戦闘妖精・雪風<改>

戦闘妖精・雪風(改) (ハヤカワ文庫JA)

戦闘妖精・雪風(改) (ハヤカワ文庫JA)


人間は機械ではない。機械は人間にはなれない。
人間と機械の関係を描いたこの物語は、どこまでも冷徹に執拗にその相違を追求します。「なにかの手違いで人間になってしまった機械」深井零と、刻一刻と複雑に変化する戦闘状況を分析・収集する空を飛ぶスパコンのごとくの戦闘機・雪風。一人と一機の関係は人間、ひいては人類と機械、そして敵対する正体不明の侵略者・ジャムとの関係と絡みながらスリリングな思弁へと展開します。
人間がどんなに望んでも機械のように理性だけの存在になることはできません。いくら零が感情の起伏が乏しく、雪風とわずかな人間関係の中に閉じこもっていても、冷静を通り越して冷徹な振る舞いだとしても、彼は血も流すし時として涙も流す人間なんですよね。それになにより、雪風に恋をしている、執着という感情はとても人間らしいものです。それに比べて雪風は完全に機械です。初期の学習に人の手を借りたとしても、その本質が変化するわけではありません。機械はモノで、モノにはモノの在り方というものがあります。
この機械と人間の関係は機械が進化した結果、人類がその主役の座を奪われる、という悲劇に到達します。この機械が人類を知的に凌駕するという構成は、長谷敏司さんの「BEATLESS」と似ていると思います。こちらの作品は進化した人工知能が人類と共存する(完全にする、というわけではなくいろいろな余地は残っているけど)という結末です。どちらにしても人工物が人間の手に負えない、自然現象並みの存在になってしまうんですよね。(雪も風も自然現象だし)この二つの作品を対比すると「雪風」は人類をエラーとみなしましたが、「BEATLESS」では人類を十分に計算可能な要素とみなしたのではないでしょうか。どちらも物語の主役の座を奪われた人類のやるせなさ、途方に暮れてしまうような、茫洋としてつかみ所のない行く末が描かれていると思います。というか、「BEATLESS」はこの「雪風」への回答とも読めそうだなあ。
それにしても、この物語の圧倒的なモノの在り方の追求は本当にスリリングで格好良かったです。これこれ、こういうのが読みたかったのよ。この物語の中で、ジャムという敵対する機械と雪風のような人間が造った機械、この似たような機械たちが互いに戦いあっている、と考察する場面があります。これを人間で言えば、人間によく似た異星人と戦わなければならない、ということになります。しかし機械たちは疑問を持つこともなく戦います。それを「悲劇だ」と感じているのは人間だけなんですよね。それが哀しかった。その対立が、ではなくそう感じるのが人間だけだということが。人間のこの感情は他の種と共有することはできないんですよね。
この物語は、機械の自律(あえて「自立」でもいいけど)を描いていますが、それがすでに最初のエピソードで象徴的に描かれているのが印象的でした。戦闘中に負傷した深井中尉は、操縦困難に陥り雪風に自動操縦を任せます。血まみれの手を放して、雪風に命を預けた。生物を殺傷する機械を作り上げた人類の血まみれの手が、その機械に自由を与えた瞬間だと思います。すごく印象に残るシーンでしたね。



なによりすごいのはスーパーシルフ・雪風の描写です。機械が駆動する様や、空中での機動を淡々と述べているだけなのにこれが熱い。余計な修飾が削ぎ落とされて、言葉がそのまま想像のトリガーを引くような、そういう文体がとても格好良かったです。というか、私はあんまり戦闘機をよく知らなくて(ゲームなんかよくやってるくせにね)最初の方はだいたい想像ができたんですが、最後の方は雪風さんの進化がすごくて「は?バック?あ?どうなった?へ?」っていう感じで読んでました。それでパイロットが気絶しちゃったりすると「あ、なんかよくわかんないけどすごいことになってる」と思いながら読みました。すごいよ、雪風さん。自律しすぎ。
一方人間側から見ると本当に切ないラブストーリーで胸が痛いです。片思いだねえ。いやーでも一途に惚れ込むのは感心するけど、機械だからといってもう少し相手の事も考えてみたらどうだろうか深井中尉。過去に何かあったんだろうけど、それに人のこと言える立場じゃないけど、自分のことしか考えてないんじゃないかなあこの人、と思いました。



エピソードで一番印象深かったのは、「5 フェアリイ・冬」。零と雪風があまり登場せず、地上の雪かき部隊の男が勲章を授与されるというもの。人情話になるかと思いきや、軽くホラーテイストに落ちた展開でした。そういうあたたかい話にはならないのね…。ちょうどこのエピソードを読んだ頃、年末年始の帰省で飛行機を利用していたのですが、大雪のため飛行場の除雪が追いつかずに別の空港に目的地が変更してしまいました。そうそう、このエピソードの中にも記述があるけど、3センチ(一インチ)ほどでも飛行機は着陸できないんですよね。ローカル線の小型機なので(なんでもSAABらしいです。SAABって自動車の会社じゃなかったかな)雪風よりは大きいと思うけど(いやどうなんだろう…分からない)、そういうリアリティが身近に感じられて楽しかったですね。それに吹雪や降雪、凍結の描写がすごくリアルで、中途半端に暖気があると融けた水分が凍り付いてしまうとか、空気中の雪の質量の感覚とか、寒さのために常に身体を動かす動作とか、今まさにこの北の地で起こっている自然現象が詳細に記述されていて感心しました。いやーほんとそのとおりなんだよ。



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