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3-20

歴史的仮名遣い

| 15:41 |  歴史的仮名遣い を含むブックマーク

(追記:あ、いつも饒舌な割には大事なことを書き忘れるのですが、要するに下で言いたかったことは、「現代仮名遣い」が定着しているなかで別の規範である「歴史的仮名遣い」を持ち出して「四つ仮名」の「正しい」表記がわかる、というのは時代錯誤ではないか、というだけのことです。「契沖仮名遣い」以下の段落は本旨と間接的にかかわりつつ、歴史的仮名遣いについて思うところを述べたものなので、読み飛ばしてもらって構いません。)

 長文になります。一気に書いたので読みづらい点はご容赦。


 id:iwamanさんからトラバをいただきました。ありがとうございます。ただ、「「現代仮名遣い」支持者」というのは不思議な言い回しで、これは「歴史的仮名遣支持者」から私はdisられているのでしょうか?

 現に私たちは「現代仮名遣い」が定着したなかに生きている、という当たり前のことを申し上げただけなのですが。


 「契沖仮名遣い」を基盤にして明治以降に成立した、いわゆる「歴史的仮名遣い」を個人的に使用するのは自由ですし、さらにいえば、現代の歌人和歌を実作するときにあえて「定家仮名遣い」を用いたりしたら、これは試みとしておもしろいと思います。「上代仮名遣い」*1にもとづいて、たとえば「き」を「支」・「紀」と万葉仮名で書きわける人がいてもおもしろいですね。

 規範としての仮名遣いは、どの時代にも設定できます。これもまた、私たち日本語話者の幅です。


 書き方としての「歴史的仮名遣い」は「現代仮名遣い」と同じく、近現代の産物です。「歴史的仮名遣い」が成立する以前に「歴史的仮名遣い」で文章を書いた人はいませんでした(当たり前ですが)。

 ですから、上代仮名遣いやア行の「え」とヤ行の「え」の区別があった『万葉集』などの奈良時代の作品、あるいは、かろうじてア行の「え」とヤ行の「え」の区別があったであろう『土佐日記』などの平安時代初期の作品を、イロハ四十七字の枠組みのなかで書く「歴史的仮名遣い」で翻刻するのは、原理的には誤りです。(上代仮名遣いや「え」の区別を明示した、『新校注 萬葉集』(和泉書院)は、そういう反省の上に立って作られたのでしょう)

新校注 萬葉集 (和泉古典叢書)

新校注 萬葉集 (和泉古典叢書)

 また、平安時代から江戸時代までの作品を読んでいると、「歴史的仮名遣い」に合致しない表記が非常に多く使われていることにすぐに気付きます。何でもいいです。『奥の細道』でもいいです。「馬の口とらえて」(歴史的仮名遣いでは「とらへて」)、「笠の緒付かえて」(「かへて」)、「行道なをすゝまず」(「なほ」)などなど、いっぱいでてきます。「いや、私の『奥の細道』ではそうなっていない」という場合は、それは校注者がわざわざ「歴史的仮名遣い」に直しているのです。草葉の陰の芭蕉にとってみれば、迷惑な話かもしれません。


 もし「歴史的仮名遣い」が現代でも意味を持つとすれば、実用面ではなくて「仮名遣い資料集」としてです。「歴史的仮名遣い」が「正しい」とされるのは、実例主義にもとづくからです。そういう意味で、国語政策としての「歴史的仮名遣い」の推進は、上代語や訓点語の研究水準の向上につながりました。

 しかし、その「正しさ」とされるものも、案外危ういものが少なくない。id:iwamanさんは「歴史的仮名遣い」は「「個人の語意識」などといふ曖昧な要素を入れることなく、正しい表記は決定される」とおっしゃいました。これは「四つ仮名」の扱いに関してだけそうおっしゃったのかもしれませんが、本当に「正しい表記は決定される」のでしょうか。

 なんでもいいのですが、「怠る」、これは「おこたる」でしょうか、「をこたる」でしょうか。平安中期からすでに両方の形が出てきます。『疑問仮名遣』でもこれを持て余して、確定できないけどア行の「お」だろうと推測される、という「曖昧」な結論を出したために、現代の古語辞典には「おこたる」で載っている。その程度のものです。

 「等閑」、これは「なおざり」でしょうか「なをざり」でしょうか「なほざり」でしょうか。「歴史的仮名遣い」だと「なほざり」のようですね。しかし、実際に古典を読んでいると、むしろ、古いものほど「なをざり」の形のほうが多いことに気づきます。では、なぜ「なほざり」になっているかというと、これは「猶あり(猶ざり)」だろうという語源説にもとづいているからです(「猶」は「歴史的仮名遣い」では「なほ」)。実例主義はどこに行ったのでしょうか。


 「机」は「つくゑ」でしょうか「つくえ」(この「え」はヤ行の「え」)でしょうか。「歴史的仮名遣い」が生きていた明治時代の人たちは「つくゑ」だと言ったはずです。そして、現在も、「つくゑ」を受け継ぐ人は多いかもしれません。しかし、新しい国語学的知見にもとづいて、これは「つくえ」だ、と言う人もいるのではないですか(いないかもしれませんが)?だとすれば、「歴史的仮名遣い」を用いる人たちの間でも「個人の語意識」というのはあるのではないですか?


 「歴史的仮名遣い」は日本人なら学ぶべきものです。「歴史的仮名遣い」を学ぶというのは、つまり古語を学び、古典を読むということで、古語・古典を学ぶというのは、わたしたちの祖先の歩んできた輝かしい歴史をたどることです。しかし、その伝統の重みが、現代社会においても何かの権威や正しさを背負っているというのは別問題ではないかと思うのです。

*1:これは厳密には「仮名遣い」ではないでしょうけど、ほかに言いようがないですね。