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老兵は黙って去りゆくのみ

2017-10-09

じじぃの「科学・芸術_291_映画『ニーナ・シモン・魂の歌』」

06:04

【映画】「ニーナ・シモン」のドキュメンタリ映画!伝説的なジャズシンガーを描いた『What Happened, Miss Simone?』 動画 Youtube

https://www.youtube.com/watch?v=IaoXsLEljFY

Ain't Got No, I Got Life - Nina Simone 動画 Youtube

https://www.youtube.com/watch?v=L5jI9I03q8E

Miss Simone

ニーナ・シモン 魂の歌 映画.com

人権活動家でもあった伝説の黒人女性歌手ニーナ・シモンにスポットを当てた、Netflix製作によるドキュメンタリー

ジャズの枠にとらわれずポップス、クラシックソウルなど多様なジャンルの要素を取り入れた独自の音楽で1960年代に人気を集めたシモンは、その一方で黒人公民権運動に参加し、メッセージ性の高い楽曲を次々と発表する。演奏シーンやインタビューなどのアーカイブ映像、貴重な未発表音源などを散りばめながら、その激動の人生を振り返る。監督は「マリリン・モンロー 瞳の中の秘密」のリズ・ガルバス。第88回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた。

http://eiga.com/movie/83547/

『映画と本の意外な関係!』 町山智浩/著 インターナショナル新書 2017年発行

「何があったの? シモンさん(What Happened, Miss Simone?)」  より

ニーナ・シモンノースカロライナ州の貧しい黒人家庭に生まれた。3歳の頃からピアノ賛美歌を弾き始め、黒人教会で黒人霊歌を弾いているうちに、白人のピアノ教師にその才能を見いだされ、クラシックピアニストを目指すようになった。奨学金で名門ジュリアード音楽院に進むが、そこで道は断たれた。当時のクラシック界はアフリカ系を受け入れなかったのだ。

生活のため、酒場でピアノ弾き語りを始めた。リクエストに応じて何でも歌った。ジャズブルース黒人霊歌、後にはアフリカ民族音楽やロック、レゲエシャンソンも歌ったが、ピアノ・ソロがバッハ風だったりしてあらゆるジャンルを超越してニーナ・シモン独特の世界を作り出した。

その後、コンサートで世界を巡る大スターとなったシモンだが、アメリカ南部に行けば白人のホテルには泊まれない人種隔離が続いていた。63年6月には、ミシシッピ州で黒人と白人の共学化を求めた運動家メドガー・エヴァーズが白人至上主義者に暗殺され、続く9月、アラバマ州バーミンガハムの黒人教会がKKKクー・クラックス・クラン)に爆破され、4人の少女が殺された。シモンは怒りをこめて「ミシシッピ・ガッデム」という歌を発表し、早急な改革の必要を訴えた。

  アラバマには腹が立つ

  テネシーにはうんざり

  みんな知ってる

  ミシシッピは地獄に落ちろ

     ・

68年、キング牧師が何者かに暗殺されるとシモンは「なぜ? (愛の王が死んだ)」とキング牧師への絶望に満ちた鎮魂歌を発表した。キング暗殺に絶望した黒人たちは全米各地で暴動を起こした。シモンはベトナム戦争への抗議として税金を払うのをやめた。

70年、シモンは夫に離婚届を叩きつけてアメリカを去り、カリブ海に黒人奴隷の子孫が建国した国バルバドスに渡った。

「もう疲れたの」

当時のインタビュー映像で彼女はつぶやく。

シモンはバルバドスからさらにアフリカリベリアへと移住した。アメリカの黒人奴隷たちがアフリカに帰還して打ち立てた国だが、そこも安住の地ではなかった。シモンは荒れて、娘を虐待し続けた。娘は逃げ出して父親の元に帰った。

シモンはその後、スイスイギリスフランスと放浪を続けた。85年には隣人への銃撃事件を起こして、精神科医双極性障害だと診断された。それが異常な行動の原因ではないかといわれる。しかし、何が彼女の精神を崩壊させたのか。夫のDVか。キング暗殺か。

87年、シャネルのCMで人気が再燃し、ニーナ・シモンはライブ活動を再開した。2003年に乳がんのためパリで亡くなった後も、CMや映画に彼女の歌が使われ続けている。なかでもデヴィッド・リンチ監督が『インランド・エンパイア』(06年)で、彼女の「シナーマン」を流して、コールガールたちを群舞させたエンディングは素晴らしかった。

『What Happened, Miss Simone?』には貴重なライブ映像の数々が収録されているが、圧巻は彼女がアメリカを捨てる直前の69年にニューヨークの黒人街、ハーレムで行われた野外ライブで、ミュージカル『ヘアー』の挿入歌「エイレント・ガット・ノー」を歌うシーンだ。『ヘアー』では家を捨てたヒッピーの心情として歌われるが、シモンはこれを、奴隷にされて文化も家族も信仰さえも奪われた黒人たちの気持ちで歌った。それから半世紀近く経った今、この歌は、YouTubeで1500万回以上の再生回数を誇り、多くの人々に視聴され、人種・国籍を超えて、世界中のすべての希望を失った人々を励まし続けている。

  私は家がない 靴もない

  お金はない 地位もない

  ベッドもない 正気も失った

  母もない 父もない

  文化もない 友だちもない

  学もない 愛さえ失った

  名前もない

  祈るべき神もない

  じゃあ、私には何があるの?

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