呂律 / a mode distinction Twitter

2008-08-31

[][] ルーマン『制度としての基本権』(1965)  ルーマン『制度としての基本権』(1965)を含むブックマーク  ルーマン『制度としての基本権』(1965)のブックマークコメント

というわけで改めまして。

『制度としての基本権』における「精神科学的なるもの」への批判について確認してみますよ。

うあー。原著どっか行った....

制度としての基本権

制度としての基本権


第3章「基本権の自然法的基礎づけと精神科学的基礎づけ」。

スメントの「精神科学的」基本権論への批判は、まぁわかりやすい。イデアールなもの〉と〈レアールなもの〉との「統合*──そして、〈客観化されたもの〉としての法──というビジョンは、──類型論は与えても──分化した概念は与えない(したがって、分化した現実にも対応できない)、云々。

* 後の廣松図式である。isbn:4000012398 / isbn:4000920367
ちなみにここでのルーマンの批判は、ほぼそのまんま廣松渉にも当てはまってしまうね。

それはそれとして。その批判に続けて述べられるこの↓箇所が重要である。

すなわち、こうした↑欠点を持ちながらも、適切な変更を加えれば、「精神科学的」な議論は、システム理論に接続できる*、とルーマンは考えているのである**:

* これは少なくとも、システム論の枠組みでもってスメントの議論を適切に翻訳することが可能だ(だからこそ、その欠点を指摘することもできる) と考えていた、ということは意味するだろう。
**ということは。ルーマンの研究経歴上においては「精神科学的伝統のもとから出発した上で、そこからどのように離脱できるか を考えた」という順序になっていたに違いないわけであるが。常識的に考えて。
 しかし以上すべてにもかかわらず、統合理論は 基本権の精神史的ドグマ分析の背景を確保するものとして細々と露命をつなぐ運命を受忍しなければならないようなものではない。それを所与の価値秩序に仕えるものとし、自然法の変種として退けることは不当であろう。統合とは憲法的体制を指しているのであって、意味の崇敬を指しているわけではない。

スメントは中心的な国家形成的現象をみていた。この現象は、体験の地平から情報的行為態度の地平へと移転せしめられるなら、

それを記述するだけではなく、問題解決におけるその機能を行為システムにおいて明確にすべく努めるなら

より正確に分析可能なものとなりうるのである。


 統合はコミュニケーションなくしては思考不可能というだけではない。統合とは情報的な出来事に他ならず社会的コンタクトにおける意味のコミュニケーションを通してのシステムの構成なのである。[...] コミュニケーション過程の統合的機能は次の点に存する。すなわち、その伝達意味が直接間接に行為システムを指示する という点であり、言語的あるいは非言語的な 表現行為態度 のうちに一定の行為システムの存在が含意され表出される結果、コミュニケーションの交換において、どの程度自覚されているかはともかくとして、前提されているものの理解が──システムの構成が──同時に行われるという点である。

 このような概念的基礎の上では、[スメントの謂う]統合過程は、コミュニケーションの一般化として捉えられる。政治的空間における行為態度の 表現的・意味媒介的・情報的アスペクトは、自律的な政治システムの文化的形成によって 同時に「一般化」され、それゆえ [...] 特殊的で感情的な集団的拘束から解放され、システムとしての政治システムへと関わることになる。 [p.71-72]

「表現-行為」!  ──→〈体験/表現/理解〉!

〈体験/行為/帰属〉←──→〈情報/伝達/理解〉!

[] 20080914 ベルクソン哲学研究会  20080914 ベルクソン哲学研究会を含むブックマーク  20080914 ベルクソン哲学研究会のブックマークコメント

プログラムが出ましたよ。

第24回ベルクソン哲学研究会

プログラム

  • 13:30〜14:30 五十嵐雄二郎氏(慶応大学)「本当にありがたいものについて―ベルクソンも知るところ―」
  • 14:50〜15:50 伊東俊彦氏(東京大学)「神秘家の経験は何を証明するのか」(仮)
  • 16:10〜17:10 林 貴啓氏(立命館大学)「ベルクソンの言語哲学」
http://socinfo.g.hatena.ne.jp/keyword/2008-09-14

[] 主張するつもりで  主張するつもりでを含むブックマーク  主張するつもりでのブックマークコメント

──あるいは、主張したいことがあるのに、それを述べるかわりに──質問するヤツっているよな。

こまったもんです。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/contractio/20080831

2008-08-30

[][] 三宅雄彦「公法理論と価値秩序(2)」 02:17  三宅雄彦「公法理論と価値秩序(2)」を含むブックマーク  三宅雄彦「公法理論と価値秩序(2)」のブックマークコメント

承前:http://d.hatena.ne.jp/contractio/20080828/p4

  • 三宅雄彦(2002)「公法理論と価値秩序: 価値哲学と精神科学における法の現実化 (2) 」 in『早稲田法学』(早稲田法学会)77-3, p.99-124

これは面白かった。あとでまた読む。

スメントってウルトラベタな、文字通りの「精神科学」を追求してたのね。勉強になった(&驚いた..... 信じられん)。

  • 三 公法学における価値理論
    • 2 ハルトマン価値倫理学
      • 非合理主義と価値専制
      • 被客観化精神としての法(被客観化精神の基本構造/被客観化精神の中の理念/被客観化精神としての法)
      • 価値秩序の人格的現実化(自体的存在者としての理念/価値感情による価値認識/人間による価値の実在化)
      • 小活
    • 3 公法学の中の価値秩序
      • 価値現実としての法現実
      • 二種類の精神科学的方法
      • 価値秩序論争の収斂地点
      • 小活
    • 4 小括
  • 四 結語
三宅雄彦(2002)「公法理論と価値秩序: 価値哲学と精神科学における法の現実化 %282%29 」

結論

[スメントへのフォルストホフの批判においては、] 国家現実の経験把握を遂行する有名な統合型理論は捨象され、価値理念の直観統握を企図する同じく著名な精神価値法則のみが俎上にのぼる。その結果、[フォルストホフの、]法則を精神の告知と見る現実志向の法統握理論からは、スメント統合理論は、理念=事実弁証法運動を破壊する、経験事実無視で価値理念一辺倒の、単なる自然法学の再興でしかない[‥‥と誤認されることになってしまったのである]。 [...] 結局のところ、スメントとフォルストホフの間に法実証主義と自然法論の典型論争を見た支配的解釈は、幻想である。[113-114]


※参照文献:

N・ハルトマン自由論の研究

N・ハルトマン自由論の研究

いちまん円♪


■ヘルムート・コーイング(1912-2000)にはけっこう翻訳がある。

古書が安いなぁ。どっかの大学で教科書指定されてたんでしょうねw

関係は、

ルーマン制度としての基本権』は 1965年


ほかにこんなPDFが。これもあとで読むことにしよう。

  • 「政治的体験の概念と精神科学的方法」
  • 「公法学・行政学・精神科学」


真理と方法 1―哲学的解釈学の要綱 (叢書・ウニベルシタス)』がみつからん。かわりに『オントロギー(事実性の解釈学) (ハイデッガー全集)』読んだ。

論理学研究 3』もみつからん。困った。

[] 涜書:ザハヴィ『フッサール現象学』/ブライケンローマ共和制 涜書:ザハヴィ『フッサールの現象学』/ブライケン『ローマの共和制』を含むブックマーク  涜書:ザハヴィ『フッサールの現象学』/ブライケン『ローマの共和制』のブックマークコメント

『論研』みつからず。ザハヴィ再訪。

フッサールの現象学

フッサールの現象学

これいいですよ。


ローマの共和政

ローマの共和政

勉強になった。

shinichiroinabashinichiroinaba 2008/08/30 09:14 誰か訳して>>スメント主著

contractiocontractio 2008/08/31 00:25 ねぇ...(いまだれがスメントを読むのか、という気もしますが)

2008-08-29

[][][] キング&ソーンヒル『ルーマン法政論』  キング&ソーンヒル『ルーマンの法政論』を含むブックマーク  キング&ソーンヒル『ルーマンの法政論』のブックマークコメント

Niklas Luhmann's Theory of Politics and Law

Niklas Luhmann's Theory of Politics and Law

「6章 結論」読んだ。

2章から〜5章が「概説」、6章が「ルーマン理論に関するよくある批判」の検討

よくある批判リスト [p.204]:

More informed critiques of Luhmann usually refer to the following themes or varitions upon them:

  1. his theory's excessively eclectic nature in the sources from which it is drawn and its tendency, therefore, towards incoherence and inconsistency
  2. his failure to demonstrate empirically that his theory contributes to the sociological analysis of the contemporary institutions of politics and law
  3. his failure to build into his theory any recognition of local or historical variations which may significantly affect and condition the operation of legal and political systems
  4. his reluctance to engage in debates ober current political or legal issues
  5. his refusal to see law and politics as instruments for progress in society
  6. his failure to account for human agency in directing change through law and politics, or in using law and politics to resist change
  7. the failure of his theoretical ideas to offer anything more than a new brand of conservatism
  8. his rejection of rationality as a universal arbiter of validity, value and legitimacy.

キング&ソーンヒルの解答(大意)

1 出自の異なる概念を折衷的に使っておるのがけしからん

どうでもいい話。略。


2 経験的研究へのインプリケーションが不明なのがけしからん

ポパーがどうの、とか。面白くないので略。

「システム論と経験的研究との関係」について、この応答論文で云々してるらしい:http://pos.sagepub.com/content/vol16/issue1/ 一本2000円....

  • Niklas Luhmann 'The Theory of Social Systems and its Epistemology: Reply to Danilo Zolo's Critical Comments'Philosophy of the Social Sciences, 1986 16:112-131
    • 批判論文:Danilo Zolo 'Function, Meaning, Complexity: The Epistemological Premisses of Niklas Luhmann's 'Sociological Enlightenment' Philosophy of the Social Sciences 1986 16: 115-127
あと、こんな論文があるそうだ。読むの怖いな:http://sls.sagepub.com/cgi/content/refs/7/4/451
  • Paterson, J. and Teubner, G. (1998) 'Changing Maps: Empirical Legal Autopoiesis', Social and Legal Studies, Vol.7 (4), 451-468.

著者のひと:http://law.aberdeen.ac.uk/staffmember.php?ID=46

この本に再掲されているようだ。1万6千円.....:

トイプナーのところで公開されていた....。(http://publikationen.ub.uni-frankfurt.de/ から検索)


3 ローカルな「政治文化」とか「法文化」といったものに対する配慮が無いのがけしからん

「相互作用」や「組織」の水準では配慮している。(大意)

えっーーーー!?


4 同時代の法的・政治的イシューをめぐる議論に参加しないのがけしからん

The observer of systems' operations has to adopt an attitude of total indifference on the question of whether these operations produce morally good or morally bad results, or whether they result is progress or regression.[p.212]

えっーーーーーーーーーーーーーー!?


5 法や政治を 革新(あるいは保守)のための道具 だと みなさないのがけしからん

ルーマンは、法や政治を、〈社会的活動の中心〉とか〈社会における出来事の prime cause〉だとか考えたがる奴に反対してるだけですよ(大意)

[p.213-214]

6 法や政治をとおして社会を変革しようとする(あるいは変化に抗するために法や政治を用いる)人間の働きを説明することに失敗しておるのがけしからん

ちょwww ボブ・ジェソップ インタビュ〜〜

Finally, from Chilean biology, if not directly, at least by way of Niklas Luhmann (a German sociologist), Gunther Teubner (a German legal theorist), and Helmut Willke (a German political scientist), I took the notion of 'autopoiesis'. Transposed (some would say illegitimately) from cell biology to sociology, the autopoieticist approach suggests that all (major) societal sub-systems (such as law, politics, the economy, and science) can be studied as self-referential, self-reproducing, and self-regulating. In brief, these systems discursively constitute their own boundaries, re-create themselves the conditions for their internal operations, and develop in terms of their own modus operandi rather than being subordinate to some external (functional or input-output) logic. This was especially helpful for thinking through the old problem of the state's 'relative autonomy' vis-à-vis the market economy. For it suggests this problem can be addressed in terms of the path-dependent 'structural coupling' between two operationally autonomous but ecologically interdependent subsystems. There were several other lessons that I derived from theories of autopoiesis but the link to relative autonomy was the most important initially.

It has also been claimed that Marx's ability to produce a creative synthesis from German philosophy, French politics, and English economics involved more than his capacity to develop boils on the backside by sitting for hours in the British Museum Library.

えっーーー!

7 要するに新たなる保守主義。それがけしからん

どうでもいい話なので略。


8 妥当性・価値・正当性の最終的裁定者としての合理性を拒絶しておるのがけしからん

 

[] 信原『考える脳・考えない脳──心と知識の哲学』  信原『考える脳・考えない脳──心と知識の哲学』を含むブックマーク  信原『考える脳・考えない脳──心と知識の哲学』のブックマークコメント

昼食。

頭がわるくなってきた感じがしてしかたがないので積んであった別の本を読む。

考える脳・考えない脳―心と知識の哲学 (講談社現代新書)

考える脳・考えない脳―心と知識の哲学 (講談社現代新書)

評価の難しい本ですなこれは...。

[] 出版ミーティング  出版ミーティングを含むブックマーク  出版ミーティングのブックマークコメント

新宿

時間喋ってたのに、予定議事の 1/3 くらいしか話してないような。

2008-08-28

[] エスノメソドロジー会話分析研究会秋の大会(20080904)  エスノメソドロジー・会話分析研究会秋の大会(20080904)を含むブックマーク  エスノメソドロジー・会話分析研究会秋の大会(20080904)のブックマークコメント

プログラムや報告要旨を掲載しましたよ。

http://emca.jp/

http://emca.jp/history/2008.php

[][] 三宅雄彦「公法理論と価値秩序(1)」  三宅雄彦「公法理論と価値秩序(1)」を含むブックマーク  三宅雄彦「公法理論と価値秩序(1)」のブックマークコメント

夕食。二本あるうちの前半。

  • 三宅雄彦(2002)「公法理論と価値秩序(1) : 価値哲学と精神科学における法の現実化」 in『早稲田法学』(早稲田法学会)77-2, p.229-259
  • 一 序 言
  • 二 価値秩序をめぐる対立?
    • 1 スメントの価値秩序論
      いわゆる精神科学的方法/スメント憲法学説の概要/価値体系としての基本権/小括
    • 2 フォルストホフの批判
      戦後革新自然法理論/連邦憲法裁判所判例理論/背後にあるスメント理論/小括
    • 3 価値秩序論の錯綜状況
      価値秩序論争の一般理解/自然法学と法実証主義?/価値倫理学相対主義?/小括
    • 4 小 括
  • 三 公法学における価値理論
    • 1 フォルストホフ価値論
      歴史的世界の中の法現実/法概念の四っの解釈方法/価値理念弁証法的実現/小括
    • 2 ハルトマン価値倫理学
    • 3 公法学の中の価値秩序
    • 4 小 括
  • 四 結語
三宅雄彦(2002)「公法理論と価値秩序%281%29

「フォルストホフ価値論」まで。

さいきん、ネットで閲覧できる論文が増えてありがたい限りです。


(2) はこちら:http://d.hatena.ne.jp/contractio/20080830

[][][] キング&ソーンヒル『ルーマン法政論』  キング&ソーンヒル『ルーマンの法政論』を含むブックマーク  キング&ソーンヒル『ルーマンの法政論』のブックマークコメント

うっかり買ってしまった。

Niklas Luhmann's Theory of Politics and Law

Niklas Luhmann's Theory of Politics and Law

Niklas Luhmann's Theory of Politics and Law

  1. Luhmann's Social Theory
  2. Society's Legal System
  3. The Political System
  4. The Subject of Liberalism
  5. Risk and The Environment
  6. Conclusion: Luhmann and his Critics

1章読んだ。

Luhmann's Social Theory
  • Introduction
  • What is society?
  • The function subsystems of modern society
    • What makes a system 'functional'?
    • Luhmann's functional analysis
  • Communications
    • What is communication?
    • The Concept of form
    • Communcations as the unit of analysis for systems theory and autopoiesis
    • The problem of communications
    • The relationship between systems and communications
    • Social communication and interaction
    • Society's reduction of complexity
  • System operations
    • First- and second-oder observation
    • Paradox
    • Tautology
    • Deparadoxification and detautologization
    • Coding and programming
    • The binary nature of codes
    • Closure
    • How systems manage time
    • The relationship betoween subsystems
    • Contingency
    • Structuralcoupling
  • Conclusion: functionalism and conservatism?

ニクラス・ルーマンの理論はなぜ難しいのでしょう? それは複雑で反人間主義的だから♪」って。

うわー失敗した。結論から読めばよかったよ(´・ω・`)

[] アジア社会学は可能か  アジア社会学は可能かを含むブックマーク  アジア社会学は可能かのブックマークコメント

質問の意味がわからん↑


社会学部創立50周年記念国際シンポジュウム
「アジア社会学は可能か―アジアにおける社会学の現状と展望―」

立教大学社会学部は、2008年に創立50周年を迎えます。これを記念して、10月22日(水)から25日(土)の予定で、『アジア社会学は可能か――アジアにおける社会学の現状と展望―』と題するシンポジュウムを開催します。日本、アジアに加えて、北米豪州などからも第一級の学者をお招きし、最新の理論と研究の到達点を確認し、その成果を内外に発信します。

http://univ.rikkyo.ac.jp/shakai/50th_symp_j.html

2008-08-27

[][] ルーマン『Liebe: Eine Übung』  ルーマン『Liebe: Eine Übung』を含むブックマーク  ルーマン『Liebe: Eine Übung』のブックマークコメント

また遺稿? もうお腹いっぱいです。

Liebe: Eine Uebung

Liebe: Eine Uebung

Individuen kann man bekanntlich daran erkennen, daß sie einen Knick in der Optik haben. Sie gewinnen allen öffentlich zugänglichen Dingen und Ereignissen einen zweiten Sinn ab, der zunächst einmal nur für sie selbst zugänglich ist. In dieser höchst persönlichen Optik mag dann etwa als Langsamkeit eines Mitmenschen erlebt werden, was dieser der Ungeduld des Erlebenden selbst zurechnen würde. Besonders konsensfähig ist diese individualisierte Art des Erlebens also nicht. Immerhin kann der Fall eintreten, daß ein anderer, statt einfach nur mit dem Kopf zu schütteln, sich in meine Weltsicht hineinversetzt und dann sogar anfängt, sie durch eigenes Handeln zu bestätigen: Statt mir Ungeduld vorzuwerfen, handelt er selbst etwas schneller. Für die anderen ist mein Erleben dann immer noch unmaßgeblich, aber für den anderen hat es offenbar die Kraft eines starken Motivs. So wird es mir leichter gemacht, der zu sein, der ich bin. In dieser Bestätigung fremden Erlebens durch eigenes Handeln sieht Niklas Luhmann die kommunikative Grundlage dessen, was wir Liebe nennen. Sein 1982 erschienener Klassiker Liebe als Passion hatte vor allem die Ideengeschichte des Themas vor Augen. Der nun edierte Aufsatz, geschrieben 1969 als Vorlage zu einem der ersten Bielefelder Seminare Luhmanns, behandelt die Liebe ohne den Apparat des Gelehrten. Er bietet eine direkte und pointierte Darstellung der bis heute einzigen soziologischen Theorie der Liebe, die wir haben.

Liebe

[][] 村上『〈法〉の歴史』  村上『〈法〉の歴史』を含むブックマーク  村上『〈法〉の歴史』のブックマークコメント

おもしろかったのでもう一度読んだ。

〈法〉の歴史

〈法〉の歴史

v「仮想現実としての近代法:4仮想現実の一面的現実化──ドイツ」から。ヴィントシャフトのパンデクテン教科書(〜パンデクテン法学)の解説、のあと。(改行とか勝手に入れてあります)

 現代のドイツの法学部学生のために書かれたブルクハルト・ヘスの「事案処理の方法」によれば、

包摂は二段階に分けて行われる。

  1. まず、もろもろの用件要素が明らかにされ、その意味が一目瞭然でないときは解釈がなされる。法条〔「契約締結上の過失」のような慣習法的規範をも含む〕の正確な意味が解明されて はじめて第二段階に進み、
  2. 事実関係が法条の諸要件を充たすかどうか〔事実関係が法条に包摂されるかどうか〕が吟味されるのである

「事案処理」にさいしてこの第一段階(大前提の確定)から出発しないレポート筆記試験合格点を貰えない。次に、ヘスが例(犬に噛まれた被害者Oが犬の保有者Hに対する損害賠償請求権をもつか、という設問)を挙げて説明する箇所を引用しよう(【】はヘスの説明)。

OのHに対する請求

民法833条1段による請求 【請求の基礎は正確に挙示しなければならない。】

一 責任を基礎づける要件

  • OがHに対し損害賠償を求めうるか否かを検討しなければならない 【これが事案の設問である】
  • 〔ドイツ〕民法833条1段が請求の基礎になるかもしれない 【設問が接続法〔第二式〕の形をとって具体的な問題になる】
    • その前提として、Oが傷害を受けたことを要する 【第一の要件要素の確認】
      • 本件では問題のシェパードがOの手を噛んだ 【包摂】
    • 傷害は「動物による」〔民法833条1段〕ことを要する 【第二の要件要素】
      • 「動物による」とは、傷害が動物に特徴的な危険によってもたらされたという意味である。動物に特徴的な危険は、とりわけ、動物の行動が予測不可能だという点にある 定義
      • 本件の事実関係によれば、シェパードは、Oが突然動いたために驚いてOを攻撃し、噛みついたものである。したがって、これは、動物の予測不可能性を端的に示す反応である 【〈動物の危険〉のもとへの包摂】
    • 損害賠償請求の相手は、動物保有者である 【第三の要件要素】
      • 動物保有者とは……。
    • 最後に、犬は、〔飼い主の危険責任が問われる〕愛玩動物であると思われる 【第四の要件要素】
      • ……。
  • 以上によれば、責任を基礎づける要件要素は存在する 【中間結論の確定】

 このように、演繹的な第一段階と帰納的な第二段階に分けて包摂過程を文章化すること、特に文章化にさいして第一段階(演繹的な部分)を省略せず、順序正しく要件要素を明確化してはそれに要件事実を包摂してゆくことが、ドイツの法律家の考える論理的・合理的な「事案処理」なのであり、この技術を教え込むことがドイツの法学教育の核心を為しているのである。いったいなぜ、ドイツの法律家は、演繹的な第一段階を含めた包摂過程の文章かにこだわるのだろうか? [...] 法的決定の多くが法律から直ちに導きだせないものであることは、ドイツでも古くからの常識である(ヴィントシャイトを見よ)。それにもかかわらずドイツの法実務、したがって法学教育が包摂過程の文章化を重視するのはなぜか? ルーマンのシステム理論に従って、問題の整理を試みよう。[p.157-159]

えっーーー!


ところで、「Oが突然動いたためにシェパードはOを噛んだ」のだから、これは「Oの予測不可能性を示す事例」ではないのですか。


これ面白そう。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/contractio/20080827

2008-08-26

[][][] 涜書:ハロルド・バーマン『法と革命 涜書:ハロルド・バーマン『法と革命』を含むブックマーク  涜書:ハロルド・バーマン『法と革命』のブックマークコメント

本日もひとさまから複写していただいた文献を読みますよm_(. _ .)_m

Law and Revolution, I: The Formation of the Western Legal Tradition

Law and Revolution, I: The Formation of the Western Legal Tradition

本日は第1部2章を。

The Origin of the Western Legal Tradition in the Papal Revolution

  1. Church and Empire: The Cluniac Reform
  2. The Dictates of Pope
  3. The Revolutionary Character of the Papal Revolution
  4. Social- Psychological Causes and Consequences of the Papal Revolution
  5. The Rise of the Modern Legal State
  6. The Rise of Modern Legal Systems

最終節、著者自身によるまとめ。

こういう本は、まとめてしまうとあまり面白そうにみえないわけですが....

[][] 村上『〈法〉の歴史』  村上『〈法〉の歴史』を含むブックマーク  村上『〈法〉の歴史』のブックマークコメント

ついでに 大先生の本も再読。5分でわかるローマ法史。これ勉強になるわ。

〈法〉の歴史

〈法〉の歴史

「訴権」(〜訴訟の方式・枠組)という言葉のいみがようやくちょっと分かったような気がする(^_^;

[p.101-102]

これはあとで読む

ローマの共和政

ローマの共和政




google:よしやシビルは不自由でもポリチカルさえ自由なら [p.99]

歌詞とメロディーが知りたい。

google:"よしや節" だとけっこうヒットするようだ。
節は高知の人ならしってそうだ:
明治十年代、高知自由民権運動の中で、新聞紙条例などで言論弾圧を受け、発行停止処分をうけた当時の新聞を、民権家たちが、官憲への抗議の意味をこめて「葬式」をやってやろうじゃないかということで、当時高知には200社以上も出来た自由民権結社が出来たのですが、そうした民権家たちがそれぞれの幟を立てて、高知の街中を行進した歴史的事実があります。その葬式を再現したのでした。飛び入り歓迎ということを聞きましたので、、私は急遽その列の最後尾について「はりまや橋」まで行進することにしました。途中、何箇所かで、この行列についてきていた警察官(これも偽警察官ですが)による「解散、解散」という声で、この行進は解散を命ぜられる劇中劇が仕込まれており、そのつど行進中のメンバー全員で「よしや節」を歌って気勢をあげてその解散命令を無視して行進を続行したわけです。 新聞の葬式

歌詞は google:安岡道太郎 によるものらしい。
http://www006.upp.so-net.ne.jp/tsu-bousou/houkoku/kougi-002/002-yousi.htm
歌詞発見
「よしや武士」が、どんな歌だったのか。
高知市立自由民権記念館の資料に、つぎの歌も載っています。
よしや 田植のわたしが身でも 後にさがるは好きでない
よしや この身はどうなり果ちよが 国に自由がのこるなら
よしや お前が過さぬ気でも 開けゆく世に闇はない
よしや 糸目が切れよとままよ わたしゃ自由の奴凧(やっこだこ)
よしや お前にふられたとても 天地いれない身ではない
よしや 憂目にアラビア海も わたしゃ自由を喜望峰
よしや シビルはまだ不自由でも ポリチカルさへ自由なら
よしや お前がフランス気でも 私やアジアのガンヘッタ
http://fujihara.cocolog-nifty.com/tanka/2008/06/post_3de3.html
よしや武士
よしやこの身は どうなり果よが 国に自由が 残るなら
よしやおまえの 仰せじゃとても 権利ない身に 義務はない
よしやシビルは まだ不自由でも ポリチカルさへ 自由なら
土佐立志社青年組 安岡道太郎編「よしや武士」暁鴉山人撰六十八句より http://www.rivo.mediatti.net/~amichan/dodoitunanzo3.htm

[][] お買いもの:城戸崎&波多野『NHKきょうの料理「覚えておきたい煮物1」』  お買いもの:城戸崎&波多野『NHKきょうの料理「覚えておきたい煮物1」』を含むブックマーク  お買いもの:城戸崎&波多野『NHKきょうの料理「覚えておきたい煮物1」』のブックマークコメント


助手の駄洒落は なんとかならんか。

2008-08-25

[] お買いもの:グールド『人間の測りまちがい──差別科学史 お買いもの:グールド『人間の測りまちがい──差別の科学史』を含むブックマーク  お買いもの:グールド『人間の測りまちがい──差別の科学史』のブックマークコメント

文庫化かー! 河出GJ

たいがいの図書館には置いてある*本だけど、これは買っておこう。

* で、人気もある。どこのもかなりボロボロになっていたりする(^_^;

[][][] 涜書:ハロルド・バーマン『法と革命 涜書:ハロルド・バーマン『法と革命』を含むブックマーク  涜書:ハロルド・バーマン『法と革命』のブックマークコメント

本日もひとさまから複写していただいた文献を読みますよm_(. _ .)_m

Law and Revolution, I: The Formation of the Western Legal Tradition

Law and Revolution, I: The Formation of the Western Legal Tradition

本日は第1部4章を。宮島訳とともに。

chap4: Theological Sources of the Western Legal Tradition
  1. Last Judgment and Purgatory
  2. The Sacrament of Penance
  3. The Sacrament of the Eucharist
  4. The New Theology : St.Anselm's Doctorine of Atonement
  5. The Legal Implications of the Doctrine of the Atonement
  6. Theological Sources of Western Criminal Law
  7. The Canon Law of Crimes

これ相当面白いよ。

法史/キリスト教教義学〜神学についての教養がまるでなくても読めるところがありがたい。合衆国のひとすごい。

だから大著になっちゃうんだなぁ。

邦訳出ればいいのにな。


  • 本日の一行要約(前半):
    アンセルムスは神「学」──神を(信仰によってではなく)理屈で理解できるようにすること──の基礎をあたえた(というよりむしろ「つくった」)。それが西ヨーロッパにおける法の意味を根本的に変えてしまったのだが、実はアンセルムスの神学は ローマ法をパクった(!)ものだった。

2008-08-24

[] 英訳  英訳を含むブックマーク  英訳のブックマークコメント

なんでこんなに高いかね。

ハードカバーだと二万円。ソフトカバーでも7000円。とても買えません。

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2008-08-23

[][] 『社会言語科学』「特集 相互行為における言語使用: 会話データを用いた研究」  『社会言語科学』「特集 相互行為における言語使用: 会話データを用いた研究」を含むブックマーク  『社会言語科学』「特集 相互行為における言語使用: 会話データを用いた研究」のブックマークコメント

あとで買う。

[] ロシアには行かなかったが  ロシアには行かなかったがを含むブックマーク  ロシアには行かなかったがのブックマークコメント

中国には行ってくる。

[][] ルーマン社会学の基礎概念としての意味」  ルーマン「社会学の基礎概念としての意味」を含むブックマーク  ルーマン「社会学の基礎概念としての意味」のブックマークコメント

「〈体験/行為〉図式はどこから来ましたか」問題。

承前:http://d.hatena.ne.jp/contractio/20080820#p1



「体験」と「経験」の差異は英語にはないらしい。では英訳ではどうあしらってるのかな、と思って見てみたら....。

Erleben も Erfahrung も「experience」と訳されてたよ....。ぉぃぉぃ....

「意味論文」には、「意味は体験処理の形式である」テーゼから出発して→「意味と情報」を区別した上で→それをつかって「経験(とコミュニケーション)」について論じた箇所がある。そこはさすがに両者を区別しないと訳出自体できないだろう、と思ったのだが(III4段落め:S.43)....

──そこは「experience (Erfarung)」になっていた....(英訳 p.31)


じゃぁ7節で、6節までの議論を踏まえてもういちど〈体験/行為〉図式に戻ってくるところはどうなってるのかな、と思ったら....

──そこは「experiene (Erleben) and action (Handeln)」になっていた。


あと。

これはガーダマーが『真理と方法 1 哲学的解釈学の要綱 (叢書・ウニベルシタス)』で言っていたことだと思うのだが、「Erlebnis」というのは非常に最近の──19世紀も後半になってから流布し始めた──言葉らしい。(あとで確認。) ドイツ語のニュアンスがよくわからんので困るのだが、学術用語としては この Erlebnis を使ってもよいのに、ルーマンが使っているのは Erleben なのである*。このへんの事情も気になるところ。だが、いまのところ手がかりは何もない。

ただし、「Erlebnis」を使っていないわけではない。たとえば「Einheit eines sinnhaften Zusammenhanges von Erlebnissen und Handlungen」といった表現もある[S.29]。
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2008-08-22

[][][] ニクラス・ルーマン道徳コード ニクラス・ルーマン「道徳のコード」を含むブックマーク  ニクラス・ルーマン「道徳のコード」のブックマークコメント

社会の法〈1〉 (叢書・ウニベルシタス)』第2章注70。

きょうも ひとさまに複写していただいた論文をありがたく読みますよm_(. _ .)_m


こっちでもアベラール(isbn:4582734170)を巡って バーマン(asin:0674517768)が参照されておりますな[p.1001]。

いつものことながら、参照するときにページを挙げないのは勘弁してほしいよ。

バーマン本、事項索引がないんだよなぁ(泣

まぁおそらく第1部第3章ヨーロッパの大学における西欧法学の起源)あたりなんでしょうが。

The interiorization of the moral that began in the Middle Ages is likely to have been decisive for this differentiation [of a specifically moral semantics]. Since Peter Abelard's Ethics, moral judgement has been related to the question whether the individual has inwardly concurred or not in the goodness or badness of his or her actions.19 In this process, the fundamental distinction of goodlbad was presupposed, in the first instance, as the subject matter of agreement, but was supercoded in the distinction of good/evil.

  • This led to complicated problems that the moral casuistry of confessional practice sought to solve in a quasi-juridical manner until traditional ethics exploded in the seventeenth and eighteenth centuries.
    A few of the unsolvable problems include the following:
    • the question of whether communication can be understood;
    • the incommunicability of the authenticity and sincerity of one's own intentions;
    • and the beneficent consequences of malevolent designs,20 or,
    • conversely, the maleficent consequences of benevolent intentions.21

These problems led ethics to constitute itself anew as an academic discipline concerned with laying the foundations for moral judgments.

19 See PETER ABELARD'S ETHICS (D.E. Luscombe ed. & trans., Clarendon Press 1971). This issue is raised formally in the context of a definition of the concept of sin. For God cannot be injured through damaging behavior, but only through the Dei contemptus that is manifested in concurrence with that damaging behavior (quod non canvenit). Id. at 55-67. It may be a coincidence, which nevertheless should attract our attention, that the differentiation of a specifically legal culture arose simultaneously, namely, in the late eleventh century. See HAROLD J. BERMAN, LAW AND REVOLUTION: THE FORMATION OF THE WESTERN LEGAL TRADITION (1983). Since then, the European tradition has attached great importance to the nonidentity of law and morals in a manner that is unique in the world, which ultimately derives from the fact that the legal code was in a position to differentiate a distinct functional system for law, which the moral code was not able to do.

改行とか勝手に入れてますが。

ちなみに 注の20はマンデヴィル、21はバーク。です。


■俺メモ

そのうちこっちも再読しておきましょう:

中世の政治思想 (平凡社ライブラリー)

中世の政治思想 (平凡社ライブラリー)


ちなみに Cardozo Law Review、その前年には──このときルーマンカードーゾにいたので──「ルーマン特集」が組まれております。これ誰か複写してくれないかなぁ(←また言ってる

[] 佐藤俊樹『意味とシステム──ルーマンをめぐる理論社会学的探究』  佐藤俊樹『意味とシステム──ルーマンをめぐる理論社会学的探究』を含むブックマーク  佐藤俊樹『意味とシステム──ルーマンをめぐる理論社会学的探究』のブックマークコメント

via ルーマン・フォーラム


予価安っ!

  • 『意味とシステム──ルーマンをめぐる理論社会学的探究』
  • 佐藤俊樹(東京大学准教授)著
  • 四六判/上製/328頁 予価2940円(本体2800円)
  • 9月下旬刊
  • ISBN:9784326653379 C3036]

システムはある。ただあたえられている。行為システム論からコミュニケーションシステム論へ、ルーマンの探究の先にあるものとは。

「システムがある」こと、「社会がある」こと、「コミュニケーションがある」こと。ルーマンの思考を追跡しながら、そこで何が考えられ、何が考えられなかったかを問う。ルーマン自身を等価な可能性の一つとして、読み解くことがきりひらく新たな地平。世界をシステムで覆いつくす究極のシステム論の裂け目が、いま、あらわにされる。

http://www.keisoshobo.co.jp/kinkan.htm#K65337
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2008-08-21

[][] お買いもの:いとうみき『まてまてボール』  お買いもの:いとうみき『まてまてボール』を含むブックマーク  お買いもの:いとうみき『まてまてボール』のブックマークコメント

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2008-08-20

[][][][][][] コミュニケーション-と-一般化したコード  コミュニケーション-と-一般化したコードを含むブックマーク  コミュニケーション-と-一般化したコードのブックマークコメント

〈体験/行為〉図式って、もとをたどればディルタイのもの*だと思うんだけど**、この点について論じた論文ってないのかな。

* 「生は、内側からは体験され/外からは行為としてみられる」(大意)とか。「生は 体験され/表現され/理解される」(大意)とか。
そもそも、「意味とは体験処理の形式である」というルーマンの基本テーゼからしてもう「ディルタイ的」だと評しうるものだろう。(「『論理学研究 1』を読んだあとのディルタイ」だけど。)
** 私が調べた限りでは、ルーマンは──なんと恐ろしいことに──〈体験/行為〉図式の出典をひとつも挙げていない(!)。私は、これが私の見落としであることを願っているが、もし典拠をあげている箇所をご存知の方がいたらぜひ教えていただきたい。


権力

権力

Soziologische Aufklaerung 1 - 6

Soziologische Aufklaerung 1 - 6

2巻「Einfürende Bemarkungen zu einer Theorie symbolisch generalisierter Kommunikationsmedien」

 コミュニケーション・メディアの理論に基礎をおく権力理論は、旧来の様々な権力理論と多くの点で異なっているが、その中でもおそらくいちばん重要な点は、

  • 権力という現象を コードコミュニケーション過程 の差異に基づいて把握しようとしていること、
    それゆえまた、権力を──パートナーの一方の 属性能力 に帰すわけにはいかないと考えていること

これであろう。権力は、コードによって操縦されるコミュニケーション である権力の 権力保持者への帰属 は、このコードで規制されているのであり、そのことは、遵守動機の強化、責任、制度かの可能性、変更願望の表明などに広く影響を与えている。当事者双方 が行為しているにもかかわらず、それによって生じることは、すべて権力保持者 だけに 帰属させられる。

しかしながら、対象それ自体の中で働いているこの帰属化の規制によって、科学的な分析が惑わされるようなことがあってはならない。権力の成立にとって、権力保持者は権力服従者よりも重要であるとか、権力保持者の方が権力服従者よりもなんらかの意味で〈より原因的〉であるという表現を生み出すのは、このような[帰属の]規制ではない

メディア・コードによる帰属化の規制が、それ自体でさらに科学的分析の対象になりうるのであり、わたしたちは、この規制の諸機能についてもさらに問うことが出来るのである。

だがしかし、そうするためには、まず最初に、分析用具から帰属に関する先入見をそぎおとしておかなければならない。そしてこの必要条件は、同時にまた、社会からの科学システムのより強い分化という自体とおなじ線上にあるのであり、いまのわたしたちの場合でいえば、科学と政治をいっそう明確に分化させなければならないという要請と結びついているのである。

 以下の後論でつねにわたしたちの導きの糸になるのは、一般化されたコード 選択的なコミュニケーション過程 という この区別である。[...]

『権力』(1995)邦訳 p.24-25

テーゼ: コードはコミュニケーションにおける帰属を規制する

このテーゼのもとで「コードの研究」をおこなことができるためには──当然のことながら──、「コミュニケーションにおける帰属のあり方」の詳細が分析できなければならない(それによって初めて、われわれは どのようにして-何が コード「として」働いているのか を突き止めることができるだろう)。では、ルーマンは──社会システム理論は──それをどのようにして行いうるつもりなのだろうか。

[] 小野シリーズルーマンの政治理論」[3] ルーマンにおける「権力」論の形成」  小野「シリーズ「ルーマンの政治理論」[3] ルーマンにおける「権力」論の形成」を含むブックマーク  小野「シリーズ「ルーマンの政治理論」[3] ルーマンにおける「権力」論の形成」のブックマークコメント

こっちも読んだ:


目次
  • はじめに ルーマン「権力」論における二重の視角
  • 第1章 ルーマンにおける「権力」概念の形成過程
    • 第1節 「信頼」概念から「権力」概念へ
    • 第2節 一般化されたメディアとしての「権力」概念の提示
  • 第2節 ルーマンにおける「権力」論の構図
    • 第1節 「権力の技術性」について
    • 第2節 政治システムから組織への架橋
    • 第3節 『権力』第9章の意義
  • 結章 中期ルーマンにおける「権力」論の位置

[][] キング&ソーンヒル『ルーマン法政論』  キング&ソーンヒル『ルーマンの法政論』を含むブックマーク  キング&ソーンヒル『ルーマンの法政論』のブックマークコメント

ペーパーバックが出てたのね(2006年に)。買わないけど。 4000円って微妙な値段だなー...

Niklas Luhmann's Theory of Politics and Law

Niklas Luhmann's Theory of Politics and Law

プレビューできませんが。


この二人はいっしょにこんな論文も書いてます。読んでないけど。

This article is a critical response to John Minger's recently published piece 'Can social systems be autopoietic?'. It draws attention to instances in this piece where Mingers has misconstrued Luhmann's theory―especially in the central concepts of openness and closure, system-environment relation, interaction, and functionality, but also in the interpretation of the role which Luhmann ascribes to the political system―and it attempts to give a more accurate analysis of these terms, and of their place in Luhmann's overall sociology. The article also asserts, more generally, that to criticize Luhmann from the perspective of action-centred theory, as Mingers has done, fails to reflect on and integrate Luhmann's direct challenge to perspectives of this kind. The article concludes with the argument that legitimate criticism of Luhmann should set out a more immanent account of his sociology, and should not simply have recourse to the more traditional sociological perspectives, which Luhmann has already effectively called into question.

[] 井本佳宏『日本における単線型学校体系の形成過程』  井本佳宏『日本における単線型学校体系の形成過程』を含むブックマーク  井本佳宏『日本における単線型学校体系の形成過程』のブックマークコメント

どうなのよ。

日本では久しく教育改革の必要が叫ばれ、教育基本法の改正までもが行われた。しかし教育が劇的に変わる気配は今のところ感じられない。一方で時代の流れという言葉で示される不可逆的・不可避的な変化を教育に関して感じることも少なくない。巷間言われる教育の自主性・自律性とは、人間の思惑を超えた文字通り教育そのものの自律性なのかもしれない。本書ではルーマン社会システム理論の視座から、教育システムの自律的展開の過程として我が国における学校体系の変化を読み解いてゆく。

http://www.tups.jp/book/book.php?id=182

2008-08-19

[][] 涜書:ルーマン社会的システムたち』『システム論入門』  涜書:ルーマン『社会的システムたち』『システム論入門』を含むブックマーク  涜書:ルーマン『社会的システムたち』『システム論入門』のブックマークコメント

再参入とか「想像的な空間」とか。


p.236、p.251-

p.458-、p.462上段 - 464上段。

[][] トップの交代 Fürungswechsel  トップの交代 Fürungswechselを含むブックマーク  トップの交代 Fürungswechselのブックマークコメント

読書会[→]向けエントリ時間がないんで ポインタ提示のみでご勘弁を。


「トップの交代」というのは別に術語的に用いられているわけではないでしょうが──言葉の選択自体、半ばジョークでしょうし──、それはともかくとして。

「環境を顧慮した議論なのか、それとも当のシステム自身を顧慮したものなのか」という観点から、(通常は 無関係な あるいは 対立するものとして捉えられている)歴史上の様々なる意匠を・統一的に

そして、「どっちかだけで済む訳は無いよな」という直感のもとで

比較できる というところに、「〈外部参照/自己参照〉の交代」という議論の美点があるわけです。

たとえば こんな感じ↓


1993 『社会の法〈1〉 (叢書・ウニベルシタス)
  • 邦訳 p.95- [目下議論されている箇所]
  • 8章:概念法学VI]/利益法学[V]
2002 『社会の教育システム
  • 邦訳 p.167-180 [外部参照の例: 経済 p.168-、家庭 p.170-、政治 p.173-、学 p.176-]

 学校や大学を終えた者がふさわしい仕事と相応の収入についての期待をかける相手としての〈経済〉は、[経済]それ自身の自己記述(個別的合理性や均衡指向)によっても、その作動基準(費用/便益計算)によっても、教育システム中にまるごとコピーされるものではない。したがって、経済システムについては、その断片にすぎない雇用システムだけが、教育システムにとって意味をもつ。我々の卒業生は 身につけた就業教育にふさわしい就職ができるだろうか? いつものことだが、そうなる者もいるし、ならない者もいる。

 こうした乖離と計算不能性は、長期的なキャリア計画と短期的な経済変動を考えただけでも不可避的だといってよい。そのような条件のもとでは、政治システムに仲立ちしてもらっても、共通の計画など考えようがない。その代わりに、問題は 対立方向の二つの原理──〈専門知識が役立つだろう〉/〈広い知識が役立つだろう〉──に分解され、教育システムは両者のあいだを振動することになる。[p.168-169]

この箇所では──単なる「Fürungswechsel」ではなく──「振動」という語で論じられているが、これは対象側の事情による。
  • 邦訳 p.237 [自己参照の例]

これら↑の著作では、「〈環境への準拠/自己への準拠〉の交代」が論じられていたのに対して、『社会の芸術』では、芸術が自律性を獲得するための抵抗先(と、そこへのコンタクトポイント)の「交代」が──この言葉 Fürungswechsel で──論じられている。

1995 『社会の芸術 (叢書・ウニベルシタス)

芸術の種類が多様であるということは、芸術システムの分出という進化の過程のうえで、必要な機能を担ってきたと言いうるだろう。それはちょうど、近代初期のヨーロッパ内部での国家の文化が 環節分化のかたちをとることによって、長足の進歩をもたらす実験のチャンスを生じさせたのと同様である。システム全体を一挙に転換させて、すべてを誤りの危険にさらす必要はない。成功が充分にありそうであることがわかっている領域から始めればよいのである。

  • 主権国家への移行は、ヨーロッパ全体で生じたわけではなかった。
  • 近代の経験的-数学的方法論によって、既存の知の全体において同時に革命が生じたわけではない。
  • 模倣への拘束は、ある種の芸術でなく他の種の芸術によって解体されたのである。

しかしこの類いの前衛的攻撃がなされることによっても、その時々のシステムの統一性は守られ・再生産される。それほどの指導力をもたないセクションは普及のプロセスによって包含され、自身の可能性を試してみるように促されるのである。



■追記:

ゲーレンの用いた言葉らしい。http://d.hatena.ne.jp/contractio/20081110#p2

2008-08-15

[] スペンサー=ブラウン『形式の法則』/シュルテ『ルーマン・システム理論』  スペンサー=ブラウン『形式の法則』/シュルテ『ルーマン・システム理論』を含むブックマーク  スペンサー=ブラウン『形式の法則』/シュルテ『ルーマン・システム理論』のブックマークコメント

時間無駄であった。

形式の法則

形式の法則


あとこれも。ぱらぱらする。

適応合理主義

適応合理主義

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2008-08-14

[][] 涜書:ベビーエイジ『はじめての離乳食大百科』  涜書:ベビーエイジ『はじめての離乳食大百科』を含むブックマーク  涜書:ベビーエイジ『はじめての離乳食大百科』のブックマークコメント


離乳食 Q&A
  • Q  アーンと声をかけて催促するけど口をあけません(3ヶ月)
  • A  「アーン」と言っても赤ちゃんには通じません。 [p.115]

[][][] 涜書:Harold Berman 『Law and Revolution』  涜書:Harold Berman 『Law and Revolution』を含むブックマーク  涜書:Harold Berman 『Law and Revolution』のブックマークコメント

社会の法〈1〉 (叢書・ウニベルシタス)』第2章注(38)。承前:http://d.hatena.ne.jp/contractio/20080808

Law and Revolution, I: The Formation of the Western Legal Tradition

Law and Revolution, I: The Formation of the Western Legal Tradition

全14+1章600頁超。──のうち、序論と結論読んだ。いや〜、これ勉強になるわ。

これを読むに、ローマ法と教皇革命を重視するルーマンは、おおむね バーマンのヴィジョンの枠内で議論を進めておるように見えますな。


以下、引用はおおむね前掲宮島訳に依る。

序論

[]

結論

[]

付論──マルクスウェーバーについて

冒頭。

... 本書では ふつう近代とは相容れないとされている封建時代に近代が始まるとしてきたし、封建法と荘園法は商人法・都市法・王国法と対立すると考えるのが通説だが この本では補完的な関係にあるとしてきた。西欧に特有の法制度は聖俗分離に始まるとしてきたし、西欧最初の近代的な法制度は教会法であるとしてきた。こうした主張は西欧の歴史に関わるだけでなく、歴史そのものをどう考えるかという問題にも関わってくることである。そこで最後に、西欧の法制度に対する理解を妨げていると思われる[マルクス、ウェーバー、そして人類学的な]歴史理論について論じておくことにする。

 ふつう西欧の歴史は三分法に従って、古代中世・近代と三つに区分される。西欧の歴史は西欧各国の歴史に区分され、中世は近代を準備しただけの時代だと考えられている。しかし重要なのは15-16世紀のルネサンスではなくて11-12世紀のルネサンスであり、西欧が大きな転換を経験したのは11-12世紀なのである。[p.538]

マルクスの項、略。

 以上のように理論には問題があるにしても、ウェーバーの西欧法制史に関する知識の豊富さには驚かされる。この本で扱ってきたテーマを裏付けるような指摘も多い。たとえば、

  • 11世紀末から12世紀初めの叙任権闘争が政教分離を可能にしたこと
  • 12世紀に登場してきた教会法が西欧最初の近代的な法制度であること
  • 12世紀以降に登場してきた都市が 都市民に権利を認めているのは西欧だけの特徴であること

などである。このように正しい指摘をしておきながら、ウェーバーが到達した結論は間違っている。つまり、「16世紀に中世が終わって近代が始まり、封建制資本制に変わった」とか、また──マルクスとおなじように──「近代の法制度はブルジョワジーのための法制度であって資本制社会に適したものだ」という。[p.550]

 ウェーバーは西欧の法制度が他の文化圏にはない特徴をもっている理由を 政治理論──それも、政治の本質が支配にあり、支配の本質は強制力であるとする彼の理論──で説明している。法制度に違いを生み出すのは「政治権力のあり方の違いである」と彼は考えていた。また文化圏のあいだに見られる法律専門家の役割の違いも、彼は「政治的な要因に依存するところが大きい」としている。彼のいう「政治的要因」とは「政治的権力」のことなのであるが。

 このように、ウェーバーもマルクスとおなじように伝統的な政治・経済史学に忠実であった。ただ彼はマルクスと違って、経済がではなく究極的には政治──支配と強制力──がすべてを決めると考えたのである。 [p.551-552]

このあたりを↑念頭に置きながら、ソーンヒル『現代ドイツの政治思想家―ウェーバーからルーマンまで』の主張について考えてみると面白いですな。

この本でルーマンは「社会の本質を政治に見ない」──「政治」に社会における中心的な位置を与えていない──という理由で「例外扱い」されていたわけですが。
「見る」ほうがヘン──政治学のウアドクサ──だ、というふうには政治学な皆さんは考えないのでしょうかな。
いや、ウアドクサだから考えないのか...。
門外漢的には、そこがなんともおもしろおかしいです。というか。ヘンでしょそれ♪

  • 教皇革命のあと始まった教会と世俗の支配者間の「競争と協力」は、すでに 大衆エリート──つまり農民と支配者──のあいだに密接な関係がなければ不可能であった。
  • 教皇がカトリック教会に対して確立した支配権も、大衆レベルで「信仰共同体 populus chiristianus」が存在していることが前提となっていた。
  • 法制度の体系化が可能になったのも、すでに様々な形の制度が事実上存在していたからである。
    • たとえば、体系化された封建法の登場は、それ以前に封土を介した領主と臣下の関係が存在していたからこそ可能となったのだし、荘園法が登場するためには、その前提条件として領主と農民の間に農民反乱を介した密接な関係が存在していなければならない。[...] 地位が低い者も、上位の者から納得できる権利や義務を交渉で勝ち取っていたのである。

法律の専門家が登場してきて法制度が体系化され、「法の支配」が確立する以前から、すでにこのようなことが事実上おこなわれていたのである。[p.555-556]

このあたり↑は「前適応アドバンス」というやつですな。

[] お客さま  お客さまを含むブックマーク  お客さまのブックマークコメント

その訳語はないわ〜


ギルバート・ライル〜クリフォードギアツの「google:"thick description"」を踏まえた(〜流用した)表現なんじゃないの?


追記:

ガイシュツでした:http://d.hatena.ne.jp/contractio/20060319

2008-08-13

[] 涜書:バシュラール『非の哲学』/竹内グーグルが日本を破壊する』  涜書:バシュラール『非の哲学』/竹内『グーグルが日本を破壊する』を含むブックマーク  涜書:バシュラール『非の哲学』/竹内『グーグルが日本を破壊する』のブックマークコメント

1940年、ソルボンヌにいたころの著作。La Philosophie du non.

翻訳1974年

コーズィブスキイの非アリストテレス的論理学。「google:the Structural differential」について。

こういうの↓って、その後どうなっちゃったんでしょうか。>識者:

動物心理学は、迷路を用いた方法によってごく原基的な心理現象に新しい道筋を形作りうることを立証した。非エレメンタリズム課題は、いわば、一連の(知的迷路にかかわる)概念──これらの概念にあっては、本質的に、交叉する諸概念が、役立てうる概念について少なくとも二つの見通しを与える──の助けを借りて人間の心理現象を訓練することだ、ということになろう。つまり、十字路という概念に到達すれば、人間精神は一方の真で有用な解釈と他方の偽で有害な解釈の間で単純な選択を行う必要はなくなる。人間精神は解釈の二元性あるいは多元性に向かい合うことになる。こうしてすべての心理的な閉塞は概念のレベルではありえなくなる。いっそう的確にいえば、概念は本質的にはそこにおいて隠喩の自由が自覚されるような十字路となる。この多くの枝を持った樹木の形の概念編成を記号化するために、またこの意味の多元性、この意味の断層を明らかにするために、コーズィブスキイは一つの装置《構造的差動器 the Structural differntial》を組み立てた。この装置は、紐のついた索引カードの働きを受け入れることのできる穴をあけた金属板からつくられている。この仕掛けは、さまざまな可能的な概念の結合を眼に見えるように翻訳する。 [p.195-196]

参照されているのは google:Alfred Korzybski のこの著作。900頁超。

とても読む気は──手に取ってみる気すら──起きません。

どっち↓↑も古書で2万円くらいする。ははは。

Time-Binding: The General Theory

Time-Binding: The General Theory


追記

あらびっくり。

Wikipedia に解説が:http://en.wikipedia.org/wiki/Structural_differential

日本語版Wikipedia にも載っている:コージブスキー




あとこれ読んだ。

グーグルが日本を破壊する (PHP新書 518)

グーグルが日本を破壊する (PHP新書 518)

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2008-08-11

[] 堀米庸三グレゴリウス改革と叙任権闘争」  堀米庸三「グレゴリウス改革と叙任権闘争」を含むブックマーク  堀米庸三「グレゴリウス改革と叙任権闘争」のブックマークコメント

いかん。うっかり読んでしまった。仕事しなきゃ....

こういうのは世界史をちゃんと履修した人はやったんでしょうなぁ。

あたしは「人の名前覚えるのが無理」という理由で地理を履修したんで....

総説

  1. グレゴリウス改革とヨーロッパ世界
  2. 12、13世紀の時代的特徴
  3. 12、13世紀における国家の発展

1 グレゴリウス改革と叙任権闘争

  • 一 グレゴリウス改革の理念と目的
  1. グレゴリウス改革──問題の所在
  2. 法王至上権規定」Dictatus papae
  3. 「神の僕の中の僕」
  4. 法王権の転落と再生──カロリンガー末期よりグレゴリウス改革にいたる
  5. グレゴリウス改革とクリュニ
  • 皇帝権と法王権の激突
  1. カノッサへの道
  2. カノッサでは何が行われたか
  3. カノッサ事件の意味
  • 三 叙任権闘争とウォルムス協約
  1. 帝国教会政策と私有教会制
  2. 叙任権問題の要点
  3. ウォルムス協約とその歴史的意味

[] お買いもの  お買いものを含むブックマーク  お買いもののブックマークコメント

一家総動員法のもと、Web1.2 みたいなサイトを三つもつくらねばらんことになり 読んでる暇がなくなってしまった....

まぁそのうちぼちぼちと。


バーミックス後悔派です。

あれって使うのにはコツがいるようです。そのコツを掴みきれずに離乳食の時期を過ぎてしまいました。ドロドロにする初期って2カ月間で、しかも一日1食です。冷凍もできるので、一週間分作ってその都度チン、ですみます。といいますか、一回分の食事量ではバーミックスでうまく出来ません。(ココがまず広告と違う所です)

私はすり鉢などのセットの方が使い方も洗うのも楽でした。

[...]

この疑問はあちこちで繰り広げられています。


こんなの必要ないですよ〜。しかも高級ですし。

離乳食つくりに、バーミックスが良いでしょうか?

でも買うんだけどね。

chabbuchabbu 2008/08/11 22:36 結局買うことにしましたかw>バーミックス

contractiocontractio 2008/08/11 22:49 「誕生日のプレゼント」だそうです。
#なんか騙されてるような気が....

chabbuchabbu 2008/08/13 11:03 おめでとうございます。

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2008-08-10

[][] 「二元図式化」論はどこから生じるか。  「二元図式化」論はどこから生じるか。を含むブックマーク  「二元図式化」論はどこから生じるか。のブックマークコメント

こちらは、「ルーマン初期」から*存在した議論。

* 『信頼isbn:4326651202』(1968)にも『論争isbn:4833202042』(1971)にも『法社会学isbn:4000020706』(1972)にも登場する。

コミュニケーションの二元コード化」というトピックは、ここ↓──様相論的図式論──からは 直接には出てこない


Funktion der Religion

Funktion der Religion

  • [01] Für die Überleitung zu kulturfähigen, Selektionen steurnden Symbolisierungen scheint nun wichtig, wenn nicht entscheidend zu sein, dass das allgemeine Phänomen shinnhafter Appraäsentation, das sich im Anschluss an Husserls Analysen7 auf Fremderfahrung, also auf Kommunikation zurückführen lässt, die Form der Modalität annimmt und in dieser Form differenziert, abstrahiert und spezifiziert werden kann.
    • [02] Der Begriff der Modalisatät soll hier die Simultanpräsentation einer Ebenendifferenz bezeichnen, wobei die eine Ebene die unmittelbar zugänglichen, aktuellen Erfahrungsinhalte, die andere in geraffter Form die Appräsentation anderer Möklichkeiten bezeichnet.
    • [03] Während die Simultanpräsentation von Verweisungsüberschüssen am Thema sinnbedingte Grundgegebenheit ist,
      ist ihre Abbildung als Modalität schon kulturelle Form
      -- also nicht ( wie Gegenstandstheorie und Phänomenologieannehmen würden ) eine kategoriale Selbstverständlichkeit.
    • [04] Als Formen dienen die verschiedenen Arten von Modalität dem zusammenfassenden Ausdruck einer Mannigfaltigkeit,
      der gerafften Wiedergabe von unübersichtlichenEinzelheiten unter Weglassung aller Details, die nicht die Modalität selbst konditionieren,
      also nicht relevant sind als Bedingungen der Möglichkeit / Unmöglichkeit, Bedingungen der Erkennbarkeit / Unerkennbarkeit usw. nach wie immer verschärften Kriterien.
  • [05] Darüber hinaus kanalisieren, und das ist für unser Thema vor allem wichtig, Modalitäten den Gebrauch von Negationen;
    man denke nur an die klassischen, durch Negation verknüpften Modalitätspaare possibile / impossibile und necessarium /contingens.
  • [06] Modalformen können also dazu benutzt werden, Negationsgebrauch zu domestizieren.
  • [07] Daran schliessen die im einzelnen recht schwierigen und noch unausgereiften Versuche der Modallogik an, die Regeln über Negationsgebrauch unter der Voraussetzung von Binarität zu systematisieren.
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2008-08-09

[][] トリヴィアル・マシーン/非トリヴィアル・マシーン  トリヴィアル・マシーン/非トリヴィアル・マシーンを含むブックマーク  トリヴィアル・マシーン/非トリヴィアル・マシーンのブックマークコメント

社会の法〈1〉 (叢書・ウニベルシタス)』第2章第3節第7段落。

「トリヴィアル・マシーン」とは、入力と出力の関係[=変換、関数、写像が決まっている機械のこと。

非トリヴィアル・マシーンは、決定履歴に依存し──合成的には決定可能だが──予測が不可能な機械のこと。

この概念対の出典はたとえばこれ(だけど、一般的な言葉遣いではないので使わないのが吉)


ただし面白いことはなにも書いてないので念のため。

読んで怒らないでね。

[] 『社会システム論と法の歴史と現在』『医龍18』  『社会システム論と法の歴史と現在』『医龍18』を含むブックマーク  『社会システム論と法の歴史と現在』『医龍18』のブックマークコメント

ひどいタイトルだな。

「と」本ならぬ「とと」本。


(47) 「正統性」に関しては、絶望希望にとって代わり、そしてそれにもかかわらず正統化を試みねばならない(それなしには済ませられない)という断固たる決意が絶望にとって変わる、という傾向がある。しかし、ほぼ百年にわたる この──法理論および社会理論においては、ゲオルグ・イェリネク、マックス・ウェーバー、ユルゲン・ハーバーマス、そして無数の追従者たちによる──ゲームを眺めてみれば、遅かれ早かれ、この問題にはどこか誤っているところがあるという考えが生じてくるだろう。[p.386]


医龍 18―Team medical dragon ワーク・ライフバランス (ビッグコミックス)

医龍 18―Team medical dragon ワーク・ライフバランス (ビッグコミックス)

shinichiroinabashinichiroinaba 2008/08/09 14:06 河上先生がとっても楽しそうですね。

それはそうとのぐたん最高。

contractiocontractio 2008/08/09 14:08 コメントは控えます。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/contractio/20080809

2008-08-08

[][] ハロルド・バーマン  ハロルド・バーマンを含むブックマーク  ハロルド・バーマンのブックマークコメント

東北大学でやってる ニクラス・ルーマン『社会の法』読書会MLに投稿したもの。

読書会についてはこちらを参照のこと:http://d.hatena.ne.jp/eculus/20080808


社会の法〈1〉 (叢書・ウニベルシタス)』第2章:

 11世紀から12世紀においてすでに、法文化総体の《革命》というかたちで、法システムは自律の方向へのこの [法的準拠問題に定位したコミュニケーション-の-法的コード化 という] 転換を遂げてしまっていた。その証拠は ハロルド・バーマンによって集められている38。他の文明圏と比較してみれば、そこからヨーロッパの《逸脱》が説明できることがわかるだろう。すなわちヨーロッパでは、社会の中での日常生活と全体社会の発展にとって、法がまったく異例ともいえるほどの重要性をもっているのである。 [p.61-62]

注38 でルーマンが参照しているのはドイツ語訳だけど、原著はこちら:

Law and Revolution, I: The Formation of the Western Legal Tradition

Law and Revolution, I: The Formation of the Western Legal Tradition


これ、翻訳が出ていてまったくおかしくない重要な本ではないかと思うのですが。ないんですねぇ...。

大著だから?

紀要などに部分訳は載っているようです。



訳者さまのwebサイトhttp://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~miyajima/

お、上記のうち、紹介は公開されてますな:

バーマン自身は、1938年にロンドン大学に留学してイギリス革命がイギリス法に与えた影響を勉強したのが、そもそも研究生活を始めたきっかけだと書いているが(4)、戦後に発表された初期の論文は、すべてソ連の法制度紹介になっている。彼も、冷戦開始と同時にアメリカで盛んになったソ連研究の一環を担っていたのであろう。しかし、1960年代になるとソ連の法制度とアメリカの法制度を比較する内容の論文を書き始め、さらに法制度の背景にあるロシア正教会とカトリック教会の教義の違いについて論じ始める。そして1970年代中頃から「欧米(つまり、カトリック教会圏)の法制度がもつ特徴は何か」という、もっと大きな問題に答えようとするようになる。

その成果が、『法と革命』である。

1983年にアメリカで出版されたこの本は、1991年にドイツ語に訳され、1993年には中国語、1994年にはイタリア語ロシア語(筆者が手に入れたロシア語版は、1998年に出版された第2刷である)、1996年にはポーランド語とスペイン語に翻訳されており、また2001年にはフランス語にも訳されている(ちなみにフランス語訳は、中央大学提携校であるエクス・マルセイユ第三大学と協力関係にあるという出版社から出ている)。筆者が最近、入手した英語版の第10刷は1999年に出版されており、この本が出版された当初から欧米で注目され、ながく読み継がれていることが分かる。ところが中国語にまで翻訳されたこの本が、なぜか日本語には翻訳されていない。
紹介:ハロルド・バーマン『法と革命:法制度における欧米的な伝統とは何か』

....このあたりまでは普通の「紹介」なんですが。この次あたりからだんだん香ばしくなってきて楽しい文章です。

で、そこは飛ばしまして。

上記ルーマンからの引用文中「革命」と呼ばれているのは、このあたりのこと:

 従来、歴史学者が「叙任権闘争」とか「グレゴリウス改革」と呼んできたものを、バーマンが敢えて「革命」と呼ぶのは、それが根本的な変化を欧米にもたらしたと考えるからである。おなじキリスト教会といっても、1050年から1150年の「教皇革命」を経験するまでのカトリック教会と、「教皇革命」後のカトリック教会は別物であるという。また東方正教会は「教皇革命」を経験しておらず、これがロシアの政治や社会のあり方を欧米とは異なったものにしているという。

[...]
 6つの革命に共通する特徴としてバーマンが挙げているのは、急激で大規模な社会制度の変革が武力によって実現し、しかも変革の結果が永続的であること、また変革の正統性が「神の定めた法」や「自然法」に求められ(18)、それは過去にあった理想的な状態への回帰を意味し、また同時に終末論的な未来像(理想的な状態の実現は「歴史の終わり」でもある)の実現をも意味するという(19)。社会制度の変革は法制度の変革ということであり、またトマス・クーンのいう「パラダイム(考え方の枠組み)の変革」ということでもある(20)。

 なかでも「教皇革命」は、ほかの5つの革命と違ってカトリック教会圏全体に影響を与え、影響範囲が民族(のちの国民国家)に限定されていないのが特徴である。また、革命によって社会制度を変革できるという考え方を生み出したのも、「教皇革命」であった(21)。

ここから先のところが「紹介」の本論です。が、以下略


「教皇革命」についてはこれを読め、ということのようですな:
古書店で一万円するね。こりゃ無理だ。
google:グレゴリウス改革+叙任権闘争 すると、こんなのがヒットするね。とりあえず読んどくか。

こっちは読んだなぁ。

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shinichiroinabashinichiroinaba 2008/08/08 03:51 ほう。

contractiocontractio 2008/08/08 03:55 先生のお力でなんとかなりませんか。

2008-08-07

[][] ヴァン・デ・リート/プローイュ『The Wonder Weeks』  ヴァン・デ・リート/プローイュ『The Wonder Weeks』を含むブックマーク  ヴァン・デ・リート/プローイュ『The Wonder Weeks』のブックマークコメント

これ面白いです。

  1. 成長すること──赤ちゃんにとってどんな意味があるの?
  2. 新生児──この世で最初の経験はどんなこと?
  3. 生後5週目(約1ヶ月)「感覚世界
  4. 生後8週目(約2ヶ月)「様式の世界」
  5. 生後12週目(約3ヶ月)「移り変わる世界」
  6. 生後19週目(約4ヶ月半)「出来事の世界」
  7. 生後26週目(約6ヶ月)「つながりのある世界」
  8. 生後37週目(約8ヶ月半)「分類の世界」
  9. 生後46週目(約10ヶ月半)「組み合わせの世界」
  10. 生後55週目(約12ヶ月半)「計画の世界」
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2008-08-06

[] 長屋ほか編『統計と統計理論の社会的形成』  長屋ほか編『統計と統計理論の社会的形成』を含むブックマーク  長屋ほか編『統計と統計理論の社会的形成』のブックマークコメント

再訪。

これ、4巻本のうちひとつしか読んでない。

  • 上藤一郎 第8章「優生学とイギリス数理統計学──近代数理統計学成立史」

...生物学数学が渾然と融和した統計学。そこに数理統計学における「近代」が存在しているように思われる。すなわちイギリス数理統計学は、「生物学」の統計学であって「数学」の統計学ではなかったこと、しかし「数学」の統計学へと変容してゆく理論的基礎を結果的には与えたこと、これらの意味で「近代」の数理統計学であったということである。[p.210]


ほかのはともかく2は読んどくか:


3と4:

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2008-08-01

[] 萩原『「育児休職」協約の成立』  萩原『「育児休職」協約の成立』を含むブックマーク  萩原『「育児休職」協約の成立』のブックマークコメント

面白かった。あとでまた読む。


どこかで見たことがあると思ったら こちらの著者さんでした:

迷走する両立支援―いま、子どもをもって働くということ

迷走する両立支援―いま、子どもをもって働くということ

こっちも面白かったというか泣いた。


ところで奥さん、──栄光と左遷の書──『アルスアマトリア』復刊ですってよ!

航海術や馬術同様、恋愛にもわざあり!

詩人に名声と流刑をもたらした教訓詩は世の男女に術を授ける。遊びの恋、戯れの愛、酒脱を離れず知的にことを運ぶには…

〈黄金のローマ〉の社会や文化を鏡のごとく映す奇書。

http://www.fukkan.com/fk/CartSearchDetail?i_no=68310429&tr=s

TamuraTetsukiTamuraTetsuki 2008/08/01 21:52 僕も泣きました。

contractiocontractio 2008/08/01 22:02 この二冊を同じ人が書いた、というのは凄い&すばらしいことですね。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/contractio/20080801
★捨てハンドル名での書き込みはあっさりさっくりと削除させていただくことがあります。 中の人

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