2010-01-31
じじぃの「ダルフール・隠された真実!世界ドキュ」
Sudan, The Hidden Holocaust 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=sS4ja7GWVvM
オマル・アル=バシール フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (一部抜粋しています)
オマル・アル=バシールは、スーダンの大統領(1993年10月- )兼首相。1989年に軍事政権を成立させ、政権を掌握。エジプト陸軍士官学校卒。2000年12月再選。国民会議議長。なお、日本の主要マスコミは「バシル大統領」と表記している。NHKのみ、「バシール大統領」と表記。
【独裁者としての批判】
このことから、毎年行われている『ワシントン・ポスト』の付録誌『パレード』の「世界最悪の独裁者ランキング」という特集記事で、2005年 - 2007年度にかけて3年連続の第一位に選ばれた。2008年度は一位の座を北朝鮮の金正日に奪われたものの、第二位となっている。
【中国との関係】
中国は国有の中国石油を通じてスーダンの石油の大部分を買い、スーダンの石油生産企業集団2つの最大株主となっており、スーダンは中国との石油取引による収入の多くを、兵器購入にあてている。スーダン政府軍や民兵組織が使う爆撃機、攻撃用ヘリ、装甲車、小火器などの兵器はほとんどが中国製であり、中国は米英両国が推進する国連平和維持軍のダルフール派遣に一貫して反対してきた。
スーダンに対する経済制裁や国連平和維持軍の派遣を検討しているものの、中国の拒否権によって阻止されている。
国際刑事裁判所が逮捕状を出したが、中国は「中国政府としてこの問題を深く憂慮している」と発言。その上で「もしバシール氏が犯罪を犯したというのならばなぜ野党は政治的和解のため彼を信頼できる交渉相手と認識したのか?」と指摘した。スーダンのタハ副大統領は「両国の友好協力を発展させることは、両国国民の共通した利益に合致する。スーダンは、ダルフール問題を解決するため、今後とも国連やアフリカ連合と積極的に協力していく」と語った。
【ロシアとの関係】
近年ロシアはイラク戦争でアメリカ一極支配に反発的になり、以降反米的な南米諸国やそして中国とも関係強化しており、新冷戦が始まっている。そのためかロシアも中国と同じように虐殺のための武器を支援し、白く偽装されたロシア製のミル24型攻撃ヘリやアントノフ26型輸送機が確認されている。またロシアも中国と同様ダルフール紛争に拒否権を出す。
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「CNPC無くして、我が国の石油産業無し」(バシル大統領発言)
「CNPCのスーダンにおける活動は“南南協力”のモデル」(China Daily 2006年11月3日)
南南協力:途上国同士が共通の開発課題に互いに協力して取り組む体制
■スーダン(大衆レベル)
南部産油地帯で「中国はアリババ(=石油泥棒)」という落書き
CNPCは地場との融和につとめているが・・・
・産油地域付近で現地労働者の子弟向けに22の学校を建設
・・・大衆レベルで、CNPCが北部(政府)と結託し、石油資源を収奪しているという見方も
http://oilgas-info.jogmec.go.jp/report_pdf.pl?pdf=0611_02_takehara_sudan_r.pdf&id=38
『世界のドキュメンタリー』 「ダルフール・隠された真実」虐殺 2008年5月19日 NHK BS
・潜入ルポ ダルフール 隠された真実
2007年4月、スーダン国境に近いチャド南東部の2つの村が襲撃され、大勢の村人が殺された。番組は冒頭で、襲撃直後の生々しい光景を映し出す。スーダンのダルフール地方で、アフリカ系住民の虐殺を行っているアラブ系民兵組織“ジャンジャウィード”の仕業と考えられたが、現場にはスーダン政府軍の持つ最新鋭の武器が残されていた。スーダンでは、馬に乗って村を襲撃するジャンジャウィードとスーダン政府軍のビーグルが行動を共にする光景が頻繁に目撃されている。
国際社会に対し、スーダン政府はジャンジャウィードへの関与を否定し続けているが、取材班は真相を確かめるため、ダルフールへの潜入を敢行する。武装勢力の襲撃が頻発し、スーダン政府もメディアの立ち入りを厳しく制限する危険地帯。アフリカ系住民が自衛のために作った武装組織SLA(スーダン解放軍・反政府系)のベースキャンプの周囲では、村を追われた住民たちが肩を寄せ合い暮らしていた。
取材班は、さらに危険なダルフールの中心部を目指し、「ジェノサイド・マウンテン」と呼ばれる丘にたどり着く。付近には大量の人骨が散らばり、多くのアフリカ系住民が連行され、集団で殺害されたという。ダルフール紛争が、組織的に計画された民族浄化であることを示唆する証拠だとSLAの兵士は語る。近くの村には、政府軍のロケット弾が投下された跡の大きなクレーターも見つかった。
スーダン国境近くでジャンジャウィードを捕虜にしたというチャド軍の司令官は、押収した武器を見せながら中国製だと紹介し、スーダン政府が中国から武器供給を受け、武装勢力に流しているとの推測を語る。
ダルフールで何が起きているのか、真相に迫る潜入ルポ。
制作: Tony Comiti Productions(フランス) 2007年
・担当者メモ
ダルフール紛争関連のリポートは、難民キャンプが舞台のものが主で、現地の状況も難民たちの体験談として語られることが多かったのですが、この番組は、実際にダルフールへ潜入し、その様子を記録した貴重なものです。
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/080519.html
どうでもいい、じじぃの日記。
1/30、再放送だったがNHK BS 「ダルフール・隠された真実」を観た。
テレビの番組表を見ながら「ダルフール」ってなんだっけと思ったのがチャネルを回したきっかけだった。
「スーダン」。どこかで聞いたことがある。
スーダン国境に近いチャド南東部、隣国のスーダンのダルフール地方の紛争はチャドにまで拡がっています。今ここで世界最大の紛争が起きているといわれています。
「スーダン」はエジプトとチャド、エチオピア等に囲まれた国で、ナイル川の源流になっている国だ。ダルフール地方はチャドの国境側にあり、大体フランスと同じ大きさである。
映像を観ると、そこは半分砂漠化した乾いた大地だ。
同じイスラム教徒同士でなぜ殺し合うのか。
フランス人記者がこの紛争地帯に潜入し報告している。
村で何が起きているのか話してください。
村人たちを襲ったジャンジャウィードはスーダンのダルフールで虐殺を繰り返しているといわれている。
「ジャンジャウィード」とは何者なのか。カンボジアのポルポトのような存在か。
映像に出てくる人を見ると、顔は黒いがアラブ系と、アフリカの黒人が出てくる。ジャンジャウィードはアラブ系の土俗民兵組織のようだ。
彼らは何のために村人の大量虐殺を繰り返しているのか。民族浄化が目的なのか。
2003年以降、250万人が家を失い、30万人が殺されたといわれる。
目指すはダルフールの中心。
ここの集落は全く人の気配がありません。大量虐殺が行われた場所です。ジュノサイト・マウンテン(人骨の山)があります。
ここは、大量虐殺を否定しているスーダン政府にとって都合の悪い場所です。政府はすべてジャンジャウィードの仕業だといっています。
政府軍はロシア製の武器を持っている。ジャンジャウィードの武器は中国製だ。
じじぃの印象
スーダンの大統領のバシールを調べてみると北朝鮮の金正日と並んで、世界最悪の独裁者になっている。
中国はダルフール紛争に対して武器を援助し、石油取引からの収入の80%以上を虐殺を実行するジャンジャウィード用の兵器購入にあてており、攻撃用ヘリ、装甲車、小火器などの兵器はほとんどが中国製である。原油獲得のために、スーダン政府およびジャンジャウィードによる民族浄化を黙認するどころか、積極的に支援している。また国連軍派遣に対しては中国の拒否権によって妨害されている。アメリカでは下院議員108人が書簡を送り、またブッシュはスーダン企業に対して経済制裁を科した。バシールは国際刑事裁判所に起訴されて逮捕状が出ているが、バシールには常任理事国の中国またロシアという後ろ盾がおり、中国から労働者が派遣されているスーダンでは中国との関係は密接であり、アメリカはこれらの国との全面衝突だけは避けているためにバシールを逮捕できる可能性は低い。
こんな国が世界第2位の国になろうとしているのである。
じじぃの「人の死にざま_176_シューベルト」
フランツ・シューベルト - あのひと検索 SPYSEE
Franz Schubert (arr. H.Hoshina) Erlkonig / シューベルト「魔王」 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=EtZPsxeQPIE
・シューベルト 「31年の生涯」に「882の楽曲」 (一部抜粋しています)
シューベルトの生涯は、たったの31年だった。モーツァルトの35年より短い。
音楽の世界で「天才」という言葉を使えるのは、モーツァルトだけだという「常識」のようなものがある。しかしシューベルトも間違いなく「天才」だったのだ。
シューベルトの作曲の速さは、モーツァルトといい勝負だった。2人の天才は、短い生涯を駆け抜けてしまった点で、似ている。
シューベルトは生涯で歌曲だけで634曲書いた。
ほかの大きなものではオペラ、オペレッタ14(うち未完が7)、管弦楽が10の交響曲をふくめて26、室内楽が41、ピアノ独奏曲と2重奏が90、教会音楽と合唱曲が75・・・・などで、248である。一生に全種類882の作曲をしたわけだ。
モーツァルトは生涯に624曲書いた。交響曲が45以上あるし、大きなオペラが多いから、短い歌曲の多いシューベルトと、曲の数だけで比較はできないが、それにしてもシューベルトの多作ぶりには関心してしまう。彼は31歳で世を去った。モーツァルトよりも4歳、短命なのだ。
・
モーツァルトの作曲の速さとたやすさは、非常に深い意識下、あるいは潜在意識に支えられて、楽奏がいったん楽譜に書かれたうえは、きわめて確実な存在にある。
シューベルトの場合は楽奏の浮かび方に、一過性ともいうべきものがあったのではないだろうか。これがシューベルトの音楽が、ときとして何となく頼りない感じを与える原因であり、未完が多い理由かもしれない。
それにしても彼の全ての音楽の美しさは、他に類がないと思う。「全て」と書いたけれど、モーツァルト様には申し訳ないが、ぼく個人の感覚では、打率はシューベルトの方が上だと思っている。
18歳のときに、作曲の最初の爆発があった。あの有名な「野ばら」「魔王」「たゆみなき愛」などの名作をふくむ約145曲の歌曲、ト長調のミサ曲、第2交響曲、未完成のものをふくむ4つのオペラが作られたのだ。
ハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンのような世間的栄光を浴びず、主な交響曲を生きているうちのは演奏してもらえず、貧乏のままで生涯を終えたシューベルトだった。どの曲もあまりにも美しく、ぼくの胸はいっぱいになってしまうのだ。
だいぶ以前に、ある音楽評論家の『未完成交響曲』の解説で、トンデモナイのを読んだことがある。「この交響曲の第1、第2楽章の比類なく美しさは、この曲の未完を暗示するような、悲しさを表現している」
何をバカなことを言っているのだ。自分の曲の未完を暗示する作曲家がいるわけがないだろう。要するにシューベルトは、行き詰ったのだ。
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シューベルト (1797-1828) 31歳で死亡。 (一部抜粋しています)
生きている間、彼の才能はほとんど認められず、友人と同居して食べさせてもらわなければならないほど彼は貧しかった。
1828年10月31日、彼はレストランで魚料理を食べようとし、ちょっと手をつけただけでナイフとフォークを投げ出し、中毒にかかったらしい、といった。それ以来シューベルトはほとんど物を食わなくなった。
11月17日に見舞いに来た友人は「シューベルトはじっと寝ており、衰弱と発熱を訴えていたが、午後はまったく正気であった」といっているが、夕方になって意識障害が現れた。18日には、自分が知らない部屋に寝かされている、といって、ベッドから抜け出そうとした。
「いや、それはちがう。ここにはベートーヴェンは寝ていない」と、わけのわからないことをいい、また壁をなでてつぶやいた。「ここが私の最後だ」
19日午後3時彼は死んだ。
彼の死因については腸チフス説が有力だが、梅毒の末期症状を唱える学者もある。シューベルトは生前だれにも認められず、尊敬するベートーヴェンと会っても、声もかけられないほど内気な性質で、また彼自身窮屈にならないですむので、その生き方を好んでいたふしもある。彼の死は新聞にも報道されなかった。
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