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老兵は黙って去りゆくのみ

2017-04-21

じじぃの「科学・芸術_148_レバノン・ワイン源流の地」

06:05

WHO IS JEZEBEL? 動画 YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=6XRTMGuUm5A&spfreload=10

バアル像

聖書に見る人間の罪―暗黒に光を求めて』 三浦綾子/著 光文社文庫 1986年発行

残虐な悪女たち より

聖書にもいろいろな悪女が登場する。小説「サロメ」で有名な王妃ヘロデヤは、義人バプテスマのヨハネの首を、祝宴の場で余興に斬らせた。だが、旧約聖書に出てくる悪玉アハブの妻イゼベルと、そのイゼベルの娘アタリヤの母子ほど、残虐な権力者はちょっと見当たらないのではないだろうか。

時はソロモンの死後、約50年頃のことである。栄華を誇ったソロモンが死んで間もなく、イスラエル王国は2つに分裂した。即ち南朝ユダと北朝イスラエルである。南朝ダビデ家系であった。

まず北朝イスラエルのアハブ王に嫁いだイゼベルから話を起こす。このイゼベルについては、私の著書『旧約聖書入門』にもふれているが、今また少しく言及してみたい。イゼベルはフェニキアの祭司の娘であった。フェニキアイスラエルの北方にある隣国で、その宗教はバアル神信仰であった。唯一神を信じるイスラエルとは全くちがった宗教であった。

こう書くと、宗教個人自由である。浄土真宗の人が日蓮宗のところに嫁ぐことも、無神教の人がクリスチャンと結婚することも、よくあることではないか、と人は言うかもしれない。だがこのバアル神をイゼベルは、自分のみではなく、夫のアハブ王にも、国民にも強制したのである。バアル神信仰も1つの宗教なのだから、熱心に伝道したのであろうくらいに、私は初め思っていた。が、私はバアル神信仰の実態を全く知らなかったのだ。

『新聖書辞典』によれば、バアルは肥沃神であり、所有者を意味するという。バアルは植物の生成を司る神として崇められ、豊饒を約束する神と信じられた。問題はその信仰のあり方である。農産物の豊饒は、バアルとその配偶神であるアシタロテとの性交による結果だと考えられた。雨と植物はバアルの支配下にあると信じられ、その雨が土と交わり合う時に、神秘的な肥沃の業が行われると考えられた。そして、バアルを代表する男子と、配偶神を代表する女子との性交が、神殿における儀式に組みこまれていたわけである。

聖書にはしばしば「神殿娼婦」「神殿男娼」の語が出てくる。私はそれを単に参詣人を客とする娼婦であり、男娼であると思っていた。むろんそうした娼婦、男娼もあったであろうが、まさか宗教儀式の中において、性交が営まれるとは、今の今まで夢にも思わなかった。鈴木サチ子氏著『旧約聖書のはなし』には、このバアル信仰について、

<その強調するところは、道徳や善ではなくて、豊饒とセックスでありました。したがって、肉欲の崇拝が神への信仰とみなされ、神殿娼婦および男娼は宗教に属する神聖な階級とされて、その売淫収入は、神への奉納金として神殿の金庫に納められるといったありさまでした>

と書かれている。

言ってみれば現代のヌード劇場におけるまないたショーのごときものであったろうか。何とも大変な宗教である。

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シリアレバノンを知るための64章』 黒木英充/著 赤石書店 2013年発行

ワイン源流の地 より

レバノンを初めて訪れたのはアメリカで1年を過した帰り途、1975年の6月だった。この国が十七年戦争とも名づけた長い内戦に突入する直前、すでに不穏な情勢であった。

しかしベイルート入りした3日後、私たちは幸いにも一気に千メートルのベカー高原を昇り、聖書の時代からあこがれをもって眺められたという美しいレバノン山脈や葡萄畑を、反対側には荒寥とした赤土の谷間などに見とれながら1時間半、世界最古の町シリアダマスクスに通じる道を走り、バアルべックの町に到着した。

バアルペックの遺跡は不思議な複合神殿アクロポリスである。そもそもはフエニキア人(レバノン人の祖先)が自分たちの神バアルを祀った地だったが、ギリシアの時代が来ると彼らはここを太陽の町(ヘリオポリス)と名付けた。次に来たローマ人たちはこの地に最大規模の複合神殿を建立した。

西暦60年ごろにまずジュピター神殿ができ、その150年後にはバッカスヴィーナスの2つの神殿が完成した。葡萄とワインの神バッカスを祀る遺跡が現存するのはバアルベックが世界でただ1ヵ所という。

私のワインに対する好奇心は、実はその半年ほど前から始まったのだった。カリフォルニアワイン禁酒法の不遇をようやく脱して、かなりの味わいを誇るブランドや名門ワイナリーがテレビで宣伝され始めた頃だったので、私は何冊かの本を買い込んでアメリカだけでないワイン世界とその歴史に興味を持つようになった。

ワイン発祥の地についても、グルジアアナトリアメソポタミアとある中にレバノンの山々という説があったのを記憶していたし、イエス・キリストが結婚の祝宴で水をワインに変えたあの奇蹟の起きた村、ガリラヤのカナがベカ上局原に近い事実にも気がついた。もしかして、レバノンこそワイン源流の地ではなかったのか?

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レバノン旧約聖書の中ではカナンの地として登場する地域に全土が入ってしまう国でもあり、古代イスラエルの神が何としても自らの民のために獲得したいミルクと蜂蜜、そして美酒ワイン象徴される土地だった。

ことにワインエジプト王朝全盛期から引っぱりだこの人気だったし、中世ヨーロッパでも贅沢で高価なものとされたのがカナン産だった。しかしそれは当然であり、この地にはバッカス神殿ができる前に、先住の神として人々の厚い信仰を集めていたバアルペックの主、バアル神が存在していたからだ。彼こそがワインと深い関係にある神だった。

――紀元前13世紀頃彫られたバアル神のレリーフは、現在はパリのルーブル美術館に収まっているが、発掘されたのは1928年ベイルート北方の丘だった。神殿跡や襖形文字でびっしりと神話が記された粘土板など、大量の出土品があったという。

その樹形文字はウガリット語といわれる言葉でそれまで未知のものだったが、学者たちの熱烈な研究のあげく3年で解読され、3000年以上も埋もれていたバアル神話が現代の光を浴びたのだった。

バアル神は古代オリエント世界の農耕神であり、大地に雷鳴を轟かせて雨をもたらし、万物の生命を蘇らせる主だ。カナンの地は沙漠に生きるイスラエルの民の憧れであり、緑濃い作物の豊かに実る肥沃な土地であった。この地に暮らす人々は平和と子孫繁栄を願う農耕民族であり、バアル神も同じくペアの神アナトと結婚し家族を守る優しい神だった。

しかし人間を生かす穀物は1年草の実であり、1年毎の侈い生命である。人間の関係もやがては滅びるものだ。ところが血は子孫に伝えられて何年も生き続ける。その事実こそがキリストの言葉ならずとも農耕文化の中でワインを造る人間存在の証ではないだろうか。ワインは農耕社会の絆とも要とも言えよう。

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