2012-01-21
じじぃの「第146回芥川賞・円城塔『道化師の蝶』は普通の小説ではない?あさイチ」
文藝春秋 3月号 芥川賞受賞作品 円城塔 「道化師の蝶」/田中慎弥 「共喰い」
http://www.bunshun.co.jp/mag/bungeishunju/index.htm?cid=toppage
書評家・杉江松恋が読んだ! 第146回芥川賞候補作品、ほんとうに凄いのはこれだ! 2012年1月13日 エキサイトニュース
http://www.excite.co.jp/News/reviewbook/20120113/E1326388999267.html
円城塔「道化師の蝶」のあらすじ・感想【第146回(2012)芥川賞】 NAVER まとめ
妻/田辺青蛙(作家)
http://matome.naver.jp/odai/2132684696138526701
全文掲載:芥川賞選考委員 黒井千次さん 2012年01月18日 NHK「かぶん」ブログ
今回の第146回芥川賞はふだんに比べて大幅に早く、午後7時前後に両賞とも発表されました。対照的な2本の作品の受賞はどのような選考を経て決まったのか。芥川賞の選考委員を25年つとめ、今回で退任される黒井千次さんの記者会見を全文掲載します。
http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/800/106753.html
あさイチ 「書籍決定! 芥川賞・直木賞」 2012年1月20日 NHK
【司会】井ノ原快彦(タレント)、有働由美子(NHKアナ) 【解説委員】柳澤秀雄 【書籍ナビゲーター】中谷文彦アナウンサー 【ゲスト】ロバート・キャンベル、円城塔(作家/第146回芥川龍之介賞受賞)
今週の「特選!エンタ」は、「第146回芥川賞&直木賞」を特集します。
今年度下半期の伝統ある文学賞の選考が、17日(火)に行われました。「あさイチ」では、おなじみロバート・キャンベルさんをナビゲーターに、今回のノミネート作品を一挙ご紹介。両賞の受賞作と作者の魅力に迫ります。
●芥川龍之介賞作品
●直木三十五賞作品
http://www.nhk.or.jp/asaichi/2012/01/20/02.html
どうでもいい、じじぃの日記。
1/20、『あさイチ』の番組で特集「書籍決定! 芥川賞・直木賞」を観た。
大体、こんなことを言っていた。 (手抜きしている)
「特選! エンタ」、今週発表された「第146回芥川賞&直木賞」について特集です。
芥川賞・直木賞を受賞された3人が、それぞれ自作の本を持って記者会見している映像が出てきた。
本日は注目の芥川賞受賞作家 円城塔さんがスタジオに生出演!します。
キャンベルさん、「芥川賞って不思議な賞ですよね。文芸誌ってほとんどの人がまだ見ていない作品が対象で、それだけ世の中が何かお祭り気分になるんですよね。映画でいえばオスカー賞、まだ封切していないのにノミネートされて賞がある。とっても世界を見てもいろんな賞がありますけど、日本だけの現象なんです」
中谷さん、「その芥川龍之介賞ですが、こちらは純文学の短編作品の中で優秀な作品に贈られます。主に新進作家が対象なんですが、今回は円城塔さんの『道化師の蝶』、田中慎弥さんの『共喰い』が受賞されました。特に田中さんはストレートな記者会見が話題になりましたが・・・」
キャンベルさん、「田中さんの文章って、すごく静かで筋に正しく丁寧な文章で、それと対照的にそのキャラクターが話題を呼んだんですね」
中谷さん、「一方、直木三十五賞なんですが、こちらは優秀な大衆文芸作品に贈られます。葉室麟の『蜩ノ記』が受賞されました」
中谷さん、(そばの円城さんに)「大阪にお住まいなんですが、受賞が決まってから・・・」
円城さん、「ずっと、帰れずに・・・」
中谷さん、「円城さんは理系なんですね。東北大学理学部で学んで、その後東京大学大学院で博士課程を修了。デビュー5年目、3度目のノミネートで受賞ということです」
有働さん、「とんとんびょうしで決まった気がします」
円城さん、「もと研究者だったので、どうなるか分からない。全然違うとこに行ってしまったので」
柳澤さん、「何で理系、やめちゃったんですか」
円城さん、「あっ、仕事なかったから」
みんな、爆笑。
円城さん、「年度単位で契約を更新していくんですけど、次の年度の更新ができそうになかったもので。じゃ。小説書こうかなって」
有働さん、「今回の作品は大変難しそうな・・・」
中谷さん、「私も読ましてもらいましたけど、私は内容を紹介できない。難しくて」
有働さん、「それは中谷君だからかもしれない。キャンベルさんさんだったら」
キャンベルさん、「ストーリーを追うことだけが小説の楽しみだと思っている人には、ちょっと取っつきにくいかもしれない。だけどその概念を外して単純に1つづつ場面ごとに展開する奇想天外の発想。重箱というよりラセン階段を登っていくようように、主人公や登場人物がある小説家を書いたのを追っかけて見つけようとするサスペンスの部分があるんですが、それが性別が入れ替わったり、モロッコに吹っ飛んでまた戻ったり、飛行機の中の話であったりと、一直線じゃないんです。ただ、ゆるやかにそれがつながっているというところが非常に面白い。そして僕はすごく楽しく読んだ。なんか、ユーモアをすごく感じた。そのユーモアというのがきっちり書かれている文体とちっちゃかめっちゃか、内容がナンセンスなんです。ある意味で日本のユーモアそのもの。漫才であったり昔の演劇であったり、芝居であったりするのに通じるペーソスをすごく感じた」
中谷さん、「聞いてても分かるようで分からなかったりして」 (笑い)
みんな、「読みたくなる」
中谷さん、「今日、お互い初対面だったが、キャンベルさんが最初の挨拶で『いやぁ、面白かったです』と、その時、円城さんが『初めて言われた』って」
みんな、爆笑。
中谷さん、「選考委員も意見が割れたということです。選考委員の黒井千次さんの受賞発表直後の選評をご覧いただきましょう」
選考委員の黒井千次さんが受賞発表直後の選評を述べている映像が出てきた。
黒井さんの選評、
「円城塔の『道化師の蝶』は、これは普通の小説とは違っていてストーリーがあり人物があり場面がありという格好で展開していく、いわゆる、こう読んで楽しかったり面白かったりはらはらしたりする小説ではありません。メタ小説、メタフィジックなフィクションというふうなものではないかという議論も出てきました。メタフィクションという意味も、私は十分作品に即してはつかめなかったですが、一種のフィクション論ではないかと。中身を説明しても難しいですから、中身の説明ははぶきますけれども、とにかく不思議な話が展開していくという小説で。これは、いろいろ難しいところがいっぱいあって、科学・サイエンスの論理というか理屈というか現象というか研究というか、そういうものにも関連しながら、ひとつのフィクションという世界を作り出そうとしたという。不思議なことばかり起きるんですが、それが全体としてどういう関係になっているかは部分部分ではつかめても、結びつけてひとつの構築物としてつかむということが僕にはうまくいきませんでした。もちろんそれがよくわかってそこのところを評価した意見もあったわけですけれども。普通の今までの小説とはちょっと違うのではないかという意見があった。その『違う』んではないかというところの面白さ、その『新しさ』の面白さに注目があり、評価でありました」
円城さん、「お話よりは、読んだときにどう思うのかを積極的に出せればと。不思議な感じで読んでもらえればうれしいです」
キャンベルさん、「普通の物語だとAからB、Cとたどっていくとすれば、そうではなくて、本当に行ったり、戻ったり、違う次元にワープするようなところがあります。何か読んでいて活性化する感じです」
井ノ原さん、「そんなふうに読むというのはいいかもしれませんね」
キャンベルさん、「そうです。難しいというと、何か内向きな印象があると思いますが、そうでなくわりと挑戦するというか、読者に呼びかけているような小説です」
・
じじぃの感想
「今日、お互い初対面だったが、キャンベルさんが最初の挨拶で『いやぁ、面白かったです』と、その時、円城さんが『初めて言われた』って」
難解な小説であるらしいことは間違いないようだ。
じじぃは来月発売される『文藝春秋』を楽しみに、待つことにしよう。
じじぃの「人の死にざま_809_ウィリアム1世(イング)」
ウィリアム1世 - あのひと検索 SPYSEE
http://spysee.jp/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A01%E4%B8%96/2077/
King William I "The Conqueror" (1028-1087) - Pt 1/3 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=gItfGVaRnZo
http://www.youtube.com/watch?v=Im2u_uuHlko&feature=related
ウィリアム1世 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (一部抜粋しています)
ウィリアム1世(William I, 1027年 - 1087年9月9日)は、イングランド王(在位:1066年 - 1087年)。通称は征服王(William the Conqueror)。ノルマンディー公(ギヨーム2世、在位:1035年 - 1087年)でもあった。イングランドを征服し(ノルマン・コンクエスト)、ノルマン朝を開いて現在のイギリス王室の開祖となった。
【ノルマンディー公時代】
ノルマン人の支配するノルマンディー地方の君主であるノルマンディー公ロベール1世の庶子として、フランスのファレーズで生まれた。母は北西フランスの皮なめし職人の娘アルレット。出生のため庶子公ギヨームとも呼ばれる。
1066年1月にエドワード懺悔王が死去すると、ハロルドが名乗りをあげてイングランド王ハロルド2世に即位した。その弟トスティはこれに不満を持ちノルウェー王ハーラル3世を誘って、ヨーク東方のスタンフォード・ブリッジに攻め込んだ。ギヨームもエドワード懺悔王とハロルドとの約束を掲げて9月28日、6000人の騎士を含む12000の兵を率いてイングランド南岸に侵入した。
両面に敵を受けたハロルド2世は、まずトスティとハーラル3世を9月25日のスタンフォード・ブリッジの戦いで討ち取ると、反転して10月14日にヘースティングスでギヨーム軍と戦った(ヘイスティングズの戦い)。騎兵を主力とするノルマン軍ははじめ歩兵中心のイングランド軍に苦戦を強いられたが、敗走すると見せかけて後退し、それを追って敵軍が陣形を崩したのを機に反転して攻勢をかけ、ついにハロルド2世を討ち果たした。ドーバー、カンタベリーも落とし、12月にロンドンを降伏させた。
1066年12月25日、ギヨームはウェストミンスター寺院でイングランド王ウィリアム1世として戴冠した。こうしてウィリアム1世はフランス王臣下にしてイングランド王の地位を得た。
【イングランドの統治】
ウィリアム1世は旧支配勢力のサクソン貴族を駆逐して土地を奪うとノルマン人の家臣に与え、同時に戦時への参戦を約束させ、イングランドに封建制度を確立した。
ウィリアム1世のイングランド征服の後、イングランドが外国軍によって征服されることはなく、後の王家は全てウィリアム1世の血統を受け継いだ。またウィリアム1世の宮廷ではノルマンなまりのフランス語が使用されたが、時代と共に現地の言葉と融合し現代に至る英語が形成されていった。
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『井沢元彦の英雄の世界史』 井沢元彦/著 廣済堂文庫 2008年発行
ノルマンディ公 ウィリアム1世 (一部抜粋しています)
われわれは今、イギリスを1枚岩の国のように考えているが、実はそうではない。イギリスの国連での席次は「U」に属すが、それは正式名称が、グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国(The United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)だからである。つまりイギリスという国は「連合国」なのだ。
その国土は、いくつもの島からなる。一番大きな主島がグレートブリテン、次に大きな島がアイルランド、それに細かな島々が含まれ、いわゆる「イギリス」となっているのだ。
さらにグレート・ブリテンは、行政的には「イングランド」「スコットランド」「ウェールズ」の3地区に分かれる。こうしたイギリスの複雑な成り立ちは、国旗である「ユニオンジャック」にも表れている。ユニオンジャックは、3地区それぞれの守護聖人を象徴する3色の十字を組み合わせたものだからだ。
日本でも人気の高いサッカー選手デビットベッカムは、白地に赤十字の旗を掲げるが、これは彼がイギリスではなく、イングランドの代表であることを表している。
イギリスの主島、グレートブリテン島にもともと住んでいたのは、アングロサクソンという人種で、9世紀頃には彼らによる統一国家「イングランド王国」が成立していた。ウィリアム1世とは、11世紀に起きたアングロサクソンによるイングランド王室の王位継承問題に乗じ、イングランドを征服し、ノルマン人による王朝を新たに打ち立てた人物である。
初め彼は、イングランドとは海を隔てた強国、フランスの一地方領主に過ぎず、領有していた土地の名前をとって、「ノルマンディ公」と呼ばれていた。イングランドというのは、第二次世界大戦の際に連合軍の大規模な上陸作戦が行われたことで知られるフランス北西部の地である。
ことの発端は1066年、それまでイングランドを治めていたエドワード懺悔王が跡取りのないまま死亡し、その義弟にあたるウエセックス伯ハロルドが王を称したことに始まる。ノルマンディ公ウィリアムがこれに異を唱え、自らの王位継承権を主張したのだ。
彼の主張にも一応根拠はある。まず第1に、自分が故エドワードの遠縁にあたること、そしてもう1つは、かってハロルドが自分に臣従することを誓っていたことである。
ウィリアムがイングランド侵攻の準備を進めている頃、北海を挟んで向かい合うノルウェーもまたイングランドに領土的野心を燃やし、イングランド北部に侵攻、ヨークという町を占領した。そしてハロルドがこのノルウェー軍を撃退するために北へ移動したところを狙って、ウィリアムはイングランドに侵入し、ヘイスティングに陣を敷いた。
この知らせを聞いたハロルドは、ノルウェー軍を撃退すると急いでヨークからとって返し、ウィリアム軍と対峙した。こうして1066年10月13日、イングランドの領有権を目指したチャンピオンシップが、ヘイスティングの北部において繰り広げられたのである。
当初この戦いは、盾と斧で強力に武装した歩兵による密集戦法を用いたハロルド軍が、槍による一騎打ち戦法を得意とするウィリアム軍を圧倒した。しかし、ウィリアムは自軍が不利と見ると、途中で戦法を転換、わざと敗走したと見せかけて、密集を解いて追撃してきたハロルド軍を待ち伏せし、各個に撃破したのである。
これによりハロルドは混乱のうちに戦死、丸1日の激戦で、ウィリアムは勝利を手にした。
その後南東部地方を制圧したウィリアムは、ロンドンを開城させ、同年のクリスマスにはイングランド王ウィリアム1世として戴冠。これによってアングロサクソン民族の王朝は滅亡し、ノルマン人による新しい王朝が誕生したのである。
この事件は、イギリス中世史最大の事件とされ、「ノルマン・コンクエスト」と称される。
これがどれほど大変なことであったかは、日本に置き換えてみればすぐわかる。たとえれば、朝鮮半島の王が、日本の領有権を主張し、武力で日本を占領したようなものなのだ。
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ウィリアムが生きたのは、日本の歴史でいえば平安時代の末期、人間の戦いの型というものはそれほど大きく変らないものだから、日本と朝鮮も今ではまったく別の国と認知されているが、もしかしたら、記録に残っていないだけで、両国の間にもノルマンとアングロサクソンと同じような争いが繰り広げられていたのかもしれない。
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同時受賞の田中さんがあまりにもインパクトがありすぎたため、
円城さんの受賞のインパクトが薄れてしまいましたが、
もともと円城さんに備わっている能力や性格が
にじみ出た対応だったようですね。
↓のサイトで、円城さんと田中さんの記事がありました。
http://www.birthday-energy.co.jp
円城さんは、「無欲で平坦」が特徴とか。
そろそろ受賞作も発売される時期ですね。
たのしみです!
こんなボログでも見てくれてありがとうございます。
円城塔さんは大学で物理学を専攻された方なんですね。
作品 『道化師の蝶』のなかに「物理学」が潜んでいるような気がします。
読んで、結局、分からなかった、になるような感じがします。(^^;;
でも、楽しみにしています。