今朝の万次郎

調子がよろしいようで 初めてカーテンレースに昇ったり 窓に体当たりしたりして遊んでました(°□°;)
遊びというより何か獲物を狙ってるかのようなパワフルさに遠くから眺めるしか出来ませんでした。
レースが破れるので 止めたかったのですが 身の危険を感じまして(苦笑)

万さんは毛繕いもパワフルで 普通舐めて終わりですが
ティッシュで鼻をかんだような音をさせながら 毛を噛んでます。
最初は猫が発する音で聞いたことない♪ブシュブシュ♪に 何か発作が起きたのかとビックリしました。
なんしかパワフル万さんです。

違うなぁ〜

食べること大好きなわたくし。
肉まんの季節になりつつあります。
早速スーパーで購入し 何度か食べましたが 今年の肉まんは味が濃いです。
続けて食べても二つまで…
どうして濃くしたんだろう?
ピザもカレーあんまんもみんな濃い感じ。
私の舌がおかしいのか?
やはり今だに一番美味しいのは蓬莱ですね。

戦後7人目の侍真僧

【4月から比叡山で「十二年籠山行」】 
比叡山に12年間こもる「十二年籠山行(ろうざんぎょう)」に今年4月から入っている延暦寺本行院(ほんぎょういん)住職、渡部光臣(こうしん)師(37)が11日、天台宗の開祖、伝教大師にお仕えする侍真(じしん)僧になった。戦後7人目。大師の祖廟(そびょう)がある浄土院で「掃除地獄」とも称される厳しい修行生活を始める。(大高敦)

【渡部師、修行生活へ】
渡部師はこの日午前10時半、半田孝淳(こうじゅん)天台座主や、戦後6人目の侍真僧を97年から12年間務めてきた宮本祖豊師(49)らに続いて大乗戒壇院に入った。戒律を守ることを自ら誓う「自誓受戒(じせいじゅかい)」の儀式を経て、侍真僧となり、浄土院での修行に入った。

延暦寺によると、渡部師は72年に兵庫県で生まれ、山形大学を卒業。神戸市で会社勤めをした後、02年に仏門に入った。

侍真僧となるのに先だち、6月16日からは「好相行(こうそうぎょう)」という比叡山でも一、二を争う厳しい修行に打ち込んだ。額と両ひざ、両ひじを地面につけて祈る「五体投地」の礼拝を1日3千回、仏の姿(好相)を見るまで、横になって休むことなく繰り返す。渡部師は2カ月かけて8月29日に行を成就したという。

浄土院での修行は決められた日課を12年間で1日も欠かすことなく続ける。午前3時半に起床し、伝教大師御真影に仕えながら、午前4時と午後4時に読経などのお勤めを行う。比叡山で一番の聖域とされるため、落ち葉一枚、草一本も生えないように徹底した掃除を課されるという。

これまで侍真僧を務めてきた宮本師は「伝教大師が亡くなったという考えはなく、生きていると考えて日夜お仕えしてきた」と話し、「健康に気をつけて12年間精進してほしい」と渡部師を気遣った。

好相行については「行を始めたころには迷いがある。疲れてくると本当は仏はいないという思いにもとらわれるが(続けるうちに仏の姿が)確信につながっていく」と述べた。

比叡山の修行では、比叡山の峰や谷を1千日にわたって巡拝する「千日回峰行」が知られる。宮本師は「千日回峰行が『動』の行なのに対し、『静』の行と言われている」と説明した。

儀式を終え、大乗戒壇院を出る渡部光臣師(左)。これまで侍真僧を務めた宮本祖豊師が後に続いた


以上朝日新聞記事より

宮本師そろそろ終わりだよな〜って思いつついましたらこの記事。
TVで宮本師の姿&お声を聞いた事がありますが、顔も絵に書いた仏さま(凛っとしたVer)のようで、お経を唱える声なんでビ〜〜〜っと心に来ました。
好相行っという行も決まった終わりが無いものですから、厳しいですしね。
ぜひ比叡山に行かれる機会がある方は浄土院に寄られて、その奥にこの方が居ると手を合わせて下さい。

私の行知識の先輩より、この浄土院は陽が山の谷間であまり当たらない場所だそうで、そちらで体調を壊す方もおられる様です。
渡部氏が満行する時には私も50歳前。
何を私は残せるだろうかな???