Hatena::ブログ(Diary)

11×51  5人で綴る560字のコラム

2010-10-29

知識の継承 最終回

私が通っていた大学院には、メディアアートの展示会を、企画、作品制作、開催まですべて学生主体でするという授業がある。総合大学の授業としては、珍しいもので、年に夏・冬の2回開催される。本コラムのオーガナイザJ氏ともその授業で知り合った仲だ。

この授業には、「大学院生(1年生)」の「授業」であるがため、メンバーが毎年ほぼすべて変わるといった大きな特性があった。一般的な大学のサークルだったら最低4年は同じメンバーが残っていて、幅広いレンジの学年の人が同じ時間、知識を共有するため、ノウハウは溜まっていくだろう。しかし、この授業ではそのような事はなく、毎年似たような問題、障害にぶつかる。本日、後輩が流していたメーリングリストを読んで、自分が大学院1年生であったころの情景をふと思い出し、不思議な気分になった。

もちろん当時の私は、それを避けるために腐心し、マニュアルを作り継承することを試みた訳だが、それも利用されていない様で少し残念。マニュアルを読んで全て分かる訳ではないし、肌で体感しないと本当に学習した事にはならないけれども。この授業は授業だから仕様がない、というかあえて難しい事をさせる事で勉強させる、という意味ではいいのかもしれない。ともあれ、知識の継承し難さがふっと想起させられた出来事であった。(taxpon=ITエンジニア)(完)

2010-10-28

柚子の葉食ふ芋虫幸福な蛾となれよ 最終回

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柚子の葉食ふ芋虫幸福な蛾となれよ

ほぼ日」の、映画「ノルウェーの森」についてのトークを読みまして、糸井さんの「当時、すべてが恋愛だった」とかいう発言が、心に響いたのであります。あぁ、そういえる人でありたかった。

と思い、「ほぼ日で〜ほぼ日で〜」と周囲に感想を漏らしていたら、「え!でもさ、すべてが恋愛だったでしょ?」と。いた! ここにも「すべてが恋愛」の人! 「結局なんでもさ、気に入られたいとかもてたいとか。ミュージシャンもよく『ギター始めたのはもてたかったから』って言ってるじゃない」と。

あぁ、まぁそうか。この間、NHKの番組で角田光代さんも、偏食を、好きな人の影響でなおした、って言ってた。

しかしやっぱり、私は「すべてが恋愛だった」とは、いえない、残念ながら。でも恋愛しちゃったときには恋愛がほぼ「すべて」になる(矛盾してる?)。結構辛い。それまでの自分を覆されるし、自分を変えようとして、それでも変えられない自分もあるし。理解できないながら受けとめたく思い、受けとめられなくもあるし。実際、恋愛してない方が、頭も心も軽く、本がいっぱい読める。

「すべてが恋愛だった」といえる人は、きっとそんな風にして、新しく、不確かで確かな自分を、構築した人、なんだろうと思う。だから、いいなぁ。私も「すべてが恋愛だった」といえる人になりたい。(すなみ・のりこ=出版社勤務)(完)

2010-10-27

バッグを開けて 最終回

衣替えをしていたら、出所不明のバッグが出てきた。タイシルクのような布地に、ビーズで花の模様が刺繍してある。見覚えはあるのだが自分の趣味ではないし、昔買ったんだっったっけ?と思って、でも使わないから捨てようとゴミ袋に入れた。そのゴミ袋を玄関の片隅に置いておいたら母が見つけ、「これは○っちゃんからもらったものよ」と昔の彼氏の名前を出した。

そのときの驚きったらない。「○っちゃん」っていう親しげな呼び名が呼び水となって、記憶の底のほうがかき回される。ぐるぐると脳みそは過去を駆け巡るのだけれど(そして様々な思い出の断片が花びらのように舞うのだけれど)、それでも私はこのバッグをもらった状況をどうしても思い出せないのである。あれほど好きで、別れるときは筆舌に尽くしがたい絶望感を味わったのだが・・・影が強すぎて、楽しかったときのことは忘れちゃったのかしらん。

学生時代に長いこと付き合った○っちゃんとの関係は私にとっては重大事項だった。その破局も。それでも時間はきちんと流れるし、過去はやっぱり色あせていく。○っちゃんともたぶん二度と会うこともなく、どんどんお互いのことを忘れながら、生きていくのだ。こんな当たり前のことが、ニュートンのりんごのように腑に落ちた。

気持ちが消えても、物はあのときのまま残るのが、人生のミステリーだ。(キューピー小村=GK<合コン>部長)(完)

2010-10-26

阿波の狸の話(5) 最終回

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(シゲシホ=妖怪漫画家)(完)

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▽参考文献

笠井新也『阿波の狸の話』中央公論新社、2009年。

2010-10-25

島の人間、島の私。 最終回

上京してもうすぐ10年になる。

私は小さな南の離島で生まれ、高校卒業までそこで過ごした。

高校時代の私にとって、島は早く離れたい場所だった。何もない小さな島で、何もない日常が、地縁と血縁とうわさ話だけの社会で終わっていく。高校時代の私は、島をそんなふうにしか見ることができなかった。早くここから逃げ出したい、その一心で私はわざと東京に憧れ、東京での生活を夢見、ただそれだけを思って受験勉強をしていた。だからこそ大学に合格したときは本当にうれしかったし、上京の日に飛行機から見た宝石箱をひっくりかえしたような夜景をみたときは身震いした。今でも私は東京が好きである。

しかし、「逃げ出した」ものは必ずいつか対峙しなければならない。

祖父の葬式を機に帰った島は、以前見ていた島とは違っていた。いや、島ではなく、私が変わったのかもしれない。とにかく最近私は、島と、島に代表されるなにかにしっかりと向き合わなければならないと思うようになっている。

そんな私が里帰りした。なんたる偶然かバケツの水をひっくりかえしたような記録的な豪雨に見舞われ、当初3日の予定だった帰省は一週間になってしまった。屋根をたたきつける轟音とともに降り続ける雨を見ながら、「お前はここで生まれ、ここで育った島の人間だ、それを忘れるな」と島の神様に怒られた気分だった。(J=大学院博士課程)(完)