百珈苑BLOG

2012-07-27

ゲイシャの導入 12:42

この頃のパナマに導入された品種で、忘れてならないのが「ゲイシャ Geisha/Gesha」である。これは1963年に、ドンパチ農園のフランシスコ・セラシン氏(=ドンパチ・シニア*1が、コスタリカからパナマに持ち込んで栽培を始めたものだ。この当時までに、ゲイシャが一部のさび病に対して耐性を持つことが研究の結果で明らかになっており、ドンパチ・シニアは、耐さび病品種として持ち込んだ。ただしこの頃パナマにおいて、コーヒーさび病が発生していたという公式な記録は存在しない。中南米の中で最初にブラジルでのさび病が発生したのが1970年で、以後南米で広がり、中米ではニカラグアで1976年に発生してから徐々に広がっていったものの、パナマでは少なくとも1984年*2まで…それどころか今日にいたるまで、大規模な発生は見られていないのが実情である。このためおそらくは、さび病発生に対抗する逼迫した必要性からというよりも、新品種の可能性に賭けるチャレンジ精神や興味、あるいは第六勘めいた「先見の明」から、その栽培が開始されたと考える方が妥当であろう。


その後1970年ブラジルさび病が発生し、その後の数年で中南米に拡大すると、パナマも当然警戒を強めることになった。このためパナマ農業開発省 (MIDA) は1975年から1980年の間、コーヒー生産者ゲイシャの苗木の無料配布を行った。こうしてパナマでは多くの農園にゲイシャが広まった。ただし幸いにも、その後もさび病の大規模な発生はおきなかったため*3、やがては結局、収穫性の高いカトゥーラやカトゥアイへの植え替えが優勢となり、古いティピカとともにゲイシャもまた、ほとんどの農園から姿を消していった。さらに、ブラジルコロンビアなどでカティモール系のハイブリッド耐病品種*4が主流になっていった後も、さび病流行がほとんどなかったパナマでは、カトゥーラ、カトゥアイが主要品種の地位を占めるようになった。


二つのゲイシャ?(あるいはもっとたくさん?)

以前取り上げたMichaele Weissmanの"God In a Cup"という本には、パナマに「二つのゲイシャ」があったかもしれないという、Weissmanの仮説が書かれている。同じ「パナマゲイシャ」と呼ばれるものの中にも優れた品質のものと凡庸なものがあること、そして「樹の形が若干異なるものがあった」という現地のコーヒー生産者からの聞き取りから立てられたものだ。そうなった可能性としては、ゲイシャが最初に植えられた後でパナマの別の品種と交雑したということも考えているようだが、残念ながら今のところ科学的な根拠には乏しい。


だが1967年のIICAの資料*5によれば、この当時にコスタリカトゥリアルバの試験場に植えられていた「ゲイシャ」には、少なくとも数種類のライン(株、系統株)が存在していたことが判っている。一般的に「パナマゲイシャ」と呼ばれているものは、トゥリアルバで「T.2722」と名付けられていたラインだと言われている。これはエチオピアからケニア(1931-32)、その後、タンザニア(1936)を経て、1953年コスタリカに持ち込まれたもので、トゥリアルバのゲイシャの中ではもっとも古いラインである。その後、1954年にはコンゴ経由*6の「T.2917」、1955年には再びタンザニア経由の「T.3214」、1962年にはマラウィ経由の「T.4305」、その他プエルトリコで選抜や交配されたラインなど、数多くの「ゲイシャ」がトゥリアルバで栽培されていたことが記載されている。


実際にパナマに持ち込まれたゲイシャは果たして、どのラインだったのだろうか…1975年以降にMIDAが無償配布したものについては、現在MIDA自身が「T.2722」と記載している。ここがパナマの公的機関であることからも、その信頼性は高いだろう。ただし、それ以前にドンパチ・シニアが持ち込んだものが何であったかについては、残念ながらよく判らない。一説には、彼が持ち込んだゲイシャが「パナマ全体に広まった」と言われており、「パナマゲイシャの父」と呼ばれていることから、MIDAが広めたものも彼が持ち込んだものの子孫で、同じT.2722である可能性もそれなりに高いとは思われる*7。しかし当時のパナマに、コラムナリスなどの変わり種の品種も植えられていたという記録から考えて、他にも何人かが、別のラインのゲイシャを持ち込んだ可能性も否定はできないだろう。現在パナマで栽培されているさまざまな農園のゲイシャと、コスタリカや他国のものを比較した遺伝子解析が可能になれば、いずれ明らかになっていくかもしれない。

*1:アントニオ・セラシーニの孫にあたる

*2:この1984年に中米諸国とIICAが、中米諸国でのさび病対策会議を始めている。

*3農業試験所でさび病が見つかったことや、さび病菌が潜伏感染した苗木が見つかったことはあるが、流行にはいたらなかったようである。

*4パナマにおいても、1996年にMIDAがティモールハイブリッド系の耐病品種「MIDA96」を開発しているが、これも結局必要がなかったらしく、ほとんど実用化はされていない。

*5:Sylvain and Cordoba (1967) "Lista de Las Introducciones de Cafe Del Departamento de Fitotecnia Y Suelos"

*6:当時のIICAの資料では、どこからトゥリアルバに持ち込まれたかという直前の国は判っても、残念ながらそれ以前の経路についての詳細は不明である。しかし、ケニアの時点でゲイシャ-1,-9,-10,-11,-12と呼ばれた複数のラインが存在しており、これらが他の国に渡り、またその国で多少の変異が生じたものが持ち込まれた可能性が考えられる。なお、これまでにT.2722と、マラウィ経由のT.4305について遺伝子解析が行われており、その結果、前者はエチオピア野生種に近く、後者はむしろイエメン栽培種に近いことが報告されている。ただし解析手法が異なる別のグループによる実験結果であるため、詳細は今後の解析を待つ必要があるだろう。

*7:実際、2006年にMIDAのAlexis Miranda Araúzが記した文書では、ともにT.2722として記載されている。

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