呂律 / a mode distinction Twitter

2004-11-30

しゃれならん。11月がおわる。

俺に話しかけるな。 21:03  俺に話しかけるな。を含むブックマーク  俺に話しかけるな。のブックマークコメント

それは仕様です。

[] なぜそこまでして 21:03  なぜそこまでしてを含むブックマーク  なぜそこまでしてのブックマークコメント

君はルーマンにこだわるのか。

661 :名無しさん@社会人 :04/11/30 05:17:57

宮台さん、一般向けの本を書いているのだから、こんどわかりやすいルーマンのチャート参考書書いてちょ。

読者はど素人を想定してね。パソコンの超図解シリーズみたいなので。

ルーマンにわかりやすさもとめてる暇*1あったら他のもん読め。

[] お買いもの:純愛カウンセリング 11:08  お買いもの:純愛カウンセリングを含むブックマーク  お買いもの:純愛カウンセリングのブックマークコメント

いつの間にか岡村先生が本を出しておられる。買わねば。

純愛カウンセリング

純愛カウンセリング


おおむね──というかかなり──評判がよいようですが? はてなー的には。

[] 気づけばもう3時(;´Д`) 15:12  気づけばもう3時(;´Д`) を含むブックマーク  気づけばもう3時(;´Д`) のブックマークコメント

おまえらそれは仕様だっていってんだろ話しかけんな。

[] お客さま 16:26  お客さまを含むブックマーク  お客さまのブックマークコメント

google:コード化+カテゴリー化

大変申し訳ございません。いまだ(ほとんど*2)何も考えておりません。

[][][][] 富永『戦後日本社会学 富永『戦後日本の社会学』を含むブックマーク  富永『戦後日本の社会学』のブックマークコメント

泰斗キタ━━━━()━━━━ッ!!

12月中旬予定。

  • 富永健一、『戦後日本の社会学:一つの同時代学史』、A5判、472頁、6200円、ISBN:4130501585

高田保馬・清水幾太郎から原純輔・盛山和夫まで,戦後60年におよぶ社会学の主要著作を数十点取り上げ,イベント・世代・学派をキイ・ワードにそれらの一つ一つと対話を重ね,その到達点を明らかにする同時代学史.社会学研究の泰斗によって構築された戦後日本社会学史の滔々たる物語である.


第1章 戦後日本の社会学を見る視点

  • 主題としての「戦後日本の社会学」/戦後日本の近代化と戦後日本の社会学/戦後日本社会学の主要傾向/戦後日本の社会学を区分する

第2章 戦前世代による戦後初期の社会学

  • 戦後初期の理論社会学(1)/戦後初期の理論社会学(2)/「特殊社会学」対「総合社会学」/「論争」以後の日本社会学の行方──領域社会学

第3章 諸領域社会学の発展

  • 家族社会学/農村社会学/都市社会学/産業社会学

第4章 リベラル社会学

第5章 マルクス主義社会学

  • 戦後社会学へのマルクス主義の導入/日本版「マルクス主義社会学」の形成/「社会学者マルクス」の研究/日本版マルクス主義社会学のヴァリエーション

第6章 マルティパラダイムの諸潮流

結び 戦後日本の社会学の到達点とその将来

戦後日本の社会学 主要著作年表


図書館リクエスト組。

[] それは仕様だ。 19:04  それは仕様だ。を含むブックマーク  それは仕様だ。のブックマークコメント

俺は変える。

いや、なにも変えずに帰る。

*1:? 暇の問題じゃないか。

*2:ちょっとは考えた。

通りすがり通りすがり 2005/03/17 02:19 んじゃ、君が書けと。>ルーマンにわかりやすさもとめてる暇*1あったら他のもん読め。

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2004-11-29

[][][][] 涜書:フーコー『知の考古学』 01:00  涜書:フーコー『知の考古学』を含むブックマーク  涜書:フーコー『知の考古学』のブックマークコメント

夕食後半。III&IV章再訪。

Archaeology of Knowledge (Routledge Classics)

Archaeology of Knowledge (Routledge Classics)


やっぱわからんもんはわからんな。さすがにそろそろ諦めるか。

しかし「知」の「考古学」ってタイトル*の本で、

「考古学」のほうは、いまや人に説明できるくらいにバッチソ理解できたと思うのだが

「知」ってがなんなのかわかんないと わかったことにならんよなぁ。(嘆息)


* このタイトルは、
  • 《「Savoir」という記述領域を、「考古学」という記述方針でもって扱うよ》
あるいは、
  • 《「考古学」という記述方針を採ると、「Savoir」という記述領域を獲得できるよ》
と述べているのだった。なので、「Savior」がわかっとらんということは、この本がわかってない、ということなのであるよ。
ちなみに、『言葉と物』のほうは、
  • 《この本は言葉と物およびそれらの関係を扱っているよ》
と述べているのではなく
  • 《この本は、言表(〜言説)というものを扱っているのだが、それは言葉でも物でもないよ》
という趣旨のことを述べている。のだった。
ちなみに、『存在と時間』というタイトルは、
  • 《存在の意味は時間だよ》
と述べており、『存在と意味』というタイトルは、
  • 《存在(する)とは意味(すること)だよ》
と述べている。のだった。関係ないけど。

[] お買いもの:バルタサル・グラシアン 02:23  お買いもの:バルタサル・グラシアンを含むブックマーク  お買いもの:バルタサル・グラシアンのブックマークコメント


か、加藤センセっ! さすがですっ!



わろた。

この商品を買った人はこんな商品も買っています:

[] お客さま 09:59  お客さまを含むブックマーク  お客さまのブックマークコメント

google:職能神

神キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!


google:イナクトメント+社会学

(´・ω・`).....


google:社会学+中出し

中田氏はいかんぞ中田氏は。


google:(´・ω・`)+社会学

ネタかよ。

[][] 新刊二冊 09:59  新刊二冊を含むブックマーク  新刊二冊のブックマークコメント

社会科学基礎論研究会MLからのクリップ

  • はじめに  青弓社編集部
  • 第1章 不妊と男性をめぐる問題系  村岡 潔
  • 第2章 男性不妊治療の最前線  岩崎 晧
  • 第3章 不妊女性を支える男性たち  西村理恵
  • 第4章 男性不妊の歴史文化  白井千晶
  • 第5章 「男性問題」としての不妊──〈男らしさ〉と生殖能力の関係をめぐって  田中俊之

クリティークとしての社会学──現代を批判的に見る眼

  • 序 章 現代社会と批判的思考──批判の営みとしての社会学と主体への問い (西原和久)
  • 第1章 歴史の中の自我──自己・他者・暴力 (奥村隆)
  • 第2章 ポストモダン社会と自己物語──家族療法の変容を通して (浅野智彦)
  • 第3章 若者文化のゆくえ──「世代間ギャップ」は終焉したのか (小谷敏)
  • 第4章 「長生き社会」という観点 (宮原浩二郎)
  • 第5章 危機の時代の社会批判──カルチュラル・スタディーズ民主主義の問い (渋谷望
  • 第6章 政治社会の今を問う (早川洋行)
  • 第7章 情報社会の夢と現実──ITは社会を変えるか (張江洋直)
  • 第8章 社会運動は社会を変えるか──「〈私たち〉の社会運動」の地平と可能性 (山嵜哲哉)
  • 終 章 生活者の視線と社会学の問い──可能態としての現実とは (宇都宮京子)

奥さん!ポストモダンですYO!

[] 日本分子生物学会シンポ 15:57  日本分子生物学会シンポを含むブックマーク  日本分子生物学会シンポのブックマークコメント

研究MLから。転載情報を転載。

非会員でもこのシンポの参加費は無料だとのこと。

日本分子生物学会第27 回年会企画 <年会に参加される方は、ぜひおいで下さい>
第3回 男女共同参画シンポジウム:女性研究者がPI(研究グループのリーダー)になるには?
−「ガラスの天井」はどこにあるのか−
  • 年会4日め(12 月11 日)13:15-15:30 神戸国際会議場D 会場(3 階301 号室←変更になりました!)
  • 企画 日本分子生物学会男女共同参画ワーキンググループ(伊藤啓:東大・分生研、大坪久子:東大・分生研)

<趣旨>

男女共同参画問題には非常に多様な側面があり、短時間のシンポジウムで全てを総花的に扱ったのでは、深い議論は難しい。そこで本年会では毎回テーマを絞った企画を試み、昨年は育児支援の問題を取り上げた。今回は、独立した研究グループを率いるリーダーである、いわゆるPI(ピーアイ、Principal Investigator の略)のポジションに女性が少ないという問題を取り上げる。

 現在分子生物学の分野では、学部〜ポスドクの階層では女性の比率は3 割近くに達している。しかし助手・助教授教授と階層が上がるにつれ、女性比率は大きく低下する。研究所等でも研究員には女性は多いが、研究室長やプロジェクトリーダーには女性は少ない。上級研究職への採用や昇任に際して、あからさまな女性差別規定が存在するわけではなく、女性を意図的に排除する意識も現在では少なくなっている。このように制度的には開かれていて上が見えているはずなのにもかかわらず、実際には目に見えない障壁がある状況を「ガラスの天井」と言う。

 出産・育児に時間を取られることが女性にとってハンディキャップになっているのは明らかであり、育児支援の必要性は言うまでもない。しかしガラスの天井は子供がいる女性に限った問題ではない。育児支援制度の充実と平行して、それ以外の面にも女性PI の増加を阻害している要因がないのか、制度と意識の両面から問題点を発掘し、現状を変えてゆく必要があろう。

今回の議論が上級研究職をめざす女性研究者への具体的アドバイスにもなれば幸いである。


プログラム

  • 会長あいさつ
    • 山本正幸(東大・理:教授)
  • 学協会アンケートからわかる分子生物学会会員の実態
    • 赤林英夫(慶応大・経:助教授)・木村洋子(都臨床研:独立研究員)
  • 女性のPI はなぜ少ないのか? −−表にでてこない本音の声−−
    • 伊藤啓(東大・分生研:助教授)
  • PI になってみて思うこと
  • あなたは自分のラボを持ちたいですか?
  • Work hard! Work hard! Work hard! ...and dream big. −−ガラスの天井を突き破るには−−
    • 杉浦麗子(近畿大・薬:教授、神戸大・医:客員教授)
  • 男性が真の自己実現をしやすい社会こそ、男女共同参画への道 −−男性へのアファーマティブアクションの勧め−−
  • The Science of Scientist Recruitment
    • 広海健 (遺伝研、総研大・遺伝学:教授)
  • 内閣府男女共同参画局からのメッセージ
    • 塩満典子(内閣府男女共同参画局参事官)
  • 討論

[][][][] 涜書:ミシェルフーコー『思考集成3』 18:01  涜書:ミシェル・フーコー『思考集成3』を含むブックマーク  涜書:ミシェル・フーコー『思考集成3』のブックマークコメント

昼食。凄い勢いで俺がフーコーを再読するスレ

3歩進んで2歩下がる。いや、3歩か。

饒舌のスパイラル

[] 俺はもう帰るのだ。話しかけんな。 18:59  俺はもう帰るのだ。話しかけんな。を含むブックマーク  俺はもう帰るのだ。話しかけんな。のブックマークコメント

これより以後、俺の返事はすべて:

仕様です。

だ。

[] 大学院進学はまちがいなく自殺行為である 09:59  大学院進学はまちがいなく自殺行為であるを含むブックマーク  大学院進学はまちがいなく自殺行為であるのブックマークコメント

大学院進学はまちがいなく自殺行為である

仕様です。

違う。
みんなシンクタンク目指すか日曜社会学かだ。

とかいってないで帰ろーっと。

june_tjune_t 2004/11/29 11:58 >google:社会学+中出し。
 すごいですねえ。何が目的の検索なんでしょうか。「中田氏の社会学」とか。セクシュアリティ論か。(つーか、これでヒットするって……。)

contractiocontractio 2004/11/29 13:11 検索する香具師も香具師だが、ヒットする方もどうかしてます。

contractiocontractio 2004/11/29 18:59 (てゆか流して流して)

june_tjune_t 2004/11/29 19:28 >(てゆか流して流して)
 えー

rnarna 2004/11/29 23:12 「できちゃった婚」が増えたのはなぜか、なぜ敢えて避妊しない人が増えたのか、とか?>「中田氏の社会学」

contractiocontractio 2004/11/30 00:32 (流して流して) でもちょとそれらしいかも。

nono 2004/11/30 01:01 酒井さんは近ごろ朝昼晩三食ともフーコーを食べているし今日もやっぱり昼と夜に凄い勢いで食べていた。食物成分表(1996年・四訂)を見るとフーコーには人間食に適合しない難消化性のミネラルが多分に含まれており多食・連食・単食による肝障害の危険性があるというので朝おきて鏡をみて顔が黄色いと感じたらそれは黄色人種ゆえならずフーコーの食べ過ぎである可能性を疑うべきであり注意を要する。さらにフーコーには馬の耳内にある消化酵素以外では消化できない繊維質が豊富であり不快な腹部膨満感をもよおしやすい。しかし丹念な咀嚼はその繊維質の腸内沈着性を高め体内からの排出を困難にせしめ件の腹部膨満感はやがて慢性化・無感覚化され症例としての発見を困難にし静かに確実に症例を増やす要因となっている。アディクションを引き起こす危険性が指摘されているルーマンはツウが好む食べ合わせとしてフーコーの食前ないし食後にアツアツの米飯にのせて供されることがままありフーコー食とルーマン食の複合症例の報告が散見される。重度複合症例者の報告ではフーコーの暴食による消化器系の不調期にもルーマンへの食欲求を抑えることが難しくフーコー臭の漂うゲップをげふげふしながらもルーマンを舐めずには眠れないとある。酒井さんのお体が心配であるが身を以て邁進する症例開拓の実践には愛おしさを覚え明日の症状報告が楽しみで仕方がない。ふふふおやすみなさい。

contractiocontractio 2004/11/30 01:52 あーちょっと自覚症状あり。ご教示どうも。

contractiocontractio 2004/11/30 01:57 ちなみにフーコーとルーマンの食べ合わせが悪くないことは夙に阻ます先生ご指摘の通りですが、EMをあわせると遥かに消化が良くなることがわかりました。もう確信です。決定です。定説です。
ただし残念ながら(?)それは、山田さんが謂う意味とはぜんぜん違うし、そもそも隆史たんは──だーかねたんもか?──こんなこと認めてくれないでしょうけどね。でも私は構いません。(て何が?)

contractiocontractio 2004/11/30 01:59 (つーか、ルーマンを食い合わせてることは特に秘して書くのを省略しておったというのになぜわかったのかあなた....)

june_tjune_t 2004/11/30 02:07 (いや……バレバレだと思いますが。)

contractiocontractio 2004/11/30 02:17 (理不尽だっ!)

contractiocontractio 2004/11/30 02:17 (もう寝るっ)

森 洋介森 洋介 2004/12/06 07:08 こちらで『知の考古學』に取り組んでゐたのですね。偶合ですが、八月から或るサイトの掲示板でやはりこの難物の讀書會を開いてゐるので參加したのですが、なかなか進行せぬ儘です。英譯との對照など、參考にさせていただきます。

contractiocontractio 2004/12/07 09:28 こんにちは。書き込みありがとうございます(これで「したらばの謎」が解けた、かな?)。
森さんがあの本をどう読まれるのか非常に興味がありますねー。私にもぜひ参考にさせてくださいw。(URL曝すのがまずければ、ページ上部の「プロフィール」欄のメールアカウントから、メールにて教えていただければ有り難いです。)

森 洋介森 洋介 2004/12/07 17:31  このブログのコメント欄といふものへの書き方に不慣れなので、御指定の宛先にメイルを出しました。メイルから引用なさるならどうぞ御隨意に。ところで、「したらばの謎」とは一體何でありますか。

contractiocontractio 2004/12/07 18:10 ども。とどいていないようなので、こちらからメール出してみました。お手数ですが、そのアカウントに(もいちど)送っていただければありがたいです。
ここ最近「したらばBBS」から、11月29日のエントリに、複数の方に訪れていただいていたのですが──こちらからは、どの掲示板なのかまではわからない[←「したらばの謎」]──、森さんの謂う「或るサイトの掲示板」というのが「したらばBBS」に置いてあるのかな──それなら謎が解けた、と思った──、ということでした。‥‥違うかもしれませんが。

森 洋介森 洋介 2004/12/08 03:28  あれ、なぜ屆かなかったのでせう。プロフィール欄で公開されてゐるアドレス宛てに送信したのですが……。ともあれ、ご指定の別アドレスに再送しましたのでご確認下さい。
 「したらば」は、關係ありません。先に述べた掲示板ではこちらに言及してゐませんから。

2004-11-28

[] 笑いの大学 18:03  笑いの大学を含むブックマーク  笑いの大学のブックマークコメント

三谷幸喜&星護

傑作だと思うが稲垣じゃなきゃもっとよかった。

椿のモデルは菊谷栄。喜劇への想いを抱いたまま召集され、2度と還って来ることのなかった人。三谷は「自分にとっての神、その人は生きて還って来ることはなかった。それがとても重要なこと」と、椿の生還シーンを望まなかった。

[] ワロた。 18:03  ワロた。を含むブックマーク  ワロた。のブックマークコメント

夕食。新宿北(職安通り)。しゃぶしゃぶ食べ放題1000円、という怪しげな店に入ったよ。その名も、

Top Run

て。ぉぃ。


しゃぶしゃぶ(肉+野菜)のほか、サラダフルーツ(ライチ(!)、パイナップル、グレープフルーツ)、アイスジェラート)、ケーキコーヒーとかあって、なんというか、合宿所みたいな感じの店です。ひどくまずいわけでもない*のにこの値段。謎。食べたのは、

ミッドナイトしゃぶしゃぶコース

です。

* とくに、フルーツはまともでした。びっくり。

[] お客さま 18:03  お客さまを含むブックマーク  お客さまのブックマークコメント

google:フーコー+生命

こういう抽象的な検索はやめれ。

[][] 「出不ろぐ」って... 18:03  「出不ろぐ」って...を含むブックマーク  「出不ろぐ」って...のブックマークコメント

http://bulkfeeds.net/app/view/17807.html

このフィードの特徴的単語

あまりに的確過ぎて笑いました。

[][][][] 涜書:ミシェルフーコー『思考集成』6 21:53  涜書:ミシェル・フーコー『思考集成』6を含むブックマーク  涜書:ミシェル・フーコー『思考集成』6のブックマークコメント

夕食。

ちらちらみる。


小田川さんとこの目次集成は5巻までしかないわけだが.....

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/contractio/20041128

2004-11-27

[][][][] 涜書:ミシェルフーコー『思考集成V』 00:00  涜書:ミシェル・フーコー『思考集成V』を含むブックマーク  涜書:ミシェル・フーコー『思考集成V』のブックマークコメント

帰宅車内。

俺が凄い勢いでフーコーを再読するスレ

1974年のフーコーは冴えてる。

いよいよ『監視と処罰』圏内に入って来てしまったが....。後戻りするか先に進むか。どうしたものか。

とか悩んでないで寝るぽ。

[] なにげなくコチークスレが静かに盛り上がっている。 05:38  なにげなくコチークスレが静かに盛り上がっている。を含むブックマーク  なにげなくコチークスレが静かに盛り上がっている。のブックマークコメント

[][][][] 涜書:ポール・ヴェーヌ『歴史をどう書くか』 18:14  涜書:ポール・ヴェーヌ『歴史をどう書くか』を含むブックマーク  涜書:ポール・ヴェーヌ『歴史をどう書くか』のブックマークコメント

ネタをひっぱるだけのために読み始めたのだが、面白くてつい全部読んでしまったわけです。

この本を読んだとき、私はまだパーソンズ先生は読んでいなかった。てことは、登場するギャグのほとんどを理解できていなかったわけだ。もったいない。

あくまで社会学歴史とは別のものであろうとしている。この野心の結果は、社会学に喋ることがなくなるということである。要するに虚空にむかって喋るか、別のことを喋るか、どちらかなのである。結局、社会学の看板をかかげて出版される本はすべて、三つの項目のいずれかに属することになる。

  • [1]ひとつは、政治哲学である。これは自分でそうだとは認めていないが。
  • [2]もうひとつは、現代文明史である。
  • [3]最後に、魅惑的な文学ジャンルである。
    おそらくアルプバクスの『記憶の社会背景』Cadres sociaux de la memoire はその最高傑作だろう。この文学ジャンルは、無意識のうちに、十六世紀から十八世紀にかけてのモラリストや著述家を引きついできた。一般社会学は、だいたいそっくりこの第三項目に入る。


  • [1]第一の項目については、社会学は、科学そのものの体裁のもとで、革命における政治とか教育とかごろつきどもの役割とかについて、進歩的または保守的な意見を述べることを可能ならしめている。その場合、社会学は一個の政治哲学である。
  • [2]第二項目は、それに反して、次のような状態にある。社会学者がかりにナンテールの学生層の統計的研究をやって、1968年五月の学生反乱の理解に役だつ説明をそこから引き出すならば、彼が作っているのは現代史である。
    その場合、歴史家の卵は、社会学者の仕事を頭に入れるべきであり、その解釈を研究してみなければならなくなろう。したがって、われわれが社会学に対して悪口を言っているかに受け取られるなら、その点では、おとなしく社会学者にあやまりながら、われわれが商品に対してケチをつけているのではなくて、包装紙に対して文句を言っているのだと考えてくださいと彼にお願いするのが筋である。
  • [3]まだ一般社会学が残っている。ちょうど、現在の哲学的プロダクションの一部が、16〜18世紀に出版の莫大な割合を表わしていた(或る時期には、公刊された本の半数近くにのぽる)教訓文学および説教集を引きついでいるように、一般社会学もモラリストの芸術継承している。一般社会学は、社会がどうしてできあがっているか、集合の種類や人間の態度やその祭式やその傾向がなんであるかを語る。ちょうど、人間とか精神とかの格率や論考が人間の振舞や社会や先入見の多彩さを描いているように。モラリストが永遠の人間を描いていたように、一般社会学は永遠の社会を描く。モラリストや小説家については「文芸心理学のことが、取り沙汰されるので、その意味で言えば、これは「文芸」社会学である。それは、「文芸」心理学のように、傑作を産む力をもっている。要するにバルタサール・グラシヤンの『宮廷人』〔原題『手の神託』〕Homme de Cour は社会学である(マキアヴェッリのように、これは規範的な言葉で書かれている)。
    しかし、この著述業的文学の大半は、生き残る星のもとに生まれてはいないし、ましてや累積過程に雷管を装置するどころの騒ぎではない。それが救われるには、ただひとつその芸術的または哲学的品格に頼るほかない。
    実際のところ、モラリストまたは一般社会学者の場合には、つねに既知の事柄の叙述が問題になる。ところでこの叙述が、これまた真実であることにかけては人後に落ちない 他の無数の叙述のあいだにおける可能なひとつの叙述にすぎず、各人が必要になれば自分でそうしたものを用意する手段をもっているとすれば、いくら叙述が真に迫っていても、それを思想の宝物庫に収納することは、思考経済の法則が許さない。思想は宝物庫のなかに「記憶の資材」──歴史と文献考証学──と科学的発見しか保存していない。

ところで、一般社会学は「文芸」社会学以外のものではありえない。すなわち、描写や大言壮語でしかありえない。これらの描写のいずれもほかの描写とくらべて真実であるとか、科学的であるとかとは言えない。描写であって説明ではない。非常に教室ふうに学識の三つの度合を要約することにしよう。

    • ニュートンの法則は、惑星の運動を説明するケプラーの三つの法則を説明する。
    • 微生物病理学は狂犬病を説明する。
    • 税金の重さがルイ十四世の不人気を説明する。
  • 最初の二つのケースでは、科学的説明がわれわれの手に入るが、第三番目のケースでは、叙述理解の一部が手に入る。
  • 最初の二つは発見を必要としたが、第三番目のケースは、〈記憶〉の子供である。
  • 最初の二つは、演繹とか予見ならびに介入を可能にするが、第三番目のケースは慎重さの受けもちである(悟性しか政治を取り扱わない)。
  • 第一のカテゴリーには、きわめて抽象的な概念が対応する。「仕事」とか「引力」とかである。
    第二のカテゴリーには、常識に基づく概念をきれいに除去した結果である、科学的概念が対応する
    (地質学者たちの言う「丘」は、日常語が丘という言葉で指示しているものよりは、はるかに厳密である。日常語の丘にはクエスタ〔スペイン語の「丘」〕を対置するのがならわしである)。 
    第三の説明には[天上のものではなく、]月下の概念が対応する。この第三の説明が歴史である。

社会学はどうかといえば、これは第一でも第二でもないから、歴史の一部であるか、または歴史を言い直したものであるか、どちらかをえらぶほかない。ところで歴史の叙述は、単語、概念、普遍からできあがる。それだから、これらの普遍の連鎖の一つを抜き出して、そこから一般社会学を作ることはいつでもできることである。前にあげた普遍しか使わないぞ、と心に決めることもできる。そうなると演繹的社会学に道が開かれることになる。しかし後者は、演繹的であると言っても、スピノザの『エチカ』とか、法学とか神学とかより以上の科学にはならない。結果はいつも同じである。一般社会学は大言壮語であり、なりたちうる社会学の数は無限であるということだ。事実経過がそのことを証明した通りである。[p.495-8]

まだまだ痛烈なギャグ満載。──だがこの調子で引用していると章全部をスキャンしてしまう事になるのでこのへんでやめておく。

[][] (20041204-5) 現象学社会科学05:38  (20041204-5) 現象学・社会科学会を含むブックマーク  (20041204-5) 現象学・社会科学会のブックマークコメント

ルーマンフォーラムに追加タレコミがあったので、掲載。

期日:12月4&5日

場所:関東学院大学人間環境学部 4号館501教室

【一般報告1】(4日14:00-16:00)司会:馬場靖雄

【一般報告2】(4日16:15-18:15)司会:村田純一


【一般報告3】(5日10:00-12:00)司会:魚住洋一

  • 原田雄平「超越論的現象学の復権」
  • 松尾信明「〈原身体〉像へー『基層的身体』への、1アプローチ」

シンポジウム戦争」】(5日14:00-17:30)司会:浜日出夫・丸山徳次

  • 島内明文「戦争について倫理学は何がいえるか」
  • 野上元「『戦争』を『知ること』の歴史社会学」
  • 仲正昌樹「戦争機械と帝国


やふー路線案内によると。

13:40までに金沢八景駅につこうとすると、12:30には新宿をでなくてはいけないよ。

新宿

横浜

金沢八景

ikeda@クビだいikeda@クビだい 2004/11/27 19:17 ええと。”とれんぢー”なネタ、もといナゾナゾ解きとさっぱり関係なくてすまないのですが。現象学・社会科学会のプログラムとか参加費とか、contractioさん、ご存知内でしょうか。仲正さんのホンモノを見にってみようか検討中でして>横浜住人

ikeda@クビだいikeda@クビだい 2004/11/27 19:19 (げ。誤字発見。つか、メガネ壊したからマジによく見えてない)

contractiocontractio 2004/11/27 23:41 あ、いつもいろいろお知らせどもですー。
減少額なアレはウチかえればもうちょっとなんか出てくるんですが、とりあえずこれ↓で。
http://contractio.bblog.jp/entry/90574/
つか、仲正氏なら、師匠の講演会行けばみれるんちゃうんかと。(見るていうな)

contractiocontractio 2004/11/27 23:41 うちかえったら、情報追加しときますわ。

contractiocontractio 2004/11/28 00:05 あと、近く「フーコーなぞなぞ」を掲示するので謎解きに参加してください。

ikeda@クビだいikeda@クビだい 2004/11/28 05:51 ありがとうございます>情報提供追加。なぞなぞに参加…ええ、辞退の方向で(w >遠い昔にフーコーを理解するのを諦めた愚かで無学な私(でも、自分のせいじゃなかったんだな、と。よし。)

contractiocontractio 2004/11/28 17:53 つーか、うち探してみたが、プログラムと参加費が出てこない。掲示してあるのは主催者側発表(ネタ元Hまさん)のものなので、はMさんを恨んで下さい。

contractiocontractio 2004/11/28 18:07 プログラムをメールボックスの中に発見しました! でも参加費は書いてない。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/contractio/20041127

2004-11-26

[][][][][] ニーチェとか知識社会学とか 09:41  ニーチェとか知識社会学とかを含むブックマーク  ニーチェとか知識社会学とかのブックマークコメント

かねたさんにいただいたコメントを受けて思いついたことをメモ

とりあえずフーコー先生に「知識社会学なんてシラネ」といわれたら、「あんたの自己認識など知ったことか。逝ってる事が知識社会学なんだからしょうがない。」とお答えすることにしましょう。 私にとってなんといっても興味深いのは、プロジェクトとして掲げている看板は知識社会学をひっくり返す*はずものであるのに、その同じストロークから知識社会学的なテーゼが平気で出てきてしまう、というそのギャップ、です。

* それどころか、「これ**認めたら、そもそも連辞符社会学なんて成り立たないじゃん」という類の(プログラムとしては)インパクトのある主張。
** ex. 「対象に依拠して記述するのではなく、むしろ対象の分散を記述せよ」といった(-プログラム的な=方針を述べる-)主張。
これに従うなら、「X-社会学」という場合のそのXが、まず真っ先に解体されることになる。

考古学』プロジェクトの「失敗」──について、そろそろ一度まとめてみようと思っていますが、これ──は、おそらくフーコーがかかえている自己誤認に由来するのではないか、というのが現時点での仮説。そして、フーコーほどの人がなぜそんな失敗をしたのか(、そしてそのあとどうしたのか)、というのは、それなりにまじめに考えてみる価値がある──だけでなく、考えてみないともったいない──かもしれないぞ、というのが現在の感触、です。

ちなみに、「フーコー的」だと称するプロジェクトって、その実しばしば「看板に偽りあり-の-知識社会学」なんじゃない?、という指摘は、既にこれまでもあったと思います(私がすぐに思いつくのは、北田さんのとか俊樹たん(@関東年報)のとかですが、忘れてるだけでほかにもあると思う)。で、私としては、そういう批判は、フーコー自身には当てはまらないんじゃないかなぁ、と思っていたわけです。漠然と。でも、1968〜1973年の「思考集成」の範囲でいえば、これらはフーコー本人にも当てはまってしまうんじゃないか、という疑念があらためて生じた、ということなのでした。


ニーチェについては...。とりあえず語ることがないのですが。読みようによっちゃどうにでも読めるような──という言い方に語弊*1があればこう言い換えますが、読者のお望みの「内容」を お望みどおりにいくらでも引き出せてきてしまいがち*2──ゆるいテキストにまじめにつきあうだけの若さは、もう──人生も先が見えてきましたし──失ってしまいました ‥‥ってことでコメントはご勘弁を。


084「ニーチェ、系譜学、歴史」(1971)で扱っているようなトピック(「起源」の問題)を

これは確かに──(たんに)難しくも面白い問題だ、というだけでなく──、「記述-と/における-時間構成の問題」についての考察は「社会(学的)記述」という課題にとっても必須の考察課題だと思います、が、

ニーチェがらみではなく*3、たとえばダーウィンでやってくれたら面白かった──だろうし、インパクトも重要さも桁違いに大きなものになった──だろうに、とは思います。その点は残念ですが、まぁないものねだり*4でしょうね。

そのほうがルーマンとの比較がしやすくて(私が)嬉しい、という事情もありますがw。


とりあえずこんなところで。

[] 社会学の教科書について 11:42  社会学の教科書についてを含むブックマーク  社会学の教科書についてのブックマークコメント

c鈴木さん と いなばさんにいただいたコメントを受けてのメモ

スレ一覧。

http://d.hatena.ne.jp/demian/20041121

http://d.hatena.ne.jp/rna/20041122#p1

http://d.hatena.ne.jp/contractio/20041122#1101099991

http://d.hatena.ne.jp/contractio/20041122#c

http://www.asvattha.net/clips/blosxom.cgi/Studies/Sociology/0411231334.htm

http://d.hatena.ne.jp/contractio/20041124#1101278529

http://d.hatena.ne.jp/contractio/20041124#c

http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20041125

http://d.hatena.ne.jp/contractio/20041125#1101359990


http://www.asvattha.net/soul/index.php?itemid=400


c鈴木さんといなばさんが共通に指摘してる事があって、それは、「ギデンズとルーマンの関係は、ルーマンに対してギデンズが【基礎】となっている、というようなものではない」ということ。これはおっしゃるとおり。なので、この↓発言は嘘ですごめんなさい。酒井曰く:

それはあたかも初等解析学を知らないのに留数定理を理解しようとしているかのような趣き....。

こんなこと↑ぜんぜん信じてないのに「あなたこう書けば納得するでしょ」とおもって書きました。すいませんすいません。

学者向けルーマン紹介本読んでる暇・金・好奇心があるなら他の何かをよんだほうがいいのでは? と言いたかったのココロ。

突っ込まれたので、その突っ込みを前提にしてこう書き換えましょう。

  • 【A】社会学は、ギデンズを読んで「だめだこりゃ」と思ってしまった方の為に、オプション(様々のうちのマイナーなひとつ)としてルーマンをご用意しております*。
  • 【B】社会学は、ルーマンを読んで「だめだこりゃ」と思ってしまった方の為に、オプションとして、ギデンズそのほかをご用意しております。

【A】と【B】は、ほぼ対称にみえる命題ですが、そうではない、というのがいいたいこと。そのポイントを(論証抜きで)いえば。

  • 【A】と【B】では、【A】から出発するべきである。なぜなら、
    • ギデンズとルーマンは、両立できないが、
    • ルーマンを読まずともギデンズは読め、
    • 両立できないことを理解するには、ルーマンを読む前に「ギデンズ的なもの(=普通に社会学的なもの)」を、すでに知っている必要がある

からです。

* 子犬本(だったか?)のなかで、馬場靖雄さんが、すでにこの趣旨のことを述べていたと思いますけどー。


この点については、以上。


稲葉さんのエントリは、私のこの↓疑問に対して、一つの答え(というよりも、一つの記述)を与えていただいたことになっています。:

「全国のどこに行っても、その人が社会学を専攻しているならば、その人の部屋には『社会学』がある」という次第には──私の知る限りまったく──なっていませんでした。[‥‥]

おそらくここに、社会学という学問disciplineがおかれている、非常に奇妙な──という言葉に差し支えがあれば、非常に特殊な──事情を見るべきかもしれないのですが、それがどういうことであるのか、私にはわかりません。

いなばさん曰く:

社会学の現状においては、Cellはありえないし、経済学のようにミクロ・マクロの基礎理論プラス計量をまずやらせる、というプログラムも組めないし、政治学のように「とりあえず議会民主主義を押さえとけ」という風にもできないし、法律学のように「とりあえず憲・民・刑、とりわけ民法(総則と債権各論あたり?)!」ともいかないし、また物理学のように「力学」「電磁気学」「熱・統計力学」「相対性理論」「量子力学」というかっちりした講座を組むこともできない。

結局現状ではギデンズのようなやり方しかない。

この点について一緒に考えていただける方がほとんどいなかったので、私にとってはありがたいことでした。

その上で、さらに同じ方向で突っ込んでみると、私の疑問はこうなるわけです:

それで、社会学はなぜそうなんだ。


(私が学部生だった時に)社会学系の学生たちが、ギデンズ『社会学』についていっていたのは、「総花的で底が浅い」というようなコメントでしたが、それこそ私は「なにいってんだ、【現状ではギデンズのようなやり方しかない】ではないか。その現状のほうについて君たちはどう考えておるのか。」(大意)と突っ込んだわけだったのでした。(しかしまったく議論になりませんでしたが*5。)

ただし──いま思えば──彼/女たちは、私が「だから社会学はだめなんだ」と揶揄したくて逝っていると勘違いしていた可能性は大いにあります。私の方は【かっちりした講座を組む】ことができる学部に所属していたので、その高見から(ハァ?)言っていると思われたのかも知れません。
だとすれば彼/女たちは、社会学的に充分訓練=洗練されていなかった、のだと思われますが。


社会学についてどのような態度をとるかは、この↑問いについて、どんな↓解答を予想するかによって、かなり異なるものになるに違いありません。

  • いつかは(物理学・経済学などと同様な仕方で)【かっちりした講座を組む】ことができるようになるにちがいないし、そうすべきだ
  • そもそも【かっちりした講座を組む】ことなどできないものなのである
  • いつかは【かっちりした講座を組む】ことができるようになるにちがいないしそうすべきだが、それは経済学がそうであるようなものとは意味・やりかた がことなるのだ


私自身は‥‥‥ 予想できないでいますが。

が。対比のために持ち出される学問のほうを変えてみる、という道があることは、すぐに思いつきます。こういったところでこそ、フーコー先生の「ハードな科学ではない-いい加減な科学」についての議論が参照されるベところであるような気もするのですが、肝心の先生が何を仰っちゃってくれてるのかよわからんわけで(苦笑)........困りものですなぁ。


ちなみに、とある歴史家のみたてによれば、社会学のおかれている状況は次のごとくであるとの事。私はどちらかといえばこうした見解に魅力を感じますが、残念ながらこの点について、他人を説得できるほどによく考える事はできていません:

[もしも、さまざまな社会的事実を普遍的に取り仕切るような秩序が存在するならば、そしてまた、歴史学と社会学が、そのモデルを構築できるとしたならば、] 歴史と社会学は科学の仲間入りをし、[科学に]口出しが可能になろう。いや、口出しまでいかなくとも、予見が可能になろう。歴史-と-社会学は、それぞれ、地球の歴史-と-一般地質学、

太陽系の歴史-と-天体物理学、或る与えられた言語の音声学-と-音韻学

に似たものになるだろう。歴史は社会学諸理論の応用ということになって、双方は叙述であることをやめて、説明になるはずである。ところが、不幸なことに、この夢はあくまで夢でしかないことは周知のとおりである。事実の秩序は存在しない。いつも同一で、いつも他の事実をとりしきっているような秩序など存在しない。歴史と社会学は、包括的な叙述でありつづけるように運命づけられている。いやむしろ、こう言おう。歴史だけが本当に存在する。言いかえると、社会学は、永遠財産をコード化しようとするむなしい仕事にしかすぎない。というのは、この永遠ノ財産という専門的経験は、具体的ケースしか知らないし、恒常不変の原理──それだけが、この経験を科学にしあげるのだが──なるものを含まないからである。

それではなぜ社会学などという学問があるのか。

その効用は歴史学者が使う大言壮語の効用よりまさっているが、どうしてこんなことになるのか。

それは次のような事実に由来しているのである。すなわち、歴史は託された仕事を全部やりきるようなことはない。社会学にも自分に代わってやるべき仕事を──目標を越えてしまってもかまわないという条件で──残してやっているということである。

歴史は、日々の出来事という目で物事を追うことに限定されているから、現代史は現代文明における出来事になっていない事柄の叙述を社会学にゆだねている。歴史は、古い伝統、つまりナレーションによるナショナルな歴史という伝統に拘束されているから、過去についての歴史は、ひとつの時空連続体(「十七世紀のフランス」といったように)にそった 物語[レシ] にもっばら執着する。そこで、過去の歴史は時間と場所の一致をあえて拒否する場合はまれであるということにたる。そして、あえて比較史またはそんなふうに呼ばれるようなもの(「時代を越えた都市」といったように)になろうという場合もまれである。ところで、歴史が「完壁な」ものであろうと腹をきめ、完璧にあるべき姿になろうと決意したら、社会学など無用の長物になってしまうことを確認してもよいだろう。

 たしかに、歴史の合法的な領土の一部分が社会学という名で位置づけられていることなど、だいたいどうでもよいことかもしれない。そのようなことにめくじらを立てるのは、まさに同業組合かたぎであろうから。この配分の誤りがいくつかの帰結をもたらしていることが、不幸といえば不幸なのである。すなわち、歴史は十分つとめを果たしきっていない(時間と場所の一致が、いつでもその所有権が認められてきた領土のなかでさえ、歴史の視野をせばめている)のに、社会学は精勤しすぎているのである。社会学は、自分が名なしの歴史であることを認めたことがなかったので、どうしても科学を作らなければならないと思いこんでいる。同じことが民族誌学*にも言えるかもしれない。

社会学は擬似科学である。それは歴史の自由を束縛するアカデミズムのならわしから生まれた。社会学批判は認識論が手を染めるべき任務ですらない。言いかえると、それは、ジャンルとしきたりについての歴史が手を染めるべき仕事である。

最終的に完壁なものとなった歴史-と-形式的人間科学(いまのところそれは実践学**の顔をしている)とのあいだには、いかなる科学の席もない。完壁な歴史になることは、歴史の真の使命である。それには、汲めどもつきせぬ未来が約束されている。なぜなら、具体的な物事を描くことは、永遠に終わることのない仕事だからである。[下記著作、p.481-3]

* 人類学のこと
** 経済学のこと


【追記】20041128 19:13

ちなみにぼくは相談されたときには、「とりあえず古典は読むな」ということを言っています。

ヤヴァイ。。。今のとこ古典(と呼ばれていそうなもの)しか読んでいない。

yutacake さん、気にしないでください。

hidex氏がこんなことを安んじて言えてしまうのは、一方では彼の言う「古典」の範囲がせますぎ、他方では彼がまだ、同業者に向かって「私のこの仕事がどういう点で 社会学的に面白い=価値がある かというと‥‥」というアカウントを迫られるような仕方で仕事をした事がないから、なのです。むしろここは──hidex氏よりも──、稀代のフィールドワーカー、ハワード・ベッカー大先生の言葉に耳を傾けるべきところか、と:

[] お客さま 08:51  お客さまを含むブックマーク  お客さまのブックマークコメント

google:ハーバマス+5000

はらたいらさんに5000。

[][][] 涜書:ルーマン「閉鎖性と開放性」 23:56  涜書:ルーマン「閉鎖性と開放性」を含むブックマーク  涜書:ルーマン「閉鎖性と開放性」のブックマークコメント

三田

  • Niklas Luhmann, "Closure and Openness: On Reality in the World of Law" in

III まで終了。はよ本論に入らんか。

*1:藁。

*2:もっとも、そういうことをする読者は、どんなテクストに対してもそうするわけなので、仕方がない、という話もありますが。

*3:この論考、ネタがニーチェなので、あんまりまじめに検討する気になれないわけですよw。

*4:でも、せっかく進化論史を扱ったことのあるフーコーならば...、と考えると....

*5:何か?

inainabainainaba 2004/11/26 22:52 嘘ですごめんなさいなどとゆわないでさ。わくわく。ッテイウカ、真面目にあの議論がどんなふうになるか楽しみですぢゃ。しかし、イイカンジの社会学に一言論及されていたのには、一瞬ぶっ飛びますたよ。

contractiocontractio 2004/11/26 23:45 あそこでアレを出すのは凶器攻撃に近い反則だと思います。

using_pleasureusing_pleasure 2004/11/27 01:12 ていねいな返答ありがとうございました。というか、論・文・化!論・文・化!

contractiocontractio 2004/11/27 11:45 意に添わない事を書くとあぼんされます。

shinichiroinabashinichiroinaba 2004/11/27 17:40 次は毒霧でも吹きましょう。

contractiocontractio 2004/11/27 18:14 いや〜ん。

yutacakeyutacake 2004/11/28 23:53 アドバイスありがとうございます。ちょうどベッカー大先生の『アウトサイダーズ』を読んでみようと思っていたところなので、併せて読んでみます。

contractiocontractio 2004/11/28 23:58 ベッカー先生のあだ名は「ハウィー」らしいので、そう呼んであげるとツウっぽい。

yutacakeyutacake 2004/11/29 00:05 (ハウィーってかわいい....(*´Д`)ハァハァ)

2004-11-25

[] ヲキタ━━━━━━(°∀°)━━━━━━! 02:24  ヲキタ━━━━━━(°∀°)━━━━━━!を含むブックマーク  ヲキタ━━━━━━(°∀°)━━━━━━!のブックマークコメント

なぞなぞの続きに取り組むよ(゜ー゜*)

[] デリダ「希望のヨーロッパ04:07  デリダ「希望のヨーロッパ」を含むブックマーク  デリダ「希望のヨーロッパ」のブックマークコメント

via MLいろいろ

講演@『ル・モンド・ディプロマティーク』創刊50周年記念式典(2004年5月8日)の訳。

[][][][] 涜書:『ミシェル・フーコー思考集成 (4)』 07:30  涜書:『ミシェル・フーコー思考集成 (4)』を含むブックマーク  涜書:『ミシェル・フーコー思考集成 (4)』のブックマークコメント

朝食。俺が凄い勢いでフーコーを再読するスレ

1972年

ほとんど「ごく普通の-いわゆる-知識社会学の人」になっちゃってたフーコー先生1971年

「フーコー、後ろ後ろ〜、」というか、「あらーこの人、このまま逝っちゃう*のかしら、ひょっとしてこれがいわゆる google:変貌するフーコー ってやつですか?」──と人ごとながら心配してしまいましたが、72年の症状は(そんなには)重くありません。

* 逝くにはまだ10余年の猶予がある。
  • 102  私の身体、この紙、この炉 (1972)
  • 103  歴史への回帰 (1972)
  • 104  デリダへの回答 (1972)
  • 105  大がかりな収監 (1972)
  • 106  知識人と権力 (1972)
  • 107  円卓会議 (1972)
  • 108  人民裁判について──マオイスト(毛沢東主義者)たちとの討論 (1972)
  • 109  文化に関する諸問題──フーコーとプレティの討議 (1972)
  • 110  我々の社会に於ける医学の主要機能──ジャン・カルパンティ博士記者会見の席にて (1972)
  • 111  自分の文化を罠にかける──ガストン・バシュラールについて (1972)
  • 112  真理-司法 集会。千五百人のグルノーブル人が弾劾する──ディスコ火災に寄せて(1972)
  • 113  流血あるいは火災──ディスコ火災に寄せて (1972)
  • 114  ポンピドゥーの二人の死者──監獄と死について (1972)
  • 115  刑罰の理論と制度──コレージュ・ド・フランス1971-1972年度講義要旨 (1972)


日本での講演〈103「歴史への回帰」〉では──『考古学』『ディスクールの秩序』でも登場した──「非連続性」「系」「出来事」などの術語が、歴史学の研究実践に関係づけられて それなりに明解に敷衍されている(例えば p.211〜)。

というかこの↓部分、こっち↑と取り替えてはどうか。

分量は短いものの、『考古学』の無駄に長くてさっぱり要領を得ない議論にくらべれば、こちらを読んだ方が遥かに得るものは多い。(少なくとも、上記の術語で具体的にはどんなことが考えられているのか、ってとこまではわかる。)

そもそもこんな風に語れるなら著作でもそうすればいいのに、まさに「そうはしない」フーコー先生。〈『考古学』や『秩序』のフーコー〉のほうが 例外的フーコー なのではないか、という気はしなくもないが、そのことから逆にまた、フーコー先生が、理論というものについて、そして理論的な著作を書くということについて、古く狭く頑な考えを──そしてまた、執筆するということについてウルトラに過剰な自意識を──お持ちであった事も推察される。そういうのを見せつけられるのは、オーディエンスとしては切ないことはであるよな、と い っ た こ と は と も か く と し て、

これはあとで──「【留保無き】なぞなぞスレ【蕩(´・ω・`)尽】」のほうで──とりあげることにしましょう。


【本日の小ネタ

  • 105 大がかりな収監 (1972:N.マイエンベルクとの対談。「ターゲス・アンツァイガー・マガツィーン」12号)

インタビュー冒頭からいきなり逆切れするフーコー先生:

──あなたの構造主義哲学仕事と、GIP〔監獄情報グループ〕への参加とのあいだには、なんらかの関係があるのですか?

  • はじめにお断りしておきますが、わたしは構造主義者ではない。自分が構造主義者であるなどと一度も言ったことはありませんし、むしろ自分が構造主義者ではないということを常に強調しさえしてきた。このことはすでに何度も述べたとおりです。わたしがこれまで発表したもののどこを探しても、また、わたしの方法や、わたしが用いる概念のいずれをとってみても、遠回しにでさえ構造主義を想起させるようなものは何もない。わたしが構造主義者だなどと思い込んでいるのは、ピアジェぐらいのものでしょう。

吠える先生:

──それでは、あなたが構造主義者であるという、広く行き渡ってしまった確信はどこに由来するのでしょう?

  • 愚鈍、あるいはおめでたい精神のなせるわざではないでしょうか。

さらに理不尽な足払いをくらわせ....:

──あなたに構造主義哲学者なるレッテルを貼ったのは、ピアジェなのですか

  • 断じてそうは思えないそんな芸当のできる人間ではありませんよ、あの人は。何であれ自分で考え出したためしのない人です。

ついには見事な決めつけオヤヂ攻撃をかます先生:

──それでは、GIPへの参加と、単にあなたの哲学の仕事とのあいだの関係、と言い直しましょう。あるいは歴史家と呼ばれる方を好まれますか?

  • どうぞ、あなたのお好きなように! わたしの方では、そのどちらとも言っていない。ただ、構造主義についてわたしが言ったことを、そのとおりに、はっきりと伝えていただきたいものです。わたしが構造主義者ではないということ、そうであったことなど、いまだかつて一度もないということ、そのようなことを公言してはばからないのは愚か者やおめでたい人々──その名がたまたまピアジェであろうとなかろうと──だけであるということ。愚か者、おめでたい人々、無学な連中普通、この〔構造主義者という〕レッテルは、みずからのアクチュアリティーをとうに失ってしまった人々が使うものなのです。彼らは、そうすることで他の人々を判断しようとする。ともかく、こんなことを話し合っていても無駄です。もっと真面目な話をしませんか。

──望むところです。

意に添わないというだけで無駄・不真面目扱いです。すごいすごい。

普通」とか逝ってるしw。

愚か者、おめでたい人々、無学な連中の方々は近寄らないよう気をつけてください。危険です。

[] いなばさんのところからわりとすごい勢いで人が来ている昨今ですが 14:19  いなばさんのところからわりとすごい勢いで人が来ている昨今ですがを含むブックマーク  いなばさんのところからわりとすごい勢いで人が来ている昨今ですがのブックマークコメント

「提言」してらっしゃるのはこちら↓です。

[] お客さま 18:01  お客さまを含むブックマーク  お客さまのブックマークコメント

google:ヤーコブソン+6機能

せっかくですからこの機会に、

もいっしょに暗記しちゃいましょう!

[] お買いもの:クリックで払える家賃もある 18:01  お買いもの:クリックで払える家賃もあるを含むブックマーク  お買いもの:クリックで払える家賃もあるのブックマークコメント

使える新書 21世紀の論点編

使える新書 21世紀の論点編

[][][][] 涜書:ミシェルフーコー『思考集成IV』『思考集成V』 23:11  涜書:ミシェル・フーコー『思考集成IV』&『思考集成V』を含むブックマーク  涜書:ミシェル・フーコー『思考集成IV』&『思考集成V』のブックマークコメント

夕食。俺が凄い勢いでフーコーを再読するスレ

1973年

  • 116「序文──セルジュ・リヴロゼ『監獄から反抗へ』に寄せて」(1973)
  • 117「労働者の記憶の年代記のために──フーコーがジョゼ、『リベラシオン』紙記者と語る」(1973)
  • 118「逃げる力──ポール・ルベロルの連作『犬たち』に寄せて」(1973)
  • 119「アルケオロジーからディナスティックへ」(1973)
  • 120「結論に代えて」(1973)
  • 121「新しい雑誌?」(1973)
  • 122「オイディプスをめぐって」(1973)
  • 123「知識人は考えをまとめるには役立つが、知識人の知は労働者の知と比べれば部分的でしかない」(1973)
  • 124「哲学者フーコーは、語っているところだ…。思考せよ」(1973)
  • 125「刑務所刑務所の中の反乱」(1973)
  • 126「世界は巨大な精神病院である」(1973)
  • 127「監獄的監禁について」(1973)
  • 128「裁判所に出頭を命じられた」(1973)
  • 129「最初の討論、最初のカタコト。都市は生産の力なのか、それとも反生産の力なのか?」(1973)
  • 130「精力的な介入により、歴史の中への心地よい滞留から引き剥がされて、私たちは「論理カテゴリー」を建造すべく懸命に立ち働く」(1973)
  • 131「懲罰社会──コレージュ・ド・フランス1972-1973講義要旨」(1973)

IV『規範/社会』(1971-73)、糸冬了。

やはり「ふつーの知識社会学の人」にしかみえないフーコー先生の1973年。


ついでに V『権力/処罰』(1974-75)、ちらちらみる。


いやーしかし。著作集があるってのはありがたいことですなぁ。ほんと。

using_pleasureusing_pleasure 2004/11/26 01:47 フーコーさんならば、「はじめにお断りしておきますが、わたしは知識社会学者ではない。自分が知識社会学者であるなどと一度も言ったことはありません」と言いそうです。しかし、自称ニーチェ主義者ではあるのですが、その辺(フーコーはニーチェ的であるのか?足りえているのか?あるいは、そうでないのか?ということ)を元ニーチェ読みだったという噂のサカイさんに聞いてみたかったりして。えへへへへ。

contractiocontractio 2004/11/26 08:33 ニーチェ読みであるなどと私は一度もいった事がないのです。そもそも私は一度もニーチェを読んだ事がない。いや。断じてそうは思えない。

2004-11-24

[][][][] ミシェルフーコー氏の陳述作法が極めて悪質なものである件に就て。 02:24  ミシェル・フーコー氏の陳述作法が極めて悪質なものである件に就て。を含むブックマーク  ミシェル・フーコー氏の陳述作法が極めて悪質なものである件に就て。のブックマークコメント

なぜかまだ働いているわけだが。

とりあえず夜食を食う。



てことで、さぁなぞなぞの時間だYO!

言語表現の秩序 (河出・現代の名著)

言語表現の秩序 (河出・現代の名著)

『ディスクールの秩序』[1970]、最後の部分、

  • 4.〈批判的/考古学的〉という分析方針のグループによって、トピックがどのように扱われるかを手短に外観(しつつ、扱うべきトピックを絞り込んで再予告)する

ってところについて(明日以降にエントリする予定の)なぞなぞ表を作ってみていたわけだが。


20日のエントリに書いたように、『ディスクールの秩序』ストーリーは、

    • 今後の講義で扱いたいトピック群(以下Tと呼ぶ)をまず挙げ、
    • 分析の方針(以下Pと呼ぶ)を掲げ、
      • (さらにPの内部でグルーピングしたのち)
    • PによってTがどのように変形されるかを述べて、[→
    • 今後の講義の方向とプログラムを示す

というもの。だから、この著作で最も(少なくともそこに最大の注意を払う必要があるという意味で)重要なのは、の部分。

ちなみにこのスタイル=ストーリー展開は、『知の考古学』のそれと同型のものだね。

Tが最初に明示的に登場する箇所でフーコーがこれに割り当てた言葉は「手続き」であり、同じくPに割り当てたのは「原理」である。

この術語の選択が すでにまずは許容しがたいものに思われる*1のだが、その点は──理由を述べる準備がないので──56億7千万歩ほど譲るとして。

したがって、この、ストーリーと術語使用の約束がわかれば、あとは、著者が 「T:手続き群」と「P:原理群」をどのように関係づけているのか、それを著者のガイドに従って読みとっていけばよい、という話になる ──筈である。ふつうは。

が。

フーコー先生の場合は、そうは問屋がおろさない。

だって先生、Tを指示する語を勝手にどんどん変えちゃうんだもん(爆藁。‥‥ていうかぜんぜん藁えない。


誰にでも「手癖」はあり、また各国言語習慣事情というものもある。たとえば、同じ指示先にもかかわらず、文中にそれが頻出する際には 語を換えたりしないと教養がないと思われる、という難儀な言語もあるらしい(私は知らないが、おそらくフランス語もそういう類いの言葉なんだろう)。それはいい。

が、このエントリ末尾に掲げた表を見れば、それが「いろいろな」意味で、読者の読解可能性=許容範囲を超えている、ということに同意してくれる人は少なくないに違いない。つまり──私のいいたいのはこういうことなのだが──、この本が理解できないのは、単に訳者が悪いせいでもなく(確かに訳者は悪いがしかし)、私の頭が悪いせいでもない(確かに私の頭は悪いかもしれないがしかし)ということ、これである*2


で、どう「いろいろな」のかといえば。

まず、Tを指す言葉を勝手にあれこれ変えられると、

  • どれが「T」なのかわからない
  • 「T」が、どのように内部分類されているかわからない
    • 次々に登場する形容、説明、敷衍などが、その都度それぞれ、「T全体」に関わるのか、「Tの部分集合(のどの階層)」に関わるのかわからない

といったことが平気で生じる。

実際。今日なぞなぞ表を作っていて気がついたのだが、→この表には見落としがあった。「言説の制限の手続き」を指す表現はp.65まで登場しないと書いたが、実際には p.31 に登場していた。が、それは単なる私の注意不足のせいだけで生じたものではないと思う。頭からこの本を読んだとき、「制限」という語が「2-1〜2-3を共通に指示するために術語的に用いられている言葉」であることに気づく方が難しい。


が、これはまだかわいい*3部類。

もっと致命的にまずいのは、フーコーが、Tを指示する語の言い換えの中にPを指示する語を含めてしまっていること、これである。


もう一度書くと、『ディスクールの秩序』の読者は、この本を一度通読して上記のストーリーがわかれば、この著作の理解にとって、

著者が、TとPをどのように関係づけているか

こそが重要であることに気づき、少なくともその箇所は、他の箇所よりもいっそう注意深く読もうとするだろう。

しない香具師はDQN。


ところが。

まさにその「TとPの関係」が述べられる箇所で、TとPを指す語が混用されたならば、そこに

およそ理解不可能な奇怪な文書

が登場する、というのは火を見るよりもあきらかなこと。──だと私は思うのだが あなたどう思うか。

わかんなくてあたりめーじゃねーか。もうねあほかと。


てことで。

p.9〜p.47 の範囲で、フーコー先生がTを指示するのに使用した語彙一覧はこちら:

p.09 手続き
p.11 原理
p.14 システム
p.18 システム
p.22 手続き
p.22 システム
p.23 原理
p.28 原理
p.31 原理
p.32 原理
p.37 原理
(p.38 形式)
p.38 原理
p.38 機能
(p.38 役割)
p.38 手続き
p.44 手続き
p.44 メカニズム
p.46 手続き
p.46 形式
p.47 働き
( )つけたところは、ちょとー自信がない (゜ー゜*)。


ちなみに。

ついに「」が開陳される、まさにその冒頭の箇所[p.62]で 彼がTを指示するために用いる言葉は、あろうことか/なんと‥‥「形式」なのであった。

上記の表で、この言葉は2度しか出てこない(私の見落としがいくつかあったとしても、数はそんなには増えないと思いますが....)。
なので、私はこの語「形式」がTをさすことに、「おやぢのベタ読み」格律を2重に使用して(明日以降に掲げる予定の)表をつくっている途中でようやく気がついたのだった。
ちなみにこの事情は、Tの下位分類(の第一階層)が「排除/制限/従属=所有」であることが明示的に掲げられていないことによる。つまり気づいた順序は、まず 表を作りながら「どれが下位分類(第一階層)のラベルなのか」を「発見」し、それによって、語「形式」がTに充てられたものであることがわかった、ということなのだった。

つーか、クロスワード・パズルかよ、と。


これをみると、フーコー先生はとても「principle」という言葉がお好きだ、と推察される。

で、手癖でもって、どんどん文章を書いちゃう、と。

‥‥なんてことがわかってもなんにもうれしくないよ......

[] ていうか 04:25  ていうかを含むブックマーク  ていうかのブックマークコメント

ルーマン訳さないと....

[][] 理論社会学ブログ大阪大学 14:30  理論社会学ブログ@大阪大学を含むブックマーク  理論社会学ブログ@大阪大学のブックマークコメント

  • http://sociology.jugem.jp/

安全でまったく無害な正論。久■宏みたいな。

[][] 張江洋直「シュッツ科学論の二重性へ」 15:17  張江洋直「シュッツ科学論の二重性へ」を含むブックマーク  張江洋直「シュッツ科学論の二重性へ」のブックマークコメント

俺が『年報社会科学基礎論研究』の立ち読みサイトをもの凄い遅れながらリリースするスレ

ていうか遅くなりましてすみません。


張江論文の立ち読みページをリリース:

[][][][] 涜書:フーコー『ディスクールの次元=ディスクールの領域』 14:30  涜書:フーコー『ディスクールの次元=ディスクールの領域』を含むブックマーク  涜書:フーコー『ディスクールの次元=ディスクールの領域』のブックマークコメント

昼食。

俺が手癖書きなぞなぞおやぢのクロスワードパズルにとことんつきあってものすごい勢いで消耗するスレ

言語表現の秩序 (河出・現代の名著)

言語表現の秩序 (河出・現代の名著)

[] ね、ねむひ.... 14:33  ね、ねむひ....を含むブックマーク  ね、ねむひ....のブックマークコメント

がんがれ俺。

あと3時間半.....?

[] 提言してみる。 15:42  提言してみる。を含むブックマーク  提言してみる。のブックマークコメント

みなさんがんがってください。というか誰ががんがればよいのかよくわからんが。

ともかく『Socilogy:4th』を読むべきでしょう。特に第4版で加えられた変更の中には、どの分野でも非常に重要な要素が含まれていますし、版元のサイトには先生用のガイドダウンロードにはメールパスワードの請求が必要)から学生用の確認テストまで揃ってますし。

というか日本で『社会学』が教科書にならない最大の原因は、而立書房のウルトラ素っ気ないエディティングと、翻訳チームの──『永遠のジャック&ベティ』も吃驚な──ハイパー素っ気ない直訳にあるわけで、ここはひとつ、全国の社会学科で、英語の授業も兼ねて通年で英語版を読ませる「社会学基礎」の講義を設定してはどうかと思うわけですが。

ものすごい親切で面倒見のよいティーチングアシスタント(?)だった方↑のご発言。

全国の社会学科にチャーリーさんを1人ずつ派遣すると解決する問題であるような気がしてきましたが?

ていうか──ひょっとして──無いのが普通なんですか? そういう↑感じの「社会学基礎」講義。


ところでディシプリンと教科書の関係については、まずこの著書を参照すべし。という方向で:

科学革命の構造

科学革命の構造

[] というかがんがれ俺。 15:55  というかがんがれ俺。を含むブックマーク  というかがんがれ俺。のブックマークコメント

超がんがれ。

あと2時間.....

[] 超がんがれ。 17:28  超がんがれ。を含むブックマーク  超がんがれ。のブックマークコメント

俺。

あと30分.....

[] 寝るぽ。 19:23  寝るぽ。を含むブックマーク  寝るぽ。のブックマークコメント

ごるぁ(゜ー゜*)

*1:ただし「principle」という語は「方針」とも訳せる。そう訳してよいなら(俺様的)許容範囲に落ちる。その意味では、これは訳の問題だと考えてみる線もありうる(かにみえる)が、それは無理だ。 だって──すぐ下で述べるように──フーコーは、分析・記述のやりかた・作法についてだけでなく、記述対象・記述領域のほうについてもこの言葉を使っているのだから。「方針」という(訳)語は、記述対象を形容するのには 使わない=使えない。

*2© 渡辺二郎

*3:かわいくないが。

june_tjune_t 2004/11/24 02:54 >同じくMに割り当てたのは「原理」である。
 MってPのことですか?(もしそうで訂正されたら、このコメント消してくださって結構です。)

contractiocontractio 2004/11/24 03:01 あ、おっしゃる通りです。ご指摘ありがとうございました。せっかくですので残しておいてください。(ていうかレス速っw!)

june_tjune_t 2004/11/24 03:12 いや、反応もそれなりに早いっす。(笑)ついでに細かいとこでは「各国減ご事情」は「各国言語事情」でしょうか。(いつも教授会の議事録訂正しまくってます。届いた10分後に返送するので事務がビビる。(笑))

contractiocontractio 2004/11/24 03:13 ありがとうございます。お手数おかけします。今後ともどうぞよろしくおねがいいたしますw。

june_tjune_t 2004/11/24 03:25 ……とよく言われます。(笑)

contractiocontractio 2004/11/24 03:28 あはははは。私はいつも訂正される側ですー。

charlie_kcharlie_k 2004/11/25 00:06 ご紹介どもです。親切でも面倒見よくもありませんが、『Sociology』を――基礎的なことが書いてあるという意味ではなく――いわゆる「教科書」としてエディティングすれば、教える側も楽なのになあ、とは感じます。むろん、社会学の基礎という名前の授業は、長い長い蓄積と伝統がこれまでにもあるのだと思いますが。

contractiocontractio 2004/11/25 02:21 ども。親切さと面倒見の件については見解の相違ということでw。
たとえば関西社会学会誌などをみているとw──いや、笑うところじゃないか──、教科書をめぐる社会学の事情は、この数年間で急激にかわっている(あるいは変わっていっている)のではないかしら、という想像もしているのですが、とにかく「社会学基礎」のような講義をすることを考えると、もうそれだけで私は気が遠くなります。(誰も私にそんなことは命じないので考える必要ないわけですが。) ギデンズの本があまり使われてないとしたらもったいないことですよねぇ。
あの本の邦訳が最初に出たのは、まだ私が学生だった頃(?)──か、そのちょっと前??──だったと思うのですが、(教員の意見は聞きませんでしたけど)社会学系の学生たちにはあまり評判がよくなくて、激しく「なぜかしら」と思った記憶があり、それがずっと気になっていたのでした。そのとき私が思ったのは、「おまえら、学科の専門性に対する教科書の地位について まじめに考えた事あんのかよ」ということだったわけですが。(ていうか ちょっとは 社 会 学 的 に考えようよ、と。)

2004-11-23

[][][][] 涜書:『ミシェル・フーコー思考集成 (4)』 10:06  涜書:『ミシェル・フーコー思考集成 (4)』を含むブックマーク  涜書:『ミシェル・フーコー思考集成 (4)』のブックマークコメント

朝食。手癖書きなぞなぞおやぢの陳述に付き合って俺がもの凄い勢いで憔悴するスレ

1971年分再読。ジョージ・スタイナー哀れw。形無し。

  • 084「ニーチェ、系譜学、歴史」(1971)
  • 085「ミシェルフーコーとの対談」(1971)
  • 086「GIP[監獄情報グループ]の宣言書」(1971)
  • 087「監獄について」(1971)
  • 088「監獄についての調査、沈黙の鉄格子を打ち破ろう」(1971)
  • 089「ミシェル・フーコーとの対話」(1971)
  • 090「監獄は至る所にある」(1971)
  • 091「序文」(1971)
  • 092「第十五条」(集会での発言)(1971)
  • 093「ジョベール事件についての情報委員会の報告」(集会での発言)(1971)
  • 094「私は耐え難いものを感じる」(1971)
  • 095「ずっと以前から私はある問題に関心を持っている、それは懲罰システムという問題だ」(1971)
  • 096「ミシェル・フーコー氏の書簡」(1971)
  • 097「批評の怪物性」(1971)
  • 098「善悪の彼岸」(1971)
  • 099「トゥールの発言」(1971)
  • 100「フーコーは答える」(1971)
  • 101「知への意志----コレージュ・ド・フランス1970-1971講義要旨」(1971)

高校生相手に、「それはローマ法以来の事でね‥‥」と語っちゃうフーコーおぢさん萌え

[] エルンスト・マイアの生物学的種概念 06:30  エルンスト・マイアの生物学的種概念を含むブックマーク  エルンスト・マイアの生物学的種概念のブックマークコメント



via http://www.aaacafe.ne.jp/free/yanoz/wots.bbs?i1=0&i3=524&i4=2

推測一つでここまでいえるあなたは凄い。「マイヤーの紹介」の指示先は上記論考。

投稿者:中西B 04/03/17 Wed 17:22:50

 ルーマンMLの投稿ってどんなものでしょうか? マイヤーの紹介から類推すると、狂信的民族主義、人種主義、ファナティックな社会有機体論ではないかと思うのですが? 今西進化論ににてなくも無い、「今西進化論批判の旅」を面白く読んだのを思い出します。マイヤーはむしろ素朴な本質主義的種概念を維持するために、奇妙な理論にはまったみたいですね。それが、無批判に非自然科学に導入されたと、おそらく投稿者は自分の思想の言い訳に必要としたのでは? 自然科学を人間社会のことに「正しく」導入するのは不可能でしょう。自らを自然科学(数学を含む)に基礎付けられているという思想には気をつけないと(「知の欺瞞」にあるとうりこれは主流派経済学などへの皮肉です)。推測オンリーですいません。

謝ればよいというものではない。

と思ってたら管理人氏がこんな書き込みをしてて鬱....

投稿者:yz 04/03/18 Thu 12:19:12

マイヤーの紹介から類推すると、狂信的民族主義、人種主義、ファナティックな社会有機体論ではないかと思うのですが?

ここは、ちょっとハズレ。

自らを自然科学(数学を含む)に基礎付けられているという思想には気をつけないと

ここは、ちょっとアタリ

という感じです。

「自らを自然科学に基礎づけられていると(ちょっと)考えていた」ってことですか? (ていうか誰が?)

ていうか基礎付けってなに?

それとも「一般論」?

[] (ひさびさ)ルーマンスレ10:53  (ひさびさ)ルーマン・スレ。を含むブックマーク  (ひさびさ)ルーマン・スレ。のブックマークコメント

せっかくめでたく翻訳も出たというのにお前らは語ることがなにもないですか。

659 :名無しさん@社会人 :04/11/23 12:49:24

草稿の一部の読み合わせ作業にご協力いただいた、

酒鬼薔薇聖斗氏を初めとするメーリングリスト

「バモイドオキ神・フォーラム」のメンバー諸氏には

特に謝意を表しておきたい。 

ぁぃ*1

[] だめぽ 10:53  だめぽを含むブックマーク  だめぽのブックマークコメント

なぜか仕事しているわけだが。

[] お買いもの:ドゥルーズ『感覚の論理』 22:40  お買いもの:ドゥルーズ『感覚の論理』を含むブックマーク  お買いもの:ドゥルーズ『感覚の論理』のブックマークコメント

むしゃくしゃして買った。いまは後悔している。散財。

感覚の論理―画家フランシス・ベーコン論

感覚の論理―画家フランシス・ベーコン論

*1:2文字しか合ってねーぞ。

yanozyanoz 2004/11/23 14:12 泰斗さんを鬱にさせた管理人ことyzです。いいかげんなこと言ったために鬱にさせちゃったみたいですいません。勝手に謝っておきます。中西Bさんは「ルーマンMLの投稿ってどんなものでしょうか?」って問いかけていて、件の投稿についての私の印象を返事したのが、「ちょっとあたり」、「ちょっとはずれ」、という表現になった次第です。件の「マイヤーの紹介」と「件の投稿」との間には、直接の関係はない(はず)です。そのへん、中西Bさんも誤解しているかもしれないですが・・・。私としては、中西Bさんが、「件の投稿」を書いた人について「自らを自然科学(数学を含む)に基礎付けられているという思想には気をつけないと」と思ったとしたら、あたらずとも遠からずかもしれない、くらいのつもりでした。いろいろ説明不足だったんで、なんか妙な誤解をされてるんじゃないかと危惧してますが、少なくとも私は、自分が考えていることについて、「自らを自然科学に基礎づけられていると(ちょっと)考えていた」って思ったことはないです。基礎付けとかって問題をそんなにつっこんで考えたことはないですけど。それと、「件の投稿」が誰のどれかってことについては、必要があれば思い出して書いてもいいですが、とりあえず伏せておきます(もともと伏せていたし、そういうこともふくめてややこしい話をややこしく蒸し返されてしまったので黙っているわけにはいかなくなってしまったけど伏せたままにしておきます)。というわけで、失礼しました。

contractiocontractio 2004/11/23 14:16 中の人登場乙w。(ていうかごぶさたしてます。)
「一般論」ならそれでよし、ということで。
釈明感謝。

plipli 2004/11/30 11:09 やっぱし『感覚の論理』はもうだめぽですか〜だろうなあ。でも内容はおもろいんですよ。なにしろフランシスベーコンの絵の中にはすべての芸術史があるっていうんですから。それに認識と感覚の区別とか、オヤジ気合入れて書いてたんですけどね。えーと中の人は、いっしょに一度だけ新宿でカレーを食べたご無沙汰の人です(笑)。

contractiocontractio 2004/11/30 11:22 どもども。ごぶさたしてます。
『感覚の論理』読んでます。というか眺めてますよ。日々。
さいしょ、本文と絵を行ったり来たりするのが面倒で、ちょっと苛々しちゃったんですが、本文だけでいえば薄い本なんだし、ゆっくりつきあえばいいんだなきっと、と気づいてからは、楽しく読んで(というか眺めて)ます。というか頁ヒラヒラさせているだけのような気もするけれどw。
そちらはいかがですか? 儲かってますか?

contractiocontractio 2004/11/30 11:24 ベーコンの絵をいつでも手に取ることができることを思えば、それだけでこの値段は安い気もします。

plipli 2004/11/30 13:35 相変わらずスッカラカンです。
ぼちぼちでんなといいたいとこですが(笑)。
元の本は画集と本文と二分冊だったんで、
contractio さんの苛々も無理からぬことだと思います。
どうせ新しい編集なら画集も
もっとカラー増やせよって感じです。
『社会の芸術』びっくりするくらい面白いですね。
たぶんさわりぐらいしか理解できてないですが、
ノートとりながら何度も読んでます。

contractiocontractio 2004/11/30 13:59 「画集と本文と二分冊」! やっぱそうじゃないとー。読みやすさがまったく変わるでしょうそれは。でもまぁ、「ゆっくり読む」ことに決めてからは心安らかに読んで(=観て)ますよー。
『社会の芸術』は──フーコー先生にトラップされてるおかげで──未だ「楽しみの読書」しかできておりませぬw。残念(?)というかなんというか。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/contractio/20041123

2004-11-22

[] 知の扉を開く?社会学教科書について 14:06  知の扉を開く?社会学の教科書についてを含むブックマーク  知の扉を開く?社会学の教科書についてのブックマークコメント

demianさんに言及していただきました。ありがとうございます。

ルーマン社会システム理論 「知」の扉をひらく:買ってしまった。

ASIN:4787795236

日曜社会学のサイトhttp://thought.ne.jp/luhmann/guides/guides060.html)ではあっさり「おこちゃま向け。」で片付けられているのですがそれとは裏腹にアマゾンレビューではわかりやすいと絶賛。多分日曜社会学のid: contractioさんのような専門家の方には何をいまさら、とか易し過ぎる、となるのでしょうが初学者や私みたいな何の素養もない素人にはいい本なのでしょう。ていうかこの本ですら立ち読みの段階では小難しい印象が(苦笑)。しかしここで負けてなるかと変な意地を出して購入。ルーマンの理論を知っておくことで物事を考える際の何かの手助けになるかと思ったので。ちなみにルーマン自身の著書もありましたが今買っても絶対に途中で放り出すと思ってまずここから、と判断したのでした。

http://d.hatena.ne.jp/demian/20041121
  • 「わかりやすいと絶賛」と「おこちゃま向け」という二つのコメントは、「裏腹」の関係にはみえませんが...。
  • 私は専門家ではありません。(というか──適切に言い換えると──、私の専門は社会学ではありません。)
  • 初学者向けの書物で、「いまさら」なことを「易し過ぎる」くらいに書くことは、有益であるだけでなく必要不可欠なことだと考えます。
この本の欠点は別のところにあります(そしてまたこの欠点は、「この本が間違ったことを書いている」といったこととは異なります)。
  • ルーマンの議論は社会学史というコンテクストのなかで読まないとおよそ面白くも何ともないものであるのに、そこがまるで見えてこない、というのが一点目。そして──それと相即していることですが──、
  • なんら「ルーマン独自」の見解ではない「社会学的にふつう」の議論を、ルーマンに──しかも、それがあたかも「新しいこと」であるかのように──帰してしまっているというのがもう一点。
この2点によって、この本は「初学者向けの本としてはあまりお薦めできない」ものだ、と私は判断します。(逆に、読者の側で、この点をあらかじめ踏まえた上で読むのならよいと思います。しかしそんなことをするくらいなら、普通の社会学の入門書や教科書を読めばよいという気も......*1。)


あとは。

個人的な見解ですがタイトルが許しがたい、です。

こんなタイトルの本、電車の中では読めないっしょ。著者さんたちのせいじゃないですが。


ついでのコメント。

社会学(教育・学習)におけるギデンズの『社会学』は、生物学(教育・学習)における『Cell』に比すべき位置にある教科書だろう、と私は思うわけですが。

単純に、読み物として比べれば『Cell』のほうが面白いけど。でも、生物学の教科書を書くよりも社会学の教科書を書くことのほうが圧倒的に難しいと思うので、やはりギデンズは偉いと思います。

で、『Cell』を読まずに生物学の他の専門書を読む、ということがありえないのと同様に、ギデンズの『社会学』を読まずにルーマンを読む、というのもいかがなものか、と とりあえずは思ったりもするわけなのでした。

それはあたかも初等解析学を知らないのに留数定理を理解しようとしているかのような趣き....。

がしかし。


生物学を学んでいる人の部屋に行けば、その人が全国のどの大学で学んでいるかにかかわらず、その人の部屋にはかならず『Cell』があり、そして例外はありえない(あったとすればその人の方が──人として 学生として──おかしい)。 同様に、全国のどこの大学に通っている人の部屋であっても──私の学生時代であれば*2──、その人が経済学を専攻しているのであればかならず『中谷のマクロ』がおいてありました。

ところが。

第三者的(?)に見ると、ギデンズの『社会学』は、おそらく社会学の本ではじめて(?)、そういうタイプの「教科書」としての地位を占めるに値する本でありうるものだったかと思うのですが、実際には、「全国のどこに行っても、その人が社会学を専攻しているならば、その人の部屋には『社会学』がある」という次第には──私の知る限りまったく──なっていませんでした。

以上すべて、私の個人的な経験(のみ)に基づく知見です。念のため。

おそらくここに、社会学という学問disciplineがおかれている、非常に奇妙な──という言葉に差し支えがあれば、非常に特殊な──事情を見るべきかもしれないのですが、それがどういうことであるのか、私にはわかりません。

そしてまたこの事情自体が 社会学的に興味深い事柄であるように思われるのですが、残念ながら、社会学以外を専攻している学生 も 社会学を専攻している学生も、両者それぞれの事情により、その点を気にしてはいない(だけでなく、そもそも気にすることができない)、という──これまた──首尾一貫した当然の事情があるわけなのでした。


ま、とりあえずの結論*3を書くと、

  • 社会学知りたきゃルーマンじゃなくてギデンズ読め。
  • ルーマン読みたきゃまず先に社会学史を知っておけ。
    あるいは、「ルーマン読むなら一緒に社会学史も勉強しろ*。」

ということでした。

* 何のために? ──そりゃもちろん、書かれていることを理解し、楽しむために、です。


【追記】

c鈴木さんといなばさんにコメントを受けて、こちらにメモを書きました:

[][] 本日のDQNトラクター  本日のDQNアトラクターを含むブックマーク  本日のDQNアトラクターのブックマークコメント

2ちゃんで宣伝していた。

  • ttp://www.dragoncity.ne.jp/~xbooks/

ただのアフィリエイトサイトであるような気もするが。2ちゃんだし。

[] お客さま  お客さまを含むブックマーク  お客さまのブックマークコメント

google:酒井+オヤジ+フーコー

やっぱぜったいどっかに晒されてるでしょこれw。

ちなみにこっちじゃないと上位ヒットはいたしません:google:酒井+おやぢ+フーコー

[][][][] 涜書:『ミシェル・フーコー思考集成 (4)』 14:16  涜書:『ミシェル・フーコー思考集成 (4)』を含むブックマーク  涜書:『ミシェル・フーコー思考集成 (4)』のブックマークコメント

ランチ。手癖書きなぞなぞおやぢの陳述に 俺が憔悴しつつ つきあうスレ

インタビュー幾つかをものすごい勢いで通覧。

[][][][] お買いもの:ジャコブ『生命の論理14:35  お買いもの:ジャコブ『生命の論理』を含むブックマーク  お買いもの:ジャコブ『生命の論理』のブックマークコメント

フーコー先生のお気に入り。

引っ越したときに古書店に売っ払ってしまったものの一つ。なつかしい(^_^)。2500円でげっと。

[][][][] 涜書:『ミシェル・フーコー思考集成 (4)』 23:29  涜書:『ミシェル・フーコー思考集成 (4)』を含むブックマーク  涜書:『ミシェル・フーコー思考集成 (4)』のブックマークコメント

夕食。もの凄い勢いで 手癖書きなぞなぞおやぢの陳述につきあって俺が憔悴するスレ

あかんわ。

おっちゃんすでにこの時点(71〜73年)で もう道ふみはずしてるやないの。

*1:「そういうこと」にこそ才能を発揮する人物、たとえばアンソニー・ギデンズの本とか(ASIN:4880592501ASIN:4880592706ASIN:4622017679 などなど)。

*2:いまでは他の本になっているでしょうけど。

*3:なんだそれは。

demiandemian 2004/11/22 14:45 ギデンズの本のご紹介ありがとうございます。その上でルーマン自身の著書に挑むと良いのでしょうね。

「わかりやすいと絶賛」と「おこちゃま向け」という二つのコメントは、「裏腹」の関係にはみえませんが...。とのご指摘、その通りです。このへんのいいかげんさが私の困ったところです。

とりあえず給料日以降にギデンズは持ち越して買った本のほうをご注意頂いた点に気を付けて読んでみます。あのタイトルは確かに恥ずかしいですね。カバーをすることにいたします(そして人に何を読んでいるのか聞かれて焦るのです)。

それにしましても日曜社会学のサイトを見ていると酒井さんは専門家でなくともかなり知識と議論を積み上げられているなあと思いますよ。

contractiocontractio 2004/11/22 16:28 コメントありがとうございます。
「専門家」ということについていうと、重要な点──あるいは私が重要だと思う点──は、「専門家は、私がやっているようなこととはまるで別のことを、まるで別の仕方でやっている」という点です。そしてその理由によって、──たとえば──知識とか議論とかの積み上げ(の量が増すこと)によって、私が「専門家」の領域に立ち入ることになる可能性はない(と私は考えている)、ということなのでした。

tyadontyadon 2004/11/22 17:04 「お客さま」なのにぃ。日社のルーマン部会ですが、第一報告の浅輪さんは報告辞退でした。なので全5報告でした。盛り上がり度はイマイチでしたが、まあまあ楽しめました。BBさんから&村中さんからの質問に答えようとしたら定時5分前に突然「閉会」宣言されて「んがんぐ」でした。あと、総括討議時の多田さんの質問がおもろかったです。「システムが実在すると思う人手を挙げてください?」みたいな。

tyadontyadon 2004/11/22 17:06 最後の引用部の「?」は不要でした。すまそ。

contractiocontractio 2004/11/22 17:06 タダさんはどっちなんだろう? 「する」派?「しない」派?

contractiocontractio 2004/11/22 17:07 報告乙でした〜(^_^)/~~

hrkthrkt 2004/11/22 23:37 ちょっと質問ですが、文系で生物学を一から勉強してみようと思ってる者でもCellは大丈夫ですか。

contractiocontractio 2004/11/22 23:52 (私が答えるべき質問かどうか迷うところですが、)だいじょぶです。
むしろそういう方にうってつけ、といえるかも。おそらく、アメリカの学生は高校までは、日本の学生ほどは勉強しない、という事情があるのだと思うのですが、アメリカの学部生用の教科書は、恐ろしく親切です。問題があるとすれば、分量をこなす気力があるかどうかだけ。
でも、置いておけば「写真付き辞書」としても使えますしね。高いけど買うだけの価値はある、とまでは断言させていただきましょう。

contractiocontractio 2004/11/22 23:53 (よく考えたら、これは私が答えてよい質問でした。高校で生物学とらなかったし。)

contractiocontractio 2004/11/22 23:57 うーんと。もうちょっと考えてみると。一人で読むというには、やっぱ分量が「非現実的」ですわね。なので、あり得る利用法としては、ブルーバックスとかその手の啓蒙書的ななにかを読む時に、傍らにおいといて辞書代わりに使う、というやり方ですかね。これでも充分 もとはとれると思いますよ。

contractiocontractio 2004/11/22 23:57 (というかなぜ私はこんなにも親切なのか。)

hrkthrkt 2004/11/23 00:23 >(というかなぜ私はこんなにも親切なのか。)
(笑)ありがとうございます。ぼーなすと相談して購入を
考えてみます。

contractiocontractio 2004/11/23 06:46 ぁい。相談だいじ。

demiandemian 2004/11/23 10:16 さらに詳しいフォローありがとうございます。ギデンズの「社会学」にまずチャンレジしたいと思います。値段もお手頃ですね。ところで「Cell」は持っていない学生もたくさんおりました(苦笑)。20000円前後という値段がまずいのかそんな厚いものは読みたくないということなのか、聞いてみれば面白かったかも、と思います。

contractiocontractio 2004/11/23 10:21 生物学専攻者で Cell 持ってないってのは、学生としてもはや(以下略)。 所属大学&居住地域を問わず、私の知人には不所持者はいなかったですが....。

nabesonabeso 2004/11/27 01:25 はじめまして。生物専攻だったのですがまわりは意外にCellを持ってる人はいませんでした。理由としては、もうすぐ第4版がでるから第三版は買わない→すぐ訳されるだろ→最新のトピックはとっくに知ってるし他の教科書(分子生物学・生化学etc)とかぶりすぎ、とだらだら流れていった気がします。逆に今から学ぼうという人には持っていた方がよい教科書として位置づけられると思いますが、実際の所研究の現場にいると”物足りない”ということになります。丁度今修士の人間だと持ってない人が多いかなと言う気がしますね。

contractiocontractio 2004/11/27 12:54 コメントありがとうございます。お話はさもありなん、ですね。

bas.bas. 2004/11/28 19:29 生物学専攻っても生物学は広うございますから、たとえば生態学系の専攻の人は必ずしも『Cell』を持ってるとも、持つべきとも思いませんけど(生態学もゆっくりゆっくりと、それでは済まなくなりつつはありますが)。で、話はちょっと違いますが、分厚すぎるという点については、学部のころ、原書で輪読会を開いていた人たち(まだ専攻が決まっていない生物系の者たち)がいました。学生さんなら同志を募ってそういうことをやるのも一法かと。文系でも総合大学にいるなら、理系のそういう自主ゼミに混ぜてもらうことも可能なのでは(ちょっと勇気がいるかもしれませんけど)。

contractiocontractio 2004/11/28 20:08 そういえば、私は確かにそうしてました。<「学生さんなら同志を募ってそういうことをやるのも」
ただし、私の場合は、自分で社会学の読書会を主催して、そこに社会学系の方にきていただ(き、教えていただ)く、という──逆の──ことでしたが。

2004-11-21

[] トトロの森@東村山所沢#に行って来たわけだが。  トトロの森@東村山〜所沢#に行って来たわけだが。を含むブックマーク  トトロの森@東村山〜所沢#に行って来たわけだが。のブックマークコメント

本日の見間違い

誤:

サンリオメンヘルランド

正:

サンリオ・メルヘンランド

[] タレこみ希望21:32  タレこみ希望。を含むブックマーク  タレこみ希望。のブックマークコメント

アクセスが若干爆発気味ですが、どこかに晒されてますか?


【追記】20041122 9:47

というか単にフーコーネタが人気があるというだけのご様子。

というかおそらく単に、フーコーが人気者だというだけだなこれは。

このスレだけを選択的に、複数の方が、ものすごい勢いで読んでいらっしゃる、ということがログを解析して判明いたしました。
みんなほんとにフーコー好きだよなぁ(微苦笑


【さらに追記】

ここだったかもしれない罠:http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20041117#c

ていうかついにキタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!

[][][][] メモフーコーの「希少性」概念について。 19:40  メモ:フーコーの「希少性」概念について。を含むブックマーク  メモ:フーコーの「希少性」概念について。のブックマークコメント

手癖書きなぞなぞおやぢの陳述に 俺が憔悴しつつもつきあうスレ


考古学』に登場していた「希少性」概念が『ディスクールの秩序』にも登場しているのをみて、「そういえば」と思い出した事をメモしておくわけです。なんで「メモ」なのかというと、この思いつきがそれなりにもっともらしいものかどうかを確認するためには、この読みの方針に従って、もいちど『考古学』をチェックしてみなくちゃ逝けないわけですが、それが めんどくさいから。というか鬱。


私の思いつき的仮説は次の通り:

『考古学』に登場する「希少性」という概念は、──少なくとも私にとって──非常に意味の解しにくい・理解に苦しむ使われ方をしているものだが、こうなってしまっている理由は、フーコーが、

  • そもそも概念的に区別されるべき二つの事柄を、一つの言葉で表してしまっているから

ではないか。

というもの。 そして、ここでいう二つの事柄とは、一つは、

  • 【A】ある事柄の量や機会が限定されている[という意味でレア

というもので、これはまぁ辞書通りの意味ですな。そしてもう一つは、

  • 【B】ある事柄が、時間的・事象的・社会的にローカルなものである[という意味でレア]

ということ。


それぞれ敷衍すると、【A】は、たとえば、「合格者が一定数に決まっている条件の下での試験(にもとづいて付与される資格)」や、「流通量が一定量に決まっている条件の下での貨幣」などについて謂われる意味での「レアさ」のことで、まぁこちらは分かりやすい。

『ディスクールの秩序』におけるフーコー自身の表現を引けば、たとえば「[特定の]言説をもつ個々人に若干の規則を課し、かくして、万人をそれらに近づかせないようにすること[‥]。[これは、]語る主体の希少化、ということになります。」[p.38] とか。

問題は【B】。こちらは──ひらたくいえば──、

  • 「ある時代のある場所で〈当然の・ノーマルな〉ものとして行われている事が、
    そこから(時間的・事象的・社会的に)距離をとってみると、
    〈ヘンな・アブノーマルな〉ものにみえる」

ということ。ある事柄がローカリティをもっている、という意味での「レアさ」。

或るノーマルなもの-の-アブノーマルさ。(もっと「ニュートラル」にいえば、「ありそうなもの-の-ありそうになさ」──というルーマン風の表現になる。)
フーコーはこれを、当の事柄が「ある言説編成に属している(のであって他の言説編成に属しているのではない)」ことをもって記述するわけですな。


ちなみに、(特殊)社会システム論では*1
  • 【A】を「希少性」*といい、
  • 【B】を「ありそうになさUnwahrscheinlichkeit」**といいます。
‥‥という仕方で、両者は概念的に区別されている。
というか、そうした事情があることによってこそ、フーコーの──仮に上記の推察が正しかったとして──「混同・混乱」に気づく事ができたわけだが。


どちらも確かに「レア」なんだけど、でもそれらははっきりと「別のこと」なのである。

実際──ここでフーコーに即して語る準備がないので、以下の定式はルーマンに依拠した場合のそれになるが──
  • 「〈希少性〉の形式をもつすべてのものは、確かに unwahrscheinlich である」けれども、
  • 「unwahrscheinlich なもののすべてが、〈希少性〉という形式をとるわけではない」
というのは明らかなことでございましょうに。


にも関わらず、異なる事柄を一つの言葉で指し示し、しかもそれが研究プログラムの中心に躍り出て来てしまうということになると──『ディスクールの秩序』において、そういうことになっているわけだけど──、この混乱・混同は、以後の議論に大きく影をさす事になるのではないか、と予想される。‥‥のだが確認するのメンドクセ。


この点を論じた論文とかないですか?>識者さん


*【A】は、ルーマンにおいては、一方では 偉大なるアメリカ社会学の父・20世紀最大の小言親爺・我らが親愛なるタルコット・パーソンズ師から引き継いだ、ルーマン初期からの
「総量一定則」といった──「ゼロサム状態」を指す──言葉で登場する事もある
トピックであり、他方では そこに加えた「ひねり」をみることで ルーマンが「セルフリファレンス」という言葉でどんなことを考えているのか、を確認することができる(というしょうもない意味でも)面白い論点なのだが、まぁそれはまた別の話。用例としては──初期と後期からひとつづつ──、『社会学的啓蒙1』[邦訳:p. ]および『社会の経済』[索引でアクセス可] をあげておく。
**【B】の登場例も──やはり二つ──あげておくと、たとえば『社会的システムたち』[こちらは索引でアクセスできるが、残念ながら東北大グループは、この言葉に「不確実性」という訳語を当ててしまっている(!)]。他の例として、「社会学的概念としてのオー■ポイエーシス」[1987→1993]馬場靖雄訳、『現代思想』vol.127-10)。
そして──ルーマンの場合は──議論全体に対する概念の重みについていえば、【A】よりも【B】のほうが、圧倒的に重い。【A】は数あるトピックの一つに過ぎないけれど、【B】は記述の方針そのものにトータルに関わっているのだから。

[][][][] 涜書:フーコー『ディスクールの次元=ディスクールの領域』 19:40  涜書:フーコー『ディスクールの次元=ディスクールの領域』を含むブックマーク  涜書:フーコー『ディスクールの次元=ディスクールの領域』のブックマークコメント

俺が憔悴しつつ手癖書きおやぢの陳述につきあうスレ

言語表現の秩序 (河出・現代の名著)

言語表現の秩序 (河出・現代の名著)

さらに陰鬱な気分で『ディスクールの秩序』[1970]再訪。

レジュメの最後の部分、

  • 4.〈批判的/考古学的〉という分析グループによって、トピックがどのように扱われるかを手短に外観(しつつ、扱うべきトピックを絞り込んで再予告)する。

ところがまだ残っているわけですが。

*1:© 宮台, c鈴木 et al.

using_pleasureusing_pleasure 2004/11/21 22:33 哲板に新しく論壇スレが立った模様です。http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1100783911/l50

contractiocontractio 2004/11/21 22:35 うーむ。この微妙な言及で?? ──だから微妙なアクセス増なのかw。
タレコミどもです。

june_tjune_t 2004/11/22 14:31 >みんなほんとにフーコー好きだよなぁ(微苦笑
 つーか、フーコー読んでる酒井さんの様子を読むのが好き。(笑)

contractiocontractio 2004/11/22 14:37 うふ♥

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/contractio/20041121

2004-11-20

くそ。はらがへった。あたまがまわらん。

[][][][] 涜書:フーコー『ディスクールの次元=ディスクールの領域』 17:05  涜書:フーコー『ディスクールの次元=ディスクールの領域』を含むブックマーク  涜書:フーコー『ディスクールの次元=ディスクールの領域』のブックマークコメント

陰鬱な気分で『ディスクールの秩序』[1970]再訪。

例によって「〜でなく、〜でなく、〜でなく」と言っている時は威勢がよく、そしてそうした否定でもって陳述は満ち満ちているが、ひとたび「〜である」と述べる段になると とたんにしどろもどろで要領を得なくなる。困った人だ。というか、

おやぢまたそれか。

てことで、やはり何を言ってるのかわからない。

言語表現の秩序 (河出・現代の名著)

言語表現の秩序 (河出・現代の名著)

舞台はハエあるコレージュ・ド・フランス就任講義。これからどんな講義をするのかをみなさんにお披露目しつつ、コレージュに引っ張ってくれた人や前任者などに社交辞令やおべんちゃらをつかったりする事が期待されている場所(なのでフーコーもそうしている)。


何を言っているのかよくわからないとはいえ、「読解のお約束」のみに従って 登場するトピックを整理する事はできるので、とりあえずそれだけはしておく。

やっていることは、

  1. まず講義で扱いたい3(×3=9)つのトピック=主題を列挙し、
  2. それらを分析するのに使用する4つの「原理」をあげ、
    (途中で「哲学史・思想史」の脇道にちょっとそれたあと)
    ていうか「原理」とか言うな。
  3. その4つの「原理」を(批判的/系譜学的、の)2つに分類したうえで、
  4. それらによって、トピックがどのように扱われるかを手短に外観(しつつ、扱うべきトピックを絞り込みつつ再予告)する。

といったところ。以下、それを単純に列挙する(だけ)。


まず、講義でとりあげる 3(×3=9)つのトピック

講義の主題:言説生産をコントロールしたり境界線を引いたりする3つの手続 [p.9-47]
言説の排除
の手続
(外的な手続)
[p.9-22]
1-1:言葉を禁じる事 [p.10] ■言説の外側から行使され、排除のシステムとして働き、力と欲望とを働かせる言説の持ち分 [p.22]
1-2:狂気の分離と拒否 [p.11-12]
1-3:真-偽の対立 [p.14〜22]
  (真理への意志〜知への意志)
言説の〜〜
の手続*
(内的な手続)
[p.22-38]
2-1:注釈 [p.23-27]
  <新しい言説の産出/言説の反復>
■出来事・言説の偶然性を、〈アイデンティティ〉[という希少化rarefaction の原理]によって制限・拘束し、払いのけること[によって、言説を産出させること] [p.31]
2-2:(機能-)作者 [p.28-31]
2-3:(学的)discipline [p.31-38]
言説の従属**
の手続
[p.38-47]
3-1:言語的儀礼 [p.40-41] ■言説の活動の諸条件を決定し、言説のはらむ力・偶然性が働く余地を──それにアクセスする人を限定し・その人に役割と評価を与えること[=語る主体の希少化]により──コントロールすること [p.38]
■言説に対する-語る主体の-従属/語る個々人の集団に対する-言説の-従属[ p.45]
3-2:言説の社会 [p.41-45]
3-3:言説の集団的所有 [p45-47]
* 邦訳p.65、講演ももうそろそろ終わり、というところまで読み進めて、ようやく「言説の制限」という言葉が登場する。このセルに入れるべき言葉は、おそらくこれである(が、こんなところで出すな。もっと前に書け。つーか22頁に書け。せめて38頁までのうちに書け。)
** これについては「言説の所有」という表現もあり。
ていうか「機能」とか「機能作者」とか謂うな。



次に、上記トピックを分析する際に準ずるべき 4つの「原理」。[p53-]

ていうか「原理」とか謂うな。

  1. 転倒の原理 renversement
  2. 非連続性の原理 discontinuite
  3. 特殊性の原理 specificite
  4. 外在性(物質性)の原理 exteriorite


ところで、上記のトピック列挙に続けて「4つの原理」を導入するにあたってフーコーさんはこう謂うのだが:

以上がこの講座でこれから数年の間行いたいと思う研究を統べる課題、あるいはむしろいくつかの主題であります。たちまち、それらがともなう若干の方法上の要求を見定める事ができます

どう関係しているのか まるで自明ではない罠。

おやぢまたそれか。


そして、次のように謂って:

したがって、[「四つの原理」を敷衍する中で登場してきた*]四つの観念は、分析への規制原理として働くわけであります。[p.56]

* ‥‥と言いたいんじゃないかとは思う。

次の四つの観念をあげるのだが、これらが「4つの原理」とどう関係するのかがまたわからない。

  1. 出来事
  2. 系列serie
  3. 規則性
  4. 可能性条件

おやぢまたそれか。


最後。上記原理のグループ分け。(当然これは、分析のグループ分けでもある。)[p.62]

私がなすべき分析は、二つのグループにしたがって準備されます。

  • 一方では、それは逆転の原理を実現する「批判的」グループであり[‥]
    • 排除、制限、所有などの形式を取り囲もうとする。
    • またそれは、それらの形式が
      • いかなる要求に応えてどのように形作られたか、
      • どのように変容され、移動されたか、
      • 実際にいかなる拘束を加えたか、
      • どれくらい変えられたか、を示すものであります。
  • 他方、それは、他の三つの原理を実現する「系譜学的な」グループです。すなわち、
    1. どのようにして言説の系は拘束のシステムを横切り、拘束のシステムにもかかわらず、あるいは拘束のシステムに支えられて、編成されたか。
    2. 個々の系に特有な規範はどのようなものであったか。
    3. それらの出現、増大、変化の諸条件はどのようなものであったか。
      以上の三つです。
後者「系譜学的」の3つのうち後ろ2つは、それぞれ「特殊性」と「外在性=可能性条件」に「対応」しているように読める(というか、まるで敷衍になってない)。 とすると
  • 「どのようにして言説の系は拘束のシステムを横切り、拘束のシステムにもかかわらず、あるいは拘束のシステムに支えられて、編成されたか。」
が、「非連続性discontinuite」に「対応」してるってことか? しかしどのように?
この部分のみを切り取ってローカルにみた場合の解釈として、「〈拘束のシステム〉を──リソースとしてだけでなく──トピックとしても(つまり、それを言説の系に差し戻す仕方で)扱え」というのを思いついたが、それでよいのか。しかしそれだと、非連続なのは──「複数の言説の系たち」の関係ではなく──〈拘束のシステム〉のほうであることになってしまうような....。「横切り」といってんだからそれでいいような気もするけど、『思考集成4』周辺の主張と整合しない気がする。


「4つの原理」も「4つの観念」も、どれも基本的には既に『考古学』の中に登場していたものであり、一つ一つをとってくれば、ネタとしては それなりにわからんこともないようなきもしないでもないことはないこともなくはないんですが。

が、そもそも、

  • こんな、「批判的」とか「系譜学的」とかいう分類がなぜ必要なのか、
  • そんなことをして何が楽しいのか、
  • また、それらはなぜそのように呼ばれるのか、

などなどは、さっぱり分からないわけなのでした。....憔悴。


とりあえず、ここからわかることは──フーコーがどう考えていたかはともかくとして──、パーツの配置からだけみれば、

    • 「系譜学」は「考古学」の下位集合である。
      • 「考古学」=「批判的」部分+「系譜学的」部分

といえそうに思われるわけですが。

ところが、「思考集成IV」あたりをみていくと、どうやらそうはいえない(考古学と系譜学が併置されたりしているわけで)。

そのへんの首尾一貫性のなさに、私としては 脱帽です

というか憔悴。

[][] 社会学的告知(20041205) 日本現象学・社会科学会シンポジウム 04:18  社会学的告知>(20041205) 日本現象学・社会科学会シンポジウムを含むブックマーク  社会学的告知>(20041205) 日本現象学・社会科学会シンポジウムのブックマークコメント

日本現象学社会科学シンポジウム
・日時:12月5日(日) 14:00〜17:30
・場所:関東学院大学 人間環境学部 4号館501教室
     236−8501 横浜市金沢区六浦東1−50−1
     電話:045−781−2001(代表)
      京浜急行・シーサイドライン「金沢八景駅」下車 海沿いの道を歩いて約15分
・テーマ戦争
・報告者:
  • 島内明文(京都大学)「戦争について倫理学は何が言えるのか−−正戦論の再検討−−」
  • 野上 元(日本女子大学)「『戦争』を『知ること』の歴史社会学−−『戦争』の社会学的考察のために」
  •  仲正昌樹(金沢大学)「戦争機械と帝国

情報提供 thaxto 濱さん)

[][] 社会学的告知(20041211) 日本社会学史学会研究例会 04:29  社会学的告知>(20041211) 日本社会学史学会研究例会を含むブックマーク  社会学的告知>(20041211) 日本社会学史学会研究例会のブックマークコメント

日本社会学学会研究例会
・日時:12月11日(土) 14:00〜16:00
・場所:日本大学文理学部本館2階・第一会議室
     156−8550 世田谷区桜上水3−25−40
     電話:03−3329−1151(内線4717)
      京王線下高井戸駅」下車
・報告者:

情報提供 thaxto 濱さん)


[][] 社会学的告知(20041223) 中大社研シンポ「日本におけるセクシュアル・マイノリティ・スタディーズ」 12:07  社会学的告知>(20041223) 中大社研シンポ「日本におけるセクシュアル・マイノリティ・スタディーズ」を含むブックマーク  社会学的告知>(20041223) 中大社研シンポ「日本におけるセクシュアル・マイノリティ・スタディーズ」のブックマークコメント

queer-science ml から転載情報を転載。

中央大学社会科学研究所セクシュアリティ歴史と現在」研究チームのシンポジウム

日本におけるセクシュアル・マイノリティ・スタディーズ」
【日 時】2004年12月23日(木・祝)13時〜17時30分
【会 場】中央大学市ヶ谷キャンパス 2号館4階 2401教室
    最寄駅:都営地下鉄新宿線「曙橋駅」A3出口、東へ徒歩3分
        http://www.chuo-u.ac.jp/chuo-u/access/access_i.html
【主 催】中央大学社会科学研究所「セクシュアリティの歴史と現在」研究チーム
【プログラム
  • 13:00〜13:20 矢島正見 (中央大学教授)「シンポジウム開催にあたって」

第1部 研究報告

(休憩 20分)

  • 14:40〜15:10 杉浦郁子(中央大学文学部兼任講師)
  • 15:10〜15:40 三橋順子(中央大学社会科学研究所客員研究員)

(休憩 20分)

第2部 ディスカッション

  • 16:00〜17:30 Mark McLelland、金田智之、杉浦郁子、三橋順子(司会)
    • 「日本におけるセクシュアル・マイノリティ・スタディーズの現状と課題」

【パネラー・司会者紹介】

  • Mark J. McLelland(マーク・マクレランド)
    オーストラリア研究機構ポストドクター研究員
    主著にMale Homosexuality in Modern Japan (RoutledgeCurzon), Queer Japan from the Pacific War to the Internet Age (Rowman & Littlefield, 近刊)、編著に Japanese Cybercultures (Routledge) など。
  • 金田智之(かねた・ともゆき)
    東京都立大学大学院 社会科学研究科博士課程
    共著に『21世紀の現実 社会学の挑戦』(ミネルヴァ書房)。論文に「『主体』のあとに何が来るのか」『年報社会学論集』16号、「『カミングアウト』の選択性をめぐる問題について」『社会学論考』24号、など。
  • 杉浦郁子(すぎうら・いくこ)
    中央大学文学部他兼任講師
    共著に『フィールドワークの経験』(せりか書房)、『実践のフィールドワーク』(せりか書房)、『〈実践〉ポピュラー文化を学ぶ人のために』(世界思想社、近刊)、など。
  • 三橋順子(みつはし・じゅんこ)
    中央大学社会科学研究所客員研究員
    共著に『トランスジェンダリズム宣言』(社会批評社)。論文に「現代日本のトランスジェンダー世界」『中央大学社会科学研究所年報』7号、「性転換の社会史(1)」『(同)』8号、など。
  • 矢島正見(やじま・まさみ)中央大学文学部教授
    編著に『男性同性愛者のライフヒストリー』(学文社)、『女性同性愛者のライフヒストリー』(学文社)、など。

【問い合わせ先】ishidah[at]tamacc.chuo-u.ac.jp(石田)

参加に事前予約等は必要ございません。入場無料です。


【追記】

ポスターはこちら:

石田ラボ(http://www.geocities.jp/webhitoshi/

tyadontyadon 2004/11/20 01:03 熊本は寒いです。ホテル、お湯が沸かせん。超寒い。超やばい。

contractiocontractio 2004/11/20 04:07 おいっ! 寝ちゃだめだっ 寝ると死ぬぞっ! おいっ!!

2004-11-19 (´・ω・`)

[][][][] 涜書:キング(・∀・)カズ! 『権力』 キング(・∀・)カズ! 16:32  涜書:キング(・∀・)カズ! 『権力』 キング(・∀・)カズ!を含むブックマーク  涜書:キング(・∀・)カズ! 『権力』 キング(・∀・)カズ!のブックマークコメント

朝食。

権力 (社会科学の理論とモデル)

権力 (社会科学の理論とモデル)

フーコーを読んだあとで読むとあまりの落差にショック死しそうなほど明快&明解*1


キング曰く:

 


この↑論点をいま少しつめると、その一つのヴァリエーションとして、こんな↓話が出てくる。

俊樹たんの*2曰く:

 

[][] お客さま 16:32  お客さまを含むブックマーク  お客さまのブックマークコメント

google:疑似科学とは+結論

うははははは。うははははははは。君、おもしろい人だなぁ。


google:社会学+成果主義

レポートおつかれさまです。


いまだにオー■ポイエーシスでひっかかってくるやつがいる。

DQNアトラクターうざい。

せっかくの伏字があまり効を奏していないようであるがどうなのか。

[] お仕事deathYO! 16:32  お仕事deathYO!を含むブックマーク  お仕事deathYO!のブックマークコメント

ジャケ買いしたグリモーたん届く。速い。

知らなかったが(ぉぃ*3アルヴォ・ペルトがはいっていた。これはサンプリングネタ逝き。


Don Juans Reckless Daughter

Don Juans Reckless Daughter


何の気なしに「ドンファンのじゃじゃ馬娘」で検索したら雑魚パスのページが引っかかった。

こんなにでてるとは知らなかったなぁ。買わないけど。


テンション低い時はこれだな。

音楽ナマケモノ。って書いたら鬱になった。

[] アイデアプロセッサ再訪 16:32  アイデアプロセッサ再訪を含むブックマーク  アイデアプロセッサ再訪のブックマークコメント

書くべき事が溜まって来たがもはや処理能力を超えている。アイディアプロセッサの購入を真剣に考えよう。

TidBITSの記事を探す。


Tinderbox は使うのがむずかしそげだが....

*1:ただし「理念的実在」というマジックワード 気 に し な い で済ますことができれば、その限りで、の話だけど。

*2:於:社会学史学会・シンポジウム報告歴史社会学の可能性」、20040627(日本女子大

*3:だってジャケ買いだから...。

2004-11-18

[][][][] 涜書:フーコーニーチェ、系譜学、歴史」(1971) 22:02  涜書:フーコー「ニーチェ、系譜学、歴史」(1971)を含むブックマーク  涜書:フーコー「ニーチェ、系譜学、歴史」(1971)のブックマークコメント

さ〜 わたしはだんだん頭が悪くなってくる〜。

[][][] もうだめぽ22:02  もうだめぽ。を含むブックマーク  もうだめぽ。のブックマークコメント

考える気力がなくなってきた。

すっかり頭が悪くなった気がする。いまいましい。

 ∧ ∧  
(,,・-・)    もうちゃぶ台返してもいい?
(つ┳━┳
 U..U 

[][] 社会学的告知(20041204) 都市下層問題研究会 22:02  社会学的告知>(20041204) 都市下層問題研究会を含むブックマーク  社会学的告知>(20041204) 都市下層問題研究会のブックマークコメント

2004年12月4日 第16回研究会 
日時:2004年12月4日(土)14:00-18:00
場所:大阪市大学文学部棟2階社会学実験室
報告:
▼前川真行(大阪女子大学):
 パンのポリス ー近代国家のはじまりとビール酵母の深い関係。
 絶対王政と執行権力(ルイ十四世の司法改革からカール・シュミットまで)ー
▼(報告者募集中)
-----------------------------------------------------------------
※大阪市立大学杉本キャンパスへの地図http://www.osaka-cu.ac.jp/map/map.html

きしきし 2004/11/19 01:27 告知ありがとうございます。もうひとりの報告者を募集しております。たいとタン、どう?

contractiocontractio 2004/11/19 09:22 テーマは「フーコーのここがヘン!」でもいい? つか交通費でる? つかそんなことしたら「日曜社会学」の範囲を超えちゃうと思うの....。

きしきし 2004/11/19 18:58 いいじゃない、土曜日なんだから。自腹で来なさいよ!フン!ちなみに不思議なことにアドレスが7年位昔のやつになってますが、これでもいまだにつながるみたいですな。今の正しいアドレスは http://www.osk.3web.ne.jp/~irabuti/aken.html ですが、別につながるからこれで結構です。

contractiocontractio 2004/11/19 19:24 あう〜

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/contractio/20041118

2004-11-17

[][][][] 涜書:シェグロフ「コンテクスト概念による接続策」 15:10  涜書:シェグロフ「コンテクスト概念による接続策」を含むブックマーク  涜書:シェグロフ「コンテクスト概念による接続策」のブックマークコメント

朝食。前半。

  • エマニュエル・シェグロフ(1987)、「ミクロとマクロの間──コンテクスト概念による接続策とその他の接続策」 in


後半

言語表現の秩序 (河出・現代の名著)

言語表現の秩序 (河出・現代の名著)

[][][][] 涜書:フーコー『言説の秩序』 13:25  涜書:フーコー『言説の秩序』を含むブックマーク  涜書:フーコー『言説の秩序』のブックマークコメント

昼食。前半。

  • エマニュエル・シェグロフ(1987)、「ミクロとマクロの間──コンテクスト概念による接続策とその他の接続策」 in


後半

言語表現の秩序 (河出・現代の名著)

言語表現の秩序 (河出・現代の名著)

ぜんぜんわけわからない。読めば読むほど頭が悪くなる気がするんだがどうなのかこれは。

考古学』でクリアしてないままの論題をそのまま引継ぎ、さらにそれを前提にして他の話をしている。うまくいくわけない。

訳も例によってひどい味わい深い。なんだ僥倖てw。

[] お買い物:グリモーたん 15:10  お買い物:グリモーたんを含むブックマーク  お買い物:グリモーたんのブックマークコメント

皆川さんのところリストされていたのをみて またジャケ買いしてしまったわけだが。

こちら↓のジャケットではそんなでもないけど、

ブラームス:後期ピアノ小品集

ブラームス:後期ピアノ小品集

問題は──いや、問題はないわけだが──こちら↓のジャケで、

危険きわまりない。

買ったのは危険なほうだけですw。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/contractio/20041117

2004-11-16

[][][] 識者の教えを乞う 15:56  識者の教えを乞うを含むブックマーク  識者の教えを乞うのブックマークコメント

おぼろげな記憶だと、考古学♪→系譜学♥移行ネタは、「<言説/非言説>+権力」ネタ*として「始末」されることが多いと思う。

こういう↑やり方以外の仕方で、この点について論じた論考というのはあるのだろうか。

私には──直 感 的 に い っ て──これは↑「トリヴィアルに間違った**説明」のように思われるのだが...。
あってくれ。自分で考えるのめんどくさいし。

* 「フーコーは『考古学』(の失敗)をへて、それ以降、言説だけでなく、言説と非言説との関係を権力という観点から捉えるようになった[→系譜学」]、云々」というような。
** その「説明」が、「フーコーの陳述に即して正しい」ということはありうる──そうかどうかは私にはわからない──が、その場合はフーコーが間違っているにちがいない。

[][] 日曜社会学社会学的告知(20041218) 社会科学基礎論研究会 15:56  日曜社会学>社会学的告知>(20041218) 社会科学基礎論研究会を含むブックマーク  日曜社会学>社会学的告知>(20041218) 社会科学基礎論研究会のブックマークコメント

june_tjune_t 2004/11/16 12:58 おぼろげなところをすいませんが、これ、たとえばどなたの議論を念頭に書かれてます?

contractiocontractio 2004/11/16 13:33 朧げなんでアレですが、たとえばU田R三とか。ガッ■ィングとか。ドレイ■ァス&ラビ■ーとか。
 上記のことをいうのに、この人たちの見解が一致している必要はなくて、発言の「前提」が一致しててくれればいいんですが。もっともどれも読んだのは10年以上前なので、読み直さないとなんともいえないですけどねー。(ただいま段ボール箱中に関連「フーコー本」探索中。です。)
ちなみに、june_t さんのお見立てだと、考古学と系譜学の関係や如何?

contractiocontractio 2004/11/16 14:28 もっとも大まかな「前提」として想定しているのは、
“『考古学』までは、「言説」だけを相手にしていたところが不十分だった。それ以降のフーコーは、その不十分さを克服するために、積極的に<言説と非言説>の双方を視野に入れ始めたのだ”というようなもの。
#すでに『考古学』のなかでも、フーコー自身が、
#上記の見解を支持・示唆するかのように読める発言を行っていますが、
#そこも含めて「どうなのかこれは」と私は思っている、
#ということなんですが。

june_tjune_t 2004/11/16 14:44 考古学と系譜学の関係の考察はずっとペンディングしてるな。(笑)いちおうわたしは、「考古学は言説のみを対象とする」と考えるのではなく、むしろ「知の堆積(アルシーヴ)の探索」というふうに考えています。ドゥルーズの『フーコー』などで、知というものを言説の領域と言説以外(可視的なもの=光)というふうにとらえていますが、そっち系ということで。ただ、『知の考古学』の記述とは食い違うかも知れません。

contractiocontractio 2004/11/16 15:14 難しいところをお答えいただき、どうもありがとうございますw。
本日時間があれば、夜半にでも、もうちょっとおもうところ(=思いつき)をかけるかもしれません。

june_tjune_t 2004/11/16 16:12 難しくない範囲で言えばw、考古学と系譜学の間にあるものは、(言説とか非言説とかいう意味での)対象の範囲の違いということでは必ずしもない、ということになりますか。

contractiocontractio 2004/11/16 16:26 うんうん。どう違うのかはわかりませんがw、そう↑じゃないとおかしいですよね。

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2004-11-15

[][][][] 涜書:フーコー『知の考古学』:〈言説編成の四要素〉と〈言表の四機能〉:承前2 02:47  涜書:フーコー『知の考古学』:〈言説編成の四要素〉と〈言表の四機能〉:承前2を含むブックマーク  涜書:フーコー『知の考古学』:〈言説編成の四要素〉と〈言表の四機能〉:承前2のブックマークコメント

Archaeology of Knowledge (Routledge Classics)

Archaeology of Knowledge (Routledge Classics)

何を激昂している*1のか、オーディエンスにぜんぜん伝わっていないかもしれない、という危惧を抱いたので、フーコーの陳述のどこがどういう意味で 劣悪ななぞなぞ状のなにか になっているといえるのか、について書いておく。


以下、

  • 「言説編成の4要素」の集合を〈R〉、その各要素を〈ri(i は4以下の自然数
  • 「言表機能の4側面」の集合を〈F〉、その各要素を〈fj(j は4以下の自然数)

と表記する事にしよう。

さて。

フーコーがここで「俺は示した」と宣言した主張──そして『知の考古学』という著作が なにをおいてもそれを示す為に書かれ、またこれ以降に登場する『考古学』の主要主張が まさにそこから引き出される基盤となっているその主張──は、次のようなものである:

【S】〈R〉は〈F〉に対応している

したがって、ここで読まれることを期待されているはもちろん、

    • フーコーは【S】をどのように示しているのか
    • 【S】が示せると何がいえることになるのか

そして、

    • そんなことをいってみて何が楽しいのか

ということ、──これである。そして、これに「対応」する、いま私の方が実際に従っている読解のお約束=戦術は、次のように定式化できる:

【T】Sを示す手続は、次のようになるはずである。フーコーの文を、そのように読め:

  • T1.【考古学の方針】〈ri〉を〈fj(あるいはその組み合わせ)として扱え。
    • T2.【考古学的記述】それは、〈D〉(or 〈dk(i は4以下の自然数)をすることであり、
    • T3.【記述の獲得物】それによって、〈G〉(or 〈gk〉)が可能になる。
このうちの【T1】が──一昨日とあるEM者に「かつて私も確かにフーコーをそう読んだ」(大意)と同意していただいたのに勇気を得てもう一度書くと──
〈R〉を「リソース」として(だけ)でなく、「トピック」として──そのために〈F〉として──扱え
パラフレーズできるものであった。

ここからさらに、【T1】に限定を加えたものが、「決めつけおやぢ読み」。で、それは【T1】を、

【T1'】〈rn〉を〈fn(n は4以下の自然数)として扱え。

と変更したものである。


念のため、「おやじの格律」に従ったベタ読みが可能だと想定した場合の 帰結の最初の部分を──冗長かつ贅言ながら──書き下すと:

  • 「対象」を、「言表の相関者=言表の指示先」として扱え
  • 「言表様態」を、「言表レベルの主体」-として(or のほうから-)扱え
  • 概念の体系」を、「言表-が結合した・共存の-空間」のほうから扱え
  • 「主題と戦術」を、「言表の反復可能性」のほうから扱え

となる。(私にはすでにこの時点で、この読解に自信がなくなっているわけだが。)


いま問題にしている [p.129] は、──とりあえず少なくとも「文体上の特徴から」からみるかぎりでは──〈G〉は「書かれてるっぽく」読め、読者としては、さらに〈D〉もついでにちゃんと書いといてくれ(てる)よな(、当然)、と期待してよいだろう箇所である。

私のこの期待は、読者として不当なものではない、と私は思っているわけだがあなたどう思うか。

そして、激昂しているのは、にもかかわらずどれが〈D〉なのか〈G〉なのか、さっぱりわからない(だけでなく、そもそも、当然登場していなければならないはずのパーツで、欠けているもの(r3)すらあるという為体.......)、という事情があるから。

です。

私はフーコーに、望んではならぬ事──まともな文章を書け──を 望んでしまっているのか?


ちなみに。

念のため書いておくと、

  • 【M】that which implies that one defines the set of rules common to
     all (c) their associated domains, the forms of succession, of simultaneity, of the (4) repetition of which they are capable,
     and the system that links all these (c)fields of coexistence together;

に出てくる「system」という語を「概念体系」だとして読む、という読み方はやってみた。が、これは不可能。

というのも、もしもそうなら、【M】は、

すべての「c) 言表の共存空間」たちを互いに結びつける「[3] 概念の体系」

について語っていることになるが──つまり、〈或る概念体系〉複数の言表空間〉結びつける と述べていることになるが──、だとするとするとこれは、

  • 「言表」を「概念」の方から扱っている

ことになり、つまりは

  • 〈R〉を、言表のほうから(=〈F〉として)扱え[=概念体系を言表のほうから扱え]

というのとちょうどまったく逆の主張をしていることになってしまう。──ということ。

この読みから逃げる無理矢理な路線が一つあって、それは、ここで謂われている「言表空間」のが──「言説」ではなく──「言説の部分領域」を指す(つまりここでは言説の──システム論的ないい方をすれば──内的な分化が語られている)、と解するやりかたである。ただし、その路線をとった場合【M】がどのように解釈されうるのか、私には想像がつかない。


それとも私、英語の読み方を間違ってますか?

「複数の言表の共存空間-に結びついた-或る概念体系」だったら、検討候補文でありうると思うのだが。
「the system that links all these fields of coexistence together」は、そうは読めないよなぁ。

[][] (20041204) 日本現象学社会科学17:29  (20041204) 日本現象学・社会科学会を含むブックマーク  (20041204) 日本現象学・社会科学会のブックマークコメント

12月4日(土曜日)14時からの一般報告セッションルーマンネタあり、とのたれ込みが。

さらなる詳細情報を希望。


コメント欄でお知らせいただきました:

うひょ〜。金沢八景か。忘年会を開催するにはロケーションがアレだなぁ....

*1:いや、してないが。

mmasumimmasumi 2004/11/15 04:34 先日の会合でのご指摘によっても、自らの「待ち癖」を反省したとの発言が関係者よりあったので(って、待ってたわけなの?)、お礼にお知らせしましょう。

14:00〜15:00 「ニクラス・ルーマンと現象学―その同一性と差異性について」 森元孝@早稲田大学

会場;関東学院大学人間環境学部 4号館501教室

参加費は、わかんないです。以上。

contractiocontractio 2004/11/15 07:27 ありがとうございます!

ikeda@クビ大ikeda@クビ大 2004/11/16 01:54 八景で飲み会? 「山田商店」(http://www.yamashou.info/)あたりお勧めです。でも、大人数は収容できない罠。

ikeda@クビ大ikeda@クビ大 2004/11/16 01:57 (ていうか、基本的に“収容人数が少・かつ・店の数も少”な土地だったりするんですケド…)

contractiocontractio 2004/11/16 10:12 どもども(地元民?)。
現象学・社会科学学会年々参加者の減少傾(以下略

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2004-11-14

日射MCDセッション予行演習>無事帰宅 00:08  日射MCDセッション予行演習>無事帰宅を含むブックマーク  日射MCDセッション予行演習>無事帰宅のブックマークコメント

ものすごく勉強になりましたが流石に疲れました。

みなさん MCD(の可能性)に関して熱いパッションをお持ちの方ばかりなのに、会場の主調低音が「MCDだけで仕事ができるわけじゃない。そればかりに過剰に期待するのはヤメレ」だったのが面白い。

もっとも、その重要性を認識しているからこそ、そうなのか。なるほど。
日射会場ではこんなに話が盛り上がらんと思うので、実質今日が「本番」ですなw。

[][][][] 涜書:フーコー『知の考古学』:〈言説編成の四要素〉と〈言表の四機能〉:まえふり 08:09  涜書:フーコー『知の考古学』:〈言説編成の四要素〉と〈言表の四機能〉:まえふりを含むブックマーク  涜書:フーコー『知の考古学』:〈言説編成の四要素〉と〈言表の四機能〉:まえふりのブックマークコメント

Archaeology of Knowledge (Routledge Classics)知の考古学 (河出・現代の名著)

『知の考古学の』の構成と方針を示すII章とIII章の関係。ここを突破しないとやはり先に進めない。


第III章3節を再掲:http://d.hatena.ne.jp/contractio/19691231#p1

言説は、対象の編成・主体の地位の編成・概念の編成・戦術的選択の編成 という四つの方向で分析される。

これらは、言表機能がはたらく四つの領域に対応する。[p.177]

The four directions

in which it [=discours] is analysed (formation of objects, formation of the subjective positions, formation of concepts, formation of strategic choices),
correspond to the four domains in which the enunciative function operates.[p.130]

第II章2-6節「言説の編成」[→] 第III章第2節「言表の機能」[→]
言説編成の4つの要素 言表の機能の4つのドメイン
  • [1] 言表がかかわる対象
  • [2] 主体の地位[言表の様態〜権威・権限・役割・社会的場面]
  • [3] 言表を編成する概念の体系
  • [4] 理論的な)主題と戦術
  • a) a referential[〜言表の指示対象]
  • b) a subject[〜言表の主体]
  • c) a associated (enunciative) field[〜言表-が構成する/によって構成される-空間]
  • d) a (repeatable) materiality [〜言表の反復可能性]

問題は、これらがどのように「対応する」のか。──これである*1。 この「対応付け」をうまく示す事ができてはじめて、それ以降のアーカイブ、実定性、savoir 概念の導出が説得力をもつ(or 説得力をもつ可能性を持ちうる)。

うまくいっていなければ、後続する議論も説得力をもちえない。

しかし残念ながら。


私は──このエントリを書く直前に再度(というか2度)通読したが──、『知の考古学』という著作の中に、この 「どのように対応するか」についての記述を、次の箇所しか見つけられなかった(これは上記引用 第III章3節[p.177] の直前に位置する)

そして──なにが残念なのかといえば──、私はこの箇所が理解できない:


まずまえおき:

B

[「言表を記述する、という最初に提起された仕事によって、それ以後なにを意味すべきか」という第一のグループの問題の次に、]今や第二のグループの問題の方へ赴かねばならない。すなわち、

  • このようにして規定された言表の記述は、いかにして、先にその原理を粗描した言説形成=編制の分析に順応しうるか?

また反対に、

  • いかなる限度において、言説形成=編制の分析は、今しがた述べた意味で、たしかに言表の記述であると言いうるのか?

この問いかけに答えることは重要である。なぜなら、私が永年にわたって密接にかかわり、明白な見通しを立てずに展開してきたのちに全貌をとらえるべく試みている企て[→考古学プロジェクト──それを再調整すること、[‥]──が、その円環を閉じるのは、まさにこの点においてであるからである。[‥] 私は、

基礎となるような言表の一定義から、言説形成=編制の分析を結論づけはしない。また、言表の性質を、言説形成=編制が示すところのものから──人々がしかじかの記述からそれらを抽象しえたように──結論づけはしない。だが、
いかにして、断層なく、矛盾なく、内的恣意なしに、諸言表が問題とされている一領域、その集合化の原理、それらが構成しうる大きた歴史的諸統一、それらに記述を可能にする諸方法、などが組織されうるか、を示すことを試みる。[‥] そして私は、もしも「円環を閉じ」させることができたならば、そして言説形成=編制の分析がその特殊性において、言表の記述にまさしく集中することを示しえたならば、──要するに、言説形成=編制の見定めのうちで働くもの[→編成の4要素]が、まさに言表に固有なさまざまな次元[→言表の機能の4ドメイン]であることを示しえたならば──
一つの厳格な理論的モデルをうち立てたのではなく、

記述の首尾一貫した一領域a coherent domain of descriptionを解放したこと

少なくとも開かれ、可能性をそなえたモデルをうち立てずに、
if not established the model,

そうした領域を有したものと考えるであろう。権利上一つの理論の〈基礎を築く〉よりは──そして、たまたまそれをなしうるに先立って(...)──さしあたり、一つの可能性を〈確立する〉ことの方が問題なのである

And I will consider,

not that I have constructed a rigorous theoretical model, but
that I have freed a coherent domain of description,
that I have,
if not established the model,
at least opened up and arranged the possibility of one,
if I have been able to 'loop the loop', and show that the analysis of discursive formations really is centred on a description of the statement in its specificity.

In short, if I have been able to show that they really are the proper dimensions of the statement that are at work in the mapping of discursive formations.

Rather than founding a theory -- and perhaps before being able to do so (...) -- my present concern is to establish a possibility. [p.173-5]

ここまではよい。

この前振りは、〈『知の考古学』という書物はなぜ書かれなければならなかったのか〉、〈ここで何が目指されているのか*〉、あるいは──言いかえると──〈事柄に押し流されてフーコーはどこに漂着してしまったのか〉についてのフーコー自身の証言となっており、しかもそれが、ほかならぬまさにこの場所でなされている、という2つの点で、重要だと思う。
* それが「如何に記述するか=如何にして記述の単位領域を確定(〜解放)するか」であることは、明らかなように私には思われるのだがあなたどう思うか。
しかしここもまた見事に糞訳だなぁ...
ところで、ここの「before being able to do so」の含意もまたすごく重要だと思うのだが、いったい読者の何人が(以下略
少なくともおそらく、エスノな人には「before being able to do so!」という叫びはひとごとではなく、(少なくとも)この点では、フーコーを擁護する側にまわらないといかんのではないか、と予想。いや予想ていうか。どうなってるのかそのへん。

ここからが問題の箇所(引用が長めに な っ て お り ま す):

[][][][] 涜書:フーコー『知の考古学』:〈言説編成の四要素〉と〈言表の四機能〉:本編 14:10  涜書:フーコー『知の考古学』:〈言説編成の四要素〉と〈言表の四機能〉:本編を含むブックマーク  涜書:フーコー『知の考古学』:〈言説編成の四要素〉と〈言表の四機能〉:本編のブックマークコメント

Archaeology of Knowledge (Routledge Classics)知の考古学 (河出・現代の名著)

前エントリの続き:

[III-2での]言表の検討をとおして発見されたものは、

諸記号の総体を対象とし、文法的「受容可能性」とも論理的相関関係とも同一化されない
一つの機能であり、この機能は、行使operateされるために、次のさまざまなものを必要とする。すなわち、

  • a) 一つの関説性referential。(これはまったく一つの事実でも、事物の一状態でも、さらには一つの対象でもなく、差異化の一原理である。)
  • b) 一つの主体。(語る意識でも、定式的表現の作者でも決してなく、中性的な諸個人によって或る諸条件のもとに充たされうる、一つの位置である。)
  • c) 共同の一領野。(それは、定式化の現実的な文脈でも、定式化されたものがそのなかで分節化した状況でもなく、他の諸言表に対する共存の一領域である。)
  • d) 一つの物質性。(それは、ただ単に実体あるいは分節化の支えではたく、一つの規約、転写の諸規則、使用あるいは再使用の可能性である。)

ここまでが「前回までのあらすじ」。

次からが問題の箇所。

ところで、言説形成=編制の名のもとに記述されたもの、それは、厳密な意味における、諸言表のグループである。すなわち、

文法的(統辞論的、あるいは意味論的結合によって、〈文〉のレヴェルで相互に結びつけられていない
言語運用の諸総体である。[‥] それらは、〈言表〉のレヴェルにおいて、結びつけられている。

その結果、人々は

  • ・それらの諸対象が従属する一般的な支配体制や、
    ・人々の語るところを規則正しく配分する分散の形態、
    ・それらの関説性のシステム、などを明確化しうることになるし、
  • ・言表の相異なった様態が従属する一般的な支配体制、
    ・主体の位置の可能的な分配、
    ・それらを規定し、命ずるシステム、などを明確化することになる。

また、さらに、

  • ・それらのすべての共同の諸領域に共通な支配体制、
    ・それらのすべてが可能性をもっている継起、同時性、反復などの諸形態、
    ・これらすべての共存諸領.野を相互に結びつけるシステム、などを明確化することになる。

最後に、

  • ・これら諸言表の規約が服従する一般的規則、
    それらが制度化され、受けいれられ、使われ、再使用され、相互に組み合わせられている仕方、
    それらが所有の対象や、欲求や関心のための道具、一つの戦術のための要素、などになる様態、を明確化しうることになろう。

主張の確認:

  • ・言表を記述すること、
    ・それらが担う言表的機能を記述すること、
    ・この機能が行使される諸条件を分析すること、
    ・それが前提とする相異なった諸領域を経めぐること、
    ・およびそれらの諸領域が分節化する仕方、それは、
    言説形成=編制として個別化されうるものの解明を企てることにほかならない。

あるいはさらに、それは、逆の方向でだが、つまりは同じことをいうことになる。すなわち、

  • 言説形成=編制とは、一群の言語運用が従うところの一般的な言表のシステムである。

このシステムは、それを支配する唯一のものではない。というのは、それは、ほかにも、そして自己の他の次元に応じて、論理学的、言語学的、心理学的諸体系に従うからである。

「言説形=編制」として規定されたものは、言表の特殊的レヴェルで言われた諸事物の一般的平面を分解する。 そのなかで人々がそれを分析する四つの方向(対象の形成=編制、主体の位置の形成=編制、概念の形成、編制、戦術的選択の形成=編制は、言表機能が行使される四つの領域に対応する。[‥]

[III-3-B:p.175-7(英訳:p.129-130)]

で?

どこがどう対応しているというのか。

[] ひでおさん 15:56  ひでおさんを含むブックマーク  ひでおさんのブックマークコメント

ステータス

  • 上記訳書、英訳、仏訳原著が手元にあります。
  • 「V 結論」をレジュメ化します。
  • 助けてください。
  • 当方、本日14:00〜夜まで外出します(色彩検定受験
  • 明日の昼ぐらいに完成すればOK。
  • 今日のエントリに疑問点を羅列していきます。コメント欄、ご自分のblogのエントリ、メール、ミクシメッセYahooメッセ、MSMメッセなどの手段で、疑問点に応えてあげてください。とくにid: contractioさん。
  • その他、理解の助けになる情報はなんでも受付中です。

天は自ら助くるものを助く。つことでひとつ。

自分が理解していないものは人に教えられないよ。まず誰かが俺に教えてください。

[][][] 涜書:ルーマン『社会の芸術』 15:56  涜書:ルーマン『社会の芸術』を含むブックマーク  涜書:ルーマン『社会の芸術』のブックマークコメント

やばい。超やばい。はげしくやばい。

いままで読んだすべてのテクストの中で、掛け値なくもっとも面白い。そして──こういういい方をしてよければ──もっともルーマンらしいテクストかもしれない。

昼食っていうか夕食っていうか。

ざっくりと一読したあと、第6章&第7章。

第6章 進化

第7章 自己記述

  • 1 自己記述の位置と役割
  • 2 自己記述の歴史−−古代からバロックまで
  • 3 啓蒙主義と「美学」の登場
  • 4 ロマン派のアクチュアリティ
  • 5 モダンポストモダン
  • 6 自己記述の到達点
  • 7 統一性の自己記述とその隘路
  • 8 形式としての芸術

[][][][] 涜書:フーコー『知の考古学』:〈言説編成の四要素〉と〈言表の四機能〉:承前 18:01  涜書:フーコー『知の考古学』:〈言説編成の四要素〉と〈言表の四機能〉:承前を含むブックマーク  涜書:フーコー『知の考古学』:〈言説編成の四要素〉と〈言表の四機能〉:承前のブックマークコメント

Archaeology of Knowledge (Routledge Classics)知の考古学 (河出・現代の名著)

そろそろ私の忍耐力も限界に近づいて来ているが、コストの割には引き出せた利得が少なすぎる。「都合のいい女」状態であるような気もして忸怩たるものがあるが、あともうすこしだけ我慢してみる。


念のためもういちど通読してみたが、やはり可能的なポイントはここ[上記↑引用箇所]しか見つからない。ということは、

「対応していることを示した」というからには、二つのグループをきちんと「対応づけて」提示してくれなければならないのだが、フーコー先生にはどうやらまったくその気が無いか、

あるいはこれで示せているつもりかのどちらか(おそらく後者)なのだろう。

無茶なやつだ。というか

オヤヂいい加減にしろ


かくなるうえは──まことに不本意ながら──、流儀に反して「暴力的決めつけおやぢ的ベタ読み」を施すしか無い。目には目を。オヤヂにはオヤヂを。悪く思うな>フーコー

その第一の候補は、「4つのものを他の4つのものと並べて書いているからには、それらはベタに対応しているものとして読め」という格律にしたがって読む事である。すなわち、上記の表を、このように書き換えて読む、ということ:

 第II章2-6節「言説の編成」[→]   第III章第2節「言表の機能」[→] 
 言説編成の4つの要素   言表の機能の4つのドメイン 
 [1] 対象   a) a referential 
 [2] 言表様態・主体の地位   b) a subject 
 [3] 概念の体系   c) a associated (enunciative) field 
 [4] 主題と戦術   d) a (repeatable) materiality 


同様にして、上記の引用について「暴力的決めつけおやぢ的ベタ読み」の格律に従ってみると:

[この「対応」関係によって、【考古学プロジェクト】は、次の事ができるようになる:]

  • 【K】[1]-(a)
    ・それらの諸対象が従属する一般的な支配体制や、
    ・人々の語るところを規則正しく配分する分散の形態、
    ・それらの関説性のシステム、などを明確化しうることになるし、
  • 【L】[2]-(b)
    ・言表の相異なった様態が従属する一般的な支配体制、
    ・主体の位置の可能的な分配、
    ・それらを規定し、命ずるシステム、などを明確化することになる。
  • 【M】[3]-(c)
    ・それらのすべての共同の諸領域に共通な支配体制、
    ・それらのすべてが可能性をもっている継起、同時性、反復などの諸形態、
    ・これらすべての共存諸領野を相互に結びつけるシステム、などを明確化することになる。
  • 【N】[4]-(d)
    ・これら諸言表の規約が服従する一般的規則、
    それらが制度化され、受けいれられ、使われ、再使用され、相互に組み合わせられている仕方、
    それらが所有の対象や、欲求や関心のための道具、一つの戦術のための要素、などになる様態、を明確化しうることになろう。[中村[daisensei]訳:p.176-7]


たしかに、[1]-(a) および [2]-(b) は、ベタかつトリヴィアルな「対応」がみてとれる。

問題は [3]-(c) と [4]-(d)。

かろうじて、【N】に「戦術」という言葉が入っているのが救いと謂えば救いだが。でも「対象」って言葉も「様態」って言葉も入ってるしw。
暗澹たる気持ちを押さえつつ、ともかくもうすこしベタ読みを続ける。


邦訳がメタメタなので、やはり英訳を再掲[p.129]

Now, what has been described as discursive formations are, [...], groups of statements. That is, groups of verbal performances [...] which are linked at the statement level.
[以上に示した事によっていまやこういえるだろうが、]言説編成として記述されるのは、言表の集合[=群]──つまり、言表の水準に結びついた言語運用たち──である。これは次のことを含意する。すなわち言説編成を言表群として記述することによって、次の事ができるということ:

  • 【K】That which implies that one can define the general set of rules that govern
     (1=a) their [=statements] objects,
     the form of dispersion that regularly divides up what they[=who?] say,
     the system of (a) their referentials;
    ・言表群の諸対象・(述べられた事を規則的に割り振る)分布の形態・(言表群の)指示対象の体系 を支配するgeneral set of rules[?regime?]を規定すること。
  • 【L】that which implies that one defines the general set of rules that govern
     (2) the different modes of enunciation,
     the possible distribution of the subjective positions,
     and the system that defines and prescribes them[=?];
    [なにいってっかまるでわからん。]
  • 【M】that which implies that one defines the set of rules common to
     all (c) their associated domains, the forms of succession, of simultaneity, of the (4) repetition of which they are capable,
     and the system that links all these (c) fields of coexistence together;
  • 【N】that which implies that one can define the general set of rules that govern
     the status of these statements, the way in which they are institutionalized, received, used, re-used, combined together, the mode according to which they become objects of appropriation, instruments for desire or interest, elements for (4) a strategy.


いまや事態は──読解というよりは──ほとんどなぞなぞの様相を呈して来たわけだが。


だめだ。「オヤジ読み」路線は不可能。

4要素と4機能が錯綜して出て来ている、ってだけでなく

この4定式の中に、そもそも

(3) concept って言葉が
でてきてない

じゃん。ありえないよそりゃ。

それでどうやって「対応」を語るってーのよ。

俺の読解(およびなぞなぞ解き)能力を遥かに超えている。

mmasumimmasumi 2004/11/14 17:43 そんなことないんじゃないかなあ〜(<パッション)。

contractiocontractio 2004/11/14 18:10 えっ? うそっ!?

mmasumimmasumi 2004/11/14 21:06 N響アワー、狼少女がシューマンPfC弾く模様です。

june_tjune_t 2004/11/14 21:48 いやー、フーコー読んでてこんなに笑ったのはじめてです。「オヤヂいい加減にしろ」。ウケました。こういう読書会ならやりたい。(笑)

contractiocontractio 2004/11/15 02:18 あぅ。エレーヌたん? うちテレビないんですよ....>mmasumiさん
(誰かDVDとってなーい??)

contractiocontractio 2004/11/15 02:19 てゆか笑ってないで教えてくださいYOヽ(`Д´)ノ!>june_tさん

june_tjune_t 2004/11/15 04:11 いや、この本わからんもん。(笑)pp.175-177が「☆まとめ」とかわたしもメモってる。で、そのあと「おやぢ的ベタよみ」した記憶あるけど、2つ目ぐらいまではわかった気になるんだけど、3つ目でまったく対応つかなくなるのよね。思考のプロセスとしては、contractioさんとわたしとほとんど同じです、このへん。でも愉快さが違う。(笑)

contractiocontractio 2004/11/15 04:21 そんなのダメ〜〜ヽ(`Д´)ノ!!

june_tjune_t 2004/11/15 04:41 ダメっていわれても(笑) ごめんなさい、もう寝ます。

contractiocontractio 2004/11/15 04:57 ヽ(ToT)ノ.....

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2004-11-13

[][][] 「システム」と「言説」 06:38  「システム」と「言説」を含むブックマーク  「システム」と「言説」のブックマークコメント

かねたさんにいただいたコメント(ありがとうございます)の後半部分にコメントをば。

かねたさん曰く:

  • [11] とりあえずぼんやりと考えていることを書くと、このフーコーとシステム論の差異というのは、言説あるいはコミュニケーションの帰属先をどこに設定するのか、という点に存在するんじゃないだろうか?
  • [21] フーコーの場合、言説の帰属先は全体社会ということになり個別のシチュエーションでの発話や会話は言表ということになるが、システム論的にはコミュニケーションはシステムのコミュニケーションとしてのみ記述される。
  • [22] フーコーの言説概念が構造(=社会)全体の言説を示しているのに対して、システム論的なコミュニケーション概念は「全体社会」のコミュニケーションを指示しているのではなく、あくまでもそれぞれの社会システムのコミュニケーションだとして解されている。
  • [23] このような言説概念とコミュニケーション概念との違いが何に基づいているのか、といえば、それはおそらく構造概念とシステム概念の違い、という点に基づいていて、どちらの視座から「社会」を認識し理解するのか、ということが鍵となっているように思う。

まず、先述のように、<システム/構造>という区別は役に立たない──と私は考える──ので、[23] を考察対象から外します。そのうえでコメントすると、

[11] についていえば、「言説の帰属先」と「コミュニケーションの帰属先」とを並べて比較するのは、不適切かと思いました。やるなら、

  • <言説の帰属先>と<社会システムの帰属先>
  • <言表の帰属先>と<コミュニケーション(or 行為)の帰属先>

じゃないでしょうか。

そしてまた、「帰属」という言葉が複数の使われ方をすることに注意しないといけないでしょう。たとえば、「言表の帰属先はどこか?」という問いに対しては、次の(どちらも正しい)二つの答えが考えられます:

  • 或る言表は、或る言説に帰属する。[〜言説の規則性]
  • 或る言表は、或る(言表レベルの)主体に帰属する。[〜言表の機能(b)]

同様にして、「コミュニケーションの帰属先はどこか」についても、二通りの(どちらも正しい)答え方ができます:

  • 或るコミュニケーション(or 行為)は、或る システム に帰属する。[〜オートポ■エーシス]
  • 或るコミュニケーション(or 行為)は、或る person に帰属する。[〜帰属(という複雑性の縮減)による行為の構成]

というように。  ──それで........議論はどうなるでしょうか.....?


次に。私は [22] のここ↓に賛成できません。

  • 【P】[22'] 言説概念は構造(=社会)全体の言説を示している

フーコーを、「ゲゼルシャフト」レヴェルの大味な概念一発で大味な仕事をした人、だと見なすのは、ちょっとフーコーさんがかわいそうなきがします。
それはアルチュセールのような人にこそあてはまる事なのでは?
「ゲゼルシャフト」概念(〜〈Gesellschaft[単]/Sozialesysteme[複]〉区別)と比較すべきなのは、フーコーの場合、「アルシーヴ」の概念(〜〈アルシーヴ/言説〉区別)ではないでしょうか*。(そして、かねたさんの主張は、〈アルシーヴ/言説〉の区別を 適切にしていないときに出てくるものではないでしょうか。)
* この二つが「おなじ」概念だ、といっているわけではありません。念のため。(この水準で──ほかの水準でではなく、この水準で──比較すれば(こそ)、その差異から利得が得られるかもしれない、と言っているだけです。)


ところで【P】は、次のことを示せば覆せます:

  • 【O】「言説」は複数有る。

そして、これは簡単に示せます。

考古学』の中から──ほとんどいくらでも──、その例を採ってくる事ができるので。

実際にいくつか──パラパラめくって目に留まったものをアトランダムに(各章からひとつづつ)──とってきてみましょう:

  • 例1:[II-2:p.51-2] 精神疾患は、それを命名し、裁り抜き、記述し、説明し、(‥)精神疾患と判断し、そしてときには、その名において、 さまざまな言説discourses──(‥)──を分節化しつつ、言葉をそれに提供したすべての言表の群のうちで述べられたものの総体によって構成されている。[──訳がめちゃくちゃですが。]
  • 例2:[III-3-B: p.180] 今や私に残されているのは、分析を転倒せしめ、さまざまな言説編成discursive formations をそれが記述する諸言表に帰着させた後、他の一つの方向に、今度は外側に、これらの概念の正当な使用を求める事である。(‥)
  • 例3:[IV-4:p.238] 考古学的分析は、言説の編成を個別化し、記述する。つまり考古学的分析は、それらを比較し、それらが現れる同時性の中で相互に対立させ、(‥)それらをとりまき、それらの一般的要素として役立つ非言説的実践とそれらとを関係づけるはずである。考古学的研究は、(‥)常に複数である
    「言説どうしを比較する」と言ってるんですから、「言説は複数ある」わけですw。


この引用だけで【P】が成り立たない事の証示はできたのではないかと思います。


私自身の積極的な「解釈」をいえば、『考古学』におけるフーコーの課題は──ちょうど逆のこと、つまり──

  • 「如何にして、複数の・限定された・局所的*な 記述の単位領域(=言説)たちのそれぞれを適切に区別するか**」
  • 「如何にして、取り出した一つの記述の単位領域を適切に記述するか」
  • 「如何にして、複数の記述の単位領域たちの間の関係を適切に記述するか」
  • 以下略

についてなんらかの方針を──答えを、ではなく方針***を──与えることなのではないか、というのが現時点での見解です。

* フーコー自身による表現。
ちなみに、「複数の言説を適切に区別すること」は、序文に出てくる「非連続性を働かせるという仕事」の、一つの含意(=答え)になっているのだと思います。
** たとえば、III-3-B:p.175 を参照。
*** 「史料の扱い」の作法は、──方針を与える事はできても──「答え」を与えられるようなものではないでしょう。


というあたりでとりあえず。

[][][] 「システム」と「言説」 08:46  「システム」と「言説」を含むブックマーク  「システム」と「言説」のブックマークコメント

ひでおさんフーコーインタビュー引用して曰く:http://d.hatena.ne.jp/hidex7777/20041113#p1

それでは、だれがなにをどう面白いと思うのかまったくわかっていないわたくしではありますが、フーコーの言質を取らさせていただきます。

つまり「意味」とは、おそらくは単なる表面効果、きらめき、泡のようなものにすぎず、われわれを深く貫いているもの、われわれの以前から存在しているもの、時間と空間のうちでわれわれを支えてくれているもの、それはシステムなのだと(66年インタビュー)

引用どうも。

ところで、「システム」という言葉を使っているところを示すことは、いかなる言質をとったことになるのでしょうか。


【追記】20041113 09:37

うーん...

そういうことをやっちゃうと、かねたさんが、とりあえず・曖昧に・まずは、「言ってみた」<システム/構造>なる区別に、ベタにつきあって逝っちゃうことになると思うんだけどな..... ま、いいけど。

[] さて。 12:34  さて。を含むブックマーク  さて。のブックマークコメント

本日は13時から21時まである(発表者7人1時間ずつ)という、恐るべきマラソン研究会=日射予行演習会。

死なないように気をつけないと...。

じゃ、いってきま〜す。

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2004-11-12

[] (´・ω・`)...... 03:39  (´・ω・`)......を含むブックマーク  (´・ω・`)......のブックマークコメント

『芸術』たん......

[][][][] 涜書:フーコー『監視と処罰』 03:39  涜書:フーコー『監視と処罰』を含むブックマーク  涜書:フーコー『監視と処罰』のブックマークコメント

俺がフーコーをすごい勢いで再読するスレ

ためつすがめつ。

[][][][] 涜書:フーコー『知の考古学』 03:13  涜書:フーコー『知の考古学』を含むブックマーク  涜書:フーコー『知の考古学』のブックマークコメント

Archaeology of Knowledge (Routledge Classics)知の考古学 (河出・現代の名著)

エントリの続きで第III章。

「言表」と「4要素」の関係について、事情はどうなっているのか。第III章3節を再掲:

言説を分析する際に目指される 対象・類型・概念・戦術 という四つのdirectionは、
言表機能が行使される四つの領域に対応する。[p.177]

The four directions

in which it [=discours] is analysed (formation fo objects, formation of the subjective positions, formation of concepts, formation of strategic choices),
correspond to the four domains in which the enunciative function operates.[p.130]

ではその「言表の4つの機能(言表の機能の4つの側面・特徴・場field/domain )」とはなにか。

それは第3章第2節「言表の機能」で挙げられている:

  • a) a referential
  • b) a subject
  • c) a associated (enunciative) field
  • d) a (repeatable) materiality


このうち (a), (b) & (d) は (特殊)社会システム論でも お馴染みの議論。

言表の──(特殊)社会システム論の場合であれば)コミュニケーションの──連鎖のほうからみられた「a) 指示対象」と、言表がアドレスされる「b) 帰属*先=発話者」。
(特殊)社会システム論では*1、これらを「a') Fremdreferenz」「b') Person**」といいます♪
* (特殊)社会システム論では*2、この帰属のことを「複雑性の縮減」といいます♪(特にいまのコンテクストでは、(a) は、もっと限定的に「Information」と翻訳できそうだ。)
** フーコーは〈言表レベルにある主体/言表レベルにない主体〉という区別を論じているが、(特殊)社会システム論ではこの場所に〈Person/Mensch〉という区別が用意されている。ルーマンの(それなりに人口に膾炙した)悪名高いあのフレーズ「人間はシステムの環境にゐる」(&「人間はシステムではない」)が位置するのもここである。EMでは、この位置に「メンバー」という概念が──そしてまた、「メンバーは人間じゃない」(© ハロルド・ガーフィンケル)というコピーが──用意されている。)
消極的にいえば、a) によっては、言語について〈構文論/意味論〉を区別して考えるような発想を採らないことが、b) によっては、言表の「背後」に それを 支えるものhypokeimenon を探しにゆくやりかたを採らないことが、それぞれ述べられている。
同様にして、d) も、あくまで言表の隣接・接続関係のほうから把握される「物質性」のこと。
しかしこの反復可能性はむしろ、「Idealität」とでも表現したほうがよいような気もするがどうか。


c) は、い わ ゆ る 意味での「コンテクスト」から区別される概念。しかしEM者は こちらのほうこそをコンテクスト(とか 場面setting* とか)と呼ぶ(ので、しばしば、他の人と話があわないw)。2節のこの箇所を参照:

* (特殊)社会システム論では*3、これを「社会システム」といいます♪
つまりこれは、(特殊)社会システム論における、「社会システム」という語の定義
おそらく、この事情があるために、ほとんどの論者の「社会システム」という語用と、(特殊)社会システム論者の語用は著しく異なってしまい、しばしば話が通じなくなる。(もっとも、特殊者=ルーマニ屋どうしでもしばしば話が通じないわけだがw。どうなっておるのか。(社会は複雑だ。))


このへん、いろいろと詰めて考えてみると面白そうなネタがたくさん転がっていそうだが、さしあたりフーコーの狙いは分かってしまったので、先を急ぐ事にする。(もう秋田市。)

が、単に通り過ぎるのもアレなので、いちおうまとめを書いておく。第III章2節をフーコー自身の表現に真っ向から歯向かう俺様ボキャ&俺様発想で定式化すると、こんなことになるんじゃないか、と:

発話行為(=エノンシアシオン)は、

  • a)(何物かとしての)何かについて、
  • b)(誰某としての)誰かによって、
  • c) 特定の場面において、

しかも、

  • d) 反復可能なものとして、

なされる。

そのうえで/これに対して、これをフーコーの議論に馴染むように補遺を加えると:

  • 普通これらは、
    • a)「指示対象(or 発話内容)」、
    • b)「発話主体」、
    • c)「コンテクスト」、
    • d)「(意味の)Idealität」
      などと呼ばれるが、
  • しかしここで謂う「コンテクスト(=場面)」とは──〈それによって「言表」(の意味)が確定される〉とされる、ふつうの意味のそれではなくて──
    • 「或る言表が、そこにおいて生じる 場field/domain である」というだけでなく、同時に、
    • 「その言表自体が、その 場field/domain をつくりあげる一つの 指し手move となっている」
      という事情*を指すために使われている。
      EM者は、これを「相互反映性reflexivity」といいます♪
      (特殊)社会システム論では*4、これを「オートポイエーシス」といいます♪
  • つまり、ここでいうコンテクスト(a associated enunciative field)とは、──観察者が勝手に規定できるものではなく──、ある言表が、他の言表とともに作り上げているものなのである。(記述されるべき 言表空間enunciative field を適切に取り出してくるということは、そのような意味での「言表のコンテクスト=言表が-連結したassociated*-領野field」を言表の連関に即して取り出してくることでなければならない。)
  • ところが、そのような作法を踏まえると、上記の術語は、それぞれふつうの使われ方とは相当に意味内容がズレてしまうので、言葉遣いはすべて変更したほうがよい。そこで、言葉の使い方を次のように取り決めよう:
    • a)「指示対象(or 発話内容)」ではなく「a referential」と呼ぼう。
    • b)「発話主体」については言い換えを思いつかなかった*5。ので「(言表のレヴェルにある)主体」ということでひとつ。
    • c)「コンテクスト=場面」については、「a associated enunciative field」と呼ぼう。
    • d) 「(意味の)Idealität」ではなく、「a repeatable materiality 」と呼ぼう。

て感じ♪

* ちなみに associate には コロイドの会合 の意あり。訳語としては(イメージ的に)ぴったりかもね。

──もちろんこれはフーコーがこのように書いている、という意味での再構成ではなく、

俺様ならこう書くがな

という意味での再構成(のつもり)。

このネタは真面目にやれば卒論くらいにはなるのでは。だれか持ってって取り組んでくれたまえ(きっちりツメてやったら修論でも可)。
論文書いたらコピーください。


さて。

いま知りたいのは、これら「言表の機能の4側面」が「言説の4要素」とどういう関係にあるか、であった。──ではそちらの方へ。

[][] 『社会の芸術』....(´・ω・`)...... 09:46  『社会の芸術』....(´・ω・`)......を含むブックマーク  『社会の芸術』....(´・ω・`)......のブックマークコメント

くっそー出遅れた。まだ入手しておりません。

[] お客さま 03:39  お客さまを含むブックマーク  お客さまのブックマークコメント

google:社会の芸術+ルーマン

google:社会の芸術

ばっちり一位をキープしてます。

google:社会+芸術、だと2位。

google:社会学+芸術だと3位だなぁ。


検索対策♪

[] 割り込み権力 03:39  割り込み/権力を含むブックマーク  割り込み/権力のブックマークコメント

切ない。どうしたものか。(いや、どうしようもない。その筋の方、親切な営業ご指導を。

■ [武田徹]6/1記(旧ブログより移動)

ジャーナリズムが硬直した権力関係の地勢図を描きがちなのは、権力分析の道具を持たないからでもあるだろう。たとえば、ぼくは『調べる、伝える、魅せる!』の中でエスノメソドロジー会話分析の方法を、取材における権力構造の分析に使うことを提唱した。そのときは社会の権力構図の分析以前に、ジャーナリズム自身の権力に注意深くあるためにそんな分析の導入が必要だとされていたが、この方法はそのまま社会の中の言葉によるやりとりに応用が可能で、一般的な権力分析の調査解析にも使えるはずだ。ジャーナリズム論は印象批評的なものが多く、せいぜいが統計調査を盛り込む程度で、科学的分析理論を持ち出すものは少ない。そこはまさに致命的であって、ジャーナリズムはもっともっと(自然・社会・人文科学の方法を導入して総合的かつ)科学的に解剖されるべきだと思うし、また理論論な分析の道具を自らの武器としてゆくべきだと思う。理論的なジャーナリズム批評とジャーナリズム実践を同じ地平で繰り広げてゆく、そんなことが教育の場で出来ればと思うのだが。ジャーナリズム論の文脈の中で、たとえばエスノメソドロジーの理論を引用するのが見られるのは珍しいと自負します(もちろんエスノメソドロジーって何だという人にもきちんと説明しますのでご安心を)ー武田徹ブログよりー

 テープ起こしをおやりになるプロは“エスノメソドロジー”のことはよく分かっていると思いますが、『調べる、伝える、魅せる!』の会話の分析(68頁〜)で、ぼくのような素人にも概略分るように説明してくれている。しかし、滞りなく続く自然な会話の進行法則に、往々にして違反する会話者が登場する。

前の話が終わっていないのに割り込んできたり、指名されていないのに話を始める。あるいは逆に指名されているのに沈黙をもって返す……。こうした逸脱が起きるのは権力関係の反映だと考えられる。

「会話分析」を使うというのはすばらしい(のでどんどんやっていただきたい)が、こうした↑「割り込み有るところ権力あり-分析」を「エスノメソドロジー的」とは言わないと思う。

「割り込みが有ること」と「権力があること」とが異ならないのであれば、その事態を記述するのに「権力」なる概念は冗長なだけ=必要がない。(ましてや「反映」おや。)

[][][] 「システム」と「構造」 03:39  「システム」と「構造」を含むブックマーク  「システム」と「構造」のブックマークコメント

かねたさんにコメントいただきました。ありがとうございます。

が、せっかくなので、なんかもうちょっと面白いことかいてください。

いま、先に進むのに忙しくてほとんど「論証」っぽいことをしてないので、納得しがたいところも多々あるかと思いますが、たとえば「ここの議論があやしい」とかと具体的に指示していただければ、その都度敷衍しますんで。
ちなみに私が、個々の概念の「外延の一致」については、なにも関説していないことに注意。「言説分析」と「システム論・EM」との比較で述べているのは、概念の編成関係の相同性についてのみ、です。(←念のためのコメント。)
もう少しだけ敷衍すると、私がしているのは、〈言表-と-コミュニケーション〉とか〈言説-と-システム〉とかの比較ではなくて、〈<言表/言説/?/〜>と<コミュニケーション/システム/オー■ポイエーシス/〜>と<指し手/場面/リフレクシヴィティ/〜>〉、といった「概念セット」同士の比較です。
フーコー読みの目から見て私の読解がどんなふうに見えるかは、当然のことながら非常に気になるところです。重ねてのコメントを期待しております。どうぞよろしく。


さしあたり最初の部分についてのみコメントしておくと:

フーコーはそもそも(特殊)社会システム論的な意味でのシステム概念というものは念頭においていなかったと思われ、むしろ彼が認識のベースにしていたのは構造主義的─ポスト構造主義的構造概念であったと思われるので、フーコー的「言説」概念(およびその構成要素たる言表概念)をシステム論的に解釈することはそもそもできるのだろうか?ということが疑問になったりする。

  • フーコーが「システム概念」を念頭においていたか否かは、私の議論(の妥当性)にまったく関係がないです。
    それをいうならガーフィンケルだって「システム」という言葉では発想していなかったわけですが*6、だからといって、〈リフレクシヴィティ/定式化/レリヴァンス/〜〉-と-〈オート■イエー■ス/反省的自己準拠/システム・リファレンス/〜〉が比較できないかといえば、ぜんぜんそんなことはない。(ここに非常に強い相同性をみる私の見解に賛成するかどうかは別として、少なくとも比較はできる。)
    ていうかそもそも「念頭に置いていたか否か」という方位から事柄に接近する、という作法が、フーコーのそれを裏切ってはいないか。
  • しかも、「システム」も「構造」も、論者によって恐ろしく異なる・多用な仕方で使用される言葉なのだから、「システムか、構造か」という問いの立て方には意味がない*7です*8
  • 「そもそもできるのだろうか?」という問いをたてるのは余計。だって、私が実際いまここでやっている(あるいはやろうとしている)のだから、その議論の妥当性のみを問題にすればよいだけのこと。
    ちなみに、私が狙っているのは「言説分析をシステム論的に解釈すること」ではないです。そうではなく──金田さんの言葉につきあう形であえて定式化すれば──「社会システム論-と-言説分析との間には、そこから利得を引き出せる どんな差異があるか」です。


次の段落は、私には問題含みに思える箇所ですが、これについては帰宅してから、ということで。

  • [11] とりあえずぼんやりと考えていることを書くと、このフーコーとシステム論の差異というのは、言説あるいはコミュニケーションの帰属先をどこに設定するのか、という点に存在するんじゃないだろうか?
  • [21] フーコーの場合、言説の帰属先は全体社会ということになり個別のシチュエーションでの発話や会話は言表ということになるが、システム論的にはコミュニケーションはシステムのコミュニケーションとしてのみ記述される。
  • [22] フーコーの言説概念が構造(=社会)全体の言説を示しているのに対して、システム論的なコミュニケーション概念は「全体社会」のコミュニケーションを指示しているのではなく、あくまでもそれぞれの社会システムのコミュニケーションだとして解されている。
  • [23] このような言説概念とコミュニケーション概念との違いが何に基づいているのか、といえば、それはおそらく構造概念とシステム概念の違い、という点に基づいていて、どちらの視座から「社会」を認識し理解するのか、ということが鍵となっているように思う。


【追記】20041113

ひでおさんにもコメントいただきました。ありがとうございます。

■ [MF][Sys]ちょっとゆってみるテスト

構造主義とシステム理論の間にはソシュールベイトソンをかませてみる。

フーコーとルーマンの間にはニーチェをかませてみる。

というのでどうよ?

↑は言ってみるテストだけど、テストとしても言えないことはミクシで書いてみるテスト。

一度しかない人生ですので、なにかもっと面白い事をちょっとでもゆってみるテストをしたほうがよいような気もしますが、まぁ他人の人生だからいいと思います。。

[] ネットラジオ 03:39  ネットラジオを含むブックマーク  ネットラジオのブックマークコメント

なぜかここで宣伝しろという人が....。(コメント欄参照)

とりあえずURLをコピペっておきます:http://d.hatena.ne.jp/kijiq/20041111

『今夜も電波!』 第17回放送:2004.11.12 (fri) 22:00〜  powered by drumcast

ゲスト:雉さん(id:kijiq)

電話出演:上山和樹さん(id:ueyamakzk)

パーソナリティー:百萬石マツリ(id:idiot817),死に舞(id:shinimai),エスパニョールカスホカトウ(id:kasuho),追加あるかも

企画:深刻20代しゃべり場「社会人って何?」

[][] 頂きもの:【ついに】ルーマン『社会の芸術』【ゲット】 03:39  頂きもの:【ついに】ルーマン『社会の芸術』【ゲット】を含むブックマーク  頂きもの:【ついに】ルーマン『社会の芸術』【ゲット】のブックマークコメント

帰宅したら届いていた。やっと手にできた(ありがとうございます)。

やー、ほんとに5センチくらいあるよ。すごいなぁ。(でも『社会の法』に比べれば薄い。)

というか いただきものに「やっと」もないもんだが、しかし校正はかなり以前に(略

てことでまたしばらく山にこもりたいところだが、『考古学』も気になるなぁ。

ところで背帯、

ルーマン

てw。

[][] というかラジオだが 22:24  というかラジオだがを含むブックマーク  というかラジオだがのブックマークコメント

ただいま聴取開始。

iTune 使ってるひとは、これをクリックするだけで聞ける。

-

ていうかおいおまえら、もいちど自己紹介からやれ。誰がだれだかわからん。


音楽としゃべりの音量差がでかすぎ。


  • 「イギリスですよね....」

*1:© 宮台、c鈴木 et al.

*2:© 宮台、c鈴木 et al.

*3:© 宮台、c鈴木 et al.

*4:© 宮台、c鈴木 et al.

*5:なんでこれだけは言い換えないのか。わけわからん。

*6:さらにいえば、私のように、(特殊)社会システム論に大きくインスパイアされつつも、「システム」という語の使用を自らに禁じている人だっているw。(私がこの語を使うのは システム論に言及する時だけ と な っ て お り ま す。)

*7:にもかかわらず、そこでガンバってブチageちゃったりするお調子者もいるわけだが:ex. ASIN:462302976XASIN:4771002355。意味ないっす。

*8:ちなみに、ぜんぜん関係ないけどついでに述べておけば、構造主義者で(情報-コミュニケーション-科学的な意味での)「システム」概念(や「複雑性」概念)にちゃんと目配りしていたひとの例としては、ヤーコブソンレヴィ=ストロースビッグネームふたつを挙げておくのがよいかと思います(ので挙げておきます)。「構造主義」と「システム論」って、そんなに違うもんなんですかね。私には、「大陸」と「北アメリカ」における同時代的-対応物のように思えますが。「構造主義」発祥の地ロシアに生まれ、レヴィ=ストロースに「構造主義」を教え、アメリカでは情報科学者と共同研究していたヤーコブソンのことを考えてみれば.....どうでしょう?。

rnarna 2004/11/12 12:13 ひょっとして「社会システム論では((© 宮台、c鈴木 et al.))」って辞書登録してますか?

contractiocontractio 2004/11/12 12:17 それが何か?

kijiqkijiq 2004/11/12 17:24 ええ勿論ラブコール送りますわよ酒井様。ついでに宣伝してもらえると嬉しいなっ(はあと)

kijiqkijiq 2004/11/13 03:10 おにいさま。すっかりラブコール送るの忘れましたわ。てか吊ってきたいと思うわ。でも生きてるわ私。もうどうしようもないわ。とにかく感謝しますわ。

contractiocontractio 2004/11/13 06:21 にへへ。乙〜。

2004-11-11

[][][][] 涜書:フーコー『知の考古学』 00:48  涜書:フーコー『知の考古学』を含むブックマーク  涜書:フーコー『知の考古学』のブックマークコメント

俺がフーコーをすごい勢いで再読するスレ

第II章再訪。カタログ作成中.......。

考古学』前半戦のもっとも重要な箇所(だと私に思われるところ)


で?

  • 次の場合いつでも、我々は、...、「我々は〈言説のフォーメション〉を扱っている」と言うことにしよう。
    • 1)いくつかの言表の間に、こうした分布の体系が記述されうる場合。
    • 2)[1] 諸々の対象、[2] 言表の類型、[3] 概念、[4] 主題の選択、などの間に、ひとつの規則性(‥)が明確化されうる場合。
  • we will say, ..., that we are dealing with a discursive formation:
    • whenever one can describe, between a number of statements, such a system of dispersion
    • whenever, between [1]objects, [2]types of statement, [3]concepts, or [4]thematic choices, one can define a regularity (...)
  • この配分の[四つの]諸要素(‥)が従属する諸条件を、〈フォーメーションの規則〉と呼ぼう。
  • The condition to which the elements of this division (...) are subjected we shall call the rules of formation.


それで結局。

  • 【Q1】言説の component (element) は、言表なのか、それとも「四要素」なのか?

言いかえると、

  • 【Q2】「言表の規則性」を記述することと、「四要素の分布」を記述する事は、〈おなじこと〉 なのか?

あるいは、

  • 【Q3】「言表が言説を編成する」と謂われるときと、「四要素が言説を編成する」と謂われるときの、語「編成formation」は、おなじ資格をもつ-おなじ意味の言葉なのか?

再度換言すると、

  • 【Q4】「或る言表が或る言説に帰属すること」を示す「規則性」という言葉と、4要素と言説の関係について語られる「規則性」という言葉は、おなじ資格をもつ-おなじ意味の言葉なのか?


「言表」と「言説編成の要素」は、しばしば無造作に、互換的に使われているようにみえるんだけど、これらが同じ資格をもっている、などとはおよそ考えがたいわけですが。 ──このへんどうなのよ?>誰へとも無く

ここをどう考えるかによって、『考古学』プロジェクトをどんなもんだと考えるのか、解釈がまるっきり変わってくるとおもうわけだが。──しかし......、フーコー先生の術語使用の無頓着さ・いい加減さは、一種ウルトラな凄さがあるねぇ。これと比べたら、ルーマンの悪癖などかわいいもんだ。
ま、「理論家」じゃーないってことですな。いいけど。(でも読むのしんどい....)

[][][][] 涜書:フーコー『監視と処罰』 10:38  涜書:フーコー『監視と処罰』を含むブックマーク  涜書:フーコー『監視と処罰』のブックマークコメント

俺がフーコーをすごい勢いで再読するスレ

朝食。

前半。フーコーの諸著作の中で「もっとも成功している」と評されることの多い:

監獄の誕生―監視と処罰

監獄の誕生―監視と処罰

ちらちらながめる。

『監視と処罰』目次:

第1部 身体刑

  • 第1章 受刑者の身体
  • 第2章 身体刑の華々しさ

第2部 処罰

  • 第1章 一般化される処罰
  • 第2章 刑罰のおだやかさ

第3部 規律・訓練

  • 第1章 従順な身体
  • 第2章 良き訓育の手段
  • 第3章 一望監視方式

第4部 監獄

  • 第1章 「完全で厳格な制度」
  • 第2章 違法行為と非行性
  • 第3章 監禁的なるもの

[] お買いもの:Faucault Discipline and Punish 18:03  お買いもの:Faucault Discipline and Punishを含むブックマーク  お買いもの:Faucault Discipline and Punishのブックマークコメント

Discipline & Punish: The Birth of the Prison

Discipline & Punish: The Birth of the Prison

[][][][] 涜書:フーコー『知の考古学』 10:39  涜書:フーコー『知の考古学』を含むブックマーク  涜書:フーコー『知の考古学』のブックマークコメント

朝食後半。「フーコー最大の失敗作」との呼び声も高い:

第III章の2節で「言表の4機能」についての議論が展開されたあと、3節のここ↓で、それが第II節の「4要素」と関係づけられている:

そのなかで人々がそれを分析する
四つの方向
(対象の形成=編成、主体の位置の形成=編成、概念の形成=編成、戦術的選択の形成=編成)
は、言表機能が行使される四つの領域に対応する。[p.177]

The four directions

in which it [=discours] is analysed (formation fo objects, formation of the subjective positions, formation of concepts, formation of strategic choices),
correspond to the four domains in which the enunciative function operates.[p.130]

しかし、ここをみるとむしろ/やはり、言表-と-4要素 の双方に同じ術語を述語づけることに対する疑念はさらに深まるのだが...。

「そのなかで人々がそれを分析する四つの方向」は謎訳。「言説が分析される際に目指される 対象・類型・概念・戦術 という四つのdirection*」くらいのところか。
ちなみにこの著作で「人々on」が主語になっているときには、それは──いくつかの数少ない例外を除き──【考古学プロジェクト】のことを指す、と考えてよいようです。
* direction には、「見出し」の意あり。私としてはつい、かつてフッサールが「地平」概念の含意の一つとして用いた「手引きLeitfaden機能」という言葉を思い出してしまうところ。
あるいは──EM者のキャッチコピーを用いていえば──、第II章の議論は、「通常は〈リソースとして〉用いられている4要素を〈トピックとして〉扱え」、といっているようにも聞こえるのだが。どうか。


ところで、ここで「correspond to」という非常に強い表現が使われていることが気になるんだけど、これは原著ではどうなっているのでしょう。>お持ちの方

「correspondre à」コメント欄にてご教示いただきました。ありがとうございます。三省堂クラウン仏和 http://www.sanseido.net/

correspondre
(→活用42・〈過分〉correspondu)〈自〉

  • [1]《à,と,に》一致する, 対応する, 相当する.─Cela ne correspond pas à la réalité. それは現実と合わない.
    s'accorder.
  • [2]《à,avec,に》つながっている, 連絡している.─levier qui correspond aux freins ブレーキにつながっているレバー. Ces deux mers correspondent par le canal de Suez. この2つの海はスエズ運河で結ばれている. Cet omnibus correspond avec l'express à Lyon. この普通列車リヨン急行と接続している.
    communiquer.
  • [3]《avec,と》文通する, 連絡をとる.─Il a cessé de 〜 avec nous. 彼は我々との文通をやめた.

━━ se correspondre 〈代動〉

  • [1] 一致する, 対応する, 照応する.
  • [2] 通じ合う, (互いに)つながっている.


いや−しかし。中村先生翻訳って、噛めば噛むほど味わい深い、ほんとにどうしようもないものですな。

そういや、ベルクソン全集にはいってるやつもヒドかったなぁ.....(遠い目)

ねずみ王様ねずみ王様 2004/11/11 14:59 Les quatre directions .... correspondent aux quatre domaines ....chuuu

contractiocontractio 2004/11/11 15:33 あっ!王さまだっ!チュー付きだ! ありがとうございます!

2004-11-10

[][][][] 涜書:フーコー『知の考古学』 09:06  涜書:フーコー『知の考古学』を含むブックマーク  涜書:フーコー『知の考古学』のブックマークコメント

フーコーをすごい(ゆっくりとした)勢いで再読するスレ

朝食。第II章再訪。

Archaeology of Knowledge (Routledge Classics)

Archaeology of Knowledge (Routledge Classics)

カタログ作成中.......。[→建設予定地:1969年

  • II 言説の規則性
  • 2 言説のフォーメーション
      • 3[その1]「対象」のフォーメーション
      • 4[その2]「言表の諸態様」のフォーメーション
      • 5[その3]「概念の体系」のフォーメーション
      • 6[その4]「テーマ・戦術」のフォーメーション

[][][][] 涜書:フーコー『知の考古学』 13:31  涜書:フーコー『知の考古学』を含むブックマーク  涜書:フーコー『知の考古学』のブックマークコメント

フーコーをすごい(ゆっくりとした)勢いで再読するスレ

昼食。第II章再訪。

カタログ作成中.......。[→建設予定地:1969年

  • II 言説の規則性
  • 2 言説のフォーメーション
      • 3[その1]「対象」のフォーメーション
      • 4[その2]「言表の諸態様」のフォーメーション
      • 5[その3]「概念の体系」のフォーメーション
      • 6[その4]「テーマ・戦術」のフォーメーション

[] それで『社会の芸術』は出たですか 18:57  それで『社会の芸術』は出たですかを含むブックマーク  それで『社会の芸術』は出たですかのブックマークコメント

どうなのよ。

mmasumimmasumi 2004/11/11 20:05 どうも。今日書店で見かけたと思います(『社会の芸術』)。5cmくらいの厚さがあったかも。

contractiocontractio 2004/11/11 21:46 やー。ついに出ましたか。でも大学の本屋さんですね? 私は未だみておりませぬ...

mmasumimmasumi 2004/11/11 23:26 い〜え〜、池袋のリブロです〜(なにか大学の本屋さんについて誤解しておられるような〜)。

hidex7777hidex7777 2004/11/12 00:24 Bk1で朝注文したら、夕方届いた。

contractiocontractio 2004/11/12 02:33 ガ━━(°Д°;)━━ン.......

2004-11-09

[] お客さま 19:23  お客さまを含むブックマーク  お客さまのブックマークコメント

google:オートポイエーシス+望ましい状態

ぷげらっちょ。

[] ヤヴァイ 19:23  ヤヴァイを含むブックマーク  ヤヴァイのブックマークコメント

すげー疲れてる気がするが疲れすぎて眠れない。

[][][][] 涜書:フーコー『知の考古学』 06:58  涜書:フーコー『知の考古学』を含むブックマーク  涜書:フーコー『知の考古学』のブックマークコメント

フーコーをすごい(ゆっくりとした)勢いで再読するスレ

英訳が届いたわけだが。

Archaeology of Knowledge (Routledge Classics)

Archaeology of Knowledge (Routledge Classics)

訳者の注記[p.16]:

The English 'knowledge' translates the French 'connaissance' and 'savoir'. Connaissance refers here to a particular corpus of knowledge, a particular discipline - biology or economics, for example. Sarvoir, which is usually defined as knowledge in general, the totality of connaissances, is used by Foucault in an underlying, rather than an overall, way. He has himself offered the following comment on his usage of the terms:

  • By connaissance I mean the relation of the subject to the object and the formal rules that govern it.
  • Savoir refers to the conditions that are necessary in a particular period for this or that type of object to be given to connaissance and for this or that enunciation to be formulated.
    savoir:或る時代に、「あれこれの対象が 科学的知識[のコーパス・分野]に与えられるのに必要な諸条件」および「あれこれのエノンシアシオンが編成されるのに必要な諸条件」のこと。

Throughout this translation I have used the English word, followed, where the meaning required it, by the appropriate French word in parentheses (Tr.)

まぁやはりよくわからないわけですが。

こいつについては、なにがわかったら「わかった」といえるのかもわからんな。いまのところ。

とりあえず、それ自体は科学であるわけではないが・科学が成立するのに必要な条件(としての知識集成=savoir)だ、ということで。

何も言ってない。


てことで第IV章再訪。

IV 考古学的記述

  • 1 考古学と諸観念の歴史
  • 2 オリジナルなものと規則的なもの
  • 3 さまざまな矛盾
  • 4 比較に基づく事実
  • 5 変化と変換
  • 6 科学と知


[p.275]

実定性を分析すること、それは、いかなる諸規則にしたがって一つの言説=実践が

  1. 対象の群れ、
  2. 言表行為の総体、
  3. 概念の働き、
  4. 理論的選択

の、さまざまな系を形成=編制しうるか、を示すことである。

第II章で論じられた4つの「手引き」に相当するものだと思われ。

ところで、こういうふうに、<言表/言説>と、<そのほかいろいろな要素/言説>との関係双方について、同じ「formation」という言葉を使っているのが非常に奇妙に思われるのだがどうなのか。

すごくヘンだと思うのだが。


[p.276]

[実定性の分析において]問題になるのは、[‥]、一つの言説=実践によって──ときとして一つの科学的言説が、その形式と厳密さによってのみでなく、

  1. それがかかわる対象、
  2. それが実現する言表行為の類型、
  3. それが扱う概念、
  4. それが用いる戦術

によって、特殊化されたかたちで構成されるために──形成=編制されるべきであった諸要素なのである。

第II章で論じられた4つの「手引き」に相当するものだと思われ。

ところで、こういうふうに、<言表/言説>と、<そのほかいろいろな要素/言説>との関係双方について、同じ「formation」という言葉を使っているのが非常に奇妙に思われるのだがどうなのか。

すごくヘンだと思うのだが。

かくして、

われわれは、それに固有な理念性の意図が基礎づけられるためには、科学を、生きられるべきであったものや、生きられるべきものに帰着させることをしない。しかし、
われわれは──もしものときに科学性の実験的あるいは形式的諸基準に応える一個の言説を存在せしめるために──科学を、言われるべきであったものや、言われるべきであるものに帰着させる。

「もしものときに」てw。なんやねんそれ。

とおもたら英訳はかくのごとし。でした。

This precondition may not, of course, be analysed as a donnee, a lived experience, still implicated in the imagination or in perception, which manking in the course of its history took up again in the form of rationality, or which each individual must undergo on his own account if he wishes to rediscover the ideal meanings that are contained or concealed within it It is not a pre-knowledge or an archaic stage in the movement that leads from immediate knowledge to apodicticity;
it is a group of elements that would have to be formed by a discursive practice if a scientiflc discourse was to be constituted, specified not only by its form and rigour, but also by the objects with which it deals, the types of enunciation that it uses, the concepts that it manipulates, and the strategies that it employs.
Thus science is not linked with that which must have been lived, or must be lived, if the intention of ideality proper to it is to be established;
but with that which must have been said -- or must be said -- if a discourse is to exist that complies, if necessary, with the experimental or formal criteria of scientificity.

[][] Todo:フーコー『知の考古学』 07:18  Todo:フーコー『知の考古学』を含むブックマーク  Todo:フーコー『知の考古学』のブックマークコメント

  • 第III章のレジュメ(分類および事例の一覧)
  • 語「実定性」の用例集

[] お客さま 19:23  お客さまを含むブックマーク  お客さまのブックマークコメント

google:システム+リファレンス+問題

なにも引っかからんが。

でも君の徒労は俺のせいじゃありません。

この論点にまじめに取り組んでこなかったルーマニ屋のみなさんが悪いだけだしね。


google:システム+リファレンス+ルーマン でも何も引っかからんというのはスゴイ。

なんかもう、

砂漠が広がる....

て感じだな。

でも君の徒労は俺のせいじゃないし。


ちなみに、google:Systemreferenz+Luhmann だと、さすがに(?)引っかかる。

[] 激しく悪寒のヨカン 19:23  激しく悪寒のヨカンを含むブックマーク  激しく悪寒のヨカンのブックマークコメント

風邪ひいた。気がする。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/contractio/20041109

2004-11-08

[][] 頂きもの:五十嵐素子「「相互行為と場面」再考」 18:03  頂きもの:五十嵐素子「「相互行為と場面」再考」を含むブックマーク  頂きもの:五十嵐素子「「相互行為と場面」再考」のブックマークコメント

「と」で、向かっちゃいますか。

そういや、今年は学会で『年報』売ってなかったんだよな。なので入手してません。


前半部のまとめ:

 [p.217]

この知見だけでも面白いとおもうし、この方針に従った研究によって明らかになる事は──直感的にいって──たくさんありそうな気がする。が、

  • これって、かつて「役割理論」と呼ばれたもののヴァリエーションちゃうんか
  • 「制度的場面」を語るのに、その「制度性」を、(役割)カテゴリーに結びついた「連鎖の特徴」(特徴的連鎖)に帰するのであれば、それは一つ水準を変えただけの「古い社会学の議論」ちゃうんか

などなどといった疑念は生じるところ。

果たして、この論文の主題は、まさにそちらのほうにある。

 [p.219]

[] お客さま 18:03  お客さまを含むブックマーク  お客さまのブックマークコメント

google:佐藤俊樹+赤川学

赤川さんの修論報告のとき大バトルを演じた、という伝説を聞いた事があるんですが....

ホントでしょうか。さもありなんな神話でしょうか。

ご本人にはとてもきけません。誰か(こっそり)教えてください。

[][][][] エノンセ/エノンシアシオン 18:03  エノンセ/エノンシアシオンを含むブックマーク  エノンセ/エノンシアシオンのブックマークコメント

http://d.hatena.ne.jp/contractio/20041027#p2 のつづき。

『知の考古学』(ASIN:4309706118)におけるエノンセとエノンシアシオンの区別について、何がわからないのかがわかった。のでメモ


原さんとのやりとり:http://d.hatena.ne.jp/contractio/20041027#c

  • # H  [‥] 個人的には、enonceは「発話内容」、enonciationは「発話」にしようかと漠然とした規則を考えています(揺れ動くのですが)。また誤っていたらどなたかに指摘していただくこととして、わたしは結構ざっくり考えています。<発言されたもの/発言すること>で、いいのではと思っています。proposition/statementは、これらが「確定的」または命題を含む陳述であるのに、enonceはどのようなものであれ(わたしのオヤジギャグも、新聞文化欄の提言も)含むということではないでしょうか。フーコーが、discoursを持ち出すまでに、enonceで、まずいろいろな語られたことを同一平板上に置くことを説明していくなかで、例の序文の「作品」「科学(内のディスクール)」などの基準とは別の基準、その後出てくる一巻・二巻などの区切りではない単位(としてのアーカイヴ−発話の総体)と語っていくと記憶しています(曖昧記憶ですが)。enonce/enonciationにフーコーがこだわり、また中村さんがこれらの訳語を言表/言表行為としているのは、バンヴェニストの問題提起(deixis)を踏襲しているからだと思います。 [‥] (2004/10/27 19:53)
  • contractio 『ども。なるほど、その場合は、<発話されたこと/発話すること>の違い、ということになりますか。
    いずれにしても「enonce」は掴みがたい概念ですね(仕方がないことだとも思うので、これは必ずしも非難ではないですが)。 [‥] (2004/10/28 12:47)


問題は。

つまるところ、この<エノンセ/エノンシアシオン>という区別が、──『知の考古学』の主導的な区別である──<エノンセ/ディスクール>とどう関わるのか がわからない、ということなのでした。

そこでそれを、<語られたもの/語ること>(<発話内容/発話>)と書き換えてみても、
あるいはさらにさらに他の言葉で書き換えてみても、
やはり──それが<エノンセ/ディスクール>区別とどう関わるかを明らかにしない限りは──わからないことに変わりはない。わからないものはわからない。──ということ。


‥‥と定式してみると、この点を考える手がかりが、「反復」という概念にあるのではないか。‥‥ということに気がつくことができる。すなわち。


手元に本がないので、以下、記憶に基づく再構成になるが、まず──正確ではないがフーコーに帰することができるだろう──次のテーゼについて考えてみる。

  • 【A】異なる複数のエノンシアシオンは、「おなじ」一つのエノンセでありうる
    ここで、言葉遣いの素朴な確認をいくつか。
    • エノンシアシオンは「出来事」である。
    • エノンセは「事柄」である*1
    さらに、
    • 「出来事」は反復し得ない
    • 「事柄」は反復しうる。
    • 反復は「出来事」である。
    そして、
    • 反復とは、一つの「事柄」が 異なる「出来事」により再現実化されることである。
    ここで──再び──フーコに帰することができるだろうテーゼに戻ると:
  • 【B1】一つのエノンセの「反復」とは、異なるエノンシアシオンによる再現実化である。

ひっくり返すと:

  • 【B2】二つ以上のエノンシアシオンは、それが或る<「おなじ」エノンセの系serie>に属するエノンセの再現実化である限りにおいて、当のエノンセの反復である。


以上は──なんら「説明」ではなく──、言葉の使い方の確認。


さて、「A→B1→B2」の傍らに、「ディスクールの定義」をおいてみよう。それはこういうものだった*2

  • 【C】言説:「おなじ」言説編成に属する限りにおける諸言表の一総体


【B2】+【C】でもって <エノンセ/エノンシアシオン>と<エノンセ/ディスクール>の関係づけができた、としよう。だが、これによって同時に、「問題」の所在もクリアになる。


つまり──こう↓いえるはずだし、また言葉遣いをさておけば これ↓はフーコーその人に帰してよいはずの言明であるつもりで書くのだが──

  • 【D】或るエノンシアシオンが 如何なるエノンシアシオンであるかは、それが如何なる エノンセの系serie との関連relevanceのもとで生じるかによってきまる。

したがって、結局、<エノンセ/エノンシアシオン>という区別は、<エノンセ/ディスクール>という区別に──上記のような仕方で──差し戻されるのである。


だから?

だから──当初の疑問は「<エノンセ/エノンシアシオン>の区別とは如何なるものか」だったのだが、いまや/やはり──、疑問(の出所)は<エノンセ/ディスクール>の区別(のほう)にあるのだ、ということが確認されることになる。贅言すれば、当初の疑問は、次の疑問に変換される。つまり:

  • 【Q1】エノンセおよびエノンセの系が「おなじ」と(か「ちがう」とか)いうことを、どうやっていえるのか

という疑問、言い換えると、

  • 【Q2】或るエノンセが、或る「エノンセの系」に属する、ということを どうやって/何を以ていえるのか。

という疑問に変換される。そして、それはつまるところ、

  • あからさまに循環的な定義となっている【C】を、フーコーが、そこからさらに どのように規定・展開し(ようとし)ているのか

ということに帰着する。そして私には、それがわからない──ということなのだった。

規定【C】について語る際、フーコーは、「帰属」と「規則性」という二つの術語を用いるが、この併用には残念ながら意味がない。なぜならその使い分けが「言い換え」にはなっていないからである。
或るエノンセがある言説に帰属していることを、規則性という言葉で表現しているのだから。
そのような仕方で「帰属性」と「規則性」は正確に同義なのであり、そうであるからには、この二つの言葉の(表面上の)使い分けは 単に議論をリダンダントにしているだけである。
問われるべきなのは、まさにその「帰属」(あるいは規則性)の「如何にして」なのだった。


──問いの(再)定式化:

  • 【Q3】或る文、或る表現、或るエノンシアシオンについて、我々は、如何にして、「それが、或るディスクールに-帰属する-或るエノンセで-ある」ことを定めることができるのか?


そして──。


(特殊)社会システム論では*3、これを「システム・リファレンス」問題*4 といいます♪



残念ながら/てことで。

『知の考古学』周辺数年のテクストを読む限りでは、フーコは、この問い【Q】に 明確な答え(あるいは研究実践上の指針)を与えることができていないようだし、そろそろ俺様規定臨界回数*5に近づいて来たこともあるので、ここで一旦『考古学』再読は糸冬了することにします。

この先の方針としてありうるのは二つ。

  • 一つは、『考古学』以降の発言を追ってみる。
  • もう一つは、──フーコー自身による「理論的定式化」(『知の考古学』)ではなく──、「実際になされた作業」(考古学3部作)のほうをみてみる。

どちらにしようかな。

[][] お買いもの(未遂) 18:03  お買いもの(未遂)を含むブックマーク  お買いもの(未遂)のブックマークコメント

  • Michel Foucault, L' Archeologie du Savoir, Gallimard; (March 27, 1969)
L' archeologie du savoir

L' archeologie du savoir

買えないのかよ.....orz


ネット古書店全滅。かろうじて仏アマに新刊EUR19.95、米アマに古書があったが送料込みで $25.63...。嗚呼。

[] お客さま 18:03  お客さまを含むブックマーク  お客さまのブックマークコメント

google:日曜社会学+酒井泰斗+ミシェル・フーコー

奇特なかたw。


google:うっけけけけけけ

しっかり♪

*1:それが「語られたものごと」である限りにおいて。

*2:再び記憶に基づく引用

*3:© 宮台、c鈴木 et al.

*4:「どのシステムについて記述しているのか」を示すこと。またそれを如何にして示すか、という問題。

*5:20回。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/contractio/20041108

2004-11-07

[] An Interview with Jacques Derrida 17:26  An Interview with Jacques Derridaを含むブックマーク  An Interview with Jacques Derridaのブックマークコメント

ジャック・デリダインタビューカードーゾ。(by Michel Rosenfield)


via デリダML。

[] あなたの結婚相手(男性版)チェック 17:26  あなたの結婚相手(男性版)チェックを含むブックマーク  あなたの結婚相手(男性版)チェックのブックマークコメント

via ホル子さん

あなたの結婚相手はこんな感じ!

  • あなたが将来結婚する相手は【キャリア・エグゼクティブ】タイプのようです。
  • これから先、あなたが結婚することになる相手は、バリバリと働くキャリアウーマンタイプの人。
    頭のキレが鋭く、かなり自立心旺盛な女性との、映画に出てくるような結婚生活が待っているでしょう。
    あなたの奥さんとなる女性は、頭の回転が速く、何事にたいしてもしっかりとした、芯の強い人。
    一緒にいるだけで、こちらもがんばらなくては、という気持ちにさせてくれるので、精神的に自立しあった良い家庭を築くことになるはずです。
    カッコ良くて、誰もが振り返ってしまうような理想の女性とめぐり合うためにも、これからもがんばってくださいね。


  • あなたが結婚する年齢:32〜37歳頃
  • 結婚相手と出会う場所:合コン
  • 結婚相手の第一印象:強そうだ……

「強そうだ」ワロタ。さもありなんだが合コンにはいかんしな。

[][][][] 涜書:ルーマン『法の社会学的観察』 06:50  涜書:ルーマン『法の社会学的観察』を含むブックマーク  涜書:ルーマン『法の社会学的観察』のブックマークコメント

法の社会学的観察

法の社会学的観察

  • 作動上の閉鎖性と構造的カップリング:法システムの分化
    • Operational closure and structural coupling: The differentiation of legal system in Cardozo Law Review 13 (1992), S. 1419-1441
  • I 開放性と閉鎖性
  • II オー■ポイエーシス・システムとしての法
  • III 作動上の閉鎖性
  • IV 内部作動
  • V 構造的カップリング
  • VI 法システムの構造的カップリング
  • VII システム理論と経験的調査研究
  • VIII 法のオー■ポイエーシス

[][][][] 涜書:Luhmann「Closure and Openness」 07:35  涜書:Luhmann「Closure and Openness」を含むブックマーク  涜書:Luhmann「Closure and Openness」のブックマークコメント

  • Niklas Luhmann, "Closure and Openness: On Reality in the World of Law" in G. Teubner (eds.), Autopoietic Law: A New Approach to Law and Society, Berlin 1988, pp.338-343.


 前節で論じたように、ルーマンは、意識システムとともに、コミュニケーション・システムを、固有のオペレーション様態(コミュニケーション)において「閉鎖的」かつ自律的な自己構成をおこなっているオー■ポイエシス的システムとして定式化している。そうすると、理論的にも、あるいは素朴な意味においても疑問とされるのは、コミュニケーション・システムがそのオペレーションにおいて「閉鎖的」かつ自律的であるというならば、コミュニケーション・システムとその環境との関係や環境への依存性というテーマをどのように考慮に入れうるのか、ということであろう。しかしながら、こうした疑問自体は、ルーマンがコミュニケーション・システムのオペレーションの「閉鎖性」によって意味するところを検討してみれば、むしろ誤解にもとづく疑似問題にすぎないということがわかる。なぜなら、そうした疑問が提起されるさいにしばしば前提とされているのは、物体の出入りを念頭においたきわめて強意の「開放性/閉鎖性」モデルだからである。ところが、実際にはこの「閉鎖性」の問題をめぐってさまざまな疑問・批判が表明されたため、ルーマンは、ついには「オペレーションの閉鎖性をめぐる諸問題 Die Probleme mit operative schliessung」(1995)なる論文まで書くことで、繰り返し表明される疑義に対処しなければならなかった(19)。

(19) ルーマンは、この論文を書くに至る過程で、法システムの閉鎖性と開放性をめぐって、“Closure and Openness: On Reality in the World of Law”,in: Gunther Teubner (Hrsg.), Autopoietic Law:A New Approach to Law and Society, Berlin 1988,S.335-348. を書いている。本書は、一九八五年にフィレンツェで開かれた法とオー■ポイエシスをめぐるシンポジウムでの報告をもとに編纂されたものであるが、本書の序文でこのルーマンの論文を解説するにあたって、編者のG.トイプナーは、シンポジウムの途上、次のような異議がルーマンに対して提起されたことを紹介している。つまり、法システムが開放的であると同時に閉鎖的であるというパラドックスはいかに解決しうるのか、あるいは、法システムの自律性を主張しておきながら、同時に法システムと社会との全般的な相互依存を強調するなどという{/333頁}ことがいかにして可能なのか、といった異議である。これは、システム/環境−関係の問題が、「オー■ポイエティック・ターン」以降のルーマンにとって、いかにアクチュアルな問題であるかを示す一つのエピソードであるといってよかろう。

 また、こうした状況を反映してのことか、一九九三年に刊行された『社会の法』第十章「構造的カップリング」の{/317頁}冒頭は、次のような書き出しで開始されている(20)。「システム理論がオートポイエシス的システムのオペレーションの閉鎖性を強く強調すればするほど、それだけますますこの条件のもとでシステムの環境との関係はいかにして形成されるのかということが、緊急の問いとして立てられるのである」。これに対してルーマンは、(先にも述べたように)オペレーションの「閉鎖性」が意味しているのは、システムのオー■ポイエシスが、いつでもそのシステム固有のオペレーション(コミュニケーション・システムであれば、コミュニケーション)によっておこなわれているという事態以外のなにものでもないと述べる。もっとも、こうしたシステムのオペレーション上の「閉鎖性」は、同時にそうした「閉鎖性」と矛盾することのないシステム/環境−関係のいっそう精密な陳述を要求する。ルーマンによれば、小稿で取り上げている構造的カップリング概念は、こうした要求への回答にほかならないのである(21)。

・・・この場合{コミュニケーション・システムと人間の生体の関係においては}、「マテリアル」は物質的なものに限定されているが、ルーマンは、「マテリアル」の連続性というこの考え方を、有意味的なリアリティ(たとえば、言語)についても適用している。ルーマンは、「マテリアル」をこのように拡張することで、言語における法システムと社会との「マテリアル」の連続性について論じている。詳しくは、N.Luhmann,“Closure and Openness:On Reality in the World of Law”, in:G.Teubner(ed.), Autopoietic Law: A New Approach to Law and Society, Berlin 1988, pp.338-343. 参照。(334頁)

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2004-11-06

[] 双風舎 15:18  双風舎を含むブックマーク  双風舎のブックマークコメント

ページにはタイトルをつけましょう。>TN川さん

ソースの「title」のところに書きます。

[][][] 実定性、実定的なもの 00:20  実定性、実定的なものを含むブックマーク  実定性、実定的なもののブックマークコメント


平凡社哲学事典よりid:kei1982さん江。

実証的〔英〕positive〔独〕positiv〔仏〕positif

  • 実証的と訳される原語 positive は、
    • 第1に神または人間の意志によって設定された、という意味であり、自然的 natural にたいする
      たとえば自然神学にたいする実証神学。自然法にたいするpositive law(これは普通、実定法と訳される)。
    • 第2に認識において事実として経験されることを意味する
      これも昔は神の意志の表現として人間が合理的に理解できない事実をさした。
      その用法はシェリング晩年の実証哲学にのこっているが、
      しだいに単に事実的、現実的の意味となった。架空の想像や単に考えられたものにたいして、事実的なものをいう。現在普通にはこの意味でもちいる。同時に「実効ある」もの、「有用」なものという意味もくわわっている。
      実証主義の首唱者コントの定義では、実証的とは「事実的で有用な」という意味である。

てことで。

  • <自然的/実定的>が第一の主導的区別。
  • <想像的・架空の・想定された/事実的・現実的〜実効的>が第二の区別

です。(第1の区別があって、そのうえで第2の区別が生じる。)

「pose*されたもの」──あるいは「poseしうるもの」──だから positif。(あたりまえですが.....)

* 定立。設定。


そういえば、──こうした語義を考えると──ここで引用されている『言葉と物』の事項索引で、

この訳者さんが いかなる権利をもってこんな事を──フーコーのいう positivite「はコント的意味をもちえない」などと──言えると考えているのか、謎ですな。

フーコー『言葉と物』の(訳者による)事項索引が興味深いですね。

実定性、実定的領域 positivite

フーコーは『言説の秩序』(邦訳名『言語表現の秩序』)のなかで、言説(ディスクール)の「断言する力」を説明して、「それらに関して真または偽の諸命題を肯定しもしくは否定しうるような、客体の諸領域を成立せしめる力」と述べ、その「客体の諸領域をpositivitesと呼ぼう」とつづけている(原文71〜72ページ)。こうしてみるとフーコーのpositiviteは、「言説(ディスクール)の成立を可能にする場およびその場の持つ性質」というふうに見ることができるであろう。この場合、この語はコント的意味をもちえないゆえに「実証性」という訳語は用いられない。もっとも、「実証性」の意味でpositiviteが使用されている場合は、「実証性」の訳語をあてた。

実定的 positif

「実定的」の訳語についての説明は、「実定性」の項を参照にされたい。「実定的」という場合、「実定性、実定的領域」に対応する形容詞として用いられているのである。ただし、positifという語は、コント的意味での、「実証的」negatif(否定的な、消極的な)に対立する意味での「肯定的」「積極的」、数学用語で「マイナス」にたいする「プラスの」、具体的、効果的という意味での「明確な」などの意味を賦与されて使用されることもある。そうした場合には、そのときどきに応じて以上の訳語を使いわけた。

ま、どうでもいいけど。


ちなみにおなじく哲学事典の実証主義の項:

実証主義〔英〕positivism〔独〕Positivismus〔仏〕positivisme

  • この語は、サン・シモンが、自然科学の方法とその哲学への敷延をさすために用いたのに始まり、コントに採用されて以来、19世紀後半から20世紀初めの10年間に及ぶ、西欧諸国で有力であった哲学運動を示す言葉となった。
  • 経験的な事実の背後になんらの超経験的実在をみとめず、すべての知識の対象は経験的所与たる事実にかぎるとする立場で、近代自然科学の方法と成果にもとづき、物理的、精神的現象世界の統一的な説明を目ざすものである。
    コントの実証哲学 philosophie positive によって、はじめて明確な表現を得たことは前述したとおりであるが、思弁的、形而上学的考察をしりぞけて、経験科学の方法による哲学を広く実証主義の哲学と解すれば・その源流をロックヒュームなどのイギリス経験論、さらにフランス啓蒙思想のうちに求めることもできる。
  • コントの知識の三段階論によれば、人間の知識は第1の神学的段階から第2の形而上学段階を経て第3の実証的段階において完結する。この最後の段階においては現象の背後に架空的、擬制的な存在者または抽象的な実体を仮定することなく、現象を現象によって説明し、現象間の法則をとらえようとする思惟的方法が支配的となる。そしてすべての実証的な知識は、対象の複雑度に従って、数学、天文学物理学化学生物学社会学に体系づけられる。このような反形而上学的、相対主義的実証哲学、実証主義は、近代自然科学の飛躍的な発展にともない、19世紀後半の思想界諸分野に広範な影響をおよぼした。
    たとえば、多くの批判を加えつつも、ミル、スペンサーはその影響をうけているし、フォイエルバハ、デューリング、シュッペなどはドイツにおける実証主義者に数えられる。また新カント学派における形而上学的なものの排斥はその影響の一つである。
  • しかし実証主義の科学主義は、科学批判すなわち科学の成立および根拠の研究が進むにつれて、科学を成立せしめる経験自体の批判が問題となり、マッハの思推経済説やアヴェナリウスの経験批判論を生んだ。これは新しい実証主義の一動向であった。
    このマッハの伝統の上に、ラッセルの数学基礎論の刺激をうけて起こったヴィーン学団の統一科学運動の論理実証主義アメリカにはいり、現代アメリカの哲学界を代表する思潮となったが、その後、修正や発展が幾度か行なわれた結果クワインを先頭とする論理分析学派やモリスの記号論、ランガーの象徴記号の哲学を招来した。また現代イギリスにおけるライルを代表とする日常言語学派の活動も、ヴィーン学団から展開されたものである。


  • 学の扱う対象を、経験的なものの領域に限定しましょう[=経験への限定]

という方針と

  • その「経験的なものの領域」そのものについても反省的に吟味しましょう[=経験の批判]

という方針は、双方ともにモダンな諸科学のごくノーマルなお約束なのであって、独りフーコーのみが、このお約束から逸脱している(=別の事をやっている)などと考える──あるいはそのように語る事ができると考える──理由はない、ですよね。

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2004-11-05

[] お客さま 15:05  お客さまを含むブックマーク  お客さまのブックマークコメント

google:ルーマン+フーコー

ニーチェは後期にいたるにつれ、構成主義的な色彩をしだいに濃厚にしているが、そのいきつく先は、好戦的で粗雑な力(あるいは権力)の存在論である。社会理論脈絡でこの種の構築主義的動向をもたらすのに力あったものといえば、まずフーコールーマンの名を挙げなければなるまい。

とかレポートには書いておけばぁ?

『思想』no.919>木前利秋「ニーチェの痕跡?」http://www.iwanami.co.jp/shiso/0919/kotoba.html

[][] 事象なのか言表なのか。 15:05  事象なのか言表なのか。を含むブックマーク  事象なのか言表なのか。のブックマークコメント

modal specification て、べつに術語じゃないよな?

それともなにか特別な意味が??

[][][] 涜書:ルーマン『法の社会学的観察』 15:05  涜書:ルーマン『法の社会学的観察』を含むブックマーク  涜書:ルーマン『法の社会学的観察』のブックマークコメント

本日のランチ

法の社会学的観察

法の社会学的観察

asin:4623029913

ごらんのとおり、『法の社会学的観察』は『社会の法』前半部のレジュメになっている。

『法の社会学的観察』(1986)

『社会の法』(1993)

  • 第01章:法理論はどこから出発すべきか
  • 第02章:法システムの作動上の閉鎖性
    [→妥当性と実定性]
  • 第03章:法の機能
    [→抗事実的予期の一般化]
  • 第04章:コード化とプログラム
    [→目的プログラム/条件プログラム]
  • 第05章:偶発性定式としての正義
  • 第06章:法の進化
  • 第07章:法システムにおける裁判の位置
  • 第08章:法的論証
  • 第09章:政治と法
  • 第10章:構造的カップリング
  • 第11章:法システムの自己記述
  • 第12章:社会とその法

ただし「観察」の節見出し訳者が付けたもの。


ためしに『社会の法』(1993)の全体構成を俺様なりに考えてみると、こんな感じか。

      • 第01章:法理論はどこから出発すべきか


  • 【法の作動レヴェルの統一性:基底的自己準拠(=オト(・∀・)ポイエンチス!)
      • 【閉鎖】第02章:法システムの作動上の閉鎖性[→作動を結びつけるシンボルとしての「妥当」:実定法の実定性について]
      • 【機能】第03章:法の機能[→<機能(=一般化)/遂行(=コンフリクト解決・行動制御)> と 組織
      • 【構造】第04章:コード化とプログラム化
  • 【法の観察レヴェルの統一性:自己観察と偶発性定式】
      • 第05章:偶発性定式としての正義[→観察を結びつけるシンボルとしての「正義」]


  • 中間考察:「進化論的記述」の採用をめぐる省察正当化
      • 第06章:法の進化


  • 【二次の観察:相互行為-と-テクスト-における/による-過程的自己準拠】
      • 第07章:法システムにおける裁判の位置【→相互行為】
      • 第08章:法的論証【→テクスト】
  • 【構造的カップリングとその限界】
      • 第09章:政治と法
      • 第10章:構造的カップリング
  • 【二次の観察:反省的自己準拠(反省理論)】
      • 第11章:法システムの自己記述


      • 第12章:社会とその法

[][][][] 涜書:ルーマン『法の社会学的観察』『社会の法』 15:05  涜書:ルーマン『法の社会学的観察』/『社会の法』を含むブックマーク  涜書:ルーマン『法の社会学的観察』/『社会の法』のブックマークコメント

前項の続き。


『社会の法』(1993) の「正義」の章では、初発の定式として、こんなふうにいわれておりますな:

だからわれわれはまずもって、区別を用いて正義の問題を限定しておく事にしよう。すなわち正義という時に問われているのは自己言及であるが、

  • ただしそれは作動としてではなく、観察としてである、と。
  • またコードのレベルにおいてではなく、プログラムのレベルにおいてである、と。

これらすべてが意味するのは、

  • 不正義の(‥)法システム存在しうるということである。ただし、
  • システムの作動レベルのオー■ポイエーシスも、また不変であらざるを得ないコードも、《正義》ではありえないのである、と。[p.240]

4番目の「不正義の(‥)法システムが存在しうる」ってのが、ちとわからないですが。

「《正義》というものは、法総体について問うものなのであって、作動やコードについて問う(/問いうる)ものではないのだ」、ということか。──うん。そのようですね。
議論の水準を区別してるだけの文章。

事柄をどんな水準で考えようとしているのかは明白。

[] 矢田部圭介「二つの<レリヴァンス>」 15:05  矢田部圭介「二つの<レリヴァンス>」を含むブックマーク  矢田部圭介「二つの<レリヴァンス>」のブックマークコメント

google:エスノメソドロジー していてみつけた。武蔵大学の論集。全文公開してる。えらい。


これ、読んだかなぁ。とりあえずプリントアウトしとく。

[][][][] 涜書:ルーマン『法の社会学的観察』 00:20  涜書:ルーマン『法の社会学的観察』を含むブックマーク  涜書:ルーマン『法の社会学的観察』のブックマークコメント

読書会三田asin:4623029913

法の社会学的観察

法の社会学的観察

  • IV 法妥当の実定性
  • V 結果思考の法解釈上の諸問題
  • VI 法律的論証の特性
  • VII 正 義
  • VIII 法社会学の効用

日本語になってないところ多し。かなりわけわからない。

トピックはやはり『社会の法』にかぶっているような気がするが、しばらく離れているのでもはやほとんど覚えておらず。再読せねば。


ところで、「実定性(実定的)」が載っていない辞書を使っているNMTM君は、辞書を買い替えるべきだ、と思った。

kei1982kei1982 2004/11/06 05:51 goo 辞書=大辞林http://dictionary.goo.ne.jp/とYahoo!辞書=大辞泉http://dic.yahoo.co.jp/を使ってみたんですが。。。おすすめ辞書教えてください。

contractiocontractio 2004/11/06 20:48 平凡社百科事典。
6日のエントリに哲学事典の項目を引いときました。NMTMさんは、学校にいって百科事典をスキャソしてアップしてください。

2004-11-04

[][][] 涜書:クワイン『論理的観点から』 23:34  涜書:クワイン『論理的観点から』を含むブックマーク  涜書:クワイン『論理的観点から』のブックマークコメント

ルター論文に登場する「指示の不透明性」の出所と含意を確認すべく、「経験主義の二つのドグマ」「指示と様相」ほかいくつかを参照しつつクルター論文を再読。

  • Jeff Coulter, "Logic: Ethnomethodology and the Logic of Language" in
Ethnomethodology and the Human Sciences

Ethnomethodology and the Human Sciences

  • Jeff Coulter, "Contingent and A Priori Structures in Sequential Analysis", HUMAN STUDIES, Vol. 6, No. 4, 361-376, October 1983.

1983年論文を読んだときに、「なにいってっかわかんね」と思いつつも放置してたんだけど、「Logic」論文のほうに再度顔を出していることがわかったのと、これが83年論文中の「様相の特定」というキャッチコピーに関係していることを思い出し、やはり確認せねばと思い直す。


「指示と様相」論文のほうは、<様相論理学に顔を出す 不透明な指示 という問題に対するこれまで提案された「分析的」な方針にもとづく打開策は、論者の つもり に反して、アリストテレス的な本質主義的形而上学を前提としたものになってしまう(からだめだ)>が趣旨。

で、「分析的」〜「アリストテレス的本質主義」という論点でもって、読者は「二つのドグマ」論文に引き戻される事になる。

──という話はそれとして、この話とクルターの議論がどう関係するのか。

要再考。


関係あるとしたら、「指示の不透明性は、対象の──属性によってではなく──与えられ方によって生じるのだ。それを無視しちゃダメだ」(大意)というところかなぁ。...

[][] 『社会芸術』続報 23:34  『社会の芸術』続報を含むブックマーク  『社会の芸術』続報のブックマークコメント

ISBN:4588008005

もはやどのくらいあてになるのか定かではないが、再度再度10月29日発売11月9日発売とのアナウンスが。

っていうか修正されて頁移動してるよ.....。

11月9日発売

  • 定価7980円(本体7600円+税)四六判
  • N. ルーマン著/馬場 靖雄 訳
  • 《叢書ウニベルシタス800》
  • 社会の芸術
  • ISBN4-588-00800-5 C1336
  • 多様性と個性の世界──芸術。しかし、芸術は一体どのようなシステムだろうか。それはまた、社会システムの中でどう存在するのか。直観と想像力、知覚とコミュニケーションの機能に注目しつつ、システムと環境メディアと形式、観察の一次性と二次性、自己言及と他者言及、等々の差異・区分によって芸術システムを究明し、他の社会的諸機能システムとの相互的な刺激の可能性を示唆する芸術の社会理論
  • 社会学・芸術〕

というか 何 だ こ の 値 段 は。

[] 夜まで爆睡してしまったので 03:59  夜まで爆睡してしまったのでを含むブックマーク  夜まで爆睡してしまったのでのブックマークコメント

眠れない(爆

[][][] 涜書:クルター「会話分析・論理文法分析における偶発的かつ先験的な構造」 23:34  涜書:クルター「会話分析・論理文法分析における偶発的かつ先験的な構造」を含むブックマーク  涜書:クルター「会話分析・論理文法分析における偶発的かつ先験的な構造」のブックマークコメント

  • Jeff Coulter, "Contingent and A Priori Structures in Sequential Analysis"(1983)
  • クワイン「経験主義の二つのドグマ


昼食。

ひょっとして クルター先生、「modal specification」って言葉を、「turn type の同定」とほとんど同じ意味のつもりで謂っている*、ということなのか? ──が、この解釈はあまり楽しくない。というか たいそう楽しくない気がする。だって言い換えてみた利得**がわからないじゃないの。

* 「ターンタイプの同定」は「様相の特定」の(ひとつ、あるいは、その) よ う な も ん だ、と。
** もちろん、もっともベタな利得の可能性は、<「様相」についての哲学的な考察が、ここでのターンタイプの同定に関する議論に「応用・転用」できる>、というものだが。しかし応用ってなんだ。

[] 眠ひ 23:34  眠ひを含むブックマーク  眠ひのブックマークコメント

.................ひ

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2004-11-03

[] まだ職場にゐるわけだが。 00:36  まだ職場にゐるわけだが。を含むブックマーク  まだ職場にゐるわけだが。のブックマークコメント

木曜からくる新人さんのマシンをセットアップしてたらいきなりトラブル大爆発。

内蔵CD-ROMドライブが使えなくなってる。SCSI カードにCD-ROMドライブつけても認識せず。

ターゲットドライブを使って別のマシンからOSを無理矢理インストールしてみた。で、単体で再起動したところ、いきなりネットワークアイコン登場&点滅してる。こんなのはじめて見た。

やっぱだめですか....。

[] で。 00:47  で。を含むブックマーク  で。のブックマークコメント

あれこれ苦心の末、

でやっと立ち上がった。

とか実況してないで仕事しろ、と。

[] ただいま 数百メガの 01:15  ただいま 数百メガのを含むブックマーク  ただいま 数百メガののブックマークコメント

ソフトウェアアップデートを絶賛ダウンロードインストール中。

暇。

・・・しっかし。CD-ROM読まなかったらアプリのインストールとかできないじゃーん。

ネットワーク越しにインストール、とかやったことないけど遅そう。またターゲットディスクモードで....

[] それで『社会の芸術』は  それで『社会の芸術』はを含むブックマーク  それで『社会の芸術』はのブックマークコメント

本屋に並んだのかどうなのか。

[] ハルトマン:『ドイツ観念論の哲学』第1部 (1)  ハルトマン:『ドイツ観念論の哲学』第1部 (1)を含むブックマーク  ハルトマン:『ドイツ観念論の哲学』第1部 (1)のブックマークコメント

ひょえー。なんでこんな*1のの邦訳が、いま??

5,040円。

図書館にいれてもらうことにしようそうしよう。

[] だめだすかじーが  だめだすかじーがを含むブックマーク  だめだすかじーがのブックマークコメント

すかじーがだめだ。

しまいにゃ泣くぞこら。

いま独りだし。

[] たいへんだ再起動したら  たいへんだ再起動したらを含むブックマーク  たいへんだ再起動したらのブックマークコメント

また起動時にネットワークアイコンが点滅してるよ。

  • メモ:「電源入れるときはDを押しながら」

[] 念のため 02:11  念のためを含むブックマーク  念のためのブックマークコメント

と思って「起動ディスク」の設定をみてみたところ、「ネットワークディスク」が選択されている。そりゃネットワーク探しに行くわ。

誰だこんなとこ選択したやつは! ほんと迷惑なんだよこういうの。

相変わらずスカ爺はだめだ。

[][][][][] 作業糸冬了/涜書:フーコー『知の考古学』  作業糸冬了/涜書:フーコー『知の考古学』を含むブックマーク  作業糸冬了/涜書:フーコー『知の考古学』のブックマークコメント

俺がフーコーをすごい勢いで再読するスレ

  • II 言説の規則性
    • 1 言説の統一性
    • 2 言説の形成と編成
    • 3 対象の形成と編成
    • 4 言表の諸態様の形成と編成
    • 5 概念の形成と編成
    • 6 戦術の形成と編成
    • 7 注意事項と帰結
  • III 言表と集蔵体
    • 1 言表を定義づける
    • 2 言表の機能
    • 3 言表の記述
    • 4 希薄性、外在性、累合
    • 5 歴史的<先験性>と集蔵体

[][][][][] 『ルーマン・シンポジウム』  『ルーマン・シンポジウム』を含むブックマーク  『ルーマン・シンポジウム』のブックマークコメント

先生曰く[p.295-7]:

ルーマン 法史ないし概念史・理念史は、法Rechtと制定法Gesetzなど二つの源泉から湧きだして来ると思います。

このうち、前者は──それはこれまでも常に格段の注目を集めて来たのですが──法思想の一般化に他なりません。首尾一貫して、正当的かつ公平に判断しようとする場合には、ある事案に対する判決が他の事案をも拘束するのかどうかを確定するために、そうした概念が必要となって来るのです。

即ち、

  1. 一方に、契約・所有等々といった観念を生みだす 一般化が存在しており、
  2. 他方には、「不法」「合法」という二分コードの故に、パラドックスが存在している

のです。これが法律的意味論、法律的概念世界定義とその変更の二つの──一つに纏めることはできません*──源泉だと私は考えております。

* この認識が『社会の法』の章立てを規定していると思われる。

河上 [‥] 今、お話の中にエールリッヒの名がでてまいりましたが、彼は法を「人間の行為の規範」であり、「社会組織(soziale Verbände)」の平和的な内部秩序」だと考えたうえで、法を「国家法(Staatsrecht, Staatliches Recht)」と「法曹法」と「生ける法」とに区別しております。パラドックスの回避という場合、主としてどのレベルで進行すると思われますか。


ルーマン オイゲン・エールリッヒに関しては、その一部についてまずお話したいと思います。

 オイゲン・エールリッヒを私は歴史的テクストとして読みます。当時──つまり十九世紀末の段階で──法がほとんどもっぱら国家によって制定された法として定義されていたということをはっきりと理解しておかないとエールリッヒのテクストも正確には理解できないと思うのです。彼はまずブコビナに生活しているオーストリアの法律家として、住民の本当の法意識が国家法とは一致していないということ、即ち国家法が法そのものであるという主張の不当性を看取していたのです。そして、歴史的研究の中で、つまり『法律的論理』の中で、エールリッヒは Systematik、即ち近代ローマ法の概念体系古代のローマ法とは全く一致していないというテーゼをたてたのです。何故なら、古代ローマでは訴権理論actio的な考え方、つまり actio は訴権である という考え方 が支配的だったからです。ローマ人からすれば、請求のための訴権を有しているかどうかが重要だったのです。彼らにとっては、訴権体系──例えば サヴィニーにおける 財産権の体系といったものが存在しているかどうかなどではなく、法廷で成功し得るかどうかということの方が重要だったのです。それ故、エールリッヒの研究は、近代の法発展の批判なのです。

ちなみに少なくとも社会学者にとってはこうなってしまった↓らしい。(やばい)。

しかしエールリッヒの述べたことは我々の共有する知識となってしまっております。我々は、もはや、法実証主義的な立場を取ってはおりません。社会学者としては全く当然のことなのですが……。エールリッヒの発見は大変興味深いものだったのですが、しかしそうした知識はその後にごく一般的なものになった、少なくとも社会学者にとってはそうなったのです。以上が第一の点です。


河上 「エールリッヒを歴史的テクストとして読む」と明言し得る現代の社会学者を羨しく思います。かつて、アントン・メンガー法律学を「科学の田舎町」と呼んで慨嘆したことがありましたが、エールリッヒの認識が一刻も早く法学者の共有の財産となることを願ってやみません。


ルーマン 法史学者は勿論ですが、法社会学者も、エールリッヒの知識を前提とせざるを得ないと思います。

エールリッヒ読まざるもの社会学者にあらず。

ところでこのはなし↑に続くのが、ここ[→]に挙げた件の「自己批判」。
趣旨は、ルーマン自身、上に挙げた「二つの源泉」のうちの前者しか扱ってこなかった(のはまずかった)、ということ。(『法社会学』と『社会の法』のもっとも顕著かつ重要な違いも──したがって──そこにある。)
ところで、その箇所で河上さんの質問にちゃんと答えた事になっているかどうかは疑問w。(ただし、「エールリッヒの分類に依拠しては答えられない」が答えだ、と考える事はできる。)

*1揶揄ではありませんw。

2004-11-02

[][][] 識者の教示を乞う1:「分散」と「配分」? 18:35  識者の教示を乞う1:「分散」と「配分」?を含むブックマーク  識者の教示を乞う1:「分散」と「配分」?のブックマークコメント

  • II 言説の規則性
    • 1 言説の統一性
    • 2 言説の形成と編成
    • 3 対象の形成と編成
    • 4 言表の諸態様の形成と編成
    • 5 概念の形成と編成
    • 6 戦術の形成と編成
    • 7 注意事項と帰結

原著(英訳可)手元にあってすぐ参照できる人おしえて。

II の2に、「分散」と「配分」という語がでてきますが、この後者の原語はなんでしょう? distribution?

前者は索引に載ってるんだけど(dispersion)。


この箇所、フーコーが三つの著作を書いたときに、実際に資料にあたりながら経験した 記述領域の確定の失敗 を通して、つまり

    • 記述領域の確定に使われる、ふつうにひとがやる(4つ*の)ことは俺もふつうにやってはみたわけだが
    • (それぞれ)うまくいかなかったので
    • それではどうしましょう?

という仕方で、「考古学」という着想(あるいは記述領域として「言説」を選ぶ、ということ)に導かれる様子を「告白」しているところ。なので、おそらくこの本の中でも もっとも重要な場所のひとつだろうと思われる(特に、どういういみでうまくいかなかったのか、という、その中味が重要)。──なのだが、日本語がへんで解釈がユニークに決まらないんだよな。こまったもんだ。

とかいってねーで買うか。仕方ない。


* ちなみに、II の2であげた「記述対象を確定する(のにふつうに使われている)4つの方針」のそれぞれについて、一つずつ詳しくみていきましょう、というのが、そこに続く II の3以降の箇所。だから II の構成は、こうなってるわけですな。

  • 1 [まえおき・予備作業]言説の統一性
  • 2 [この章の本題]言説の形成と編成
    • 3 [方針その1]「対象」
    • 4 [方針その2]「言表の諸態様」
    • 5 [方針その3]「概念の体系」
    • 6 [方針その4]「テーマと戦術」
  • 7 [章のまとめ]注意事項と帰結

ふつう、記述領域を確定しようと思ったら、まずは

  • 「同じ対象に関連しているものを集める」
  • 「言表のスタイル・類型*にしたがって集める」
  • 「概念体系に即して集める」
  • 「同じテーマ**に関連していているものを集める」

などなどをたよりにするわけだけれども、それがどのようにうまくいかないか、をみていきましょう、と。

* 「態様」(なにこれ?mode?)という言葉がつかわれてるのはワケワカランですが、社会学でふつうに使われているボキャブラリの中に対応物を(無理矢理)探せば、「言表の諸態様」という概念にもっとも近いのは「役割」概念ではないかと思われ。
** 節のタイトルには「戦術」という語が使われているけど、これは「同じテーマにかかわるが-異なる戦術をもつ-言表たち」というかたちで登場するもの。

で、途中で話はひっくり返り、上記の「ふつうはそれに依拠するもの(旧来の4つの記述単位)」に依拠するのではなく、むしろ逆に、【言説(-と-言表-の-構成関係formation)の統一性】のほう*1を中心に据えて、あくまでそれとの関係において=いちいちをそこに差し戻すかたちで、旧来の記述単位のほうこそを吟味していきましょう、てな話になる、と。

この「いちいち差し戻せ」指令も、ルーマニ屋やエスノな方には おなじみのものでありますな。
もっとも、問題は「どこにどのように」差し戻すか、なんですが。「規則性」とか言われてもわかんねーよ。


つづき:[196912]

[][][][] お買いもの:Michel Foucault, Archaeology of Knowledge 18:35  お買いもの:Michel Foucault, Archaeology of Knowledgeを含むブックマーク  お買いもの:Michel Foucault, Archaeology of Knowledgeのブックマークコメント

とりあえず英訳買う。

Archaeology of Knowledge (Routledge Classics)

Archaeology of Knowledge (Routledge Classics)

出版社違い。

The Archaeology of Knowledge

The Archaeology of Knowledge

[][][] 分散:dispersion 18:35  分散:dispersionを含むブックマーク  分散:dispersionのブックマークコメント

といわれたら、コロイドをイメージすればよいようです。

http://www.sanseido.net

クラウン仏和

dispersion

  • 〈女〉
    • [1] 散らばる〔散らす〕こと.〜du peuple juif ユダヤ民族の四散.
    • [2] 気が散ること, 注意散慢.
    • [3] 〜de la lumire 光の分散.

グランドコンサイス

dispersion

━━ n.

  • 散乱, ばらつき, 散布;
  • 物理】(光・電磁波の)分散, 消散, 伝播(ぱ);
  • エコロジー】分散;
  • 化学】=disperse system;
  • 【軍事】(弾丸・爆弾の)弾着のばらつきパターン;
  • (the D-) ユダヤ人の離散 (Diaspora);
  • 【統計】ばらつき.
    • dispérsion fòrces  【物理・化学】分散力.
    • dispérsion mèdium  【化学】分散媒.

「【エコロジー】分散」ってなんだ???


グランドコンサイス和英

ぶんさん 分散 

  • 【統計・広告】 variance ;
  • 【生物】(個体の) dispersal ;
  • 【物理】(光・電磁波の) dispersion 


  • 分散系 【化学】 a disperse system
  • 分散コロイド 【化学】 a dispersion colloid
  • 分散剤 【化学】 dispersant ; a dispersingagent
  • 分散染料 【化学】 a disperse dye
  • 分散能 【光学】 dispersive power
  • 分散の尺度 【統計】 measure of dispersion


スペースアルク

Kramers-Heisenberg's Dispersion equation クラマース・ハイゼンベルグの分散式

うおぉっ 懐かしいw。


便利そうなものがヒット:

☆散布 度:サン プ ド (dispersion) 第3-1型

散の音はサン、訓は‘ちる、ちらす、ちらかす(to scatter)’、‘ちらかる(to lie scattered)’である。布の音はフ(ここでは音便でプとなる)、訓は‘ぬの(cloth)’であるが、ここでは‘ひろげる(to extend, to scatter)’の意味で、散布は‘to scatter’を意味する第5-2型造語である。散布度は‘degree of scattering’をいう字義である。学術用語集ではこの語は採録せず、‘dispersion’の訳語としては‘ちらばり’をあげている。‘ちらばり’は直訳すれば‘scattering’である

トップページはここ:http://hosoi05.is.noda.sut.ac.jp/~hosoi/kanzi/html/Mokuji.htm

[][][] 配分:répartition 18:35  配分:répartitionを含むブックマーク  配分:répartitionのブックマークコメント

コメント欄にてご教示いただきました。ありがとうございます。

とりあえずクラウン仏和http://www.sanseido.net

répartition〈女〉

  • [1] 分割, 配分.〜 des bénéfices 利益の分配.
  • [2] 割りふり, 割り当て; 分担.〜 de l'impôt 税金の割り当て.
  • [3] 分布; 分類.〜 géographique des animaux 動物地理上の分布.

グランドコンサイス英和

re・partition 

━━ n. 分割, 分配; 再分割, 再分配.

━━ vt. 分割[分配]する; 再分割[再分配]する.

[][][] 識者の教示を乞う2:the formal rules that govern it 18:35  識者の教示を乞う2:the formal rules that govern itを含むブックマーク  識者の教示を乞う2:the formal rules that govern itのブックマークコメント

識者じゃなくてもかまいません。

# hidex7777 『英訳<「知savoir」が”knowledge(savoir)”、「(科学的)知識connaissance」が”knowledge(connaissance)”ですね(笑)。

ちなみに「序論」p.27-8の「認識の歴史」の部分に英訳(the history of knowledge (connaissances))だと訳者注が付いていて、フーコーによるコメント引用されています。ご参考↓

By connaissance I mean the relation of the subject to the object and the formal rules that govern it. Savoir refers to the conditions that are necessary in a particular period for this or that type of object to be given to connaissance and for this or that enunciation to be formulated.

ご教示スペシャルどうも。

これはどこからの引用なのかしら。

一文目の「the formal rules that govern it」の it は、何を指すんですかね。(subject なのか object なのか。「客体および客体を支配する法則(についての知識)」=〜「ふつうの科学の教科書に載っているような知識内容」ってことですか。)


【追記】20041102 17:30:16

it は the relation ではないか、という説が。(コメント欄参照。)


【追記】

考えてみました@お仕事中。

「formal」という言葉の意味がわからないので、どっちにしてもわからん、というのが暫定的結論ですが。


By connaissance I mean the relation of the subject to the object and the formal rules that govern it.

it = object と解すると:

  • I mean the relation of
    • <the subject> to <the object and the rules>
  • 「connaissance」という言葉で謂っているのは、
    • 主観と<対象>との関係のこと、そして
    • 主観と<対象を支配する形式的法則>との関係のこと、である。

この↑文章の意味は私にはわかりません*w。

* 「<モノを支配する形式的な法則>というのは、たとえば、熱力学の第2法則とか慣性の法則とかメンデルの優劣の法則とかのことですよ」とかと誰かにいわれたら、うっかり「そうですか」と頷いてしまうかもしれませんけど。(なにが「フォーマル」なのか。)
あと、「この文章は要するに、“ここでいう(科学的)知識というのは、モノと法則についての知識のことです”という意味なんだよ。」とかと誰かにいわれたら、うっかり「そうですか」と頷いてしまうかもしれませんが。


it = the relation だと:

  • I mean
    • <the relation (of the subject to the object)> and <the formal rules>
  • 「connaissance」という言葉で謂っているのは、
    • <主体と客体との関係>のこと、そして
    • <主体と客体との関係を支配する formal rules**>のこと、である。

ですか。ていうか「主体と客体との関係を支配するフォーマルルール」てなに...。


いずれにしてもわからんですなぁ。

** 「公式のルール」とかいわないですよね...♥


ともかくも。

どっちみち「savoir と connaissance」の違いは、英訳では(単語の違いでは)表現されてない、というまとめでいいですか?

[][][][] 涜書:フーコー『知の考古学』 18:35  涜書:フーコー『知の考古学』を含むブックマーク  涜書:フーコー『知の考古学』のブックマークコメント

俺がものすごい勢いでフーコーを再読するスレasin:4309706118

昼食。

  • II 言説の規則性
    • 1 言説の統一性
    • 2 言説の形成と編成
    • 3 対象の形成と編成
    • 4 言表の諸態様の形成と編成
    • 5 概念の形成と編成
    • 6 戦術の形成と編成
    • 7 注意事項と帰結

*1:それがなんであるかはともかくとしてw。

june_tjune_t 2004/11/02 10:54 識者ではありませんが、「分散」はdispersion、「配分」はrepartition(eはアクサン憑き)だと思います。たしかにこのへん(pp.59〜60)は訳が変で、今見たら以前読んだ時に訳文を訂正したらしき抹消線がついていました。

contractiocontractio 2004/11/02 10:59 あ、速攻レスポンスどうもありがとうございます。
訳は、修飾関係・指示関係がきわめて曖昧で、文の解釈が困難な状況ですw。

hidex7777hidex7777 2004/11/02 11:47 引用元書いてないっす。フーコーからの直接の指示?ちなみにPANTHEON版です(訳者違うのかちら)。

contractiocontractio 2004/11/02 11:56 Routledgeのには「2nd 版 (2002/05/09)」て書いてあるけど、なんか違うのかな???

june_tjune_t 2004/11/02 17:15 >By connaissance I mean the relation of the subject to the object and the formal rules that govern it.
 ここだけ見ると「it=the relation」で、「connaissanceってぇ、何かってゆーとぉ、主体と対象(客体)の関係、それからぁ、その関係を支配する形式的諸法則、のことだぴょん」的に訳せそうな気がしますが。意味通じそうですか?

contractiocontractio 2004/11/02 17:44 おぉ。relation ですか。なるほど。
この箇所だけみててもちょっと決め手にかける感じで困っちゃいますが.....、もう少し考えて見ます。

hidex7777hidex7777 2004/11/03 02:15 昨日のコメントは、英訳では<knowledge(savoir)/knowledge(connaissance)>という区別がしてある、という意味です(為念)。邦訳より親切。すごく。と思いまひた。

june_tjune_t 2004/11/03 02:51 遅くまでおつとめごくろうさまです。気になったので調べてみますた。
 connaissanceとsavoirの対比は、IVの6のb)で出てきます。「意識−知識(connaissance)−科学という枢軸」と「言説=実践−知(savoir)−科学という枢軸」という対比(p.277)。
 知の定義っぽいことも同じページに出てきます。でも訳文読んでもよくわかりませんw。でもどうもこのへんが急所っぽいですね。そこで前のページを見ると「形式」という語が出ています。また、connaissanceが「認識」っぽく訳されてます。(preconnaissanceという語の訳として「事前認識」という語が与えられている。preのeはアクサン憑き。ちなみにp.276も訳がよくわかりません。誤植もあり。「これあれ」ってなに。)
 このあたりから考えてみると、formalという言葉が示しているのは、科学に必要な形式性のことではないかと思います。関係というのは、主体つまり科学者とかそういう人が、客体(対象)に対して取る態度というか、どうも主観性がこのとき問題になるっぽいので、ものの見方・とらえかたというようなことではないかと。つまり、なにがしかがかくあるのは神の所業とかそういうふうにとらえないという態度みたいなものでしょうか。で、その態度というものには、ある種の形式性が貫徹している。つまり、誰かが同じ手続きに従って同じことすれば同じ結果になるじゃん、ってことですよね。そういう態度を取ってみなさん対象を見つめましょう、というのが「認識」というものだと。
 他方、知savoirということには、ここでいう認識connaissanceだけじゃなくて、ある特定の時代に、どんな対象を認識というものに与えてやればいいのかとか、その時どういう言表行為enunciation(=enonciation)が公式のものと定められるのかってことも含まれるよ、と言いたいのでは。
 どうでしょう。これでよろしければ、なんとなく少しかしこくなった気分です(気のせいかも)。

contractiocontractio 2004/11/03 02:57 どっちもknowledgeじゃん>hidex氏
ども。再読してみます。が、上記英文に即して formal が理解できるかというと....>june_tさん

hidex7777hidex7777 2004/11/03 03:10 どっちもknowledge<そですが。邦訳だとsavoirを「知」と訳すのは(たぶん)一貫してますが、connaissanceはいろんな語に訳し分けられていて、区別してますよというマークがつけられてないので、原語併記の英訳のほうが親切かな、と思いマスタ。』

contractiocontractio 2004/11/03 03:33 訳語に違いはないというまとめでいいですか。

H(入院直前but職業病)H(入院直前but職業病) 2004/11/04 15:02 <By connaissance I mean the relation of the subject to the object and the formal rules that govern it.>ここの部分だけ英訳から試訳するとやはり「認識」でしょうか。「認識の語はここでは、主体が対象に対して有する関係とその関係を統べる形式的諸規則のことを意味している」。表に出ではならないので、これくらいで失礼します。ちなみに「知と情報」という若書きの拙論では、知savoirが単数で通常使われるのに、知識の意味でのconnaissancesが複数扱いされることに触れていたような気がします、とまた宣伝です。(笑)

HH 2004/11/04 15:12 探していたら、すでにjune tさんがコメントされていました。repartitionですね。言説編成のレジュメ部分で、<elle(ディスクール分析) etudierait des formes de repartition.>とあります。また第一の仮説の部分で、<les enonces [...] dispersees>とまず出て来ますが、日本語にすると「分布」くらいでしょうか。散らばって、分散してあるというのが、「既存の諸ジャンル」(書物の一巻、カルテの一枚あるいは集合など)から見た場合のエノンセのことで、これを「訓練」−「生政治」ー「社会主義」(たとえば)などの言説編成の「規則」から見たときに、やはり(まとまったディスクールの)規則があるので、単なる分散ではなくて分布というのが、わたしが読んだときの読み方でした。

contractiocontractio 2004/11/08 05:04 コメントありがとうございました。>原さん
「主体が対象に対して有する関係とその関係を統べる形式的諸規則」
と訳すのだとすると、「it は the relationを指す」 と考えているのでは? ( つまり june_tさんに同じ。)

2004-11-01

[][][][] 涜書:フーコー『知の考古学』 22:28  涜書:フーコー『知の考古学』を含むブックマーク  涜書:フーコー『知の考古学』のブックマークコメント

フーコーをすごい(ゆっくりとした)勢いで再読するスレ

    • Acheologie du savoir, 1969
  • III 言表と集蔵体
    • 1 言表を定義づける
    • 2 言表の機能
    • 3 言表の記述
    • 4 希薄性、外在性、累合
    • 5 歴史的<先験性>と集蔵体
  • IV 考古学的記述
    • 1 考古学と諸観念の歴史
    • 2 原のものと規則的なもの
    • 3 さまざまな矛盾
    • 4 比較に基づく事実
    • 5 変化と変換
    • 6 科学と知


ここでのフーコーの準拠問題が──(特殊)システム論に謂う──システム・リファレンス問題であることにひとたび気づいてみると、急激に視界が開けてきたきたきたキタ━━━━━━(°∀°)━━━━━━!、という感じでさくさくずんずんものすごい勢いで読めてしまう。<コミュニケーション/システム>の構成関係と<言表/言説>の編成関係と(に着目した限りで)の相同性は、『考古学』のほとんど最初から最後まで、非常に強い形で確認でき、予想どおりの箇所に予想通りの概念パーツが登場するので それはそれで一種の快感というかそんなこといってもしょうがないが。

たとえば、ルーマンが<person/心的システム>の区別を置く場所には、「言表系列の<内側の主体/外側の主体>」という区別が置かれ*、ルーマンが「構造的カップリング」を置く場所には、「ひとつの<おなじ対象>に関連するが相互に区別**される複数の言説領域」が置かれている。

* あろうことか『言説表現の秩序』の訳者は、この箇所について、「フーコーにおける<語る主体>の回復は注目されるところだ」(p.115)などと書き付けている。もうね ■■かと。「語る主体は言説の──(特殊)システム論に謂うところの──環境にゐる」って謂ってるだけでしょうに。
** 「システム・リファレンスの区別」と翻訳されうる。

だが、それと同時に残念な事にも気づく。

ルーマンが劣悪な著述家である事については衆目の一致するところであり、いまさら語るべき言葉もないが*1、私はといえば、フーコーについていえば「ルーマンよりはまし」だと思っていた。なんとなく。 だけどどうやら、あまりそうともいえないようだ。一方のルーマンは「システムは〜〜であり、コミュニケーションは〜〜である」と(肯定的かつシンプルに)断定口調でがんがん突き進んでいく(のが読んでいてムカつく)わけだが、他方のフーコーはといえば、「言説は〜〜でなく、〜〜〜でなく、また〜〜でなく、〜〜であり、言表は〜〜でなく、〜〜でなく、〜〜である。私は〜〜をやろうとしたわけではなかった。」と否定(=卓越化と言い訳)を大量に混ぜこみながら進んでいくというだけで、その否定が規定に役立っているかというと必ずしもそうは見えないことのほうが多く、それってつまりは話のはこびが冗長になってるだけじゃんよ、ということなのだった。

べつにルーマンよりも丁寧に議論をしてくれてる、ってわけじゃない。
ただその卓越化戦略のおかげでフーコーは、ルーマンが受けたような類いの誤解を受ける事は少なかったかも知れない。よかったね。ていうかよかったのかそれは。(そのかわりに、別の誤解をされただけじゃねの?) まぁどっちもどっち、ということで。

さらにいえば「〜〜ではなく、〜〜ではなく」と語るフーコーは、一方では、同時代の「しがらみ」から己を切り離そうともがいており、他方では、自らが語ろうとしていることを表現する適切な言葉を見つけられずにもがいているわけだが、その両方の理由から、しばしば言わなくてもいい過剰な事を言ってしまい、また言うべき事を不適切な術語で表現してしまっていることにも気づく。

たとえば、「作者の死」とか「匿名性の空間」などと表現する必要のないところで──おそらくは同時代の諸意匠に対抗するつもりで──、そう述べてしまうことによって、抱え込む必要のない余計な負担を抱え込んでしまう。

と同時に/そのあげくのはてに、上記のような「フーコーとて主体の問題を無視しているわけではなく、云々」といった勘違いな擁護(?)を呼び込んでしまう。
単に「意識 じゃなくて person について語っているのだ」っていえばいいでしょ、と本に向かってツッコむ私♪ ──実際。「作者」について、また「名前をもつということ」について、言説の編成に即して語りうる以上、事態を「死」とか「匿名」とかいった言葉で表現するのはまったく不適切(であり過剰)だろう。
「死」だの「匿名」だのをありがたがるひとは、単に、ポレミカルであることをありがたがっているだけでは♪

あるいはまた、言説領域を規定するのに、「規則性*」や「分散」*2といったこれまた不適切な──ものだと私には思われる──術語で表現してしまう。さらにはそれを「外在性**」などという言葉で表現してしまう。などなど。内側とか外側とか言うな。


* たとえば「規則性」という言葉は、「不規則性に対立するものではない」(p.129)と言われているところからわかるように、それ自体としてはほとんど没概念でしかない。その言葉が言いかえられている箇所をみると、そのことはさらに明白になる。
  • 「規則性は‥‥[言表の]出現の実際的な領野の特殊性を規定する」(p.219)
  • 「一つの言表の規則性を他の言表の不規則性と対立させるべきではなく、他の諸言表を特徴づける他の規則性と対立させるべき」(p.220)
一方で、これは、「ある言表を、その言表が属する言説と切り離さずに捉えた上で、他の言表──を、やはりその言表が属する言説と切り離さずに──比較せよ」という以上のことをいっていない(/いえていない)のだから、「規則」という言葉は言表と言説の構成関係以上のことを指しておらず、他方で、その構成的関係を「規則」という言葉で表現する事は、言表が特定のルールに基づいて産出されるかのような表象に読者を誘う限りで、非常にまずいはずである。
そしてさらに/ついでにいえば、もしも「法則」や「規則」という言葉を、通常の見方に従って捉えることを拒絶するなら(フーコーはそうしているようにみえるが)、そのその場合には単に、「規則に従う事」や「規則に基づいて産出されたもの-と-当の規則-との-関係」についての問いが新たに生じてしまうだけであり、しかもこの問いを吟味することは、結局、言表と言説の構成関係(フーコー自身の表現をつかえば「言説のフォーメーション」)についての吟味と異なるものにはなり得ない。
さらに言いかえると。この事態を「規則性」と述べてしまう事によって、フーコーはここで立ち止まってしまってしまっているようにみえる。その「規則」こそ、「言説の領域」の規定に際して吟味されるべきものであるはずなのに。
** フーコーが「言説の外在性」と言い得るのは、
  • なにしろ「主観性」といえばそれは「内側」であるに決まっているわけだが
という強力(でそれ自身恣意的)な前提に基づいたうえで
  • 言説は「主観性」とは別の側である
という仕方で区別を介した指示を行う限りにおいて、である。しかし「内側」という概念に「主観性」という含意が書き込まれているわけではないのだから、少なくとも、そういう前提をとっていない読者(私を含め)はここで多少なりともまごつくことになる(、というのはもっともなことである)。フーコーが採っている負荷のかかった前提を避けて、<ある区別の──他方ではなく──指し示しているほうの一方を「内側」と呼べ>という方針に従うなら、(この著作がもっぱら言説のほうを問題にしている限りにおいて)当然<言説/主観性>という区別においては前者のほうが「内」になる──そして主観性のほうが「外」になる。(アタリマエですが.....)
ちなみにルーマニ屋のひとやエスノのひとは、実際、そのような仕方で「内的」とか「内側」とか「内在」とかいう言葉を使っている。
結局、区別のどちらのほうを指し示しているのかを明示できないラベルなら、そんなものは役に立たないだけでなく、混乱のもとになるだけなのである。なので内側とか外側とか言うのはヤメれ、と。
しばしばみられる事がここでも生じているだけなのだが、<内/外>の区別は、少し話が込み入ってくるといつもたいてい(↑こんなふうに)ほとんど役に立たないのだから、やめたほうがいいと思うわけです。「外の思考」とかいうのもヤメれ。ついでに、ルーマニ屋もエスノのひともヤメれ、と。意味ないし。
それに、ひとたび誰かが「俺は内側だ」とか「外側だ」とか謂うと、すぐに続けて「俺のほうがもっと内側だもんね***」(あるいはもっと外側だもんね」)とかいいだす香具師が出てくるだけなのだった。脊髄反射なひとに餌を与えないでください。おまえは単に「背後取りゲーム」*3をやりたいだけちゃうんかと。というか、そのテの「背後取りゲーム」が始まったとたん、当初の準拠問題──システムリファレンス(とか記述のレリヴァンス)とか──が どっかに吹っ飛んでしまい、「はたしてその記述は事柄に即して適切な記述になっているんでしょうか」というのを吟味しましょうよ、という話もどっかにいっちゃうだけなのよ。......(´・ω・`)
*** ex. ラディカル・リフレクシヴィティ(© ポルナー et al.)

といったことのすべてはさておき。

いくつかの例外を除いて、トリヴィアルな相同性が著作全体を通じて指摘できる以上、次の課題は、その例外の位置を見定める事、になる。そして、例外のうちのもっとも重要なものは、IIIの4と5(つまり「実定性」概念と「アルシーヴ」概念)。

[][] 周藤真也「精神障害と「人間」からの解放」 14:27  周藤真也「精神障害と「人間」からの解放」を含むブックマーク  周藤真也「精神障害と「人間」からの解放」のブックマークコメント

周藤論文の立ち読みページをリリース

[] お客さま 22:28  お客さまを含むブックマーク  お客さまのブックマークコメント

google:アプリオリ分析

聞いたことないねぇ。ていうか分析がアプリオリだったらまずいんじゃね?

[] 『社会芸術』が本屋に見当たりませんが? 22:28  『社会の芸術』が本屋に見当たりませんが?を含むブックマーク  『社会の芸術』が本屋に見当たりませんが?のブックマークコメント

大学生協にはならんでるのかなぁ。

isbn:4588008005

[][][][] 涜書:フーコー『知の考古学』 22:28  涜書:フーコー『知の考古学』を含むブックマーク  涜書:フーコー『知の考古学』のブックマークコメント

すごい(ゆっくりとした)勢いでフーコーを再読するスレasin:4309706118

  • III 言表と集蔵体
    • 4 希薄性、外在性、累合
    • 5 歴史的<先験性>と集蔵体
  • IV 考古学的記述
    • 1 考古学と諸観念の歴史
    • 2 原のものと規則的なもの
    • 3 さまざまな矛盾
    • 4 比較に基づく事実
    • 5 変化と変換
    • 6 科学と知

昼食。

IV の、「考古学的分析」を「象徴の分析」と「因果分析」に対置して打ち出そうとしているあたりは、この本の中で もっともこむつかしげな箇所のひとつですな。

というか、あんまり「なんかいってもらった」気がしないんだが.....どうなのか。

[][] ソシオロゴス 22:28  ソシオロゴスを含むブックマーク  ソシオロゴスのブックマークコメント

しらんうちにソシオロゴスのサイト東大下に移転していたわけだが。

んで、ホープ三谷がこんな論文を書いているわけだが。


‥‥‥送料足したらほぼ2000円かぁ。

う〜ん....。迷うところですな。


ていうかバックナンバ半額セール──依然として──(・∀・)カイサイチュ!

25冊セット 16,000円!

[] バトラー:デリダ追悼 22:28  バトラー:デリダ追悼を含むブックマーク  バトラー:デリダ追悼のブックマークコメント

[] Rubyist: ちょっと特異な特異メソッド入門 22:28  Rubyist: ちょっと特異な特異メソッド入門を含むブックマーク  Rubyist: ちょっと特異な特異メソッド入門のブックマークコメント

やっぱ複雑性の縮減だよな。

  • http://jp.rubyist.net/magazine/?0002-WCNewsPaper


ていうか、

ですから、厳密な意味ルーマン理論を適用するとしたら、プログラマというサブシステムがどのような固有コードで作動しているかを明確にした上で、自己準拠性を取りこんだ考察をする必要があると思います。

なんかむつかしくてあまりよくわからないわけだが。

プログラマというのは固有コードで作動しているのですか.....。

[][][][] 涜書:フーコー『知の考古学』 22:28  涜書:フーコー『知の考古学』を含むブックマーク  涜書:フーコー『知の考古学』のブックマークコメント

フーコーをすごい勢いで再読するスレasin:4309706118

夕食。

  • IV 考古学的記述
    • 1 考古学と諸観念の歴史
    • 2 原のものと規則的なもの
    • 3 さまざまな矛盾
    • 4 比較に基づく事実
    • 5 変化と変換
    • 6 科学と知
  • V 結論


  • 読者に
  • I 序論
  • II 言説の規則性
    • 1 言説の統一性
    • 2 言説の形成と編成
    • 3 対象の形成と編成
    • 4 言表の諸態様の形成と編成
    • 5 概念の形成と編成
    • 6 戦術の形成と編成
    • 7 注意事項と帰結

IVの6にでてくる「(科学的)知識」と「知」は、英訳ではどう訳し分けられているのでしょう。>識者

*1:嘘。

*2:「分散」については再考中。「distribution」かとおもったら「dispersion」だった。

*3:© 馬場靖雄(unpublished.)

んまぁっ、んまぁっ、 2004/11/01 22:21 「『〜〜は〜〜でなく、〜〜〜でなく、また〜〜でなく、私は〜〜をやろうとしたわけではなかった。』と否定(=卓越化と言い訳)を大量に混ぜこみながら進んでいく・・・・・」 ・・・パーソナリティに当てはめれば、どこかで見たような人です。
「その否定が規定に役立っているかというと必ずしもそうは見えないことのほうが多く、それってつまりは話のはこびが冗長になってるだけじゃんよ」。
んまぁっ、それもしかして、「© 酒井さん」ざます。ルーマンより、むしろフーコーな酒井さん、に気付きました。んまぁっ!(驚嘆)。

contractiocontractio 2004/11/01 22:38 恐縮です。

contractiocontractio 2004/11/01 22:53 (ていうかあんた誰....)

mmasumimmasumi 2004/11/01 23:41 どうも。些末なことですが、バトラーのデリダ追悼記事は、LONDON REVIEW BOOKSHOP じゃなくて、LONDON REVIEW OF BOOKS ONLINE としておいたほうがよかろうと存じます。字の大きさを変えて読まなくちゃですよね。疲れそう。

contractiocontractio 2004/11/01 23:47 ご指摘ありがとうございます。訂正しましたー。

hidex7777hidex7777 2004/11/02 00:42 英訳<「知savoir」が”knowledge(savoir)”、「(科学的)知識connaissance」が”knowledge(connaissance)”ですね(笑)。
ちなみに「序論」p.27-8の「認識の歴史」の部分に英訳(the history of knowledge (connaissances))だと訳者注が付いていて、フーコーによるコメントが引用されています。ご参考↓
”By connaissance I mean the relation of the subject to the object and the formal rules that govern it. Savoir refers to the conditions that are necessary in a particular period for this or that type of object to be given to connaissance and for this or that enunciation to be formulated.”

contractiocontractio 2004/11/02 09:35 超さんくす。(よくわからんけど。)

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