京都クラシックプレイガイド

2014-03-15

京響2008−2014

京響2008−2014

振り返つて調べてみれば、京響についてブログを立ち上げよう、と決めたのが2008年。それからもう6年も経ちましたか。

http://d.hatena.ne.jp/concert-hall/archive

ここに書き記したやうに、2008年、2009年、それから2011年は、もう行けるだけ聞きにでかけてゐました。

しかしその2011年の12月の第九のあとは

2012年は、3月の京響労組のチャリティーコンサートひとつのみ。
2013年は、1月の広上さんの定期(幻想)がひとつと9月に練習見学1回のみ。

この急なブレーキは、わたくしの一身上の事情がさうさせたのです。行くのが嫌になつたではありません。京響は上手くなつてゐましたから。

しかし昨夜、2014年3月14日、一年ぶりに広上さんの定期

ラフマニノフのピアノ協奏曲2番(ルガンスキーさん)
マーラーの巨人


を聞きに出かけ、思ひ描いてゐた理想をはるかに越える京響を見て、曲の途中、瞬時おぼえず嗚咽してしまひました。

いままで、どんなにがんばつても、最後にはブラスに呑み込まれてしまふ弦楽5部が、それをきれいに組み止めて、さらに歌つてゐたからです。広上さんとの、大人のじらしあひにも負けてゐない。

しかし、さびしいおもひもしたのです。

・・・交流会で、いくらほめても、なかなか信じてくれなかつたみなさん。
・・・大阪公演で、何人か連鎖して転んで、帰りの楽屋口でしよげてゐたみなさん。
・・・音が濁つてくるたびにチューニングしてゐた弦楽器さん。
・・・大きな演奏会で緊張して、ゲネプロで、コンマスさんが一人だけ足を出したことも、耳にしてゐますよ。

でも、いまはそんなことはまつたくなく、余裕さへ見せて、自信を持つて曲に集中、献身されてをられる。9月のリハーサルでは、しなやかさのない指揮者に一致して不機嫌だつたみなさんの姿も見ました。たのもしかつたです。

昨日の定期演奏会、そして明日の東京公演、こころよりうれしく思ひます。そして、満席が普通、上手くて普通、感動させて普通のオーケストラとして、今後一層ご健闘されますことを。

2014-02-30 京都クラシックプレイガイドにようこそ

京都クラシックプレイガイドにようこそ

京響と京都と私と音楽と
京都クラシックプレイガイドにようこそ

(2011年7月8日20:30)

こちらでは、京都のクラシックコンサートをご紹介してゐます。
以前はグーグルのブロガーでこの

『京都クラシックプレイガイド』(2008年10月20日〜 )
http://musikverein-kyoto.blogspot.com/

をアップしてゐたのですが、先日7月4日、突然にそのアカウントが消失。しかし古い記事もこちらへすべて引越ししました。(2011年8月9日)
今後とも、どうぞよろしくお願ひいたします。

なほ、こちらへの記事は
http://www.seishin-an.net/
などへ投稿したものへの、再録です。

2013-04-24

ミュンヒェンフィルとブルックナーとマゼールと


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ミュンヒェンフィルとブルックナーとマゼールと

2013年はヴァークナーの聖なる年。ミュンヒェンフィルがマゼールと来日して、新フェスティヴァルホールの柿落しに来演。タンホイザー・トリスタン・ブルックナーの第三(1889年稿)を持つてきた。4月16日。これがこのホールはじめてのシンフォニーコンサート。

マゼールについても思ふこと多々。ミュンヒェンについても多々。この日のメインプロのブルックナーについても、旧フェスについても新フェスについても山ほど書きたいことがある。それぞれを区別して、分けて書かうかとも思つたが、いや、やはりこの日のこと、入場、そしてプログラム、アンコール、帰路の順に話を進めよう。ただし寄道はいくらでもするつもり。

さてこの日は、所用のあつた大国町から肥後橋まで地下鉄でやつてきて入場。エントランスの赤い絨毯が、旧フェスを偲ばせる。モギリの女性の方の、右手のエレベーターをお使い下さい、との言葉にうながされてそちらへ進む。ああ、これがうはさの長い長いエレベーターか。

エレベーターを降りたところが、敷地の一番南側土佐堀川側にあたり、ここがやつとメインホワイエの入口。何階にあたるのだらうか。旧フェスは、入場してすぐのところが、まさに一階中央席だつたのだが、これとは大きくちがふ。だから旧フェスでは入口外側附近でも、すこしだけ音楽が聞くことができたのだが、もうそんなことはありえない。しかし雰囲気は似てゐる。私の席は3階の4列目。さらにエレベーターに乗り換へても行けるやうだが、階段を使ふ。その方が気分が楽。早々に着席してそのまま開演を待つ。直前まで切符の追加販売などのメール案内がフェスから来てゐたが、やはりあたりには空席が目立つ。とくにわたくしの前列の3列目などとか。一列のちがひでランクが一つ上るわけで、料金の境目なのである。しかしかつてこのフェスの最上段を埋めてゐた、日本ブルックナー協会の精鋭はいま何処。

舞台も客席も、なにかの写真などで見たとほり。旧フェスの再現といつてもよい。ただ客席は座りやすく見やすくなつてゐて、あとは音響次第だな、と思ふ。

ミュンヒェンフィル入場。最後に彼らを聞いたのは1993年4月20日のザ・シンフォニーホール。その間にも、若杉とマーラーの9番を持つてきたり、ティーレマンとも何度か来てゐたやうだが、わたしにとつては、まさに20年ぶり。フェスで再会するのは1990年10月のブルックナーの八番以来。コンサートマスターの内側に座つてゐるのは、1993年4月19日に聞いた彼らの中の合奏団、ミュンヒェンガスタイクアンサンブルのヴァイオリン氏と同じ人物のはず。

マゼール登場。ちよつとここで、マゼールで何を聞いてきたか、わたくしのために書き出してみよう。

 1990 フランス国立管弦楽団
 『新世界』『幻想』
 旧フェス

 1991 ピッツバーグSO
 『モーツアルト39番』『ニーベルングメドレー』
 大宮ソニック

 1991 同じく
 チャイコフスキ 『オネーギン・ポロネーズ』
 『ヴァイオリン協奏曲』(諏訪内)
 『シベリウス第二』 ザ・シンフォニー

 1994(3?) バイエルンRSO
 『ローエングリン一幕前奏』
 『シベリウス第五』
 『ブラームス第二』
 旧・神戸国際

 1994(3?) 同じく
 『ブルックナー第八』
 旧・フェス

 1995 ピッツバーグSO 
 チャイコフスキ『ヴァイオリン協奏曲』(ラクリン)
 『交響曲第五』
 ザ・シンフォニー

 199? フィルハーモニアO
 ベートーフェン『第六・第七』
 旧フェス

さて、パリ版のタンホイザー序曲である。しづかな始まり。木管に輝くやうな音色はないが、旋律には生気が宿る。このやうな生気は上手いからといつて現はれるものではない。マゼールは細かに起伏、句読点をつけ、急かず慌てず、おだやかに最初の頂点へ導く。その音声の大きいこと、また音楽の恰幅の大きいこと、あたかもこの一夜の締めくくりのごとく。またヴェーヌスベルクのバッカナールの永遠のやうな長さ。ただこのあたり、木管のピッチはややあやしく、またティンパニーはかなりあやしいところがあり、いささか濁りもあつたのだが。これはこの日、急に夏日になつたのに原因がありさうである。日本の四月は、ときとしてはかなり暑いこと、ご記憶下さい。

次いでトリスタンとイゾルデ・前奏と愛の死。じつはこの数ヶ月、この曲をさらふのに一番時間を使つてきたもので、それだけに楽しみにしてゐたのだつたが、タンホイザーが『毒あるマゼール』だつたとすれば、これは普通のマゼール。いたるところにある小さな終止を、キチッと切つて切つて伐りまくるマゼールのワザを堪能したことはした。木管のアンサンブルはまだ透明感が足らず。ただ、この新フェスは、とくにソロにことさらに充実した響きを与へるのが、三階席からはよく判る。旧フェスが音像がちいさ目で、その音が拡散しがちだつたのに比して、このフェスは、一見客席に対してソッポを向いたやうな取り囲みの反射壁面が示すやうに、受け取つたソロの音をもう一度舞台の床に戻すやうだ。そしてややふくらんだ音像から、温かみのある旋律が伝はつてくる、といつた感じ。ただ、フォルテではかなり混濁する。朝比奈が甦つたら、この点にいささか困惑するだらう。ところでオケの後列が乗つてゐる平臺は、とくに新しいものではなく装置屋からのレンタルのやうだ。やはりフェスは元来が舞臺であつて、そこに素オケが来演、客演するといふかたちであるのだらう。

さて休憩。新しいフェスは、以前のものとくらべてロビースペースが充実してゐて、「客席での飲食はご遠慮下さい」といふアナウンスで示されるとおり、そのロビーでの飲食はフリーなはずで、次回からは南座にでも行くやうに、必要に応じて色々と持ち込むつもりではあるが、今回は大人しく席から離れず終演まで。休憩中に印象的だつたのは、コントラバスのメンバー8名全てが舞臺に集まり、円陣を組んでゐたこと。

この日、この休憩中に客席に冷房が入つた。そして後半のプロへと。ところでまた寄り道だが、イチベル代はりに鳴らされる、わかめの入つたカセットテープ(8トラ)でも廻してゐるやうな、貧相なあの音は一體なんぢや?いくらなんでも、これはほどなく廃止、変更されるとは思ふが。

ミュンヒェンフィル入場。コンマスは内外が入れ替はつた。マゼールが上手から登場。ニ短調のブルックナーが着実に歩みをはじめる。今回は舞台上でのチューニングなかつた(はずだ)が、音は見事にひきしまつた。チェリビダッケ時代よりもつともつと豊麗な音といへる。トランペットも一番が交替して、一層秀逸なひびき。ところで、チェリビダッケ時代、トランペットはピストン式を主に使用してゐた記憶がある。今次のミュンヒェンは前半ヴァークナーは全てロータリー。このブルックナーは一番と一番のアシスタントがピストンに見えた。金管の音はチェリビダッケよりも渋いかもしれない。これはティーレマンの影響か。あとの二人はロータリーでトップを支へてゐる。

マゼールは穏やかに淡々と振つてゐる。その一方、音量の起伏の大きいオーケストラは、しばしばガンガンとフェスの空気を飽和させるが、指揮者はほとんどポーカーフェイス。タンホイザーとは全然ちがふ。かつてのマゼールだつたら、これで後半がつまらなくなつてしまふことも、なくはなかつたのだが、このブルックナーは輝いてゐた。ここですこし昔の話をさせてもらふ。

日付まで覚えてゐる1993年の4月20日のこと。チェリビダッケとミュンヒェンのロマンティークがザ・シンフォニーホールであつた。はじめのプロはシューベルトとブルックナーの未完成二曲といふ恐ろしいプロだつたのだが、数日前に主催者から連絡の手紙が届いてゐて、ブルックナー四番一曲に変更になつた旨知らされてゐたもので、むしろリラックスして出かけたのだが、それはとんでもない思ひちがひで、チェリビダッケとて、これ以上の演奏はありえないだらうといふ意志貫徹、入神の一夜だつた。ではプレイヤーはただただ畏まつて弾いてゐたかといふと、さうではない。すぐにハース版の楽譜が出てこぬので場所が特定できないが、たとへば第二楽章のゲネラルパウゼの直前、チェロパートが音を持続させるところ。あるものはふかぶかとした、あるものはやはらかなヴィブラートを思ひのままにかけてゐる。またあるものは開放弦。すべてがさうではないにしても、彼らは心を開いて演奏してゐるのが見てとれた。

それから二十年。この日のこのブルックナーのコンマスは、1993年、内側に座つてゐたクリスティッチでまちがひないやうだが、チェロのわがままにさへ見える自在な弾き方もまた健在。ヴィオラはもつと盛んで、トップ二人は楽員の方ばかりを見てゐて、指揮者には半ば背を向けてゐる。曲が進むにつれて椅子も乱れて、ここだけ幼稚園の教室のやう。バイエルン人気質?しかしこの二声がなんとも雄弁で、ミュンヒェンフィルがずつと育んできたブルックナー演奏の神髄のなんたるかを、わたくしのからだと脳髄ことごとく注入してもらつたやうな気持になつたのは、錯覚ばかりとはいへない。

マゼールはあひかはらず淡々と振つてゐるが、音楽はどんどんと深まる。第二楽章アダージオに到つては、あきらかにマゼールより早い。老齢の指揮者は、大きく振るとオーケストラより手が遅れるといふこともあるやうである。テンポを矯正しようとはしない。それどころか、ズレが大きくなると、あの彼独特の、高い位置に構へた両肘を一旦バタンと下げ、あらためてファイティングポーズをとり直す、といふことも再々。このころになると、ホルンも、木管も、それぞれにそれぞれの雄弁ぶりを発揮しはじめた。

楽章の切れ目、マゼールはかるくグラスの水を口に含んでゐる。しかし考へてもみるべし、ベームが最後の来日をしたときより、今の彼の方が高齢で、しかも全公演を一人担つてゐるのである。彼らしいをかしみが出たのは、スケルツォのトリオ。冒頭のヴィオラの(ここでまたヴィオラだ!今日は右翼に着席。)EからEへの跳躍(たとへば161小節)で、いかにもマゼールの棒を見せて溜めをつくる。ブルックナーの音楽に、ふとハイドン風の愉悦が加はる。終楽章の第二主題でも同様の遊びあり。

この音楽は、君達の方がよく識つてゐる、といはんばかりのブルックナー。またとくに、この第三(ヴァークナー交響曲)の場合は、モティーフ個々の味はひが、曲の必然的な構成に優先するところが多分にあつて、かういふ手綱を緩めた指揮もまた可ではなからうか。フィナーレでも、パート毎に勝手に弾いて、アンサンブルの不統一個所は多々。それでも最後はマゼールのこと、締める所は締めてくれるだらうといふ予感で途中を楽しむ。

先にも書いたが、私はマゼールのブルックナーの八番は體験済みである。八番は八番の強固な必然がある。マゼールはそのフィナーレを、あたかもリヒャルト・シュトラウスのように再構成してゐて、それはそれで見識だ、と感心したものであつた。

マゼールによる三番を、実際に聞いたことはなかつたのだが、1980年代、ヴィーン監督時代にヴィーンフィルとの定期で演奏をしたことがあつて、それはNHKのFMで聞いてゐる。そのFMで聞いた印象はあまり強いものではなく、またエアチェックもしてゐなかつたのだが、この時の定期の映像は、来日直前に「ジャパンライフはウィーンフィルの来日公演を応援しています」といふ、いかにも当時らしいコマーシャルに使用されてゐて、それは、ケレン味の強い彼の大きな振りによる大詰めの、D−AA−Dであつたから、この日もその大見得をわたくしは、大いに期待してゐたわけだ。

ここまで曲の進行をオーケストラに委ねてゐたタクトも、次第に実権を取り戻してきた。弦楽の半音階の進行、そしてブラスのファンファーレ、とわたくしは心身ともに満たされはじめる。そしていよいよこの曲劈頭のニ短調モティーフがニ長調で再帰。

しかしここでトランペットが落ちたとしたら、何としますか。しかしそんな嘘のやうなことが起つたのだからライヴといふものは恐ろしいといふか楽しいといふか。

全然まとまらない。コンマスは第四楽章のモティーフを細かに刻んでゐるから、ここに集合はできない。トランペットもダメで復帰しない。ホルンの合いの手もばらばら。こんなときのためのティンパニーも、最後まで出てこないからどうしやうもない。オーケストラの諸氏は、ここまで棒にかまはず演奏を続けてきたから、いまさらマゼールに頼れないのかもしれない。さういふわたくしも、アダージオ辺りから、オケの諸君の奮闘が見もので、棒はほとんど見てこなかつたが、いまここで指揮臺に目を移すと、わたくしのおもふ位置よりも、マゼールは悠然と一拍遅れてゐる?やうに見える。そして一向に調停に乗り出す気配がない。和声は単純な進行なので、汚れた音にはならないが、立派な混沌。かういふときに感じる恐怖心が、この時のわたくしに起らなかつたのはなぜでせう。この地点まで、十分に満たされてきたからなのかもしれない。

まあ、それでも、だれがまとめたのか、土壇場(この言葉ぴつたり)のD−AA−Dでまとまつたのだから、よしとするべし。多分、最後にマゼールの溜めがあるのは決まつてゐたので、その棒を参考にしつつティンパニーが叩いて、トランペットが追ひついたといふことではなからうか。(もしかすると、最後の最後でコンマスが、エイと振りかぶつてティンパニーとトランペットに合図を送つたのかもしれない。)

結局楽しみにしてゐたブルックナーの大瀑布と水煙は見られなかつたけれど、滅多に見られない小径や森をそよぐ風やせせらぎに出会へたのも、このゆるい指揮だつたればこそ、といふことにしておきませう。われながらなかなかおめでたい。楽日の東京公演では、大渓谷になつたやうだが、各パートはどんなだつたのだらう。いつてみれば大阪はプローべならでは、プローべでしかあらはれぬ愉しみだつたやうな気もする。

拍手を受けるのもほどほどに、座の雰囲気を変へようとばかりにチューバ、打楽器(シンバルともう一人)二名などが乱入してアンコール。はいマイスタージンガー。闊達な音楽で柿落としのお祓いのやり直し、といつても、マゼールらしくティンパニーに大幅加筆してあるらしく、そのいつもとはちがふ慣れぬパート譜にティンパニー氏が入りを結構まちがへたりしてゐましたが、これも終りよければなんとやら。若年でトスカニーニの要諦を身につけ、青年期にカラヤンの妙を探り、熟年期にはバーンスタインのオーラを吸い込んだ指揮者が、老年に到つてクナッパーツブッシュの故事を学ぶとは夢にも思ひませんでしたが、これは本当のお話です。

私の席は下手側=堂島川側。エスカレーターは上手側。そちらを経由するのは面倒なので、近くに階段を探すと、一番北側にも階段がある。メインホワイエまで降り、もう一度探すと、ここからもタテの階段はある。こちらを使用。京阪で京都へ帰らうとまづホールの出口へ。一番近い駅は中之島新線の新駅・渡辺橋になるのだが、京橋で特急に乗り換へが必要。そこからでは座れない。絨毯を踏んで西を向いて出口を出て、淀屋橋駅に向かはう、と急ぎ足でからだを左に向け、南側の階段を目指すと、そちらにあるのは壁面であつてこのビルからの出口はない。ここは新しいフェスティヴァルホールなのだが、私のからだは元のホールにあつた、あの急な階段を探してゐた。しかしこれはあたらしいホールへの賛辞とご了解いただければありがたい。

さてフェスのチラシによると、このあと大きいところでは、11月6日にティーレマン・ヴィーンのベートーフェン4・5。しかし今回わたくしが興味あるのは、11月15日のベルリン。ラトル・樫本で、シューマンの春、プロコフィエフの第一番協奏曲、春の祭典。こんなプロが組めるもはさすがベルリン、といふプロではないか。

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2011-12-30

京響2011年の第九(12月27日・広上淳一)

京響2011年の第九(12月27日・広上淳一)

第四楽章の最後に、ソプラノ、メゾ、テノール、バリトンが歌ひ終へ、役目を済ませて着座。その静かに満ち足りた表情が、このコンサートをよく物語つてゐた。この二年間、京響の地方公演でベートーフェンを振りまくつた広上さんと京響の一つの到達点、そして再出発の期した第九の夕べ。

広上 淳一(常任指揮者)
清水 信貴(京響首席フルート奏者)
松村 衣里(京響ハープ奏者)
小川 里美(ソプラノ)
手嶋眞佐子(メゾソプラノ)
吉田 浩之(テノール)
黒田 博 (バリトン)
京響市民合唱団
京都市立芸術大学
曲目等:ダマーズ:フルート、ハープ、弦楽のためのデュオ・コンチェルタント
ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調「合唱付」op.125


しかし、決して練習時間は多くはなかつた。12月25日は、京響のもうひとつの顔ともなつた京響ライヴシネマのチャップリンの伴奏があつた。練習は26日と当日の総練習だけだつたのだらう。

だがここに至るまで、広上さんは機会を造つては京響とベートーフェンをやつてゐる。交響曲では2009年3月定期の第四を皮切りに、その後は出張公演に呼ばれる度に、NHK大河ドラマのテーマを前半に置いて、後半に第五か第七をする。これを、広上さん自身が数多くこなしてきたのだつた。そして評判となつて仕事は増えた。2010年の年末は京響自主公演の第九を小林研一郎さんに任せ、自身はこれまた合唱団の依頼公演の第九に専念。奈良、和歌山、大阪、京都・・・この二年を経て今年の大詰めの第九となつたわけだ。京響はもう広上さんのベートーフェンフォルテをよく知つてゐる。

そのフォルテにはゆるみがない。当りまへのことだが、フォルテがはじまつたらフォルテの間フォルテである。頭だけフォルテといふメッキではない。しかしこの当りまへがむつかしい。奏者のフォルテの感覚がそろつてゐないと、このフォルテの持続はやかましい。しかしさうではない。

この二年の熟成。管楽器のアタックの方向性がそろつてゐることに目を瞠かされた。木管の主席の吹ぶりも、決して得意の後期ロマン派のそれではない。むしろ金管の渋さに合はせてゐる。ティンパニーは奥村さん。やはり短時間で仕上げるとなると、当然の登板か。広上さんは派手な振りで過剰に指示を出してゐるかの如くだが、それに倍する太鼓のうなりに、広上さんもサッと左手でサムアップ。このサムアップはティンパニーに限らず、合唱の隅々までもいたるところで。

また二楽章を振る広上さんは、2008年の就任コンサートを思はせる一途さがあつた。このスケルツォでは四分音符の全部振りも、ひさびさに出た。テンポは総じてやや早めであつたといへるが、しかし響きは落着いてゐて深い。休止の呼吸も大きい。さうであればこそ、先に紹介したソリスト小川さん、手嶋さん、吉田さん、黒田さんも、構へ大きく歌へたのだらう。第九のソロは、特に女声はもともとオーケストラから浮かび上がるやうには書かれてゐないが、男声お二人はもちろん、女声お二人もいいお芝居をされてゐた。各人の持ち味も生き、またアンサンブルとしても秀逸だつた。それがあの表情にあらはれたのだらう。席も1階6列と恵まれたので、小川さん、手嶋さんの細かい跳躍での輝くやうな声も聞こえてきた。

(ところでここからはベートーフェンの第九についての雑談。この夜、終楽章の730小節ppから745小節fに至る合唱の箇所で、広上さんはテンポをキリキリと上げて行つた。さうでなくても緊迫感一杯の場所だが、その効果は出て、恐怖も感じるほどだつた。そしてBruederでフォルテは緩まり開放されて気持ちが鎮まる場面だが、しかしである、ベートーフェンの場合、跳躍をくりかへしながら上昇する音形でのテンポアップはやや不自然である。ここだけベルリオーズに聞こえなくもなかつた。裏では木管が四分音符を打ち続けてゐるだけに、インテンポが妥当ではなからうか。ベートーフェンのテンポアップの定石は、やはりトゥッティの下降音形だ。)

広上さんの決算の第九についてはこのくらゐにして、問題は、これから一年、また数年の京響はどうなるのか。アンサンブルのための配慮の後、広上さんはソロを磨くのではないだらうか。この日、そして翌日と、第九の前には、清水さんのフルート、松村さんのハープがソロに立つたが、昨年7月の上村さんのチェロ、来年の泉原さんのヴァイオリン、また3月のバルトーク、4月のシェラザード、と京響メンバーのためにはソロが順々に用意されてゐる。これは、京都でこそ充実した音楽作りをと、広上さんがプレイヤーに呼びかけてゐるかのやう。

さてその清水さんと松村さんのダマーズ。しなやかでかろやかな風のやうな音の流れに、いい心地になりました。席も前の方だつたため、お二人の響きが上空に舞つて交じるのがよく分かる。2009年3月のマーラーでも、松村さんのハープと木管のそんな響きを體感したが、これは京都コンサートホールの美質。残響が無理に溶け合はずに舞ふ。伴奏は弦楽5部のみ。10-8-6-4-2だつたでせうか。そつない伴奏ではあつたが、やはり練習時間の関係か、もう少し錬れてゐたらなあ、とすこし残念。

話は変はるが、松村さんは藤色のドレス。フリルが多く、ペダルのためにか正面がすこし切れ上がつてゐるのがポイント。清水さんはダブルの剣襟のタキシード。ブラックタイである。当然、第九では一番フルートをどなたかに譲るのだらう、とおもつてゐたら、後半、なんと燕尾に着替へて清水さんは第九に再び登場。お色直しとなつた次第。

このお二人、二日目の翌日はダマーズではなくて、モーツアルトのフルートハープハ長調だつたのだが、どんな着こなし、どんな演奏だつたのだらう。それから付け足しにもう一つ。広上さんは京響でモーツアルトをほとんどやつてこなかつた。本年のフィガロを起点に、ベートーフェンのあと、これからはモーツアルトと京響、になるのかもしれない。

2011-10-21

京響2011年10月定期(第551・ナビル シェハタ)前

京響2011年10月定期(第551・ナビル シェハタ)前

さて10月定期。今日の日を待つてをりました。まづ曲目、指揮者。しかし客演のティンパニの中山さん、そしてステージの配置の妙も大いに大いに楽しみました。けれどもやはり主役は、シェハタさんかな。プレイヤーさんの評価も高い。事務局さんは、すぐにも来年の予定を入れなくてはいけませんよ。

第551回定期演奏会
2011年10月21日(金)7:00 pm 開演
会場名:京都コンサートホール・大ホール
出演者:ナビル・シェハタ(指揮)

リスト:交響詩「マゼッパ」
チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」
ドヴォルザーク:交響曲第7番ニ短調op.70


まづ配置について。弦楽。左から第一ヴァイオリン、チェロ、その背後にコントラバス、右にヴィオラ、そして第二ヴァイオリン。つまり対向配置。チャイコフスキーのハープは第一の内。

金管は右から。ホルンは方形配置。一番のうしろに三番。前半の一番は新入団の副主席水無瀬さんが担当。チューバ、トロンボーン、トランペット。打楽器はその背後。中央にティンパニー。そこから左に大太鼓、シンバル、トライアングル。

ところで私の位置だが、コントラバスのうしろ。ここで打楽器をどこまでも堪能しました。マゼッパの開始の閃光、ロミオとジュリエットでは四人の作り出す起伏、衝撃、連打。シンバルの宅間さんは、マゼッパの最初がイスタンブール。中ほどでセイビアンの中型に持ち替へ。そのppの精妙なこと。ロミオではハンドハンマードの大きいセイビアンが圧倒的な迫力。大太鼓の石倉さんもすばらしい抜けのある音。

内緒ですけれども後半は二階後部で鑑賞。2009年10月の高関さんの時とそつくりの配置で、

http://d.hatena.ne.jp/concert-hall/20091003/p1

今日はどのやうに響くのか、比べて確かめてみたくなりまして。

結果としては、そのときよりもずつと上々。弦楽器は音の鳴り始めから、いい空気感がある。刻みも明瞭に聞こえる。コントラバスも透明でかつ質感たつぷり。木管も信じられないほど近くに聞こえる。ひさびさに方形配置のホルンも和声がとつても綺麗。私が客演に指名されたら、コレデオネガイシマス、と言ひたいですね。広上さんも一度試す価値は大と思ふのですが。しかしこれはどこまで配置のためなのか、指揮者によるものか、曲によるものか、その按分は不明。それに今夜は空席がやや多かつたといふこともある。すいません、だから内緒で移動なんかしたりできたのですが・・・

話を指揮者のシェハタさんに戻しませう。アタックのはつきりとした棒。音の切り方も丁寧だ。溜めは少なくテンポも速め。ほとんどハンガリースタイル。その右手の上向きに跳ねるアタックを一層際立たせるために、時として同時に左腕を引き下げる。紐をしごくやうな、何かを引き裂くやうな動き。これが今日のリストに特に有効で、そのマゼッパの後半では集中したプレイヤーが猛烈に盛り上がる。金管連中が指揮者に向かつてアップテンポを訴へるほど。チャイコフスキーもむろんすばらしい。

ただ、アタックは超一流でもレガートはやや苦手。チャイコフスキーの幻想序曲ロミオとジュリエットでも、その幻想的なる部分では、弦楽器に流れを委ねる。そのあたりは今日のコンサートマスターの泉原さん以下みなさんは心得たもので、弦楽5部で充分に濃厚な形をつくる。

ただパッセージの納め方までコンサートマスターも始末がつけられず、やや乱れも見えることもあつた。それが全體の印象を損ねるやうなことはなかつたが、リズムの切り替への多い、そしてなんとも旋律の出入りが多いドヴォルザークの第七交響曲では構成をいささか弱めた。今夜の京響もむろん秀演。だが交響曲といふ形式の曲では小さな経過の部分でもたつきを作ると、その後のフォルテがどんなに輝かしくとも、頂点がさほど高く見えなくなる、といふことはあるだらう。

2011-09-19

第15回京都の秋音楽祭開会記念コンサート(2011年9月17日)総練習 ・後

第15回京都の秋音楽祭開会記念コンサート(2011年9月17日)総練習 ・後

定刻10:30にグリーンの京響Tシャツの広上さん登場。最初にステージマネージャーさんがなにやら説明、次いでシニアディレクターさんからも連絡事項。NHKのTVの取材云々といつてゐる。この間約2分。

短いチューニングの後、すぐにくるみ割り人形がはじまる。ブラスは控へ目、木管部も微妙に音程がそろつてゐなくて、これは本番に余力を残してゐたのではないかしらんと思ひますが、しかし弦楽5部のなんともつややかなこと。コンサートマスターは泉原さん。内に尾崎さん。

実は練習開始直前、岩淵龍太郎初代コンサートホール館長が客席に入つてこられて、私の前方に着座。このことに利き目があつて、戦後一時期の日本を代表した洋提琴家に敬意を払ふべく、各人奮励されたのかも知れません。

木管部の出欠では、フルートとクラリネットは主席がお休み。しかしクラリネット部とファゴット部はきはめて好調。イングリッシュホルンもなかなか。打楽器は練習期間が短かつたためか、本番を直後にひかへた金管がフルパワーでないためか、それに合はせたかのやうにいまひとつ弾けない。しかしそれも後半になると昇り調子だつた。

ところで広上さんが、きつちり止めた箇所『第12曲ディヴェルティスマン』の終曲『道化の踊り』。コーダの追ひ込みのところのトロンボーン・チューバの裏打ちの拍について。ここは説明しておかねばといふことだつた模様。

「ここは、スターカットですが、もつとバッバッ、といふやうに、しつかり音をつくつて、何かにかぶりつくやうにしてください。Dからもう一度」

食べることへの比喩が多いのが広上さんの特徴。その練習記号Dは、やや入りにくいところ。コンサートマスターはエイッヤッと全プレイヤーを引つ張つたのだが、弦楽、木管、金管にややズレが。しかしである、説明を受けた金管はもとより、木管も弦も、その音楽の彫りが深くなつたのがすぐに分かる。どんどんと音楽が感動的なものになるその場面に居合はせること、練習を聞く歓び、醍醐味はかういつたあたりにあるのせう。

話はいささか外れるが、たしかこの『道化の踊り』でタンバリン(他シンバルなども)担当の宅間さんは、ヒザと右手、上下打分けの妙技を披露。これは以前モントリオール響のタンバリンが来日の際、『ローマの謝肉祭』で見せてゐたことがある。私にとつてはそのTV以来のことで、ナマでははじめて體験。

この『くるみ割り人形・第二部』の練習、途中、広上さんは話しながら、語りかけながら、注意を挟みながら、ときに笑ひを誘ひながら、またテンポの変はるところでは、秘術を用ゐて特別なシグナルを出しながら、ほとんど止まることがなかつた。そのため11:21には終了。楽員が引き上げはじめる。さあ、私も次があるので席を立たうか、と思つたところで、弦楽合奏がはじまる。チャイコフスキーの弦楽セレナーデの第三曲エレジーだ。これはアンコールの練習である。管打楽器が去るといつた光景と、この曲の持つ旋律とが重なつて、空席がほとんどのコンサートホールにものさびしさを際立たせる。

しかしこの練習は短いながらも濃厚だつた。この曲を聞いてお客さんはコンサートホールを後にする。だからいい加減にはしない、といつた気迫がある。あんなに體全體をつかつて何事かを伝へやうとする広上さんをいままで見たことがない。

止めたところで印象的だつたのは、ヴィオラの大事な旋律。70小節から。

「弓は返りますが、次にゆくときにエネルギーを保つて下さい」

これによつて明瞭な色彩の油絵具を厚く塗り重ねたやうな効果が出た。そのあとも各部の旋律、とりわけ94小節からの、ストリジェンドのヴァイオリンへの指揮指導なども、無言のまま命がけで忍法を敵に仕掛ける忍者のごとく。そしてTempo気砲發匹訥樵阿離侫Д襯沺璽燭猟垢気砲弔い討睫別に。かういふ微調整を経て、ヴァイオリンが溜息をつくところ、ヴィオラが涙をすすり上げるところがはつきりと見えてくる。

だがこのアンコール、本番の広上さんは意外とクールに振つたことだらう。さういふ場面には何度か遭遇してゐる。2009年の11月定期には、定期にめづらしくアンコールがあつて、それも弦楽合奏、グリークの『晩春』だつたのだが、素知らぬ風で振つてゐた。しかし、このときも練習には普通でない熱が籠もつてゐたににちがひない。

こんな心づくしの下準備の現場に立ち会へるのもリハーサルならでは、そして京響ならでは。プレイヤーの皆さん、そして運営のみなさん、これからもかういふ機会をどうぞぜひよろしく。終了は11:29。どうしてこんなに時間に詳しいのか。それは午後に用事があつたからなんです。表に走り、すぐタクシーに。

2011-09-17

第15回京都の秋音楽祭開会記念コンサート(2011年9月17日)総練習 ・前

第15回京都の秋音楽祭開会記念コンサート(2011年9月17日)総練習・前

今日の京響は、

第15回京都の秋音楽祭
開会記念コンサート
指揮/広上淳一 Pf/田村響
リスト:ピアノ協奏曲第1番変ホ長調
チャイコフスキー:バレエ音楽「くるみ割り人形」第2幕


このコンサートには、あらかじめ行かれなかいのが確定してゐたけれど、午前にあつた友の会会員のための公開練習に応募してゐた。当選しても行けるものだらうか、と思つてゐたら、応募そのものが少なかつたのか、結局当選してしまつた。さて実際に当選してみると、やはり行きたい。またハガキには、手書きの親切なコメントも添へられてあつて、なんとご丁寧な方なのでせうか、どうしても行きたくなる。この午前の一時間のため、一週間前より骨身惜しまず時間調整など試みた。その甲斐はあつたのである。

前回、6月に参加した京響のホールリハーサルでは、指定された1階座席の後半部の一番ステージ寄りで聞いたのだが(ほとんどホール中央)、これは失敗だつた。ほとんど空席状態では、当然のことながら残響が多すぎて分離が悪い。ボストンのシンフォニーホールには、練習の際、空席のホールの残響を整理するために、会場客席中央に下げる仕切り幕があるさうだ。私も何かのきつかけで巨万の富を築くことになれば、京都コンサートホールにそれを寄付したいと存じてをります。

そんな経験もあつて今回は31列(最後列)に座る。ここだと、一階部分に迫り出した二階席の真下の天井があるので、残響は減つてずつと聞きよい。広上さんの出す指示も、やや内容が聞き取れる。

その練習箇所は

チャイコフスキー:バレエ音楽「くるみ割り人形」第2幕
 10.魔法の城
 11.クララとくるみ割り人形の登場
 12.ディベルティスマン 
  スペインの踊り
  アラビアの踊り
  中国の踊り
  ロシアの踊り
  あし笛の踊り
  道化師の踊り
 13.花のワルツ
 14.パドドゥ
  アダージョ
  タランテラ
  こんぺいとうの踊り
  ヴィヴァーチェ アッサイ
 15.終幕のワルツとアポテオーズ


その日の午後のコンサートのための直前練習であるから、途中で止めないだらうと思つてゐたが、しかし練習は二日間もなかつたのだらう、若干の注意はあつた。曲の途中に戻つて繰りかへしたところが二箇所ほど。止まるとやはり音楽に身を委ね切るといふことにはならない。もし通してやつたとしても練習はコンサートの単なる予行ではないから、コンサートそのものの代用にはならない。がしかし、リハーサルでなければなかなか分からない、なかなか味はへない感動的な瞬間もまたある。


(以下続きます)

2011-08-06

京響2011年8月定期(第549・広上淳一)後

京響2011年8月定期(第549・広上淳一)後

さてその騒ぎの後でドンキホーテ。これがメインであるわけだが、ご承知のとほり、ソロヴィオラのサンチョパンサと、ソロチェロのドンキホーテが入る。ちなみに弦楽五部は62人態勢のまんま。メインで、しかもリヒャルト シュトラウスで刈り込むわけにもいかんしねえ。その弦楽器の配置は、左から第一、第二ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、で、その奥にコントラバス。ちなみに私が聞いていたのは、そのコントラバスのほぼ上のやや客席側の二階席。

興味深かつたのがソロの配置。ヴィオラの店村さんはチェロの前に着座で。チェロの上村さんは第一第二ヴァイオリンの前。両者とも指揮者のやや前方。これがこの日のこのドンキホーテの組み立てをよく表してゐた。

曲がそのやうに書かれてあるわけだが、ドンキホーテの上村さんの新内の美声のソロはトッティーとよく馴染み、サンチョパンサの店村さんの義太夫節は一人語りが饒舌だつた。したがつて独奏チェロのある管弦楽曲といふ造りではなくて、チェロをはじめとする、管弦楽独奏を含む交響的情景、といつた展開だつたのである。

この夜のコンサートマスターである渡邊さんのヴァイオリンソロはじめ、京響の藝達者たちが、バランスを保ちつつ、様々な音の風景を見せる。それは万華鏡のやうにたのしい進行。期待してゐたドンキホーテとちがひ、違和感も感じた人もあつただらうが、これは人選、編成からして広上カントクの意図だつたのでは。

普通ならチェロを外から呼び、指揮者よりも客席に近く席を置いて前面に出す。オーケストラの音量は調整。これが穏当な方法か。ただし、チェロがこけると、収拾がつかなくなるが。しかし今回はヴィオラを外から招き、チェロは気心の知れた内部から。したがつてソロへのスポットライトは、チェロ以外にも頻繁に当てられてゐたのだつた。またトッティーで押すところでは、ソロチェロを含め全體の厚みで勝負。前半とはちがつた繊細さ、重みのある演奏だつたのである。

広上さんのリヒャルト シュトラウスは、広上さんが京響に就任すると発表された2007年8月の定期のとき以来である。その『死と変容』はじつにフォルテッシモに魅力のあつた演奏であつたが、今日聴けるやうになつた繊細さ、とくに弦の繊細さは期待すべくもなかつた。そのときに16・16でやつてゐたら、どうなつてゐたことか。その力押しの演奏から4年を経て、このドンキホーテは、なんと隅々まで気の利いた演奏であつたことか。

この広上さんの16・16、なんともその味を、體が覚えてしまいさうである。が、これもカントクの狙ひかもしれない。カントクの公約は定期二日制であるが、弦楽の増員も当然要求があつてしかるべきであらう。

しかしこの演奏会、乱れのなかつた謝肉祭がもう一日あると、どう弾けるのか、とか、このドンキホーテも、もう一日あつたなら、もつと遠くに行けたのではないか、とか、興味は尽きない。假に経営面を無視しても、京響の藝術面からして二日制はぜひとも達成したいもの。また今年の夏のやうに、その都度プログラムを変へて、演奏会の数をこなすのは大変である。集約したプログラムで勝負するほうが、プレイヤーの余計な負担がなくなる。どちらにしても来年度にかけて二日制移行の問題は避けては通れないだらう。

京都会館に世界一流のオペラを招く、なんて馬鹿なことはとつととやめ(これが馬鹿噺であることは、市長を頂点とする市役所が一番よく判つてゐることだらう。これは単に工事のための口実なのだから)、それはびわ湖ホールと、堂島の新フェスにお願ひして任せ、京都市が専念すべきは、京都市交響楽団の名称から京都市を落としても、京響を関西広域で広く愛されるオーケストラにすることではなからうか。私には、これが二日制の実現、ひいては、京響の今後の発展の肝腎であるやうに思はれる。現にカントクの指揮の数でいへば、京都市外での公演がじつに増えてゐるのである。

2011-08-05

京響2011年8月定期(第549・広上淳一)前

京響2011年8月定期(第549・広上淳一)前

今年の夏の京響は大忙し。みなさんお疲れはありませんか。しかし音からはそんな様子はいささかも感じられず。

【日時】8月5日(金)7:00pm開演
【会場】京都コンサートホール
【指揮】広上淳一(常任指揮者)
【独奏】上村 昇(京響ソロ首席チェロ奏者)
    店村 眞積(ヴィオラ)
【曲目】ドヴォルザーク:序曲「謝肉祭」op.92
    レスピーギ:交響詩「ローマの祭り」
    R.シュトラウス:交響詩「ドン・キホーテ」op.35


広上カントク(くりかへしますが、このカントクといふのはニックネームです。正式には常任指揮者)が指揮する京響の開放的なこと。またこのプログラムの騒々しい、ぢやなくてにぎやかしいこと。大音量で暑気払ひ。

いま広上さんで聞きたい一曲をリクエストしてごらん、といはれたなら、まづ『さまよへるオランダ船』の序曲を挙げて、その次がこのドヴォルジャークの『謝肉祭』。このプロ、待つてました。しかし落着いたテンポではじまる。弦がしつとりとしてゐる。金管打楽器でシバキを入れる演奏が多いなか、金管打楽器も弦にきれいに溶ける。

ところで今日の弦は16・16・12・10・8。この厚みはいかんなく発揮。曲想の推移でも、コクが薄くならない。しかしさうでありながら、各声部も明瞭。みなさんイントネーションもあざやかに、そして聞き合ひ、合はせ合つて弾いてをられるからなのでせう。7月定期の好調は発展して維持。

今日は、後半のドンキホーテのライヴ収録もあつたわけだが、この謝肉祭もぜひ同じCDの板に収めて慾しいもの。切におねがひいたします。

次いで『ローマの祭』。驚嘆して聞くべきは、レスピーギ一流の大音量なんだらうが、今の京響で聞くと、その大音量にして端整でさへもある。ソロももちろん決まる。第一ホルンの垣本さんも絶妙のハイトーン。バンダのトランペット三人も、もちろん打楽器十人衆とピアノ連弾も。

当然、会場の拍手も終演後のやうな騒ぎ。広上さんも、バンダのトランペット三人、オルガン、第一トロンボーン、第一ホルン、第一トランペット、連弾ピアノ、バスクラリネット、ヴァークナーチューバ、マンドリンと云つた具合に立たせる。

さてその騒ぎの後でドンキホーテ。これがメインであるわけだが、

(といふところで、この続きは明日に・・・)

2011-07-26

京響2011年7月定期(第548回・大野和士)後

京響2011年7月定期(第548回・大野和士)後

またかうも思ふ。大野さんはマーラーといふ図形を解くにあたつて、我々にはまつたく気が付かない補助線をいくつも入れてゐたのだらうか。

それともこの集中は、大野さんの中にあるもつとおほいな歌、それとも情景、もしかすると心の中の舞台のためのものであつて、この日の演奏もその一部、伴奏なのでは。そんな空想もしたくなるほどだつた。

しかし京響のプレイヤーは、大野さんの圧倒的な、まさに楽員を圧倒するほどの音楽の深さを、よく汲んでそれを表現してゐた。この二年間の充実がひとつのかたちになつた。

まづ弦の息の長さ、中太りの感じられる旋律線。これは直前の定期、6月のコーガンさんの指導を経てきた利点が活きてゐたのではないだらうか。

またナエスさんのトランペット。昨年主席となつて、今年4月のマーラーの五番でもむろん重い役を担つて好評だつたが、この日はその地位を不動とする存在感を示した。しかしそれは強圧的なものではなく、この大野さんの世界にも溶けるしなやかさであり、弱音のニュアンスの多彩さであつた。だがトランペットセクションが優秀であることは、主席にとどまらない。舞台袖のポストホルンを吹いた早坂さんの、一世一代、彼岸の響き。

マーラーの三番といへば冒頭のホルンの斉奏。それはむろん極上にきまつてゐる。京響のホルンは強力である。ただしそれは、一人一人が名人だ、といふきらひがなくもなかつた。しかしこの大曲に挑むあたつて、各人のアタックは見事にそろつた。再現部の斉奏でもブレ、乱れがない。京響名物ではなくて、京都の名物。2010年3月のバボラークさんとの共演以上の収穫である。この大局(大曲に非ず)を越えた次の定期が、一層楽しみである。

そしてフルートの清水さん。これは二年前のショスタコーヴィッチの時もさうだつたが、大野さんの不思議な世界に一石をさり気なく投ずる、精妙でゐて張りのある音色は、このマーラーでも。終演後の拍手の中、木管奏者の中では真つ先に起立を促されたのも当然だつたらう。

急に小山さんの代演となつたメゾの手嶋さんについても書きたいのだが、これは背後から聞いたのと、大野さんの足取りが速かつたのとの両方で、十分にその声を聞いたとはいいがたいので、割愛ご容赦。ただ席が席だけに、ポディウム席上部に座つた京響市民合唱団の女声と、京都市少年合唱団のソプラノとアルトの皆さんの声には包まれ、幸福感に満たされました。とくに少年合唱団の清い声に。このごろは、京都市少年合唱団の定期には行かなくなりましたけれども、いい声でした。ドイツ語の発音も花丸です。

話はプレイヤーから再び指揮者にもどるが、歌劇場が休みとなる夏の数日間、京都に来てくれた大野さんは、この京響をどのやうに感じてくれたのだらうか。私としては、二年か三年後、この組み合はせでまた大曲を演奏するとどうなるのか、それを聞き届けたくてしかたがない。フルートの清水さんのやうに、指揮者の世界に匹敵するなにかを、京響からもつとたくさん聞きたいのである。その時は、きつとそれが聞けるやうに思ふのだが。

その大野さんがこの京響を認めて、再演してくれるかどうかはわからない。だが広上さんプログラムのつくりの懐の深さには、来期以降も期待が持てる。自分と方法がまつたくちがふ指揮者もこのやうに京響に招く。なんと贅沢な客席であることか。そしてなにより京響に能力向上にとつてもそれは必要。しかしシェフも頂上を譲るつもりはまつたくないのだらう。これも二年前とまつたく同じだことだが、大野さんが7月に振つたあと、8月定期は広上さんである。数年後ではなく、まづ来月何が起こるのか。来月の定期は、もう来週の金曜日なのである。

2011-07-25

京響2011年7月定期(第548回・大野和士)前

京響2011年7月定期(第548回・大野和士)前

昨日は京響定期。磨きぬかれたマーラー。京響の一つの到達点。

京響HPより・・・・・・

第548回定期演奏会(チケット完売)
2011年7月24日(日)2:30pm 開演
会場名:京都コンサートホール・大ホール
出演者:大野 和士 (指揮)
手嶋 眞佐子(メゾソプラノ)
京響市民合唱団(女声)、京都市少年合唱団

曲目等:♪開演前2:10pm〜プレトーク
マーラー:交響曲第3番ニ短調
(本公演には休憩がございません)
★ソリスト変更のお知らせ:予定しておりましたアルト小山由美氏が体調不良のため出演不可能となり、独唱が手嶋眞佐子氏に変更となりました。どうぞご理解のほど、よろしくお願いいたします。


大野さんの客演は、一昨年7月定期からまる二年ぶり。一昨年はラヴェルとショスタコーヴィッチ。そのときは、大野さんのラヴェルの世界を、京響は捕まへきれず、なんとももどかしい気持ちになつたことを思ひだす。

しかし今年はマーラーの三番一本。練習に十分時間を取つたといふこともあるが、よく大野さんの要求に応へたものだ。だが、このやうにオーケストラが客演指揮者の世界をかなり具體化できるやうになると、シェフとの決定的なちがひも見えてくる。

大野さんの棒の入りはやはらかい。冒頭のホルンの斉奏では、さすがに吸う息もあらく、厳しいタクトだつたが、短めの棒で打つ拍、一、そして二、は、フォルテでもあつてもきつい点にはならない。アオフタクトで煽るといふこともない。アクセントの迫力で聴かせるのではなく、旋律線のひろがりのなかに意味を込めよ、といふ棒。だから、たとへば四拍子ならば、體を横切る、三の拍が、しばしばブルブルと震へる。テンポアップするときでも、小節の頭をゴンゴン叩いて絞り上げるのではなくて、気がつけば、いつのまにかスルスルと速い。

さうやつて現れてきたマーラーは、濃密でしなやかで継ぎ目がない。前回も今回も私はバックステージの席から聞いたのだが、今回の大野さんの顔が集中してゐたこと、前回のショスタコーヴィッチの比ではない。

遅刻してきた聴衆は、あの長い第一楽章の後で初めて入場を許される。かなりの女性が鞄に小鈴をつけてゐて、それが鳴る。集中してゐる指揮者はそれにも寛容。また壮大なフィナーレに、多少フライングの拍手が被つても、不機嫌ではなかつたやうだ。いささか気分を害したやうに見えたのは、第二楽章のあと、メゾの手嶋さんが入場するときに、小さな音の拍手が続いた時。そして終楽章で第一ホルンが小さなミスをした時くらゐか。ところで、たしかにこの日この曲この演奏で、楽章の間に拍手あつたことは緊張を切つた。しかし手嶋さんは、急遽交代で京都に来たのであつた。聴衆としては、歓迎の意を表さないわけにはゆかなかつたのである。

では指揮者のその集中は何に向けられてゐたのか。オーケストラの実際の演奏への目配りだつたといへるだらうか。それはさうではなかつた。ここに広上さんとの大きなちがひがある。

シェフは、その場で出てくる音に実に鋭敏に反応する。このごろでこそすくなくなつたが、サムアップのサインの多かつたこと。本番の最中でも、そこまで出来るのなら、もつとやらう、といふこともする。危なくなりさうなら、先手を打つ。

けれども大野さんは細部を振ることはほとんどない。練習が濃厚であつたのは、出てくる音を聞けばわかるが、たとへば、第一楽章の経過句(パッセージ)などでは、意味が十分に込められずに、受け渡しが不安定になるところもあつた。それには反応しない。あとに続く場面で締まりをつける、といふこともない。外面的に見れば、その顔の表情からしても、細部はオーケストラに任されてゐた。

大野さんの内には深い音楽があるのは確かである。そしてもしかすると、こんなことを思ひながら指揮してゐるのではとさへ思つた。それは、

『各自が音、旋律に意味を込めてください。ですが、それは必ず私の世界の中にあるものでなくてはなりません。もしそれとちがふとすれば、それは聞きたくありませんし、また聞こえません』

2011-06-24

京響2011年6月定期(第547定期・パーヴェル コーガン)

京響2011年6月定期(第547定期・パーヴェル コーガン)

京響2011年6月定期は今夜。いやあ、グローさんのピアノのすごいこと。コーガンさんの指揮の下、京響の弦の音の密度もすごかつたが、今日はまづソリストからご紹介。

第547回定期演奏会
2011年6月24日(金)7:00 pm 開演
会場名:京都コンサートホール・大ホール
出演者:パヴェル・コーガン (指揮)
マルクス・グロー(ピアノ)

♪開演前6:40pm〜プレトーク
リスト:交響詩「プロメテウス」
リスト:ピアノ協奏曲第2番イ長調
チャイコフスキー:交響曲第4番ヘ短調op.36

そのピアノ、冒頭の弱音での入りから一音一音の美しさに圧倒された。それの連なり。そしてその音の仕上げの彫琢。黒のパンツにネズミのシャツ。軽々とあらはれたグローさんから、京都コンサートホールのスタンウェーで聞く最上の音が流れ出た。両腕の肘を脇腹に寄せ、掌の甲もほとんど上下しない。それでゐてあの深い鋭い音。

しかし「それでゐて深い鋭い音」、といふのはまちがつてゐるのですぐに撤回する必要がある。それゆゑに深くて鋭い音。身體のエネルギーが損なわれることなく音になつてゐるのだから。日本古武術研究家、甲野善紀さんの追求して止まない『うねらない、ためない、ひねらない』の一つの例だといつてもよいだらう。肩も力まずにほぼ水平に静止。ほんとうにそのスタンウェーから音が出てゐるのだらうか、と疑ひたくなるほどの動きの小ささ。

その音のマジックに会場も惹き込まれて爆発的な拍手とブラヴォ。アンコールは同じくリストの『鱒による変奏曲』。原曲シューベルトはどこかに行つてしまつて、完全にリストの世界。会場の拍手はなほ止まず、もう一曲となる。本人は面倒だなあ、といつた表情だが、今度は古典派の緩徐楽章だ。ハイドンの変イ長調のソナタのメヌエットであつたさうだが、この曲からは、かすみのやうな微細な音も聞こえてくる。首を傾げたまま動きもせず、目を半眼にしてうつとりと聞いてゐる弦楽器の女性も、すくなくとも数人はゐました。会場はまたしても熱狂。ソリストは答礼の後、鍵盤の蓋を閉めて引つ込んだが、会場はさらにもう一度呼び戻したほど。

ところで京響の弦の音もそれに負けてゐなかつた。この京響あればこそグローさんには、

「いつもすばらしいオーケストラの音を楽しんでゐるけれども、あなたのピアノの音はさらにすごいとおもつた」

と拍手で伝へることができるのである。ありがたいことです。ところでその京響、今日は一曲目のプロメテウスの冒頭の地鳴りにやうな低弦の響きからして、いつもとはちがふ。重い空気を強引に切り裂くやうなコーガンさんの棒が意図するのは、密度ある弦の音。それに応へて、音の新しい境地に踏み込まうとする弦楽五部。このリストのあまり弾かれない曲、そしてこれは京響にしても初演の曲だつたが、途中、すこしも弛緩することがなかつた。この第一曲が終はつて、メンバーには笑顔、笑顔、笑顔。またこの音は協奏曲でもそのまま維持されて、グローさんのタッチとすばらしい相性を見せたのは前述の通り。

休憩後のチャイコフスキーもその密度を保つたままはじまつた。ただ、この曲はリストの世界とはいささかちがふ。主題と、主題の展開と、主題の回帰、そして楽章を飛び越しての主題の成長。そのあひだには当然、起伏があり、それにつれて濃淡もあるのであるが、指揮者はどこまでも密度ある弦の音を追求したため、交響曲としての景色の変化は、若干ながら犠牲になつてゐた。チャイコフスキーの第四に思ひ入れのある人には困惑があつても不思議ではない。あへて言つてみれば、これは交響曲としての演奏方法ではなくて、交響的練習曲としてのそれだつたのかもしれない。

コーガンさんは、とくに第一ヴァイオリンの指導に熱心で、しばしば弾き始め箇所の二泊も前から表情を与へはじめる。弾いてゐる途中にも『音を絞れ』のサインが出るのだが、それは多くの指揮者がするやうに『それでは大きすぎるからすぐに絞れ』の指示ではなくて、『次の旋律の開始から絞れ』なのである。かかる強力な意志を持つた指導で、今夜の京響の弦の音は、いつもとすこし異質、かつ極上だつた。その音作りの核となつたのは、微細だが早いヴィブラートだつたのではないだらうか。

しかしこのチャイコフスキーでは一箇所、瞬間だが集中が途切れてしまつた。第二楽章である。それは指揮者の責任だつたが、京響は落着いてすぐに修復。その後、両者ともそんなことはなかつたかのやうに再度集中。しかしそんな集中や修復に疲れてか、さすがに終演後、弦楽器奏者にはプロメテウスの時ほどの笑顔はなかつたが。ところでミスの修復に感心したりするのは、決していい趣味ではないとは思ふが、これも今の京響の地力のひとつですから書いておきます。ご容赦のほど。

今夜は音の密度に酔つた。旋律以前の音の波が、直接官能に働きかける。北山のコンサートホールもその音に満ちた。そして京響も新しい音を手に入れた、といへるかもしれない。今度シェフが帰つて来るのはたしか7月16日の『友の会』コンサートのはず。弦楽器のみなさん、練習初日にはぜひ広上さんをを驚かせ、そして喜ばせて下さいますやうに。

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