットルをひねる。

 加速していくスクーター、相手はまだ気づかない。思惑通り。加速、加速、加速、そして!

「キャアーッ!!」

 すれちがいざま、スクーターの勢いをのせて、後ろの相棒が強引にバッグを引きちぎる! 後はスピードを保ったまま逃げるだけ。

 楽勝も良いところ! コツをつかめばこんなに簡単な「仕事」はない。これで数万円ゲットできるんだ。真面目に働いてなんかいられるか! リーダーに怒鳴られ、上役にはイヤミを言われ、毎日終電で帰って手取り二十万も行かないクソみたいな会社なんてもうおさらば……

「ほーれ!」

 って、あれ? なんか浮いてる? ぐるりって、景色が、回って……飛んでる? 俺ら、飛んでる? あーいきゃーんふらー

 ドガラガッシャアア!!


「お、おい、何だ!? 何が起こった!?」

 街灯の下、あわてふためくひったくり。そりゃそうでしょう。自分が乗っているスクーターが、何もないところでいきなり数メートル宙に舞い上がったら、どうします?

 スクーターは重力に従い、二人の乗員と共に街灯のそばに落下。そのまま地面に叩きつけられました。数メートルから落下したものの幸いたいしたケガは無し。しかし心に与えたダメージは相当のもの。

 そんな二人の前に、ふっと黒い影が現れました。

「ドーモ、ひったくりさん」

 街灯に照らされたそれは、クロームメッキ鋲付きの黒いレザーに身をまとった、愛らしい少女。

 彼女は獲物を目の前にした肉食獣のような笑みを浮かべ、言いました。

「ストレイキャット、ただいま推参」


 ストレイキャット!? 

 たしかにそう言った。

 まさか……あのストレイキャット?

 ストレイキャット。そう、今風屋で知らぬ者はいない大怪盗。

 あらゆる手段で風屋中に犯行予告を仕掛け、予告通りに悪党どものすみかに盗みに入り、厳重な警備をまるで子猫のようにあしらい、未だ捕まることもなく獲物を奪い取る。仕掛けて仕損じ無し。現代に現れた、時代錯誤の正義の大怪盗。そんな「彼女」がつい数日前に「ひったくり撲滅宣言」を出したのは、風屋周辺の人間ならだれもが知っているところ。

 ひったくり男たちは顔を見合わせました。彼女が「ストレイキャット」なら、ターゲットは間違いなく自分たち。しかし……

(……まさかこんなガキが?)

(バカなこと言っとんな! こんなコスプレ小坊が?)

 彼らはまるで信じようとはしていませんでした。

 無理もありません。八十年代ヘヴィメタルスタイルに身を包んだ目の前の女の子、服装こそ凶悪ですが、街灯に照らされたその姿はネコミミしっぽのちっちゃな女の子。下手すればランドセルを背負っていても何の違和感もないくらい。

 そんなちんまいガキんちょが? 風屋市民230万を騒がすあの大怪盗だって?

(そんなわけあるか!)

 ひったくりどもは一つうなずき、意を決して立ち上がります。たまたまウチらの事故を見ただけのちょっとネジがゆるいガキ。二人はそう確信したのです。

「ほら、ちょっと邪魔だからどいてて」

 二人は少女の横を通り過ぎようとします。ですがその時!

「ごあ!?」

 何が起こったか? 二人は、少女の後ろ、高架の柱に吹っ飛ばされていました。その距離十メートルはありましょうか!

「おい、何が……」

「あんたらよぉ」

「!!」

 立ち上がろうとした二人は絶句。道路の向かいの街灯にいたはずのあの少女が、顔を上げるとすぐ目の前に!

 一体何の冗談だ!? 一人がそう思った瞬間、彼女はもう一人に鋭い蹴り!

「お、おい!」

 蹴られた相棒を揺さぶる男。しかし、相棒は何の反応もしません。

「安心しやぁせ。死んどれせん。逃がらかしたらかんでちぃと寝とってもらおか思ってよ」

 まさか……本物……!?

「う、うわぁああ!」

 そう考えた瞬間、男は相棒を見捨て、何も考えず走って逃げ出しました。しかし、数メートル走ったその目の前。そこに……嗚呼! ネコの耳をつけた悪魔!

「ちょアンタぁ、せっかくのストレイキャット先生の『怪盗の美学』講座、聞きたにゃーか?」

 これは夢か? 夢なら覚めてくれ! 彼はそう思います。

 が、しかし残念ながら、これはれっきとした現実でした。彼女こそ、紛うことなく、正真正銘の、大怪盗ストレイキャット! その実体は、四百年を生きる東の山の猫の王、東山千種その人、いやネコ!!

 少女、ストレイキャットは、力なくしゃがみ込んだ男の襟首をつかみ、片手でつるし上げます。ランドセルの似合いそうな女の子に、片手で、力なくただつるされる男。これが悪に手を染めた者の無様な姿! これをお読みの皆様も、どうかこのような愚かなマネはおやめいただくよう切実に願う次第であります!

「怪盗心得ひとぉーつ!」

 街灯に照らされる、エンジンがかかったまま倒れたスクーター。

「弱きを助け強きをくじくのが怪盗なり! 弱ゃーもんしか相手せんのはただの腰抜けだわ! そんな腰抜けのドたーけにゃ、ドぎつい仕置きをしたらなかんなぁ……」

「ヒィィーーーッ!!」

 ひったくり男の絶叫が、闇夜に響き渡りました。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「ストレイキャット、風東ふうとう区でひったくり十人捕らえる」

「ひったくり件数大幅減少、ストレイキャット効果か」

「毒をもって毒を制す、泥棒がひったくり退治 市民の声は」

 風屋周辺で新聞と言えばナカニチ。そのナカニチは、連日ストレイキャットvsひったくりの記事を載せていました。

 ストレイキャットによるひったくり撲滅宣言より数日。風屋市のひったくり件数は確実に減少しておりました。

 市内の至る所、ストレイキャットの目の届かぬところは無し、と言わんばかりに、ひったくりを退治しまくる彼女。まるでひったくりのいる場所を知っているかのように、ピンポイントに現れる彼女に、ひったくり連中は震え上がりました。何せ会ったが最後、圧倒的な、人智をはるか斜め上に越える力で、確実に、徹底的に、完膚無きまでに、痛めつけられ、捕まってしまうのですから。いつ、どこで会うかわからない彼女は、確実にひったくりに対する抑止力になっていたのです。

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「市民はストレイキャットに絶大な支持、だとよ」

 仲畑なかばた公園前交番では、そんな新聞記事を読んだ中村くんが複雑な表情をしていました。

「泥棒の分際で……一体何を考えてるんでしょうね」

「まあ、義賊気取りなんだろうよ」

 新聞を畳み、机に放る中村。

「でも、ヤツがこう出しゃばってくるようになったら、俺らも捕まえやすくなるんじゃね?」

 いつだって気楽なことを言うんだから。小村くんはあきれ顔で言います。

「そう言ったって、次どこに出るかわかんないんですよ?」

「その件だがな」

 いきなりの渋い声。中村、小村はビクッと肩を震わせました。

「びっくりした……いたんスか所長?」

「『立ち上がろうとした〜』くらいから座っとったぞ」

 なんだそれ? と言いたそうに、首をかしげる小村くん。

「上からのお達しだ」

「上からって……」

 上から。その言葉に小村くんは目を輝かせます。

「我々に出動命令、ですか!?」

 しかし……所長の首は横に動きました。しかもその次の言葉は、とうてい小村くんには信じられない言葉でした。

「その逆だ。今回はストレイキャットに手出し無用、とのことだ」

「え!?」

 その言葉には、いつもやる気のいまいち希薄な中村くんでさえ驚きの声。

「手出し無用……って! どういうことですか!?」

 思わず声を荒げる小村くん。

「『今ストレイキャットのジャマをするのは警察の評判を危うくする。だから手を出すな』、簡単に言えばそういうことらしい」

「評判って、そんなの関係ないでしょう!?」

 ドン! 机を叩きエキサイトする小村くん!

「評判が良ければ犯罪を犯しても許されるんですか!? 何のための警察なんですか!?」

「おい、所長に当たっても仕方ねぇだろ?」

 そんな小村くんをなだめる中村。

「でも!」

「動きたければ俺は止めんぞ」

 何もない空間を軽く見上げ、所長はつぶやきます。

「しかし命令違反の処分は、わかっとるな」

 命令違反。その言葉に、小村くんは口を閉ざします。

 正義を守るのが警察。それは確かですが、何よりも命令に従うのが、警察官として最低限のこと。正義を守るために暴走して、警察官の本分を逸脱する。それは本末転倒。

 それを考えた小村くん、その炎上した心を鎮火させます。

「……わかりました」

 やり場のない拳が、力なく机に落ちました。

「よろしい」

 そういうと、所長はため息を一つ。

「まあ動くな、ってって言うんだからよ。仕方ねぇよ。できんことをやろうとしたってしょうがないさ」

「……でも、悔しいです。目の前でヤツが暴れてるのになにも出来ないなんて……」

 糸が切れた人形のように、座り込む小村くん。まるで燃え尽きた灰のよう。

「チャンスはまだいくらでもある。その時に備えろ」

「……はい」

 しかしその目には、まだ炎がくすぶっています。来るべき宿敵への戦いに向けて、火を絶やしてはならない。ここで耐えるのも戦いなんだ。そう思い、小村くんはまた顔を引き締めました。それを見て、所長は軽く微笑みます。

「というわけで」

 と、所長は引き出しから、ホチキス止めの本を取り出します。

「備える間、お前さんもちょっとは芸の道をかじってみたらどうだ?」

「お断りします」

 速攻の返事でした。


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 市内の小学校でも、ストレイキャットの活躍は大いに話題になっていました。

「昨日は中河なかがわ区で八人だって!」

「どこからともなく現れて、バイクもろともドッカーン! だってさ」

「一度ひったくりに盗ませてから、盗み返して徹底的に痛めつけるんだよ!」

 小学校での話題といえば、テレビの中のヒーローヒロインや、マンガや小説のステキなお話やキャラクターといったもの。それらのスーパーヒーローのような存在が、この風屋の街には現実に存在しているのです。話題にならないはずがありません。

「かっこいいよねぇ〜」

 特に女の子たちは、ストレイキャットの活躍に完全に夢中。どうやら若い女性らしい、ということが、市民の間にもよく知られているからでしょう。今やストレイキャットは、風屋の女の子たちのあこがれ。ウワサですが、風屋市では将来なりたい職業に「怪盗」と書く子供が増え、先生たちが頭を抱えているとか。


「昨日は中河、おとといは南区、その前は風東区……北区ウチにはいつ来るかなぁ」

 今日の授業が終わり、下校する男の子三人。たける翔平しょうへい龍介りゅうすけです。

「今日は風屋の全部! とか」

「そんなんできるわけないがぁ!」

「いや、ストレイキャットが分身使ってよ」

「え、そんなことできんの?」

「知らんってそんなん」

 ストレイキャットの話題で盛り上がる翔平と龍介。しかし……

「タケっちどう思う?」

 タケっち、剛だけは、今まで一言も口を開いていませんでした。その子は少し考えた後、答えます。

「ストレイキャットだって、人間だろぉ」

「ん〜〜〜〜」

 二人はその言葉に、腕を組んで考え込んでしまいます。

「いや、ロボットだったりして。それなら考えられる!」

「ストレイキャット、ツヨイ、ワルイヤツ、ヌスム」

 翔平の、土曜の朝のアニメのロボットのような声に、残り二人は大笑い。

「そこで変形するんだろ? キャットだから猫に」

「ストレイキャット、トランスフォーム! って?」

「おおおお、でらかっけぇー!」

「指からはマシンガンが出るんだて」

「でよー、腹から超スーパーレーザー砲とか」

 そんなこんなで、話はいつの間にかストレイキャットの武器や変形のしかたに変わっていったのでした。


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「え、ワシもなんか変形とか合体とかせなかんのかしらん……」

 千種は真剣な顔で言いました。

 ここは仲畑本通の北、十草公園の丸カベ土管遊具。丸カベの上には、いつものショートパンツにジャケット姿の千種。丸カベの中には四匹のネコ、白いの、黒いの、三毛ネコ、茶色ネコ。千種の言葉で、四匹はみな一様に顔を引きつらせます。

「お、おやびん……」

「何だぁシロ?」

 おそるおそる話しかけるのは白いネコのシロくん。

「おやびんはいつからロボットに?」

「ちょっと待てシロ」

 頭を抱え、冷静に突っ込むのは茶色ネコのマーシャ。

「お前は子供の戯れ言を真に受けるのか……?」

 と、その二匹の間に、三毛ネコがにゅっと、妙な存在感とともに割り込みました。

「マッちゃぁん、もぉちょっとハゲしぃツッコミのほぅがょくね? 『なにぃぅてんねーん! どがぁぁぁん!』とかにょ?」

 三毛ネコのゆずこたん(たんをつけないとブチ切れるのでこう呼ばせていただきます)が、両前足でマーシャに演技指導。マーシャは、あからさまに顔をしかめました。

「漫才ではない! まったく、御館様おやかたさまの御前だぞ? そのしゃべり方、なんとかならんのか?」

「ゆずこたんのベシャリをdisるのわょしてほしぃのだぞ。そんなんヒトのかってじゃね?」

「お前ネコだろ」

「ぉ! そのばっさりんぐなツッコミチョーイィネシロきゅん!」

「ね、ねぇ……」

 だんだんと脱線していく話。その三匹を、困ったようにきょろきょろと見ているのは残り一匹、小さな黒ネコのノワールちゃん。

 と、一通り話がそれたところで、千種が口を開きました。

「おみゃーら、まー大概てゃーぎゃーにしよみゃーか」

「みゃ!」

 まさにツルの一声。たちまち四匹は千種に向きなおり、右前足を上げて一声。

「それはええんだわ。どこぞのボンらぁのげなげな話うわさばなしとかよぉ」

 千種はカベから飛び降りると、茶色ネコのマーシャの前に四つんばいになり、どこからか取り出したキセルを彼に向けます。

「おみゃーさんが言わっせるにはよ、黒河のへんでよーけ出とる、ってこときゃーも?」

 マーシャはうなずきます。

「あの界隈で、ここ一ヶ月で八件、未遂が二件」

「うーん、そんだけじゃ弱ゃーなぁ」

 と、千種はキセルで一服(ちなみにマタタビ粉ですのでごあんしんください)。

「ええ。ですが、被害者に法則があるとしたら」

「にゃにゃっ?」

 その言葉に、千種の目が輝きます。

「ぉ! マッちゃんのぉんすてーじ、はっじまっるよー!」

「黙れ!」

 ゆずこたんを一喝し、マーシャは改めて話し始めます。

「情報では、その被害者は全てある会社の関係者」

「ほぉ……」

 ニヤリ。千種はイタズラを思いついたような子供のように笑いました。

「ちゅーことはよ、その会社の連中を張っとりゃ」

「そういうことです」

 マーシャの目が、きらりと光ります。

「にゅ〜……」

 顔をゆるませ、千種は満足そう。

「他になんか聞いとれせんか?」

 ゆずこたん、シロ、ノワールはそろって首を振りました。

「よっしゃ!」

 千種は跳び上がり、遊具のカベの上へ鮮やかに着地。

「今日の晩はそれで決定! 皆の衆、きちっとまわし準備したってちょーよ!」

「にゃーいえっにゃー!」

「今日の『仲畑本通遊撃隊』集会これまで! 一同、下がってよろしい!」

「にゃー!」

 ネコたちは前足を挙げて一声鳴き、それぞれ去っていきました……いえ、一匹そこに残っています。

 それは、茶色ネコのマーシャでした。


「御館様」

「んにゃ? まんだなんかあるんか?」

「いえ、恐れながら伺いたいことが」

 千種はまた丸カベの中に飛び降り、マーシャの前にしゃがみ込みます。

「くるしゅーにゃあ」

「では」

 一呼吸おいて、マーシャは真剣な面持ちで話し始めます。

「御館様は『ひったくり撲滅』と仰せですが」

 千種は自信満々にうなずきます。

「本当にそんなことができるのですか?」

 マーシャは間をおき、話を続けます。

「市内だけでもひったくりは数知れず。御館様は一人しかいない。それでは」

だちゃかんな埒があかないな

 え? 当たり前のように言う千種に、マーシャは言葉を失い、目を丸くします。

「ではなぜこんな?」

「ん〜……」

 マーシャから目をそらす千種。バツが悪そうに頭をかくと、一つため息をついて口を開きました。

「ちぃとよぉ……ん〜、勢いで勇み足こいてまったかもしれんわ」

「な!」

 マーシャのおどろいた顔!

「……御館様はどうしてそう後先考えず!」

「まーなぁ……」

 千種は困り切った顔で口ごもってしまいます。遊撃隊七匹の中でも切れ者のマーシャ。その歯に衣着せぬ、そして筋が通った物言いには、彼らの主である千種も形無しになってしまうことがしばしばありました。

「んん……」

「そういうことはもう少し考えてから」

「マーシャの言うとおりなんだわ。ワシがウカツこいてまったかもしれん。でもよぉ」

 腕を組み、下を向いて千種は少し考え込みます。

「こうなぁ、理屈じゃわっかれせん、なんかみょーな、裏があるんじゃにゃーかしらん思うんだわ」

「裏、ですか?」

 千種はうなずきます。

「おかしい思わんか? 世の中わーるいこたどえりゃーよーけあるがや。人をだまくらかすとか、人殺しとか、人買いとかほかにもよーけよぉ。ほんでもよぉ……なんでひったくり『だけ』がこんな増えとるんかしらん?」

「だけ……」

 その問いに、マーシャも考え込んでしまいます。

「ひったくりでトロいおまわりが手ー回らん、とかかもしれんけどよ、なんかみょーだ思うんだわな」

「……妙」

 千種は立ち上がり、またカベの上へ。

「ほんだけだわ。理屈もなーんもあれせん。まぁ、何もあれせんだらキリがえーとこでしまいにしよか思っとるで、心配せんといてちょ」

 そう言って千種はイタズラ小僧のようにニヤッと笑い、マーシャに手を振ってカベの外へと飛び降り、足早に去っていきました。

「裏が……ある……」

 理屈などまるでない。マーシャはそう判断します。しかし、それをいつものように「価値がない」、と切り捨てることが、彼にはどうしてもできませんでした。

「四百年の『勘』、というものか?」

 主のテキトーな言葉、それが頭から離れないまま、マーシャはこの場をあとにするのでした。


(「千種センセの怪盗指南」#2 おわり #3へつづく)