2011/03/04
同性婚を私が嫌う理由——あるいは同性婚を支持しない人が「国民」という概念に対抗しなければならない理由
クィア, 階級, グローバライゼーション
結婚を通して様々な利益や権利が得られるというのは、疑いがない。私自身も、もしどうしても結婚する必要が出て来たら、反婚の信条など横に置いて、結婚すると思う。「ゲイ」を商品化するようなマーケティングの仕事にだって、他の仕事の機会に恵まれなければ、就くだろう。生き延びることは、私にとって、政治的な信条なんかよりも重要なことだから。でも、まさにその、生き延びることを優先させるという態度を私が採用するからこそ、あたかも結婚制度にもLGBTマーケティングにも問題が全くないかのように振る舞うことは、してはいけないと思っている。それらに自分が関与してしまったとき、私は「私にはその権利がある」という態度ではなく、恥ずべきなのだ。
けれど、結婚していきなり自分の人生が素敵になるようなところは、そもそも想像も出来ない。人によっては、結婚は貧困への入り口だ。安定した職業を持っているひとばかりではない。あなたも、あなたのパートナーも、安定した職業を持っていないかもしれない。セーフティネットとしての結婚は、そもそも既に機能しなくなっている。それでも多くの人は、社会保障にありつけない人や、「国民」ではない人たちの移民としての大変な状況への解決策として、結婚を挙げる。もちろん、そういう側面があるからこそ、私は、自分が同性婚を支持しないからといって同性婚支持の人たちを攻撃しようとは思わない。でも個人的には、結婚していようがしていなかろうが、安心して安定した生活を送れるような社会であるべきだと思う。
結婚したいけれど、法的に認められていないから出来ない、という人は確かにいっぱいいる。でも、個人的に私がもっと気になるのは、結婚出来ないという人も含め、単身者で、かつ不安定で不安全な生活を送っている人たちのことだ。更に言えば、結婚していて、それでも不安定で不安全な生活を送っている人たちもいる。
同性婚が出来ないことが差別的である、というのには完全に同意する。けれど、それよりももっと、私にとっては重要で、急務なことがある。もちろん優先順位は人それぞれだから、全ての人に同意してもらおうとは思っていないけれど、パートナーシップに関するより良い法体制を作る運動において、まずもって同性婚の合法化が最も重要なゴールであると思っている人とは、共闘出来ないと思う。
安定した生活をきちんと整えることが最も重要で、だから結婚したいとかいう希望は後回しにされるべき小さな問題だ、と言いたいわけじゃない。結婚したくて、それでもパートナーと同性なので出来ない、という状況は、まがうこと無き差別だもの。でも、私は自分の労力やリソースを、同性婚支持のために費やそうとは思わない。
私のこの判断は、自分の育った環境や、階層の問題との関わり方に影響を受けていると思う。私の友人・家族・親戚・その他の知り合いの中には、外国人・シングルマザー・性産業で働いていて、安定とはほど遠い生活をしている人の方が、「安定はしてるけど、結婚出来ないんだよね」という人よりも多い。
カリフォルニア、東京、シカゴなどで出会った比較的新しい友人たちは、北関東での私の生活がどのようなものだったか、想像も出来ないと思う。だって、今の私を見たら、中産階級そのものだもの(でもそれは真実ではない。授業料全額支給の奨学金に受かっていなければ、私は今ごろ北関東で複数の仕事を掛け持ちでやっていただろうと思う)。だけれども、だからといって私の家族、周辺の地域の人たち、友人、その他の知り合いがみんな中産階級的、あるいは中産階級的文化の持ち主か(あるいは、これまでもそうであったか)と言ったら、そんなことはない。
こうやって、自分の身近な人たちに降り掛かる様々な問題を優先することには危険が伴うことも分かっている。それは、私が知り得ないような生活をしている人たちの痛みや不利益を見逃してしまう危険性を持っている。けれど、それを出来るだけ避けようとすると同時に、私は、身近な人間のことを考えることを放棄したら、誰のこともきちんと考えることなんて出来なくなってしまうと思っている。
だから、私にとっては、結婚なんかよりも、社会保障の方が重要な問題だ。結婚は、社会保障にまつわる様々な問題への解決策になってはいけないと思う。
そして、この私の判断は、同時に自動的に私に、「国民」という概念に対抗する責任を持たせることになる。なぜか。それは、現在殆どの国で国民になったり永住権を得るための最も手続きの簡素なものは、結婚だからだ。もちろんそれには、同性カップルは含まれない。従って、同性婚よりも社会保障を優先させるという私の判断は、自動的に、国民でない同性愛者が合法的に滞在権を得る機会の拡大を、より遅らせてしまうような力に、私も関与してしまっており、まさにいま、その判断をしていること自体、私は罪を犯していることを意味する。もし私が思い描く「より良い社会保障」が「国民」という概念の範疇に収まってしまうようなものだとしたら、同性婚の合法化を積極的に支持しないという私の判断は、全くもって、不正義になってしまう。
2011/03/02
「派遣労働をどうするか」ではなく、正規・非正規を超えた「労働者の権利」の問題
ACW2派遣労働者ワーキングチームが作った『1・8 ハケンのリアル 公開! | 働く女性の全国センター』という冊子(以下、「冊子」)がある。派遣労働について日本人材派遣協会が作った「ハケンのホント」という資料への批判的な冊子であり、私も基本的にはACW2派遣労働者ワーキングチームの主張に賛同するし、「派遣労働者は派遣労働を望んでいる」という言説には非常に懐疑的。短時間労働や派遣をむしろ好む労働者もいるというのは真実だろうけれど、それは現在の派遣労働のあり方を正当化するものではないし、そもそもそんな人は大多数ではないし、恐らく年々減っている。
だけれども、この冊子の文体には非常に違和感がある。文法にしろ論理にしろ、普通なら編集の段階で書き直しになるであろう文章がそのまま載っている。もちろん、そもそも「分かりやすい文章」とか「論理性のある文章」というものを絶対視するのはどうなのか、という疑問はある。例えばこの冊子内で繰り返し使われている「怒」という記号。これを見ただけで伝わって来る情熱というか、熱さみたいなものははある。それこそが重要なんだ、という解釈も可能だと思う。けれど、これでは、そもそも内部の情熱を共有している人でなければ、読んですぐに理解は出来ないような気がする。
もちろん、分かり合える者同士で結束を強めたり、怒りを一緒に言語化して行くような実践はすごく大切だし、フェミニズムにおいてもクィア運動においても、歴史上、そして現在もこれからも欠けてはいけないものだと思うけれど、私が今回この冊子を読んでみたのは、派遣業会で働いている Eva *1に冊子を紹介しようと思ってのことだった。でも、これでは Eva を説得出来ないかもしれないと思った。
更に言えば、冊子の文体そのものが、私の知り合いの女性派遣労働者(Eva の会社で派遣で働いている人で、私も面識のある人たち)がすらすらと読めるようなものではない気がした。この冊子をすらすら読めるのは、そもそもある程度派遣労働の問題点を理解していて、表や堅い文章を読むのに慣れていて、「ハケンのホント」を既に読んでいる人だろうな、と。
それでもとりあえず、 Eva には冊子を紹介してみた。冊子の問題意識は重要だと思ったから。それに対して Eva は、次のような返事をして来た。
@cMasak @****** 非常に参考になりました。ただ、うちの場合は登録型派遣(仕事があるときだけスポットで働く形態)ではなく労働保険・社会保険にも加入して頂き(時給を下げずに客先に派遣単価の交渉をしている)正社員登用や企業からの直接雇用もあるので少し違うのかも・・・
しかし企業も全ての労働者を正規雇用するのは難しいw 特に製造業は生産に波があるからねw かつても期間工を一時的に雇用したり早期退職者を募ったりと対策を打ってはきてるけど、企業にかかる負担が大きいのも事実だからねw 政府は企業に頼り切ってるところもある。
大手企業が中国やベトナムなどに工場を建てて現地の労働者を雇用するのも国内では会社の負担が大きすぎるから(労働保険・社会保険・有給休暇・交通費・産休・介護休暇・賞与等々・・・)だから日本国内の雇用が減るw 派遣会社はその全てを企業に代わって負担するわけよ
派遣が禁止されたからと言って企業が労働者を正規雇用するとは限らないし、派遣会社が雇用の機会を上げていることもある。全ての派遣会社が駄目なわけでもないし、全ての派遣労働が駄目なわけでもないと思う
政府が企業に頼り切っている、大手企業が賃金の安い海外に労働の場所をうつしている、国内の雇用が減っている、というのは重要な指摘で、派遣労働という労働形態だけを無くしたり制限することで市民の生活がよくなるわけではないということだと思う。
ただ、もしかしたら派遣労働に批判的な人たちからしたら、これらの発言は「ハケンのホント」に近い主張に聞こえるかもしれない。でも私は、 Eva の会社の状況を少し知っているから、単純に「派遣労働はダメ」とか「製造業派遣はダメ」という主張よりも、より切実な問題意識があると感じた。
「Eva って人は派遣業者の人間でしょ!悪!」という反応を呼ばないための、メモ
まず初めに言っておくと、よく派遣業者の問題点として派遣業者がマージン(ピンハネ)をかなり取っているという話を聞くけれど、 Eva のところでは「それほとんどマージン無いじゃん」と思うような割合だったりする。また、 Eva の会社の派遣労働者のために、 Eva は次のようなことをしてる。
- 派遣先の不条理な派遣切りに抗議・交渉
- 保険加入を労働者に説得するために外国語でイラスト付きのフライヤー作成・配布
- 上司はもちろん保険加入なんかさせたくないし、当の労働者も保険の仕組みを知らなかったりして、なかなか加入してくれないので、こういうフライヤーを使って説得
- 配慮の無い上司に楯突いて労働者の生活を優先
更に、 Eva の同僚の F さんは、こんなこともしている。
- 家賃が払えないとか子供の給食費が払えないという派遣労働者に「給料が出たら返してね」という建前上の約束で、上司には言わずに自分のお金を個人的に貸している(無条件で貸したら労働者があとで大変だからということで、ちゃんと相談した上で)
- 昼間のシフトで郵便局や役所に行けない労働者の代わりに、自分の休憩時間を使って書類を届けている
また、 Eva と F さんは協力して
- 派遣労働者を集めて(ほぼ参加費ゼロのため、自腹で)飲み会やパーティを開催
- 外国人労働者に「踊るのが好き」と聞いて、かれらの祖国の音楽を使ったダンスパーティを開催
- 派遣労働者と近い距離にいて、色んな連絡・相談も受けて、何が大変なのか、1人1人の状況を把握して、何かの時にはそれを考慮して判断
ということもしている。もちろん、「だから派遣という労働形態に問題がない」というわけではない。とにかく、「派遣業者」というものが一枚岩ではないことだけ分かってもらえればいい。
追記: Eva の会社では、今期中に全員社会保険加入になるそうです。もちろん外国人労働者含め。それに伴う減給は一切ありません。むしろ派遣先に交渉して派遣単価が上がれば、時給はアップする予定だそうです。派遣によるマージンは、多くを労働者の社会保険、交通費、有給に充てるそうです。
「製造業派遣廃止」!?
そのような形で日々派遣労働者と関係を持っている Eva が、製造業派遣廃止の噂が流れ出した時にまず心配したのは、「そんなことになったら、うちで働いてくれている人たちはどうやって生活したらいいの?!」だった。わたしも少なからず労働者の人たちと面識があったので、同じように心配になった。
いまの経済的状況で製造業派遣廃止になったとして、 Eva の会社の派遣労働者たちがどうなるかって想像したら、たぶん死ぬ。少なくとも生活は出来ないだろうと思う。日本語が出来る人ばかりじゃないし、障害を持ってる人もいる。製造業だから就労出来てるって人もいる。
そもそも、 Eva の会社では正規・非正規問わず、障害を持った労働者、外国人労働者、高年齢労働者が多い。これは派遣業を始める前からそういう傾向があった。ここを辞めたら他の会社で働くことは出来ないだろう、という労働者もいる。ましてや製造業派遣が全廃止になったら、かれらはマジで、生活出来なくなる。
私は、そういう人たちがより生活しやすくなる仕組みを作ることが大事だとは思っているけれど、製造業派遣廃止がその答えだとはどうしても思えない。
もちろん、派遣労働者の扱われ方には問題がある。なかなか保険に加入させてもらえないとか、賃金が低いまま昇級無しとか、突然契約打ち切りとか。でも、正規雇用の労働者でも同じ境遇の人はたくさんいる。都会の大きな会社の正社員には無縁な話かもしれないけど、正規雇用の知り合いにも、いつクビを切られるかビクビクしている人はいる。社会保険が何なのか分かってない人もいる。セクハラもイジメもある。アルバイトだってパートだって、自分にどんな「労働者としての権利」があるのか全く知らない人たちばっかり。「怒る」っていう発想すら無い人たちばかり。
「派遣労働をどうするか」ではなくて、「労働者の権利を守るためにはどうするか」っていう軸で、つまり、正規・非正規を超えた「労働者の権利」の問題として語られなきゃいけないんじゃないかと思う。
「派遣労働はダメ」「製造業派遣はダメ」という言説を見るたびに、私には、 Eva の会社の派遣労働者たちの、というか、特に、ある1人のペルー人女性労働者の顔が浮かぶ。その人の娘とも知り合いだ。製造業派遣が廃止になったら、彼女らは本当に、死んでしまうか、死に相当近いところまで行ってしまうと思う(その前に私や Eva を含め誰かが助けなければ)。
彼女らが生活出来るようなかたちで、派遣労働のあり方の改善が進めばいいと思う。
ただ、私は派遣労働問題について詳しくないので、間違ったことを言っていたら誰かに指摘して欲しい。
*1:Evaは私の実の母親です。 Eva のツイッター。 Eva 主催の月一の屋外オカマバー。
2011/02/21
上関原発、今朝未明からの動き
以下は、某MLで回って来た文章です。転送OKとのことなので、こちらに掲載します。
中国電力、夜中の2時半に300人の作業員が浜に集結して作業強行。
「何の作業ですか、原発の工事というのはこんな夜中にするものなんですか」
と聞くと、それには一切答えず「邪魔をしないでください」
↓ ↓ ↓
http://bit.ly/dSXWsT現在の様子も、断続的に中継しています。これまでの様子の録画も載っています。
http://bit.ly/g1JC3e現時点での最後の録画:
http://www.ustream.tv/recorded/12842303女たちの抗議(素晴らしい!)で、その場は引き上げる作業員
http://www.ustream.tv/recorded/12841250それから、
こちらの琉球朝日放送「Qリポート」が素晴らしい! 是非ご覧下さい
カヤック隊の若者達の思い:祝島と高江の連帯 SLAPP訴訟に抗して
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=0kXibpRH8o0元(トランスクリプト付き)はこちらにあります:
http://www.qab.co.jp/news/2011021525873.html
2011/02/16
【宣伝】毎月第三土曜開催『バーおっかまん』のご案内【転載とRT大歓迎】
みなさま、いつもお世話になっております、マサキです。
本日は、私の母が運営している屋外オカマバー『バーおっかまん』の
宣伝をさせて頂きたいと思います。
バーおっかまん (BAR OccaMan) は群馬県館林市で
毎月第三土曜日に行われている夜市(よいち)で出店している、
屋外オカマバーです。 (一番下に趣意文を付記いたしました)
店内にはシングルマザー、生活保護、性教育、セクシュアルマイノリティ
に関する資料を置き、お客様が自由に閲覧出来るようになっています。
(今後エイズ、セックスワーク等の関連資料も拡充する予定です)
現在、3月までの期間限定ですが、求職中の方に限り
無料で「けんちん汁」を提供させて頂いております。
また、現在のところ初期投資のコストが多く赤字が続いていますが
毎月好評の売れ行きで、今年中にも黒字が見込まれています。
その際には、収益は全て県内の障害者・女性・性的マイノリティ支援団体に
寄付させていただく予定です。
群馬にはブラジル人、フィリピン人の市民も多く、
店内には常に少なくとも英語の分かる者が1人は常駐しています。
(毎月ではありませんが、中国語が出来る者もスタッフに入ることがあります)
ブログではポルトガル語、中国語、英語、スペイン語の情報を掲載しています。
毎月一度という微力ながら、母が中心となって一生懸命やっている活動です。
バーおっかまんの活動内容に賛同してくださる方はぜひ
以下のリンクからブログ、Facebook、mixi、ツイッターをご覧ください。
ブログ: http://baroccaman.wordpress.com/
Facebook ページ: http://on.fb.me/BarOccaMan (「いいね!」をクリックしてくださると嬉しいです!)
mixiコミュニティ: http://bit.ly/OccaMan (ぜひコミュニティにご参加ください)
ツイッター: http://twitter.com/BarOccaMan
次回の開催は今週の2月19日(土)です。
都内の方々からすると群馬は非常に遠く感じられると思いますが、
実は館林は新宿から約1時間半で来れます。
9時に閉店ですが、それからでも終電で都内に戻ることが出来るので
どうぞお気軽にご来店ください。
よろしくお願いします。
マサキ
☆おっかまんの開催場所☆
館林駅(群馬県)東口を出てまっすぐ歩くと夜市をやってる通りに当たります。
右に曲がってそのまま歩き続け、
下の地図の住所の(本町郵便局)の横の駐車場内に
出店しているおっかまんたちを見つけてください☆
東京から来る方は
新宿→(湘南新宿ライン50分)→久喜→(東武伊勢崎線30分)→館林
が一番便利です〜
☆バーおっかまんの趣旨☆
バーおっかまんは、恋愛の対象が同性の方や
自分の体の性別に違和感がある方、そして
障害がある方や外国出身の方など
すべてのお客さまを大歓迎します!
性のあり方が「普通ではない」とされる方たちは
例えば1クラスに1〜2人いると言われています
きっと群馬にも、いや館林にもたくさんの
LGBTQ(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・
トランスジェンダー・クィア)の市民の方がいて
毎日仕事に行ったり学校に行ったり
近所づき合いをしていることでしょう
しかしそのような方が集まれる場所は
群馬県内にほんの少ししかありません
東京まで行ってやっと同じ仲間に会えるという方が
きっと、たくさんいらっしゃると思います
そこでわたしたちは
バーおっかまんをやることにしました
どのような性のあり方をしていても
わたしたちは同じ市民であり
この夜市を楽しむことができると信じて…
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マサキ(松本政輝)
chicomasak [at] gmail.com
http://start.io/castrated
http://twitter.com/cMasak
2011/01/17
12.4 黒い彗星★国際連帯声明に応答し、連帯を表明します。ただし、連帯するからには言わなければならないことがあります。
12.4 黒い彗星★国際連帯声明 ←全文はこちらからどうぞ
日本人レイシストによる民族差別デモに単身抗議した「黒い彗星」こと崔檀悦(チェ・ダンヨル)は、レイシストたちに集団暴行を受け、全治3週間の大けがを負いました。にもかかわらず、警察は、暴行の加害者を放免し、暴行の被害者であるかれを「暴行容疑」で逮捕したのです。
人種差別的な右翼運動は近年更に暴力性を増しており、在日コリアンに対する憎悪はネットの内外で表現され、出回っている。マスメディアはコリアンや他のアジア人による犯罪をセンセーショナルに報道するし、朝鮮民族学校は高校無償化の対象から外されている。今、日本はとても重要な岐路にある。
日本が今後もコリアン(や、その他日本国籍のない市民、書類の揃った移民、揃っていない移民)に対してどんどん不寛容になり、差別的になって行くか、あるいは現在の状況を覆してもっと包摂的な社会になるかどうかはまだ不明瞭だ。しかし日本が後者の道を辿ることを私は当然望んでいる。そして日本国籍を持つ者である以上、私は日本でこれまで何十年も続いてきた人種・民族差別をこれ以上無視することは出来ない。日本国籍を持つ者はそろそろ責任を取る必要がある。日本における人種差別を解消するために、私たちは国籍の有無関係なく団結する必要がある。今日、私は黒い彗星とその支援者、そして日本で社会正義のために戦っている友人や左翼の人々との連帯を表明する。
「オカマ」発言
しかし、連帯するからには1つだけどうしても言わなければならないことがある。それは「この左翼系の人々のあいだにあるトランス嫌悪は、今すぐ止められなければならない」というものだ。3日ほど前のアンチ-コリアンの集会がネット中継された際に、反人種差別側の誰か(黒い彗星だろうと思いますが)が、集会側にいた2人の女性の格好をした人たちについて、以下の発言をした。
「なんだよ女かと思ったら男じゃねぇかよ」「なんだよ」「オカマぁ?www」「いやいやオカマの方もきれいな人はきれいですよ。あれはただの、なんだろうなぁ、目立ちたがり屋でしょうね」「そう、オカマはオカマで誇り持ってる人はいっぱいいるからな」(同一人物の発言かどうかはわかりません)
USTREAMのビデオアーカイブ: ANTIFALACOMETANEGRA in JAPAN 01/14/11 10:43PM
初めに笑ってしまったことを途中からフォローしようとした様子がうかがえるが、「オカマにも綺麗な人がいる」とか「オカマにもプライド持ってる人がいる」とかは、初めの笑いのベースとなっているトランス嫌悪的前提を一切正当化出来ないし、むしろその前提を更に強化するものである。不思議なのは、いったいどれだけ「きれい」になれば「本当の」オカマとして認めてもらえるのか。どれだけ「誇り」を持てばまともな社会の一員として認めてもらえるのか。そして、誰がオカマで誰がオカマじゃないのか、いったいどこの誰が決めるのか。
黒い彗星(あるいは私が黒い彗星だと勘違いしている声の主)には(そして他の誰にも)他人のジェンダー表現を評価する権利などない。ジェンダー/セクシュアル・マイノリティの政治は左翼政治と重なるところがかなりあるが、私たちは、しかしそこらじゅうにいるのだ。左翼の中にも、右翼の中にも、保守の中にも、進歩的と呼ばれる人々の中にも、そして貧困者の中にも、富裕層の中にも。この連帯の一翼を担う中で、わたしは絶対に人種差別主義者を攻撃するために件の発言のようなトランス嫌悪的なレトリックを(そういう意味では同性愛嫌悪的、女性蔑視的なものも含め)使わない。そして日本の人種差別に対抗するために団結している私たちがジェンダー/セクシュアル・マイノリティの社会正義の重要性をもっとよく認識し、更にはそれをより強く追求していくことを望んでいる。
ぜひ MacBook Air 欲しいわ。どうしよう、すごく欲しい。
というわけで、抽選で MacBook Air の11インチが抽選で当たるというキャンペーンに応募します。
2011/01/02
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- 内部批判の意義(「セクシュアルマイノリティを正しく理解する週間」についての批判、に対する批判、に対しての批判)
- 「明日、カムアウトします」
- 溺れさせてくれ
- I Want To Drown
- 遅ればせながら、東京プライドパレードについて
- 東京プライドパレードで持ったプラカードのメッセージ
- 【改訂版】24時間テレビにおける性的少数者の表象の問題
- ひろこさんには借りがある
- 「わたしには言葉しかない」場合——告発と検閲
- 源静香さん(63)の独白
- 「東京都青少年の健全な育成に関する条例の一部を改正する条例」について、文書を送りました
- 【自作曲】『ハイヒール6.5』【歌ってみた】
- 【WAN労働争議】署名第一次締切迫る!
- 【賛同署名募集】NPO法人WAN労働争議への支援および理事会への要望
- 「カムアウトできる」「カムアウトできない」というレトリックの問題
- わかりやすいフェミニズム、わかりにくいフェミニズム
- [video] ジュディス・ハルバースタム教授によるミニ講演 “Queer Faces from Lost Times”
- セクシュアリティと政治がご専門のChalidaporn Songsamphan先生(2009年春特任教授)とポルノグラフィーについて対談しました
- 児童ポルノとフェミニズム
- 「性 アウトロー」: 新Dがレインボーになった1週間
- 「ゲイだから」って言ってほしいんでしょ。
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「BLはゲイメディアか」という問いがそもそもおかしい
を読んで。
なんかもう、脱力するんだけど、書きます。
まず、問いがおかしい。「BLはゲイメディアか」・・・。「ゲイメディア」ってそもそも何だ。そして、これはゲイメディア、これはゲイメディアじゃない、と、誰が振り分ける権利を持つのか。ゲイ当事者(ということに、少なくともなっている人)の書き込みを根拠にして「BLはゲイメディアではない」と言っているということは、「本当のゲイ」にだけ、何がゲイメディアで何がゲイメディアでないかを決める権利があるというのか。では、「本当のゲイ」とは誰だ。
「本当のゲイ」の姿を描いたものだけが「ゲイメディア」だ、という前提もあるらしい。でも、そうしたら、「本当のゲイ」は常に「ゲイメディア」に先立つことになる。描かれる「本当のゲイ」の姿があって初めて、それを描く「ゲイメディア」が誕生することになる。でも実際には私たちの欲望はそんなに単純に、表象から独立して存在しているのではない。わたしの欲望はBLによっても、ゲイ雑誌によっても、ヘテロポルノによっても、映画によっても、性教育によっても、かなりいろいろと影響を受けた結果いまのような状態になっている。欲望は、その種(たね)こそ「自然」なものかもしれないが、それがどのような方向にどのような強さで、どのくらいの広がりを持って出現するかは、生まれてからこれまでに触れてきた様々な表象に影響を受けている。BLもそういった影響を及ぼすもののうちの1つであろうし、また、「本当のゲイ」というイメージも、そのうちの1つだろう。
わたしは、BLが「本当のゲイ」の姿を描いているとも描いていないとも思わない。というか、具体的に何か作品(例えばBL漫画)や人物(例えばゲイ自認してる当事者)を取りあげて、「これが本当のゲイです」と言えるものなんて、無いと思っている。そして同時に、BLによる同性愛的欲望の表象も、一方で「本当のゲイ」というイメージも、またオネエキャラのような芸能界の表象も、あるいは米国カウボーイ映画も、レディ・ガガも、どこかで、複雑なやり方で「ゲイネス」という大きなイメージの形成に関わっていることは間違いないと思う。また、そのように形成されたイメージは同時に、次に生まれてくる表象のあり方にも影響を与える。だから「BL」と「本当のゲイ」は相容れないカテゴリーなのではなく、相互に影響を与え合っている(もちろん、この2つだけの関係があるわけではなく、「BL」と「女性」だって影響を与え合っているし、「本当のゲイ」と「オネエ」もそうだし、例えば「マンガ嫌韓流」と「在特会」も影響を与え合っているだろう)。
このとおり、わたしは何らかの固定的な「本当のゲイ」のような概念をとらえないので、「BLはゲイメディアか」なんていう問いには、答えようがない。
そもそも、BLが「同性愛的な欲望」をどんなに描いても「それは『本当のゲイ』ではない」と言われ続ける事態は、「本当のゲイ」という主体のあり方を固定的に捉えてしまい、そこからこぼれ落ちてしまうような人々を「ゲイではない」として切り捨てることになる。また同時に、(ゲイ)男性にだって「本当のゲイ」の姿なんて(そんな統一的な固定的なゲイネスなんて存在しないのだから)描けないはずなのに、大多数の作家が女性であるようなBLにこの類の批判が集中するのは、「男には男のほんとうの姿が描けるが、女には描けない」という女性蔑視があるんじゃないかとも思う(cf. リンクの『ロワジール館別館』)。
同時に、「『本当のゲイ』ではない」という否認自体が不思議。描かれているものが「本当のゲイ」でないのなら、つまり本当に「BLとゲイのあいだには全く関係がない」のなら、火星人を描いた映画を見て「地球人はこんなんじゃない!」って怒るようなものでしょう。ただそこに「男性同性愛的な欲望」が描かれているというだけで「ゲイ!」と一度は思って、よく読んでみたら「あ、でもこれって『本当のゲイ』じゃない!」って思うなんて、どれだけ「ゲイネス」を矮小化したら気が済むのかと不思議。「男と男がヤッてたらゲイ」くらいの短絡的な発想で読み始めて、でも読み進めていくうちに自分の中の「ゲイってこういうもの」という偏見と矛盾をきたす表象が出てきたら自分の偏見の方を優先して「この表象は『本当のゲイ』ではない」と判断できると思ってるなんて、ずいぶん偉いんですねとしか。
そういうことを言う人はだいたい意見が合わないと思うし、その人自身がゲイであるとかゲイでないとか、そんなことは関係なく、問題のある発言だと思って批判もするかも知れないけれど、でも、ちょっとだけ本音を言わせてもらえば、自分は「本当のゲイ」だという自認を持ってBLを叩いているゲイ当事者よりも、もっとムカツクのが、普段LGBTQ*1の表象、ましてやゲイの表象についてテレビや新聞、雑誌、政治家の発言などについて抗議の声をあげたり、少なくとも憤っているわけではない人が、「BLはゲイを不当に描いている!」と力説すること。それは、BLを叩くためにゲイを利用する態度だよ。
ゲイ当事者にだって「本当のゲイ」とか「ゲイメディア」とかを定義することなんて出来ない。具体的個人にそんな権利はないし、そもそもそんなことを定義するのは不可能。なのに、(あえてこう書くけど)ゲイ「ですらない」人に、そんな権利や能力がある わ け が な い でしょう。だって、「本当のゲイ」のイメージがどうなろうが、「ゲイメディア」がどんなものになろうが、痛くも痒くもない人たちだもの、その人たちは。*2
というかそもそも、腐女子の一部にホモフォビックなことを言う人がいたからといって、根来さんに対しての批判としてそれは全くもって不適当。第一に、根来さんはその人ではない。第二に、根来さんがもしその人だったとしても、そのことによって根来さんの主張が間違っていることにはならない。また、ゲイ当事者(ということになっている人)の一部の声が「腐女子」批判とかBL批判とか根来さん批判をしたとしても、それは全てのゲイが同調してることを意味しない。「ゲイが腐女子、BLを忌み嫌う理由を学ぼう」と書いてあるけれど、この文を書いた人に聞きたい。あなたの言う「ゲイ」とは誰なのかと。BLを愛読しているゲイの人もいる。BLを読むことで自分の男性同性愛的な感情を受け入れることができたというゲイの人もいる。また、根来さんのやっていることに賛同してきた人の中にもLGBTQ当事者はいる。
言いたいことは全部言ったし、すごくおしっこしたくなったので、これで終わりにします。
2010/12/13
2010/12/11
えっとぉーー、なんかぁーー、すごーく言いにくいんですけどぉ………
ま、あの、置いときますね つ http://d.hatena.ne.jp/deVeauty/
