2009-08-04
■[Luhmann][Forum] 大森(2006)「ニクラス・ルーマンの権力分立論」

再訪。
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大森貴弘(2006) 「ニクラス・ルーマンの権力分立論 ──グローバル・コンテクストにおける応用可能性」 早稲田法学会誌 56 |
■主要検討論文
- (1973) Verfassungen im Kontext des Gesellschaftsystems
- (1990) Verfassung als evolutionäre Errungenschaft
p.79-80。ルーマンからの引用は 1990年の論文「進化の成果としての憲法」から。
近代文明には多くの成果があるが、18世紀末から近代国家に付与されている憲法ほど顕著に意図的なプランニングの結果であるものはほとんどない。こうした事情を知りながら 進化についてどのように言及することができるか。
[...]
プランニングか、それとも進化か── この二者択一における決定は、まず第一に憲法というほう形式において実現しようとして諸々のコンセプトにおいて、いったい何が新しかったのかということを一度問うてみるなら、容易となる。
[...]
一般的に憲法は、個人の基本権を保障するところに本質があると説かれることが多いが、それに対してルーマンは、個人権の保障が憲法の新しさではないとし、ポレーミッシュにコメントしている。
権利章典は、現存するほ法状態を記述しているのであり、それを超えるものを導入してはいない。ゲラルト・シュトウルツ Gerard Stourzh によって提案された用語法では、次のように言うことさえできる。すんわち17世紀のイギリスで始まった個人権のファンダメンタル化の後に、それらの憲法化が続いたにすぎない、と。それゆえ憲法的な規律の内容における革新を、そうしたテーマの中に、たとえば国家権力の制限による個人権の保護の中に捜し求めても ほとんど先に進むことはできない。
[...]
いったい何が新しい意味の必要性を生み出し説明することのできる社会的変化であるのか。なぜ・どのように 憲法constitution や根本法に関する周知の諸観念が変遷するのか を知ろうと欲するなら辞退は難しくなる。以下われわれは、この問いを追及してみたい。私のテーゼは、憲法 Verfassung という概念が その最初の概観にもかかわらず法と政治の分化に対応している、いや、さらに強く言えば、これら両方の機能システムの完全な分離および、それによって与えられた結合の必要性に対応している、というものである。
そこで構造的カップリングですよ。
■[Luhmann][Forum] 大森(2007)「民主制における権力循環」

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大森貴弘(2007) 「再びニクラス・ルーマンの権力分立論 ──民主制における権力循環」 早稲田法学会誌 57 |
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前期・中期・後期それぞれの議論をクリアにまとめてくれていて非常に勉強になったのだが。
「裁判は政治システムの中にあるのか、それとも法システムの中にあるのか」とか、「議会は政党政治の中にあるのか、それとも行政の中にあるのか」みたいな問題設定自体*に意味がないと思う私には非常に読むのがつらかった。(が、こうした問いが出てきてしまうのは 著者のせいではなくてルーマンのせいなのであるが。)
※ご参考:『近代法システムと批判―ウェーバーからルーマンを超えて』
問題関心
[...] このように、イギリス・フランス・ドイツのいずれの国においても社会構造がそのときどきの権力分立論に影響を与えていることが用意に看取されよう。それゆえ、現代的な権力分立のゼマンティクを模索していくためには、現代社会やその構造に関する理論を参照することが有益ではあるまいか。[p.2-3]
主要検討論文
初期:
- (1969) Funktionen der Rechtsprechung im politischen System, → Politische Planung, 4.Aufl., 1994, S.46-52
- Rechtssoziologie,2 Bde., 1972 → 『法社会学』
- (1972) Politikbegriff und die "portisierung" der Verwaltung, → SA4 (1987)
- (1973) Politische Verfassungen im Kontext des Gesellschaftssystems, Der Staat 12
- メモ: 初期のルーマンは、「裁判」を政治システムに含まれるものだと考えていたよ。
中期: 
- (1981) Politische Theorie im Wohlfahrtsstaat → 『福祉国家における政治理論』
- (1981) Selbstlegitimation des Staats
- (1981) Machtkreislauf und Recht in Demokratien
p.12。ルーマン1981年の論文「権力循環」からの引用:
- 拘束的諸決定の産出に従事し(議会・政府・行政官僚)・かつ・私がここで簡潔に(広義の)行政Verwaltung と呼びたい部分システムと並んで、
- われわれは(狭義の)政治 のための部分システム、すなわちテーマの準備および人物の選択のための、コンセンサスのチャンスをテストするための、権力の構築のための部分システムを見出す。この部分システムは、とりわけ、政府の地位を占めていないときにも存在しうるほどに独立している政党という組織に自らの存在を負っている。
- 最後的にはそれ以外に、誰もが一定の役割によって政治システムへと組み込まれているのである──すなわち、拘束的諸決定を受け入れなければならず、政治システムにおいてコミュニケーションすることができ、そして何よりもその一票が政治選挙において数えられる限りにおいて──。われわれはこの領域を 公衆 と呼ぶ。
- メモ: 中期のルーマンは──初期から引き続き──、「議会」を(狭義)の政治[〜政党政治]ではなく、(広義の)行政に含めて考えていたよ。
p.13。権力の「公式循環」。ルーマン上掲論文からの引用:
- 公衆が政治における指導的人物と政治プログラムを選択し、
- 政治家が拘束的な決定のための前提を濃縮し、
- 行政が決定するとともに公衆を──自分たちでふたたび選挙する公衆を──拘束する。
p.14、地の文。権力の「非公式循環」。
- 行政がさまざまな立案を行い
- 政治は選挙において選ばれるべき人物や政治プログラムを事前に練り上げ、
- 公衆は自発的な意志によって行政と協働し、一定の影響力を行使する。
- メモ: このあたりから「裁判」(および「立法」)の位置が微妙になってくるよ。
p.16-。ルーマン先生、1982年の東大での講演にて曰く:
- 政治システムは、法システムに決定前提(法律)を提供し、その返報として、政治的決定の実行のための合法性と特殊性を受け取る。
- 法システムは、政治システムに決定の強制のための諸前提を提供し(合法的決定のみが実力によって貫徹されうる)、その返報として、政治による執行への保証、すなわち法の貫徹に際しての警察もしくは軍隊の助けをすら受け取る。
- メモ: でもこの時期には、「立法」は、あくまで「広義の行政(=立法+狭義の行政)」の中に位置づけられていたよ。[p.18](←『意味の歴史社会学―ルーマンの近代ゼマンティク論 (SEKAISHISO SEMINAR)』に対する批判)
後期:
- (1990)「進化の成果としての憲法」
- (1993) 『社会の法』
- (2000) 『社会の政治』
- メモ: 二重の国家概念の登場。〈国家組織:政府+行政〉 v.s 〈政治と法の構造的カップリング〉
文献
- (1993) 日比野勤「国家における自己正当化と市民宗教」樋口陽一・高橋和之『現代立憲主義の展開 (下)』
- (2002) 毛利 透『民主政の規範理論―憲法パトリオティズムは可能か』
- (1991) 楜澤能生「オートポイエシスと法理論──西ドイツにおける「ポスト福祉国家の法理論」の一潮流」早稲田法学66巻2号.
http://hdl.handle.net/2065/2176
ところで表紙の違う版がでてたのね。
- 作者: Niklas Luhmann
- 出版社/メーカー: Vs Verlag Fuer Sozialw.
- 発売日: 2008/02
- メディア: ペーパーバック
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■[Luhmann][Forum] 大森(2008)「権力分立論における政党の位置」

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大森貴弘(2008) 「権力分立論における政党の位置 ──三たびニクラス・ルーマンのシステム理論に着目して」 早稲田法学会誌 58(2) |
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課題設定
- 古典的権力分立論
- 立法機能: 議会
- 行政機能: 行政府
- 司法機能: 裁判所
- 豆知識: このタイプの「三権分立」論をモンテスキューに帰するのは間違い。(モンテスキューが論じているのは、「上院・下院・君主」の三機関)
- 豆知識: Karl Schmid と Carl Schmitt は別人。
- これ↑には「政党」がはいってない。加えられたのは20世紀に入ってから。(ex.シュミット『現代議会主義の精神史的地位 (みすずライブラリー)』)
- 日本国憲法は政党の条項を持っていない。
p.153。
日本では権力分立の要素として政党を考慮する学説は今なお少ないのが現状である。このような不十分さを補充するために、本稿では、ドイツの社会システム論者である二クラス・ルーマンの見解に着目しつつ、権力分立制における政党の位置づけについて論じることにしたい。
メモ
- 初期ルーマンの議論においては、「法システム」は独立した位置を与えられていなかった(=法の分立はいわれていても、法システムの分立はいわれていなかった)。→「司法」も、「政治システム」に含まれていた。
- 1972年に、議論は大幅に変更される。「法システム」と「政治システム」がそれぞれ独立したシステムだとされるようになる。→「司法」は法の側に位置づけられるようになるが [p.162-]、「立法」の位置が微妙なものとなる↓[p.165-]
- 中期ルーマンの議論では、立法は「政治システムから法システムへの法律の供給」という図式が用いられている(ex. 1981, 1982:)。ここでは、「立法」は、政治と法の双方に「含まれている」ように見える。
- 「オートポイエティック・ターン」によって、この「二重の相互交換」図式も破棄される(ex.1983)。
検討対象
ルーマンの諸論考を検討するついでに こいつの批判もしておくよ:
Niklas Luhmann's Theory of Politics And Law
- 作者: Michael King,Chris Thornhill,C. J. Thornhill
- 出版社/メーカー: Palgrave Macmillan
- 発売日: 2006/04/03
- メディア: ペーパーバック
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ちょっと読んでみて「なんじゃこら」と思っていたこの本ですが、大森さんの評価も相当辛いです。ていうか大意でいうと、「ダメ本もいいところ」ですな。
キング&ソーンヒルの解釈はどこが間違っているか。
- ルーマンのいう「(狭義の)政治」を、[北米的語法における] 執政executive だと解している。
→議員内閣制のもとで執政権を行使する政府の構成員(=与党の指導的人物や高位の党員など)としてイメージされる。さらにここには「政府」が含まれるものと解釈されている。 - ルーマンのいう「(広義の)行政」を、[北米的語法における] administration だと解している。
→さらにこれが「(広義の)立法」のことだと解釈されている。- キング&ソーンヒルは二重に誤っている:
(1) 初期ルーマンの〈政治/行政〉図式を、上記のように理解している点で。
(2) 初期、中期、後期において、ルーマンの議論が相当変化しているのに、それを無視して、上記のように誤解した初期図式に 中期・後期の議論を繰り込んだうえで 解釈してしまう点で。
- キング&ソーンヒルは二重に誤っている:
文献
- 栗城寿夫(1997)『一九世紀ドイツ憲法理論の研究 (学術選書)』
- 黒木三郎・大橋憲宏・斎藤秀夫 訳(1986)「<資料>ニクラス・ルーマン『法社会学(第二版)』 : 「第二版への序」と「終章:法システムと法理論」 」『比較法学』20(2)
http://ci.nii.ac.jp/naid/110000313227
■[Luhmann][Forum] 大森(2009)「政治と行政の区別に関する一考察」

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大森貴弘(2009) 「政治と行政の区別に関する一考察 ──ルーマン理論における政治システムの内部分化について」 早稲田法学会誌 59(2) |
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課題設定
p.1。「政治」と「行政」の区別について検討することにより、こういう↓議論に貢献するための準備をしましょう:
最近の日本の憲法学では、アメリカの行政法学の影響の下に、執政権について論じる文献が多く登場している。アメリカでは、大統領の権限を中心に把握される執政権は、日本の文脈では、内閣および総理大臣を中心に把握され、通常の行政権と区別されて論じられている。
検討対象
Theorien des politischen Systems
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■[domestic][list] お買いもの思案:田内『働くおうちの親子ごはん』

- 作者: 田内しょうこ
- 出版社/メーカー: 英治出版
- 発売日: 2007/04/01
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