『コーヒーの科学』紹介(3)

#3章の説明

「コーヒーの科学」という本で、歴史の章をもうけることを不思議に思う方もいるかもしれません。しかし、例えば微生物学の教科書では、最初のあたりにレーウェンフックやパスツール、コッホなどによって微生物が発見され、病気との関わりが解明されていった経緯が書かれています。他の分野でも同様でしょう。細かな年号を覚える必要はありませんが、時系列に沿った「歴史の流れ」を知ることが、そのものについて系統だった理解をする上では役立つのです。


例えば、現在各国で栽培されているコーヒーがいつ、どこから伝わったものかを知ることで、品種の系図を理解することが可能です。このブログでも さび病パンデミックについてをはじめ、ずっとそうした試みを続けてきましたが、この歴史の章ではそれを大筋としてまとめました。この他、飲用のはじまりや、焙煎・抽出技術の変遷、代用コーヒーやカフェインレスなどの特殊加工技術の歴史についても触れています。


また、ある昔の文献で触れられている「おいしいコーヒー」に関心を持って、それが一体どんな香味だったのかなど、その謎を解き明かそうと思ったとき、それが書かれた時代や地域などの背景知識が役立ちます。

例えば19世紀前半のフランスで、大のコーヒー通として知られていたバルザックは、ハイチとモカとレユニオン(ブルボン)島の豆をブレンドしていたとも言われていますが、このうちモカは伝統ある最古の産地、ハイチとレユニオン島はそれぞれ18世紀のブルボン朝時代にコーヒーで成功したフランス植民地……王党派だったと言われるバルザックらしいな、とか、品種的には(現代のものとは違う可能性はあるけれど)イエメン栽培種とティピカ、ブルボンのブレンド。しかも当時はまだ水洗式精製は開発されてないので全部乾式だな、とか、彼が高く評価していた抽出法がドリップ式なのはこれが19世紀初頭にフランスで考案され、広まっていたからだな、とか、そうした情報と一緒に読み解くことが可能になるわけです。

どんなコーヒーが「おいしい」と言われるかは、そのコーヒーが飲まれている地域や時代によっても大きく変わります。一つの地域や時代だけの価値観に囚われず、いろいろなタイプの「おいしさ」を出来るだけ客観的に解き明かすためには、時代的な変遷を知っておくことが大きな助けになるのです。


ちなみに今回の本の中で、書きはじめと完成版とで、いちばん内容を大きく変更したのがこの3章です。今は全体で15万字くらいですが、草稿として書いたのはその倍以上。特に3章は随分削りながら書いたのですが、それでも8万字越えてました。歴史についていろんな情報と結びつけられるように書こうとすると、どうしてもそれくらいの文章になってしまったのです。さすがに多すぎると言うことで、今回は全部を載せることは諦めて直接的なつながりが大きい栽培や技術史を中心にすることになりました。載せられなかった歴史については、今後また別のかたちで世に出したいと考えています。