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日々の色々・The colour of the sun

2009-05-24 「はてな」という、知的コンプレックスがある人たちのコミュニティ このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

hihi01hihi01 2009/05/25 10:46 しおさん、

>あまり有名じゃない人が、今まであまり分析されなかったことや、今まで気が付かれなかったことについて、深く考えて、細かく分析して、自分なりに優れた文章を書くところ、そこが「はてな」だ

名言です。強く同意いたします。さきほど、山本七平の話をコメントさせていただきました。山本七平がアカデミックな方々からは全く無視されたそうです。この話に代表されるように、社会における公式な見解と市井の人があたりまえにして生きていることとの間に隔たりがかなりあります(いまさら言うほどのことでもないですが...)。隔たりがあると認識されていても、「民主主義の完全実施」など前者こそが目指すべき「グローバルな価値」であり、後者は後進的、保守的、反動的なので、前者に向けて進化すべきだという明文化されない社会的な合意があったのように感じます。

で、なにがいいたいかというとしおさんがおっしゃってくださったように、ごく普通の人たちが見ようと思えば施政者たちにも明確に見える形で「今まで気が付かれなかったこと」を書くことができる場をはてなでは提供されているのではにないかと。

実際、はてなで書いていなければしおさんの素晴らしい洞察に私のようなものがふれることはなかったわけです。

そして、知的コンプレックスですが、アカデミックの方向に進まなかった/進めなかったという意味では、なんらかの劣等感ないし不満足を私自身はもっています。しかし、アカデミックな方向に失望し、いまの市井の片隅に生きる生き方を自分で選んだとも思っています。生き方を選んで上で、はてなのような場で自分の書きたいこと、考えたいことを表明できることに私は深い満足を感じています。

前述のような公的な理想と私的な知恵との間にひきさかれてしまって、日本のアカデミックな力が発揮できていないということは、おぼろげながら自分のキャリアを選択するときに感じました。それは、20年たって明確に感じるところです。

あ、もっとも、こういうことを書くこと自体が「知的コンプレックス」なのだといわれそうなのでこの辺にしときます。今後ともよろしくお願いいたします。

OWATAOWATA 2009/05/25 13:12 知的コンプレックスは重要だと思いますがね。
知的コンプレックスがない人間が、はてなユーザーのように知的な思索を文章化するような行動を日常的に取るでしょうか。
日本云々に関しては全く同意ですが。
実際にはどんなコミュニティでも日本を表しているのかも知れませんし。

HiFaHiFa 2009/05/25 19:43 コメント投降したけど前の物は消しました。
以前の記事を読まずに書いてました。
読んで「なんだ十分お分かりなんだ」と。申し訳ない。

「はてな」に他のブログにない物を見て選んだのであれば、「はてな」の特殊性は重々承知しておられるんですよね。
「セオリーを発想すること」が日本独特と言われると「へー」と言う感覚ですが、かなりの部分、海外に影響されていると思いますよ。
明確な根拠はないのですが、アルファブロガーの多くは海外にも通じているし、参考が海外であることも多い。
そして「セオリーを発想すること」は、「はてな」に代表されるようなある特定の層を除いて日常ではほぼ無いに等しい。
ただし、評論好きは多いんですけどねw

ただ、「はてなはコンプレックスがある人たちのコミュニティです。」とか、OWATAさんの「知的コンプレックスは重要だと思いますがね。」には共感しますね。
私見ではありますが、「無思慮であることは恥」「無知であることは恥」とする思想がありますね。
だから「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」ということわざがあっても行動出来ない。「聞く事がなんだか恥ずかしい事」なんですよね。

はてなが日本を表しているとするなら、何に因むか見際めないと見誤るかも知れませんよ。
その特殊性においても動機としても。もちろん私自身見誤ってる可能性も大きいですがねw

石川石川 2009/05/28 07:51 知的コンプレックスというより、この記事の前に書かれている「仮面の力」の方がより言葉としての力があると思います。はてなは、知的仮面のコミュニティーかもしれませんね。仮面をとれば、知的でもなんでもないということでしょうか。それと、日本のネットは、仮面の楽園なのでしょうね。わざわざ、ディズニーランドにいかなくても、ネットにつなげれば、毎日、安くです。(はてなでは、仮面ライダーという有名なブロガーもいらっしゃることですし。)ということで、仮面の人に訴えかけても、本当の生身のはてなユーザーから言葉はもらえないでしょうね。まぁ、仮面の告白 (新潮文庫): 三島 由紀夫があるくらいだから、これも重要な日本文化であって、よく日本を表しているかもしれませんけど。それと、仮面をはがそうとするような発言は、はてなブックマークで人気エントリーになりやすいです。

OWATAOWATA 2009/05/28 13:55 仮面、ねぇ。
ユーザ個人に固有の“知的”仮面があるのなら、それは十分に知的だと思いますが。
ネット人格?それははてなに限られた話ではありません。
むしろ海外のコミュニティでも非常に一般的に観察できます。
仮面がどうあれ、発声しているのは演者です。

むしろ、コミュとして知的需要を満たしていると言うべきでしょうね。
現代、日常的にイデオロギーが語られることはありませんが、そうした思想の神話が滅びてしまったわけでもありませんし。

colourofthesuncolourofthesun 2009/05/30 16:21 hihi01さん

(しおです。)

コメントありがとうございます!

山本七平さんがアカデミックな人から無視されたということは、初めて聞きました。「空気の研究」という本は前のコメントにも書きましたが、読んでいないですが、とにかくテーマとして大切のではないですか、と思います。

「しかし、アカデミックな方向に失望し、いまの市井の片隅に生きる生き方を自分で選んだとも思っています。生き方を選んで上で、はてなのような場で自分の書きたいこと、考えたいことを表明できることに私は深い満足を感じています。」

これはすごいですね。本当に、こういう文章を読むと感動します。

実は私は日本の大学で勉強したことがあります。(今はこのブログでも書いたように仕事していますけど。)そこで、まぁ別のエントリーで書いた方がいいと思いますがが、とにかくある意味で結構辛い経験になりました。「辛い」というのは知的に「難しい」という意味ではなく、hihi01さんが書いたようにその「開き」があることと何回もぶつかって、もうイヤな感じで、「普通の人についてなんにも知らないのにそういう偉い結論を出すなんて、どういう意味?」というような質問をずと前から直接聞きたかったんですね。

で、その大学にいた間には、「はてな」というブログサービスを見つけました。そこで、正直いうとね、すくなくとも僕の会ったことある日本の偉いアカデミックな人より、はてなのブロガーの方がずっと内容が面白いし、日本についても詳しいと思います。

でもまぁ、本当にいい先生とかももちろんいますし、面白い研究もあると思いますが、システムとしては悪い方法に向かっている気がします、日本のアカデミックな世界は。海外でもそういう感じだけど。)

そこで「日本」について知りたい人は、偉い先生のアカデミックな論文を読むより、はてなのブロガーの書いた文章を読んだほうがずっと効果的だと僕は思います。

colourofthesuncolourofthesun 2009/05/30 16:30 OWATAさん

コメントありがとうございます。

「実際にはどんなコミュニティでも日本を表しているのかも知れませんし。 」

そうですね、これも書きたかったんですが、結局は書きませんでした。それはもちろんそうです。「表している」か「表していない」というのは、まぁ程度の話かもしれませんが、そういう意味でも「はてな」は日本の(特に海外で)あまり報道されていないところをよく表す、と僕は思いますね。

colourofthesuncolourofthesun 2009/05/30 16:55 HiFaさん

コメントありがとうございます。

『「セオリーを発想すること」が日本独特と言われると「へー」と言う感覚ですが、かなりの部分、海外に影響されていると思いますよ。』

まずは私が書いたことをもう少し明確にしたいと思います。「海外」って書きましたけど、それはもちろん僕の読むかぎり、つまり「英語」のブログ(フランス語も読めるけどあまり読まない)、その中でもほとんどはアメリカのブログですね。

でもその中のブログを見ると、意図された意味の「セオリーを発想するブロガー」がほとんどいないです。でも確かにその「意図された意味」は不明確だと思います。

この「セオリー」という言葉は、具体的な「セオリー」ではなく、もっと想像的な意味で使います。つまり現実と離れています。id:essaさんの記事も、id:Wakiさんの記事も、その例でした。

ピンとこない人は残念ながら、これ以上は日本語で説明することが難しいと思いますが。同感する人もいれば、同感しない人もいると思います。それはそれでいいと思います。

それから、知的コンプレックスの話ですが、「無思慮であることは恥」という意味も(私の解釈には)入っていますね。多くのブックマークのコメントで「知的コンプレックスを定義しないとわからん」みたいな反応はありましたけど、私はその意味を定義したくないですね。HiFaさんがやったように反応するブロガーが自分の解釈で反応すればよかったのに、と僕は思いますね。

colourofthesuncolourofthesun 2009/05/30 17:15 石川さん

コメントありがとうございます。

はてなの「仮面の力」、それは面白い仮説ですね。日本のネットについても言えるかもしれないですね。それと、日本人のインターネットについての恐怖、つながりはあるのかな。

WakiWaki 2009/05/30 18:21 お。なぜ私の名前が?リーマンのエントリーはほとんど冗談なのですが・・・ところで、

1.はてなはコンプレックスがある人たちのコミュニティです。
2.現実の日本人には、知的なコンプレックスはありません。
3.(したがって)はてなは日本を表しません。

これは論理的に良く分からないのですが・・・どういうことなのでしょうか。1.と2.が正しいなら、(はてなは日本人の集まりと言うことは暗黙の了解として)

3.個人としては知的コンプレックスがない日本人も、集まると集団として知的コンプレックスを持つ場合があります

と言うことになると思いますが、いかがでしょうか。

hihi01hihi01 2009/06/01 16:42 しおさん、

コメントにお返事いただきありがとうございます。私の方が感動してしまいました。

横レスになるほで大変失礼ですが、つっこませてください。

>つまり現実と離れています。

実は私は逆に米国のGraduateに進ませていただきました。入試のときの標準試験でどうにもならなかったのが、Logicです(どの標準試験かを書くとなにを勉強したかばれてしまうので三文字は書きません)。どうにも歯が立ちませんでした。微分積分とか、統計とか、もうお話にならないくらい私の方が標準の米国の大学生よりもできました。エクセルとかも一番使いこなせてました。でも、文章を書くときのLogicは全然でした。最後までだめでした。

この地に足のついたlogicの訓練をどの段階で米国で行われているのか寡聞にして知りませんが、ブログにしろ、経営戦略にしろ、研究方針にしろ、ものすごい差がついている気がします。日本の感情・論理というものがあるじゃないかといわれれば、その通りで、山本七平のようにすんごい方も多数いらっしゃるのですが、この差は明々白々です。

そうそう、その逆で地に足のついたlogicの展開と、その展開の共有ができないので、逆に「現実的になれ」というものすごいバイアスが社会的圧力としてビジネスやお役所でかかっているのではないでしょうか?米国発の新製品とか映画とか見ていると、logicに基づく大胆な発想をときどき感じます。

しおさんのお話しに対して、「そうですよね」という以上のロジックの展開ができませんが、昔をつい思い出してしまったので、コメントさせてください。

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