偶然の音楽 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2005-11-14

[]京都嵯峨野に吹く風は

京都嵯峨野の直指庵

旅のノートに恋の文字

どれも私によく似てる

嵯峨野 笹の葉さやさやと

嵯峨野 笹の葉さやさやと


雨の落柿舎たんぼ道

藪の茶店で書く手紙

きのう別れたあの人に

京都嵯峨野の笹が鳴る

京都嵯峨野の笹が鳴る


朝の祗王寺苔の道

心がわりをした人を

責める涙がぬらすのか

嵯峨野 笹の葉さやさやと

嵯峨野 笹の葉さやさやと


京都嵯峨野に吹く風は

愛の言葉を笹舟に

のせて心にしみとおる

嵯峨野 笹の葉さやさやと

嵯峨野 笹の葉さやさやと 

さやさやと


嵯峨野さやさや(作詞:伊藤アキラ 作曲:小林亜星)

ふと思い出しました。作詞は伊藤アキラなんですね。というか、あのCMって全国放送されていたのでしょうか。よく分かりません。CMソング集みたいなのが出ていたら買ってみようかな。

[]青春歌年鑑 50年代総集編

音楽が好きだということはもう疑いようもないのですが、時々ぼくは、自分が昔の人ほど音楽の素晴らしさを感じられていないような気がしてしかたがなくなったりします。音楽が進化しすぎて、娯楽の幅も広がりすぎて、人の好みも細分化されすぎてしまって、誰もが愛せるような歌ってもう出てこないのかな、とか。悲観的すぎるのでしょうけど。(←なんだか読み返すとこの部分が全然ロジカルでない…)

1950年代といえば今から50年ほど前のこと。戦争が終わり、復興から高度成長へとすすむ社会を反映したように夢と希望にあふれた歌の数々。そして、ポップス黎明期ならではの、若々しく、打算のない音楽。そして昭和の時代を愛する人間にとってはたまらない、昭和が目の前に立ち現れるような佇まい。日本のポップスの原点を探ってみるのにも最適な一枚といえるかもしれません。

笠置シヅ子の「東京ブギウギ」にはじまり、高峰秀子の「銀座カンカン娘」、美空ひばりの「東京キッド」に「お祭りマンボ」、フランク永井の「有楽町で逢いましょう」など、戦後を彩った名曲が収録されています。そういえば、渡辺はま子の「桑港のチャイナ街」は所ジョージか誰かのカバーがミスタードーナツCMで使われたことで、おそらく誰もが耳にしたことのある曲となりました。渡辺はま子さんといえば他にも「蘇州夜曲」など素敵な曲を歌われているのですが、時代が違ったのか、ここには収録されていません。

この「50年代総集編」を聴くと、ぼくは音楽の素晴らしさをあらためて感じることができます。この時代を生きてみたかった、というのは「大空を飛んでみたいから、生まれ変わったら鳥になりたい」というぐらい無責任な発言かもしれませんが、でもそれはやはり偽りのないぼくの気持ちです。

ちなみに、昭和のロック・ポップスについては、まぼろしチャンネルというサイトで、「ポップス少年黄金(狂)時代」と題された素晴らしいコラムが連載中です。本当に素敵なコラムです。

[]東野圭吾 『変身』

変身 (講談社文庫)

変身 (講談社文庫)

映画の公開にあわせて初めて読みました。音楽でもそうですが、ぼくは特定の作家やジャンルが好きになるとそれを一気に掘り下げるというタイプなので、結構読み聴きするものが偏っています。歴史に関する本を読んでも、ギリシアローマ時代のものばかりで中世やその他の時代・場所についてはひどく疎いとか。だから東野圭吾作品を読むのはこれが初めて。

東野圭吾は、彼の作品が好きな友人がいて、その友人の家に遊びに行くと東野圭吾の本が並んでいていつも薦められていたのですが、こういうのってなかなかとっかかりがないと読めないのですよね。

ということで某所で映画の酷評を読んだりして、ようやく興味を持てたので読んでみました。推理ものとして酷評する人も意外といるようですが、どちらかというと脳移植を扱ったラブストーリーとして面白く読めました。

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