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老兵は黙って去りゆくのみ

2017-12-21

じじぃの「単細胞生物・悔しかったらゾウリムシかアメーバを作ってみろ!理系の話」

06:07

Michael Dickinson: How a fly flies 動画 YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=e_44G-kE8lE

ゾウリムシ

NHKドキュメンタリー 時空を超えて「この世界は仮想現実なのか?」 2017年12月7日 NHK Eテレ

【語り】モーガン・フリーマン

映画『マトリックス』のように、この世界は仮想現実かもしれない。

もしすべてがプログラミングされているとしたら? さまざまな科学者が展開する、奇抜な理論を紹介する。

細胞一つ一つに至るまで完全な体を作ることができたとしたら。

作られたキャラクターは生身の人間の完全なコピーとなりうるのでしょうか?

カリフォルニア大学の生物工学者スティーブン・ラーソン氏は生身の生物の完全なレプリカをデジタルで作りたいと考えています。

まずは小さな生物からです。モデルにしているのは長さ1ミリの小さな「線虫」です。

肉眼ではほとんど見えませんが、世界中に生息していて「C・エレガンス」と呼ばれています。

生物学神経科学の分野では重要な研究対象になっている生物です。

ラーソンの研究チームは世界一リアルなデジタル生物を作るためC・エレガンスに関する膨大な資料を集めました。

C・エレガンスはおよそ1000個の細胞と300個のニューロンからできています。

そんな単純な生物なら作るのも簡単そうですが、簡単ではありません。

細胞がそれぞれ固有のプログラムを実行し、全て一緒に機能しなくてはならないのです。

それが実現すれば見た目も行動も本物そっくりになるはずです。

彼が目指すのは、見た目も機能もそっくりで、食べ物を見つけ、排泄もし、子孫も残すようなデジタル線虫です。

https://bh.pid.nhk.or.jp/pidh07/ProgramIntro/Show.do?pkey=001-20171207-31-17951

『世の中の裏が面白いほど見える理系の話』 話題の達人倶楽部/編 青春出版社 2011年発行

アメーバの裏 「寿命がない生き物」の知られざる正体は? より

生物の寿命には限りがある。どんなに科学が発達しようと、ヒトを含めて動物は老化し、やがて死を迎える。何百年、何千年と生きた古木も、やがては朽ち果てる。それは生物の宿命であり、自然の摂理でもあるが、その宿命、摂理から免れているといえそうな生物がいる。原生動物のアメーバである。

アメーバは、1個の細胞からなる単細胞生物であり、大型のオオアメーバでも、体長0.

4〜0.6ミリ程度。アメーバ有性生殖もするが、多くは細胞分裂によって増殖する。細胞が2つに分かれることもあれば、より多くの個体に分裂することもある。

細胞分裂によって増えていくかぎり、アメーバの寿命は無限ともいえる。細胞分裂で、1体のアメーバが2体のアメーバとなったときは、どちらも同一の遺伝子をもつもとのアメーバ分身である。その分裂したアメーバがさらに分裂して多くのアメーバとなったとき、それももとの1体のアメーバ分身といえる。

アメーバは自分の分身を次々と増やしていけるので、分身が何体死のうと、別の分身がどこかで生きている。そこで、いまのアメーバは、大昔を生きたアメーバと同じと考えることもできる。地球アメーバ生存に適さないような環境にならないかぎり、アメーバには寿命がないということもできるのだ。

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どうでもいい、じじぃの日記。

少し古い本だが、養老孟司著『真っ赤なウソ』という本を読んでいたら、「悔しかったらハエか蚊を作ってみろ!」というのがあった。

火星探査機って何かというと、実は鉄砲玉が進化したものにすぎない」

12月7日、NHK Eテレ モーガン・フリーマン 時空を超えて「この世界は仮想現実なのか?」を観ていたら、こんなことを言っていた。

「彼が目指すのは、見た目も機能もそっくりで、食べ物を見つけ、排泄もし、子孫も残すようなデジタル線虫です」

ゾウリムシとかアメーバのような単細胞生物でも、食べ物を見つけ、排泄もしているんだ。

悔しかったら、ゾウリムシとかアメーバを作ってみろ!

じじぃの「科学・芸術_351_大江戸からくり人形」

06:03

弓曳き童子 / 田中久重 Karakuri doll 2 動画 YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=0bjc4rbZHmQ

大江戸からくり人形

ものづくり日本の奇跡 2015年3月23日 TBS

【MC】安住紳一郎綾瀬はるか 【ゲスト】笹野高史箭内道彦 【解説】佐々木三郎(からくり人形師)

江戸時代末期に製作された「弓曳童子」は、からくり人形の最高傑作と言われています。

ねじを巻くと人形が右手で矢を取り、その矢を弓につがえ、的に向かって放つという動作を行います。一度のねじ巻きで連続して4本の矢を射り、そのうちの1回はわざと的を外すように設計されています。矢が当たった時と外れた時で首の動きを変えて気持ちを表現するなど、見る人を喜ばせるための工夫が見られます。

これは東芝の前身、田中製作所を創業した「からくり儀右衛門」こと田中久重幕末に作ったからくり人形です。

http://www.tbs.co.jp/monodukuri.jpn/

『教科書が教えない歴史(3)』 藤岡信勝自由主義史観研究会/編 産経新聞社 1997年発行

諸藩も後押ししたからくり儀右衛門 より

信じられないかもしれませんが、江戸時代の後期に空気銃や精密な時計、そして蒸気船蒸気機関車(模型)を作った日本人がいました。「からくり儀右衛門」と呼ばれた田中久重です。

久重は1799年(寛政11年)、今の福岡県久留米市の鼈甲(べっこう)細工屋(亀の甲羅で装飾品を作る)の長男に生まれました。幼少のときから父親譲りの器用さを発揮し、見よう見まねでいろいるなからくりを作り上げました。

彼の才能を示す逸話が残っています。寺小屋で学んでいたころ、ひも製の特殊な鍵のついた硯(すずり)箱を作り、仲間に開けてみるよう試させましたが、師匠をはじめ誰も開けられません。みなその巧みさに驚きました。また、縁日行業で見た「お茶くみ人形」と同じ動きをする物を試行錯誤のすえ、3年かけて作り上げました。その動きの精巧さは本物以上でした。

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久重はなぜこのような才能を発揮できたのでしょうか。

第1には、彼が「人間がいったん頭に描いた工夫は実現しないことはない」というほどの才能と努力の人であり、金もうけより、人のために役立ちたいという意志の人であったことです。

第2に、彼を取り巻く環境が大きく関係していました。それは長崎に近い所に住み、出島から滲出する西洋の文献・技術や開明的な雰囲気の中で育ったこと、また、商家では長男が家業を継ぐというのが常識だったのに、彼の才能を見抜き、自由に生きる希望を許した父親の存在も見逃せません。

第3に当時の日本人全体の識字率など教育水準が世界に類がないほど高かったことがあげられます。だから、久重はからくりの文献を読みこなせたのです。

第4に、幕末の諸藩が西洋列強に対抗するには、軍事力・科学力が必要であると考えるようになり、そのための知識や技術を積極的に取り入れようと、諸藩は久重たち技術者に活躍の場を保障していきました。おかげで久重は差が反で蒸気機関や電信機、大砲を作り、故郷・久留米藩では鉄砲の他に、製氷機、自転車などを作ることができたのです。