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昆虫亀

2016-08-08 ドゥルーズ『感覚の論理学』、新旧訳の図版番号対応表つくりました。 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

2月に出てたフランシス・ベーコンのLogique de la sensationの新訳をようやく確認。

ジル・ドゥルーズ『フランシス・ベーコン 感覚の論理学』宇野邦一訳


訳は山縣訳よりも(少なくとも日本語としては)だいぶ読みやすくなってるが、残念なことに図版が大幅に削られてる。

もちろんその分お値段が安くなってるので、まぁしょうがないといえばしょうがないのだが、ただやはりこの著作が、個々の作品にきちんと気を払いながら書かれた本であることを考えると、図版が参照できなくなっているのは、痛い。

昔の山縣訳は図版をドーンと盛り込んだおかげでかなり高価な本になっていたのだが、元の絵をを参照しつつドゥルーズ議論を追える、よい作りになっていた(実際にはほとんどの図版は白黒化されていたのだが、それでも絵の構図や雰囲気はかなりつかむことが出来た)。あの読書経験が失われるのはもったいないなあ、しょうがない山縣訳の図版と突き合わせながら新訳読むか、、、、

ジル・ドゥルーズ『感覚の論理 画家フランシス・ベーコン論』山県煕訳



と思ったら、旧訳と新訳で作品リストの順番が変わっていて、図版番号もバラバラになってるー!

これだと旧訳の図版と突き合わせながら読めない。くそう。




という旨のことを思いましたので、対応表つくりました。

以下、山縣版(旧)−宇野版(新)、(旧)−(新) という並びになってます。



旧-新   旧-新

80-#1   #1-23

#7-#2   #2-17

30-#3   #3-64

#8-#4   #4-37

11-#5   #5-66

#6-#6   #6-#6

52-#7   #7-#2

12-#8   #8-#4

13-#9   #9-72

62-10   10-56

59-11   11-#5

41-12   12-#8

60-13   13-#9

15-14   14-60

16-15   15-14

54-16   16-15

#2-17   17-61

81-18   18-57

57-19   19-55

48-20   20-43

49-21   21-59

65-22   22-62

#1-23   23-81

55-24   24-44

43-25   25-38

51-26   26-80

45-27   27-79

44-28   28-65

56-29   29-73

66-30   30-#3

37-31   31-45

79-32   32-67

82-33   33-39

74-34   34-36

58-35   35-51

34-36   36-52

#4-37   37-31

25-38   38-82

33-39   39-77

67-40   40-78

68-41   41-12

63-42   42-47

20-43   43-25

24-44   44-28

31-45   45-27

61-46   46-58

42-47   47-63

71-48   48-20

75-49   49-21

69-50   50-75

35-51   51-26

36-52   52-#7

53-53   53-53

72-54   54-16

19-55   55-24

10-56   56-29

18-57   57-19

46-58   58-35

21-59   59-11

14-60   60-13

17-61   61-46

22-62   62-10

47-63   63-42

#3-64   64-68

28-65   65-22

#5-66   66-30

32-67   67-40

64-68   68-41

76-69   69-50

70-70   70-70

73-71   71-48

#9-72   72-54

29-73   73-71

78-74   74-34

50-75   75-49

77-76   76-69

39-77   77-76

40-78   78-74

27-79   79-32

26-80   80-#1

23-81   81-18

38-82   82-33

92-83   83-86

93-84   84-88

94-85   85-95

83-86   86-89

91-87   87-90

84-88   88-91

86-89   89-93

87-90   90-94

88-91   91-87

95-92   92-83

89-93   93-84

90-94   94-85

85-95   95-92

96-96   96-96

97-97   97-97


フランス哲学者たちは芸術を語るときにしばしば作家論に陥りがちなところがありますが、ドゥルーズベーコン論はちゃんと作品に即している感じがして、そこはとても好感がもてます。図版とつきあわせながら読むと、ドゥルーズが各作品を細かく読み解いていることがよく解りますので、そういう意味でも、『感覚の論理学』はぜひ図版とつきあわせながら読むのをオススメします*1



*1:というか図版なしだとこの本何言ってるかよくわからない箇所多いと思うんだけど、みんなどうやって読んでんの? ドゥルーズの難解な記述に振り回されるのが好きな人はそれでもいいと思うんだけど、ちゃんと理解しようと思うのであれば図版なしとかありえんだろ。

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2016-05-10

「おける論文」、「横のものを縦に研究」への批判について 「おける論文」、「横のものを縦に研究」への批判についてを含むブックマーク 「おける論文」、「横のものを縦に研究」への批判についてのブックマークコメント

 「自分で一から考える」型の研究を称揚し、「おける論文」「横のものを縦に」系の研究をけなす論調は、人文系の研究ではたびたび見られるし、「反省的に思考する」作業を重視する哲学分野では、数ヶ月に一度聞く話。

 これモチベーションはわからなくもない*1し、自分で考えることそれ自体には重要な意味があると思うのだが、こういう話を聞くにつれ、いつも「一般向けの哲学カフェはさておき、専門家なら先行研究をふまえて議論しましょうね。そうしないと学術的に無駄が多いよ」という論点でオチが着く。ここまでだと大して面白くない話。


 ただ最近は、「日本の」「今の若手」研究者に向って「自分で考える研究のほうがすばらしい」と説教することの害については、一度(というか大事なことなので繰り返し)明示しておいたほうがいいかな、と思うので、ブログ書いときます。


 1.まず「日本の」という部分について。非西洋言語圏の中で、西洋文化の議論母国語でここまで読める国は少ない。これは先達たちが西洋文化の輸入に勤しんできたからだ。この蓄積は研究の土壌を育てるのみならず、非専門家の人々の教養を向上させることにも役立つ。専門家が海外動向を紹介しなくなったら、学術的土壌は蝕まれ、学問の質が下がるし、異文化理解の水準もぐっと下がるだろう。

 これは単に翻訳サボるなという話だけではない。「おける論文」の蓄積によって日本のカント研究やハイデガー研究、プラトン研究とかは、世界的に見ても質の高い業界になってるんじゃないの? そこもう少し評価しましょうよ、と思う。

 

 2.次に「今の若手」という点に関わる点。今の日本のアカデミック事情を見ていると、年配の先生方は相当忙しそうで、正直言って、よほど能力の有る人でない限り、文献を網羅的に読む作業ができていないと思う。これは各人の能力うんぬん以上に業界の構造的問題だ。そのため、一部の分野では、「たくさんの文献を読み検討する」という作業は若手(念頭に置いているのは学振とその後数年のオーバードクター)にしかできない、という状況が生まれつつある。

 むろん、多くの蓄積を備えた年配の研究者にしかできない大局的な研究もあるのだが、今の日本はそれとは別に「文献バリバリ読む系」の研究を若手がやらねばならない状況になっているのではないか。(もう少し言ってしまうと、場合によってはこれは「大御所先生の素朴な放言に対して、文献証拠を明示しつつその意義/無意義を示していく」という作業になる。これはなかなか大変な作業だが、時間と根気と善意がないとできない。年配のくそ忙しいはずの先生でこういう仕事ができるのは、伊勢田先生クラスの超優秀な人だけじゃないか。)

 「今の日本の」アカデミック界の構造的を見るに、こうした比較検討の作業を若手がやめてしまうと、かなり困ったことになりそう。ただでさえ今後はポストどんどん削られるし、優秀な若者が去りつつある(/去らざるをえなくなってる)んだから、業界的に意義のある地味な作業をやってる若手はきちんと評価しましょうよ、と思います。


 あと「自分で考える作業」は誰でも出来るし、非専門家Kindleなどで出版・発表すらできる時代なんだから、もう専門家に求められる作業って別のところな気がするんですよね、という話もあるがそれはまた今度。

*1:とりわけ歴史的にいろいろ怨念抱えた年配の先生が溜まりに溜まった批判をいうのは理解できなくはありません

2016-04-16

ウォルトン「芸術のカテゴリーの売上を熊本地震支援のために寄付することにしました ウォルトン「芸術のカテゴリーの売上を熊本地震支援のために寄付することにしましたを含むブックマーク ウォルトン「芸術のカテゴリーの売上を熊本地震支援のために寄付することにしましたのブックマークコメント

noteで売り出していたケンダル・ウォルトン「芸術のカテゴリー」の翻訳ですが、今後しばらくの売上全額を熊本地震支援のために寄付することにしました。

まだ購入してない方はこれを機にぜひどうぞ。

39ページ、390円です。


noteの記事への直接リンクはこちら

https://note.mu/morinorihide/n/ned715fd23434

なおこちらに補足解説記事も書いております。

http://d.hatena.ne.jp/conchucame/20150608/p1


ウォルトン論文で日本語で読めるものとしては『分析美学基本論文集』に「フィクションを怖がる」が収録されています。こちらも良い論文なのでおすすめです。(こっちも拙訳なので恐縮なのですが)



寄付先はまだ決めておりませんが、被害に合われた若い方々の学業支援として使われそうな先を探すつもりです。

では。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/conchucame/20160416

2016-02-13

Synodosで「分析美学ってどういう学問なんですか」という記事を書きました。 Synodosで「分析美学ってどういう学問なんですか」という記事を書きました。を含むブックマーク Synodosで「分析美学ってどういう学問なんですか」という記事を書きました。のブックマークコメント

Synodosでこういう記事を書きました。

「分析美学ってどういう学問なんですか――日本の若手美学者からの現状報告」

分析美学って普通の美学ですよ、という記事です。

「分析美学とは何か」的なことはこれまでさんざんブログで書いてきたので、すこし別の観点からいま思っていることを書いた感じです。


「大陸系vs分析系」とか、分析哲学のまとめ方とか、いろいろと語弊があるような書き方しちゃったかなー、という反省点もありますが、まぁこういう見取り図をきちんと文章で残しておくのも悪くなかろう、という気持ち。


Twitterなどの反応を見るとそこそこ評判はよさそうなので、すこしホッとしてる。(ブクマ数はブックフェアのときよりも伸びてる。)

Synodosの読者層はけっこう広くて、美学という学問を知らない人もたくさんいそうなので、そういう人に「へー、美学って面白そう」と伝えられただけでも成功なんじゃなかろうか。



「若手」なんだから、こういうアウトリーチ活動ばっかやってないで、きちんと論文書くべきなんだけどなぁ。

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2016-01-05

2015年の仕事まとめと反省、そして今年の目標 2015年の仕事まとめと反省、そして今年の目標を含むブックマーク 2015年の仕事まとめと反省、そして今年の目標のブックマークコメント

あけましておめでとうございます。

年末は子育てに追われてました。子育てナメてましたね。

「年末年始は新生児を抱っこしながらゆっくり本でも読むかー」と思ってた自分をぶん殴りたいです。



2015年の仕事とその反省をまとめておきます。


学術論文

二本書きました。どちらも論文集へのお誘いを受けて寄稿したものです。もっと査読付き論文書かなきゃ、というのが大きな反省点。美学会で発表したものも投稿しそびれてしまった。よくない。


博論

ようやく出せました。3月提出で9月に審査を経て、10月に正式に博士号授与されました。博士(文学)です。P!H!D!、P!H!D!。そろそろサルトル研究者と名乗ってもいいかもしれない。

なお、博論出版はしないことにしました。別に一般向けに出しても読む人そんなにいないし、一般向けに書き直せるような内容でもないし。そのうち全文が東大リポジトリにupされる予定です。


翻訳

重要論文を二本翻訳。

ウォルトンの「芸術のカテゴリー」は『基本論文集』に入れてもらえなかったので、これ出せたのはほんとに良かった。noteで出したのだが、まぁそこそこ売れてます。正直金銭的には出版社通すよりずっと良いです(とはいえそれでも大した額ではないですが)。

『基本論文集』も、校正時にはいろいろ嫌になる事件もいくつかあったが、まぁ出てよかったです。

翻訳作業は地道な、時にとても嫌になる仕事ですが、将来の美学界に寄与することは間違いないので、今後もコツコツやりますよ。

あと、2013年に出た『分析美学入門』が増刷になりました。高価な本ですが*1、コツコツ売れてます。嬉しい。


学会発表などなど

  •   2015年1月 科研「表象媒体の哲学的研究――画像の像性と媒体性の分析を中心に」(基盤C、研究代表者:小熊正久) 

     「〈芸術作品とは非現実的存在である〉という主張をどのように解釈すべきか:初期 サルトルにおける芸術作品存在論的身分と美的経験論」

     岡沢亮修士論文「人々の実践としての芸術/非芸術の区別:法・倫理・批評領域に焦点を当てて」合評会

     『サルトル読本』出版記念シンポジウム

     第一部「サルトルの全体像」司会

     第二部「サルトル哲学」登壇

     「芸術作品カテゴリーと作者性――2015年VOCA展の出品拒否事件を題材に」→解説&資料

     ワークショップ心の哲学美学の接続点」

     「Acquaintance Principleと美的証言:美学認識論の結節点」→資料


  •   2015年2月 展覧会「オントロジカル・スニップ」(HIGURE17-15cas)トークイベント

     登壇者は飯盛希、石橋友也、齋藤帆奈、名倉聡美、三木仙太郎

まぁコンスタントにどこかしらで登壇してた気がします。何の研究やってる人なのかよくわからないラインナップになってますが。

ちゃんと自分からエントリーしたのは美学会だけ。もうすこし積極的にやりたい。最近は「これは面白そうなネタになるぜ!」と思わないと自分からエントリーしないという感じになりつつあって、あまりよくない。要は面白そうなネタを見つけるセンスを磨かねば、ということなんだが・・・。



記事寄稿

最近ユリイカのエッセイコーナーで美学系の人が呼ばれてて、その波に乗った感じ。気軽に書けたのは良かったが、こういうのならブログでもよくね?という気もする。



アウトリーチ活動

初夏から秋にかけてはブックフェアプロデューサーとして雑務に追われました。単なる一時期のブックフェアに終わらせるつもりはなかったので、いろんな人に協力を仰ぎつつ、大きめのアウトリーチプロジェクトに仕上げました。幸いなことにまわりの研究者(特に若手研究者の皆様)がかなり献身的に手助けしてくれたので、とても助かりました。感謝感謝。おかげさまでブックフェアでは記録的な売上を叩き出しました。大成功。

たしか去年の目標は「アウトリーチ活動を控えてちゃんと基礎的な研究能力を磨くこと」だったんですが、こんな大規模なアウトリーチ活動やってしまった。初志貫徹まったくできてない。正直こういうアウトリーチ活動は若手がやる仕事じゃない気もするんだが、かといって大御所の先生にはこういう活動に割く時間はないんだよなぁ。

このブックフェアに関してはまた思うところを忘れる前にブログに記事書いておきたいけど、いつになるやら。



2015年の研究活動はこんなところです。

2016年子育てが入ってくるのと、生活のために別の(かなり異業種の)仕事を始めるので、研究ペースは若干落ちるかもしれませんが、なんとかサバイブします。

今年の目標は「研究者として生き延びること」です。


*1:6000円以下だったのが出版後すぐに消費税アップで6000円超えた

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