2010-05-16 心からお詫び申し上げます

2010-02-22 言い方と人間関係を考える

by よん
こんにちは、年末年始病から立ち直ったよんです。
母国にしばらく帰っていたので、そのことについてちょっと書きたいと思います。
旧正月のあたりに韓国に帰った。正月に帰ったのは日本に来てから初めてのことだった。今回の帰国も3年ぶりくらいだけど。
正月を避けたいとずっと思っていたが、帰国を延期せねばならない事情が突然起きてしまい予期せぬ帰国になった。
テレビで放送されている正月の特番のコーナで「正月に親戚に聞きたくない言葉ベスト5」が面白かった。韓国も日本と同じく普通正月に家で親戚がみんな集まる。
その番組のなかで独身男女を対象とした調査では不景気の韓国を反映しているように、就職に関する言葉も浮かび上がった。
例えば
「就職はしないの?うちの隣の子は大企業に一発で就職できたらしいけど」
「……」
そのほか、結婚していない30代以上の女性は次のような言葉を聞きたがらない。
おばさんが30歳を過ぎても結婚していないめいへ
「休日なのにデートする相手もいないの?」
「……」
決していやみではない。その言葉には親戚という血縁関係に基づいた立場から心配という感情が表れている。自分の子息が出世すると自慢も惜しまない親たちもたくさん存在する。心配と干渉と自慢などの様々な感情がいじり混ざる。ただ聞くひとはきつい。すぐ流してしまう無神経のひともいれば、傷つくひともいる。だから正月を避けたいひともいる。うるさい!と叫びたい。
その他にも余計なこと、つまり大きなお世話をするひとが日本より韓国には多い。なお、ストレートに感情を表す言葉を言うひとも多い。
日本では自分の感情を表によく出さない人が多いと感じた。
私は日本に来て6年くらいだが、言葉を発するとき、控えるときが増えた。今までそういう言い方はひどいとか意外とか、相手や周りが違和感を覚えた経験があったからだと思う。傷つくのは私もいやだから、相手を傷つけないように気を遣わなきゃと思ったのは今までの人生のなかから学んだことかもしれない。
そう思っていても私はたまに自分が思ったままにすぐ言葉を発するときが少々あって、友達から注意をされたことがある。冗談混じりできつい言葉をいうときもあった。「この店まずくて二度と来ない!」とおごってくれた友達の前で言ってしまったり。ただそれは正直+冗談混じりの大袈裟を表した言葉で、気楽で親しい関係じゃないと言えない。友達にも生のままの感情(特にマイナスな要素が入ってる言葉)やこいつ、あいつを言い合える相手は気楽な関係で成立する。一種の甘えが表れているのである。でも確かにその隣に初対面のひとがいたら違和感を覚えるかもしれない。
心に傷を負いやすいひとはどこの国にも存在する。傷つけるような言葉を発するひとも同じだ。でも最近友達に注意されて思ったことは、何を控えて何を発すればいいのか、私の今までの発し方がひとに迷惑をかけたかもしれないということをもっと慎重に考えはじめた。親しい関係からこそきつい言葉も言い合える、しかし、甘えに基づいた行動は最初からは通じない。
それより、人との関係を築くことに時間がかかるのであるから、甘えられる関係になるまで自分をちょっと控えなければならないかもしれない。
早く仲良くなるひともいれば、時間が経ってようやく仲良くなるひともいる。それは日本だけではないと思うが、私は日本に来て仲良くなることに時間がかかると思った。それは私の接し方と性格に問題があるかもしれないが、私は日本で最近人間関係についていろいろ考えられたと思う。
最後に、韓国でミュージカルを観劇したときに思ったこと。ミュージカルは「ウェディング・シンガー」という演目でブロードウェイでも上演された作品で、その韓国版だった。俳優たちはとことところに観客を参加させ、最後には観客を全員立たせて騒がせた後、スタンディング・オベーションで幕が降りた。観客参加型とその騒がしさ、韓国的だと思った。このような特徴は韓国で行われるミュージカルだけの特徴であるそうだ。一瞬騒がしくて余計なことするなと思ったけど、楽しかった。
日本にいると、たまに余計なお世話されたくなるときがある。
みなさん、人間関係、うまく築いていますか?
2010-02-03 年末年始病

12月と1月はあっという間に過ぎてしまう、いや、そう感じるだけかもしれないが。
すべてのことがあたふたと、追い付くことができないほど、一日が一週間が一ヶ月が過ぎてしまう。
慌ただしくパノラマのように流れる記憶、飲まなきゃと気合いが入った飲み会の断片。
自分をせかすことによって何かに取りつかれたように過ごしたと気づくのは、今ごろ。
それは相当な無気力を伴っている。その無気力に結構長い間引きずられてしまう。
12月の最後、旅行に出かけていた。友達に進められて訪れた遊園地「富士急ハイランド」。
自らの判断でこのような遊園地に行ったのは、人生で初めてだと言ってもいい。
世の中の乗り物への恐怖により私は自転車も乗れない人間になった。
「絶叫マシン」なんか乗れるわけがない。
ただ、友達に連れられて訪ねた遊園地で恐怖に駆られた何年前の記憶がすごく昔のように思えた。
恐怖を克服する機会を作ってくれると、友達は言った。
「自分を克服しろと、そんな理由で恐怖の乗り物に乗る必要がある?」と思いつつ、
自分を任せてみようという、好奇心も生じていた。
・・・・・・結果は無惨だったが・・・・・・
「ふじやま」(ギネスブックに載っているゼットコースター)から降りた瞬間、私は二度とここには訪れまいと思った。
でも、、、その騒ぎは思い出になった。
山梨で二日間を過ごした。温泉に入り、河口湖のまわりを歩いた。
何時間も歩いたせいで、靴下がぼろぼろになった。
だらだら、だらだらと歩いたり、休んだり、喫茶に入ったり、旅行は無計画の極まりだった。
が、それで頭がすっきりしたような気持ちになれた、と思った。
どこに行き、どこの何を見物し、その地方の何を食べ、そこのどのホテルに泊まり、次のスケジュールは何で・・・・・・
そのような計画は何も立てず、二日目はただ歩き、また、歩いた。
その計画のなさにあっけないと思いながらも、気持ちがよかった。
しかし、旅行は旅行、すぐ終わってしまう。
1月の最初を友達の家で過ごして、ようやく自分の部屋に戻った。
その日から私の体は言うことを聞かなくなった。
テレビでは正月の特番をやっていて、新年になったことを祝っている。
しかし、何が祝うことなの?年末年始は死ぬまで繰りかえる年中行事みたいなものではないか?
この祝祭のような雰囲気が現実から逃れる機会?
また現実に戻らないとならないでしょ、という自分が顔を出しはじめた。
それから一週間も二週間もやる気もなにも起こらない。
人々は祝祭が好きだ、それは現実を忘れさせてくれるの?
現実に戻らないとならないときに、より時間がかかって、ぐずぐずと現実への復帰を延ばしてしまうようになることもあるでしょう。
正月の騒ぎが終わる頃、バレンタインのチョコの広告が出始め、また騒がしくなる。イベント好きのこの世の中(日本?)、旧正月は2月14日だからそれまで私はだらだらすることができるのではないか、でも自分を責める必要がある・・・・・・?
これいつ治るのかな・・・TT
faye2071
2010/05/16 11:51
「富士急ハイランド」のジェットコースターは、日本人の私にも怖かったです。傾斜もスピードも速いし、長いし高いし、第一ちょうど、乗った時機械の部品が壊れて、途中で止まったから。(ぞぉ〜。)2度と乗りたくないです・・・。
2010-01-09 不思議な函館、懐かしい札幌、grittyなベルリン

開けましておめでとうございます。しおです。今回はお正月ではなく、その前の旅行について話したいと思う。
今年のクリスマス休みは北海道で過ごした。JRの函館フリーきっぷを買って、電車で函館まで行って、その後は札幌にも行ってきた。函館を訪れるのが2回目、札幌も2回目。両方も初めてに行った時は夏だったが、今回は冬。
やっぱり、函館は冬の街だなーと、函館駅に着いたらすぐ思った。街が雪で覆われると函館の魅力が見えてくる。
金森倉庫の辺りは感動的でした。今年のクリスマスツリーはカナダのハリファックス市から輸入されたらしいけど、正直言うとカナダ人の私はあんな綺麗な木を見るのが初めてかもしれない。点灯は素晴らしかった。
(函館の夜景 - Photo by Flickr user mamacharikinoko)
(相馬株式会社 - Photo by Flickr user mamacharikinoko)
それに加えて、背景にあった函館の特有な建築が西洋人の私にとってかなり不思議に感じた。特に元町の辺りは、前時代の倉庫が並ぶ出身のモントリオールの港周辺と似ているところも多い。両都市も、雪の下の静かさと、歴史にあふれている建築、その特徴的な組み合わせが深い雰囲気を作る。
(モントリオールの港の辺り - Photo by Flickr user PnP!)
(函館の金森倉庫 - Photo by Flickr user mamacharikinoko)
とは言っても、函館の建築の原点は地球の反対側にある。土地は日本の一部にすぎない。金森倉庫から一歩離れると、その現実をよく感じる。少しずつ、西洋にいる幻想が崩れる。慣れてきた日本でもないが、懐かしい西洋の街でもない。
建物は上半が丸で百年前のアメリカにぴったりだが、下半は間違いなく日本の木造の家屋。進化のずれた道に進んだ妙に綺麗な動物みたい。
(進化のずれた道に進んだ妙に綺麗な動物みたい - Photo by Flickr user mamacharikinoko)
それが、西洋人の私にとって函館の不思議さ。
次に訪れた札幌は、歴史の面でも、地理の面でも、函館とだいぶ違う街。東京のゴチャゴチャの裏道、その狭くて迷いやすい路地、そのあちこちで残っている昔の跡、今まで慣れてきた日本の都会とは別の構造。逆に札幌は、北米の街と同じように、街路が四角い形、街全体の構造が格子状。車の街とも言える。特に冬だと、トロントやオッタワなど、カナダの街っぽい。
1857年には、札幌にはまだ7人しかいなかったらしい。現在の人口は200万人に近いが、そのほとんどは地方から引っ越してきた。札幌の人口は増えていくのに比べて、北海道全体の人口が減ってきたという。
こういう札幌は、建築的に綺麗だとは言えないだろうし、街の形から見ても別に面白いとは言えない。東京と比べて、道に迷うことはほとんどないし。車があれば便利な街だろうけど、私は運転もできないし、しかも車きらい。
(すすきの - Photo by Flickr user mamacharikinoko)
でも車が嫌いな私にとっても、札幌に憧れるところもあった。函館より、札幌のほうがずっと「都会」に見えるのもその一つ。ささきのの周りはとくにそう感じた。
英語では「gritty」という形容詞があるけど、どこまで探しても日本語には同じような意味の言葉は見つからない。直訳すると、(英辞郎によると)「砂利の入ったような」や「ザラザラする」など、「ほころだらけの」みたいな文が出てくるけど、私が伝えたい気持ちとだいぶ違う。
私に取って典型的な「gritty」な街はドイツのベルリン、特にその東の方。ひびの入った壁、前時代共産主義の東ドイツの建物も並んでて、戦争の跡もあちこちに残ってる状態。綺麗な街ではないのだが、かなり感動的。道で散歩するだけで、その歴史的な重さを感じるわけ。そして、その重い雰囲気のおかげで、自分の存在の小ささも実感する。
その反面、ベルリンはアート系な街、音楽の街、クリエイティビティの街とも言える。「TACHELES」というギャラリー・カフェは東ベルリンのその典型的な例。10年前に初めてベルリンに行ったときに、どこかのそのようなカフェに入って、そこで、その歴史の重さに囲まれている環境で、コーヒーを飲みながら雑誌を読んだ、という懐かしい思いでがある。
(TACHELES - Photo by Flickr user inky)
grittyな都市環境の中で、クリエイティビティが生まれる。ベルリンのエレクトロニック系音楽はそういう環境の成果の一つ。
でも「gritty」という言葉を日本人に説明するために訳そうとすると、どうしても「汚い」という別の意味になってしまう。お寺や神社以外、日本人は古い建物を壊して、新しくて「綺麗」な建物を作るのが好きなわけで、ベルリンにあるような中途半端な、歴史的で前から残っている建物は少ない。「汚い」イコール「よくない」という考え方がその背景にあるかも。確かに、日本の一番「gritty」なところは社会に捨てられたところ。軍艦島などみたいな廃墟。
(日本の「gritty」 - Photo by Flickr user snotch)
正直言うと、私はだいぶ前からそのようなところの雰囲気を憧れている。東京はかなり面白い街のだが、「gritty」なところは少ない。しかも、下北沢みたいなそういうgrittyなところを都市が壊そうとしている。
でも函館も、札幌も、規模が違うけど両方もそれぞれなりの「gritty」なところもあった。札幌の場合は、歴史がかなり短いからこそ、他の日本の街とは違ってまだ定着していない状態。でも不思議なことに、外から見ると大した建物ではないのに、7階まで登ってみると素敵なカフェもある。同じ四角い形のカナダの街にはありえない発見のだが、これはやはりカナダではない。初めてベルリンに行ったときのカフェ冒険を思い出した。
さくら
私も古い町並みが好きなので、日本人の、古い建物を壊して新しいビルを建てるという感覚が、あまり好きではありませんでした。
しかし最近気が付いたのですが、日本とヨーロッパなどの建築材料の違いが、大きく関係してる気がするのです。(日本は材木・ヨーロッパは石。耐久年数が違う。) これは私の想像ですが、これから、今あるビルを、全部木造建築に立て直そうとすとすると、日本の面積・人口なども考えても、森などはすぐに木がなくなってしまう気がします。
観光客は、古い歴史のある街が良い。しかしそこに住んでいる人達は、便利な方が住みやすい・・・う〜ん、色々な問題が詰まっていると思います。でも、最近立て直されている都市などは、どれも同じで、つまらないのは事実ですけどね。
colourofthesun
さくらさん
コメントありがとうございます。日本の伝統的な家の作り方という視点から見ると、やはり西洋の建物との違いがよく分かると私も思います。でも、私は別に木造建築にこだわっていません。例えばコンクリートで作られた建物でも、早く壊す傾向がよく見えると思います。同潤会アパートはその一つの例です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8C%E6%BD%A4%E4%BC%9A%E3%82%A2%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%88
http://www.theforeigner-japan.com/photoessays/2004/200405/
こういう写真を見ると、かなり悲しいとしか思えないです。
http://www.tokyoshoes.com/blog/archives/000085.html
なので、これは「木造だから」というわけにならないと思います。逆に、「古い、だから汚い」ということがもともと原因だと思います。日本の好きなところはたくさんあるのですが、こういう考え方は本当に許せないです。たぶんその考え方は、さくらさんが書いたように、木造建築の歴史と関係するかもしれないですが、別の材料にしても、同じパターンが表れます。(軍艦島は例外ですが、それは無人島だからあまり壊す必要がないわけけだと言えますね。)
Ginkgraph
こんにちは、函館は以前私も行きました。小さくてエキゾチックな美しさがある、日本人の目から見ても不思議な街だと思います。
「gritty」という感覚、私も適切な言葉が思いつきませんがよくわかります。同潤会アパートは大好きな建物でした。壊されたときはとても残念でした。最近は「廃墟マニア」のような人たちも増えてきて、古い建物をもっと保存しようという動きも広がってきているようです。ちなみに「gritty」を日本語で表現しようとするときには、私は「趣き深い」「歴史的なたたずまい」「風情がある」みたいな言い方をします。これも完璧ではないですけれどね。














