百珈苑BLOG

2017-10-25

[]『珈琲世界史増刷決定&正誤 19:11

珈琲の世界史 (講談社現代新書)

珈琲の世界史 (講談社現代新書)

珈琲世界史』発売から一週間が経ち、早くも増刷が決定したとの連絡がありました。これも買っていただいた皆様のおかげです。


それに伴い、修正箇所が見つかっています m(_ _)m

  • p.63 3行目、8行目
    • 娘 → 妹
  • p.79 9行目
    • 「粛正」 → 「粛清
  • p.187 8行目
    • 失われる成分だけ重量が → 失われる物質分の重量が

引き続き、修正等についてはこのブログでも報告する予定です。

2017-10-16

[]『珈琲世界史』紹介(5) 19:34

珈琲の世界史 (講談社現代新書)

珈琲の世界史 (講談社現代新書)

今回の『珈琲世界史』には、ある意味で『コーヒーの科学』のリベンジ、とでもいうか、前著で削らざるをえなかった*1「歴史」の部分を世に出したい、という著者の意図も籠っています。

そのときの紹介記事でも触れたように、じつは前著の草稿段階で「歴史」の章に、8万字以上を費やしていました。概ね、新書一冊分に相当します。

正直、その書き溜めがあるから、前よりも軽く書けるかな……という計算もあったのですが、書き終わってみるとほとんど草稿とは別物になったというのは、きっとよくある話だと……。ただ、一冊まるまる歴史の本にするということで、却って、政治・経済との絡みや、近年の動向などについて、思い切って書き直せたのも事実です。


また「歴史」を書くのに伴って、もう一つ、前著では軽くコラムとして触れるに留めた話題に踏み込むことになりました。それは「情報のおいしさ」という概念です。

前著4章で触れたように、コーヒーは生理的に捉えると「苦くて酸っぱくて焦げ臭い」という、こんなものの一体どこに「おいしさ」があるのか判らない、不思議な飲み物です。そんな飲み物がヒトに受容され、さらには「おいしさ」を感じるためには、生理的感覚とは別の「意味情報から生まれるおいしさ」の存在が不可欠だと考えられます。例えば、イギリスフランスコーヒーハウスやカフェが流行った17-18世紀には、「これこそ近代市民の飲み物である」という、社会的にコーヒーを受け入れる風潮がその一つだったわけです。コーヒーの歴史を辿ることは「人類が、いかにしてコーヒーをおいしく感じるようになったか」を解き明かすことにもつながるのです。


また「コーヒーの歴史物語」そのものを知ること、それ自体もまた「情報のおいしさ」を生み出し得ます。例えば、ナポレオンベートーヴェンバルザックなど、過去の著名人たちが、どんなコーヒーを飲んだのか想像しながら飲むだけでも、その「味わい」はきっと変わってくるのですから*2

*1:文章量を考えずに書きまくったから、という本当の原因は置いておいて。

*2:……もちろん、おいしくなるばかりでなく、まずく感じるようになる可能性もあるわけですが

2017-10-14

[]『珈琲世界史』紹介(4) 00:44

珈琲の世界史 (講談社現代新書)

珈琲の世界史 (講談社現代新書)

出版社から見本が届きました。実際に手に取れる形になると、本が出るという実感が湧いてきます。

帯の英文の"world history"。直訳すると「世界史」ですが、英語での「world history」は、しばしば「global history」「transnational history」などとの同義語として用いられます。つまり、単に「日本史」との対比で、「日本以外の世界各国の歴史」を辿るというだけではなく、国と国との関係性など……つまり、歴史という時間の流れを「縦糸」に、その時代時代に各国で起きた出来事を「横糸」にして、関連性をつないで理解しようという考えです。


特にコーヒーの場合、歴史的に「消費国」と「生産国」が割とはっきり分かれており、双方の歴史を対比させることで見えてくることが多々あります。

例えば「日本の喫茶店の原点」と言われるカフェーパウリスタ1911年に「ブラジル移民の父」と言われる水野龍が『その働きへの報償として』サンパウロ州政府からコーヒー豆の無償提供契約を取付けたことがきっかけで開業した……と日本では語られます。しかし、これをブラジル側から見た場合、別のストーリーが存在します。

じつはこの頃、生産国の無秩序な増産によって、世界のコーヒー生産は供給過多になっており、何度も価格崩壊の危機に直面していました。当時の最大生産国ブラジルでは、ヴァロリゼーションという価格維持政策をはじめていた時代です。また(このときは何とかなったものの)ブラジルでは世界恐慌の頃には生豆を大量に焼却処分する羽目になっており*1、こうした過剰生産のときには、余剰の生豆をどうするか、その処分先にも頭を悩ませていた時期だったのです。

ブラジル側としては焼却処分するくらいなら、なんとか有効な使途を狙いたいところ。そこで、たとえ無償提供でも、まだコーヒー消費が少ない国にばらまくことで、新たな市場を開拓したいと考えたわけです。このブラジル側の思惑が、ブラジル移民生活向上を考えていた水野の理念とも合致して、無償提供が行われた……そういう背景があるのです。


こうした歴史の捉え方は、近年の歴史学で「流行り」の手法の一つで、日本でも「グローバルヒストリー」と呼ばれます。また、国と国だけでなく、その時代ごとに起きた政治や経済、文化などの動きとの関係性にも注目して、多角的な視点から歴史の動きを捉え直そうという取組みでもあります。

本書ではこうした「グローバルヒストリー」の手法を取り入れながら、コーヒーの辿った歴史の流れを解説しています。特に、各時代や地域で「なぜ、そういうコーヒーの動きが生まれたのか」という、その理由を解き明かすことに注力しました*2。例えば、トルコイギリスフランスで、カフェハネ/コーヒーハウス/カフェが流行した背景には何があったのか、18-19世紀に多くの国々がコーヒー生産に乗り出したのは何故だったのか……こうした「なぜ」に答える本になればと思っています。

*1:この処分の背景には、このときのコーヒー価格暴落が引き金になって、それまでのサンパウロ州政府の寡頭支配体制が崩れ、ヴァルガスらが革命政権を起こしていたから、というのもあるわけですが。

*2:今思えば、初稿の段階では説明不足のところが結構あったのですが、編集氏の指摘のおかげでかなり多くの部分を説明できたと思ってます。

2017-10-10

[]『珈琲世界史』紹介(3) 20:23

珈琲の世界史 (講談社現代新書)

珈琲の世界史 (講談社現代新書)

#前回につづいて目次の内容から。


コーヒーが廻り世界史が廻る』や『コーヒーハウス』など、コーヒーの歴史に関する優れた本にはいくつもあります。ネットで検索してみると、今回の『珈琲世界史』ではそれらとどう差別化しているのだろう、と疑問を感じた方もいるようです。

いちばんの違いは「通史本」としてのスタンスです。読み物としての面白さから、歴史上の人物や事件などにスポットライトを当てたところもありますが、全体としては、コーヒーが辿った歴史の流れを俯瞰する、という切り口にしています。

全体として見ると、比較的多くの文字数を費やしたのは、コーヒーという飲み物が生まれるまで(1,2章)と近現代(8章以降)……既存の本と比べて奇妙なバランスに感じる人もいるかもしれません。ただ、これはこれまで他の本があまり書かなかった時代についても、わりとまんべんなく触れたため。よく取り上げられるところはあっさりと流し、そうでない部分を細かく解説しているためです*1


ただ、コーヒーが生まれるまでの流れについては、そもそも信頼できる史料に乏しく、推論や仮説を交えながらになっています。この部分は、このブログで続けてきた、シリーズ『コーヒーはじまりの物語』で考察してきた内容が元ネタです。ブログの方ではかなりあちこち、議論が飛び火しながら進めていますが、そこから導き出された「蓋然性が高そうな仮説」を示したかたちになっています。


またコーヒー近現代史、日本のコーヒー史についても、俯瞰的な視点から解説を行っていることも特徴です。コーヒーに限ったことではないですが、こうした歴史を考えるにあたっては「当事者が語る内容」には注意が必要……特に、コーヒーの場合はかなり「店にとっての利害」が絡んでくるため、当事者ごとの「史観」が存在する*2と考えられるからです。本書では、複数の歴史的観点を寄り合わせ、特に「なぜ、そんな動きが生まれたのか」という、背景事情などについても解説しながら、「コーヒー史のつながりが理解できるように」書くことを心掛けたつもりです。

*1:それに、他の人がきっちり解説している内容については、わざわざ私が書くべきことも少ないわけで。

*2:例えば、日本の喫茶店史には「パウリスタ史観」があり、アメリカの現代コーヒー史には「スペシャルティコーヒー史観」がある、という具合。

2017-10-08

[]『珈琲世界史』紹介(2) 15:34

珈琲の世界史 (講談社現代新書)

珈琲の世界史 (講談社現代新書)

電子書籍の予約も各所で始まりました。


目次から内容の紹介を


コーヒーの歴史についての内容は、いわゆる「コーヒー本」では大抵最初の方で触れられてはいますが、どれも決まってヤギ飼いの少年の話から始まり、ヨーロッパへの伝播や栽培の広がりの部分のことに終止しているものがほとんどです。また、コーヒーの歴史を専門に論じた本も、特定の時代や地域だけを取り上げたものが多く*1、「すべての時代を俯瞰できる」通史本が少ないのが現状です*2

目次で1章以降で括弧書きにしてるのは、それぞれで解説した「時代区分」です。本書は、コーヒー地球上に出現してから現在にいたるまでを扱う「通史本」の位置づけ……各時代地域についての詳しい内容は、優れた既刊書に譲り、本書では「広く浅く」というスタンスを採っています。

*1:それが、歴史学者の書く本としては正しいスタンスだとは思いますが。

*2:例えば、マーク・ペンダーグラスト『コーヒーの歴史』も近現代アメリカコーヒーに関する優れた資料ですが、それ以外の時代や地域の内容が少なく、邦題に釣り合っているかと言われると疑問……原題のUncommon Groundには、そんな含意はないのですが