2011-05-31
じじぃの「渡邉信・奇跡のエネルギー革命・日本を産油国に・藻から石油!夢の扉」
TBS「夢の扉+」2012年1月1日「渡邉信 教授“石油を生む藻”」 (追加) 動画 YouTube
渡邉信教授の“石油を生む藻”【オーランチオキトリウム】は、光合成で炭化水素を合成するのではなく、有機物を吸収して炭化水素を合成する特徴をもっており、何らかの有機物を供給する必要があります。
番組では、この分野で先行するアメリカは、オーランチオキトリウムは、光合成の代わりに“栄養分=エサが必要”(有機物)が必要で採算性に問題があると否定的な意見を紹介された。
これに対して、渡邉信教授は、有機物を新たな藻による供給することで採算性の問題の取り組みを行いました。
アメリカでは、自動車、ジェット機を5%程度の混合燃料で挑戦していますが、渡邉信教授とマツダは共同で70%の混合燃料でディーゼルエンジン車での実証実験に成功しました。また、仙台市と下水処理施設における実証実験の取り組みを始めました。
http://www.youtube.com/user/yumetobiplus#p/u/1/C1Ye16K4AV8
藻から石油が!日本が産油国に・・・筑波大 渡邉信 夢の扉 ~AutumnSnake (追加) 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=xt3jVJjmRf8
オーランチオキトリウム : たかじんのそこまでやって委員会 (追加) 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=cWlIWuzaTNQ
http://www.youtube.com/watch?v=amit7ksynR0
藻類が世界を変える 14/01/2011
100分の1ミリの微生物が世界を変えるかもしれない。
その微生物の名は「オーランチオキトリウム」。
http://tsukubascience.com/seibutsu/sourui_ga_sekai_wo_kaeru/
http://www.biol.tsukuba.ac.jp/~makoto/
あさイチ スゴ技Q 家庭でもできる! 新エネルギー大革命 (追加) 2011年6月7日 NHK
オイルを生み出す藻
http://www.nhk.or.jp/asaichi/2011/06/07/01.html
生産能力10倍 「石油」つくる藻類、日本で有望株発見 2010年12月15日 asahi.com
藻類に「石油」を作らせる研究で、筑波大のチームが従来より10倍以上も油の生産能力が高いタイプを沖縄の海で発見した。チームは工業利用に向けて特許を申請している。将来は燃料油としての利用が期待され、資源小国の日本にとって朗報となりそうだ。茨城県で開かれた国際会議で14日に発表した。
筑波大の渡邉信教授、彼谷邦光特任教授らの研究チーム。海水や泥の中などにすむ「オーランチオキトリウム」という単細胞の藻類に注目し、東京湾やベトナムの海などで計150株を採った。これらの性質を調べたところ、沖縄の海で採れた株が極めて高い油の生産能力を持つことが分かった。
球形で直径は5〜15マイクロメートル(マイクロは100万分の1)。水中の有機物をもとに、化石燃料の重油に相当する炭化水素を作り、細胞内にため込む性質がある。同じ温度条件で培養すると、これまで有望だとされていた藻類のボトリオコッカスに比べて、10〜12倍の量の炭化水素を作ることが分かった。
研究チームの試算では、深さ1メートルのプールで培養すれば面積1ヘクタールあたり年間約1万トン作り出せる。「国内の耕作放棄地などを利用して生産施設を約2万ヘクタールにすれば、日本の石油輸入量に匹敵する生産量になる」としている。
炭化水素をつくる藻類は複数の種類が知られているが生産効率の低さが課題だった。
渡邉教授は「大規模なプラントで大量培養すれば、自動車の燃料用に1リットル50円以下で供給できるようになるだろう」と話している。
また、この藻類は水中の有機物を吸収して増殖するため、生活排水などを浄化しながら油を生産するプラントをつくる一石二鳥の構想もある。
http://www.asahi.com/science/update/1214/TKY201012140212.html
オーランチオキトリウム フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (一部抜粋しています)
オーランチオキトリウム(Aurantiochytrium)は無色ストラメノパイルであるラビリンチュラの一種。炭化水素を高効率で生成・蓄積する株が発見され、「石油を作る能力が高い微生物」として注目されている。
【炭化水素の生産】
本属を含むラビリンチュラ類が PUFA を蓄積することは以前より知られていたところ、特に高効率で炭化水素(スクアレン)を産生する株を筑波大学の渡邉信教授らのグループが発見し、2010年12月14日に茨城県つくば市で開催された藻類の国際学会で報告した。
炭化水素を作り出す藻類は他にも知られていたが、油の回収や処理を含む生産コストが1リットルあたり800円程度かかるのが難点だった。オーランチオキトリウムを利用することで、その10分の1以下のコストで生産できると期待されている。これまで有望とされていた緑藻類のボツリオコッカス・ブラウニーと同じ温度条件で培養した場合、10-12倍の量の炭化水素が得られる。仮に深さ1mの水槽で培養したとすると、面積1ヘクタールあたり年間約1万トンの炭化水素を作り出せると試算されている。これは2万ヘクタールの培養面積で日本の年間石油消費量を賄える量であり、耕作放棄地などを利用した生産が考えられている。
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「夢の扉+ 〜NEXT DOOR〜」 2011年5月29日 TBS
【ドリームメーカー】筑波大学大学院教授 渡邉信 【ナレーター】坂口憲二
その男の、40年以上にも及ぶ地道な研究の成果がついに実った。
世界にも注目される、大量の石油を生む特別な「藻」の大発見!
これまで海外で、いくつか石油を生む藻の発見はあった。
しかし、その男が発見したのは、これまで発見された藻をはるかに上回る量の石油を生み出すという。
筑波大学大学院、渡邉信(まこと)教授、63歳。日本が誇る「藻」のスペシャリストだ。
渡邉教授の下には今、海外からヘッドハントの話が舞い込んでくる。
しかし彼は、あくまでも「日本発」の研究開発にこだわっている。
彼がどこで藻を発見したかはトップシークレット。サンプルは、限られた人しか知らされていない場所で保管。
その藻は、なんと汚水を浄化し、さらに石油をも生み出すという人類にとっては、奇跡の藻類である。
急ピッチで進められる渡邉氏の研究開発。
そして、ついに藻からとれた石油で、トラクターを動かせるのか、世界初の実験が行われることに。
その結果は?
http://www.tbs.co.jp/yumetobi-plus/backnumber/20110529.html
どうでもいい、じじぃの日記。
5/29、TBS 「夢の扉+ 〜NEXT DOOR〜」を観た。
大体、こんな内容だった。(手抜きしている)
池や沼に繁殖する藻(も)など藻類は水の中で暮らし、およそ4万種が知られている。
「石油」を作る藻
その中に石油とほぼ同じ成分を作る藻がある。
藻類学者 渡邉信(63歳)。
地道に藻を研究した学者がエネルギー革命の主役だ。石油を作る藻を探し求め、世界中の池や沼、洞窟まで調査した。そして去年、奇跡に藻を発見。それは世界でもっとも効率よく石油を作る藻だ。
渡邉教授、「まさしく、日本は産油国になる」
日本を産油国に世界初の夢の実験が始まった。そんな渡邉が今目標にするのは、
渡邉教授、「なるべく早く産業化して、世界人類を幸せにしたい」
つくば市にある筑波大学の中で取材スタッフと渡邉教授がある研究室に向かう映像が出てきた。
筑波学園都市の筑波大学で極秘の研究が行われている。我々は場所を明かさない約束で部屋に入ることを許された。この研究室に何があるのか。
渡邉教授、(冷凍保存された藻を取り出して)「はい。これです。これが『オーランチオキトリウム』というものです。液体窒素マイナス190度くらいで生きたまま凍らせています。日本の運命を左右していく大切な生き物です」
冷凍保存されたその生物はワカメやコンブと同じ藻の仲間。ただこの藻は人類にとって貴重な油を作る。その名前はオーランチオキトリウム。
藻がフラスコの中で油を作る様子の映像が出てきた。
この藻は光合成を行わず、水中の有機物を食べて油を作り、細胞内に貯め込む。特殊な染料を使うと、藻の内部が赤く光って見える。これが油だ。この油を集めれば燃える。つまり燃料として使える。
渡邉教授、(フラスコを揺りながら)「もう『油』が浮いている感じですね。何がすごいかと言うとオイル生産効率が従来の藻類と比べると10倍以上。これが非常に優れています」
これまでもっとも油を作る藻として知られていたのはボトリオコッカス。渡邉が発見したオーランチオキトリウムはその10倍以上の生産能力を持つ。この油、成分は石油とほぼ同じ。
それゆえ「石油」を生み出す藻。そして世界の注目の的に。
バイオ燃料のトウモロコシと比較。1haの土地を使って採れる油はトウモロコシはドラム缶1本。この藻は実に5万本。まさに大量生産が可能となる。
その奇跡の藻は渡邉が沖縄のある場所で見つけた。エネルギー革命とは一見無縁に思えるこの場所。オーランチオキトリウムはマングローブの根っこでひっそりと暮らしていた。渡邉はそれを持ち帰り、次世代の燃料になることをつきとめた。
渡邉教授、(水中からの水をすくって)「上の方の細かい粒子は目に見えるもんじゃないから。これは小さいから目に見えない。大きさが15ミクロン(0.015ミリ)くらい」
肉眼で見えない藻をどうやって探すのか。
渡邉教授、(貝のようなものを持って)「こういうところに藻は付いていますよ。僕はね。ここに何千種類以上の藻は必ずいると思います」
藻は確認されているだけでも4万種。まだまだ未発見のものが多いという。
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新聞の記事 「生産能力10倍 『石油』つくる藻類、日本で有望株発見」という活字が映像に出てきた。
新聞がこのスクープを報じたのは去年の12月。藻からエネルギー革命を起こす男。渡邉に風が吹き始めた。
オーストラリア・アデレート大学は藻の研究で知られる。その権威デビット教授はこのニュースに驚いた。
デビット教授、「渡邉教授は非常に重要な藻を発見しました。これはすばらしい発見です。日本は産油国になれる可能性が十分ありますよ」
渡邉教授、「まさしく、日本は産油国になる」
たとえば、琵琶湖の3分の1、2万haでこの藻を培養すれば日本は石油は輸入する必要がないと渡邉は言う。用地は十分にある。全国で使われていない田畑、耕作放棄地。もしこれが油田になれば。
渡邉教授、「20万haで藻を生育しれば20億トンの石油生産が可能になる。世界の石油需要が50億トンですから、その40パーセントが日本で生産可能になるんです」
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渡邉が力強く、笑顔で研究できたのは妻の途子さんが支えてくれたからだ。大学時代に出会い、結ばれた2人。途子さんの目に渡邉はどう映っているのだろうか。
途子さん、「オタクです。それだけは言えます。バックの中にいつもポリ瓶ですよ。トランクの中、リュックの中、いつもどこかに出かけるという時にはポリ瓶ですからね。やはり藻が好きな人間ですよね」
デートの時でも新婚旅行でも、渡邉はこのポリ瓶と藻を採集するスポイトを持ってきた。大学卒業後研究員となった渡邉。その頃の収入はスズメの涙。生活費は途子さんがまかなった。
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日本を産油国にしたい。熱い思いを秘めた渡邉。次なる挑戦は奇跡の藻オーランチオキトリウムでエンジンを動かす。
バイオ燃料の混合濃度
エタノール 3%
日本では自動車などの燃料に混ぜているバイオ燃料の割合は3%が上限と定められている。
渡邉教授、「本当に今使っている割合(3%)で、藻の『石油』を入れたら動くのかという初めての実験なんです。これをやらなくちゃいけない」
最終目標は藻がつく油100%。そのための大事な一歩だ。研究室でプロジェクトがスタート。油を作るために最新のバイオ装置から、この中で15ミクロンの小さな藻が有機物を食べながら油を作っている。1ヵ月半後、石油とほぼ同じ成分を持つ油が出来た。
渡邉教授が油が入ったビーカーを持ち上げて、
渡邉教授、「やっと採れましたね。1.5Lあります」
取材スタッフ、「動きますか?」
渡邉教授、(憮然として)「当然、動きますよ。動かなかったらトラクターが故障しているんです」
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トラクターの助手席に妻の途子さんを乗せて、満足そうにほほえみながら、トラクターを運転している渡邉教授の姿があった。
じじぃの感想
「1haの土地を使って採れる油はトウモロコシはドラム缶1本。この藻は実に5万本。まさに大量生産が可能となる」
これって、すげー。
じじぃの「人の死にざま_617_田沼・意」
田沼意次 - あのひと検索 SPYSEE
http://spysee.jp/%E7%94%B0%E6%B2%BC%E6%84%8F%E7%9F%A5/20061/
田沼意次と松平定信」 〜'09.12.19 黒田裕樹の歴史講座 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=K2UE-fwS0h4
http://www.city.makinohara.shizuoka.jp/asp/mc0040.asp?eno=L759203090
田沼意次 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (一部抜粋しています)
田沼意次は、江戸時代中期の武士・大名。遠江相良藩の初代藩主である。相良藩田沼家初代。
【生涯】
享保4年(1719年)7月27日、田沼意行の長男として江戸の田安屋敷で生まれる。
宝暦11年(1761年)、家重が死去した後、世子の第10代将軍徳川家治の信任は厚く、破竹の勢いで昇進し、明和4年(1767年)にはさらに5,000石加増、御用人から側用人へと出世し従四位下に進み2万石の相良城主となって、明和6年(1769年)には侍従にあがり老中格になる。安永元年(1772年)、相良藩5万7,000石の大名に取り立てられ、老中を兼任し、前後10回の加増で僅か600石の旗本から5万7,000石の大名にまで昇進し、側用人から老中になった初めての人物となった。
この頃より老中首座である松平武元など意次を中心とした幕府の閣僚は、数々の幕政改革を手がけ、田沼時代と呼ばれる権勢を握る。悪化する幕府の財政赤字を食い止めるべく、重商主義政策を採る。内容は株仲間の結成、銅座などの専売制の実施、鉱山の開発、蝦夷地の開発計画、俵物などの専売による外国との貿易の拡大、下総国印旛沼の干拓に着手する等の政策を実施した。その結果、幕府の財政は改善に向かい、景気もよくなった。しかし、社会の初期資本主義化によって、町人・役人の生活が金銭中心のものとなり、そのために贈収賄が横行した。
外国との貿易を黒字化させて国内の金保有量を高め、さらには北方においてロシア帝国との貿易も行おうとしていたほか、平賀源内などと親交を持ち、蘭学を手厚く保護し、士農工商の別にとらわれない実力主義に基づく人材登用も試みたが、これらの急激な改革が身分制度や朱子学を重視する保守的な幕府閣僚の反発を買い、天明4年(1784年)に息子で若年寄の田沼意知が江戸城内で佐野政言に暗殺されたことを契機とし、権勢が衰え始める。
意次は蟄居を命じられ、二度目の減封を受ける。相良城は打ち壊し、城内に備蓄されていた金穀は没収と徹底的に処罰された。長男の意知は既に死去していて、他の三人の子供は全て養子に出されていたため、孫の龍助が陸奥1万石に減転封のうえで家督を継ぐことを許された。同じく軽輩から側用人として権力をのぼりつめた柳沢吉保や間部詮房が、辞任のみで処罰は無く家禄も維持し続けたことに比べると最も苛烈な末路となった。
【政策】
田沼の経済政策は、市中に流れる貨幣の流通速度をコントロールして経済を活性化し、そして商人に対する課税によって幕府の財政を健全化させる目的があったとする説が有力である。意次は逆に景気を刺激し、内需を拡大し、その結果利を得た商人に課税しようと考えたのである。
そのため、広く人材や献策を取り入れたが、「山師」の跋扈する時代を生むこととなった。そのようなマイナス面を見て、彼の行った諸政策を「金権政治」の一言で切り捨てる向きもあるが、農民に重税を課すような苛政ではなく、民衆を富ませて幕府財政を立て直そうとした側面を無視している。田沼意次の在任中に幕府財政の貨幣収入が増えたことは特筆に価する。
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田沼意次(たぬまおきつぐ) (1719-1788) 69歳で死亡。
いわゆる「田沼時代」を作った田沼意次は、天明4年、子の意知が殿中で刃傷(にんじょう)のため殺されると運命傾き、天明6年にはわずか2日間で屋敷の引払いを命ぜられるありさまで追放された。やがて彼は、所領3万7千石のうち2万7千石を没収され、貯め込んだ家財はすべて吐き出させられ、天明8年6月24日、さびしく死んだ。
しかし幕府の「近代化」は彼の死とともに葬られた。
田沼の命脈はほとんど絶えたかに見えたが、70数年後その6代の孫田沼意尊は幕軍の総大将となって、幕末のいわゆる水戸天狗党をみな殺しにしてしまう。
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