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2017-12-05

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権力』講義準備:http://socio-logic.jp/luhmann_acc/#macht


文献

ラスウェル/ダール

[][][] 高畠通敏(1976/1984)『政治学への道案内』  高畠通敏(1976/1984)『政治学への道案内』を含むブックマーク  高畠通敏(1976/1984)『政治学への道案内』のブックマークコメント

政治学への道案内 (1984年)

政治学への道案内 (1984年)

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引用

II「政治」1「政治とは何か」
  • 16 政治とは「有限性ということを媒介として成り立つ人間集団内の統一的秩序形成作用である」。
  • 17 「私がいう「統一的な秩序」とは、…、その集団内でのある決定が、他の成員全体を何らかの程度において拘束するような、事実としての秩序の存在を指している。」

「権力」や「価値」だと「自治」の観点が捉えられない、ということである模様。

III「国家とナショナリズム」1「近代国家の特質」
  • 31 「君権神授説というのはローマ教会の教義に対する対抗的教説であり、大衆向けの顕教ではあっても、実際には君主の権力は、国内封建諸侯をしたがえ広域社会を統治する実力の卓越とその組織化に由来していたといって過言ではない。」
IV「権力と支配」1「政治権力」
  • 47 実体的権力観: 「「人間が他の人間をその意に反して行動させる」 こういう現象が17世紀物理学とりわけ力学の発展を背景にして、支配する人間がなんらかの特別の「力」を保有するというモデルと結びついたとき、権力という概念ができあがった。物体のもつ力は、その運動あるいは位置のエネルギーから生じる。それと同様に、権力者のもつ力は、「権力手段」あるいは「基礎価値」の保有から生じる。権力の本質をこのように考えてゆこうとする見方を、権力の実体的見方(実体的権力観)という。」
  • 51 関係的権力観: 「権力を、その集積した価値や手段で表現するのは正確ではないという見方が生まれてくる。すなわち、権力は、具体的な状況や人間関係のなかで、どれだけの服従を確保できるかという実効に即してのみ語ることができるという機能的な見方である。」
  • 51 「このような勢力あるいは権力関係客観的把握の試みを通じて明らかになることは、
    (1)権力関係とは、本質的に流動的なものであるということ、つまり、人生のあらゆる側面において、つねに一方的な影響関係が成り立つという場合は、むしろ、まれであるということ、
    (2)権力者と服従者との間には、つねに何らかの程度におけるダイナミックな相互作用が働いているのであって、その間の関係のあり方を総合的に把握することが大切だということである。
IV「権力と支配」 2「権力の構造化──国家権力の成立」
  • 56 「機能的権力観は、社会内での一元的な支配秩序の構成と物理強制力の独占という政治権力全体についてのマクロ分析にたいして、じゅうぶんの射程をもたない。

文献

III「国家とナショナリズム」

[] スチュアート・ユーウェン(1996→2003)『PR!世論操作の社会史』  スチュアート・ユーウェン(1996→2003)『PR!世論操作の社会史』を含むブックマーク  スチュアート・ユーウェン(1996→2003)『PR!世論操作の社会史』のブックマークコメント

講義準備。

時期 媒体 人物 トピック
第1部 広告時代の脚本真実
第1章 エドワード・バーネーズを訪ねて エドワード・バーネーズ 1920年代自由の松明」
1929年「光の記念祭」
第2章 リアリティの売買──説得の方程式
第2部 「動き始めた群衆」:進歩派政治運動と広告の成立
第3章 真理は生成する──宣伝時代の開幕 1870-1914 新聞 ウィリアムジェームズ
エドワード・ベラミー
ヘンリー・ジョージ
ヘンリー・ロイド
ミドルクラスの凋落
クレイカー
公衆
センセーショナリズム
第4章 混沌のコントロール 1914- 新聞と世論
公衆
ウォルター・リップマン
アイヴィー・リー
群衆心理学
ギュスターヴ・ル・ボン『群衆』(1895→1896英訳)
ガブリエル・タルド
フェルディナント・テンニースゲマインシャフトゲゼルシャフト
グラハム・ウォーラス
1906 炭鉱スト
1914 ラドロー事件
第5章 「民衆を教育せよ!」 1907- 新聞広告 AT&T セオドア・ヴェイル
広告ビューロー(ジェームズ・エルスワース)
企業内広告部門
第6章 真理の館 1918-1919 郵便、電信、新聞
映画
連邦広報委員会(CPI、ウィルソン大統領
アーサー・ブラード『アメリカの動員』
第1次世界対戦参戦
「公式戦況ニュース
W.D.グリフィス国民の創生』(1915)
扇動防止法、スパイ活動防止法
ハロルド・ラズウェル(1927)『世界大戦におけるプロパガンダ技術』
第3部 説得レトリックの変遷
第7章 社会心理学と民衆心理の探求 1921- ロバート・パーク
第8章 姿なき技術者──観念履歴書 ほか リップマン、バーネーズ
第9章 近代の民衆説得パイプライン 1930年代 ラジオ ラスウェル
サイコロジー
第10章 視覚的な錯覚 1930年代 写真 デュアメル
第4部 「アメリカ式生活」への闘い
第11章 銀の鎖と友好的な巨人たち
第12章 公益をめざして 1930年代 ルーズベルト
第13章 ニューディールと社会事業の広報 ラジオ
写真
ルーズベルト
第14章 金にものをいわせる──私企業側の広告
第5部 世界のコマーシャル
第15章 公衆の究極決断 1940年代 エルモ・ローパー
スタンダード石油広報部
NAM
第二次大戦
第16章 世論操作の技術 1945-1955 映画
テレビ
ロナルド・レーガン バーネイズ『コンセンサス形成技術』
冷戦
ルイジアナ物語
終結 現代の公衆にとっての問題──新世紀に向けた覚え書き

第6章 真理の館:米国広報委員会(CPI)

 1917年4月6日、米国が正式に宣戦を布告すると、プロパガンダがウィルソン大統領の最重要な懸案事項になった。4月12日、リップマンは大統領の指命にこたえてプロパガンダにかんする技能を持つ芸術家知識人ジャーナリスト、その他メディア専門家を全国から動員して創設する「政府活動にかんする情報交換機関」、すなわち戦時「広告。広報機関」の明細を提出した。ジャーナリズムのなかで培われた広告図式をこえて、リップマンの計画は「映画産業」を含む広範なコミュニケーション専門家を結集する必要を説いた。また彼は、この機関は単に情報宣伝をおこなうのみならず、アメリカの志気に悪影響をあたえる可能性がある「外国の新聞出版を監視し?? 『噂や虚偽』を摘発する」などの多様な機能をそなえるべきだと示唆した。

 [ウォルター・リップマンからの]この忠告をうけて、ウィルソン大統領は一九一七年四月一四日、「国内の防衛線を固める」ため、CPI (米国広報委員会)の設立を命じる大統領令第二五九四号を出した。政府内からは、国務長官陸軍長官海軍長官がCPIに参加した。またウィルソンは、消息通の進歩派ジャーナリスト、ジョージ・クリール文民CPI議長に任命した。

第7章 社会心理学と民衆心理の探求

ロバート・エズラ・パークの博士論文: 『群衆と公衆』 Masse und Publikum

近代のジャーナリズムは、できごとを報告し論じることによって、世論を指導し方向づけることをもとめられているはずだが、たいていは、単に集団の注目を操作するための単純なメカニズムであることがわかる。このようにして形成された「意見」は、必然的無分別な認識から引き出される判断と同様の外観を呈する。その意見なるものは、情報の伝達と同時に直接的かつ一斉に形成されるものである。

[][][] 岡田憲治(2000)『権利としてのデモクラシー―甦るロバートダール 岡田憲治(2000)『権利としてのデモクラシー―甦るロバート・ダール』を含むブックマーク  岡田憲治(2000)『権利としてのデモクラシー―甦るロバート・ダール』のブックマークコメント

  • 序論
  • 第1章 主題の抽出:ダール批判とはなにか
  • 第2章 権力:デモクラシーの過程論的理解
    • 1 先行者としてのラスウェル
    • 2 ダール権力論の基本概念:コントロール
    • 3 ダール権力論の本格的展開:様々な格闘
    • 4 ダール権力論の陥穽
  • 第3章 信念:ポリアーキーをよしとするリーダー規範
  • 第4章 主体:ポリアーキーの規模とデモ
  • 第5章 権利と実践:ポリアーキーのよりいっそうの民主化
  • 第6章 評価:現代民主主義理論とダール
  • 結語

引用

第1章「主題の抽出:ダール批判とはなにか」

14

反行動論者たちの多くは、当時50年代に歩を速めてマルクス主義に傾斜していったライト・ミルズの立場に立脚していた。

彼らにとってみれば、ダールはいわばアメリカ資本主義体制を保守する者であり、行動論的政治学の権化であり、抑圧的なシステムとしてのアメリカを擁護する者であった。

(26) そもそも social control とは、ダーウィニズム伝統社会学的に適用したアメリカ社会学の専門用語であるが、今日では広く一般にも定着している。

第2章「権力:デモクラシーの過程論的理解」

75

そもそも社会行為の因果を把握すること自体は、政治学固有の問題設定ではない。どのようにしたら政治的な行為の特質が明らかになるかという展望がそこになければ単なる社会行為論でしかない(43)。

(43) この場合「政治的な」とは、「支配とはいかなるものであるか」という命題にかかわるという意味である。

91

社会理論的わくぐみによって憲法という法的制度のもつ規制機能に依拠することを退け、かつ20世紀的現実とアメリカという社会的条件に鑑みて人民主権論をも退けたダールが提示したポリアーキーは、「民主的であること」の保障を得るために、大衆社会の〈非〉活動層である人々の〈信念〉と〈信条〉にも依拠するという道筋をたどらざるをえなかったということになる。そしてこの挫折によって、やや精緻さを欠いた大雑把なアイディアである50年代の「コントロール概念」は、60年代のより科学的な分析用具としての洗練を目指す格闘のなかで理論的動揺を示し、皮肉なことに〈脱〉行動論化していったのである。

これが仮に「ダールの研究遍歴」に対する記述として正しかったのだとしても、「特にそうなる必然的理由はなかったのだが実際にはそうなった」以上のものとは思えない。

この結論的まとめにおいて「信念と信条」の出所に相当するのは、本章の記載では、「政治家による世論への配慮・考慮」だったのではないのだろうか。であれば、この結論を出す前に、「そのトピックは(行動論的に)研究できたのか否か」について検討されるべきだったのではないのか。仮にダール自身はそこでジャンプしてしまったのだとしても、検討者までそうしてよい理由にはならないよね。

91

ダールの権力論を検討することで浮上してきたのは、この過程で生じた様々な格闘とともに、その理論を背後から支えている社会的信条体系の重要さである。行動論的 政治学が志向した権力分析は、いくつもの困難に遭遇するなかで、いわば「分析から処方(prescription)へ」といたるための規範領域の必要を逆に照らし出したともいえるだろう。この信念や信条、つまり広義における「政治文化」の問題は、以後ダールの政治理論に一貫して示されることになる。… 主題は、権力から規範としての信念体系へと移る。

「文化とパーソナリテイ」が行動科学の基本概念であったことも、たまには思い出してあげてください。


第3章「信念:ポリアーキーをよしとするリーダーの規範」

113

間接的影響力を行使すると想定されているのは、ポリアーキーにおける非リーダーであり、また一方でポリアーキーにたいする貢献は、リーダーによってなされるとダールが考えるならば、「機能的視角からやや離れたところから、ポリアーキーの担い手としての「デモス」を彼がどのように捉えているのか、どのような規範的展望を描いているのかを考察するのは当然

それはいいけど、「機能的視角」なるものがどのようなものなのか、著者はどこで検討したんだっけ?

と思って索引見たら「機能」は拾われてませんでした(哀

第四章「主体:ポリアーキーの規模とデモス」

119 シュンペーター先生曰く

  • デモクラシーとはリーダー創出の手続きであり、人々の役割は政府を創造することであり、「民主主義的方法とは、政治的決定に到達するために、個人が人々の投票を獲得するための競争的闘争をおこなうことにより決定力をうるような政治的装置」である。

140

社会集団が並列的に存在しているという図式に当てはめるには、現実の社会集団の配列はあまりに不均等であるということが認識されたのである。

なにをいまさら・・・


第六章「評価:現代民主主義理論とダール」

164

われわれはここで「ダール=行動論政治学者」という固定的な理解を相対化することはできるだろう。ダールに「行動論」のラベルを貼ることはいまやあまり意味をもたない。

こういう言い方に強く反対する必要性は感じないけど、でも「政治学における行動論とは何だったのか」ということの方は問わずに特定の誰かの学問的遍歴だけを辿るなら、こういう形式を持った結論しか導けないのではないかという気はするね。こういうやり方を進めていくと、結果としてわれわれは「実は行動論的政治学は無かった」という帰結を得るのではないだろうか。


166

ダールの格闘は権力の記述という困難な作業のたどりうるひとつのモデルケースである。この困難は、そもそも権力の記述が「もし〜であったなら…であったろう行為の変化」という社会行為の「反実仮想」=フィクションを必然的に抱え込み、その意味で概念上の構成物であることに由来している。

この指摘自体はごもっともだと思うけど、なんでこれが本も終わりのこの箇所になってようやく出てくるの???


169

権力が潜在的であるという認識は、政治学の出発点であり、結論ではない。

そう考えているなら、どうしてこの本もそのように書かなかったのか。

194 マーレー・エーデルマン登場。

選挙によるリーダーのコントロールは、M.エーデルマン流にいえば、市民の政治的自己実現というよりもむしろ、生活世界にもとっいた「反応」なのであって、これはかならずしも投票という行動によっては認知できないものを含んでいる。」

そうかもしれんけど、それどうやって研究するんですか。


文献


[][][] 田村浩志(2002)『集いと語りのデモクラシー08:45  田村浩志(2002)『集いと語りのデモクラシー』を含むブックマーク  田村浩志(2002)『集いと語りのデモクラシー』のブックマークコメント

  • 序論 1990年代における多元主義とデモクラシー
    • 1 よみがえる多元主義
    • 2 デモクラシーと共通善
  • 第1章 フェローシップと多元主義―20世紀における政治理論の衰退と復活
    • 1 第三次多元主義論争
    • 2 リンゼイの政治理論
    • 3 多元主義者としてのリンゼイ
    • 4 イギリス多元主義とダールの多元主義
    • 5 ダールにとっての政治理論
    • 6 ダールの多元主義
    • 7 多元主義の現実と理想
  • 第2章 多元主義における権力の問題―リンゼイとダールの政治理論の射程
  • 第2章補論 リンゼイとダールにおける自由と権力
    • 1 はじめに
    • 2 自由と権力の可能性
    • 3 ”支配にいたる権力”対”一致して行動する権力”
    • 4 ”協調にいたる権力”
    • 5 イギリス理想主義における自由と権力
    • 6 おわりに
  • 第3章 多元主義を可能にする立憲体制―R・ダールの政治理論を中心として
  • 第4章 イギリス多元主義におけるフェローシップ―リンゼイの政治理論を中心として
  • 第4章補論 ボザンケと福祉における多元主義―”第三の道”を求めて
  • 結語 デモクラシーの正当化
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