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老兵は黙って去りゆくのみ

2016-07-03

じじぃの「人工知能・量子コンピューターで宇宙を再現・宇宙は生きているのか?時空を超えて」

06:07

宇宙は生きている? 動画 Youtube

https://www.youtube.com/watch?v=Gc2LDcPrtMY

Deep Learning - Jurgen Schmidhuber - #1 動画 Youtube

https://www.youtube.com/watch?v=JSNZA8jVcm4

NHKドキュメンタリー 時空を超えて 「宇宙は生きているのか?」  2016年7月1日 NHK Eテレ

【語り】モーガン・フリーマン

宇宙は「巨大な生命体」なのか?

生命体に必要な心臓の鼓動に関しては、宇宙はニュートリノの力によって膨張と収縮を行っているという説もあり、これは宇宙の心臓の鼓動なのかも知れない。繁殖に関しては、ブラックホールによって、新たな宇宙が生みだされているという説を紹介。また、宇宙は、巨大なコンピュータによる計算であり、生命はそこから生み出された偶然の産物だという大胆な説など、宇宙の謎を多角的に考察する。

http://www4.nhk.or.jp/P3452/x/2016-08-19/31/66070/1988005/

7月1日 NHKドキュメンタリー 時空を超えて 「宇宙は生きているのか?」 より

基本プログラムを解読せよ

もし、宇宙が量子コンピューターのようにものを考えているとすれば、我々は宇宙の考えを読み取ることはできるのでしょうか。

宇宙は人間の思考でシュミレートできる巨大な量子コンピューターである、と考える科学者がいます。

その考えが正しいとすれば、宇宙がこれまで考えてきたことを理解し宇宙の頭の中を覗く方法はあるのでしょうか。

過去数百年にわたり、ニュートンアインシュタインといった天才たちが宇宙の根源的な物理法則を見つけようとしてきました。

また、宇宙を巨大なコンピューターによる計算であり、生命はそこから生み出された偶然の産物として捉えることで、新たな道が拓けるかもしれません。

スイスのテール・モール人工知能研究所 コンピュータ科学者ユルゲン・シュミットフーバーが野心的な計画に取り組んでいます。コンピューターで宇宙を再現しようというのです。

シュミットフーバー、「私たちの宇宙は実はとても単純な物理法則に従っているだけなのかもしれません。部分的には解明されていますが、その法則によって宇宙は巨大なビデオゲームであるかのようにプログラムされているのかもしれません」

宇宙が巨大だからと言ってそれを作り出すプログラムが複雑である必要がない、とシュミットフーバーは考えています。

シュミットフーバー、「基本的な原理さえあれば複雑な模様を描き出せるのと同じです」

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どうでもいい、じじぃの日記。

7/1、NHKドキュメンタリー 時空を超えて 「宇宙は生きているのか?」を観た。

宇宙が巨大だからと言ってそれを作り出すプログラムが複雑である必要がない、とシュミットフーバーは考えています。

地球シミュレータ」というスーパーコンピュータシステムが稼働している。

「宇宙シミュレータ」というスーパーコンピュータシステムがあってもおかしくないのだ?

(素朴な疑問:ブラックホールを簡単に作っていいのかな?)

じじぃの「神話伝説_163_ゼノン(ストア派)」

06:04

哲学入門13 ストア派禁欲主義とは? 動画 YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=kvPu9iZ2hxw

ゼノン

ストア派 ウィキペディアWikipedia)より

ストア派はヘレニズム哲学の一学派で、紀元前3世紀初めにキティオンのゼノンによって始められた。

破壊的な衝動は判断の誤りから生まれるが、知者すなわち「道徳的・知的に完全」な人はこの種の衝動に苛まされることはない、と説いた。

ストア派が関心を抱いていたのは、宇宙論決定論と人間の自由意思との関係や、自然と一致する意志(プロハイレーシスと呼ばれる)を維持することが道徳的なことであるという教説である。このため、ストア派は自らの哲学生活の方法として表し、個々人の哲学を最もよく示すものは発言内容よりも行動内容であると考えた。

ストア派は破壊的な衝動に打ち勝つ手段として自制心や忍耐力を鍛えることを説いた。明朗で先入観のない思考によって普遍的理性(ロゴス)を理解することができると彼らは考えた。ストア派の最大の特徴は個人の道徳的・倫理的幸福を追求することにある: 「『徳』は自然と一致した『意志』にこそ存する」 この思想は対人関係のような分野にも適用される; 「憤怒、羨望、嫉妬から解放されること」と奴隷をも「全ての人は等しく自然の産物なのだから他の人と対等だ」と認めること。ストア主義は、非道な権力に抗する際や、災難の続く事態に対峙する際の慰めとなった。

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佐藤優さん、神は本当に存在するのですか?』 竹内久美子佐藤優/著 文藝春秋 2016年発行

愛する隣人って誰のこと? より

佐藤 聖書に収められている「使徒言行録」は、パウロを中心とした人たちがキリスト教換骨奪胎し、異質なものにしていく物語なんですよ。パウロは宣教にあたって競合する連中を片っ端からパージしていく。ついには完全にパウロ教のキリスト教につくり替えてローマに住み着いたところで終わりになっています。

竹内 ローマで投獄されてそのまま死ぬんではなかったのですか。でも、パウロという人間がいたことは事実ですか?

佐藤 それはほぼ文献的に実証されている。

竹内 たった1人でつくり上げたんでしょうか?

佐藤 パウロに従った人たちはいたけれど、パウロという男なしに今のキリスト教はありえませんね。「パウロ書簡」のいくつかは獄中から出しているんだけど、つまり檻の中にいても、看守をたらし込むだけのカネと知恵があったから外に持ち出せたわけで、パウロというのはそれほど強烈な個性の持ち主だった。

竹内 いや、聖書をはじめいろんなキリスト教関係の本をにわか勉強しましたけど、パウロが一番のワルです。頭の良さにも感心させられましたけど。

     ・

竹内 そんなペトロが「使徒言行録」ではパウロと並ぶ主人公になっていませんか?

佐藤 途中まではね。やはりカトリック教会では、ペトロがイエス継承者ということになっているので軽視できない。ただ、聖書に書かれているペトロ像は、歴史実証性からはほとんど説明できない事柄です。それでもカトリック教会にすれば、ペトロがイエスから鍵を渡された一番弟子であるということが重要なんですよね。正教会ペテロパウロもあまり重視せずにヨハネを重視していますけど。

竹内 だから、「ヨハネによる福音書」だけが他とは違ってるのか。

佐藤 そう。キリスト教の系統によって、どこを重視するかが違うんですね。プロテスタンティズムは圧倒的にパウロ教ですから。

竹内 いや、それで「隣人」のこともパウロ教のことも、だいぶ整理されてきました。だけど一般に、キリスト教というのは誰にでも慈悲を説くものと思われてるでしょう?

佐藤 それはストア哲学が混入しちゃって、ストア哲学博愛を、キリスト教の愛だと勘違いしてるんでしょうね。

竹内 勘違い?

佐藤 博愛はストアの発想です。1世紀のギリシャで、ちょうどキリスト教が入ってきたのと同じ頃に流行したのがストア哲学で、心の平静と万人に対する普遍的な愛を説く。この場合の万人とは、すべての人類という意味です。あの当時のギリシャ哲学はみな、観念的、抽象的なんです。だって生活になんの心配もないポリスの知識人がたたかわしていた議論ですから、それに対してキリスト教の隣人愛は万人向けではない。「汝自身を愛するように」という言葉がポイントで、可愛い奴は思いっきり可愛がろう、自分自身を可愛がるように可愛がろうという、いわば依怙贔屓(えこひいき)な愛ですからね。

竹内 そういうストア哲学みたいな観念的な議論って役に立たないから消え去りませんか? パウロのような現実的な教えに取って代わられますよね?

佐藤 消え去ります。現にパウロ教は広まっていきました。そして現在あるキリスト教は、ストア的な博愛を建前としつつ、事実上は偏愛をすすめていくというダブルスタンダードになっている。それらを適宜使い分けるのがキリスト教の特徴です。ずるい宗教なんです。このハイブリッドな構造こそが、キリスト教が長持ちする原因なんですよ。

竹内 なるほどお、理想を求めるタイプの人もスカウトできるし、現実的な人もスカウトできる。うまいことやりますね。

佐藤 聖書を読めばよく分かるけれど、キリスト教というのは、そもそもユダヤ教の時代から、人を選別して、気に食わない者は皆殺しにする――ジェノサイド専売特許ですからね。イエスキリスト教だって、その伝統は消えてないわけで、博愛でもって人類を等しく愛することなんて考えないですよ。