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9-4

consigliere2008-09-04

桐に鳳凰(4)

| 00:04 |  桐に鳳凰(4) - Cask Strength を含むブックマーク

   梧桐鳳凰

みそのふの 青桐咲けり 香をとめて うづのさか鳥 今か来啼かむ

(田安宗武『悠然院様御詠草』)――御園の青桐が咲いたよ。その香りを尋ねて、貴い瑞鳥(鳳凰)が今にやって来て鳴くだろう。

 どう考えても季節の合わない桐を最後に配した理由は何だったのでしょうか。慣用句「ピンからキリまで」の「キリ」と「桐」の語呂合わせだというのが通説のようです。たしかに、今まで検討してきたように、花札の図柄は古典的・伝統的美意識からはやや外れたものが多々ありましたし、今回も俗っぽい言葉遊びが発想のもとになっている可能性は捨て切れません。

 それでも、私は別のかたちでこの「キリ」の意味を理解したいのです。

 松と鶴という不変・長寿の象徴で始まり、天下の安泰に際して現われる瑞兆の鳳凰が住むとされる桐で終わる、というのは、祝福という点で意識的に首尾を対応させたものではないでしょうか。

 長寿という個人の幸福と、天下泰平という共同体的な幸福を願う花札作者の祈りの声が聞こえてきそうです。

 私も共にそれを願いつつ、まとめといたします。


 長いこと連載におつきあいいただき、ありがとうございました!思ったより長くかかりました〜w

 常識的に知られていることや、今までの読書から気づいていたことが基礎になっていたとはいえ、多くの記事については一から調べ直すという作業を強いられました。連載開始当初は不安もありましたが、不思議なことに、ネタに窮することは全くなく、むしろ、月ごと4枚にどうやってうまく話をまとめようかという点に苦心しました。退屈な記事、わかりづらい記述も目につきますが、文才のなさを恥じるばかりです。

 私自身は調べ物が楽しかったので、満足していますw 新しい知見をいくつか示すこともできました。ただ、門外漢のため、全くの思い違いをしている箇所や、私の臆測に先行する詳細な研究があるかもしれません。御意見、御批正をいただければ幸いです。

nickynicky 2008/09/12 23:21 ☆祝連載終了☆
あとは出版社を探すだけですね。「日本アルコールを粗方飲み倒す連載」も引き続き頑張ってください。

consigliereconsigliere 2008/09/13 17:51 あ、nickyさん、どうもありがとうございます!
出版社は見つかっていませんので、nickyさんをはじめとする読者のみなさまの人脈が頼りですw
なかなか印税生活ってできないですねw

9-2

consigliere2008-09-02

桐に鳳凰(3)

| 01:36 |  桐に鳳凰(3) - Cask Strength を含むブックマーク

 鳳凰は空想の生き物ではありますが、前近代東アジア為政者にとっては、自らの治世に出現することが切望された鳥でした。

祥瑞。

……鳳。【状如鶴。五綵以文。鶏冠、燕喙、蛇頭*1、龍形。】……

右、大瑞。

(『延喜式』巻二十一、治部省)

 当時の政治思想によれば、高い徳を持った聖王の統治が実現した場合、天がそれに感応してさまざまな祝福の印(祥瑞)を示すとされていました。「麒麟」や「一角獣」や「神亀」が出現するとか、普段は土砂を含んで濁っている黄河の水が澄むとか、「慶雲」が浮かぶとか、山から万歳を唱える声が聞こえるとか、とにかくたくさんあるのですが(上掲『延喜式』を参照)、鳳凰の出現もその祥瑞の一つで、「大瑞」つまり最もめでたいサインの一つだとされていたのです。

 もちろん、なかには、珍しい鳥を目撃してそれを鳳凰と勘違いしてしまった、悪意のない報告もあるでしょうが、たいていは政治利用のために偽証および偽造されたものであることは容易に想像できます。

 鳳凰は、大陸では漢王朝において多く出現したのですが、皇帝の権威が失墜して、国力が大いに衰退した後漢の桓帝と霊帝の時代にも現われています(趙翼『廿二史箚記』巻三)。はかない政治パフォーマンスでして、歴史学者の趙翼は「未必得実也」(この手のものは必ずしも「本物」ではない)と冷ややかです。

*1:頸か

8-30

2008-08-30

桐に鳳凰(2)

| 16:33 |  桐に鳳凰(2) - Cask Strength を含むブックマーク

 そういえば、この「花札」シリーズで使用している札の図柄は「骸屋」さんという素材サイト(?)から頂戴したのですが、閉鎖してしまったのでしょうか・・・?


 鳳凰はどのような姿をしているのか。中国の伝説上の皇帝である黄帝もその姿を見たことがなかったので気になったようで、臣下の天老という者に問うたところ、

天老対曰、夫鳳象、鴻前而麟後、蛇頸而魚尾、龍文而亀身、燕頷而鶏喙。

(『韓詩外伝』)その姿は、前が鴻(おおとり)で後ろが麒麟、蛇の首に魚の尾を持ち、文様は龍で身体は亀、顎が燕でくちばしが鶏、というのが天老の返答でした。我々にとって親しみのある、一万円札の裏に描かれている平等院の鳳凰像もだいたいそんな感じであることは一目瞭然です。

 もちろん、想像上の動物ですから、細部の設定(という言い方も変ですが)については諸説紛々としています。例えば、上述の黄帝はやがて実際に鳳凰に遭遇するのですが、『帝王世紀』という別資料の目撃証言によると、

鶏頭、燕喙、亀頸、龍形、麟翼、魚尾、其状如鶴、体備五色。

だそうです。燕のくちばしと亀の首といった辺りが天老の説明と少し異なっていますね。『説苑』にも黄帝と天老の問答に言及していますが、そこの天老の回答では、

鴻前麟後、蛇頸魚尾……龍文亀身、燕喙鶏噣、駢翼而中注。

「喙」も「噣」もくちばしという意味ですから、この辺りは本文上の問題があるかもしれません。「駢」は肋骨のことです。

 ほかにも、中国古代の辞書『広雅』には、「鶏頭、燕頷、蛇頸、鴻身、魚尾、骿翼、五色」(「骿」は「駢」と同義)、『京房易伝』には、「雁前麟後、鶏喙燕頷、蛇頸亀背、魚尾駢翼」(「雁」は独自の説のようです)、『楽叶図』には、「鶏頭、燕喙、蛇頸、龍形、麟翼、魚尾、五采」(麒麟に翼があるとは思えませんので、ここにも少し混乱がありそう)・・・等々、だいたいのイメージは一致しているのですが、細かい異同をつぶさに見ていくとなかなか興味深いものがあります。

8-12

2008-08-12

桐に鳳凰(1)

| 10:12 |  桐に鳳凰(1) - Cask Strength を含むブックマーク

 桐の20点札。桐の上で大きく羽を広げる鳳凰。

鳳皇鳴矣  鳳皇鳴く

于彼高岡  彼の高岡に

梧桐生矣  梧桐生ず

于彼朝陽  彼の朝陽に

(『毛詩』大雅・巻阿)梧桐はアオギリのこと。「鳳皇之性、非梧桐不棲」――鳳凰は梧桐の木でなければ棲まない――というのが伝統的な理解です。

8-8

2008-08-08

柳に小野道風(4)

| 22:13 |  柳に小野道風(4) - Cask Strength を含むブックマーク

 柳のカス札。太鼓に鬼(雷神)の手。

 柳は基本的には春の景物だと言いましたが(「柳に小野道風(2)」)、四季を通じて目を楽しませてくれますね。上島鬼貫はその折々の美しさを、

柳は、花よりもなを風情に花あり。水にひかれ風にしたがひてしかも音なく、夏は笠なふして休らふ人を覆ひ、秋は一葉の水にうかみて風にあゆみ、冬はしぐれにおもしろく、雪にながめ深し。

(『独言』下巻)と描写しました。「冬はしぐれにおもしろく」のことば通り、柳の20点札とこのカス札には雨が降っていて、柳の札が俗に「アメ」と呼ばれるゆえんです。

 カス札は異様な図柄ですが、太鼓と雷、と来ればおなじみの雷神さま。「鬼の手」とされるものは、一見、龍の指のようにも見えます。龍もまた雨に関係の深い生き物です。

 雷神が鼓とともに描かれる歴史は古く、約2000年前にはすでにそのような絵が存在していました。

図画之工、図雷之状、累累如連鼓之形、又図一人若力士之容、謂之雷公、使之左手引連鼓、右手推椎、若撃之状。

(『論衡』、雷虚篇)――絵師が雷を描くさまといえば、太鼓をいくつも連ね、また、力士のようなものを描いて、これを「雷公」と呼び、左手で太鼓を引き寄せ、右手でバチを推して太鼓をうっているようにさせる。

8-7

2008-08-07

柳に小野道風(3)

| 11:55 |  柳に小野道風(3) - Cask Strength を含むブックマーク

 私事でバタバタし、更新が滞りまして。


 柳の5点札、赤い短冊。『枕草子』の「なまめかしき物」の段に「柳の萌えいでたるに、青き薄様に書きたる文付けたる」とあり、柳の枝に青色系統の料紙を添える例は、

しりへのかたのかぎり、こゝにあつまりてならす日、女房にかけ物こひたれば、さるべきに、物やたちまちにおぼえざりけむ、わびざれに、青き紙を柳の枝にむすびつけたり。

(『蜻蛉日記』中巻、安和二年三月)あるいは、

日さしあがるほどに起き給て、よべの所に文かき給ふ。「いみじう深う侍りつるも、ことわりなるべき御けしきに出で侍りぬるは、つらさもいかばかり」など、青き薄様に、柳につけて、……

(『堤中納言物語』、花桜折る少将)などと古典文学に散見します。手紙を結びつけるものと手紙そのものは同色系でまとめるのが原則でしたから、柳の緑葉との組み合わせで青い紙を用いることは納得できるところで、花札で用いられる赤い短冊は王朝的美意識に反しているように思えます(参照、「菖蒲に八橋(2)」)。では、以下の例は?と反論があるかもしれません。

次の日、仲頼して御文あり。

  いかにせん うつつともなき 面影を 夢と思へば 覚むる間もなし

紅の薄様にて、柳の枝に付けらる。

(『とはずがたり』巻二)これは、緑と紅の組み合わせによって、「柳に小野道風(2)」で紹介した『古今和歌集』の素性の歌「柳桜をこきまぜて」の趣向を表現しようとしているのです。

7-24

2008-07-24

柳に小野道風(2)

| 00:22 |  柳に小野道風(2)  - Cask Strength を含むブックマーク

 柳の10点札。柳の枝の間を縫って飛ぶ燕が描かれています。

紫燕は、柳樹の枝にたわぶれ、白鷺は、蓼花の蔭にあそぶ。かやうの鳥類までも、おのれが友にこそまじわれ。

(『曾我物語』巻九・十番ぎりの事)自分と相性の良い相手と交わることの譬えとして取り上げられる柳と燕。大陸伝来の組み合わせでして、例えば杜甫「柳辺」詩に「紫燕時翻翼」(紫燕時に翼を翻し)と登場しますし、後世になると画題としてもよく見られるようになるものです。

 それにしても、20点札に描かれる蛙は冬眠動物ですし、燕は「仲春之月……玄鳥至」「仲秋之月……玄鳥帰」(『礼記』月令)とあるように、冬には姿を消す渡り鳥なので、どちらも11月の札に出てくるのは不審だといわざるをえません。柳も基本的には春の風物――「見渡せば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける」(『古今和歌集』春上・素性法師)――です。

 しばしば、花札は日本古来の季節感や美意識といったものを見事に演出している、といった話を耳にしますし、私もそれを否定するわけではないのですが、子細に見ていくと、オーソドックスな季節感から逸脱しているものがあるのもまた事実なのです。