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6-30

しもつけの花にまつわる説話の謎

| 16:57 |  しもつけの花にまつわる説話の謎を含むブックマーク

 しもつけを買ってきましたー。愛らしい、とても清楚な白い花。

f:id:consigliere:20170630165617j:image

 しもつけは以前も記事にしましたので、よろしければ御覧ください。→ 「さてさてこの野州はやういかり参らせたよ」 - Cask Strength 某資料館にはもうほとんど行かないので確認できませんでしたが、今年もキレイに咲いたかな?

 ところで、しもつけのことを検索したところ、いきなり奇妙な話が出てきたのですが・・・

 捕虜にされていた父を助けに行った娘が、父のもとへ行くと父は既に病死していたという中国のお話があります。その際に持ち帰ったのがシモツケだったことから、「無駄」と「無益」という花言葉が生まれました。

https://tanpure.com/articles/1979/#i-2

 おそらく、元になったのは松田修氏『カラー歳時記 野草』の以下の記述だと思われます。ブログによっては「元」を「元騎」にしているものもありますが。

 戦国のころ韓の国に繍線という少女があった。彼女の父元は軍に従って斉と戦い、不幸にして敵に捕らえられて獄舎に投ぜられたのであった。繍線はこれを聞いて悲しみに耐えず、ついに心を決して自ら男装し、単身敵国に入り、つぶさに辛苦をなめて二年目にようやく獄吏となることができたのであった。そこでいかにでもして獄舎の父を救わんものと、獄舎の中を尋ね捜したが、父らしい影はそこにはなかった。繍線は不思議に思って、あるときひそかに父の所在を尋ねてみると、父の元はすでに獄裡に病を得て、その年の春三月ごろ、散りゆく花とともに死んでしまったということである。初めて知った父の死に、繍線は悲しみと恨みを抑えることができず、死囚として埋められている父の墳墓に詣で、しばらくは血の涙をこぼして泣き悲しんだのであった。かたわれでこれをみた人びとは、かわいそうに思ってたすけ起こし、いろいろ慰め、今は故郷に帰るようにすすめた。少女はあたたかい言葉にほだされて、今は詮なしと父の記念に墓の側に咲いていた一輪の花を携えて、わびしく故郷に帰り、この花を庭の一隅にさしたのであった。この花は根を生やし、その季節になるといつも美しい花をつけるのであった。人びとはその花に、孝心深い少女の名をつけて、繍線菊と呼んだ。これがシモツケソウの花であるという。

https://books.google.co.jp/books?id=eAS95TRKwJsC&lpg=PP1&hl=ja&pg=PA116#v=onepage&q&f=false

 ところが、こんなに具体的に語られているのに、この出典がわかりませんorz 『列女伝』とかにあるかな、と思ったのですが、どうも違うようです。あるいは、何か小説類にあるのか。あるいは、『枕草子』(「草の花は・・・しもつけの花」)の古注にそういう説があるのか。私、何か甚だしい見落としをしているでしょうか・・・?みなさまの御教示を乞う。

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6-25

中国人が初めて読んだ「和文」の文献は何だったのか

| 21:25 |  中国人が初めて読んだ「和文」の文献は何だったのかを含むブックマーク

 先日来、明の時代の貴族が『源氏物語』を読んだ云々というツイートが話題になりました(残念ながら、その元のツイートは削除されてしまいました)。

 『源氏物語』が大陸に輸出され、それを明人が読んだとは到底考えられないのですが、そもそも前近代の中国人が読んだ最初の「和文」の典籍って何なんでしょうね。

 日本人の著作が海を渡り、大陸で受容されたという例は確かにあって、このあたりは王勇氏や田島公氏等の得意とする分野かと思うのですが、私も少し関心があって折に触れて調べていることです。その最も古く、かつ、最も有名な例は、聖徳太子撰(太子の作ではないという説もある)『勝鬘経義疏』が唐土にもたらされ、法雲寺の明空という僧がその末注『勝鬘経疏義私鈔』を作った(『大日本仏教全書』所収。https://books.google.co.jp/books?id=5A7e1Tw-IAIC&hl=ja&pg=PA379#v=onepage&q&f=false)という件ですね。士大夫層とは異なり、当時の大陸にあってコスモポリタンな精神を持っていたのは仏僧たちであったと想像されるので、唐土の仏僧が東夷の国の皇太子が撰録した論書を尊重したのもよく理解できるのです。『高僧伝』等には同じ東夷の国である新羅の仏僧の伝があり、その著作がよく学ばれていたことがわかりますし。しかし、まあ、これは稀有なケースです。『勝鬘経疏義私鈔』末尾に、我が国律宗中興の祖である叡尊が感激の気持ちをこめて「右彼鈔者、大唐高僧之製造、日域面目之秘書也」(https://books.google.co.jp/books?id=5A7e1Tw-IAIC&hl=ja&pg=PA421#v=onepage&q&f=false)と讃辞を書いたのも、滅多にないことだからでして*1

 ただ、日本から大陸にもたらされた典籍は、聖徳太子勝鬘経義疏』『法華義疏』から始まって淡海三船起信論注』や石上宅嗣『三蔵讃頌』、源信『往生要集』や慶磁保胤『日本往生伝』等々、基本的には「漢文」で書かれたものばかりです。そりゃそうだろう。「和文」で書かれていても中国人は読めないのですから・・・

 しかし、たとえば元末成立の『書史会要』に「いろは・・・」が紹介されていますし、「和文」の存在はかなり古い時代から彼の国の士大夫層にも知られていたはずなのです。いろは歌のような片言隻句ではなく、大陸人が目にした最初の和文の文献は何なのか、気になります。

*1:念のためにいえば、「日域」とは日本のことです。

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6-21

今日は「黄梅雨」「濯枝雨」の一日

| 21:24 |  今日は「黄梅雨」「濯枝雨」の一日を含むブックマーク

 台風襲来のような一日でしたね!

 今日は夏至夏至の日に降る雨を「黄梅雨」と呼ぶのだと周処『風土記』は言っています。

夏至之日雨、名為黄梅雨。沾衣服、皆敗[黒+宛]。

(『太平御覧』巻23。「夏至の日の雨、名づけて黄梅雨と為す。衣服を沾し皆敗[黒+宛]す」)

 なぜ夏至の日の雨を特に「黄梅雨」と呼んだのかはよくわかりません。

 ただし、「黄梅雨」といえば、『初学記』巻2に「梅熟而雨曰梅雨【江東呼為黄梅雨】」とあり、長江下流の地域では梅雨のことを「黄梅雨」と呼んだという、こちらのほうが普通の用法で、

帆開青草湖中去

衣湿黄梅雨裏行

(『和漢朗詠集』下・水付漁夫。「帆開いて青草湖の中に去る、衣湿うて黄梅雨の裏に行く」出典は、白居易「送客之湖南」)

は「梅雨」と同義のほうでしょう。索引をひいて同じ文字列が出てきても、すべて同じ意味だろうと考えずに文脈をしっかりおさえてくださいね(突然の教師目線)。

 ついでながら、この時期の大雨を「濯枝雨」と呼んでいたことも周処『風土記』は記しています。ちょっとステキですね。

五月有大雨、名濯枝雨。

(『初学記』巻2。「五月に大雨有り、濯枝雨と名づく」、なお『芸文類聚』は「六月」とする)

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6-19

ルリマツリ(瑠璃茉莉)

| 21:45 |  ルリマツリ(瑠璃茉莉)を含むブックマーク

 散歩中にルリマツリが咲いているのを見かけました。

f:id:consigliere:20170619214401j:image

 キレイに写真が撮れたー(∩´∀`)∩ これはつぶやくだけではもったいないということで記事にしましたw いや、実は、高台の上に建っている御宅から長く垂れさがっていたのが圧巻で、その遠景の写真も撮るべきだったのですが!

 見た目がジャスミン(茉莉)に似ているということでマツリの名がありますが、別物です。あの甘い芳香はありません。

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6-17

不安だらけの神埼市「千字文モニュメント」

| 15:38 |  不安だらけの神埼市「千字文モニュメント」を含むブックマーク

市では、「王仁天満宮」と刻まれた石祠に着目し、5世紀の初め百済から日本へ論語千字文を伝えた、古事記日本書紀にも登場する「王仁博士」の歴史遺産(夢資源)として捉え、古代からつながる歴史のロマンを体感できる新たな観光施設として、市民とともに王仁博士顕彰公園の整備計画を推進しています。

当公園内には、王仁博士の功績を顕彰する施設として、「二儀日月」で始まる鍾繇(しょうよう)千字文モニュメント(965文字の記念碑)を整備しますが、神埼市民はもとより、全国のみなさんにも関心をもっていただくため、一人一文字ずつの揮毫をお願いすることにしています。

http://www.city.kanzaki.saga.jp/main/7853.html

 歴史的事実かどうかもわからないことを公金で顕彰していいのかどうかという不安もさることながら、その中身が「鍾繇千字文」だというのは再考を要するのではないでしょうか。

 「天地玄黄、宇宙洪荒・・・」で始まる梁・周興嗣の『千字文』が応神天皇代に伝来するはずはないので、王仁の『千字文』将来を歴史的事実と認め(たが)る方々によって、これは別の『千字文』だ、とか、『急就篇』等の他の書と混同したものだ、とか、いろいろな議論がなされてきたことは周知の通り。これはただの伝説に過ぎないのですから、周興嗣『千字文』を彫るか(現に、霊岩郡のほうはそのようにしています。王仁公園「千人千字文」が完成 韓・中・日の有志協力)、『論語』を彫るか、『古事記』の本文を彫るかが無難だと私などは思うのですが・・・。

 ともあれ、魏・鍾繇の『千字文』というのはその別の『千字文』の候補としてよく知られているものです。これもいろいろなところで解説されているので詳細は省きますが、後述するように、欠陥のある、素性のよくわからない「怪しい」テクストであるとは一言いっておきます。

 百歩譲ってそれらの疑問点に目をつぶったとしても、一つ重大な問題があります。実は鍾繇千字文』とされるものには欠字があり、現存するのは974字に過ぎないのです(参照、尾形裕康『我国における千字文の教育史的研究』71〜77頁)。その点からしても周興嗣『千字文』を用いるべきだと思うのですが、それはともかく「965文字の記念碑」というのですから、文字数に若干の開きがあります。思うに、鍾繇千字文』に見られる8箇所16字の重複文字のうち、いずれか一方を除いた結果ではないでしょうか。それでも、974-8=966と、1文字分の齟齬が生じるわけで、謎は深まるばかりです。続報を俟つ。

 私の推測通り重複文字の片方を除く処理を施したということであれば、たとえば「二儀日月」と「礼儀矜荘」のうち「礼儀矜荘」は「礼矜荘」という本文になるのでしょうか。わけのわからない粗悪な『千字文』の異本を後世に残しても、王仁顕彰にはなりません。

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6-16

過目抄ブックマーク数10000突破記念(3)

| 22:07 |  過目抄ブックマーク数10000突破記念(3)を含むブックマーク

過目抄ブックマーク数10000突破記念(1) - Cask Strength

過目抄ブックマーク数10000突破記念(2) - Cask Strength

 最後は「これはもっと世間に知られていい」ネタ。まだ1〜3users程度しかブクマされていないものから厳選してお届けします。

MR NIGHT HAS A DAY OFF - short film on Vimeo

no title

INCIDENTAL COMICS: Adventures of the Ampersand

D

誤訳にしても、これはあまりに・・・: 染谷研究室

D

【シゴトを知ろう】方言指導者 編 | 進路のミカタニュース

no title

phonetically defined #5 | Wrong Hands

no title

 大台に乗りましたが、今後とも過目抄をよろしくお願いいたします!次回は11000超えの時に!

6-15

過目抄ブックマーク数10000突破記念(2)

| 22:31 |  過目抄ブックマーク数10000突破記念(2)を含むブックマーク

過目抄ブックマーク数10000突破記念(1) - Cask Strength

 (2)はツイートを通じてのクリック数ランキング・トップ10です。1位は現時点で566clicks(「日文研30周年特設サイト|ソビエト時代の日本史井上章一教授)」)でした。

 毎回同じことを書いていますが、リンクを踏むというのは簡単なことのように見えて、実は一手間かかるのでなかなか踏んでくれないものなのです。ありがたいことです。

日文研30周年特設サイト|ソビエト時代の日本史(井上章一教授)

清水高志「皇運って何やねん、明治の造語やろ」読者「いえいえそうではありません」 - Togetter

関西のニュース | 関西テレビ放送 カンテレ

漢文教育に返り点って本当に必要??とある高校教師の独白? - Togetter

no title

臺灣華文電子書庫

 ※あわせてこちらもどうぞ → U-PARL » デジタルで発見!瀧川亀太郎の筆跡?「台湾華文電子書庫」のリリースを祝して?

中国国家図書館、中国の古籍に関する2つのデータベースを公開 | カレントアウェアネス・ポータル

『鳥獣戯画』をベクターデータ化した素材集が無償公開 ?“ダ鳥獣戯画” - 窓の杜

健康食品「ウコン」(ターメリック)には薬効はないことが判明 - GIGAZINE

 ※あわせてこちらもどうぞ → 判明してません。『「ウコン」(ターメリック)には薬効はないことが判明』はガセ:データイズム:オルタナティブ・ブログ

東洋陶磁美術館・主任学芸員小林仁氏が、なんでも鑑定団に出た曜変天目は偽物だと主張しています。結局、偽物だったようです。 - Togetter

 最終回「過目抄ブックマーク数10000突破記念(3)」は「これはもっと世間に知られていい」ネタです。お楽しみに!

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6-14

過目抄ブックマーク数10000突破記念(1)

| 20:54 |  過目抄ブックマーク数10000突破記念(1)を含むブックマーク

 遂にブクマの総計が10,000を突破しました!2009年9月10日から7年9か月でこれだけの数を積み上げたことになります。感慨深い・・・

 まとまった時間ができたら「特別企画」もしたいところですが、とりあえず、例のように直近1000ブックマーク(9001〜10000)の回顧です。「そういえば、こんなネタあったな!」とか「これは見逃していた!」と楽しんでいただければ幸いです。

 いつものように(1)は、私がつけたコメントに対してはてなスターがついたものや、アプリ連携しているtwitter上でよくふぁぼされたものなかから10個程度ピックアップしました。

#気の毒な名前の動植物 - Togetter

The First Known Depiction of a Witch on a Broomstick

北村薫『朝霧』を文庫版で読み直す - Basilii Secundi Historiae

Scavengers on Vimeo

【天皇陛下の譲位】新元号は平成31年元日から 皇室会議を経て閣議決定へ 法案提出は今年5月連休明け(1/2ページ) - 産経ニュース

Unicodeの異体字操作に便利なツール「異体字セレクタセレクタ」 - digitalnagasakiのブログ

「古池や…」 ニホンザル、5年がかりで芭蕉詠む

エラー|NHK NEWS WEB

明治の文豪も訪ねた満洲三大温泉はいま : ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

安倍首相:「そもそも」用法、政府が答弁書で正当化 - 毎日新聞

なぜ新聞は「想う」を使わないか | 毎日ことば

佐藤優が説く「孔子の言葉はなぜ日本人の心に刺さるのか」(佐藤 優) | 現代ビジネス | 講談社(1/2)

 次回「過目抄ブックマーク数10000突破記念(2)」は、twitterツイートを通じてクリックされた回数ランキングをお届けします。

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6-11

源順と「紫陽花」(授業のネタに使える話)

| 18:00 |  源順と「紫陽花」(授業のネタに使える話)を含むブックマーク

私たちに馴染みのある『紫陽花』という表記になったのは、平安時代のことです。学者であり歌人の源順(みなもとの したごう)は、中国白楽天の詩を読んだ際、その詩に記されている『紫陽花』と、日本でよく知られるアジサイが同じものだと考えました(実際は別種の植物だったようですが…)。このことをきっかけに、アジサイに『紫陽花』という漢字があてられるようになったのです。

http://www.tenki.jp/suppl/daaaaamegane/2017/06/10/23311.html

 オレ「どう考えてもこの記者さんはちゃんと調べものをせずに書いていると思うので、この『源順は・・・』以下のところを検証するのがA君の課題です」

 A君「はい、わかりました」

〜翌週〜

 A君「調べてきました!源順が編纂した辞書『和名類聚抄』に書いてありました!こちらです」

f:id:consigliere:20170611175831j:image

(『諸本集成 倭名類聚抄 本文編』470頁。http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991793/13 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991793/14

 オレ「そうかそうか。ところで私の『和名類聚抄』には書かれてないよ」

 A君「え?」

 オレ「ほら。『薄』と『荻』の間、『紫陽花』なんてないよ」

f:id:consigliere:20170611175828j:image

(『古写本和名類聚抄集成 第二部 十巻本系古写本の影印対照』231頁)

 A君「・・・」

 オレ「ところでA君の持ってきたこれ、『紫陽花』の項目が四角で囲まれているけれども、どうして?」

 A君「わかりません」

 オレ「この小さい字の、狩谷棭斎の注は読んだ?」

 A君「いえ・・・」

 オレ「また来週やり直しだね!」(ニコニコ)


 いろいろと考えるきっかけになると思うので、このネタ、授業で使ってもいいよ!

6-7

ボイセンベリー初収穫

| 22:04 |  ボイセンベリー初収穫を含むブックマーク

 ( ボイセンベリーの実 - Cask Strength

 ↓昨日の段階での実の様子

f:id:consigliere:20170607220121j:image

 もう大丈夫だろう、と摘み取ってみました!

 あの「いみじううつくしきちごのいちごなど食ひたる」(『枕草子』「あてなるもの」段)の「いちご」もこんな感じだったのではないでしょうか!

f:id:consigliere:20170607220122j:image

 ・・・まだ酸っぱかった・・・w

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